石版

文矢さん 作

 

第三幕 受け継がれるべき意思

其の六

「ジャール!」
 ジャールの意識が、現実へ引き戻された瞬間だった。自由に遊んでいた子供への、五時のチャイムの音。
遊園地へ行った時の閉園時間の放送。いきなり、引き戻される。ジャールも、そんな気持ちだった。
そして、ゆっくりと振り返ると、そこには予想通りの奴がいた。名無しだった。

 名無しは、銃を構えていた。前に述べた通りの、簡単な銃。だが、名無しはすでに穴の中に入っていたので、
ジャール達は見事に射程距離内だった。ジャールの他の二人の部下も、後ろを向いていた。
 名無しは、一歩一歩近づいていった。そして、口を開く。

「私の持っているものは、お前らの心臓を貫通できるものだ。これで撃たれればすぐに死ぬだろう。分かったか? 
だからだ! だからそれから離れるんだ!」
 名無しも、ハウルスも、最初にここに来た時は同じ反応を見せていた。だが、その意味を解明した名無しにとって、
この石版は素晴らしい物という気持ちと、汚らわしい、使ってはならない物という二つの気持ちがぶつかっていた。
 ただ、名無しの気持ちの中でハッキリとしているのはあの石版には、人を近づけてはならない。
自分みたいに、意味の分かる者は特にだ。そんな、気持ちだった。
 ジャール達は、立ち上がり始めた。最初の気持ちはすでに無くなっていた。少しボーッとしたような感じだった。
もっとあれを見たい、という気持ちがあったがジャール達は名無しに従い、歩きながら穴から出て行った。

 ドリルで彫ったかの様な跡は変わらず、不思議に思えた。名無しの手にあるランプはジャール達のよりも明るく輝いていたが、
それとは逆に、彼らの雰囲気は暗かった。

 穴から出て、歩き始める。名無しの乗ってきた乗り物は、跡があるところだと危険で使えない為、跡が無いところに止められていた。
岩山から降りるのはあっとういう間に彼らは感じた。そして、名無しは乗り物のあるところまで行き、
ハンドルを掴み、タイヤの部分を転がしながら同じように歩き始めた。

「ジャール。私は今、お前をこれで貫きたい気分だ」
 ジャールは顔を上げ、名無しの顔を見た。その顔は、今までジャールが見た事の無い顔だった。
「私の大切な友を、お前は傷つけた。それが許せるか? 
だからこそ、私は村に帰ったらお前にしかるべき罰を与えようと思っているのだ!」
 名無しの口調は荒くなっていた。ジャールは、石版を見たショックで更に精神が脆くなっていたのか、更に傷ついていた。
俺はナンバーワンじゃない、名無しよりもずっと下だ…… そうジャールは思い始めていた。
 そして、村へと少しずつ近づいた時だった。目の前に、人影が見えた。その人影の服は、どう見ても名無し達とは違う。
胸の膨らみや、髪の長さから考えて、女の様だった。名無しが口を開こうとした瞬間、女の手元が光った。

そして、ジャールの手下の一人がいなくなっていた。
 つい一秒前までいた。だが、消えていた。落ちて隠れる位置のような崖や穴も無い。
何も無い、平坦な道で、人が一人、大の大人が一人、消えていたのだ。それは、魔法のようにも思えた。

「ドルタ? 何処に……行ったんだ?」
 静かだった。ジャールの今の言葉以外、何の音も無かった。木の葉がざわめくことも無かったし、虫も鳴かなかった。
沈黙。圧倒的な、沈黙。
 名無しは、女の方を睨んでいた。そして、数秒後。女は名無し達の方へ近づいてきた。その時も、その足音しか聞こえなかった。
そして、ランプの照らす範囲内に入る。
 そこにいたのは、やはり女だった。名無し達には分からないだろう。だが、我々にはその女が分かる。
女の名前は、すずらん。イカたこの部下だった。すずらんは、右手に銃を持っていた。道具名は『熱線銃』

「お前は、何なんだ? じおす君と同じ時代の人か?」
 名無しの言葉。そして、すずらんは言う。
「その通―り! 私はすずらん! 二十二世紀から来たんだ〜」
 声の調子は明るかった。場の空気から浮いていたが、本人はさほど気にしていないみたいだった。
そして、この場合、その明るさが不気味だった。アンバランスさ。それが恐怖になるのではないだろうか。まさに、それだったのだ。

