石版
文矢さん 作
序章 「閃光」
「早い……」
年齢は、二十歳前後。時計のマークが空間に描かれた奇妙な時空間の中、一人の青年――じおす――が後ろを向いてそう呟いた。
そのたった二文字の言葉。だが、その声の調子は言葉の意味だけではなく、じおすの気持ちを表していた。
『絶望』という光も無い、悪夢の気持ち。
絶望は、突然襲ってくる。広島・長崎に落とされた原爆の様に、父や母が事故に会う様に、炎に囲まれ、
部屋の中から逃げ出せない様な状況もそうだ。人間が、「もう駄目だ」と思った時、絶望は襲ってくるのだ。
じおすのタイムマシンを追っているのは時空警察。……タイムパトロールだ。
タイムパトロールのタイムマシンは、普通のタイムマシンの二倍のスピードで進む。じおすが走っても走っても、追いつかれるのだ。
だから、じおすは『絶望』した。この状況に。この世界に。自分自身に。
じおすは日本人だ。髪は黒いし、目も黒い。肌の色は普通の人で、特徴があるとすれば、線の細い顔つきに
似合わない筋肉質の足だった。
最後の希望があるかもしれない―― だが、じおすはふと、そう思った。タイムマシンで他の時に出ればいいんじゃないか? と。
タイムテレビ対策としては妨害電波機がある。いけるかもしれない。
じおすはタイムマシンのメーターを見た。ここで時空間から出たらどのくらいの時に行くのか知る為だ。
二十二世紀から逃げてきて、一分ぐらいしか経っていない。
見ると日本 東京都練馬 二千七年九月十五日午後三時五分十八秒となっている。
「練馬か……」
じおすは、二十二世紀の住民である。仕事は、博物館の館長。博物館の館長というと、老人などがやるイメージがある。
だが、じおすは「博物館の館長になる」という夢を持っており、その情熱によって成ることができたのだ。
大学で考古学から経済学など、博物館を開くのに必要な知識を全て学び、大学卒業後に今まで貯めてきたお金を使って、
練馬に博物館を開いたのだ。
来館者は日を追うにつれ増え、今では一日に千人は入館するようにまでなった。じおすは、人生の成功者となったのだ。
『あの日まで』
タイムパトロールはつい五十メートル後ろまで近づいて来ている。もう五秒もかからないだろう。
巨大な影がじおすを包み、中の隊員達は静かに逮捕する準備を整えていた。一瞬。その一瞬。
一瞬、空白の時間が生まれた。隣に誰がいるのかさえも確認できない。ポケットの中のおやつが何なのかも確認できない。
誰も行動できない時間。
「容疑者、閃光弾を使用した模様! レーダー部隊、報告しろ!」
タイムパトロールの警部、大島はそう叫んだ。大男の叫び声が船内に響くと、レーダー隊からすぐに返事が返ってくる。
「容疑者、タイムマシンを残して逃走。タイムマシンは我々の船が弾き飛ばし、五時の方向を浮かんでいます。
じおす自身は、時空間から逃げたようです」
「そうか、無駄だとは思うが大画面をタイムテレビに切り替えろ」
大島はそう言うと、傷だらけの手でダイアルを二千七年九月十五日の日本、練馬に合わせた。
だが、画面はザーザーと音をたてるだけで、何も表示されない。じおすによる、妨害電波のせいであった。
「本部に報告しろ。俺と後、永戸と小出、田中、松村。練馬区に入るぞ」
「了解!」
まるでヒトラーに対するナチス軍人の様に四人の隊員は装備を整え、二十一世紀の日本へと入っていった。
二十二世紀。一人の悪魔が、笑っていた――
開幕「開幕ベルは鳴り響く」
さあさあ、後もう少しで開幕の時間です。皆様、お手洗いは済みましたか? 会社に何か用を残していませんか?
宿題をやっていないのではありませんか? 家にいる家族の為にお料理を作ってきましたか?
