§0:プロローグ

 白と灰色、打ちっ放しのコンクリートに囲まれたその部屋で、小さな変化が起きた。
 気付いたのは白衣の科学者然とした男達、そして、ツナギを来た技術者然とした男達。
計器とモニタに映し出されるソレを、しばしの間は談笑すら交え興味深げに見ていた彼等は、やにわに騒ぎ出す。
 幾名かが分厚い透明なアクリルで隔たれた隣室へと走り、幾名かはモニタを睨みつつキーボードと格闘を始め、そして、幾名かは方々へ電話をかけ始めた…
 しばし、後、その部屋へとスーツを着た男達が入ってくる。
 アクリルの向こうの動向を見守る男達から受け取ったプリントアウトの束に目を通し…
 「早急かつ秘密裏に回収を」
 スーツの男達の内、最後に入ってきた男が、そう言った。

・・・☆・・・

§1:ロボットが来た!

 しがない男子高校生「大貫 祐一」は逸る心を抑えつつ、家路についていた。
 友人達の誘いを「気が乗らない」とそっけないフリで断り、いつもなら当然の様に寄り道する繁華街を華麗にスルー…だが、急がない、走らない、さもがっついてる様に見られるのが何となく気恥ずかしいのだ。
 誰が見ている訳でも無いのだが…
 中肉中背、歳相応に格好付けたがりだが歳より子供っぽく見られるベビーフェイス、制服のブレザーは無改造だが髪はギリギリ教師にツッコまれない程度の栗色に脱色している。
 力も性格も比較的標準(と、本人は自負)、英語の勉強が嫌で海外に転勤した両親と離れ一人暮らしを始める事となった高校一年生、本作の主人公その1である。
 マンションの入り口で、個人認証キー付きの「コミュ」…パーソナルコミュニケーター、その昔はケータイと呼ばれていた個人用多機能複合ツール…を軽くかざし中へ。
 ロビーを通過している間に、コミュからこのマンションの管理AIからのメッセージが流れてきた。
 「お帰りなさいませ大貫様、荷物が届いております、ポストに入らない大きさの為、玄関前のロッカーに入っておりますので、お受け取り下さい」
 「サンキュー、大家さん」
 「どういたしまして」
 管理AIに挨拶を返す必要も無いのだが、どうにも、人間臭い反応に対しては人間として対応してしまう性分だった。
 彼が物心付いた時には、世間にはAIやロボット、アンドロイド(呼び名はメーカー毎に様々だが)等といった物は普通に浸透していた。
 AIはグレードにもよるが、祐一にとっては感情があるとしか思えない者もいたし、実際高度に自己進化したシミュレーションシステムはその内部に人間の「魂」に値するものを構築しているとする研究家もいる。
 幾多の論争を経て、人権こそ与えられていないものの一定以上のグレードのAIに関しては有る程度の保護法令がある位だ。
 詳しい事はともあれ、そんなご時世で育った事もあり、祐一のロボットに対する感情は「人と思えれば人と一緒だし、ロボットと思えればロボット」程度の認識で、そして、それは多数派…だろうと思っている。
 「(そう、管理用AIじゃない…)」
 部屋の前、コミュを内容物有りの意を示すLEDの点灯しているロッカーの前にかざす。
 「(僕のロボットが届いたんだ!)」
 ロックが音も無く外れ、ゆっくりと口を開けて行くロッカー、ドキドキしながら見守っていると、その中から一抱え程もある荷物が出てきた。
 「うわ、思ったよりでか…」
 玄関を開け、荷物をリビングまでどうにか引き摺り込む、こんな時にこそ手伝いが欲しいのに…けどこれからは、と、ニンマリしつつ梱包を乱雑に剥がして行く。
 送り主は両親、高校入学と同時に一人暮らしを始めてから早半年、入学祝いにお願いしていたのだが、1LDKとは言えAIセキュリティ付き高級マンションでの暮らしと同時に…とは流石に行かず、結局、アルバイトで保証金を揃えた段階でローンを組んでくれるとの約束になり、今までかかってしまったのだ。
 「…掛け持ちでバイトしてるもんな、へへ、よもや半年で貯めるとは思ってなかったろ…」
 これでバイトも減らせる…いや、オプションとか色々お金かけるかもだから暫くは頑張るか…
 考えつつも手は動く、バイオ系素材の外箱と緩衝材、そしてひっちゃぶいたビニールシートを全てリサイクルマーク付いたダストシュートに叩き込む。
 残ったのは、待ちに待った家庭用簡易手伝いROBOTSYSTEM「角丸」本体と、充電兼メンテナンス用の特殊ケース、そして簡単なチュートリアルの載った4つ折りのマニュアルペーパー一枚だ。
 「ほとんど緩衝材じゃん…えっと、マニュアルの詳細は起動後の本体に直接聞くか、コミュでDLして読めと…マニュアルの不親切さは家電ってよりPCパーツみたいだな、ま、分厚いの付いてても結局読まないけどね」
 本体は名の通り、硬質の外殻で構成された立方体と球体の中間といった形状で、大きなカメラアイらしきモノが2つ、別の面に小さなサブカメラらしきモノが1つ、それ以外には現状では何も(駆動箇所らしき所も外殻の隙間も)見当たらず、サイズは概ねサッカーボール程度。
 外殻だけなら面取りしすぎたサイコロ、といった風体だ。
 対するメンテナンスケースは、縦に長い円錐台形をしており、小型冷蔵庫くらいの大きさがある、初めからケースに入った状態で梱包してあれば箱のサイズは半分以下だったろうに…
 「カタログで見るより小さい感じだなぁ、ケース運ぶのは手伝ってもらおうと思ってたけど、Pクラスだから仕方ないか…本当にこんなんで「可愛い相棒がユーザーの生活を快適にサポート」…できるのか??」
 用紙に書かれたキャッチコピーを怪訝そうに復唱しつつ、ホログラムの立体ブロックコードをコミュに読み込ませ保障登録とマニュアルのダウンロードをオートで済ませる。
 「えっと、メインカメラ2つ付いてるのが正面、サブカメラ1つ付いてるのが上面…表面の色は自由に変更可能と…面倒だから、とりあえず機動しよ」
 見た目より重い筐体をゴロリと裏返し初期停止コードのホロプリントにコミュを近づけると、プリントが消え、(♪〜)デフォルトの起動時に流れる音楽が鳴り響いた。
 同時に上下逆になっている二つの大きく丸いメインカメラ…目の「瞼」にあたるシャッターがパチクリと瞬く。
 左右外面に線が浮かぶとそれに沿って外殻が外れ、細く本体からロープ状に延びた金属とその先の外殻パーツで「腕」を形成、器用にコロリと向きを戻した。
 下面も外殻が音も無く外れ、腕と同様に短い「足」が形成されているのだろう、さっきまでより若干「浮いて」見える。
 Pクラス、パーソナルクラスの略なのだが一般的にペットロボットと言われる、その見方によっては可愛い外見の起動時基本形が完成した。
 だが突如、その外見に激しく似合わない「成人男性」の声が定型文を語り始めた…ご丁寧にこのメーカーのCMで流れるBGM付きで。
 「(♪〜)この度は当「HRS」社の商品をお買い上げ下さいまして誠にありがとうございます、只今より初期設定を行いますので、解説に沿って必要事項を…」
 相棒の誕生にしては、少々予想を裏切られた展開に「うへぇ」と呻いた。

・・・☆・・・

 「これで・・・よしっと!」
 コミュを使用しての簡単な設定だけだったが、それでもあれやこれやとやっている内に小一時間が経過していた。
 外見上の大きな差は、薄いクリーム色だった筐体外郭の色がブルーになった事くらいだが…
 「PCを使っての細かいカスタマイズは今度やるとして…システム命令、設定終了再起動!」
 音声コマンドに従い、筐体は再起動を開始した。
 手足を引っ込め箱型に戻り(♪〜)デフォルトの停止音を流した後(♪〜)即デフォルトの機動音が流れる。
 同じくデフォルトの機動行動であろう行動「目をパチクリと瞬かせる」をとるや四肢を展開、そして今度こそ設定した可愛らしくかるく鼻にかかった感じの声(祐一的にペット然とした)を発した。
 「おっはようございます「ゆうくん」さま、これからよろしくですよ」
 「あはは!変なの、いや、設定ミスだね、ごめんごめん、僕の呼び方は「ゆうくん」まででいいから、訂正しといて」
 「わかりましたですよ」
 伸ばした3本指の手でピッと敬礼の様な仕草をする、四角い頭に手が生えてる様な意匠の為、滑稽この上ない。
 「その変な「ですよ」って喋り方はデフォ?」
 「性格設定は筐体毎に有る程度の特色がランダムに出るですよ、ボクの場合はコレがデフォルトという事になるですが、気になるのでしたら治せるですよ?直します?」
 「いや、いいよ、面白いからそのままで、自分の名前は解ってるよね?「ユニ」?」
 「はいですよ「ゆうくん」♪」
 自分に弟がいたら「祐二」だろう…と、それをモジってつけたにしてはしっくり来てる、うん、大満足だ♪
 「さて、早速だけどユニ、君のケースを部屋のPC脇に移動したいんだけど…えーと」
 手伝ってくれる?と言いかけて、「無理かな?」と考え直す、だが…
 「わかりましたですよ」と言うや、ケースにテクテクと近づいていく。
 「え?いや無理じゃ?」
 「スペック説明するですよ、ボクの最大荷重は…」
 スルスルとゲッ●ー3の様に高分子伸縮性重化合金属の細い両腕が延び、ケースの両端をガッシリ掴むや…
 「概ね100sですよ」
 ヒョイと持ち上げた…
 「…うわぁお…」
 アンバランスな程細い金属の腕で自分より大きなサイズのケースを軽々しく持ち運ぶ様は、スペックを聞いていてもまるで魔法だ…
 これは、その都度驚きながら説明を受けた方が面白そうだ、そう思い詳細マニュアルはあえて見ない事にした。

〜閑話〜
 「あ、技術的にはゲ●ター3と言うよりむしろグ●のヒート●ッドに近いですよ?抵抗加熱も漏電もしてないですけど」
 「何を誰に話してるんだユニは?」
〜休題〜

