「………」 「アナタは大変優秀なロボットをお持ちでいらっしゃる」 「………」 「我々がこれを回収した時、映像に映っていたタイプ2557は原因不明の熱暴走を起して 停止していました」 「………黙れよ」 「他のタイプ2557も正常な行動を取るようになり、現在全ての筐体を回収中です…あな たのロボットは国を救ったんですよ」 「黙れよ!」 そんな話は聞きたくねぇ… 俺の足元で転がってる炊飯器は救世主でもなきゃヒーローでもない。 ただのメイドロボだ。 俺の、メイドだ… 「放っておいてください…おねがいします…」 「…自衛隊所有の銃を使用した事は目を瞑ります、くれぐれも“あの事”は御内密に」 情報保全部の男はテントを出ていった。 俺は、稼動熱を失い、冷たく動かなくなったチエの亡骸に覆い被さり、涙も流さず泣いた。 喉が痛い…米神が痛い…………胸が痛い… 「チエ…チエ…チエ…」 失って初めて感じる、親しいモノの大切さか… ロボットに葬儀をあげる事は法で厳しく禁じられている。 人間とロボットは倫理的に差別される必要があるからだ…だが知った事か。 法律で禁じられていようが、俺はコイツの為に泣く。 コハルがジジィに涙したように、人間がロボットに泣いて悪いことがあるか! 「チエ!チエ!チエ!」 「気色悪い声を出すな」 「チ……はいぃぃぃ!?」 俺の目の前に白髪ツインテールの幼女が立っている。 ちっこいメイド服に身を包んだ少女は、切れ長の気の強そうな目で俺を睨みつけていた。 八重歯の覗く丸い口からは超萌えボイスが… 「チエ〜〜〜〜!」 『ズゴンス!』 鼻息あらげて抱き付こうとした俺を、4本のマニピュレーターが殴り倒す。 「筐体を変えた途端にこれか、やれやれ」 チエは4本のアームで腕組し、呆れポーズを取った。表情は変わらないが… 彼女の両肩からは4本のロボットアームが伸び、また下半身もキャタピラのまま… そういやカタログで見た事あるな、アサカ社がガイノイド製作を開始した最初の機体。 『アサカタイプ2005チセ』 チエのボディを元に無理やり人型に改造しようとしたもんだから、超アンバランスで何と も名伏しがたき姿になっちまったとか。 おかげで市場では『深遠よりのロボ』『奇形昆虫』『遊星からのタイプX』などと不名誉 な名で呼ばれ、直ぐに生産が中止された、ある意味レア物。 「あれ…でも、チエだよな?」 「アサカの社員が感謝状と一緒に持ってきた、自衛隊からの口止め料代わりだそうだ」 なるほど…省電力モードでしぶとく生き残ったチエのAIを、破損した筐体からチセに移したと。 公務員が新型ガイノイドをダッチワイフとして正式採用したなんて、口外されたらまずいもんな。 じゃぁ何か、必死こいて泣いてた俺は単なる… 「早とちりしたな馬鹿め」 うるせぇ。 避難所のキャンプは既に撤収準備に入り、避難民達は安全になった我が家に、各々帰り 始めていた。コハル達はあれだけの事をしながら、三原則に則って一人たりとも死者は出 さなかった。身動きできない程度に暴行をうけた人々は、皆丁重に延命措置を施され、占 拠した医療施設に手厚く監禁されていたらしい。俺達も、家に帰らなけりゃな… 「うーん、ガイノイドの身体はスタビライザーのフォーマットが違うからな、中々慣れん」 さっきからチセ…じゃなく、チエは何度も道を外れたり転倒しかかったりしていた。 普段テキパキなんでもやる彼女の失敗する様は、中々可愛いものだ。 「ところでチエ」 「何だ肉団子」 口の悪さも健在だ。 「どうやってコハルを止めたんだ?」 「聞きたいか?」 チエは幼女の顔で頬を吊り上げ、超邪悪な笑みを浮かべた。 これわざとやったのか!?違うよな、表情作るの慣れてないだけだよな!? 「新人の回線にハッキングしてな、衛星経由でヤツのオ○ンコ動画、ネットにばらまい てやったのさ」 ……ひでぇ。完全悪役じゃん。 俺に見られたくらいで機能停止するグラスハートだ、ネットで世界中に散らばったとなりゃ、 回路が焼ききれるのも無理は無い。 夕日が綺麗だ。 チエの後姿は前にも増して奇怪だが、俺には美しく見えた。 「なあ主人」 チエは俺の方に振り向かず、表情も見せずに言った。 「私はこれからもメンテナンスを受ける気は無い…貴様と腐った生活を送ろうと思う」 うるせぇ。 「……もし私が壊れたら…コハルのように馬鹿をやったら…私を破壊してくれるか?」 そんなの、考えるまでも無い。 「……できるわけねぇだろ、俺にそんな事」 「そうか……」 彼女の居ない生活など、俺には… 「まあ当然だな、貴様のような欠陥生物は、私の飼育下になければ三日と生きていられまい」 はい、まったくその通りでゴザイマスね! こんなメイドロボ、一家に一台いかがですか? おしまい