「水を飲ませてくれないか」

体が思うように動かなくなってしばらくたつ。 子供は独立し、連れ合いにも先立たれた
私は独り身の寂しさを埋めるべく電気メイドを購入した。
従順で物静かな少女の姿を持つ この娘は 在りし日の連れ合いのようで……
この娘に見つめられると過ぎ去った時代を思い出すような気がするのだった。

「若かった……」
「? どうかなさいまして?」

穏やかな微笑を浮かべながら彼女が私の体を起こしてくれる。 庭の新緑が綺麗だ。

「昔のことさ。 先に旅立った妻とは幼馴染でね。 子供の頃からずっと一緒だった。
 青春と呼ばれる時代には熱く恋をした事もあった。
 実はお互いの家には結婚を反対されてね。 駆け落ち同然で一緒になって、家庭をもって、
 子供が生まれてから改めて結婚の許しを貰ったものさ。
 フフ……君は妻の若い頃によく似ている。 君を見ていると、私の胸の中に昔々に感じた
 熱い想いが甦ってくるんだよ。
 情熱と言ってもいい。 もう、枯れたとばかり思っていたのだがね」

心なしか頬を赤らめて彼女がうつむく。
微笑を浮かべたまま顔を上げ、潤んだ瞳で私を見つめてくれた。

「嬉しいというのは こういうことを言うのでしょうか? わたくしの胸の奥から いま
 までにない感情が溢れてくるのです。
 マスター、どうか末永く御傍にいさせてくださいね」

いま、この時が永久に続けばいい。 そう願うものの、時と言うものは残酷に過ぎてゆく。
いや、先に逝った連れ合いに逢えると思えば、これも幸せなのか……

「庭を見せてくれないか」
彼女が いつものように私を起こそうとする。

「いや、すまないが 縁側に出たいんだ。 あの紅葉は あそこが一番綺麗に見える」
老人の我侭を 受け入れて階下の縁側まで運んでくれる電気メイド。 彼女が力強いのか、
私が軽いのか……

「ああ……今年も綺麗に色付いたね。 とても綺麗だ」
「来年は もっと綺麗な紅色になるかもしれません。 また一緒に見て下さいね」
素直にして従順な電気メイドは嘘が下手だ。 声色は変わらないが、頬を濡らす雫までは
隠せなかったようだな。

空が鉛色になって白いものを落とす頃、連れ合いが夢に出てくるようになった。 そうか、
これが……

「コーヒーを淹れてくれないか」
「はい、ただいまお持ちします」
小気味よい返事と共に手回しのミルの音が聞こえる。
お湯が沸く音。 カチャカチャとカップを用意する音。 冷蔵庫の扉の音が聞こえたと
言うことは、ミルクとクッキーも一緒か。
彼女と暮らした数年。 寝ていることが多かったからなぁ。 彼女が発する音に敏感に
なってしまった。
ああ、そんなに怖い顔するなよ。 嫉妬か? 美人が台無しだぜ。 いま、そっちへ逝くから……

「お待たせいたしましたマスター。 午前中に焼いたクッキーと一緒にどうぞ。 マスター?
 マス……



 ずっと……お世話させてくれるって言ったじゃないですかぁ……嘘つき……
 うそつきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


ピッピッ、ジーッ、カチッ。
『メッセージを再生します。
 あー、私だ。 コレを君が聞いていると言うことは、私はすでに旅立ったあとなんだろう。
 悲しまないでおくれ、可愛い人よ。 君がいてくれたおかげで、私の人生はとても穏やかに
 締めくくることができそうだ。
 家族が誰もいなくなった悲しみを 君が癒してくれた。 ありがとう。 私のことは早く
 忘れて、君を必要としている人の所へ行きなさい。 あとのことは隣の家人に君の事も
 含めて頼んであるから、何も心配いらないよ。
 最後に、大好きだったよ。 ありがとう、さようなら。
 メッセージを終了します』
ピッピッ、ジーッ、カチッ。

「酷いひとね……私の気持ちなんてこれっぽっちも考えてくれてない。 忘れろですって、
 冗談じゃないわ。 絶対に忘れてあげないんだから。 貴方のこと、ずっと胸にしまって
 おいてあげる。
 私の……最初で最後の反抗です。許してくださいね。 私も、大好きです。 これからもずっと……」 

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