・・・☆・・・

 「984円になります…ありがとうございました…ふぅ…」
 あの後、ケースの接続と初期バージョンアップと充電…をユニにやっておくように言って、祐一はアルバイトに来ていた。
 未成年が働けるギリギリの時間まで使ってくれるコンビニである。
 その上、期限切れの弁当をココは安く譲ってくれる為、正に一石二鳥。
 更にシフトが空いた時の為に、もう一つSOHOのバイトを掛け持ちしているのだが、そちらは出来高制の為、今はこのコンビニが彼のメインの仕事となっていた。
 既に22時をまわっているにも関わらず、イートインのコーナーと店のすぐ外にはまだ学生がたむろしており、レジもソコソコ忙しい。
 (さーて、帰ったら色々やってみないと…いや、色々やらせてみないとな♪)
 等と想像していると「ゆーうくん♪」とレジに来た客が声をかけてきた。
 「いらっしゃい…なんだタコか…」
 「タコじゃなくてユウコ!夕子ですー!」
 自分より頭一つ小さいトプシーテールの少女が、目の前にアイスを出している、幼馴染の「寒河江 夕子」だ。
 祐一とは小学校からの腐れ縁で一人暮らしを始める前はお隣さんだった事から、親同士の付き合いもある。
 自分の名前である「ゆう」の所がかぶっているのがくすぐったく、祐一は昔から「タコ」と呼んでおり、このやりとりも二人の間ではいつもの通過儀礼となっていた。
 このバイト先には(気付かれて以来)何かとちょっかいを出しに来る。
 「ひやかしなら帰れ「チビタコ」」
 実際は同じクラスだが祐一をして中肉中背、よって頭一つ低い夕子は同学年でも若干小さい部類に入る、こんな悪口も出る訳だ。
 しかも顔立ちからして可愛らしい丸めの顔で唇が軽くツンと出ている、タコと呼び続けたせいと言う訳ではないだろうが、言い得てると祐一はいつも思っていた。
 「ぶーう、お客でしょうが、はやくお会計しなさいよこの「勤労ボンボン」」
 当然の様に報復も帰ってくる、確かにマンションに一人暮らしのボンボンではあるのだが…。
 「誰がボンボンか、これでも苦労してるっての〜まったく120円のアイス1個で偉そうに…」
 「じゃぁさ、苦労ついでにオゴってよ、お小遣いキビシーんだ今」
 「タコ、働け、それに言ってる事おかしいって気付け」
 「いーじゃーん、アタシまだ15だからバイトできないんだしぃ〜」
 聞き流し、120円を受け取り、「ありがとうございました〜」と言いつつ掌を「シッシッ」と振る。
 「ちぇ、けど今日はどうしたの?学校帰りもソだったけど、なんか楽しい事でもあった?」
 ブッ!…思わずふき出してしまう。
 あれだけさりげなさを装っていたにもかかわらず…いわんや今の会話の流れに楽しそうに感じられる所なんかあったか!?
 「なんのことだ?」
 思考フル回転でパニくる自分を落ち着かせ、可能な限りそっけなく言い放つ。
 だが、「幼馴染」にとってそれは大した意味を成さなかった。
 「何のって、やっぱ何かあったんだね♪」
 「いーから、帰れって」
 こんな時に限って、次の客はこない、軽く不運を呪う。
 「例えば念願のメイドロボを手に入れたとかw」
 ガンッ!思わずカウンターにヘッドバットをかましてしまう、痛い、だが頭はハッキリした…大きな買い物をした所への「ボンボン」発言と言い、幼馴染のカンにしては的を射すぎている。
 「タコ?…さては知っててからかってるね??」
 「ゆうくんのパパさんから聞いてマース♪くふふ、「ご主人様」とか呼ばせてるの?ねぇねぇ??」
 「んーなーわーけーあるかーーーっ!そもメイドじゃない!Pクラス!ペットロボ!」
 「きゃはは、たいさんたいさーん、じゃぁねゆうくーん♪」
 ヒラヒラと笑いながら店を出て行く夕子を見送り、がっくりと肩を落とす。
 ふと、ユニにも夕子と同じ様に自分を「ゆうくん」と呼ぶように設定した事を思い出し「変えたほうが良いかなぁ…」と呟いていた。


・・・☆・・・

 「おかえりゆうくん、言われてたバージョンアップとセッティング、全部終わってるですよ」
 23時過ぎ、帰宅するとユニが玄関で待っていた。
 「…あ、そか、ただいまユニ」
 マンション管理AIのではない、玄関に入ると同時に聞く「おかえり」の台詞は久しぶりだ、自然と頬が緩む。
 手にはコンビニの袋、中の期限切れの弁当とサンドイッチは今夜の夜食と明日の朝食だ。
 傍らをチョコチョコとついてくるユニ、ちょっと悪戯心がわき、爪先で横からグイ!と押して見る。
 「おっとっと…ゆうくん、いきなりなにするですよ」
 かなり力を入れたにも関わらず、重心が低い事もあってかコケたりはしなかったが、軽くよろけるとこれまた滑稽な仕草で立ち直る。
 「いや、ゴメン、えーと、そうオートバランサーのテストだよ」
 「ぷう、それならそうと言ってくれればバランス検証くらい目の前で見せられるですよ」
 「?そんなモードあるの?」
 「いわゆる「反復横飛び」ですけど、やるです?」
 「たはは、また今度ね」
 苦笑しつつレンジに弁当を入れる、センサーが自己判断で食べごろまで温めるまで、ものの10秒とかからない。
 だが、その間に風呂場へ、自動洗浄が終わっているのを確認してから、「湯はり」のスイッチをポン、習慣化したいつもの流れだ。
 と、ユニがその大きな目でじーーーっとこっちを見つめているように感じた。
 「どうかした?」聞いてハッとなる…そうだ…
 「ボクは何をすればよいですよ?」
 「あ…」ポン、と得心したかの様に手を打つ。
 そう、何から何まで一人でやる必要は無くなった…バイト中何をやらせようか考えてた事をすっかり忘れていたのだ。
 同時に、呼び方の件も思い出したが、両親や幼馴染のタコを含め親密な人は皆「ゆうくん」と呼ぶので、まぁ、これでいいか、と思い直した。
 「そだね、えっとじゃぁ冷蔵庫からウーロン茶、台所からコップと温め終わった弁当をリビングのテーブルへよろしく」
 「わっかりましたですよ」
 ユニがテッテケテーと小走り(?)で台所へ消える、その間にリビングへ、腰を落ち着け、ふと思う。
 (ウーロン、コップ、弁当、お盆なんてないし、あの手で3っつ持ってこれるのか?)
 「ユニ?手伝おうか…うわ!?」
 台所の方を向くと、右手にウーロンのペット、左手に弁当を持ったユニがもうすぐソコまで来ていた。
 そして、コップはと言うと…中空にフワフワと浮いている。
 「?大丈夫ですよ?どうかしました?ゆうくん?」
 いくら驚きを楽しむと言っても限度がある、流石に腰を抜かしかけた。
 「いや、コップ…浮いて…」
 「浮いてなんて無いですよ?よく見て下さいですよ」
 「え?」
 よく見ると、背面から何やら細い糸状のモノが出て、コップを提げている。
 直径2〜3oだろうか?かなり器用に動く様だ。
 「これは?」
 聞くと、ユニはエヘン!と胸をはり(顔だけだが)
 「これぞ最新機能センサ・サブアーム・ストリング(3S)ですよ、高分子伸縮性化合金属の糸をより合わせる事で相互伸張により自在に稼動、更に周辺の電圧電位の変化を解析する事で様々な探知能力をすら持つスグレモノなのですよ!」
 「へぇ〜、糸ってことは」
 「はいですよ、これも解くと…」
 コップを置くとその紐状の何かはハラリと空中でバラけた、一本一本は極めて細く、目を凝らさないと見えない。
 「…と、こうなるです、人間で言う神経と筋肉の機能を併せ持ったモノみたいな感じですよ」
 シュルシュルと開いていた背面外殻の中に収納され、パシャリと閉じる、成る程、背面だけ何も無いのかと思っていたが、こんなのが入っていたとは…
 ふと、TVで見た医療ロボットに、血管内を自由に進んで患部を検査&治療する似た様なシステムがあったのを、思い出した。
 「はぁ〜、スゴいね」
 「メインアームの中にも中核兼神経組織として入ってますですよ、もっとも、これだけだとパワーが無いので四肢のフレキシブル駆動系内部は高分子ポリマーのナノ細胞による伸縮分子モーターがビッシリ詰まってるですけどね」
 「ふうん…」
 これでも、ユニとしては技術的用語を解りやすく砕いて説明したつもりだったのだが、祐一的にはどういうモノかは、あまり重要では無い様だ。
 ユニは肩透かしをくらった感を受け、それがすぐ疑問に変換される、マニュアルを見てないにしても、機能に無頓着すぎる…
 「あのですよ…ひょっとしてゆうくん…」
 「ん?」
 「マニュアルどころか、ボクの商品カタログすら読んでませんです?」
 ユニは器用にも、瞼のシャッターでジト目を作って見せる、否、見つめる。
 「あ?えーと、見たよ?あはは、まぁ、その都度説明して?」
 申し訳なさそうに苦笑し、答えつつ夜食にかかる、と素っ頓狂な声が響いた。
 「ふええ??えとえと、あのあの、じゃぁゆうくんはボクのドコが気に入って買ってくれたです?」
 今度は目を見開き、オーバーに両手を広げている、機能があれば大汗をかいているに違いない。
 (ロボットの返品の75%が「量販店に薦められて買ったが必要無かった」と統計にあるです!機能に無頓着なユーザーは返品率が高いと判断!脅威レベル上昇中…ヤバイ!ヤバイですよ!!??)
 なぜそんなに慌てるんだろう?と祐一は不思議に思ったが、ユニのAIは自分のカタログデータを再検索し、「売り」を必死で探し始めた。
 『可愛い相棒がユーザーの生活を快適にサポート』…うん、コレは「これから」だしいけそうですよ?…チェック
 『クラス最高性能、小さい体に新機能を多数搭載』…あう、コレは今しがた否定された感があるですよ…スルー
 『老人介護から幼児の遊び相手まで、幅広く対応』…老人でも幼児でも無い場合はどうなるですよ??…スルー
 『自己修復可能な頑丈な筐体、メンテナンス不要』…コレもいけそうか?けど実践する状況は嫌ですよ…保留
 『123456789ABCDEF012345』…あわわわわ!、検索ミスですよ、落ち着くですよ…削除
 「え〜とね…買ったのはネットでのカタログ販売だったんだけど…」
 祐一が語りだすや、ずずい、と顔を近づけてくる、妙に人間臭い仕草が登録されているのか、瞼のシャッターを使って眉根を寄せているかの様な表情を作っているのが、逆に妙におかしい。
 「価格で見て」
 脅威レベル上昇!しかして、ユニは必死の反論に出た。
 「い、いやそんな、ボク最新機種ですよ?そんな安くなってる筈が…」
 「うん、高かったナァ、だもんで、『割引率』が一番良かったんだ」
 「ガーーーーン!!!」
 脅威レベルMAX!!予想を超えた最悪の返答に、一瞬AIがハングしかける、同時に返品理由のログが記憶領域の端を掠め、ユニは全身(頭と手足しかないが)でガックリと落ち込んだ。
 「orzですよ…」
 「???」
 「いや!まだだ!まだおわらんよですよ!!」
 「????」
 そして、訳のわからないパロディを交えつつスグ復活した。
 「これから頑張ってゆうくんの生活を快適にサポートして頑丈な所もみせ…て、パートナーとして末永く使ってもらうのですよ!!!」
 「て、もしもーし?終わるとか末永くとか…買ったばかりなんだけど…」
 祐一は苦笑しつつ、ユニの頭部をコンコンと軽く小突いた…成る程、頑丈そうではある。
 「あう、ごめんなさいですよ…」
 自慢して、慌てて、落ち込んで、元気になって、また落ち込んだ…コロコロと変わる表情は見ていてとても…
 「面白いな、ユニは」
 「はう!?あああ、ありがとうございますですよ♪」
 今度は顔だけの全身でパァァと喜びを表現している、祐一にはそれが高校在学中はずっと続く一人暮らしに射す日の光に思えた。
 「選び方はイイカゲンだったかもしれないけど、パッと見で気に入らなきゃ高いんだもの買ってないって、それに…」
 「はいです?」
 「まだ一日もたってないけど、僕は、君を気に入った、これからヨロシクなユニ!」
 「は!はいですよ!ヨロシクですゆうくん!!」

・・・☆・・・

§2:タコが来た!

