石版

文矢さん 作

 

第五幕 「古代からの因縁」

其の一

 血。血。血。辺りには鉄の臭いが漂い、腐りかけた肉の臭いと混ざって異常な臭いをかもしだしている。

そして、その『肉塊』から出された『生物』だった頃の排出物の臭いがさらに部屋をにおわせていた。
部屋の中に何も知らぬ人が入って来たのなら、揺れる満員バスの中よりも、グルグルと回転する部屋で壁を眺めるよりも、
もっと凄い吐き気を覚えたであろう。
 『肉塊』は四つ、転がっていた。どれもが、『生物』であり、権力を持っていた『人間』であった。
だが、もう喋ることは無い。その『肉塊』の周りにはウジャウジャとウジ虫がわいており、段々と死体は分解されていく。

その『肉塊』は元々、かなりのテクノロジーを持った世界の『人間』だった。
そんな世界の『人間』だから、自分がウジ虫にたかられる事になるなんて『人間』の頃は思いもしなかったであろう。

 『肉塊』のそれぞれは、『ひどい』殺され方をしていた。
猛獣の爪に引っ掻かれたような跡が残り、その跡からは白い骨が見えていた。

死体の変色具合から、その猛獣の爪の様な物に引っ掻かれた時に死んだのでは無く、
その後に心臓を何かでやられて死んだという事が分かる。つまり、殺した『物』は『人間』を苦しませるだけ苦しませた後、
『肉塊』にしたのだ。

 そんな凄惨な『肉塊』の近くに、『人間』が一人座っていた。彼の手には血が付いていた。
血は手に付いていたが、不思議な事もあった。彼の手の指のつけ根から少し下あたりから指先までに血が付いていないのだ。
まるで、そこに何かが付いているかのように。そして、彼の足下には銃が転がっている。

 『人間』は男であった。二十歳過ぎぐらいの、男。転がっている『肉塊』と同じぐらいの年齢であろう。
髪は黒く、目も黒い。彼は、東洋人であった。

 彼の顔を見ると何か『違和感』が感じられる。彼の顔であった。彼の顔は、『何の表情もしてない』のである。
人は、時々無表情になる。何もやる事が無かったりする時である。彼は、そうであった。こんな状況なのに。
その顔は、下手糞な劇に使われる仮面に思えた。一つの表情だけしか作ってない仮面を被っているかのように。

 彼はゆっくりと周りを見渡した。そして、鏡――

 アルタは、そこで目を覚ました。夢。周りに『肉塊』が広がる、夢。アルタはよく、この夢を見た。

「夢、か」

 アルタは周りを見渡す。ここは軟体防衛軍の基地である。今、基地があるのはヨーロッパであった。
アルタ達のリーダーであるイカたこが移動させたのだ。レリーフを、解読させて。
 アルタ。二十歳を過ぎた青年である。さっきの夢。無表情な男は、アルタであった。周りが『肉塊』で囲まれた中にいた男。

アルタは、そんな夢をよく見る。
「イカたこを殺す、か」
 夢の中でアルタが『殺した』者。それは、イカたこ達であった。アルタは、自分達のリーダーを殺す夢を見ていた。
イカたこ、ミサイル研究所、すずらん、メタル。あの四人は、軟体防衛軍の幹部メンバーだ。
 今日、石版の所へ行く―― この言葉は、昨日イカたこが言っていた言葉だった。
軟体防衛軍の目的は、石版に書かれている事を使い、武力で世界を平和にする。アルタはそれを理解していた。
 だが、アルタはそれに完全に同意していなかった。アルタの心は、その目的を正しいとしなかった。

 イラつき。アルタは、イラついていた。殺したい。イカたこを、偉そうにしているイカたこを、殺したい。
夢はアルタのそんな気持ちを表したものだった。

「さて、どうするか」

 アルタはそう呟くと部屋から出た――


 
 少し、時間が戻る。メタル達が戻ってくる前。
 レリーフに示された地点から少し離れた場所。そこに、イカたこ達はいた。イカたこ、ミサイル研究所、すずらん。
基地の外にいたのはその三人だけであった。

