全てが終わるその日まで
文矢さん 作
ほんの何行かのプロローグ
「全てが終わるその日まで、僕は歌い続けよう」
街を歩いていたら、そんな歌声が耳に入って来た。声はダミ声で、それ単体だと聞いてて気持ちいいものでは決して無い。
私もそれを聞いて随分と不愉快な印象を受けた。最初は。
だが、それが歌だと分かった時、私の不愉快な印象は愉快な印象へと変わっていた。あれ、良い歌じゃないか。
そういう印象だ。
私は歌声の聞こえる方を向いた。そこには、一人の男が立っていた。ギターを弾きながら、歌を歌っている。ストリートミュージシャンだ。
そして、何故か彼の周りに人は一人もいなかった。
迷わなかった。私は、迷わなかった。すぐに彼の元へと駆け寄った。彼はそんなことも構わずに歌を続ける。
「全てが終わるその日まで、僕は愛を歌い続ける」
そのワンフレーズ、ワンフレーズが私の心に入っていった。まるで、砂漠の土に水を流しこんでいくように。
私の心に、スルスルと入っていく。
ギターを弾くテンポが速くなっている。曲は、サビの繰り返し、最後の部分と思われる場所に入っていく。
「全てが終わるその日まで、僕は歌い続けよう」
私の頬を、いつの間にか涙がつたる。いつの間にか、私の体は震えていた。
素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい!
「あ、ああ……」
私の口から洩れる小さな声。感動故だ。
「全てが終わるその日までぇ、僕は、僕は、僕は」
ああ、最後なのだろうか。今まで激しいメロディを奏でていたギターの音が寂しいテンポに変わる。
そして、ミュージシャンの最後の一言。
「君を、愛し続けよう……」
拍手。私は思わず、拍手していた。ミュージシャンは恥ずかしそうに礼をする。
本当に、素晴らしい! 私は今、心の底から感動していた。
そして、私は彼を殺した。
――全てが終わるその日まで、僕は歌い続けよう
作者より、前書きに当たる口上
「全てが終わるその日まで、僕は歌い続けよう」
親愛なる読者の皆様は、この最初のプロローグを見て随分と奇妙に思えたかもしれません。
今までの拙作「生きる」「石版」を読んでくださっている人はさらに奇妙に思ったことでしょう。
何故なら、「生きる」「石版」はまず、最初にタイムマシンやのび太やら、ドラえもんに登場しているものから始まっていたからです。
もしかしたら、これは文矢が書いたオリジナル小説にするつもりなんじゃないかと思った人もいるかもしれません。
ご安心を。
これは文矢が書かせていただくドラえもんの二次創作です。
前回の「石版」完結から随分と間があきました。 今回の小説のテーマは特に決めていません。
また、ミステリーっぽい始まり方ですがミステリーでもありません。ジャンルは多分、決められません。
じおすさんにはすみませんが、とりあえず現在不明ということでお願いします。
私のホームページの「動機の説明」を書きながら温めてきた作品です。
もし、プロローグとこの前口上を読んで続きを読もうと思ってくれたなら嬉しいです。
「全てが終わるその日まで、僕は歌い続けよう」
1.手紙が届き、恐怖する
手紙、というものは届いたら誰でも嬉しいものだろう。その筈だ。手紙が届いて、嬉しくないものなんていない。
その手紙がラブレターだったりしたら、もう気分は最高だろう。手紙というのは、そういうものだ。
少年、野比のび太は下校中、目の前の静香の様子を見ながらずっと考えていた。ガラにもなく、ずっと考えていた。
それは、静香のことについてだった。
のび太は考える。最近、静香の様子がおかしい。のび太はそう思っている。授業中に見ても、何か頭を抱えてたりしている。
何か、悩みごとでもあるのではないか。それなら自分が助けにならないか。のび太はそう考えているのだ。
そうやって歩いているうちに、静香の家まで来てしまった。のび太は頭をポリポリかく。話を聞くのは、明日でもいいか。
のび太はそう考えた。 そして、その場から離れようとする。耳に、静香がポストを開けた音が届く。
「きゃあ」
悲鳴。短い。短かったが、静香のその声には恐怖がこもっていた。そして、その手には手紙が握られている。
封は空けられてない。だが、それでも静≠ヘその手紙を忌まわしいものでも見るかのような目で見つめていた。
いや実際、彼女にとっては忌まわしいのだろう。
のび太の足はもちろん止まる。そして、静香の様子を見て静香のもとへと駆け出す。
「どうしたの、静香ちゃん!」
のび太は静香の手に握られている手紙を見た。その手紙は、ハートのシールで封がされている。ラブレター?
