雪幻華





『あの人』に拾われて俺の世界は一変した。

暖かな腕、優しい笑顔

…そして不可思議な想い

この幸せを守る為なら

俺は鬼にも仏にもなれるだろう…

 

『雪幻華』

 

「近藤さん近藤さーん」

ぱたぱたとかわいらしい足音を立てて道場へと走りこんだ総悟は門下生と共に竹刀を合わせていた近藤の腰にしがみついた。

「おお、どうした総悟。そんなに慌てるなんて珍しいな」

朝早くから鍛錬に励んでいたのだろう、この極寒の道場内でもうっすらと汗をかいていた近藤は人好きのする笑顔で総悟を抱き上げた。

「お雪ちゃんとこに遊びに行ったんじゃなかったのか? やけに早いお帰りだな」

この養い子とも言うべき総悟が家を出てからまだ大した時間はたっていない。普段は年よりもしっかりとした冷静な子供が息を乱して駆けてくるなんてめったにない事だった。

「何かおもしろいモンでも見つけたのか? 手が真っ赤になってるぞ」

出がけにちゃんと手袋をしてやった紅葉のような手は冷たい空気に晒され真っ赤になっていた。かけてやった二重巻きのマフラーと半天もその小さな体から姿を消している。大量の雪に気をひかれ雪遊びに興じるようなかわいらしい性格でもない彼がそれらを取り落としてくるなどありえない事だった。

「あーあ。顔も真っ赤だぞ。しもやけになったらどうすんだ」
「俺はそんなヤワじゃありませんぜィ。あったかいコタツに入りゃ平気でさぁ」

えへんとふんぞり返りながらそういった総悟は戻ってきた理由を思い出したのかまた「ねえねえ、近藤さん?」と可愛く小首を傾げて見せた。

「落とし物ってのは主が現れなかったら見つけたモンがもらえるんですよねィ?」
「あ? うん。そうだな」

なんだ。そんなに良いモン見つけたのか? と問えば誇らしげに笑みを称えられる。

「本当は俺一人で運ぼうと思ったんですが大きすぎて無理だったんでさぁ。近藤さん手伝って下せェよ」
「おお、良いぞ」

子供らしいお願いに、にこにこと笑いながら外に出た近藤は「あれでさぁ」といって総悟が指した物体に唖然としてしまった。

「白くて綺麗でお人形さんみたいなんでさァ。ちゃんと息はしてましたぜ?」

そう言って駆けよった総悟が手を伸ばしたのは木の下で行き倒れていた少年だった。

 

「過労ですね」

近藤の手によって寝床に運ばれた少年は医師にそう判断された。

「何があったかは知りませんがロクな物食っていないようですね。目をさましたら何か腹にたまるものを食わせてやりなさい」

成長期なのにねぇと心配そうに触れられた手首は細くがりがりに痩せていた。

年は十二、三くらいだろうか…。この極寒の中着ているものはすりきれた質素な着付けのみだった。当然晒された手や足は酷いしもやけで真っ赤になっており、恐らく総悟が発見しなかったら凍傷になっていただろう。

「かわいそうになぁ。こんなに小せえのに」

布団の中でぐったりと横たわったままの少年の頬を撫でながら近藤は眉を寄せる。そこにあるのは痛々しい折檻の跡だった。切れた唇や青黒く変色した打撲跡は彼が酷い状況下に置かれていたことを証明している。

「…この顔だ。人買いに捕まって逃げ出した口じゃねぇのかい?」

同じく近藤の横で少年の様子をうかがっていた永倉は「べっぴんだもんなぁ」と一人ごちた。

…確かに、暴行の跡があってもこの少年は整った顔立ちをしていると思う。最初に総悟が人形のようだと評した通りに小作りの瓜ざね顔はだれが見ても綺麗だと言うだろうし、背の半ばまで伸ばされた髪も烏の濡れ羽色で艶をまとっている。きっと良い格好をさせればとても見栄えがするだろうということは十分予測はできた。…そして、彼がどういう所へ売りに出されそうになったのかと言うことも…。

「…警察へは届けるのか?」
「…んー。どうするかねぇ…」

ズレかけた濡れタオルを直してやりながら近藤は悩んだ。もし誘拐などであったなら早く警察に届けなければならないが、もしそうではないとしたら知らせるべきではないと思ったのだ。

「…とりあえずこの子が目を覚ましてからからかな。何があったかは知らないが拾った以上は面倒見てやらなきゃだめだろう?」

元もと面倒見の良い近藤の事だ。どういういきさつがあろうともまだ幼い子供がこんな状況に陥っているという事実に黙っていられるわけがない。どうすると聞いた永倉だってその答えをほとんど予測していたのだろう、苦笑いを浮かべながら「じゃあ粥でもつくってやるか」と立ち上がった。

「とにかくその鶏ガラみてぇな図体はなんとかしてやりてぇな。台所にあるもんかき集めてせいぜい精のつく物つくってやるよ」
「ああ、頼むよ」

ひらひらと手を振った永倉を見送って再び少年に視線を落とした近藤は布団からはみ出していた細い手を取った。

「…やっぱり剣タコがある…」

まるで棒のような細っこい手だが、確かに剣をたしなむ者独特の固い感触が手に触れた。間違い無くこの子はどこかの武士の血を引くものなのだ。

「…っつってもどこの子かまではさすがになぁ…」

近藤自身も武士の血を引いているとは言っても今や取りつぶし寸前のボロ道場の主でしかない。この子の身一つではどこの家の者かまでは分かるわけが無い。

「…近藤さん」
「おう、総悟」

せめて身元の分かるものがあればとため息をついていると、部屋の入り口からひょこりと総悟が顔を出した。

「これ、外に落ちてやした。…多分この人のモンだと思いやす」
「これは…」

総悟が差し出した物を見て近藤は目を見開いた。幼い手に乗せられているのは古い日本刀だったのだ。

よろける総悟の手からそれを受け取った近藤は静かに鞘を引き抜いた。古い物ではあるが十分に手入れの施されたそれは一点の曇りもない。握りといい形といい余程の名工が仕上げたものであることは一目で知ることができた。

「和泉守兼定……」

柄に彫りこまれた名に近藤は笑みを浮かべた。

「…そうか…この子は…」

一気に疑問が晴れわたった近藤は「トシ…十四郎か…」と呟いた。

 



真選組道場時代捏造。これを書いた二日後に運命のバラガキ十四郎が本誌に登場しました。













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