「イカたこさ〜ん、何でここに降りたんですかぁ〜?」
 すずらんが馬鹿みたいな口調で聞く。ミサイル研究所は半ば呆れた目ですずらんを見る。イカたこは冷静に言う。
「すずらん、見ろ。どう見ても、ここに『人工的な何か』があった跡があるだろ?」
 地面は平らで、草は生えていたものの、大きな木は生えていなかった。そして、地面の所々に石が埋まっていた。
石といっても、レンガのように焼かれており、角がピッタリ九十度になっている。そして、錆びた部品のような物も転がっている。

「それにだ、此処の辺りは何故か『タイムテレビ』が使えないん」

 イカたこが言いかけた時だった。イカたこが地面に膝をついた。 そして、イカたこの右手が地面にぶつかる。
 イカたこの右手が、地面に吸い寄せられたかのようだった。まるで、磁石のS極とN極が引かれ合うかのように。

 そしてだ、奇妙だった。本当に、奇妙だった。イカたこの右手首の皮にボルトの様な形が浮き出ているのだった。

 手の皮の下に、ボルトか何かが入っているのだ。

「イカたこさん! どうしたんですかぁ〜?」
 すずらん。
「何か、音がするぞ!」

 ミサイル研究所。そう、彼の言葉通り、イカたこの手が地面に当った瞬間に、音がし始めたのだ。
地響きとも、何ともいえぬような、音。その音を例えるなら、「ドドドドドド」という単純な擬音でしか表せない。
そんな単純な音。だが、奇妙さを演出するには十分だった。

 地面は揺れ始めた。地面が揺れるというと、誰もが地震と感じるであろう。だが、違うのだ。似ていても、違う。

本と日記の様に、見た目は同じでも中身を読んだら違う。そんな、調べなければ分からないような違い。
だが、その場にいたのなら誰もが違うと分かったであろう。

「イカたこォォォォ!」

 ミサイル研究所は我を失って叫んだ。そこには、見た事の無い光景が広がっていたからであった。
いや、聞いた事さえも無かった。ファンタジーの本でさえも、そんな光景は無かった。

 起こったのは地面の変化だった。ボコボコと、まるで水が沸騰するかの様に泡立ち始めたのだ。
液状化現象というのをミサイル研究所は聞いた事があったが、この現象とは意味が違うだろうと感じた。

 次だ。次こそが、この「現象」の最も奇妙な事なのだ。

「あああああああああ!」
 いつもは冷静なイカたこは叫んだ。体から、何もかもを出したかのような声。
 今、起きたことを一言で説明するとこうである。「地面が、村になった」いや、そうとしか表せない。
それ以外の説明は無理であった。
 液体のようになった地面が急に盛り上がり、それが建物になったのだ。さらに、その建物が幾つも連なって行ったのだ。

一瞬にして、多くの建物が建ち、さっきまで跡が残っていただけの場所が村になったのだ。

「何という、事だ……」
 彼らはそう呟く事しか出来なかった――

 

其の二

「イカたこさ〜ん、これは一体何なんですか?」
 すずらん。だが、その言葉はイカたこには届かなかった。イカたこは、『頭の中の音』に集中していたからだ。
例えるなら、ヘッドフォンをしている奴に話しかけている。そんな状態だった。
 村。そんな感じだった。だが、村といっても我々が想像する紀元前の村の姿とは全く違う。二十一世紀の村のように思えた。
そして、これまで石版を巡る物語を見て来たあなた方には分かるだろう。

ここは、『アドバン村』名無しのテクノロジーによって支えられている村。

じおすが、やってきた村。そんな紀元前の村が地面によって再現されているのだ。生物はいない、建物だけだが。

 オウトウセヨ―― その時、イカたこはそんな声を聞いていた。

聞いたといっても、耳から入る空気の振動による音ではない。右手首の皮の下の部品から響いているのだ。
 イマカラ、ホシ ニ ハイル―― その声の他に、イカたこは何かが焦げる音とゴオオという何かの音も聞いていた。
この声にイカたこは違和感があった。
まるで、自動翻訳装置にかけたような音。元々、この声は違う言語だったんじゃないかとイカたこは思った。