 すずらんは、『熱線銃』を構えた。すかさず、名無しも銃を構える。だが、名無しの弾丸が発射される前に引き金は引かれた。
それは当たり前だった。名無しの銃は、撃つまで何秒もかかるのだ。そして、気がついた時、ジャールの部下がまた一人、消えていた。

「これはねぇ〜 『熱線銃』って言うの。一瞬であんた達をチリにできるんだ〜」
「すずらん、お前の目的は何だ? 私達を殺すことか?」
 名無し。
「そうで〜す! あ、もしかしてお馬鹿さんに見えてる? でもね、『お馬鹿っ子世にはばかる』って言うでしょ? 
馬鹿な子ほど偉くなるんだ」
 そう言っている時、名無しはジャールに耳打ちをしていた。名無しの持っている銃は、後十秒はかかる。
そしてだ、ジャールは名無しの乗り物に乗って走り出した。
 名無しはある覚悟を決めていた。それは、死だった。だが、ジャールは逃がせる。
名無しは、それがこの状況で最適なことなのだと感じていた。そして、運命の歯車はあざ笑うように回る――

「逃げる気ですかぁ〜? でもね、無駄なんですよ」
 すずらんの声は相変わらず明るい。名無しは、銃の向きを変えた。発射されるまで、後五秒ぐらいだった。
名無しは考えている。その時の名無しの集中力、それは何かを発明する時に発揮される能力だった。

「すずらん君。君は馬鹿だろ?」
「うるさいです!」
 これで、遅れたのだ。すずらんが引き金を引くのが。一秒。火が、火薬に引火するまで、一秒。
 一秒が。日常でありふれている一秒がとても長く感じられていた。

 じおすが走り始めたのも、ほぼ同時刻だった。二人の青年が、同じ覚悟を決めていたのだ。
二人は似ていたのかもしれなかった。違う時代に生まれた、二人の青年だった。
 すずらんの引き金が引かれる。それの少し前に名無しの弾が発射されていた。そして、同時に木が倒れ始めた。

名無しの弾丸が当たった為だった。すずらんの『熱線銃』の軌道上に木は倒れた。
「それで封じた気持ちですかぁ〜? そんなもん、チリにして、熱線は突き抜けるんです!」
 その言葉通り、木をチリにした後、熱線はまだ続いていた。だが、それは遮られた。ある物体によってだった。

「名無しィィィィィィ!」
 ジャールの叫びが響いた。それは、あまりにも残酷な光景だった。
 木があった為か、名無しはすぐには死ななかった。熱線はジャールのところまで行かなかった。名無しの血が。飛び散る。

「すずらん君。君に一つ、言葉を贈るよ。じおす君が教えてくれたことばさ」
 ――それでは次の質問だ、じおす君。罰が当って当然だという人に罰が当った時、未来の人はどういう言葉を使う? 
「ざまあみろ」
 次の瞬間、名無しは消えていた。ジャールも、すずらんの射程距離から消えていた。ランプも壊れ、暗闇が広がる。

そして、名無しの血はすずらんの目へと入っていた。しばらくは、秘密道具を使うこともできない。

血が、目からとれないのだ。前を見れない。すずらんはただ、もがくだけだった。


「これが、レリーフだって?」
 ミサイル研究所の質問に、じおすは揺らいでいた。そして、その反応はミサイル研究所に質問の答えを言っているも当然だった。
ミサイル研究所はニヤリと笑った。
 じおすの四次元ポケットには、『ショックガン』と『小型強力火炎放射機』
そして、名無しの部屋から持ってきた『レリーフを作る為の彫る道具』だった。それだけしか無い。

『ショックガン』の射程距離内に入るまで、後何十メートルもあった。
 じおすが武器を持っていないであろう事も、ミサイル研究所は分かっていた。そして、手にはレリーフを持っている。

ミサイル研究所の心の中は、まさに最高の気分になっていた。色々な物を壊せて、レリーフも手に入る。
作られたばかりのレリーフもだ。ミサイル研究所はそう考えたのだ。

 村の住民達はすでに逃げ終わっていた。じおすの目的は成し遂げられていたが、レリーフという新たな問題が浮かんでいた。
「レリーフがあるなら! お前に大して爆弾が撃てないじゃないか。だから、ある事をさせてもらう!」
 ミサイル研究所は、爆弾を発射した。場所は、物見やぐらの下の部分だった。
爆発して、物見やぐらが崩れ落ちていく。コンクリートとほぼ同じ物質の建物。それが、崩れていく。