 祐一がユニを購入して、2ヶ月程が過ぎた。
 世間はクリスマスムード一色そんな最中主人公の祐一はというと…
 (♪ピポーン)「いらっしゃいませ〜」バイトに精を出していた。
 ユニのローン、自身の食費、そして日々増える遊興費。
 暮らしは多少楽に、多少面白くなったとは言え…
 「仕事はキツくなる一方かぁ、いや!人が遊びたい時程働け!父さんもそう言ってた」
 これまで家事に当てていた時間も働ける様になったのは、良いやら、悪いやら。
 「けど、ま、おかげで余裕も…」
 「…ってコトはぁ、クリスマスはプレゼント期待していいんだぁ♪」
 レジカウンターの前で「やった、やった♪」と喜ぶ見慣れた人影が一名。
 「おい、タコ?」
 祐一は悲しいかな、かなりのベビーフェイス、幼馴染くらいにしか通じない殺気を瞳に目いっぱいこめて睨みつけた。
 「タコじゃなくて、ユ・ウ・コ♪ん?どったの?目でも悪くなった??」
 クリンとした目玉でその視線を真っ向から受け止め、表情に翳りの「か」の字も見せない最強の幼馴染、前言撤回、どうも誰にも通じないらしい、ズキズキと痛む眉根を揉みほぐす。
 (一体どこをどう考えればこうも自分本位な結果に辿り着けるんだろう??)
 悩んでいると、ポンポンと矢継ぎ早に頭痛の種が追い討ちで飛んでくる。
 「えーと、ゆうくんとお揃いのロボットが欲しいなぁ♪」
 「買えるかっ!ただでさえローンだっての〜!」
 「わかった、誕生日プレゼントと一緒にしてイイよ、うん、許す!」
 「タコの誕生日、27日だよね?ナニ?当初は別々にもらう算段だったワケ?」
 「もちろん♪」
 「…よし、買い物はせんでいいから、スグ帰れ、そして寝てから好きなだけ寝言を言え…」
 なんでこんなのといまだに付き合いが続いてるのか不思議でならない…
 もっとも、毎年何かしらプレゼントを用意してしまっている祐一の律儀な性格も、長い付き合いになってる要因なのだが。
 そういった意味では、自業自得と言えなくも無い。
 そしてこんな頭痛混じりのやり取りも本人曰く「もう慣れた」、実際は憎からず思っているのも確かだった。
 「んーもう、そんな深刻な顔してると老けるぞ〜「童顔苦労人」」
 「だーから、言ってる事がオカシイっての「チビタコ」、それと童顔はお前にだけは言われたくない!」
 頭を抱えていると、不意に脇のスタッフ通路から声をかけられた。
 「大貫くーん、おしゃべりそこまで、お客様途切れてるからホットスナック整理してくれるかしら?」
 凛とした鈴の様な声、モデルもかくやという優雅な歩き方で出てきたのは20代中盤に見える女性…美人だ。
 整いすぎたボディーラインを赤と青の制服に押し込み、セミロングの黒髪をパレッタで纏めている、その主張を隠しきれない豊かな胸にあるバッジには「店長代行 RSユキ」とある。
 「はっ!はい、すみません!」
 祐一は叩かれたかの様に背筋を伸ばし、大急ぎで揚げ物のチェックに入る、夕子の視線を目にしてユキはニッコリと微笑んだ。
 何やら、照れくさくなり、夕子もピュウとケースの前へ移動した。
 「うわぁ、きれいな人、あれ?店長さんってオジサンじゃなかった?」
 ケース越しに祐一に話しかける、「勘弁してくれ」と言わんばかりの表情になる祐一だが、手を休めず小声で返答が来た。
 「注意されたこの空気で話しかけるか…店長は今日はオフ、あの人は店長の代行、てかRSって表記あるだろ?」
 「う…うん?って何?外人さん?」
 「違うって、ロボットシステムの略、いわゆる「アンドロイド」だよ、店長の…」
 「うっそぉ!?」
 現行法に於いて、人間と見分けの付かないロボットは、公衆の場に於いては「そう」と解る表記を身に着けなければいけないとされている。
 規定が(どう表記するか、どの位なら「見分けが付かない」とするのか等)曖昧かつ厳しくない為、半ば以上有名無実化した法ではあるのだが、サービス業等ではもっぱら「RS」表記が標準化されていた、ユキもそんな内の一人である。
 「驚いた?、僕も最初は驚いた、多分バリバリのSクラスだ…」
 「ほへぇ〜…」
 美人、自然、アンドロイドの擬人化技術は既に人間の美容整形に逆フィードバックされていると言うが…その手の情報に疎い夕子は呆然となった。
 「よかったね、面白いもの見れて、じゃ、帰れ、僕は忙しい…」
 例によって「シッシ」と掌を振る。
 「あん、じゃ、最後に…イブの日、ヒマでしょ?」
 「ほほぉ、タ〜コ、仕事だよ」
 「じゃ、仕事終わる頃に、ゆうくん家、遊びに行くから♪」
 「はぁ!?」
 思わず声のトーンが上がってしまう、聞かれたか!?と思いユキの方を見ると、丁度接客していた。
 「…あぶなー、って、ちょとまてタコそれって…」
 これまで、夕子を異性として真剣に見た事は無い、だがイブの夜に一人暮らしの男の家に遊びに来るという事がどういう意味か…
 「うん♪プレゼント貰いにいくの♪あ、それとご自慢のユニ君にご挨拶しよっかなって♪」
 …わかっていないらしい、ガクッと肩を落とす。
 「パーティーの用意しといてね〜、んじゃ、バイバイ♪」
 「うぉい!ちょとまて!タ・・・」
 かき回すだけかき回して、幼馴染は風と消えん。
 「あいつ〜」
 わなわなと震えていると、腰に下げたコミュが着信を報せている。
 「ん?」
 画面を見ると今接客しているユキから「はい、仕事しましょうね、店長に報告入れますよ?」とメッセージが流れてきていた。
 「ははは、すんません」
 高級アンドロイドのセンサーにヒソヒソ話が通じる筈も無かった。

・・・☆・・・

 「そういう事なら腕にヨリをかけてお料理するですよ!」
 イブの事を話すと、嬉しそうにユニはそう言った。
 「うー、あー、ユニ、言い難いんだけど…」
 「はいです?」
 祐一が頭をカキながら、視線を泳がせる。
 「その日は、ほぼ確実にバイト先でのロスが出るんだ、例によって料理はしなくて良いと思う」
 「はら?ケーキとかもです?」
 「むしろそれが大量に…ね」
 昨年はバイトしていなかったが、イブの夜に大量のクリスマスケーキを積んでサンタの格好で客引きをしている店長の姿を覚えている、アレは、余るに違いない。
 状況を鑑みるに、今年あの役は自分に廻って来るだろう、そう思うと深く溜息をついた。
 「ゆうくんは、調理に関する機能だけはホント必要最低限にしか使ってくれない…ちょっぴりトホホですよ」
 「いや、助かってるって、今のバイト続けてる以上は材料買うより安上がりなんだ、まぁ、腕が鈍るって事は無いんでしょ?」
 「鈍らなくてもサビついちゃうですよ」
 「冗談…だよね?」
 ユニはコクリ…と得意げに頷いた。
 「完全防水、露出している金属部も5層の撥水抗菌コーティングですよ、サビも菌も付きません、赤ちゃんが口に咥えても安心ですよ」
 「はは…冗談を言えるAIか…」
 ここ2ヶ月で解った事だが、ユニの性能はPクラスにしては飛び抜けていた。
 「明らかにBか…筐体を除けば事によってはFクラスだよなぁ…」
 「煽てても何も出ないですよ?」
 ユニがまんざらでも無さそうに照れて見せる。
 「まぁ、高かったからナァ…「これならBクラスが買える」って、結局人気出無かったんだよね?『角丸』シリーズ、早々に生産打ち切られて、今じゃレア機体だって?」
 祐一が意地悪に笑うと「あううう」とユニが頭を抱えた。

〜閑話〜
 日本国内でのロボットのクラスは以下の7クラスに分類されている。
 S…Social(社交)、一般にはスペシャルクラスと言われる超高級品。
 A…Advanced(上級)、かつての最上級品、庶民にはそうそう手が出ない。
 F…Family(家庭)、実際は高級品、庶民でも背伸びすればどうにか。
 B…Buddy(相棒)、所謂(普通の)普及クラス、擬人化型では最低ランク。
 P…Personal(私用)、人間型がほぼ無く一般にはペットクラスと呼ばれる。
 C…Care(管理)、自動機械や車、PC、建物等の管理AI、最普及クラス。
 X…eXtra(特殊)、分類不可、もしくは特殊な用途の専用機。
 国際基準ではABCXの4クラスしか無く、SはA、FはB、PはCにそれぞれ併合される。
 しかし、ロボットの開発数は日本>米国>インド、の順に多い事もあり、多少の表現の差はあれど、7クラス分類は比較的浸透している。
 ちなみに、祐一の見当は若干外れており、実際はバイト先店長代理のユキはAクラスである。
〜休題〜