 イマハ ミカイダガ ミライノ ホシノジュウミンハ アース、チキュウト ヨンデイルラシイ―― 
そして、イカたこの聞いている音がさらに騒がしくなる。声が大きくなったわけではない。何かが揺れる音と、風のような音だった。

 タブン ワタシハ コノホシガ ニカイジテン シタクライデシンデシマウ オウトウシテクレ キヅイタラ、スグニキテクレ――
 そして、何かの爆発音が響き、そこでその音は終わった。イカたこは今、聞いた事を理解できなかった。何の音なのか。
誰が発した音なのか。何も分からなかった。

「イカたこさん、どうしたんだ?」
 ミサイル研究所の声がイカたこに聞こえた。だが、それに答えることはできなかった。また、声が響き始めたのだ。

 『名無しさん、信じてもらえないかもしれませんが、僕は、未来人です』
『未来? 未来だと言ったのか。成る程、それはとても興味深い。ただね、証拠を見せてほしい。例えばだ、未来の様子だ。
 もしかしたら、さらに凄い科学者がいて、そいつの存在を隠蔽したいんじゃないかとも考えられるからな』
『ハウルス。お前と名無しは最近、何処かにある何かを研究しているそうだな。それは何か言え』
『大変……だ。ジャールが俺の家の……あの……地図を……奪った……』
『未来の道具で、彼を治療できます』
『あ……あ』
『気持ち良いッ! 実にだ』
いくつもの声が響いた。今度の声はやけにはっきりとイカたこの頭の中に響いた。

 そして、イカたこにそんな声が響いている間、村の様子はさらに変わった。
ミサイル研究所とすずらんはただ、驚くばかりであった。さっきまでまともだった村の建物が急に崩れ始めたのだから。
地面はどんどん変化する。

「うおあああああああ!」

 イカたこは叫んだ。頭がはちきれそうだったからだ。周りでは一つの村の繁栄と滅亡が地面に再現されていた。
 イカたこの頭に響く声は止まった。だが、数分はイカたこは喋れなかった。息がきれていて、体中から汗が吹き出ていた。
 数分が経過し、イカたこは口を開いた。

「紀元前、ミサイル研究所、すずらん、そこにはレリーフがある筈だ。行ってくれ」
 まだイカたこはハァハァ言っていた。ミサイル研究所とすずらんは様子から質問せず、過去へと向かった。
そう、じおすと名無しが命を落としたあの時の村へと――

 今、話したのは前述通り、メタルが帰ってくる前の話である。そして、次はメタルが帰って来た後。アルタの話となる。
 アルタは時間を確認した。まだ、何時間かあった。石版のところへ向かうまで。アルタは、自分が臆病者だと思う。

反感があっても、それを行動にうつさない。例えば、夢であったイカたこを殺したりなどができない。だから、臆病者だと思うのだ。
 やはり、イカたこに従うしかないか…… そうアルタが思った瞬間だった。

「おいおい、このまま終わるのかよ」

 『アルタの口』から、アルタが考えた事と違う言葉がもれた。アルタは口を押さえた。そして、辺りを見回す。
誰もいない。秘密道具が付いているわけでもなかった。

 辺りを見回している時、アルタはある事に気づいた。アルタがいるのは基地の部屋だ。

その机の上に、鉄でできた長い爪の様なものが置いてあるのだ。丁度、手に付けれるようになっている。
手首に輪になっている部分を通して固定して、鉄か何かでできている爪を使う『武器』のようであった。
 夢。肉塊。引っ掻かれたような、跡。引っ掻かれたかのような、跡。『引っ掻かれたかのような』、跡。

「うわああ!」

 アルタは叫び、座っていた椅子から飛び上がった。
そうだ、この『爪』は、夢ででてきた肉塊を『作り出した』物として相応しいじゃないか。つまり、これは。これは。

「何を今さら驚いているんだよ。え? 『俺』」
 また、アルタの口から考えてもいない言葉が――

 

其の三

 何なんだ、自分は―― アルタは口を押さえながら、考えた。さっきから考えもしない事が口から出てくる。
いや、口から出るだけじゃない。自分が用意したわけでもない
『爪』も机の上に置いてあるし、わけが分からない『夢』も見る。アルタは思う。自分は、狂ってしまったんじゃないかと。