じおすは、足場が崩れていく恐怖を味わった。
 そして、じおすの意識が一回飛ぶ――

 

其の七

気がついた時、じおすは物見やぐらの破片に押しつぶされそうだった。すでに、致命傷を食らったことをじおすは悟っていた。
じおすの意識が飛んだのは、ほんの数秒だった。ミサイル研究所は、まだ上空にいた。

ミサイル研究所は、完全に安全になるまで、降りてこないつもりだった。
 破片は腹に突き刺さり、他にもいたるところに刺さったり、色々なところを圧迫していた。

四次元ポケットは破れ、そこら中に道具は散らかっていた。レリーフはまだ、自分の近くにあった。
 名無しが何故、レリーフを作ったのか、じおすは分かった。あまりにも恐ろしいものだという事が分かってしまったからだ。
こんな秘密を一人で持っているには耐えられなかったのだろう。誰かに言いたかったのだろう。

だが、その秘密は誰かに言えるようなものでは無かった。だから、レリーフにその秘密を彫ったのだ。
自分の心の、はけ口を見つける為に。
 じおすの息は荒かった。そして、一つの事を思っていた。これを、このレリーフを奴らに渡すわけにはいかない――
 これを渡したら、平和が無くなる。ドラえもん君も、のび太君も、静香君も、武君も、スネ夫君も、全ての人の未来が無くなってしまう。
それだけは、それだけは防がなければならない!

 だが、じおすはもう一つの事も分かっていた。これを、奴らの手に届かないようにするのは無理だという事だった。

今の自分には、もう時間が無いという事だった。
 どうすればいいのか、どうすればいいのか。
 そして、辺りを見渡して、ある事を思いついた。未来から、自分へと付いてきたもの。残っている二つの秘密道具の一つ。
『小型強力火炎放射機』それを使う、じおすは思いついたのだ。

 じおすの体に、激痛が走る。呼吸は荒くなるが酸素が自分の体にちゃんと取り込めていないだろうという事をじおすは感じた。

まだ、建物の形は少しだけ残っていた。側面が三角形のような形で残っていたのだ。そして、それはまだ崩れてくる。
これが完全に崩れない限り、ミサイル研究所は行こうとは思っていなかった。

 そして、良い具合にその三角形の側面が、じおすの姿を隠していた。『小型強力火炎放射機』を掴む。
これは、スイッチを押すと先から火が出る棒状のものだった。

 そして、カバーがある方のレリーフを掴む。これを、奴らに渡してはならない。渡しては、ならないのだ。
 ポロポロと、側面が崩れ始める。それと同時に落ちてくる粉は、まるで雪のようだった。そして、スイッチが入る。
 先端から出る炎が、カバーとレリーフを同化させていく。不思議と、やり終わる前にそれが切れる心配は無かった。
大丈夫。そう思うようになっていた。

 ゆっくりと、ゆっくりとレリーフをまわしていく。
そして、最後まで付け終わった時、レリーフは完全にカバーと同化した一つの板になっていた。
やり終わった時に、『小型火炎放射機』は壊れ、炎が出なくなる。

 これを、渡してはならない。ピキリと、三角形の側面から音が響く。もう少しで崩れる、という予告だった。
ミサイル研究所もハンドルを握る。これをあいつらに渡してはならない。

 じおすの体は、動いていた。守るには、未来を、守るのは今の自分にはカバーとレリーフを同化させるぐらいしかできない。
だが、だが――

 受け継いでほしい、自分の思いを。自分の、意思を。未来を守るが為に、誰かにこの気持ちが伝わってほしい。

 すでに、じおすの体は動いていた。レリーフを彫る道具を掴み、レリーフにゆっくりと近づかせていく。彫り方は、分かっていた。
じおすは、運命の神様が自分に言っているのだと感じた。
 呼吸は荒くなっているが、じおすは落ち着いていた。レリーフを彫るのは、表面だけだった。誰かに、受け取ってほしい。

何時の時代の人でもいい、誰でもいい。ただ、未来を守ってほしい。次に、誰かが受け取る時に……

 側面が砕けた粉がじおすの体へと舞いながら落ちていく。そして、一文字、一文字、彫り終わっていく。ゆっくりと、ゆっくりと。
 そして、三角形の側面が砕け始める。一つの破片はじおすの足に降り掛かり、足を潰した。痛みは感じていなかった。

