工藤の憂鬱
               

        



「はぁ……………………………………」

「ど、どうしたんですか?工藤さん、あからさまに大きなため息ついて」
 その日、浅羽洋樹はKONのロビーにて、椅子に腰掛けがっくりと肩を落としている工藤の姿を見た。
「うん、ちょっとね。恐れていたことが起きちゃって」
「恐れていたこと?」
「この仕事だけは受けたくなかったんだけどなぁ」
「え……」
 洋樹はちらっと工藤が手に持っている台本を見た。
 そこには、「オペラ座の怪人」と書かれた台本が。
「ああ…………」
 洋樹はその瞬間、納得した。
 年末、KONのメンバーでカラオケに行った時のこと。
 工藤は嫌だ、嫌だと首を横に振っていたのだが、今泰介の命令により歌った歌が、比較的歌いや
すい『ウメケンサンバ』だったのだが。
『オーレイ、オレイ〜。うめ・けん・サンばぁぁぁ』
 リズムに乗っていないし、音は外す。
 声も180度ひっくり返っていて、洋樹はそれに度肝を抜いたのであった。
 工藤がその時、ものすごい音痴であることを知ったのだ。
 ちなみに今泰介は演歌が上手だったのも同時に思い出す。
「でも、どうしてまたミュージカルの仕事が来たんです?」
「この劇、劇団夕凪なんだけど、僕、そこの演出家のお姉さんにやたら気に入られていて、いつか一
緒に仕事しましょ♪って言われていたんだ。僕はまぁ適当に、そうなるといいですねぇって返していた
んだけど───うわぁぁ、どうしよぉぉ。ホントに来ちゃったよ」 ムンクの叫びのような顔をする工藤。
「せっかく来た仕事ですけど、それじゃあ断るしかないんじゃないんですか?」
「だよね!?君だってそう思うでしょ」
 洋樹の言葉にぱっと顔を輝かせる工藤。
 しかしその時。
「そうはいきませんよ」
 やんわりとした口調。
 だが、どことなくぴしっとした厳しさをはらんだ口調。
 声がする方へ洋樹が顔をやると、スーツを着た色白の優しそうな青年がこちらに歩み寄ってきた。
「岩代先生からのオファーを一度断ったら最後、次の仕事が無くなる可能性もありますからね」
「え……、あなたは?」
 目をぱちぱちさせる洋樹に、その青年は眼鏡を押し上げ小筆で書いたような細い目さらに細め、笑
って言った。
「はじめまして。工藤のマネージャー、平塚太介(ひらつか たすけ)といいます」
「マネージャー?」
 洋樹はちらりと工藤の方を見る。
 今まで彼のマネージメントは、礼子が面倒を見ていたはずだが。
「礼子さんが他の団員のマネージメントもあったり、何より今さんが今度舞台に出るってこともあって、
僕まで手が回らなくなったんだ」
「ああ……成る程」
 それに工藤自身、CMやドラマなど仕事がどんどん増えている為、礼子一人の手に負えなくなった、
というのもあるだろう。
「それよりも、太介!何でよりにもよってミュージカルなんていう仕事持ってくるんだよ!?別の舞台
があるからって岩代さん、誤魔化してくれないと!」
 太介、と呼んでいるところからして、このマネージャー、少なくとも工藤よりは年が下のようだ。
「何を言っているんですか。岩代先生の舞台に出たくても出られない人がごまんといるのに……それ
を断った日には、他の舞台の仕事にも支障がでますよ?あの人敵に回して、潰された俳優さんが何
人もいるのに」
「仕事断ったくらいで、その人の俳優人生潰すような真似はしないよ、岩代さんは。潰れた俳優はよ
っぽどのことをしでかしたか何かしたんだろ」
「そんなの僕が知るわけないでしょう。とにかく、この仕事が成功した暁には、スポンサーの某ビール
会社のCMや某製薬会社のCMは約束されたよーなものですし」
「そんな理由で引き受けたわけ!?」
「そんな理由とは何ですか?次の仕事につながる大事なことではありませんか。あなたの存在が世
間に知られることで、よりよい役者の仕事も沢山舞い込んでくるわけなんですから」
「舞台が成功したらだろ!?僕の歌声聞いたことないだろ!?ミュージカルなんか出た日には失笑も
んだよ!!」
「役者なら自分の歌声ぐらいなんとかしてください」
「無茶言うなって!!」
「無茶じゃないですよ。それに、礼子さんが言ってましたよ。あなたは音程さえ直せば綺麗な声だか
ら、いい歌が歌えるって」
「その音程が直らないから困っているんじゃないか!!」
「直そうと思わないから直らないんです」
「直そうとしても直らないの!」
「努力もしないで何を言っているんですか!?」
「努力してるもん!!」
「努力が足りないんでしょ」
「僕の練習したトコみたわけ!?」
「見て無くてもわかります」
 たんだんけんか腰になってくる工藤とマネージャーのやりとりに、洋樹はただハラハラしてみている
しかなかった。
 最初は品行方正な印象だった平塚も、だんだんと目つきが鋭くなり。
「とにかく!!やらないもんはやらないからね!!」
「往生際が悪いんだよ!いいかげん観念しろ」
 平塚、工藤の胸倉を掴む。
「ヤダ!!」
 工藤はあくまで首を横に振る。
 平塚、眼鏡の下にある眼光がますます鋭くなる。
「てめぇな、いい加減にしねぇとぶち切れるぞ!?」
「既にぶち切れてんじゃん。やっぱり僕と同じ元ヤンだね」
「ざけんな!!てめぇはまだ仕事が選べる立場じゃねーだろうが!!来る仕事来る仕事、ありがたく
受けやがれ!!」
「………………」
 最初の丁寧な物腰はどこへやら。
 元ヤンというだけに、かなり乱暴な口調だ。
 その気迫に動じない工藤も工藤だが。