そして、アルタはある可能性を思いついた。
 『24人のビリー・ミリガン』という本がある。これは、実際にいたある男の半生を綴ったものである。
ビリー・ミリガンという男は、連続強姦、強盗で逮捕された男だ。事件そのものは平凡だ。

だが、普通の事件とは『違うのだ』それは、彼に接見した弁護士によって判明した。
『ビリー・ミリガン』と弁護士が話そうとしている時であった。

彼の口から、「僕はビリーじゃない。ビリーは今、眠っている」という言葉が出たのだ。それをきっかけとし、ある事が判明した。

『彼は合計で二十四の人格を持っているのだ』
その人格達は、とても一人の人間がやっているとは思えないイギリス訛りの英語を喋ったし、タバコを吸う人格などもいた。
弁護士達はそれを演技では無いと判断した。ビリー・ミリガンという男は二十四の人格を持っているのだ。
 アルタはそんな二十世紀に発行された本の話など知らなかったが、今話したビリー・ミリガンと一緒では無いかと考えたのだ。
『自分には、自分では無いもう一人の人格がいるのではないか』そんな考えであった。

「その通りだよ」
 口を押さえていても、声は出た。アルタの口から。アルタが考えていない言葉だった。
「何なんだ、『お前』は」
 アルタの声。アルタが、『考えて』言った言葉だ。

「『お前』って言い方は酷いんじゃあないか? 同じ『俺』なんだからよ」
「うるさい。『お前』は――」
 アルタ自身の声が途中で廊下から聞こえて来た足音でかき消された。
足音は、アルタの部屋の前で止まるわけでもなく、そのまま通り過ぎて行った。

「え? よく聞こえなかったな『俺』もう一度言えよ」
 アルタは唾を飲み込んだ。手を見ると、握っていたせいか汗をかいていた。いや、握っていたせいでは無かった。
顔も、汗をかいていた。

「『お前』は、俺の『もう一つの人格』なのか?」

 それを言った後だった。アルタはガラスを見た。そこには、思いもよらない顔があった。『どす黒い』笑顔の自分。
絵とかで見るような爽やかな良い笑顔じゃない。それとは全く違う、よく理解できないような、笑顔。

アルタは、それを『自分の顔じゃない』と感じた。だが、そんな思いは関係なく、口は動く。
「『その通り』」


「報告、ありがとう」
 イカたこ達。イカたこの手にはレリーフが握られていた。
だが、それはイカたこがドラえもん達との戦いで奪い取ったものでは無い。

イカたこの目の前にいるミサイル研究所が持ち帰ったものである。
 イカたこの前には、ミサイル研究所とすずらん、メタルがいた。

「だが、このレリーフの意味は結局分からなかったようだ。
 この文字は、じおすが書いたものとして間違いなさそうだが、何で書いたのかも分からない」

 レリーフ。紀元前に、じおすが溶接したレリーフ。その跡は全く残っていなかった。
何も知らない彼らからしては、そんな事は想像もできないであろう。

じおすの使った道具も、落ちてくる破片達によってグチャグチャになってしまったのだから。
「とりあえず、石版があるという所にいきましょうよ、イカたこさん」
 ミサイル研究所。
「待て。計画は重要だ。下の者を慌てさせちゃあ駄目だ。後、二時間待つんだ」
 イカたこはそう言いながら、レリーフを眺めていた。見ていると、イカたこはある事に気づいた。指紋だった。

誰かの指紋がレリーフの『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』のnの右下にあったのだ。
それは、紀元前からミサイル研究所が持って来た方だった。前から持っていた方には、時間が経ったせいか付いていなかった。

「指紋……ですか?」
 メタルもそれに気づき、イカたこに質問する。
「ああ、指紋だ。多分、じおすのやつだろう」
「へ〜え、そんな風にはっきり付くんですかあ〜? 他に見たことが無いですよ」 
 イカたこが言った言葉の後にすずらんが言う。
 一般人が、実生活において指を実際に見る以外で指紋というのを見ることなど、ほとんど無いであろう。
セロハンテープなどに指をくっつけるぐらいであろうか。レリーフの指紋は、はっきりとしていた。