のび太でもすぐに分かった。だが、何故ラブレターなんかでこんなに怖がっているのだろう? のび太には想像がつかない。
静香の体は震えている。足はガクガクと震え、立つこともままならないぐらいだった。
のび太が肩を支えているが、あまり意味がないようにも見える。静香の目には涙さえも浮かんでいる。
何が、何があったんだ? のび太は最近の静香の様子がおかしいことに思い当った。
そして、その悩み事とは、このラブレターじゃないのか?
「な、中見ていい?」
のび太の声もいつのまにか震えている。静香は頷く。
のび太はペリッとハートのシールをはがし、封筒から便箋を取り出した。
とりあえず、この手紙に関しては静香よりも先にのび太が見るというわけわからない状況になったということになる。
「静香ちゃんへ
僕の決意は固まるばかりだ。
全てが終わるその日まで、僕は君を愛し続けよう」
「な、何だこれ!」
のび太はそのラブレターを見てそう叫んだ。
ラブレターにはその文面しか書いていない。便箋は、白い紙に線が引いてあるだけのもの。封筒も同じような物。
その中に自分の名前も書かずにただそれだけ書いてある。のび太は、不気味に思った。
文字はワープロ打ちというか、活字だった。そして、上の文面のみ。何故、自分の名前を書いていないのか。
僕の決意とは何なのか、のび太にはさっぱり分からなかった。
全てが終わるその日まで―― 何とも、不気味な響きにのび太には思えた。
※(作者注 今から書かれるのは一見関係ない随筆のような感じです。
ですが、この作品を楽しむにはかなり必要な部分なのでなるべくなら、目を通してくれればなと思います)
俺は自転車で駆けた。
駅前から、自転車で俺は走っている。そして、考える。次の小説は何にしようか。
「生きる」「石板」に続く、第三作目の小説。何にしようか。
最初の前書きと題名だけは浮かんでいるんだけどな。俺は思う。いつもそういうくだらない部分のみ先に浮かんでくる。
何でだろう。重要な部分はあまり浮かんでこない。
前書きの書き始めはこんな感じだ。
「親愛なる読者の皆様は、この最初のプロローグを読んで随分と奇妙に思えたかも知れません」
ん、いい感じじゃないか。随分と芝居かかっていてかっこいい。
そして題名。「全てが終わるその日まで」
この題名からどうやって展開させようか。俺は考えながら自転車のペダルを踏む。横にはコンビニの光が見える。
コンビニを通り過ぎた時、黄色いシャツに青ズボンが見えた。のび太? そんなわけはないか。
俺はまた駆けだす。
2.戦慄
今、私の体は震えている。私。つまり、文矢だ。本来ならここでのび太と静香の話について語らなければならないのは分かっている。
分かっている。分かっている。
しかし、しかし、そういう場合ではないのだ。
今、これを読んでいる皆さんも知っていると思う。そう、あの事件だ。あの、ストリートミュージシャン殺人事件だ。
ニュースでも大々的に報道された、あの事件。被害者の名前は緑川俊作。
まだ、気付いていない読者の方が多いと思う。だから、説明をさせていただきたい。
私が、この「全てが終わるその日まで」で、最初に殺されたストリートミュージシャンの名前を、私は「緑川俊作」とするつもりだったのだ。
分かるだろうか? 私は今、私の小説が現実になってしまったよ、な感覚を覚えているのだ。いや、そんなわけは無い。
そんなわけは無いってことは分かっている。だが、だが! それだけではないのだ。
テレビのワイドショーで、私は昨日、見てしまったのだ。被害者のストリートミュージシャンの映像を。
彼は、彼は、確かに歌っていたのだ。
私が思い描いていたメロディで、声で、「全てが終わるその日まで」と。
なんだ? なにが起こっているのだ? 分からない。私には分からない。
ただの偶然。そうに違いない。だが、だが……
それを信じたくない。だから、私は数カ月放置していたこの作品を書き進めたいと思う。そんな、そんなことが起こるわけない――
※
「つまり、ストーカーってわけか」
「そう、ストーカーだよ。ストーカー!」
のび太はドラえもんにそう鼻息を荒くしながら言った。
ドラえもんは、大して興味無さそうな様子を見せていた。どうせ、何処かの子供のイタズラだろう。ドラえもんはそう考えていたのだ。
「んっ……?」
その時、ドラえもんがふと窓の外を見た。
「どうしたの? ドラえもん……」
「いや、外を見てくれ」
「外?」
「あめだ」
「雨?」
「違う。飴だ」
「え!?」
のび太は急いで窓の方を向いた。カツンカツンと音がする。そうだ、信じられないことに外にはあめが降っているのだ。
雨ではなく、色鮮やかなビニールに包まれた飴玉がふっt
※
ちょっと待ってくれ。待ってくれ。
今、外で何か音がしたぞ。何だ?