このショーは随分と長くなりますよ。終わるまで、どれぐらいかかるかどうか。その間、途中退場はできません。
さあ、何か用を思い出した方々の為に、少しだけ待とうと思います。そちらの出口からご退場願います。
まあ、一分ぐらい待てばいいですかね。
いいんですね? いや、いいという事でしょう! それでは講釈をはじめたいと思います。もうすぐで開幕ベルが鳴ります。
それまでに、私のつまらない講釈でもお聞き下さい。
この物語、未来と現在を巻き込んだアクションショーです。え? 未来といっても実感が沸きませんか? まぁ、当然でしょう。
二十二世紀といってもどうなのか理解できないでしょう。
二十二世紀。このショーの中では、こんな物を作っています。見えますか? 『タケコプター』というものです。
これを頭に付けると…… あら不思議。まるで鳥の様に空を飛ぶことができます。
こんな夢の道具があるのが二十二世紀。当然の様にデパートで売っていますよ。こんな明るい未来、とても楽しみですね。
まぁ、そんな未来と今の物語。
少し長ったらしいですかね。あ、そこのあくびをしている方。大丈夫です。後少しです。開幕まで一分もかかりません。
それまではどうか眠気を我慢して私の話をお聞き下さい。
それでは、『覚悟』はよろしいですか? 幕を開いたらもう戻れませんよ。何度も言ってしつこいとお思いでしょうが、
これも私なりの心遣いなのです。
お客様の中からも、何人かこの舞台に上がる人がいるかもしれません。どうなることやら分かりません。
おっと、そろそろ時間ですね。
それではそろそろ幕を開けたいと思います。一秒たりとも、お見逃しのないようにお願いします。一秒たりともですよ。
それでは――
石版
作者 文矢
協力 ドラ・ミュージアム
第一幕 まるで操られるかのように
その壱
「あ〜あ、やってらんないなぁ」
現在。東京都練馬にいる少年、のび太はそう呟いた。隣には言い方が悪いが青い狸の様な猫型ロボット、ドラえもんがいる。
のび太の机の上には、ほとんど削ってない鉛筆、書き込みのない教科書、真っ白なノートが並んでいる。見て分かるだろう。
宿題をやろうとしているのだ。
「明日までの宿題なんでしょ。終わらせなきゃ」
「僕の力じゃ終わらせられないから『コンピューターペンシル』貸してよ〜」
「そんなものは無いよ」
「あるよ、前貸してくれたじゃないか」
「自分の力でやるの!」
さっきから二、三回繰り返された会話だ。天気は晴天。外からはもう宿題を終わらせたであろう同級生の騒ぎ声が聞こえる。
遊びたがりでのんびり屋ののび太には集中できないに違いない。いや、もしもそんな状況が無かったとしても、
のび太の性格じゃ集中できなかったであろうが。
「ん……」
のび太が外を見ていると、ジャイアンとスネ夫、安雄などのおなじみのメンバーの他に、一人見知らぬ奴がいるのを見つけた。
五人のジャイアンメンバーの中で、一人だけ少し後ろ気味で走っている。
空き地までは曲がるところの無い一本道。一緒に遊ぶのだろう、という事は誰でも推測できた。
転校生かな。ジャイアンとかが無理やり仲間にしたんだろう。のび太はそう思ってボーッとしていると、
ドラえもんが「宿題をやれ」と少し怒鳴り気味で言ってきた。のび太はそれを聞くと急いで机に向かい、一問だけ問題を解いた。
二分ほど経つとのび太は飽きてきて、ドラえもんの方を向いて喋り始めた。不満たっぷりの顔だ。
「誰が宿題なんて考えたんだろう。『タイムマシン』でそいつに『お前はアホか!』って言ってぶん殴ってやりたいよ」
「『お前はアホか』」
ドラえもんが漫画を読みながらそう答えた。のび太は少しムカムカして、ドラえもんに飛び掛った。
「『コンピューターペンシル』貸してよ!」
「駄目なもんは駄目!」
のび太は『四次元ポケット』に手をつっこむと、中から色々な道具を出し始めた。
『タケコプター』『タイムテレビ』『タイムベルト』『ころばし屋』『ガリバートンネル』『百苦タイマー』
言い挙げたらキリが無いぐらいの道具が飛び出し、その拍子で『タイムテレビ』のスイッチが入った。
「ん……」
映し出されたのは今の空き地の映像。丁度ジャイアン達、五人が空き地へ入ってきたところだった。
さっき家の前を通りかかったおなじみのメンバー。のび太は早く遊びたい、と思いながらその映像を見ていた。
その時だった。『タイムテレビ』の映像が急に切れ、ザーザーと音をたて始めたのだ。
「え! ドラえもん、『タイムテレビ』が壊れたよ!」
「ホントだ!」
その時、空の『空間』にポッカリと穴が空いた。黒く、深く、まるで渦巻きの様な、穴。謎の、穴。空にできたへその穴。
ドラえもんとのび太は感じていた。ある、『感覚』を。
今まで、大冒険の切欠となった『感覚』を。ゾクゾクするような、ワクワクする様な、そんな感じの。
そう、その直感というか第六感通り、これは全ての始まりとなる。未だかつて、体験したかの無い、冒険の。
ドキドキして、時にはワクワクして、ゾクゾクどころじゃない怖さを体験する、冒険の――
全ての始まりだった。ドゴンという謎の音をたて、その穴から人が一人、のび太の家の庭に落ちてきたのだ。
二人は急いで、下に駆け下り、庭へと行く。
「なっ何なんだろうね、ドラえもん」
「分からないよ。でも、何かが……」