 イカたこはレリーフをじっくりと眺めた後、壁を押してそこから出て来た引き出しに閉まった。そして、部屋を見回して言う。
「後二時間、決して緊張を切らさないでほしい。全ての戦いにおいて、敗北したものは緊張を切らしたものだからだ。
 それじゃあ、三人とも部屋に戻ってくれ」
 
 イカたこの部屋からはまず、すずらんが出た。イカたこの部屋へ入る扉は、普通に見たら分からないようになっている。
入ろうと思えば簡単に入れるが、何処から入るかが分からないようになっているのだ。
長い廊下の壁の一部になっているから、気づく人はほとんどいないであろう。
イカたこの部屋の周りには、監視カメラなどがある部屋が一つ入っているぐらいであった


 廊下は、白かった。その白さがまた、静かさを引き立てている。音など何もしない。
ちょっと物を落としてしまったぐらいで音が響く。それぐらい静かだった。
 すずらんの足音が響く。すずらんの部屋までは、大分距離があるのだ。
 すずらんの後ろには、ミサイル研究所がいた。すずらんが監視カメラのモニター室の前を通ろうとした瞬間だった。
ミサイル研究所はある事に気づいた。モニター室のドアが破壊されているのだ。丁度、人が一人通れるぐらいの穴を空けられて。

その穴の向こうは冥界の穴だというかのように、暗かった。だが、その穴の向こうからわずかな音をミサイル研究所は聞いた。
「すずらん!」
 ミサイル研究所の声は静かな廊下を震わせた。すずらんは振り返り、ミサイル研究所の方を向く。
すずらんは、そこで振り向いてはいけなかった。ギリシャ神話でハデスはオルフェウスに「振り向いてはいけない」と言った。

今の状況はそれだった。すずらんは、振り向いてはいけなかったのだ。
 音もたてずに『そいつ』はすずらんの背中をえぐった。

真っ白な壁はたちまち血に染まり、すずらんは悲鳴もたてずにその場に倒れた。

『そいつ』は真っ白な壁と対比させているかのように、『どす黒い』笑い方をした。

「お前は、我々の仲間の……」
 『そいつ』。アルタはハンカチで『爪』から血を拭き取ると、ミサイル研究所の方へ歩き出した――

 

其の四

「名前は、覚えてないな」
 ミサイル研究所は驚いていた。すずらんがやられた事じゃない。自分の気持ちについてだった。
ミサイル研究所は、すずらんが倒れたことに何も感じていなかった。

「何をしやがるこの野郎」とも感じていないし、「強いのか」とも感じていなかった。
それに、驚いていたのである。すずらんの傷は心臓に達していないし、急所じゃないから、とかいう事でも無い。

ミサイル研究所は思う。『すずらんが死んでいても、俺は何も感じないな』と。
「すずらんさん!」
 メタルはドアを開いた瞬間に叫び、すぐにムラマサを抜き、左手で凍牙を投げた。
だが、アルタは『爪』でそれを簡単にたたき落とす。そして、獣の様なスピードでミサイル研究所に襲いかかった。

 アルタは、さっきからずっと『どす黒い』笑い方をしていた。最も『どす黒かった』のはすずらんを『爪』で攻撃した時だった。
例えるなら、ハンマー投げで新記録をとった選手の会心の笑い。
例えるなら、ムカつく奴に罰が下り、思いっきりガッツポーズをした時の笑い方。そんな笑いを『どす黒く』したものだ。
  ミサイル研究所は片方の『爪』を右に流した。だが、もう片方の『爪』は軽くだが右の太ももの肉をえぐった。血は辺りに飛び散る。
ミサイル研究所はアルタの目に入ってくれればなと思ったが、アルタの目は塞がれなかった。
 ミサイル研究所は後ろに飛んだ。不思議な事に『何故か』右太ももの出血はほとんど止まっていた。
アルタはミサイル研究所を追いかけようとしたが、すぐに後ろを振り向き、『爪』でメタルのムラマサを止めた。
 日本刀の重さというのは、相当なものである。
秘密道具の一種の為、メタルの様な女性でも軽々と扱えるようになっているが、上から振り落とせば下のものにかなりの負担がかかる。
だが、アルタの『爪』はびくともしなかった。相当の筋力がある、と二人は判断した。

