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2671回目のお祝いに

いつも通りぐだぐだで終わった会議の直後だった。
世界会議は踊るのがもはや定番。アメリカは自分の無茶苦茶な意見を押し通そうとするだけだし、他の面々だって似たり寄ったりだ。いくらドイツがてきぱきと仕切っても、互いに譲歩する気がないのでは何かが決まるはずもない。
そんな会議が終わると、気晴らしのように元枢軸の3人で食事に行くのが常だった。誰かがそうしようと言い出したわけではない。いつの間にかそれは習慣になっていた。上司との話し合いがあったりして誰かが欠けることはあっても、基本的にはいつも3人であった。
それなのに。

「ヴェー、ごめんねにほんー。今日は……えっと」
「EUの経済協力に関してこいつと話し合うことがあるんだ。すまないが、今日は一緒に夕食をとれない」

本当に申し訳なさそうな顔をする2人に、日本は「いえいえどうかお気になさらず」と返す。
まぁこういうこともあるだろう。彼らはどちらもEUに属しているのだし、遠いアジアにいる自分よりも密接な関係を持っているのだ。日本は深く考えずに2人と別れた。
本当は2人と過ごす予定だった時間が急に空いてしまい、日本はどうしようかと考える。もうやることはないから早めに家に帰ろうか。そういえばそろそろア●ゾンで注文していたDVDが届く頃だったはずだ。ああ禁書たんかわいいよ禁書たん。 日本の思考が瞬く間にオタク色に染まっていく。

「やあ日本! 今日の会議も有意義だったね」

偶然通りかかったAKYなアメリカによって引きずり出されるまで、日本の二次元ダイブは続いた。
その意見には大いに異を唱えたいです。そう言いたい気持ちを心の奥に押し込めて、日本はアメリカに笑顔を見せる。

「アメリカさん、お疲れ様です」
「DDDDD! ヒーローにとってはこれくらいなんでもないんだぞ!」

白い歯を見せて快活に笑うアメリカ。本当に、若い国というのは元気があっていい。爺である自分にはついていけそうにないけれど。というか千年前だったとしても性格的に無理、だろうか。

「それより聞いたよ、君もうすぐ誕生日なんだってね」

肩を組んでくるアメリカに言われ、日本は初めてその事実に気付く。
そうだ、来月の11日は自分という国が誕生した日だ。2月11日。あまりに昔のことだし、太陽暦と太陰暦の違いもあって正確かどうかは分からないけれど。とにかく「そう決められている」日だ。
それをわざわざ言い出すなんて、まさかお祝いでもしてくれるのだろうか。

「誕生パーティーとかは開かないのかい?」
「今のところ、そういう予定はありませんね」

なにしろ今の今まで忘れていたくらいですし。だいたいもう2600回以上この日を迎えているのだ。今さら歳を重ねることを祝う気など起きない。そういえば今年で何度目の誕生日だっただろう。即答できない、なんて。人の身だったなら認知症みたいだ。

「なんだ。君の奢りでおいしいごはん食べられると思ったのに」

アメリカが頬を膨らませる。やはり狙いはそちらだったか。純粋に誕生日を祝ってくれるなんて、アメリカにそんな殊勝な行動を期待してはいけないようだ。

「ああでも、建国記念の奉祝式典なら全国各地で開催しますよ。舞を奉納したりもしますし」
「マイ? 何それおいしいのかい?」
「食べ物ではありませんよ。日本古来の踊りの一種です」

律義に訂正する日本。そうしながらも、どうせアメリカは式典には来ないだろうと確信している。第一ああいった式典は、アメリカが興味を持つような類のものではない。
案の定、アメリカは日本の誕生日に関心を失ったようだ。子どものように最近あったことを元気よく報告してくる。子どもというよりは孫のようなものなんですけどね、と思いながら日本は、一体いつになったら家で待つ嫁のもとに帰れるだろうかと考えた。
それが、1月の中旬のある日のこと。



