相談



「・・・ほう・・・これは又随分と素敵なレディをお連れしたものだな」

東方司令部の最上階、己の椅子に腰掛けたロイは目の前の人物を見ておもしろそうに口角を引き上げた。

「真面目なお前が遅刻をするなんて珍しい事もあるものだと思ったが。中々やるじゃないか」
「大佐・・・冗談は勘弁してくださいって」

にやにやと意地の悪い笑みを隠そうともしないロイにすっかり憔悴しきったブレダは深い深いため息をついた。

朝、衝撃の告白からなんとか立ち直ったブレダはハボックを連れて職場である東方司令部までやってきていた。
事が事であるだけになるたけ人の少ないルートを通ってはきたものの・・・こんな美人が軍の施設内を歩いていれば目立たない訳がない。ハボックの悩殺級の笑顔(ブレダに言わせればいつものしまりない顔だったが)にノックアウトされ腑抜けになる者、どこから持ち出したかは知らないが豪勢な花束を突き出して愛の告白をする者と・・・それらを一々撃退していたらここに着くまでにいつもの3倍はかかってしまった。

「単刀直入に聞きますが、大佐じゃないですよね? 「これ」は」

すでに一日分の体力を使い切った感のブレダは手荒にその一問を投げかけた。「これ」の正体がばれていることはロイの顔をみればすぐに分かる事だった。男卑女尊のこの男が女性の前でこんな笑みを見せる事は絶対にないのだから。

「錬金術・・・ですよね? まさか大佐・・・こいつを次の査定の実験体にしたんじゃ・・・」
「ばかを言うな。そんなことする訳がないだろう」

自分で言って顔を青ざめさせたブレダに呆れた声を向けたロイはすぐにそれを否定した。

「錬金術において人体錬成は禁忌とされている。いくら研究の為だと言っても自分の部下を使う奴がどこにいる」

すっと立ち上がったロイは直立したままのブレダを押しのけその後ろにいたハボックをまじまじと観察した。

「いつ錬成されたのか自分で分からないのか? ここまで再構築されれば体に異変を感じると思うのだが」 
「え・・・ええと・・・」

研究者の顔をしたロイにじっと見つめられたハボックは昨日の事を思い出そうと記憶を探る。

「昨日は旧市街・・・B地区の撤去作業を任せたはずだな。そこで何か見つけなかったか? 錬成陣とかは?」
「陣っスか? うーん・・・つっても瓦礫ばっかだったっスからねぇ」

テロの中心地となったそこはすっかり破壊されていて元の建物の形を残してはいなかった。元々は何かの製薬工場だったという話だが屋根も壁も崩れ落ちた廃墟では何かを踏み付けても分からないだろう。

「でも家に戻った時はまだ元の姿でしたよ。飯も食わずに寝ちまいましたけどシャワーだけは浴びましたからそれは間違いないっス」
「ふむ・・・」

真面目な顔でハボックの肩やら腰、はたまた胸まで触ったロイは手帳に細々と何やら書き記して行く。本来ならばセクハラととっても良いほどの接触に傍で見ていたブレダの方が目を白黒させたが当人たちは至って平静だ。

「身長はどのくらい減ってる? 体重は?」
「んー、なんつってもブレダよりも下ですからねえ、20か30か・・・体重はまだ計ってないっス」
「そうか、ならば後で医務室に行って調べておいてくれ。それと一緒に3サイズも計っておけよ」

ま、大体は分かるがなといってハボックの尻を叩いたロイは大方の予測を立てたようだ。ちらりと覗き見た手帳のページは文字と数字の羅列で埋まっていて彼が「錬金術師」という顔を持っていたという事をまざまざと思い知らせてくれた。・・・いや、女性の3サイズを目測できるのはともかくとしてだが・・・

「どうです? 何とか治りますかね」

ぱたりと手帳を閉じたロイを見上げたハボックは心配そうな声でつぶやいた。

「さすがにこのままじゃ仕事になんないっスよ。筋力も落ちてるし動きづらいっス」

微かに眇められた瞳で見つめるのは長年愛用して来た己の銃だ。ホルスターから外されたそれを壁に向けて構えたハボックはしかしすぐにその重さに耐え切れず手を降ろしてしまった。規格以上に重くカスタマイズされた銃はとても女性の細腕で連射できるようなものではない。

「・・・支給されている方を使え。あれなら大した衝撃はないだろう」

無言で銃を見据えるハボックの頭を小突いたロイは沈みかけた部屋の雰囲気を持ち上げようとなるたけ明るく言い放った。

「さすがに専門外の事だから任せておけとは言えんがな。知り合いに生体に詳しい先生がいる。その人に頼んでおくからしばらくは出来る仕事をすれば良い」
「出来る事って・・・なんスか」