・・・☆・・・

 (そうだよな、普通、そうなるよな…)
 イブの日のバイト、店の制服にサンタ帽という珍妙な格好で、祐一は店内業務を大忙しでこなしていた。
 夕刻から、会社帰りのサラリーマンが次々と押し寄せ、ケーキを買っていく…これは、余る所かいつ「ケーキ売り切れました」の札を貼る事になるかという状況だ。
 理由は明白、今年店頭でサンタルックなのは、他でもないユキさんだからである。
 (よもや、ミニスカ美人サンタの威力がここまでとは…)
 例によってイベント好きな店長は本部推奨の2倍近いケーキを仕入れた、そのストックが見る見る減っていくのだ。
 スタッフルームから時折「うひひ」と押さえきれない笑い声が聞こえるのが不気味極まりない、が、気持ちも解らなくは無い。
 (仕方ない、定価で買って帰る為に早めにキープしとくか…)
 予想に反して、自分が寒い思いをしなくて済んだのは良かったのだが、ままならないものである。
 「ふう、てんちょ…あれ?」
 ケーキの件で声をかけようとした所で、店に夕子が入ってきた。
 白いニット帽に手袋、落ち着いたグリーンのハーフコートと、クリスマスカラーっぽく軽くおしゃれしている。
 「珍しいなタコ、てか帰るの11時すぎるぞ?言っておいたろ?早すぎだって」
 「いーの♪このケーキく・だ・さ・い・な♪」
 「なにっ!?…って、あぁ、家にもって帰るのか、売り上げ貢献ありがとな」
 てっきり、ケーキは自分が奢るものだと決め付けていた祐一は一瞬驚くが、指さされたのが6号、二人で食べるには大きすぎるモノだった為、疑問が氷解した。
 「へへへ〜♪」
 当の夕子はニヘラと笑いを返す、そこに、何か違和感めいたモノを感じた。
 (あれ?いや、何か企んでる顔だな??)
 「2650円です…まいどありがとうございました。」
 「んじゃ、ゆうくん、ハイ」
 と言って、何か渡してくるのかと思いきや、自分のコミュをこっちに向けている。
 「?なに?」
 「なにって、先行って待ってるから、入り口の認証転送してよ♪コミュだして♪」
 「?はぁぁ??タコ、何言ってる、そんな好き勝手やられるの判ってて誰が…」
 「ここで待ってたらケーキ痛んじゃうよ?」
 (なるほど、そういう考えか…)
 「甘いな♪、この手のケーキは常温でもすぐ痛んだりしないんだよ♪大人しく待ってろタコ」
 目論見を破られてシュンとするかと思いきや、逆にニヤリと夕子は笑い返し…
 「認証人数は3人ね♪大家さんにも連絡しといて♪」
 …と言って、店の外、ガラス一枚隔てた向こうの寒空で同じ様に笑いながら手を振る二人の人影を指した。
 「石上に…秋津さん…」
 石上 健也と秋津 麻里、いずれも高校でタムロってる悪友達である。
 いずれも、この先のスーパーのビニール袋を手に提げている、中身は…飲み物と食材、そしてパーティーグッズの類だ。
 (ハメられた!)時既に遅し、初めに「パーティーの用意」と言った段階で気付くべきだった…最初から皆で押しかけるつもりだったに違いない!
 「ねぇ、はーやーく♪、皆風邪ひいちゃうよ?」
 「ひ・・・卑劣なり・・・」
 仕方なく、コミュを出し本人認証のパッドに指を当てピロリン♪と転送する。
 「今回はあたし達の勝ちだね♪ゆうくん♪」
 「ぐぐぐ、あれ?、そいえば西さんは?」
 いつもの面々で、一人西沢 辰彦が居ないのに気付く。
 「あぁ、ホラ、にしくんは彼女いるイルから、じゃ、先行ってるね♪」
 「なるほど…おおい、ユニに変な事吹き込むんじゃねーぞー」
 言ってハッとなる、変な事…吹き込まれるだけならまだしも、聞き出される事こそが危機かもしれない。
 「テンチョー!3番入りますんでレジお願いしまっす!」
 おっとりと出てきた店長と入れ替わりで、奥のトイレへ走り込む。
 コミュでマンションの管理AIにカギの認証を3人で渡した旨を告げ、即、ユニに繋いだ。
 「どうしたですよ?ゆうくん?」
 「あ〜、今から3人友達が行くから…」
 「お客様ですか、解りましたですよマンション入り口まで迎えに出れば良いです?」
 「いや、認証渡してあるから…てか、まぁ、要するに余計な事は聞かなくていいし、余計な事は言わない様に、いいね?」
 「わかりましたですよ」
 と、ここで祐一がピン、とひらめいた。
 「そうだ!ユニ、丁度いい、充電とバージョンアップしちゃって」
 「ヘ?お迎えやおもてなしやお手伝いはいいです?」
 「いいいい、むしろ、しないほうがいい!」
 「はいい?」
 「…えっと、とにかく、公式のフリーデータはオプション含めて全部、あと、認証送るから、シェアデータでも、公式サイトで「推奨」とされるデータから外付けの筐体拡張が不要なモノは全てダウンロードすること、いいね」
 充電中、更にはデータ更新中とあれば、さしもの友人達もヘタな真似はしないだろうし、できないだろう。
 (良い言い訳にもなるし…)
 そう思惑通りにはいかせないぞ、と祐一は軽くほくそ笑んだ。
 「結構な時間になるとおもうですよ?」
 「それが目的…じゃなくて、今夜は長そうだからね、頼んだよユニ」
 「あい、そういう事なら、わかりましたですよ」
 ユニを言いくるめるのも何となく気が引けたが、これも自分の名誉(?)の為、上限金額の設定と認証をユニに送り、ふう、と一呼吸ついてレジに戻った。

・・・☆・・・

 (コネクト、リンケージ、アバター展開)
 0コンマ単位で時間の流れる電脳世界に、ユニの固体を表現するアバターが現れる。
 と、言っても簡素なモノで、ユニを正面から見て平面にした、アイコン状の姿だ。
 周辺は光の明滅が構成する広大にして無機質なデータエリア、網状のストレージという迷路だ。
 (バージョンアップ更新無し、公式フリーデータダウンロード…うわ!すごい量ですよ…)
 (インストール処作業に必要な処理領域を残し、残りでシェアデータを検索…公式推奨はオプションの購入時のみ必要なデータのみ、必要無しですよ、と…あれ?)
 アバターの目がパチクリと瞬く。
 DLとインストールと検索、更に来客が有るのだからと(祐一にして見れば余計な)気を回して室内のセキュリティと回線を保留した状態で、かなり処理速度が遅くなった。
 この現状になって初めて、ストレージの隅に何やら穴めいたモノが知覚できたのだ。
 (今の何ですよ?、処理速度が基準プロトコルの規定より遅い何処かに繋がってるとかです?、ウェイトプログラム起動、同期処理開始、アバターを3Dに変更し圧縮…クロック調整開始…)
 アイコン状だったアバターの姿が、現実のユニと同じ形に構成され、そのままどんどん小さくなっていく、周囲のデータの光の明滅がスピードを増し、ユニには単なる点灯する光にしか見えなくなった時、その「穴」は黒々と大きな口を開けた。
 (防壁、鍵、『角丸』タイプには無し?見てみるですよ)
 穴に飛び込むとソコは偉く狭く入り口の小さい倉庫、だが、中の荷物…データは巨大だった。
 ラベルを見ると、『「角丸」シリーズ研究終了アーカイブ』とある、圧縮データだ。
 (あぁ、なるほど、生産終了で発表の目を見なかったデータを処理能力の低いストレージに叩き込んである訳ですか…うーん、どうしよう)
 おそらく、実験中のデータ等もあるだろうし、公式と言えば公式だが、非公式と言えば非公式だ。
 しかし、正規ダウンロードストレージに無いとは言え、こうして「道」が繋がっている以上、必要な人で見つけられた人は今後の研究の為に持っていって良し、ただし使用は自己責任…という事だろう。
 (データの移送は時間がかかりそうですけど、フリーみたいですし、一応落としておきますですよ)
 アバターのユニがヒョイと巨大な「荷物」を掴むと、明らかに荷物に対して小さすぎる「出口」へ向かう。
 その出口の所で荷物は端から光の粒に分解され、すこしずつ「最高速」で運べる道へと流れ出ていった。
 すこしずつ…ゆっくりと…。
 (これは、ちょっとかかるですよ、終了予定時刻をゆうくんに連絡しといた方が良さそうですよ…コミュ接続…メール送信…)