ドイツやイタリアとのすれ違いがこの1回だけだったなら、日本も大して気にしなかっただろう。しかしこういうことは何度も続いた。もともとヨーロッパとアジアでは、そこまで頻繁に会う機会などないというのに。
2人きりで話しているところに挨拶をすれば、それまでしていた話を打ち切って慌ててこちらに取り繕うような笑顔を向けてきたこともあった。会議終了後にそそくさと連れ立って帰って行く2人を見かけたこともあった。こんなことを繰り返されては、2人が自分を避けていると思わざるを得なかった。
何か、2人の気分を害することをしただろうか。さっぱり思い当たらないのだけれど。
2人のよそよそしさが日本にひとつの記憶を呼び起こす。忘れたくても忘れられそうにない、60年以上前の記憶。
あの大きな戦の中で、日本たちは一応対等な存在として同盟を結んでいた。しかしヨーロッパとアジアは遠い。ましてや、当時は今以上に行き来に時間を要した。そんな中で、自分とあの2人の間に親交の深さで違いが出るのは当然の流れだった。もちろんお互い協力は惜しまなかったけれど、それでも埋められない距離の壁がある。楽しそうにじゃれあう2人に対して、日本はいつも疎外感を感じていた。それは今も、同じだった。

「自分だけのけ者にされて傷つくなんて、女子供じゃないんですから……」

当時のことを思い出し、日本はひとり苦笑を浮かべた。今日の式典で身につけていた束帯の帯を解いてゆく。年に1度しか着ない衣装だからと、脱ぎ終えたそれを皺をつけないように慎重に折りたたんだ。

「はぁ……気が滅入ってしまっていけませんね」

あの2人の仲がいいなど、今に始まったことではないのに。そして自分がその輪に入れないのも、今に始まったことではないのに。だから自分はそのことに慣れているはずなのだ。今になって日本抜きで2人で楽しく過ごしたいと思うのも、別に不思議なことじゃない。不思議なことじゃないし、今さら自分が傷つくようなことでもない。昔からそうなんだから。
身支度を終え、式典会場を後にする。途中で会った人たちに月並みな「誕生日おめでとうございます」を言われ、何度も「ありがとうございます」を返していく。ほとんど機械的になりそうながらも心をこめて挨拶し、用意されていたタクシーに乗り込んだ。そうだ、今日は自分の誕生日なのだ。

「そうです。ネガティブになってばかりはいられませんよね。せっかくの誕生日なんですから」

自宅へと向かうタクシーに揺られながら、日本は無理やり思考をポジティブなものに変える。何か楽しいことを考えればいい。
そうだ。2人が自分と距離を置くようになったのだって、十分に妄想の余地があるじゃないか。2人の間に禁断の扉が開いたと思えばいいのだ。自分は腐男子ではないけれど、自分を形作る国民の中には何万人もの腐女子の方々がいるのだ。彼女らが喜ぶ展開は、すなわち自分の喜びにもつながるはず。独伊はきっとぷまい。
それに今から帰る家には、私自身が心から愛する嫁が何人もいる。特にミクとかミクとかミクとか。そんなことを考えていれば自然と心は軽くなり、自宅に着く頃にはすっかり日本は上機嫌になっていた。タクシーの運転手に料金を払い、笑顔で自宅の門をくぐった。
玄関の扉に鍵を差し込もうとして、それがすでに開いていることに気付く。

「あれ? 私朝に鍵……閉めたはず」

確かに閉めたと思うのだけれど。記憶をたどるが確証はない。日本は普段から鍵を閉めずに出かけることも多かったから、今回ももしかしたらそれなのかもしれなかった。閉めたつもりでいるだけで、実は今日も閉め忘れていたのかも。

「閉めたはずの玄関が開いてるなんて。何のフラグですかこれ」

二次元的思考の名残りでそんなことを考えてしまう日本。普段なら空巣フラグ確定だけれど、今日は自分の誕生日。もしかしたらサプライズパーティーフラグもあり得るかもしれない。こっそり家人の帰宅前に準備して、電気をつけた瞬間にクラッカーがぱーん、とか。ドイツやイタリアが最近自分を遠ざけていたのも、この段取りを話し合うためだとかだったりして。

「って何考えてるんですか私。サプライズパーティーとかどこの二次元かっていうww」

あまりのありえなさに、思わず語尾に草が生えるような口調になってしまった。改めて思い返してみても、都合がいいにもほどがあるというものだ。もちろん本当に起こってくれたら嬉しいけれど、三次元でそんなことを期待してはいけない。そのことを日本はよく知っている。
詮のないことを考えてしまいました。引き戸を開けながら日本は独りごちる。大きめに作られた玄関に戸の動く音が響いた。それがやけに大きくもの寂しく聞こえた気がして、日本は首をかしげた。がすぐにその理由に思い至った。愛犬のお出迎えがないのだ。