ふてくされたように突かれた頭を押さえたハボックはいつもやっている仕事を思い返した。体力自慢の隊を率いているせいでほとんど外回りといって良いほどの肉体派が出来る事といえば多少の書類作成くらい。たまにサボり魔の上司――無論ロイの事だ――の付き合いで残業することはあっても丸まる一日机にへばりついていることなど滅多になかった。

「おまえでも通常の事務作業はできるだろう? ちょうど良い。中尉が明日から出張だからな。美味いお茶を汲める者を探していたんだ」
「ええ? 嫌っスよ! そんなの」

にやりと浮かべられた笑顔に嫌な予感を覚えたハボックは逃げるようにしてブレダの背中に隠れた。

「いや、助かった。中尉からかなりの量のノルマをもらってしまったからな。二・三日泊まりがけになってしまうかと思ってひやひやしたよ」
「それは自業自得です!」

すっかり手伝わせるつもりになっているロイに悲鳴のような抗議をしたハボックは決済を待ち侘びたまま放置されている書類群を指さした。

「言っておきますがその机の上にある書類は大佐のサインじゃなきゃ無理な物です。いくら泣きつかれても手伝えませんって」

すでに何日か前にも総出で残されて書類整理をさせられたのだ。それがなかったらきっとこの机は作業すらできない有り様になっていただろう。

「それにまだB地区の整備だって終わってないんスよ。・・・そりゃあこんなナリじゃ腕は鈍りますが少しは役に・・・」
「ブレダに後を継がせる。それで良いだろう」

ハボックの必死の逃げもたった一言で止めてしまったロイは目の前に一枚の書類を突きつけた。

「ほら、軍服の申請書だ。サインしてやったから総務に行ってもらって来い」
「て・・・、ちょ、ちょっと!」

突き出された申請用紙を見たハボックはさらに眉を跳ね上げた。「内勤用」の所に丸がつけられたそれは必然的にスカートが支給されてしまう代物だ。

「なんスかこれ! 何で俺がスカート穿かなきゃなんないんスか!」
「私の「補佐」だ。つべこべ言わずに行って来い」

冗談じゃないとがなりたてるハボックの顔に書類を押し付けたロイは等価交換、と一言宣言した。

「元に戻るために協力してやると言ってるんだ。だから君も私の仕事を手伝いたまえ」
「きたないっスよ、大佐!」

こんな所で条件を出してくる大人気ない上司にさすがのハボックも眼をむいた。大体司令官の「補佐」だからといってズボンが駄目なはずが無い。そんなことを言ったらずっとロイに付き従っているリザだってスカート着用になってしまう。

「ほらほら。早く行かないと昼休みに入ってしまうぞ。他の部署の連中がいる中で軍服を受け取りたいか?」

まだ言い足りないハボックの口を人差し指で塞いだロイは有無を言わさずに扉を指差した。楽しんでいるのがありありと分かるロイの表情にこれ以上の反論は無理だと悟ったハボックは悔しそうに扉に手をかけた。

「・・・ったく、分かりましたよ。穿けば良いんでしょう。スカートでも何でも着て見せますよ!」

せめてもの反発にと荒々しく扉を閉めたハボックは廊下中に響き渡るような足音を残し去って行ってしまった。恐らく通りすがりの軍人たちには何があったのかと驚かれている事だろう。

「・・・大佐・・・」
「・・・ああ、いや、すまない」

次第に遠ざかって行く足音にくすくすと笑みを浮かべていたロイは渋い表情でため息をつくブレダに向き直った。

「あまりにもかわいい反応だからな。ついやりすぎた」
「勘弁してくださいよ。あとでフォローいれるのは俺なんですから」

嫌そうにそう言い捨てたブレダは懐からタバコを取り出して口に咥えた。

「あいつで遊ぶのは結構ですが程々の所で止めて置いてください。沈むと浮上させんのに一苦労なんですよ」
「ああ、分かってるさ。だがあの反応を見るとつい・・・ね」

そういったまま笑いを止めない上司にブレダは肩をすくめてみせた。どうやらこの上司はハボックをいたく気に入っているようで、すぐにこうしてちょっかいをかけるのだ。・・・それをお気に入りの特権と取れるかどうかは本人次第だが、さすがにこう頻繁では堪ったものではないだろう。

「・・・しかしさすが少尉コンビという所か。あそこまで変わっていてよくハボックだと分かったな」
「え・・・まあ・・・」

ライターを擦るよりも早く火種を差し出したロイに礼を言ったブレダは意味ありげな笑みを複雑な表情で見返した。

「私はまだ多少の免疫があったから良いものの・・・ビックリしただろう?」
「・・・そりゃそうですよ・・・」

まるで朝の騒動を知っているかのような態度にブレダは誤魔化すようにタバコをふかした。

朝早くにいきなり現れた見知らぬ美人・・・10人が見れば10人全員が「極上」と言い切るだけの女性がヤニ臭い元男・・・しかも自分の十年来の悪友だなんていったい誰が信じられるというのだろうか。見覚えのある青の瞳についハボックの名を出してはみたが、さすがにそれだけで素直に信じるほど常識はずれではない。

