――「あの人」を見つけたのは俺が一番最初だった。
親を亡くし施設に連れて行かれるところをお人よしな近藤さんに拾われた。
ボロイ名ばかりの道場で過ごす初めての冬。大人ばかりに囲まれた生活は嫌ではないものの次第に俺の中からガキらしい考えを奪っていく。
…だから、雪に埋もれるように倒れていたあんたを見つけたとき。
俺は、本来の俺に戻れるのだと心の中で喜んだのだ。
「Anthropophobia3」
『あーもしもしぃ? こちら万事屋ですけどぉー』
「…旦那?」
屯所の一角。内部の者しか知らない直通電話から聞こえてきた声に沖田は形の良い眉を寄せて見せた。
すでに時刻は十二時を回っている。いくら屯所とはいえ他人の家に電話をかけてくるには非常識すぎる時間帯だ。…しかもなぜこの番号を外部の銀時が知っているのだろうか…
「…土方さんですか」
唯一のこころあたりをついてみればあっさりと「そーでーす」というやる気の無い返事が返る。
『本当はダウンするまえにそっち連れていこうと思ってたんだけどなかなか言うこと聞いてくれなくてさぁ。さすがに俺一人じゃそこまで持っていけないんで応援が欲しいんだけど』
「あぁ、そうですかィ。やっぱり呑みに行ってたんですねィ」
夕刻から見えなかった上司の行き先をすでに知っていたらしい、沖田は可愛い声で仕方ないお人だねィと言って笑って見せた。
「土方さんイライラしてたでしょう。よく喧嘩になりませんでしたね」
「あー? まあ、そりゃあな…」
含みのある言い方でそう尋ねると銀時は何とも歯切れが悪そうに口ごもった。
「何? 沖田君知ってたの? 多串君の状態」
「ええ。仕事でポカやって頭冷やして来いって言ったのは俺ですから」
さらりときつい事を返しながら沖田はここ数日土方の様子がおかしかったことを告げた。
「こちとら唯でさえ近藤さんが出張中で浮ついているんですぜ。なのにしっかりしているはずのNO2はふ抜けな役立たずじゃ示しがつかないんでさァ。俺の言い分も分かるでしょうが」
「えー、まぁ。それはそうだけどさぁ…」
突き放すような沖田の声を聞きながら銀時はそっと横を見やった。店の奥にしつらえられた小さなボックス席で土方はぐったりと力無く横たわっている。普段から色の白い肌はすっかりと桜色に上気していた。
「…えーとさ、沖田君の言い分も分かるけど副長さん一人で飲ませに行っちゃまずくねぇか? あの…やっぱここ歌舞伎町だし」
先ほどからチリチリと伝わってくる粘っこい視線に辟易しながら銀時は牽制するように睨みを入れる。「奴ら」の目的は銀時の横で転がった土方だ。薄い単が着崩れて何とも色っぽい状態になっている。ここで一人にしようものならあっという間に食われてしまうだろう。
「大事な『土方さん』だろ? 目の届く所に置いておかねぇと何があっても知らねえぞ?」
「…そうですねぇ。確かに「大事なお人」だ」
一瞬伺わせた銀時の気に沖田は微笑を浮かべて答えた。本音を悟らせない大人びた笑みに聞いていた銀時の方が眉をよせる。
「…ねぇ、旦那。面倒ついでにもう一つ頼まれてくれませんかねィ?」
「あ?」
「土方さん、今夜そっちで預かってくださいよ」
もちろん報酬はつけますぜとガキくさい声でそう言った沖田に今度こそ銀時は戸惑った声を上げた。
「え…でもよ…」
「酔っぱらった土方さんを一人占めできるなんてそうそうない事ですぜ? ちょっとくらい悪戯しても構いやせんから今日の所は頼みまさァ」
銀時の焦りなど何食わぬ顔でそう告げた沖田はちゃっちゃと受話器を切ってしまった。通話が途切れる瞬間に銀時が何やら叫んでいたのが聞こえたが沖田は聞こえないふりをした。…このまま聞いていたら土方のお迎えが決定してしまいそうだったからだ。
「ちょっとくらい泣けば良いんでさァ…」
電話を見つめながらこぼしたつぶやきは、やけに大きく部屋に響きわたった。