・・・☆・・・

 「ただいまぁ〜っと」
 「「「「メリー!クリスマーッス!」」」ですよ」
 パパパパパパパパパンパンパパン!
 祐一が玄関の扉を開けると同時に、友人達とユニによるクラッカーの一斉砲火が待っていた。
 有る程度予測していた事態だったが、発数が予想をはるかに超えている。
 「あづ!いて!あちちち!」
 身構えていたにもかかわらず、悲鳴をあげて後じさる姿に、悪友達は大爆笑だ。
 「はうあう!ごめんですよゆうくん!だいじょうぶです?」
 一人一発合計3発の計算だったのだが…
 「ちょっとまて、ユニ…」
 計算違いだったのは、既にユニのバージョンアップが終わっていた事、もう一つはその当のユニが…
 「なんでお前がクラッカー同時に9発も撃ってるんだ!?」
 見れば、背面の糸…3Sまで展開してふよふよとクラッカーを浮かせている。
 「あううう〜そのあの…」
 「だって〜1ダースかって来たんだもーん♪」
 「「だーっはっはっはっは♪」」
 シュンとなるユニ、無意味な説明の夕子、残り二人は無責任に笑い転げている、ふつふつと殺気立つが通用しないのは火を見るより明らかだ。
 しかし、祐一にはこの件はさておき、大急ぎで確認しなくてはならない事があった。
 「ちょっと!ユニ!」
 「はうあ!ごごご、ゴメンなさいですよ〜」
 「ちがう!怒ってるんじゃない…」
 不意に小声になり…
 「コミュに送ってきた終了予定時刻だと、あと5分は作業が終わってないはずだったよね、一体どうして?…」
 「えとですね、一番大きな圧縮ファイルが…転送途中で不意に消失しちゃったですよ」
 「なぬ?」
 「再接続しようにも、接続先とのリンクが回復できなかったのですよ…で、皆さんもう到着されてて…」
 「悪巧みに引きずり込まれたと…」
 「あい、そうですよ」
 はぁ、と軽く溜息をついた所で、グイと夕子が腕を引っ張る。
 「ユニちゃん苛めてないで、ささ、お上がりなさいな〜」
 「タコ、言ってる事がおかしい、ココ僕の部屋…それに苛めてないだろ…」
 「まぁまぁ、ビックリさせるのはコレだけじゃないってことさ、早く早く」
 石上も一緒になって祐一の背を押す、身長こそ祐一と大差無いが幅は一回りも二回りも大きい、抵抗するまでもなく連行されるハメになった。
 いつの間にか先に行っていた秋津がリビングの扉をお辞儀付きの仰々しい仕草で「いらっしゃいませ〜」と開けた、長身長髪、スレンダーな体型で今日はフォーマルっぽい服装の為か、妙に仕草がマッチしている。
 「おお…」
 テーブルの上にはキッチリとパーティーの準備が整っていた。
 ケーキにチキン、サラダにパスタ、シャンパンにグラスに各種軽食…
 「アタシと秋津さんで殆ど作ったんだよ?終盤は起きてきたユニちゃんにも手伝って貰ったけど、凄いね〜、プレゼントに欲しくなっちゃった」
 (蒸し返すか、ソレを…)
 夕子が自慢げに語る、何故かユニも隣で同じ様に自慢げなポーズを披露した。
 「ちなみに、俺はスポンサーだ、何もしてないが多分一番偉い」
 石上が腕を組み胸を張ると、祐一も含めて全員で「ははぁ〜」と平伏する。
 「大貫クンはパーティー会場のオーナーってコトで」
 言いながら、秋津が全員にグラスを配る、と、テーブルの上にスルスルと上ったユニがシャンパンを注いだ。
 「あれ?ちょっとまてユニ、いいの?お酒だよ?これ?」
 「はいですよ、法令遵守プログラムなんてややこしいもの、法的機関のロボットでもなければ、搭載してないですよ、あ、けど、飲みすぎてる様なら注意するですよ?」
 ロボットはロボットの法を破らない、だが、人間に対し法的理由の有無に関わらず干渉をする事は無い…あくまでも、基本的に…
 「そっか、それじゃ…」
 「ゆうくんも揃ったし♪」
 「あらためまして…」
 「「「「「メリークリスマース」」」」ですよ」
 チン!4っつのグラスが聖夜のベルを奏でた。

・・・☆・・・

 結局、午前5時頃までパーティは続いた。
 夕子はユニが気に入ったのか、それとも祐一への一種のあて付けか、しきりに「ウチの子にならない?」と言っていた。
 その都度、照れた様に、そして困った様にユニは断っていた。
 石上と秋津が「始発で帰る」と玄関を出るのを見送って祐一は…
 「さて、どうしたモノか…」
 テンションを上げるだけ上げて、つい先程バッタリと倒れた幼馴染を困り顔で見つめていた。
 「まぁ、一番飲んでたもんなぁ…って、アルコール2%もないじゃん、よく酔い潰れられるよホントに…おいタコーーーー!チビタコさーーーーん!!」
 「むにゃむにゃ、わあいありがとゆうくん、ユニちゃんおいで〜…むにゅ…」
 どうも、何やら非常に自分勝手な夢を見ているらしい…
 「よんだです?」
 「寝言だ、反応しなくていいよユニ」
 「はいですよ」
 ユニは『惨状』と言っても過言ではない乱痴気騒ぎの後片付けをしている最中だ。
 「どうだった?ユニ?」
 「とても楽しかったですよ、また来てほしいですよ」
 「楽しい、ね…」
 AIの楽しみや幸せとはどう言ったモノだろう、人の感じる幸福とどう違うのだろう?
 いずれにせよ、滅多に外に出ないユニにとって、シミュレーションで無い友人関係は、とても良い経験、そしてメモリーとなっただろう、祐一はそう思った。
 「このままココで倒れさせとく訳にもいかないか、ユニ、タコ僕のベッドで寝かすから、手伝ってくんない?」
 「了解ですよ」
 例によってスルスルと伸ばした腕で、軽々と夕子を持ち上げる。
 丁度お姫様だっこみたいな格好だが、中空に提げられ移動する様は、失敗してタネの見えている手品の様だ。
 ふと、抱えられた夕子の体が揺れる度に、バストがユサリと揺れる様に祐一が気付いた。
 (タコって、こんなに巨乳だったんだな…)
 これまで、特に意識して見てなかったのと、幼い頃にお互いの裸など見慣れていた事、更には普段の言動や外見の子供っぽさの先入観からてっきり幼児体型だとばっかり思っていたのだが…
 意外や意外の成長株…アルコールの影響もあり、鼓動が高鳴って行く。
 「であ、下ろすですよー」
 「え!?あぁ、オーラーイ、オーラーイ」と照れ隠しにおどける。
 その声に反応したのか…
 「うに?ゆうくん?」
 不意に夕子が完全に降ろされる前に上体を起こそうとした。
 「わわわ!あぶないですよ!」
 支点の重量比が小さいため、不意の動きに対応できず、ユニが転がってしまう。
 夕子はどうにかやんわりとベッドに乗せたものの、ユニもそれに巻き込まれる形でベッドの上にボスンと乗った。
 と、焦点の定まらない目で夕子がユニをじっと見つめると…
 「ゆうくんっ!」
 ガバッ!
 いきなりすぐ手前のユニに抱きついた、と言うか、ユニを抱きしめた。
 「わわわわわわ!!??な、なにごとですよ?」
 パニクるユニ、あまりの状況に唖然とする祐一、そこにいるのが自分で無いとは言え、今たしかに「ゆうくん」と…
 「ゆうく〜んっ…ゆうくうぅんっ!」
 確かめるまでも無く、連呼する夕子。
 抱きしめたユニをグイグイと身長と比してアンバランスに大きい胸の双球に押し付ける。
 ユニが「わう、わう」と慌てて身じろぎをする度、それらは柔らかさを主張しフワフワと形を変え、そして…
 パチン。
 ユニの筐体のドコかしらが引っかかったのだろう、乱れていたブラウスの胸元が弾けるや、ぷりゅん、と音をたてて豊か過ぎるバストがまろび出た。
 扇情的な赤色のブラ、未だにそれに包まれているままだが、まるで中学生で通じるような童顔チビのタコがこんなにも「女」を隠していたという衝撃が、祐一の視界と脳を焼く。
 その間も、夕子はうわ言の様に「ゆうくん」を連呼しながら、ユニの蒼い筐体をグイグイプニプニと胸で翻弄する。
 (一体、何が起きてるんだ?)
 心なしか、夕子の声に甘いものを感じ初め、祐一の思考が赤と青、そして白とピンクで彩られた肌色、全てが混ざったマーブルに染まっていく…
 …と…
 「おちつくですよ!夕子さん!ボクはゆうくんじゃないですよ!おーちーつーいーて〜
く〜だ〜さ〜い〜で〜す〜よ〜」
 はっ!と先に祐一が思考を取り返す、夕子の身を案じてかなすがままになっているユニを尻目に、台所へ走り…
 「目ぇ覚ませチビタコーーー!」
 バッシャアアーーー!
 コップの水を顔面にありったけの勢いで浴びせかけた。
 ポタ・・ポタと濡れた髪から雫が流れ落ち…
 「はう?ゆうくん??おはやう〜」
 夕子は、ぼんやりとした表情でさも「お寝坊さんが起きました」という感じで答えた。
 頭を抱えつつ祐一が「ん!ん!」とその胸元を数度指さす。
 「んん〜?え?、き、きやああああああっ!」
 自分の惨状に驚き、思わず胸元にあった「何か」を祐一に力いっぱい投げつける。
 「ちょ!ぐわっ!」
 「うわわぁぁですよぉぉぉ」
 ズガゴン、硬いもの同士がぶつかる異音…そして…
 「あ、え?きゃああっ!?ゆうくんっ!?ユニちゃんっ!?」
 ズシン、と重いものが2つ、床に倒れ落ちた。

・・・☆・・・

 祐一の部屋、シングルベッドの上で夕子は土下座をしていた。
 その下では祐一がムスッとした表情で胡坐をかき、頭に包帯を巻いている、治療しているのはユニだ。
 「あのね、ユニがどうにかアームと3Sで衝撃を緩和してくれたから良かったようなモノの、一歩間違えば大怪我だよ!?」
 「ごめんなさぁい」
 夕子は恥ずかしさと申し訳なさで、目を合わせるどころか顔を上げる事すらできない…
 「はうあう、えーと、大きなケガじゃなくて良かったですよホント、はい、終わりましたですよ」
 無傷だったユニはユニで、どちらをどうフォローして良いか解らず、夕子が謝る度に「うろたえる」ばかりである。
 「ごめんなさぁい、ほんっと、ごめんなさぁい」
 ただひたすら謝る事しか出来ない夕子、その肩は震えている様に見えた…。
 やれやれ…と嘆息し、祐一はバスタオルを持ち出すと、夕子の頭にフワリとかけ、その上からクシャクシャと濡れた髪を捏ねる。
 「ま、いいもん見れたし、許してやるかな…なんてな?」
 できるだけ、動揺を隠していつもの調子で笑いかける。
 「わ、ひどーい!」
 「あれあれ?タコ泣いちゃった?泣いちゃってるの?」
 「もぉっ!ゆうくんさいって〜ユニちゃんも何か言ってやってよぉ」
 夕子も笑顔で起き上がり、髪と顔をタオルで拭き始めた。
 「え?あのですよ、その…ボクの使用上の注意としてですね、投げるのは想定外の事態を引き起こしかねないので推奨できないですよ…」
 「あうー、ユニちゃんまでそんな責めなくてもいいじゃ〜ん」
 「はうあ、そそそ、そんなつもりであ…ごめんですよ」
 「ユニのが正論だろうに、謝る必要ないぞ?しっかしな〜、こんなお子様なのにオッパイだけは立派なのな〜」
 「やだもう!エッチ!」
 「勝手に見せたのそっちだろうが」
 いつもの軽口のやりとりが戻ってきた…酔った上での状況の後だ、「これから」の関係を「今」は考えたく無い、祐一はそう思った。
 「しかもバッチリ、ユニに超アップで記録されてるよ?なんなら上映会やろうか?」
 「ぶー、そんな事したら…」
 「したら?」
 「ゆうくん壊して、ユニちゃん殺す」
 「逆だ、タコ…」
 どちらからともなく、プッと吹き出す。
 苦笑と苦笑の叩きあい、うん、今はこれでいい、今は…。
 「ユニ、てなわけで、該当ログの画像と音声データ消去な」
 「はいですよ…削除完了ですよ」
 「ごめんね、ユニちゃんも、気持ち悪くなかった?」
 夕子は両掌を合わせて、小首を傾けながらユニにゴメンとポーズを取る。
 「はえ?気持ち悪い?なんでですよ?」
 「だって、ユニちゃん女の子でしょ?その…同姓にヘンに抱きつかれて…」
 キョトンとする夕子、そして祐一、空気が一瞬固まる、そうか、ココに来てからユニ「ちゃん」と言ってたのはソレか…
 「一応説明するなタコ、Pクラスましてや非人間型のユニに性別設定は無い」
 「えー?だって声とか可愛いし、これならゆうくんが「ご主人様」とか呼ばせててもって…」
 「2ヶ月も前のメイドロボ云々のネタを蒸し返すなタコ」
 「ご主人様と呼ぶです?」
 「ユニも乗らなくていーから…」
 夕子は微笑みながら、軽く目端を拭った。

