ANTHROPOPHOBIA





「…シ…トシ」
「ん…」

ふわふわとした心地よさに身を委ねていた土方は軽く頬を叩かれる感触に重たいまぶたを引き上げた。

「…こんど…さん?」
「ああ。よかった。気が付いたか」

ぼんやりとしつつもかすれた声で自分を認めた土方に近藤は安堵のため息をついた。

「大丈夫か? 痛みは?」
「平…気…」

そう言いながらも力無く握られた手は常よりも熱かった。やはり無理をさせすぎたかとその背を支えた近藤は今更ながらに後悔する。

「何か飲むか? 水でも…」
「風呂…入りてぇ…」

近藤の腕を借りてようやく上体を起こした土方は気持ち悪そうに眉を寄せた。まだ体中が汗まみれの上ベタベタなのだ。潔癖症気味の土方がこのまま眠りにつけるわけが無い。

「…シャワー…浴びる…」
「こら、無理するな」

一人で立とうとする土方の背を慌てて支えてやろうとするが、その体はそのままずるずると床に沈んでしまった。酷使し過ぎたせいで足腰がまったく動かなくなってしまったのだ。

「…うー…」
「ほら、連れていってやるからおとなしくしろ」

まるで猫のように丸まってしまった土方の肩に浴衣をかけた近藤は事もなげにその体を抱き上げた。

急に視界が変わり土方はぎょっと目をむいた。真っ赤な顔で近藤さん! と悲鳴を上げるが、叱られたほうはへらりとだらしない笑みを浮かべその形の良い唇にキスを落とす。やってみたかったんだよお姫様抱っこと嬉しそうに言われてしまえば近藤に甘い土方はぐっと口ごもるしかなかった。

「離れの方で良いよな」

器用に土方を抱いたままタオルを取った近藤は庭へと続く障子を開けた。本当は母屋の方が広くてのんびりできるのだが、情事の跡が色濃く残る土方の姿など他の隊士たちに見せるわけにいかない。

外はすっかり暗かったが戸惑うことなく離れの風呂まで到着した近藤は丁寧な手つきで土方を洗い場に下ろす。ふうと深いため息をつく土方の脇でボディスポンジを手に取った近藤は爽やかな香りの石鹸を泡立てた。

「さ、腕上げて」
「え…」

当然のように手を取られた土方は抱きこまれるような体勢に目を丸くする。戸惑ったように近藤の顔を見れば洗ってやるよ、という悪びれもない笑顔。途端に土方の頬は真っ赤に染まった。

「っい、いい! 自分で出来る!」
「何だよ。遠慮すんなって」

慌てて立ち上がろうとした土方だが、力の抜けた体では遠くに逃げることもできなかった。がくりと腰が抜けて再び近藤の腕の中に舞い戻れば全て計算づくしだと言わんばかりの笑みで迎えられてしまう。

「その体じゃ後始末は無理だろう。俺がちゃんと責任持つからどんと構えてろって」
「か、構えられるかー!!」

生々しいセリフを耳元で囁かれ土方は鳥肌を立てた。先程から体が言うことをきかない理由…それは土方自身がよく分かっている。確かに無理な体勢で繋がったせいで体の関節が悲鳴をあげている事もある。そしてあらぬ個所がまだうずきを見せているということも。
…だが、それ以上に土方を困らせているのは気をぬいた瞬間に足を伝い落ちる白濁の液体だった。…それが何かなんて声を大にして言えるわけがない。

「…近藤さん…」
「いいから黙っておとなしくしてろって。目ェ閉じてりゃすぐおわるさ」

さあ、どうすると目の前でスポンジを振った近藤に土方は低くうめいた。確かにこの汚れを早く洗い流してしまいたい。髪の毛だってベタベタで気持ちが悪いし何より後ろの不快感は我慢できない。…ここで近藤の手を拒否して自分で処理するにしてもこの体では一体何時間かかるかわかったものではない。