「ぽちくん? 寝てるんですか?」

誰もいない廊下は暗く、しんと静まり返っている。先ほど幸福な想像で楽しんだせいか、余計にひとりが寂しく感じられた。それなのに、それを慰めてくれる愛犬もいないなんて。

「別にいいです、私には二次元がありますから。……今日は早く寝ますか」

廊下の電気をつけ、居間へと向かう。まずはこたつだ。お茶とみかんとこたつという至福のひとときを一刻も早く味わうためには、先に電源を入れて温めておきたい。
ああそういえば、仕事が詰まっていたせいで今週はまだサンデーを読んでいなかった。至福のひとときにサンデーも迎え入れようと心に決める。そう考えると、日本の気分もほんの少しだけ上向いた。
連載漫画の展開を思い返しながら、ぼんやりと居間のふすまを開く。電気の位置はもちろん見なくても分かった。ぱちりという音とともに室内に灯りが満ちた。
と。

『誕生日おめでとう!』

ぱん、ぱん。
耳をつんざく破裂音に、日本は硬直した。

「は、え?」

誰もいないはずの居間。なのにそこには2人の人、いや「国」が立っていた。手には円錐形のクラッカーを握っている。特徴的なくるんとムキムキでわかった。イタリアとドイツだ。
イタリアはクラッカーのごみを放り投げると、日本の首根っこへと飛び込んできた。いまだ呆然としながらも、日本は無意識に彼を受け止める。そう。いつも通りに、無意識に。

「ヴェー、びっくりした? 日本を驚かそうと思って、俺たちこっそり待ってたんだー」
「留守中に勝手に入ってしまってすまない。俺は別の方法で祝った方がいいと言ったんだが、こいつが強引にな……」
「俺ちゃんと日本の漫画で勉強したんだよ。ねえ、日本ではこうやって誕生日を祝うものなんでしょ?」

無邪気なイタリアに、日本はかろうじて頷く。確かに二次元ではこういうことがままある。それは先ほど日本自身が思った妄想通りだ。けれどそれが、まさか三次元で。実際に起こるなんて。
ようやくイタリアの腕から解放されて、日本は室内を見回す余裕ができた。体格のいいドイツの肩越しに、改めて室内を見渡す。
壁に張り巡らされた、色とりどりの折り紙で作られたチェーン。きっちり等間隔に配置されたティッシュの花。そしてこたつ机の上には、たくさんの料理とシンプルながらも丹精込めて作られたショートケーキが置かれていた。とても読みにくいひらがなで「にほんおめでとう」と書かれている。
これらがすべて手作りであることは、考えなくても分かった。しかしそんなこと俄かには信じられなくて、日本はこう訊かずにはいられない。

「これ、おふたりが全部……?」
「そうだよー。へへ、日本に隠し事するのつらかったぁー」
「お前がわざわざ日本も来る会議で相談しようとするからだろう。電話とか欧州会議で話し合えばいいものを」
「だってさ、思いついたらその場で言わなきゃ忘れちゃうだろー?」
「メモを取れメモを!」

コントのようなドイツとイタリアのやり取り。それを尻目に、日本はあふれる感情を抑えられなかった。
なんということだろう。2人に避けられていると思ったのに、それどころか自分のためのパーティーの準備をしてくれていたなんて。幸せな妄想どおりの展開が現実に起きるなんて。
あまりの嬉しさで、日本の瞳が潤む。

「サプライズフラグを見事に回収ですか……三次元も捨てたものじゃないですね」

2人に気付かれないように、こっそりと涙を拭う。まだイタリアたちは2人でじゃれ合っているけれど、もうそれに疎外感を感じることはなかった。このあたたかい手作りパーティーが、自分に対する彼らの気持ちなのだから。もう、寂しがる必要なんてない。

「ありがとうございます……イタリアくん、ドイツさん」

笑顔を向ければ、首根っこをつかまれたままのイタリアがにっこり笑いかけてくる。それにつられてドイツも、硬いながらも微笑みらしきものを浮かべた。
彼らのような友達を持てたことを、日本は心の底から感謝した。

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