『何かが』そう、『何かが』起こったのだ。昔、二人と仲間達が旅した魔界の切欠。謎の石像の様に。
何かが、何かが二人と仲間達を取り囲んでいるかの様に感じたのだ。
庭にでると、縁側にカランカランと音をたて、何かが転がっているのと、庭に人が倒れているのが目に入った。
顔は弱そうな感じなのに、足に似合わない筋肉がついた人。
「どっどうしたんですか?」
ドラえもんは急いでポケットから『お医者さんカバン』を取り出し、検査を始め、すぐにその男が負っている体中の怪我を治した。
男はそれに驚きながら、こう呟いた。
「『君も』二十二世紀の住民なのかい?」
『何かが』起こりそうな気配の中、縁側に転がった鉄のレリーフはその出番を静かに、冷たく、待っていた――
その弐
「『君も』……?」
場は沈黙に包まれていた。青年、じおすは二人を少し驚きの入った目で見つめ、のび太とドラえもんは頭を混乱させていた。
何が起こっているのか、分からなかったのだ。ドラえもんは何とか頭を整理して、この青年は二十二世紀の人じゃないのか、
というところまで辿りついていたが、何故ここにいるのかとかは考えようも無かった。
「と……とりあえず、中で話し合おうよ」
のび太が家の部屋を指差し、震えた声でこう言った。ここで話をする気にはとてもなれなかったのだ。
じおすはそれに頷き、二人は家の中へと入ろうとした。
じおすはそれを見ながら、縁側に転がったレリーフを拾い上げた。レリーフは、さっきと同じ様に冷たく光っていた。
このレリーフ。不思議だった。古代文字の様な文字が五行ぐらい書かれていて、その文字の隣には不思議な石版の様なものが
描かれている。ただ、それだけのレリーフなのに、『何か』違う雰囲気を出していた。
ボーッとしていると、何故かそこに視線が合ってしまう。まるで、磁石のS極とN極がくっ付いてしまう様に。
のび太の部屋。机の上にはさっきと同じ様に、ほとんど手の付けられていない宿題が置いてあり、床にはドラえもんが
枕代わりにしていた座布団と、漫画が放り投げてあった。何もかも、さっきと同じ光景。
ドラえもんは押入れの中から座布団を出し、じおすに勧めた。じおすはそれに正座で座り、部屋を見渡し始めた。
「ぼ、僕は野比のび太と言います」
「僕ドラえもんです。二十二世紀からこののび太のお世話に来た猫型ロボットです」
心無しか、猫型ロボットの部分が強調されたかの様に感じた。じおすはそれを聞くと冷静に答える。
「僕の名前はじおす。二十二世紀で『ネリマ博物館』の館長をやっている」
「『ネリマ美術館』!?」
それを聞くと、ドラえもんが大分驚いた。『ネリマ博物館』二十二世紀では大人気の博物館だ。
ドラえもんも何度か、セワシやドラミと共に行った事がある。目の前にいるのが、その博物館の館長なのだ。
「そんなに有名なの?」
のび太がボケーッとした顔で聞くと、ドラえもんはすぐに昂答えた。
「有名どころじゃないよ! 二十二世紀だったら行った事の無い人がいないくらいの博物館だよ!」
「そ……そんなに!?」
のび太は実感が沸いていなかった。のび太にとって博物館は、校外学習でしか行った事の無い堅苦しい所というイメージしか無い。
まぁ、当然であろう。
「で、そんな有名な博物館の館長さんが何でこんなところに?」
しばし沈黙。のび太の質問の後、一分は経ったであろうか。じおすはレリーフを掴み、二人に言った。
「『これ』のせいで、ある組織に追われているんだ」
ある組織、それはタイムパトロールの事だが、じおすは二人にそう言う事は出来なかった。
悪人だろう、と思われるであろうからだ。じおすは、レリーフを手に入れただけなのだ。
「……レリーフ?」
ドラえもんは呟く。
「レリーフって何?」
マヌケ面で聞くのび太に対し、ドラえもんは半分あきれながら答える。
「浮き彫りで作った作品の事だよ。図工でやったでしょ?」
「ああ、あれか!」
のび太はやっと分かったらしく、もう一度そのレリーフを見ようとした。だが、じおすはそのレリーフをすばやくポケットに入れた。
どうやら、じおすのズボンのポケットは四次元ポケットになっているらしい。
「これをあまり見ないでくれ。これを見ていたら、君達まで……」
その時のじおすの顔は、凄い顔だった。「関わらないでくれ」その気持ちが、ハッキリと感じられたのだ。
それは、自分だけが得したいから、という気持ちでは無い。これ以上、誰にも関わって欲しくない、その気持ちが伝わったのだ。
「わ……分かりました」
ドラえもんがそう答えると、じおすは立ち上がった。
「しばらく、其処の裏山に『キャンピングカプセル』を使って泊まろうと思う。もし、未来に関する困った事があったら、僕に言ってくれ」
じおすはそう言うと、ポケットから『タケコプター』を取り出し、裏山へと向かった。
途中で『透明ふろしき』を使った様で姿は見えなくなった。
これで解決した筈。なのに、ドラえもんとのび太の間では何かもやもやが漂っていた。『何かが』まだ続きそうな気配。
そう、まだ続くのだ。何故? 幕が下りるのはまだ早いからだ――
次の日。のび太はパンをくわえながら大急ぎで学校へ向かった。遅刻するかしないかの、ギリギリの時間だ。
だからのび太は走る。走る。
「あれ?」