 部屋の中でイカたこは動こうとしたが、ミサイル研究所が「やめろ」というジェスチャーを送った為、椅子に座ったままであった。
「なあ、PKって知っているか?」
 ミサイル研究所はアルタに対して言う。
「サッカーか?」
 メタルはすでに一歩退いていて、アルタはミサイル研究所の方へ走りながら質問へ答えを返した。

「超能力の一種さ。物体へ、干渉ができる」

 ミサイル研究所がそう言った瞬間だった。
アルタの『爪』が両手とも、『潰れた』よく、マジックで瓶に新聞をかぶせて、グチャリと潰すというのがある。
その新聞紙が潰れるのと同じ感じ。形をとどめない程、グチャグチャに潰れてしまった。当然、手からは血が出る。

アルタの悲鳴が響いた。
 アルタの足は止まった。メタルは、すずらんの看護をしていた。すでに、『終わった』と分かったからだ。
「何を、した?」
 アルタは呟いた。『どす黒い』笑いが、崩れていた。その顔は、さっきまで獣のような奴だったとは思えなかった。
ただの、人間に見えた。

「『何を、した』と思うゥゥ?」
 ミサイル研究所はニタリと笑った。彼も、勝利を確信していたからだ。

 アルタは脳内で考える。物体に、干渉する能力。秘密道具などでは無い、本当の、超能力では無いのか。そう思ったのだ。
「お前が誰なのかは後で分かるし、何が目的でもどうでもいいよなァァ。後一時間ちょっとで、力を手にするのだからな」

 ミサイル研究所が手で合図のようなものをすると、次はアルタの膝が『潰れた』アルタはその場に惨めに崩れ落ちた。
そして、一歩。ミサイル研究所はアルタに近づいた。

「もっと、もっと酷いことをやりたいが、そこのメタルとかは見たくないだろうからなァァ。今、殺してやるよ」
 その時、メタルは見た。ミサイル研究所の顔を。その顔は『どす黒かった』アルタの顔と同じ、楽しんでいる、顔。
そして、『今、殺してやるよ』という冷たい言葉。確実に殺せるという自信があるからこその、その言葉。

 一歩、また一歩。アルタに近づいていく。
「アハ」
 その時、アルタの口からそんな言葉が漏れた。

「アハハハハハハハハハハハァァァ!」

 アルタは、どす黒く、だが、大きく深く笑った。思いっきり。
 ミサイル研究所は、それを見てもう一回、『黒く』笑った。彼は、何度もこんな状況を作り出してきた。
そして、必ずと言っていい程ミサイル研究所と戦った奴は『狂うのだ』恐怖のあまり、おかしくなってしまうのだ。

「ラストは、心臓だ」
 グシャリと、潰れた。アルタの心臓の部分が陥没していた。そして、アルタは倒れた……

 その時だった。『奇妙』な出来事が起こった。
段々と、アルタの姿が薄くなり始めたのだ。そして、最後には消えてしまった。その場から、何の痕跡も残さず。

 

「『分身ハンマー』……」

 ミサイル研究所はそう呟くと舌打ちをした。

 

其の五

 アルタは、走っていた。今、アルタがいるのはイカたこが作った空間。ドラえもん達が戦った空間であった。
軟体防衛軍の基地から、やって来たのであった。そして今、彼はドラえもん達を探していた。
 アルタがいるのは人工空間の中での建物の中。『タイムパトロール』という偽の看板が外に出ている建物だった。
アルタはさっきからこの建物から人の気配を感じていた。

重要な書類とかはメタル達が持ち帰っていたが、まだいくつか物が残っている。
アルタはドラえもん達はそれをいじっているのではと予想した。

 いいか、この『分身ハンマー』を使うのさ―― アルタは、『もう一人の自分』の言葉を思い出していた。


「いいか? 『俺』」
 アルタの口が動く。鏡には、『どす黒い』笑顔のアルタが映っていた。
アルタがいくらその顔をやめようとしても、顔は変わらなかった。
まるで、仮面でも被っていてその仮面の顔を変えようとしている愚か者の様に。

