「あいつ」と出会ったのはもう十年以上も前の事だ。
寒い雪の日に草履も履かずに行き倒れていた幼い子供…それがトシだった。
見るからに栄養不足で発育不全なガキ…なのに、泥だらけの顔を拭ってやれば都でも見れないような整った顔立ちであったことに気づかされる。身の上は多く語らなかったが恐らく口減らしか人買いに売られそうになったのを命からがら逃げ出したと言うところだろう。起き上がれるようになれば行き届かなかった男所帯の細所を請け負うようになった。
質の良い綺麗な髪を揺らしながらまるで母親のように面倒をみるトシはすぐに総悟とも打ち溶けた。幸せそうに笑いながら「お帰りなさい」と告げる声は無くした家族が再び戻ってきたような幸福感を俺に与えてくれた。
貧乏ながらも暖かな暮らし。俺はそれがずっと続くのだと信じて疑わなかった。
…なのに、あの忌まわしい事件が起こってしまったのだ。
腫れた口元にぎこちない歩き方。喧嘩に巻き込まれたのだと必死に言い募る言葉にダマされるほど俺は子供じゃない。一目で何があったのかを理解した俺はトシに手を出した野郎を見つけ出し警察に付きだしたのだ。
一人でなんて出さなければ良かった
暗くなるなら店で待っていろと伝えるべきだったのだ
侍崩れの男に斬りかかりながら思ったのは後悔と恨み、犯人に対するどす黒い憎悪。虫の息とはいえ生きていた事が不思議なくらいだった。
…でも、それくらいじゃ俺の怒りは治まらなかった。
奴どころか俺の手も怖がるようになってしまった愛しい子供。怖がらせないように、暗闇に泣かぬようにと布団越しに抱きしめるのが精いっぱいだった。
あの、幸せな笑顔を奪った奴が憎かった。
元のトシに戻せと未だ病院でうめき声を上げているだろう犯人に詰め寄りたかった。
―――いや、違うな。俺が怒っているのは奴なんかじゃねえ。
…「あの日」から男の腕を怖がるトシを抱きしめて
「大丈夫」だとのたまった俺自身が―――
再びトシを怖がらせた事が、一番許せねェんだ―――
今度こそ近藤さん視点で。
気合いを入れないとカップリング話にならない所が情けない…。