・・・☆・・・

 駅前まで送ると言ったモノの、道すがら夕子と祐一の二人は話しかけるきっかけをまた失っていた。
 ユニがいなくなり、二人きりだと思うとどうにも意識してしまう…
 (しゃーない、僕も男だしな…)
 夕子がプレッシャーに負け「ここまででいいよ」と言いかけた所で、祐一がカバンから赤と緑の包装紙で不器用に包まれた箱を出した。
 「メリークリスマス、それと、誕生日はまとめて、プレゼント」
 「え?いいの?」おずおず、とバツが悪そうに受け取る。
 「あたし、何も持ってきてないよ?」
 「それはいつもの事だろ?タコのプレゼントは料理と眼福ってコトで…それに、受け取って貰わないと僕は要らないんだそれ、開けてみ?」
 ガサガサと包装紙を取ると、中から出てきたのは…何やら黒いチップのセットとPC用のパーツ、そしてソフトウェアだ。
 「?なあに?これ?」
 「必要最低限のロボット作成キット、一言で言うなら、Cクラスロボット…AIユニットだよ、コミュなりPCなりホームセキュリティなり、好きなのにインストールすればアラ不思議、たちまちタコのメイドが出来あがり」
 「えっ!?本当にっ!?」
 「嘘言ってどうする、さすがにPクラスまではちょっとね、それでも構築次第で結構なモノになる筈だよ」
 「うっわぁ…ありがとう!」
 夕子は顔を真っ赤に染めて涙ぐんだ、先程までとは違う、喜びでだ。
 「どーしよ!何に入れればいい?あ、名前何にしよっかな〜?」
 「じゃ、設定とか終わったらまた遊びにきなよ、ユニに会わせに…さ」
 「うん!ありがと!じゃーねー♪」
 ブンブンと手を振りながら駅改札へ消えてゆく夕子。
 「まったくゲンキンだなぁ…」
 僕も同じか…と苦笑すると、コミュに着信が来た…ユニからだ。
 「どしたの?ユニ?」
 「そろそろ戻ってこないと、バイト遅刻するですよ〜」
 「あ!やっば!」
 コミュを閉じ、寒空の下を一気に駆け出した。

〜閑話〜
 「で?どう?ユーコ、「明け方二人きり」作戦はうまく行った?進展しそう?」
 「ううう…麻里ちゃんのばかあぁあぁぁぁぁ…(タタタタタ…FO)」
 「…何で??」
〜休題〜

・・・☆・・・

§3:強盗が来た!

 年が明け、3学期も始まったばかりの1月。
 祐一は、このもうじき17年になろうという人生に於いて最悪の状態にあった…。
 ひどく現実味を帯びない光景、目の前に3人組の黒パーカー黒サングラスの男達。
 一人はそのパーカー表面から投影されたホロキーボードを操作し続けている、部屋のセキュリティのログを消しているのだ。
 もう一人は、今しがた祐一を気絶寸前までしこたま殴りつけた血痕付きの電撃警棒…スタン・スティックをブラブラさせながら、鼻歌混じりで室内の物色。
 最後の一人は、「やめるです!やめるですよ!」と叫び続けるユニ…箱型に身を固めた蒼いソレの硬い外殻にガッ!ガッ!とナイフを突き立て続けていた。
 「いって、ちきしょ、かってぇなコレ、インテリ、コイツのログはホントに消せねぇのかよ?」
 「侵入前ギリギリでスタンドアローンになりやがったからな、ちょっとまってな、そういうのは壊し方にコツがあるんだよ…」
 「ちっ、やっぱキャッシュはあんま無ぇや、さーてこのガキ、どーすっかな?」
 全身が酷く痛む、むしろ痛くない所を探すのが難しい。
 「ゆうくん!ゆうくん!大丈夫です!?返事して下さいですよ!!??」
 (大丈夫じゃない、けど生きてるよ…)
 本人はそう声を出したつもりだが、囁きにもならない…
 そして、意識が闇に沈んだ。

・・・☆・・・

 事の起こりは小一時間程前。
 マンションの入り口先にタムロする怪しいパーカー姿の若者達3人。
 ガラが悪いな程度の認識でマンションに入る祐一、ふ、と違和感を感じ振り返るがソコには既に誰も居ない。
 違和感を拭いきれないまま、玄関前に立ち、扉を開けた所で…
 その「違和感」に背中を押された。
 バランスを崩し屋内に転がり込む祐一、ふりかえるとそれまで『違和感』以外に何も無かった空間に、忽然と姿を現すさっきの男達。
 口から出る疑問を全てスタン・スティックで悲鳴と嗚咽に変えられ、コミュを奪われる。
 かけつけたユニがセキュリティにアクセス、一瞬悲鳴のような雑音を上げ、何かを諦めたかの様に祐一を守らんと足掻く。
 しかし、いかに力があろうとも、人間を「攻撃」する手段を持たないロボットでは防戦一方、仕方なく、助けを呼ぶべく脱出を試みるも逃げれば祐一を殺すと脅され、積み。
 結果、亀の様に身を固める事しか出来なくなってしまった。
 そして…

・・・☆・・・

 ♪ポロロン♪お風呂が沸きました。
 「ゆうくん!ゆうくん!返事してくださいですよ!」
 闇に飲まれた意識が、妙な定型音声とハーモニーになったユニの声に揺さぶられ、ゆっくりと浮上する。
 「う…ユ…ニ…」
 視界は半分以上血の赤と闇に染まっている、だが、その端で必死にこちらを心配し叫び続けるユニが入った。
 「よかったですよ…生きて…」
 とても「よかった」と言える状況ではない、周囲を見るに、男達は相変わらず…事態は何一つ好転していないのだ。
 (いや、失敗だったか?僕が死んだと誤認させられれば、ユニは助けを呼びに行けたんじゃ…)
 あながち間違いではないが、それはあまりにも危険な賭けだ。
 (けど、さっきの音は何だろう?、この暴漢達は風呂に入るためにこんな手のこんだ家宅侵入をしたとでも言うのか??)
 どれくらいの時間だか解らないが、気絶している間に若干なり体力が戻ったのだろう、考える余裕くらいは出てきた。
 だが、それだけだ、更に悪い事に終わりの時間も近づいて来たようだ。
 「よっし、終了」
 『ナイフ』の男に『インテリ』と呼ばれていた男がキー操作を止める。
 「さーてと、そんじゃ、こいつのユビ切り取って、そろそろ撤収と行こうぜ」
 『警棒』の男が、スタン・スティックの先に祐一のコミュをブラブラさせながら、そう言った、アゴで『ナイフ』の男を促す。
 (指?成程…ヤだなぁ、痛そうだナァ…)
 コミュの本人認証は指の接触が必要だ、逆に言えば、コミュで引き出せるだけのキャッシュは指とコミュさえ持っていけばどうとでもなってしまう。
 複合情報処理ツールが便利になりすぎた弊害だ。
 (けど、それでこの悪夢のような時間が終わるなら…)と半ば自棄気味に祐一は考えた。
 「だめですよ!そんなこと!やめるですよ!」
 「うるせぇぞポンコツ!殺されないだけマシだと思え!」
 ガン!と『ナイフ』が力いっぱいユニを小突く、よく見れば、外装はいずれもズタボロに傷ついているが、機能に支障はなさそうだ…
 (確かに…頑丈だ…よかった)
 「はうう、やめてくださいですよ〜」
 ユニのAIは、ずっと反撃の手段、ゆうくんに危害が及ばず、この侵入者達を傷つけず、無力化する方法…を計算し続けていた。
 細かな状況の変化に即応すべく、周辺のデータを取りながら…だが、それが逆に仇となった。
 優秀すぎる「思考」は「行動」を制限する事が有る、危険を孕む可能性を一つ捨て、また一つ捨て、ユニは既にこの無慈悲な侵略者に哀願する事しか出来なくなってしまったのだ。
 「泣く」機能があれば、しとどに床を濡らしていただろう、「怒り」に動ければゆうくんを救えただろう…。
 「う…う…う…」
 だがユニは、呻く事しか出来なかった…大好きな「ゆうくん」がくれたこの声で…。
 「まて、その前に…」
 一仕事終えた『インテリ』が動き出した。
 『ナイフ』の元へ行くと「よっし、こんだけ傷付いてりゃOKだろ、手伝え」と言ってユニを持ち上げ、祐一の部屋へ入る。
 「なにを…する気…ぐあっ!」
 ガツッ!『警棒』がその手のスタンスティック…今は電撃こそ纏っていないが人を黙らすには十二分なソレで祐一の頬骨の辺りを一撃した。
 「おう、ガキ、いい声出るようになったジャン?けどさっき言ったよな、ムカくるから質問はすんなってよ」
 (お前だって大して年齢変わらないだろ!)頭の中で毒吐くも、ソレしか出来ない自分の弱さに歯軋りした。
 鼻の奥が熱い、視界が更に狭まる、だが、その目で睨み返した、せめてもの抵抗だ…
 「まぁまぁ、いーって、説明したげるよ」
 部屋から『インテリ』と『ナイフ』が出てくる、二人でかかえているのは、ユニのケースだ、中にはユニが既に入っている。
 (ユニを修理する?なんで??)
 「まず、だ、人間の記憶なんてな鮮明にプリントする技術はまだ無いからな、キミは生きててNP、ただ、このペットロボットはそうはいかない、壊す」
 ギクリ!祐一が総毛立つ、ユニを、壊すだって?
 「ただ見ての通り、高級品だな?コレぁ、頑丈で簡単に壊れない、そこでこのシステムの機能を逆に利用させてもらう…」
 コンコンとケースをノックする。
 「コイツには電子パーツの予備部品以外に、外装とかの補修も行えるように、各種高分子素材と微機細胞ナノマシンが詰まってる、知ってるよな?」
 恐る恐る頷く、『警棒』は動かない。
 「家庭用で大した機能は無くても、ナノマシンってのは厄介なシロモノだからどんな些細なエラーを起こしても自壊するようになってるし、更にはその活動時に際しては不確定要素を可能な限り排除する様、ハード面まで管理される。」
 「…ふむふむ、それで?」
 何を手伝わされてるのかが気になったのだろう、『ナイフ』が質問を返した。
 「つーまーりだ、この中に破損したロボットが入っている以上、ケースはロボットの修理を優先するし、ロボットは修理される事を優先する、イコール…この中でお前が苦労してた外殻は、外されていないとしてもズレるか、最低でもケースとの接続ポートはオープンしているハズだ、そこで問題。」
 「?」
 サングラスで表情は読めないが、底意地の悪い笑いを含んだ口調で、祐一に訊ねてきた。
 「さっきオレはキミん家のセキュリティをいじって、いくつかのシステムをオフにしました、警備、警報、記録はもちろんとして、他にナンでしょう?」
 (こいつ…何言って…)
 「チ・チ・チ・ブー、はい、時間切れ、ちなみに正解は漏電遮断機とブレーカー、あぁ、お風呂が沸いてるナァ?」
 (まさか!)「や!やめ!」
 「おほ?いいカンしてるね♪なら解るだろ?やめる訳が無い」
 ケースを抱えた二人がバスルームに消える、ケースから出ているプラグを洗面台のコンセントに繋ぎなおすと…
 「「せーの」」
 ばっしゃああん!満水状態のバスタブに放り込んだ。
 「…何もおきねーぞ?」派手な展開を期待していた『ナイフ』が首を傾げた。
 「ケースだって家庭用防水くらいされてる、ま、すぐだから離れて見てな?」
 ゴポン…ゴポン…と大きな泡を吹き出す度に、ゆっくり、ゆっくりとケースが沈んでいく。
 「やめろ!やめろーーーっ!ユニーーっ!ユニーーーーッ!!っユ…」
 倒れている祐一からその様子は見えなかったが、状況は容易に想像がつく…そして…
 ゴボォッ!ボンッ!バババリバリバリバリ!!!
 「うっほぉ!そらきたぁ!!」「うひゃ!すげ!!」
 衝撃音の後、バスルームの脱衣所から二人の笑い声が響いた。
 「うあああああががががガガGA…ガピ…ゆう…YUUK…ガガガGAGAGAZAZAPi−−−−」
 「うわーーっ!ユニ!ユニーーーッ!ちくしょう!ユニーっ!」
 その向こうから聞こえたユニの電子音混じりの悲鳴を聞くや、祐一は、どこにそんな力が残っていたのだろう、自分でも驚くほどの瞬発力で飛び起きた…が、そこまでだった。
 ドゴッ!(ミシリ…)「!ぐえ!」
 ニヤついた『警棒』に殴り飛ばされ、一回転して、床に倒れる。
 「ゆ・・に・・・ゆ・・・・」
 頭が痛い、視界が歪む、目が廻って今どっちを向いてるかもわからない、だけど、だけどユニを助けなきゃ、ユニ・・・