――この際仕方が無いとばかりに大きなため息をついた土方は諦めて目を閉じた。「頼む」などとてもではないが口にはできない。
それを了承と取った近藤は笑みを浮かべながらその体を抱きしめた。びくりと震える土方の背を優しく撫でシャワーの湯をかけてやる。自分でするよりも丁寧に泡立てたシャンプーで濡れた黒髪を洗う。自分とは違う、柔らかな感触に一種感動を覚えつつも何とか近藤は平静を保った。何分二人とも素っ裸の状態なのだ。いったん枷が取れてしまえば再び土方を組み敷きかねない。

「…あー。その、…我慢しなくていいからな」
「…」

近藤の様子から次に来る衝撃を理解した土方は微かにうなずいてたくましい首元にすがりついた。心持ち上げさせられた腰の奥に近藤の指がゆるゆると差し込まれる。

「…っ…」
とろり、と土方の内股を白濁した液が伝い落ちる。侵入してきた指が中をかき出すようにぐるりと円をかけば唇をかみしめていた土方の体ががくがくと震え出す。

「…っや、やめ…近藤さ…!」
「もう少しだから! 我慢しろ」

手を突っぱねる土方を押さえつけシャワーの湯をあてる。何度か濡らした手で内部を清めてやる頃には土方は声も出なくなっていた。ただただ熱い息を吐き出すだけで近藤の肩口に顔をうずめてしまっている。

「大丈夫か?」
「……」

全てを流し終え、やっと一息ついた近藤はすっかり固まってしまっている土方の肩を撫でた。

「ほら、お湯も沸かしてあるからゆっくり浸かれよ。…手当はその後な」

十分気をつけたつもりだったのだが、土方の後孔は少し血がにじんでしまっていた。酷くはないが薬を塗っておいた方がいいだろう。
傷薬はあっただろうかと考え始めた近藤だが、すぐに土方の様子が変な事に気づいて視線を下げた。

「トシ? もういいぞ」

肩を掴んで引き離そうとするが土方はぎゅっと掴んだまま動こうとしない。具合でも悪くなったかと心配するが、己の足に当たる感触にああとうなずいた。

「いや…その…悪かった。気づかなくて…」

覗いていたうなじがさあっと朱に染まる。恐らく土方の今の心境は穴があったら入りたいという所だろうか。
土方の体は先ほどの行為のせいでかなり敏感になっていたのだ。せっかく落ち着きかけていたというのに再び熱を呼び起こされてしまい、にっちもさっちも行かなくなってしまったのである。

「あのよ、別に気にする事はないぞ。こんなものは只の生理現象だしな。それに…」
「っも、良い! 早くシャワー浴びて一人にしてくれ!」

どんと近藤をつき飛ばした土方はくるりと後ろを向いて丸くなってしまった。背中越しに睨みつけてくる目も心なしか潤んで見えるのは絶対に気のせいではない。

「…やってやろうか?」

気を利かせて言ったセリフも半ば本気の拳であえなく返される。

「馬鹿いわねェでくれ。もうあとは大丈夫から…!」
「いや、でもよ。この際一度も二度も一緒だし。俺としては又と無い絶好のチャンスでー…っ痛! ちょ、石鹸はやめて!」

鼻の下を伸ばしかけた近藤に土方は手近にあった石鹸を投げつけて黙らせた。

「うるさい! 近藤さんの馬鹿!」
「ちょ、トシィ? そりゃ酷いんじゃねぇの?」
「うるさいうるさい! 近藤さんの底なし! 絶倫男!」
「おいおいトシぃ。それ悪口じゃないって」

こんな会話が既に痴話喧嘩としか言いようが無いというのは二人とも気づいていない。
しばしギャーギャーと怒鳴りあっていた二人だが、結局勝ったのは近藤の方だった。壁際に寄っていた土方は伸しかかってくる近藤を避けることができなかった。そのまま好き勝手されたあげく散々声を上げさせられた土方は今度こそ失神してしまった。

あーあ、やっちまったと呟く声も意識を手放してしまった土方には届くはずもない。

 



近藤さんは甲斐甲斐しく面倒見てくれそうです













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