「いいか、この『分身ハンマー』を使うのさ」
 アルタはいつの間にか『分身ハンマー』を手にしていた。『分身ハンマー』は名前通り、誰かをそれで殴ると分身できる道具だ。
これであまりやりたくない仕事をやらされる分身の方は色が薄くなる。

「『俺』と『俺』は、二重人格だ。これを使えば、上手い具合に分かれるだろう。
『俺』と、『俺』でな。両方がやりたい事だろうから、薄くなる事も無い」

 『どす黒い』顔のアルタは、楽しそうに語った。ゴールデンウィークの計画を立てている小学生の様に。

「それで、何をやるんだ?」
 その言葉を言ったのは『どす黒くない』アルタだった。
「イカたこ達を殺す」
 鏡の中の自分は、あまりにも『黒かった』自分の体が落ちていくかの様に感じられた。真っ黒な世界へと、落ちていく。
底なんて無い。ただ、自分の体が蝕まれていく事を感じるだけ。ヒューと音をたてながら落ちていく。アルタは、そんな風な事を思った。
 『どす黒い』顔のアルタが立てた計画は次のものだった。
『どす黒い』アルタは、イカたこ達の部屋の横のモニター室に隠れ、イカたこ達が出て来たところを殺る。
だが、もしかしたら『どす黒い』アルタは死んでしまうかもしれない。

 その時の為に、『どす黒くない』アルタは別空間からドラえもん達を呼んでくる。
その為に空間転送装置をいじったりするのはモニター室のアルタがやる。計画はそんなものだった。
 分身をした時、『爪』を持っていた為、『爪』も二つに増えていた。
そして、『どす黒い』アルタが言った通り、体は薄くなっていなかった。

「それじゃあ、ちゃんとやれよ『俺』」
 『どす黒い』アルタは、やはりその笑いをしながら部屋を出て行った。


「ん」
 空間を走っているアルタに、不思議な感じが襲った。アルタは、それを『どす黒い』自分がやられたからだ、と理解した。
 特別な感情は何もわいてこなかった。それ自体がくだらない事にもアルタは思った。どうせ、自分も死んでしまうんだ。
アルタはそう思いながらドラえもん達を探していた。

「ふざけるんじゃあねえ!」
 その時、アルタの耳にそんな声が入った。男、しかも子供の声だった。
近くで聞いたらさぞ大きい声だったのであろうが、アルタの位置からではあまり大きくは感じなかった。
 建物の廊下を声が聞こえた方向へとアルタは走り出した。足音は廊下に響く。廊下の壁の色は白く、ドアの色まで白かった。
それぞれのドアには番号が付いていたが、アルタは確認しない。

 そして、声が聞こえた場所に着いた時、アルタはドラえもん達を確認した。一つの部屋から、隣の部屋へと移動していた。
さっき叫んでいたのはジャイアンで、隣の部屋にいたドラえもん達がどうしたんだ、と見ようとしていたのだ。

 アルタは部屋の中をこそこそしながら覗いた。
部屋の中の様子を見て、アルタはさっきの声の時、部屋にはジャイアンしかいなかったんだろうな、と予想した。
彼らの顔は完全に覚えていた。

「誰だ!」
 アルタが覗いている時、その声が聞こえた。部屋の中にいた者達は全員、あルタの方を向いた。
叫んだのはどらEMONで、どらEMONは水裂を抜く。

「敵じゃない、説明する時間をくれ!」
 アルタは一歩後ろに下がって言うと、どらEMON達の行動は止まった。


 ここら辺は危険なんだって、昔の戦いの地雷があるかもしれないんだよ――
 イカたこは子供の頃を思い出していた。血が出ている手首を見ながら。
 イカたこは日本人だが、子供の頃はイタリアに住んでいた。そして、その時の会話を思い出していた。
イカたこが、好意を抱いていた幼なじみとの思いでであった。