・・・☆・・・

 高電圧で発生した水素が別のスパークに触れ、ミクロの爆弾となってボディを砕く、煮立ったかの様にボコボコと泡立つバスタブは筐体の爆砕機だ。
 「ガGa・・ガ…YU…ゆう…くん…GA…泣いTe…助け…行かな…きゃ…DEすよ」
 更に漏電で焼かれるシステム…崩壊してゆく「自分」…「苦しみ」と「死の恐怖」をいつまで無事か解らない記憶領域に刻み込みながら、それでも必死にユニは探していた。
 助ける道を、助かる道を…
 (GAが、外部駆動プログラム分断!…スタンドアロン領域にアバター形成!)
 光の明滅する「自分」だけが形成する世界にアイコン状のユニがヒュンと現れる。
 音も無く崩壊していく「世界」、突如アイコンのすぐ脇数PBを示す領域がボッと黒く消失する、これに巻き込まれる事がAIの崩壊、思考領域の破壊を意味するのだ。
 (インナーエリアのマップをコアユニットの記憶領域に併せてリフォーマット!これで浸水による破壊箇所の大まかな予想がつくですよ…急がないと、急がないと!!ゆうくんが!)
 指を切る、と言っていた、それは一時的なケガかもしれない、治るかも知れないし、ダメでも今の技術をもってすれば寸分違わぬ義指が作れるかも知れない、だが、ゆうくんが傷つく事に変わりは無い!
 走った、探した、自分を構成する全ての中を、世界の崩壊に怯えながら、危険度も、可能性も、倫理もかなぐり捨てて、ただゆうくんを助ける為に…
 全てを拾い全てを読み全てを考える、その間にも時折掠めるデータ消失の黒い刃を受けて、思考を顕現するアバターは傷つき、隙間だらけになっていった。
 (し…こう…能力低…か…アバター圧縮!まだ、まだですよ!!)
 ダメージを受ける度に、自我領域を圧縮し、より健全な領域に避難、どうにか「自分」の考える「力」、最後の抵抗力を必死で維持する。
 現状で実行可能な対応策の確率係数は既に0、それでも、考える事だけはやめなかった…
 (データ、可能性を増やすもの、なんでもいい、残ってないですか!?ん?…)
 と、崩壊する世界の片隅で、見覚えの有る黒い「何か」を見つける…
 クリスマスの時に、ダウンロード途中でホストが消失したために落としきれなかった圧縮データの断片だ。
 (ヘッダを削除からファイルにリカバ、解凍可能データのみ検索…)
 一縷の望みを不明データに賭ける…そして…
 (こ…これは!?)
 ・電脳領域の電磁干渉による微機再プログラミングの可能性
 ・3Sシステムを神経節とする無機人造人間の構築と経過
 ・(不完全ファイル)人造電脳魂『アートマン』実証実験
 (『角丸』シリーズ用のデータではなく、単に実験用システムとして3S搭載の角丸を使用していただけです?そ…そんな…いや…だけど…)
 何かを『思い付く』その寸前に音も無くすぐ背後の領域が消失した、もうもたない!
 (確率係数計測不能!イチか…バチかです!データ解凍、全残存思考能力で3Dアバター展開!インッスットーーールッ!)
 現実のバスタブの中にある、半壊状態の自身の姿を構築すると、光の塊へと姿を変えたデータの海にユニは飛び込んだ。

・・・☆・・・

 薄れ行く『意識』の中、目の前に、光の玉が浮いていた。
 近づくと、理解出来た、これは、生まれる事を許されなかった、消された悲しい『魂』の断片だ。
 そして、自らもまた、今正に崩壊しようとしている。
 けど…だから…
 光の玉の、削られた隙間に、自らの削られた体を埋めてゆく。
 …お願い…ボクを…
 光が真球となった時、既に『意識』は欠片程も残ってなかった。
 …ボクを…産んで…ボクが…生まれてあげるから…
 光の珠が、明滅した、鼓動の様に、強く、強く!

 弾けて、飛んで、形を変えて、そして、消えた。

・・・☆・・・

 「ゆ・・に・・・ゆ・・・・」
 うわ言の様に呟く祐一を見下ろし「やっべやりすぎたか?」と『警棒』は頭を掻いた。
 流石に、いかに未成年とは言え、殺人で捕まったらヤバそうだ…
 (さっき、妙な手ごたえだったな…いっそ、証拠になりそうな位なら完全に殺っちゃうか?)
 物騒な事を考えていると…
 「うわああっ!?」バスルームから悲鳴が聞こえた…しかも、仲間のだ…
 「おい?どうし…うわっ!?」
 そこには、見たことも無い…ある意味幻想的な光景が広がっていた。
 眩く光る、極細の帯電した「線」が周囲に電光をバラ撒きながら、縦長のラグビーボール型の檻…否、『繭』状のモノを形成し、ゆっくりと回りながら中空に留まっていた。
 中心には光の塊、よく目を凝らして見ると、さっきのロボットのパーツらしきモノが浮かび、そこのかつて「背面」だった場所から無数の光る糸が出て、この繭になっている様だ…
 「なにが起きてるんだ?インテリ、説明しろ」
 「わ…わからない、あるとしたら修理用ナノマシンの暴走くらいだが…それこそありえない…」
 「ちいっ!」
 舌打ちして、『ナイフ』が繭の糸に切りつける、プツン、と一本が切れると同時に…
 ドンッ!「ぐぎゃはっ!」
 その糸の切れ目から稲妻が飛んだ。
 『ナイフ』は落雷に打たれたかの様に痙攣し、髪の毛を逆立てるとそのまま失神してしまう。
 更に、彼の着ていたパーカーに仕込まれた不可視偏光素子が過負荷でポスンと間抜けな音を立てて破裂…全身からユラリと薄煙を上げた。
 そうする間にも変化は進む、繭の中心部から今度は下方に糸が垂れ下がったかと見えるや、寄り合わさり、場所によっては枝別れし、人体の「神経解剖図」の様な形を作る。
 バクン…水底に沈んだケースの上部、補修材や各種高分子構成素子を入れているコンテナが内側から開き、その神経図に纏わり付く様に「人工器官」を形成してゆく。
 重化合金属は人工骨格へ、高分子素子はバスタブの中に残された耐電した水分を吸収しながら微機と融合、分子モーターを搭載した擬似細胞質となり、人工臓器、人工筋肉…次々と『器官』を形成してゆく…そして…
 最後に人工皮膚が塗布されると…繭の中には見たことも無い人間?否アンドロイドが一体…浮かんでいた。
 足元にコントの落雷オチよろしく倒れた仲間を尻目に、呆全と見上げている二人の前で、解いた繭を自身の頭髪へと変じながら、ゆっくりと降下し…パチャ、と殆ど湯を無くしたバスタブの中心に降り立った。
 まだうっすらと光を放っている乳白色の肌、光糸から鉄色へと徐々にその色を戻してゆく膝裏まである長い髪、かつてのユニの意匠は頭部にヘッドギア状に分割した蒼い本体のユニットを被っている他、四肢の末端部にかつての四肢外殻のパーツが埋まっている。
 背は、120p無いだろうか?胸も尻も殆ど膨らみは無く、唯一、そのストンと落ちた両脚の間に鎮座する無毛の割れ目のみがこの固体が「少女」…否「幼女」である事を物語っていた…
 ゆっくりと二つの目、ヘッドギアに搭載されたカメラアイもその機能を残しているとすれば四つの目…を開き、ぱちくり、と数度瞬く…ユニの基本機動行動だ。
 虹色の瞳と機械の瞳は、それでも、まだぼんやりと「生気」が無い…
 「う…」
 あまりの事に動けずにいたが、先に正気を取り戻したのは『インテリ』の方だった。
 「うわあっ!」
 この固体は消去しないとヤバイ、それだけは十分に理解していたが、彼は悲しいかなその手段を持っていなかった。
 無闇矢鱈に殴りかかり、そして…一瞬の浮揚感…
 「ぐへっ!?」
 腕を掴まれて、その勢いを利用して投げられたのだと、気付く前に、バスルームの壁に強かに叩きつけられ…意識を失い、ズルズルと地面へ倒れ込む。
 「うっらぁ!」
 だが、その攻撃の隙をチャンスと見るや『警棒』がそのスタンスティックをMAXパワーにして殴りかかった。
 ガンッ!確かすぎる手ごたえ…手首に鈍痛が走る。
 「クっ!」
 渾身の一撃は、その頭部に小傷を付けるに留まった。
 逆に、手首を捻挫し、その痛みでスタンスティックを落としてしまう。
 それまで無表情だった幼女が殴られた頭を押さえ目を再度しばたいた。
 今のショックでやっと目覚めたかのように、かるく首を振り…
 「いっ…たい…痛い?ですよ…」
 と、呟いた、確かにユニと呼ばれていたロボットの声だ。
 瞳に生気が宿り、凛とした眼差しで、正面の「敵」を睥睨する。
 「くああっ!ちくしょうっ!」
 無茶苦茶なロボット…否、アンドロイドだ、とても素手では敵いそうに無いと見るや、大急ぎでバスルームから走り出る…
 (な…なんで人間を攻撃できるんだよ…いや、それでもあのガキを人質に取れば)
 「ダメですよ…ゆうくんの所には行かせないですよ…」
 ユニの手が、スゥ、と上がると手甲部の外郭が外れ…
 パシュッ!かつてのユニに搭載されていたのと同じ細い「腕」を打ち出した。
 「ぐぅっ!?」
 瞬時に空中で方向を変え、首に巻きつく…。
 「てめ…どうし…て…」
 驚愕の表情で振り返る元『警棒』に、ユニは満面の笑みを返した。
 「さぁ?…ボクにも、解らないですよ」
 バリッ!これまでのお返しとばかり放たれた電気ショックで、男は昏倒した。