集中。一つの事に集中している時、例えば本を読んでいる時、何もかも忘れて熱中する事を体験したことは無いであろうか。

じおすは、その何倍も集中していた。
 そして、彫り終わったのとほぼ同時に三角形の側面が完全に崩れた。
周りに破片が飛び散り、ミサイル研究所の姿がハッキリと見える。
 じおすの心には不思議な安堵感があった。運命を、受け入れるというのは、こういう事なんだとも思った。

 思うことはただ一つ。これを、伝わってほしい。このレリーフを、あいつらから守ってほしい。ただ、それだけ――

 じおすの意識は、そこで切れた。そして、じおすの体の目が、じおすの意思で空く事は、永遠に無かった――


 じおすが伝えたかった意思は、受け継がれるべき意思なのだ。
未来を守る、タイムパトロールの目的、その意思は、誰かに受け継がれるべき意思なのだ――

 

 ――『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』


石版 第三幕 一時閉幕

 

幕間

 さあさあ、皆さん。これで第三幕は一時閉幕となります。先ほどまでと同じです。
いい加減にしろ、と思う方もいるかと思いますが、説明させていただきます。お手洗いはあちら、何か食べたいのならあちらです。
 時間はたっぷりとあります。今回の感想を話し合うのもいいですし、何をやってもいいでしょう。さっきと同じです。さっきまでと。
 ですから、私も話させていただきます。つまらないでしょうので、別に聞かなくても、結構です。
聞きたい人はお聞きください。私のつまらない講釈を。

 どうでしたか? おっと、聞く形になってしまいましたね。ですが、それを聞きたいと思います。
二人の、別の時代に生まれた男の覚悟。そして、この話の確Mへと迫る石版の登場。
そのあまりの神々しさに、ジャール達は膝をつき、ひれ伏しました。こんなところで、聞きたいと思います。

どうでしたか?
 おっと、「つまらなかった」ですって。すみません、我々一同、反省させていただきます。

ですが、ところどころ聞こえるような「面白かった」の声。我々は、その為に物語を語っているのです。

 我々劇団の命を失いながらも見せていく、物語。もう一度言わさせていただきます。どうでしたか?

 第三幕が開幕する前、私は伏線、大きな伏線を回収すると言っていました。
そうです、回収されたのはレリーフの文字です。レリーフの、あの英語。

『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』この伏線が、回収されたのです。
 この文字は、じおすの遺志だったのです。じおすが、伝わってくれと願いながら書き込んだ、意思だったのです。

誰でもいい、伝わってくれと。それこそが、じおすの意思だったのです。
 そして、名無しの意思。村人に、一人でも多くでも、助かってほしい。そういう気持ちでした。
名無しの意思によって、ヨーロッパにいた村人達は、アフリカ大陸へと渡り、エジプト文明の発展に協力したのでしょう。
名無しの意思は、達成できました。

 じおすの意思は達成されるでしょうか? いや、達成される筈だと私は思います。
じおすの意思は、必ずといっても良い程、伝わる筈です。ドラえもん達に、必ず伝わる筈です。
そして、じおすの意思は達成されるでしょう。あくまでも、私の予測ですがね。

 え? じおすの行動は意味が無い? 何故でしょうか? そこのお客様、少し良いでしょうか。
 石版の場所が分かったのなら、『ほんやくコンニャク』で読めるから、ですか。いいや、違うのです。

『ほんやくコンニャク』の効果が発揮されるのは、その言葉が何処で、どんな人が使っているのかという、どちらか一つを知っているというのが条件なのです。お客様、いいでしょうか。

 さて、次の第四幕はお待ちかねのお客様もいるでしょう! 戦いです。血で血を洗う、いや、未来風に言いましょうか。
オイルをオイルで洗う戦いです。空中に舞う人の血と、ロボットのオイル。戦いが始まるのです。

 果たして、ドラえもんは、のび太は、ジャイアンは、スネ夫は、静香は、どらEMONは、生き残ることができるのでしょうか。
又、それぞれが笑顔になる事はできるのでしょうか。

 そしてです、イカたこ達はどうなっているのでしょうか。何故、すずらんやミサイル研究所が紀元前に行ったのでしょうか。

 お祭りになった釣り糸をほどいていくように、少しずつですが分かってきた謎。そして、それとは逆に新たにからまってくる謎。
第四幕では、どれほど解決するのでしょうか?

 第四幕がもうすぐ始まります。皆さん、お静かに。そして一秒たりとも、お見逃しに無いように――


第四幕「踊り狂うかの様に』

 


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