のび太は目の前に見知らぬランドセルの奴がいるのを発見した。そして、少し経つとのび太は気づいた。
昨日、『タイムテレビ』で見た転入生らしき男だという事に。
のび太が慌ててるのに対し、そいつは普通に歩いていた。「大丈夫かな」というのが一瞬、のび太の頭の中に過ぎったが、
自分も急いでいるのでやめにした。
そいつを追い越し、少し経った後、カーブミラーで確認すると、まだ歩いていた。「まぁ、遅刻しても転入生だしね」と思い、
のび太は学校へとダッシュした。
学校の校門まで行くと、時計がギリギリを指しているのが分かった。二分前、というところだろうか
。のび太はもう疲れている足に鞭をうち、下駄箱へと走った。
下駄箱で上履きに履き替え、教室へと全力で向かう。そして、引き戸を開いた瞬間! そこでチャイムが鳴り響いた。
「まぁ、ギリギリだな。野比、席に座りなさい」
先生がそう言い、のび太が自分の席へと向かうと、見知らぬ奴が二人後ろにいるのが分かった。
そして、その内の一人はさっきの転入生の奴だった。
「今日は、転入生が二人いる。前に出てきなさい」
その二人が、教室の前へと歩いていった。のび太はそれをボーッと見ていた。
「名前は、イカたこ君とどらEMON君だ」
そう言うと、二人は礼をした。
あの転入生の方がイカたこ。もう一人がどらEMONのようであった――
その参
「ドラえもん……?」
どらEMON。その言葉の発音は、ドラえもんと同じだった。
その事には、のび太以外にも、ドラえもんの事を知っている人は同じように感じていた。何で、そんな名前が?
そう、感じたのだ。
どらEMONの特徴として、すぐに目に入るのが眼鏡、という事である。眼鏡をかけていて、その奥には鋭い眼が光っている。
そして、その眼はのび太は少し感じただけだが、のび太、ジャイアン、スネ夫、静香の四人を睨んでいた。
そして、イカたこ。身長はのび太と同じくらい、平均身長で、眼は好奇心旺盛そうな眼をしていた。
ただ、少し冷めている、というか出木杉と同じ感じがする。
「それでは、自己紹介をやってくれ」
そう先生が言うと、どらEMONが前に一歩出て、話し始めた。
「永戸どらEMONと言います。前は○■小学校にいました。趣味はインターネットで、タイピングが得意です。よろしくお願いします」
ただ淡々と、そう言っているだけだったが、小学生の挨拶とは、こんなものだ。
どらEMONがそう言うと、イカたこが一歩前にでて、自己紹介を始める。
「金山イカたこです。前は■□小学校にいました。ドロケイが大好きです。よろしくお願いします」
拍手。それにしても、転校生とはかなり緊張するものだ。だが、不思議とこの二人はほとんど緊張していないかの様に思えた。
冷静に、自分の事を少しアピールして、先生に「戻っていい」と言われたらすぐに席へと戻ろうとする。
そして、どらEMONがのび太の横を通り過ぎようとした瞬間だった。『何かが』起こった。
のび太の頭の中に、声が響いてきたのだ。音というのは空気の振動だ。それとは違う。
頭の中に響いてくる、別の『声』
『私はタイムパトロールの隊員です。昼休み、非常階段に来て下さい』
この様な言葉だった。そして、その『声』はジャイアン、静香、スネ夫にも同様に響いていた。そして、四人はすでに勘付く。
「秘密道具を使ったんだ」と。四人はあまり驚かない。二十二世紀の技術は分かっている。ただ、好奇心があるだけであった。
そして、授業はいつも通り流れる。ただ、四人の間にいつもと違う空気が流れているだけで。それだけなのに、いつもとは違った。
出木杉やガリベン、静香が手を挙げ、のび太はボーッとしていて怒られる。ただ、違うのだ。
いつも、のび太がボーッとしているのは「退屈だな」と思っているからだ。だが、違う。
今、のび太がボーッとしているのは、考えているからだ。何故、どらEMONが呼ぶのか、じおすさんと関係はあるのか、
どうなのか。どうなのか。
そして、昼休み。非常階段に五人は集まった。そして、それを確認するとどらEMONは喋り始める。
のび太やジャイアンがよりかかっている石の壁の冷たさが『何かが』起こりそうな雰囲気を加速させているような気がした。
「改めて。僕は永戸どらEMONといいます。これは本名です」
「嘘だね。ドラえもんなんて名前あるわけない」
スネ夫が嫌味らしくそう言う。それを聞くと、どらEMONは少し黙り、その後に笑いながら説明を始める。
「だから、未来だっていってるでしょ。ドラえもん君の名前は結構有名なんだ。家の父親がそれについてかなり知っていてね、
こういう名前になったっていうわけ。EMONと呼んでくれ」
「へぇ〜」
のび太と静香とジャイアンは感心したが、スネ夫は一人、ひねくれた目でどらEMONを睨んでいた。
「怪しい、皆正直すぎなんだよ」そんな顔。確かに、普通の反応でのび太達が変なのかもしれない。た
「タッタイムパトロールって子供も入れるんですか?」
静かが恐る恐る、どらEMONに聞いた。どらEMONはそれを聴くと、笑ってズボンのポケットから『タイムふろしき』を取り出した。
「これで若返ったというわけ。本当は二十二歳の青年さ」
「あっ、そうやれば変装に使えるんだ」
そして、三十秒ほど、沈黙。そして、四人は考える。何の為に、どらEMONがここにいるのか。何故? どうして?