「・・・でもまあ、よく見ればあちこちのパーツは大して変わってないし黒子の位置も同じだって言うんですから・・・信じるしかないでしょう」

おまけに証拠を見せろと言ったらTシャツの裾を持ち上げて見覚えのある古傷を見せられた。程よく日に焼けた健康的な肌には軍属らしい銃創や切り傷がいくつも残り、それらに一々原因付きで説明されてしまえば頷かざるを得ないだろう。・・・というか頷かなければ自分の上から降りてくれなかったのだ。

『・・・ったくあの野郎・・・景気よく晒しやがって』

脳裏に焼きついた柔らかな丸みを思い返してブレダは慌てて頭を振った。あの鈍感としか言いようの無い元男は抱きつかれた衝撃で床に潰れたブレダの腹の上に乗ったまTシャツを捲り上げてくれたのだ。自分でもよく鼻血を吹かなかったものだと感心してしまうほどに衝撃は強かった。それはもう打ち付けたコブの痛みすらも忘れるほどに・・・。

「大佐・・・やっぱりあいつを無理やり「内勤」にしたのは・・・眼の届くところに置いておこうって事ですか?」
「ん?」
「・・・普段どおりに外に出したらマズイですよね・・・あれは・・・」

グラビア級のプロポーション、とまではいかないがすらりと手足の長いスレンダーな肢体は見る者の目を引き付けて離さない。おまけにあの人懐こい笑顔と無防備さはまさに襲ってくださいと言っているようなものだ。

「特に外回りの連中は女日照りが続いてますからね。あいつの部下なんか特にマズイっすよ」
「分かっている。だから後釜をおまえに任せたんじゃないか」

どうやら当たりだったらしいロイは心配そうな表情を浮かべるブレダの背をたたいた。

「司令部内は私が着けば問題ないだろう。中尉や准尉、曹長だって協力してくれるはずだ。ちゃんと守りきってやるからお前は安心して外回りに出ると良い」
「うへぇ・・・」

つまりはハボックの抜けた穴を自分が塞がなくてはならないという事らしい。

「俺はどっちかというと体よりも頭を使う方が得意なんですが」
「それは承知しているよ。でも、ハボック同様下の連中に支持されているのも事実だろう」

確かにハボックの隊とは作戦柄よく一緒にはなる。クセのある荒くれ共もブレダの言うことなら一応聞いてくれるので最悪の事態は免れるだろう。・・・だが、はっきりいって体を使うのは苦手なのである。

「ダイエットだと思ってしばらくは我慢しろ。なるたけ早く戻れるよう頼んでやるから」
「はいはい。了解しましたよ」

断る事もできないブレダは両手を上げて降参した。本当なら自分だって仕事を抱えてる身なのだ。ハボックの引き継ぎと自分のノルマを考えて深々とため息をついたブレダは急に飛んできた物体に目を丸くした。

「今日は休みにしてやる。ハボックの買い物に付き合ってやれ」
「へ・・・?」

投げられた財布の意味が分からずに首を傾げたブレダはロイと手元を交互に見返した。

「しばらくあのままという事は揃えなければならない必需品もあるだろう。そろそろ中尉も出勤するだろうから二人を町まで送っていってやってくれ」
「・・・はあ」

すっかりこの状況を楽しんでいる上司に気の抜けた返事を返したブレダは重い財布をポケットに突っ込んだ。つまりはあれだ。ハボックを心配している素振りを見せながら結局この人はおもしろがっているだけなのだ。

「せっかくだ。フリルつきのエプロンやミニスカートも買ってやると良い」
「りょーかいしましたー・・・」

それを選んで二人に白い目で見られるのは自分なんだぞと突っ込みたかったが、結局はこの日何度目になるか分からないため息で言葉を濁すブレダだった。


 

(おまけ?)

「ふむ。あれだけの骨格を再構築してここまでコンパクトにするとはな。・・・ほう、そうか。ここが・・・」
「た、大佐?」
「ぎゃーっ! てあんた! 何やってんすか!!」
研究者の顔でハボックの胸やら腰に触れて来たロイの手をブレダは慌てて引きはがした。
「何を堂々とセクハラかましてんすか! 洒落になんないっすから止めてくださいって!」
「いや、見たことの無い錬成なのでついな。・・・ふむ、そうか。ここを組み替えているのか」
「え、ちょ、揉まんでください・・・」
「大佐!!」

・・・今回の話の中で一番最初に浮かんだネタがこれでした。
結局入れられずにボツになりましたがロイハボも良いなぁと思い始める今日この頃・・・
(雑食すぎ)









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