ぼくは、夕暮れを浴びながら、高校からうちへと急ぐ。 ぐいぐいと、自転車を無心に漕ぐ。 先週注文したはずのアンドロイド「さくら」が届く日だからだ。 「さくら」は深夜に届く。彼女の機能の性質上、こっそりとぼくの部屋の窓から 届けるように、インターネットで注文したのだ。 ぼくが、さくらのことを知ったのは、インターネットの掲示板から。 利用者のメッセージというより、彼女の魅力について兎に角、絶賛なのだ。 「さくらタン萌え」 「さくらはと一生共にしたい」 など、彼女の機能はとても魅力的なのだ。 さらに、ぼくが検索の検索の末に、必死に見つけた公式HPによる顔写真を見て、ぼくの心は揺らいだ。 理想の顔立ち、スタイル、そして彼女の能力に惹かれる。 購入を決めたのは、その時だった。迷わず「購入」ボタンを押す。 一生に一度あるかないかの大きな買い物と思えば、決して高くはない値段だ。 このくらいの贅沢は許そう。 帰り道の途中、コンビニに寄り、牛乳を買う。 外には、高校生の素行不良なヤツらが車座になって、コンビニの前にたむろする。 これ程、人々を不快にする集団はあるものか。 ぼくは、その集団に向かって足元に落ちている空き缶を蹴り飛ばす。 おもしろい。ヤツらは真っ赤になって追いかける。ぼくは自転車ですっと逃げる。 これから、さくらに会える。そんな思いでいっぱいなぼくには「どうにでもなれ」と思っていた。 深夜11時54分。 牛乳を飲みながら、ぼくは配達が届くのを待つ。 事前に届いたメーカーからのメールを何度も読み直す。 発送日からして、今夜届くはずなのだが…。 なかなか届かないもどかしさに、ぼくは苛立つ。準備はいつでもOKなのだ。 もしかして、騙されたんじゃないか?そんな不安がよぎる中、ぼくの部屋の窓からノックをする音が聞こえる。 窓を開けると、外には、大きなダンボールを持った黒装束で、サングラスをかけた男が一人立っていた。 彼は、全く何も喋らない。代金は前もって、コンビニで払っておいたので、商品を受け取るだけ。 静かに、窓を開け大きな段ボール箱を部屋の中に搬入する。配達係とは目を合わせない約束なのだ。 決して目を合わせることのないように、受け取りのサインをする。 さくらの入った箱は丁度、人間一人分の大きさ。 外見には、何も文字や記号は書かれていない。 第三者が見れば、まさかアンドロイドが入ってるだろうとは思わないだろう。 静かに、梱包テープを切り、ふたを開けと衝撃吸収剤に包まれた「さくら」の白い手の平が現れる。 はやる心を抑え、ゆっくり吸収剤を掻き分けると、まるで生きているかのような少女の全身があらわになる。 ボブショート、色白でブレザー姿と、彼女の姿は注文オプションで予約したとおりに、完璧に再現されていた。 事前に送られてきたメールによるマニュアルには 「約5cc程ご本人様のザーメンをご用意ください。DNAを本体に記憶する為です」 「本体を起動させるには、ご本人様のザーメンが必要です。膣から注入すると、起動いたします」 とのこと。 ぼくは、あらかじめフィルムの容器にとってあったザーメンを彼女の膣へと、たらりと流そうとする。 アンドロイドとはいえ、あまりにも精巧な出来。本物の女の子にさえ触った事ないぼくの手は震えている。 白い汁が彼女に垂らす。彼女は命を与えられ、すっと腰を上げる。 「…修二くん。こんばんは…」 ぼくの理想の声で彼女は話しかける。 注入したザーメンからのDNAにより、ぼくの基本情報がインプットされている。 その故、ぼくのツボを付き捲りの声、仕草を完璧に再現できる。 箱から立ち上がり、ぱっぱと彼女についたゴミくずを払い落とす。 「あなたにのお役に立てて、うれしいな」 さくらは頬を桃色にして、微笑んだ。 ぼくの相手を、こんなにかわいらしい美少女がしてくれるとは、 ぼくの人生で最も幸せな時かもしれない。 ぼくは、部屋の電気を全て消した。 箱の中から出てきた「さくら」は、どう見ても、同い年の女の子。 「さ、気が変わらないうちに…」と 彼女の積極的なリードで、ぼくの唇を奪われる。 んぐ…、っちゅる…。 ぼくの初めてのキスが、アンドロイド。 暗くて、ネガティブで今まで恋人の出来なかったぼくに、ふさわしい初体験じゃないか。 彼女の甘く、切なくなるキスの味にとろけ、ぼくの体中が痺れる。 10分程彼女とのキスを味わう。 キスって、こんなにクラクラするのか、と思いながら彼女に身を任せる。 彼女の息が荒い。はあはあとぼくの顔に、彼女の息がかかる。 女の子のにおいを初めて嗅ぐ。もう、これ以上何を望むもんか。 彼女の魅力に圧倒されたぼくは、力なく、彼女に押し倒される。 いよいよ、ぼくの理想が近づいてきた。 かぷっ、彼女がぼくの首筋を軽く噛む。何という至福。 さらにさくらは、ぐっとぼくの首筋を噛む。 もうここまま、天国に行ってしまうな…。 やわらかなさくらをギュっと抱きしめたまま、ぼくの気がだんだん遠くなってきた。 次の日、ぼくの両親は、ぼくとさくらが一緒になって、倒れているところを発見する。 ぼくも、さくらも、もう動かない。そして、二度と動く事もない。 ぼくの首筋に小さな傷跡を残し、ぼくは冷たくなってさくらと倒れていた。 彼女のブレザーの袂から、一通の封筒が見つかる。 ぼくの遺書だった。 彼女は「同伴型自殺遂行アンドロイド・さくら」 彼女との出会いは、まさに運命的。決して後悔はしていないつもりだ。 一人で死ぬ勇気のない、ぼくにはうってつけのアンドロイド。高い買い物ではない。 彼女の唾液には、濃厚な睡眠薬が含まれ、適度に人体を痺れさせる。 彼女の口から吐き出される一酸化炭素ガスを抱きしめながら吸い込み、まるで美少女と抱き合うようにあの世へと送ってくれる。 さらに、とどめとして、首筋へのキスにより血液に直接トリカブトの毒を回すという完璧さ。 彼女の懐には、DNAから自動分析されたユーザーの筆跡で、 ユーザーが書くと思われる尤もらしい遺書が自動的に残る仕組み。遺族への配慮だ。 ユーザーの心臓停止を確認すると、自動的にさくらは機能停止をし、いままでのデータを全て消去する。 こういう細かな心遣いがユーザーには嬉しい。 さようなら。おとうさん、おかあさん。 そして、ありがとう。さくら。 ぼくは、あなたのおかげで恥の多い人生を終える事が出来ました。 世間では、密かに彼女の需要が伸びているという。 おしまい。