この沈黙の間に、どらEMONはポケットから『何かに使う秘密道具』を取り出し、そして四人を睨んだ。同じ。
朝の挨拶の時と、同じ。まるで、肉食動物が獲物に狙いを定めるかの様に――
「それでは、質問したいと思います。この男を知っていますか?」
瞬間。四人の頭の中に画像が現れた。朝の『声』と同じ。目で見る画像じゃない、別の、別のもの。
そしてだ、そして。ああ、何という事だろうか。その画像の人間は。その画像に移っていた青年は、じおす。その人であった……
のび太は考える。何故、じおすがタイムパトロールに追われているのか。すぐに結論はでる。
じおすが言っていた『組織』というものが、タイムパトロールという組織だからだ。
汗が、のび太の頬を伝った……
「のび太君。君は、この人を……知っているんだね?」
どらEMONは心を見透かしたかのように、そう言った。のび太は震えた。どらEMONは眼鏡を上げ、のび太に近づく。
「し、知りません」
のび太がそう言った途端、さっき取り出した秘密道具が音を鳴らした。そして、どらEMONはそれを聞くと、のび太を睨んだ。
他の三人は「何をやったんだ?」という目でのび太を見る。そして、どらEMONが口を開いた。
「これは高性能の嘘発見器でね。半径二メートル以内なら本当の事を言っているかどうかが分かる。
これが鳴ったという事は分かるよね?」
のび太は震えた。だが、動けなかった。蛇に睨まれた蛙の様に。
「君は嘘をついている」
二十一世紀の練馬の何処か。ある男が笑っていた。
その男は、じおすが時空間で追われている時に笑っていた奴と同一人物。そう、『奴』は現在に来ているのだ――
其の四
「さて、のび太君。何で君は嘘をついたのか、言ってくれるかい?」
どらEMONの眼は、輝いていた。あの、鋭い眼がのび太を睨んでいるのだ。
タイムパトロールとして、どらEMON達、大島部隊が二十一世紀に入ったのは二十一世紀の時系列だと昨日だ。
自分達が追い求めていた奴への手がかりを、たった一日で掴めたのだ。
その喜び、タイムパトロールという職業だというのを考えると、かなりのものである。すぐにでも大島警部に知らせたい。
すぐにでも同僚、小出や田中、松村に伝えたい。そんな、気分なのだ。
そして、のび太は動けなかった。すでに、狙いを定められている。逃げれるわけが無い。
それに、逃げたら立場が余計、悪くなるだけだ。そう思っている。確かに、逃げたらジャイアン等の三人にまで追われて、
損をするだけ。誰がどうみてもわかるであろう。
三人は、思う。のび太、どうしたんだ。犯罪の手助けをしているのかよ。大丈夫? そんな気持ちが三人の心で渦巻いている。
タイムパトロールは絶対正義。そういう意識が、刻み込まれている。
そのタイムパトロールは絶対正義の意識はのび太も同じだった。それにだ、のび太は分かっていた。
今まで、のび太は冒険の中で幾つもの人々に出会っている。正義を貫く人、自分の為に動く人。
その二つの種類の人の判断が、いつの間にかつくようになっていた。じおすは、正義を貫く人だ。そして、このどらEMONも。
そしてのび太は考える。じゃあ、誰だ。自分の為に動く人は。悪は、いる筈。今回の事件にも、悪が。
勉強はできないし、ピンとこないところにはピンとこない。そんなのび太にも分かることがある。
本当の悪は、二十二世紀で全てを図った奴だ。それだけは、それだけは理解できた。
そして、のび太は叫ぶ。自分自身の正義を貫き、あの人を救う為に。
「じおすさんが何をしたっていうの? あの人は、あの人はレリーフを手に入れただけだ!」
しばし沈黙。のび太の強い意志に、三人は、黙るしかなかった。馬鹿みたいだが、其処がのび太だった。
そして、どらEMONは言う。
「そのレリーフが、問題なんだよ。レリーフが。あのレリーフは、『世界を滅ぼす』力を持っている」
「せ、『世界を滅ぼす』?」
スネ夫が震えながら反応する。そして、のび太も同じように震えた。世界を、滅ぼす。