降っている。飴が、降り注いでいる。
私の体が、震えた。
3.無題
何が、どうなってるのか、さっぱり、分からない。
現実と非現実の境界線、とでもいうのだろうか。そのラインは明確に分かれている筈である。
特に、私のように誰かが作ったものの二次創作で小説を書く者にとっては。
藤子F不二夫が作った「ドラえもん」を一つの台にして、その上に積み上げるのがドラえもんパロディ小説というジャンルだ。
だから、明確に、これ以上ないくらい明確に分かれているのだ。
私が画面に打ち込む物語は、限りなく、どこまでも限りない嘘の世界だと。
この際だから、ドラえもんパロディ小説についてまとめておこう。
いわゆる、ドラえもんパロディ小説というのはインターネット黎明期から存在したものである。
2000年前後から始まり、「自己満足わーるど」などのホームページに漫画「ドラえもん」の世界を元にした文章が書かれ、
この世界に溢れた。それは年を重ねるごとに拡大していき、大体2005年から2006年の間に最盛期を迎えた。
それから段々としぼみつつあるものの、腐女子などの層とは関わりないテーマとしてはまだ盛り上がっている方だろう。
そのようなドラえもんパロディ小説が広まったのは何故か? これは、大体二つの理由に分けられると思う。
まず、多くの子供がドラえもんパロディの世界を見たことである。
インターネットを初めて手にした子供は、何を検索すればいいのかいまいち分からない。
そこで、自分が知っていることを検索する。そうなると、やはりドラえもんが検索される可能性は高い。
このようなことにより、まずドラえもんパロディには人が集まった。二つ目の理由は、パロディ的な面白さである。
ドラえもんパロディでは、元のドラえもんとは全くもって違ったドラえもんの登場人物が暴れ回っている。
これは、最初期にドラえもんパロディ小説を書いた者達の影響で、例えばドラえもんはどら焼きジャンキーで、
地球を破壊する程暴れ回る危ない奴。のび太は射撃の天才。出木杉はマッドサイエンティスト……といった具合に、
元のドラえもんのキャラ造形を偏らせて拡大させているのだ。そのギャップの面白さがまた、人を集めた。
このようにしてドラえもんパロディは人を集め、拡大していったのだ。
その中で私は「自己満足わーるど」からドラえもん二次創作を始め、幾つかのホームページでパロディ小説を連載し、
「ドラえもんシティ」で「洗脳」を書いたことを機に、ある程度の小説技術を根底にしたドラえもんパロディを書く人としてネットに馴染んだ。
そして、この「ドラミュージアム」で「生きる」と「石版」という二つの大作を仕上げ……
そして、この忌まわしい「全てが終わるその日まで」を書きだしたのだ。
ああ、ああ、ああ! 恐ろしい。
何でこのような小説を書き始めてしまったのだろうか?
私は今、この小説と現実世界の狭間が分からないのだ。一体、何が何だか! 何かの迷宮に迷い込んでしまったのだ!
だからこそ、何カ月もこの小説からは離れた。自分のオリジナルの推理小説に熱中したかのように見せかけた!
しかし、もはや放っておけないのだ。
この前、私はドラえもんを見た。
街で、買い物をしている時に、ドラえもんを、あの青い可愛らしい狸にしか見えないネコ型ロボットを!
リアルで見るそれは少しグロテスクさを感じたが、それでも漫画そのものといえた。
そして隣にいたのは間違いなく、のび太少年であった……迷い込んでいる。
二重の非現実の層に守られた筈の私の世界に、ドラえもん達が迷い込んでいる。いや、迷っているのは私の方なのか?
わけが、分からない。
筆を進めるしか、道は無いのだろうか?
私には、何がなんだか分からないのだ。今までの、「生きる」や「石版」とは書いている感触が恐ろしい程違うのだ。一体、一体、一体!
書こう。書くしか、ない。
※
「凄い、凄いやドラえもん!」
「そんな馬鹿な! 飴が降るなんて!」
ドラえもんは驚き、立ち上がる。そして目に外のファンタスティックな光景を映し出し、ポカンとするのだ。
はしゃぐのび太を尻目に、なんじゃこりゃ、と。
「そんな……普通に考えて飴なんか振らないよ。そうだ、どら焼きなんて降ったらどうかな」
ドラえもんのその声を聞いたかのように、ぽかんぽかんとどら焼きがふr
※
ほら! 見たことか! どら焼きが降りだした! なんてことだ! おかしい! おかしい!
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
待てよ、そうだ、こうしたらどうだ?
※
「のび太、ドラちゃん、大変!」
「そりゃ大変さ! ママ、外を見た?」
下から聞こえてきた玉子の声にのび太は答える。
「それも大変よ、でもね、総理大臣が自殺したって!」
※
ほうら、どうだ? これであのクソ総理大臣が自殺してくれるのか? そんなわけ無いだろう?
私は新しいタブを開き、ニュースサイトを開いた。
そしてしばらく待ってからF5キーを押す。更新だ。ほうら、ほうら……私の顔は、硬直した。
画面には、総理大臣自殺の大ニュースが映し出されていた――
この話は続きます。
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