 幼なじみの台詞を聞いて、元の場所に戻ろうとした瞬間、それは襲った。爆発。幼なじみが地雷を踏んだからであった。
悲鳴をあげる時間もなく、イカたこの目の前で幼なじみは散っていった。
その日から、イカたこは戦争を起こさないようにしようと感じた。

そして、最初は純粋だったその思いも、武力を使って戦いを無くす、という考えに変わっていったのだ。
 その時に、イカたこは手首に痛みを感じたことを思い出した。
そして、その位置は丁度、土からあの村を出した時に引き寄せられた位置であった。

「あの爆発で、入ったのか……?」
 アルタの騒動が収まった時、イカたこはそう言いながら外を見ていた。
それは、彼がもうすぐその手で変える事ができると信じている外の景色だった。

 
「成る程」

 アルタの話を一通り聞いて、どらEMONはそう言った。アルタは思う。駄目なんだろうな、と。
何かを頼んだりする時、アルタは常にそう思っていた。マイナス思考というか、何というか彼にも分からなかった。

「EMONさん、どうするんですか?」
 ひそひそ声で静香がどらEMONに聞いた。その時にはジャイアンの叫び声など、彼らの中では忘れ去られてしまっていた。
そして、静香の質問からしばらく経った時、どらEMONは言った。

「その空間転送装置というのに連れて行って下さい。ここで迷っていても仕方がありません。アルタさん、あなたを……信じます!」
 ドラEMONがアルタと一緒に歩き出すと、他の五人も少し走って二人を追いかけ始めた。
 彼らは今から、イカたこ達のところへ向かうのだ。未来を、守る為に――


 過去から続く因縁は今、一つのところでまとまろうとしている。
それぞれがそれぞれの意思を継ぎ、それぞれがそれぞれの目的を持つ。
 じおすの事。名無しの事。石版の事。イカたこの幼なじみ。その他にも様々な事がある。それらは因縁に例えられる。
 関係無いと思っていても、生きている限り、その人につながっていくもの。

 そう、それは過去からの因縁なのである。紀元前、古代からの因縁なのである……

 
石版 第五幕「古代からの因縁」 一時閉幕

 

 

幕間「つまらない講釈」

 さあさあ、皆さん。石版第五幕は一時閉幕となります。
前までと同じように、この幕間の間はお手洗いに行ってもらってもいいです。食事をしてもいいです。
しかしです。今回の幕間はあまりそういう事をしてはほしくありません。

 第五幕が発端となれば、次なる第六幕はクライマックス! トリモノの本番です。

 ですからお手洗いなどに行かないで、ここで考えながら第六幕を見てもらいたい、我々はそう思っているのです。
 ああ、こんな講釈などをしないで、私は早く幕を開きたい気分です。
この幕を開き、ドラえもん達による二度と行われない一世一代の物語を皆様方にご覧になってほしい。

そんなはやる気持ちを押さえ、私は講釈をさせていただいているのです。
 未来と現在を巻き込んだアクションショー!
 この物語を開幕させるにあたって、私はそう挨拶をしたと思います。
アクションショー、には思えなかったお客様もいるかもしれませんが、どうでしたか?
 未来と現在、そして過去を巻き込んだ物語になっていたことと思います。 

 全ては石版を名無しという紀元前の科学者が発見した事から始まったのです。
 星新一という作家が言った言葉を少し変えさせて紹介したいと思います。

「戦いを始めさせるのは子供でもできる。だが、その戦いを終わらせるには――」
 そう、始まらせるのは簡単なのです。しかし、終わらせるのは難しい。

 この物語は、どう終わるのでしょうか?

 イカたこ。ミサイル研究所。すずらん。メタル。ナグドラ。軟体防衛軍。
ドラえもん。のび太。静香。スネ夫。ジャイアン。どらEMON。アルタ。役者は全て揃いました!

 それではこんな講釈、早めに切り上げて始めたいと思います。そうです。皆様が見たいと思っている石版に関わる最後の戦いです!
 何が起こるのか。誰が何をするのか。全ての伏線はこの幕で回収される事でしょう。

 それでは開幕させていただきます。二度目は無い、最後の戦いです。一秒たりとも、お見逃しの無いように――


石版 第六幕「彼らは満足したのだろうか」

 


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