その言葉は単純だが、どらEMONの言い方は重かった。本当の、本当の言葉。
そして、沈黙の中で、静香がか弱き声を出す。
「『世界を滅ぼす』力って、ど、どういう事ですか?」
「『地球はかい爆弾』って知っているかい?」
「ああ、ドラえもんがネズミを退治する為に使おうとしていた……」
「それに、関連しているんだ。少し、長くなるがね」
『地球はかい爆弾』文字通り、地球を破壊できる威力を持った爆弾。
だが、普通の人だと爆発させる事はできなかった。パスワードが無いと、爆発できないんだ。
だが、何かの手違いで爆発する可能性を考え、警察はそれを回収し、そして発売元の会社に入った。
だがね、発売元の社員に事情聴取をしようとした時、彼らはこう言ってバタバタと死にはじめたのさ。
「石版に、全てが書かれているのさ」
その謎の言葉を残し、社長まで、死んでいった。
そしてだ、何故か死なない奴は、社長の机の中から二枚のレリーフを取り出し、喋り始めた。
「このレリーフに、石版の在り処が書かれているらしい」
「らしいとは?」
「それがね、俺は社長がそれを言う時にたまたまいなくてね、特に同僚に聞く事も無かった。
いや、意図的に教えなかったのかもな。俺がこのレリーフに関して知っているのは、
前に社長が言っていた名無しとかいう昔の学者がこのレリーフを作った、という事だけさ」
レリーフ。片方のレリーフには、石版の絵と、謎の古代文字が書かれていた。
そして、もう片方には不思議な事に、古代文字ではなく、英語で『Do
not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』と
書かれていたのさ。
そして、名無しという男の資料はほとんど残っていなかった。唯一見つかったデータでも、紀元前の学者、という事だけだった。
その後、二つのレリーフは手違いで流出した。
「そして、そのレリーフの片方を、この男、じおすは持っているのさ。分かったか?」
「なら、なら、じおすさんは悪くない可能性もあるんじゃないか!」
「それを見極める為に我々は追っているんだ!」
「え?」
「逃げていたら、無実だと証明もできないだろ! 話を聞けば、悪人かどうかなんて簡単に分かる!
我々、タイムパトロールの仕事の一つは、それなんだ!」
のび太は、何も言う事ができなかった。正義。どらEMONは、その言葉に乗っ取って行動を起こしている。そして、どらEMONは言う。
「放課後だ。放課後、じおすのいる所に行く。……教えてくれるよな?」
其の伍
「アークウィンドさん、ミサイル研究所さんがお呼びです」
別の場所。タイムパトロールでも無い。別の、そう別の場所。まだ、のび太達が知らない場所。
そこで、一人の二十歳すぎぐらいの男が流暢な英語でそう言った。恐らく、英語圏の者なのであろう。
呼んでいるのは、その部屋にいる男らしい。
白衣を着ていて、手には工具を持っている。その部屋は、まるで漫画に出てくる研究室であった。
怪しい道具が散乱し、その中に科学者らしき者がいる。そう、研究室。部屋の大きさは大した事は無い。
だが、その雰囲気は異質だった。
「アークウィンド? アークウィンドと言ったのかね?」
その研究者は奇妙な、例えようのない声を出し、男の方を向いた。やはり、流暢な英語であった。
顔は向いているけれども、手は何かの機械をいじっている。そこまでの情熱をかけれるような機械なのであろうか。
それは、その男、研究者にしか理解できない。
「あ、はい」
何故か自信無さげに男は答える。それを見ると、研究者の男は口を開き、喋り始める。
「呼ぶならファーストネームで呼びたまえ。ゼクロスだ。ゼクロス。スペルはゼット、イー、シー、アール、オー、エス。
Zecrosだ。分かったか?」
「は、はい」
「何故か分かるかね? それはだね、私のこのゼクロスというのは、素晴らしい名前だからだ!
