ANTHROPOPHOBIA




―――あの人に会ったのは粉雪の降る12月の事だった。

父母はとうに亡く、親代わりの姉もはやり病で後を追った。

自分に残されたのは親からもらった小ぶりの太刀が一本だけ。路銀が尽きてもこれだけは離すまいとただがむしゃらにつっ走ってきた。

…けど、14のガキが一人で生きていくには世の中は辛すぎた。

人買いに売られ逃げ出して…どこをどう走ったかも覚えてはいない。

廃れた道場の側で行き倒れた俺は

あたたかな布団と優しい笑顔に助けられた。

 

「Anthropophobia」

 

「…あっれー? 多串君だー」

客が賑わう夕飯時の歌舞伎町。安くて旨いと評判の居酒屋の暖簾をくぐった銀時は開口一番にそう言った。
小さな店にふさわしく5・6人が座ればいっぱいになる狭いカウンターで一人酒を傾けているのは江戸の特別警察真選組を率いる鬼副長の土方だった。

「めっずらしいねー。こんなトコに副長様が一人で座ってるなんて」
「…悪ぃか。非番なんだから別に良いだろう」

そういって手元の碗に酒を注いだ土方は一気に残りを煽った。

「飲むならどっか見えねえトコで飲め。てめえがいると旨い酒もまずくならぁ」
「うわ、多串君たらひっどーい」

話し掛けたそのままの勢いで土方の先付けに手を伸ばした銀時は容赦無く手をはたかれた。

「別にちょっとくらい良いじゃねえの。けちだね副長さんは」
「るせえ。大した稼ぎもない奴がこんな所で飲みに来るなんざ生意気なんだよ」

女将、酒とカラの銚子を掲げた土方は隣の席に座りこむ銀時を嫌そうに睨みつけた。

「大体ガキ共はどうした。家で待ってるんじゃねえのか」
「あー、今日は二人とも妙の所でお泊まり。明日は早くからどっか行くらしいよ」

俺も何か頂戴と馴染みらしい言葉をかけた銀時は土方の前に置かれた鳥串をじいぃっと見ながら相槌をうった。

「でなもんで今日は一人さみしく食べに来たわけ。…何? これ食べないの? なら俺がー…」
「ふざけんなこのクソ天パー。てめぇにやる飯はねぇ」

不埒に伸びる手を再びぺしりと叩いて土方は渡された酒を煽る。随分とそうしていたのだろうか…回りのよい熱燗をなんの迷いもなく流し込む姿はすでに酔っぱらいの域に達している。

「…おーい。こりゃまた今日は進んでんねぇ。一人でお家帰れんの?」
「…るせぇ。俺はまだ酔ってない」

案の定他事に気を向けてやれば守っていた鳥串はあっという間に銀時の手に落ちた。程よく皮の焼けた旨そうなそれをみて、銀時はあれ、と首を傾げる。

”…マヨネーズ…かかってねえ…”

確か土方は大のマヨラーだったはずだ。以前別の定食屋で会った時は身が見えなくなるまでたっぷりとかけられていたはずなのに…

”それに…冷えてんじゃん”

がぶりとひと口噛んでみれば冷えきった肉の感触が後に残った。これは出されてから相当時間が立っているだろう。

”…ええっと…なんか、やばかったかな”

らしくない土方の様子を伺っていると、困ったような女将と目が合う。以前はほぼ毎日のように顔を出していたせいでいろいろと融通をつけてくれる彼女は声もなく「ずっとよ」と囁いた。

「…なあ、多串君?」
「ああ? 何すんだてめえ!」

再び酒を注ごうと銚子を持ち上げた土方の手を掴むと銀時は代わりにそれを一気にのみほした。びりりと喉を焼くようなキツイ刺激に思わず眉を寄せる。

「うわ、キッツ…。こんなん飲んでんの?」
「るせえ! 金がねえからって人のモン勝手に飲むんじゃねえ!」

取られた銚子を奪いかえしそれがカラになってしまっていた事に気がついた土方はすっかり据わった目で銀時を睨みつけた。

「だいたいテメェいつまで横にいる気だよ。とっとと他にいかねえとぶったぎるぞこらぁ!」
「ぶったぎるって刀持ってないじゃん」

口直しとばかりに出された宇治金時丼に手をつけた銀時はあきれたように土方の腰を見た。
いつものように薄い単を身につけた土方の細腰には見慣れた刀の存在がない。
いくら休みとはいえ敵の多い真選組の副長様が丸腰で飲み歩いているなど常ならばありえない事だった。

「何かあったのか?」
「っるせえ! てめえには関係無い!」

言い当てられたのか土方は一瞬言葉に詰まりながらも結局吐き捨てるようにそう言った。

「人の事にいちいちケチつけんじゃねえよ。うっとおしい」
「おいおい。人がせっかく親切で言ってやってんだぜ? おとなしく聞いておけよ」
「るせえ! 余計なお世話だ」

ふらつく体を支えようと銀時は手を伸ばすが、土方は乱暴にそれを振り払った。

「てめえが行かないなら俺がいく。そこをどけ」
「え…ちょっと待てよ。送ってくからもうちょっと酔いさましていけって」
「酔ってねえって言ってんだろ! 一人で帰れる」

そうは言うものの土方の足取りは危うく今にも倒れてしまいそうだ。こんな状態の人間を見捨てるなどできるわけがない。

「おい! マジでやばいから待てっての! 襲われてえのか!」

あえて攘夷志士に…とはいわなかった。多分今の土方ならそれ以外の敵も現れそうだったからだ。

なのにすっかり酔っぱらった土方は銀時の言葉などまったく意にかいせずに一人勝手に歩を進めている。
仕方が無いとばかりに立ち上がった銀時は「このお代あいつ持ちね」といって後を追いかけたのだった。












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