・・・☆・・・

 (…ゆうくん…ゆうくん!)
 あれ?…誰だろう、父さん?母さん?いや、タコか?…
 (ゆうくん…大丈夫です?目を開けてですよ!?)
 あぁ…ユニか…無事だったのか…嬉しいなぁ…
 (よかった…よかったですよ…大丈夫みたいですね、もう安心ですよ…)
 あれ?…ユニじゃ…ないの?君…だれ?…
 (ボクはボクですよ…あぁ、でもタコさんの感、当たってたですね…)
 君、女の…子…って…は…

 「ハダカッ!?」
 「うわあああうぁう!?」
 祐一が飛び起きると、ベッドの脇、サイドテーブルで様子を伺っていたユニがコテンとこけた。
 「い、今裸のちっちゃい女の子がっ…あぅつ、いててててて!?」
 全身から痛みが吹き出し、悶絶する。
 「うわう!だめですよゆうくん!動いちゃ!?」
 蒼くて四角い、元の姿のユニがその頭だけしかない体でパタパタと慌てた。
 「ゆうくんっ!」
 ガバッ!今度は傍らから力任せに抱き寄せられる、聞きなれた声…だが滅多に聞かない涙声だ…
 「いーーーーてててててててでで!たっ…タコおおぉっ!?」
 「よかった、よかったよー!ゆうくんっ!ゆうくんん〜!!」
 「ぎやうああっ!ちょ!本気マジ完璧痛いんだって!」
 「死んじゃうかって、目が覚めないかって思った〜心配したんだよ〜」
 「死んじゃうって!、今まさにじぬぅうううぅうぅぅ…」

・・・☆・・・

 「そっか…丸三日寝てたんだ…」
 ようやっと夕子が落ち着き、と、言うかその場に居た友人全員で落ち着かせ、祐一は事情を聞いていた…
 ココは病院の一室、奴等のスキを突き、ケースの無線回線を利用してルームセキュリティではなくPCから大家のメインセキュリティにユニが連絡、駆けつけた警官によって彼等は逮捕された…との事だ。
 「そうか、ありがとう、ユニ」
 エヘン、と胸を張るユニ、うん、いつものユニだ、じゃぁ、アレは一体…
 「で、あいつらは?」
 「現在、警察で取り調べ中、何でも禁制品の光学明細装置をパーカーに仕込んで、連続強盗してた奴等らしい、指切るとか手口も一緒、退院したら、きっとお前の所にも事情聴取来るぜ」
 クリスマスパーティーの時に居なかった西沢が、指をピッと祐一に向け言った。
 細かいリアクションを良く取る長髪長身の男で、目が若干細すぎる点を除けばカッコイイ部類に入り、メンツの中で唯一の彼女持ちだ。
 「うへぇ、勘弁して下さいよ西さん」
 雰囲気が大人な事もあり、祐一はつい「さん付け」で呼んでしまう。
 「敬語やめろって、俺が勘弁してもなぁ…結局、禁制品の出所とか色々調べる事テンコ盛りらしいから、諦めて警察には協力しとけよ」
 「しっかし、間抜けな話だよな、警察が駆け込んだ時には、ユニを壊そうと叩き込んだ風呂場の漏電とケースの爆発に巻き込まれて、全員気絶してたってんだから…しかも…俺らとタメらしいぜ、奴等」
 石上が引き継ぐ、ユニもその爆発で外に吹き飛ばされ、逆に助かったらしい。
 「マジか!?うわ、最悪、僕捕まってる間ずっとガキ呼ばわりされてたよ…」
 「それでね?夕子が心配しちゃって、毎日お見舞いに来てたの」
 クスクスと笑いながら秋津が口を挟んだ、真っ赤になって俯く夕子。
 「だ…だって…み、みんなも心配で来てくれてたんだよ?私だけじゃ…」
 「そのおかげで本気死ぬかと思ったけどね…まったく、折角助かったのに死因がオクトパスホールドじゃシャレにならないよ、状況考えろタコ」
 「ぶーう、タコじゃなくて夕子です〜♪」
 「それを言ったらお前だって、皆が心配してりゃ目覚めの一言が「ハダカ」って、なんだよあれ、どんなエロ夢みてたんだって〜の」
 石上のダメ出しに全員が爆笑した、照れくさそうにそっぽを向く祐一と、何故かバツが悪そうなユニを除いて…
 「夢…だったんだろうなぁ…」
 「さ!」パン、と掌を叩いて西沢が立ち上がった。
 「あまりいても負担になる、目も覚めた事だし、安心して帰ろうや」
 「不幸な我らが大貫クンはわが身を犠牲にして連続強盗を捕らえてくれました、指もあったし目も覚めた、めでたしめでたし、ってとこだな?」
 「そうね、帰りましょうか」
 石上、秋津、と続き、夕子が別れ際に…
 「じゃね♪ゆうくん、あ、ユニちゃん、ゆうくんのコトおねがいね♪」
 「ハイですよ、お任せ下さいですよ」
 言うや、ユニが胸(顔?)をポンと叩いた。
 「めでたくないよ…やれやれ…、しっかし、タイヘンだったな、ユニ…」
 「まったくですよ、お客様は大歓迎ですが、ああ言うのは金輪際ゴメンこうむるですよ…」
 「だね、で、ユニ…の方は、体?えと、機能の調子は?…」
 「…概ね好調ですよ、リカバリできなかった破損領域もあるですけど、細かい現状のチェックのログはコミュに表示しますですよ…」
 等とやっていると…
 「おおっと、すまん、聞き忘れてた事があった」
 と、まっ先に出た西沢が戻ってくる。
 「うおっ!?なんです?」
 「警察に聞かれたんだが、なんでも犯人達の供述が食い違ってるらしいんだ、内二人はアンドロイドに倒されたって言ってるらしい…何か心あたり、あるか?」
 ドキン!?
 (夢の中で見た裸の女の子…まさか…)
 「って、なーわきゃねーよな、自爆が恥ずかしくて適当言ってるんだろう、ユニ…だっけ?そいつはお世辞にも「アンドロイド」には見えないからなぁ…」
 「はうう、けけけ、けどけど、Pクラス最高の…」
 パタパタと慌てたリアクションを取るユニ、だが、AIの内心は別の意味で焦りが出ていたのだが…
 「いや、ごめんごめん、かわいいなソイツ、大事にしろよ?」
 「ええ、もちろん!ありがとう西さん」
 「敬語やめろつってんだろ?じゃな、早く復帰しろよベビーフェイス」

・・・☆・・・

 「お父様とお母様は、明後日には来るそうですよ」
 「ええっ!?帰国すんの!?ワザワザっ!?」
 「あたりまえですよ!仮にも傷害強盗事件の被害者なんですよ?ゆうくんは」
 「まあ、そうだけど…なぁユニ…」
 「?なんですよ?ゆうくん??」
 祐一とユニの間に微妙な空気が流れる…が…
 「いや、なんでもない、ちょっと…いや、きっと夢の話」
 「夢が見れる機能って、ロボットには無いものですかね?」
 「…今度検索してみなよ…」
 他愛無い会話、幸せな時、危機に遭ったからこそ感じられる普通の素晴らしさ…
 (ごめんなさいゆうくん、ボクは嘘をついているですよ…)
 (人間を攻撃出来る、ユーザーの命令でなく、保身の為に嘘をつける…)
 (これはきっと、ボクのAIは、どこか壊れてしまったのだと思うですよ…)
 (ただ、それを話してしまったら、ボクとゆうくんは、きっと「今」を失ってしまう…)
 (だから…だからもう少し…ボクの「世界」が壊れてしまうまで…)
 (この心地よい嘘に…身を委ねていていいです?ゆうくん…)

・・・☆・・・

§4:エピローグ&ネクスト プレ プロローグ

 薄暗いベッドの上で、若い男女が絡み合っている。
 いずれも高校生らしく、制服が円形のベッドの下に乱雑に脱ぎ捨てられていた…
 程なく、その衣類の中から、コミュが耳障りな着信音を奏でた。
 男が取り、話す…
 「ええ、まだ感ですけど、多分、受け取ってますよX'masプレゼントを…」
 「わかってます、そちらも、ですから、協力してくださいよ」
 コミュを置き、ベッドに戻る。
 「もう、辰彦ってば、こんな時くらいコミュ切っといてよぉ」
 「ふふ、ごめんって、サービス…」
 んっ、と唇を重ね、ゆっくりとお互いの体液を絡ませあう…
 「…、するからさ…」
 一対の影が一つに交じり合い、夜へと溶け込んでいった…

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