親が付けてくれたからじゃない。将来、機械関係で素晴らしい者は『ゼクロスの様だ』と言われるだろう。
独裁者に対して『ヒトラーの様だ』と言うのと同じさ。その分野で最も、最も有名な名前になるだろうからね」
研究者、いや、ゼクロスはそう熱弁した。それを見て、男はビビりながら何とか声を出した。
「分かりました。い、以後気をつけます」
「で、ミサイルさんが呼んでいるんだって?」
「はい」
「あの人がか。ま、行くしかないからね」
ゼクロスはそう言うと部屋を出て、廊下を歩き始める。その、ミサイル研究所、という者の所へ――
場面と時代は変わる。裏山。そこにいたのは、どらEMONとのび太、ドラえもん、静香、ジャイアン、スネ夫の六人であった。
ドラえもんには、のび太から事情を話し、放課後に裏山に集まったのだ。じおすから、レリーフを回収するが為に。
そして、空間から白いタイムマシンが現れる。タイムパトロールの物だ。緊張が走る。そして、中から大島、小出、田中、
松村の四人が出てきた。どらEMONが敬礼をし、それを見て、ドラえもん達五人も敬礼をした。
そして、大島が口を開く。
「二十二世紀タイムパトロール警部の大島だ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
のび太とドラえもんが少し慌てながら言うと、残りの四人も同じようにそう言った。
「あれは、あれは何だ?」
その時だった。声が聞こえた。のび太、静香、ジャイアン、スネ夫にとっては馴染みのある声。
そっちの方を向くと、そこには今朝、転入していた奴がいた。奴、そうイカたこがいたのだ。
「イ、イカたこ!」
イカたこは冷静に見えた。突然の状況にも、対応できている。だが、驚きというか疑いというか、そんな目を一行に向けている。
「あれが、転入生のイカたこ君かね」
「はい、そうです」
大島が尋ねると、どらEMONはそう答える。どうするか、大島の中では様々な対応策が浮かんでいた。
『忘れろ草』を使い、記憶を無くさせる。
だが、これによると違和感が出てしまう。道具を使って気絶させる。これも駄目だ。
それに、この様な未来の技術を使ったらじおすにバレ、逃げられる可能性がある。考えた末、大島は口を開いた。
「信じてはくれないだろうが、我々は二十世紀の者だ。タイムパトロールという時を管理する役職についている」
それから、大島は話を始めた。大島の考えではこうだ。今、全てを教えといて、後で一気に記憶を変更させる。
そうすれば、じおすを捕獲してから事を進められると思ったからである。
「へぇ、そうなんですか」
「ん、反応が普通だね」
「そりゃ、あなた達の格好とか見たら信じるしかないでしょ。そこののび太君の隣にいる猫型ロボットとか」
冷静だった。すぐにその状況に慣れるというか、日本の様に別の文明を受け入れるのが普通にできる、というか。
よく分からないような奴であった。のび太達はあまり、このイカたこと会話をしていない。
「それじゃ、この山から家に帰ってくれるかな」
「嫌です」
キッパリとイカたこは言い切った。それを見て、大島はため息をつき、他の隊員に目配せをするとOKのサインを出した。
「あ、探知反応がありました」
その時、田中が言った。田中はさっきから『探知機』という道具を使ってじおすの『キャンピングカプセル』を探していた。
『とうめいクラッカー』を使ったって、これだったら簡単に判別できるのだ。そして、その探知機の反応は彼らの位置から
約五十メートル先を指していた。
一行に緊張が走った。のび太の心臓はバクバクしていた。じおすさんに責められはしないかと。
見つかってうらまれたりしないかと。そんな負の気持ちでいっぱいだった。ドラえもんも同様。
他のメンバーは好奇心で目を輝かせている。
そして、ゆっくりと、ゆっくりと進んでいった。イカたこは拳を握り締めていた。ほぼ全員の頬を汗が伝る。
どらEMONは『四次元ポケット』に手を入れていた。
そしてだ、その場所に出た瞬間。空間の中からじおすが現れた。透明にした『キャンピングカプセル』から出てきたのだろう。
そして、じおすは口を開く。
「話したい事は全て分かっている。のび太君の体に盗聴器を仕掛けさせてもらったからね」
「えっ」
のび太は急いで体を触ると、服の襟の部分に小さなゴミくずみたいのが付いているのを見つけた。
これが盗聴器なのだろう。そして、じおすは一歩一歩歩きながら、ポケットに手を入れ、あのレリーフを取り出した。
「信じてほしい、僕は無実だ。だからおとなしく君達の方へ行こう」
「それは、僕らが決めることです。でも、あなたは無実の可能性が大きいですね。実に、実に」
どらEMONは少し笑いながらそう言った。隊員達、いや一行は胸をなでおろした。良かった。
のび太はじおすが怒っていない事を見てそう思ったし、何も起こらなくて良かったと、他のメンバーは思った。だが、次の瞬間だった。
「タイムパトロール! 後ろを見ろ!」
じおすのその言葉と同時に、場にどす黒い空気が漂い始めた――
ロボットの中、ゼクロスは目の前にいる隊を見て、奇妙な笑い声を出しながらこう呟く。
「ぜクロス。やっと私が歴史の表に出れるのだよ、このゼクロスがッ!」
其の六
ロボット。彼らの後ろにいたのは、ロボットだった。色は、まるで軍隊服の様な迷彩でまとめられていた。
ただ、赤い目が頭の部分に光っている。そして、その目は、その赤い目は、確実に、彼らを捉えていた。
ゼクロスはスイッチを切り替え、中の言葉が外に聞こえるように設定を変更した。