「ったく、るせっぇな。何騒いでんだ。てめえらは」

 木刀で肩を叩きながら、今泰介が現れたのはその時であった。
 にらみ合っていた二人は、はっとしてそちらを見る。
 そして。
「いや太介の奴が……」
「それがですね、今さん、こいつと来たら」
「年上の僕に向かってこいつとは何だよ!」
「てめぇなんざ、年上もクソもねぇよ!」
「…………浅羽、何があったかお前が説明しろ」
「はぁ」

 


 洋樹から事の成り行きを腕組みをして、聞いていた今泰介は、大仰にため息をついた。
「んなくだらねぇことで騒いでやがったのか」
「くだらなくないですよ!!」
 工藤と平塚は同時に抗議をする。
「平塚、マネージャーってのは、むやみに仕事入れりゃいいってもんでもないんだぜ」
「う……」
 工藤が内心「いい気味〜」と思ったのも束の間。
「ま、受けちまったもんは仕方がねぇけどな。工藤、こうなったら特訓だ」
「特訓?」
 大きな目をぱちぱちする工藤に、今泰介はニヤリと笑う。
「これから三日三晩、俺様とカラオケで特訓するぞ」
「!?」
「嫌とはいわせねぇ」
「イ……」
 首を横に振る工藤の口を右手でがしっと押さえ、その顔を近づけ邪悪な微笑を浮かべる今泰介。
「イヤとは言わせねぇっつってんだろ?」
 妙に優しく囁くような声に、工藤の顔は真っ青になる。
 烈火の如く怒ってくれた方がまだマシだ。
「んじゃ、浅羽、平塚!お前らもついてこい」
「え!?俺もですか?」
「わ……私は関係ないじゃないですか。役者じゃないんだし」
「あん?俺様の誘いを断るってか」
 片方の眉をぴくりと上げる今泰介に平塚、ぶんぶん首を横に振る。
 断ったら殺される、確実に殺されると思ったからである。


こうして四人は、近くのカラオケボックスにて三日三晩過ごすことになるのであった。
何をどう特訓したのか───
今泰介以外の全員がげっそりとしてカラオケボックスを後にしたという。
その後、工藤はミュージカルの舞台を成功させたらしいが、平塚は二度とミュージカルの仕事を工藤
に持ってくることはなかった。



平塚太介(ひらつか たすけ)……一見優しげな顔だが、実は元ヤン。大概の人間は黙らせる自信
はあるが今泰介だけには逆らえない。双子の兄と一つ上の姉がいる(七華館 High school panic !!
にて登場)





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