ドラえもん達は驚きのせいか、まだ誰も振り返った時点から動いていない。
「実に良い気分だよ。このロボットを操れるとは。ガンダムというアニメ。あれは一時期かなり夢中になったよなー。
僕は、ザクが大好きだった。ガンダムタイプよりもさ。ガンダムのカラーリングなんて非理論的だ。
宇宙空間の中で白。地上で白。バレやすいだろう? ザクは最高さ。理にかなっている! ファーストでは最終話まで出てきた。
それ程完成度が高いってことじゃないか! そう思わないか?」
「何だ、こいつ? ガンダム?」
どらEMONはそう呟き、身構えた。例えるなら、そう、チーターだ。獲物を捕らえる、それだけに集中している。
飢えた獣の様に、ただ、それだけを――
その時、ロボットは動き出した。緑色の腕。ドラえもん。襲う。叩きつける……
だが、ドラえもんは潰れなかった。その腕を押さえていた。歯を食いしばり、必死に、それに対抗していた。百二十九点三馬力。
その力で、対抗していたのだ。
「永戸どらEMON、参る」
そしてその言葉とほぼ同時に、どらEMONが動き出した。ロボットの腕と胴体。切り離される。
そして、気づいた時には日本刀を握っているどらEMONと腕を切り落とされたロボットの姿があった。そして、その腕が転がっている。
「切り落とされた……?」
ゼクロスはそう呟いた。その呟きでさえ、ロボットの外に響いてしまう。だが、ゼクロスは笑っていた。
口が、にやけていた。どらEMONは無言だった。無言のまま、日本刀を握り締めている。
「あ、逃げる!」
スネ夫が叫んだ。ゼクロスは逃げていたのだ。振り返って、裏山の奥へと緑色が山の木々と混ざる―― ジャイアンが走り出した。
それにつられて、ドラえもんも、のび太も、静香も、イカたこも、そして少し怯えながらスネ夫も。
「追うな!」
だが、それをこの言葉が止めた。それを言ったのはそう、どらEMONだった。追おうとしていたメンバーがピタリと止まる。タイムパトロールのメンバーでさえ、どらEMONを見た。
「EMONさん、どうしてですか?」
空気が重くなる。そして、沈黙。その中、どらEMONは口を開いた。
「俺は、胴体を切る気でいたんだ。分かるか? 胴体をだ。あいつはズラしたんだ。あの一瞬でだ。腕に、ズラしたんだ」
「つまりだ……どういう事だ?」
大島。
「あいつは、俺達に恐れをなしたんじゃない。初めから、逃げるつもりだったんだ」
「追うのは危険という事か?」
じおす。
「その通り」
その時には、ドラえもん達も元の位置に戻っていた。そして、また沈黙。
「とりあえず、また襲ってくるかもしれない。この場にいる者全員に告ぐ。とりあえず我々のタイムマシンに入ってくれ」
大島がそう言い、ポケットから何か電波装置の様な物を出すと、タイムマシンが出現した。
その入り口も開き、タイムパトロールのメンバーは全員入っていく。その後にじおすやドラえもん達も続く。
「まずは、レリーフを見せてくれるか?」
大島がそう言うと、じおすはレリーフを大島に渡した。大島はそれを見る。変わらない。謎の古代文字に、石版の絵。
古代文字にその石版の在り処が示されているのであろうか。
「それ、見せてくれますか?」
静香がそう言うと、大島は静香に渡す。それを一分ほど見た後、ドラえもんへ、のび太へ、ジャイアンへ、スネ夫へと回っていった。
そして、何故かのび太の頭の中にはモヤモヤが現れていた。
じおすさん。レリーフ。石版。タイムテレビ。登校。転校生。イカたこ。どらEMONさん。嘘発見機。裏山。じおすさん。
イカたこ。ロボット。ガンダム。
そして、イカたこへとレリーフが回る。
「へえ、これがあのレリーフか」
違和感。そして、のび太のモヤモヤがその言葉で繋がった。イカたこはそのレリーフをしばらく握っていた。
そして、のび太は声を出す。
「ねえ、イカたこ君。聞きたい事があるんだけど」
「ん、何だい?」
「君は誰なの?」
沈黙。そして、イカたこの乾いた笑い。
「ぼ、僕はイカたこさ。それが何なんだい?」
「イカたこ君。タイムテレビで昨日、見たんだ。君を。ジャイアン達と一緒に走ってた」
「え? イカたことは俺、今日会ったばかりだぞ」
ジャイアン。そう、ジャイアンはイカたことまともに会ったのは今日だったのだ。なのに、のび太は見ていた。昨日の時点で。
「空き地までは一本道さ。なのに、空き地に入る時には君は何処にもいなかった」
「それが、どうしたんだい?」
「他にもあるんだ。今のはドラえもんも知ってたと思う。だけどね、次は僕しか知らない。
僕は登校中、イカたこ君を走って追い抜かしたんだ。学校への最短ルートで。イカたこ君は歩いていた。
なのに、学校へはすでに着いていたんだ」
「確かに、君が来る五分ぐらい前からイカたこ君は隣に座っていたな」
どらEMONがそう答える。疑心。全員がイカたこを見る。
「そしてさ、そしてだよ。イカたこ君はドラえもんの事を猫型ロボットって言ったんだ。
初めて見て、『ロボット』じゃなくて『猫型ロボット』って!」
「そして、止めは……『あの』レリーフか」
大島。そして、沈黙。イカたこは、何も言い返せない。
「ねえ、答えてよ! こんな僕の考えなんて、笑って返してよ! ねえ! ねえ!」
のび太の目には少し涙が溜まっていた。信じたくなかった。自分の推理でも、それを信じたくなかったのだ。
だが、イカたこは笑っていた。
「バレちゃったか」
この話は続きます。
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