「元々…シンクロイド・システムは、君が言ったように、人とドロイドを繋ぐものだったんだろ…」 そう言ってから、おれはトモミの顔を改めて見つめた。 ここに居るのは、本来のシステムの完成体…つまりは、ともねえの完全な分身となるべき はずであった少女型のドロイドなのだ。 「不滅の命を得るため…ドロイド部隊を自在に動かすため…何て言うか、どれを聞いても、 裏で、薄汚い連中たちの思惑が駆け巡っていた様に思えてならないんだ」 「…だから…完成型はわたし一人なのです」 トモミが寂しそうに眼を伏せながらそっと首を振った。 「各国の首脳や軍隊関係者に…その都度、秘密裏に開発状況を公表されていました」 「…つまりは…輸出も考えていたわけか」 そういえば、バンは合衆国大統領の命で来たのだっけ…。 「でも、朋さんは大勢の分身ドロイドによる『不滅の独裁者』が現れてしまう危険性を説き、 合衆国大統領を説得して、開発中止の指示を出してもらい…表向き、それに従った事に したのです。大統領でしたら、説得力がありますからね」 「お袋の説明では、ともねえは大統領の開発反対に納得して中止した…と言っていたが」 「本当の所は逆、朋さんから出た話しです。…ただ、真実を知られると、お母さまにも危険が 及ぶ…ですから、敢えて伝えられなかったのです」 「そうだったのか…」 「その後…これは、テロリストに再起動されて目覚めた後に得たデータでは、大勢のドロイドを 自在にコントロールする為のシステムに改変されましたが、起動に失敗しています」 「その辺りも…おれは聞いたが…何故、テロリストは失敗した物を持って行ったのか…」 おれの問いに、トモミは眉を寄せ、ふっと小さく溜め息をついた。 その仕草はとてもドロイドとは思えず…かつてのともねえを彷彿させた。 「テロリストにも…技術者がいます。オムニ社に研究員として潜り込んでいた者もいたほど ですから、シンクロイド・システムが『不完全な』物だったとしても、兵器に転用できる可能性の 高い研究資料としては…」 「色々な意味で有益だったわけだ」 「仮に起動に失敗しても…リンクシステムを持つドロイドたちを、一度に大勢を機能不全にして しまう事が出来ますし、完成出来れば、自在に動く軍隊も出来ます」 「なるほど…そういう事なら…無駄になるどころか…十分使える」 「さらに、本来のシンクロイド・システムを完成できれば…」 「一石二鳥か…いや、三丁だ」 おれの言葉に、トモミは真剣な表情で頷き、続けて訊ねた。 「独裁者が、完全なシンクロイド・システムを利用できたら…どうなると思います?」 「多くの分身を持ち、多数のドロイドを自在に操り、しかも命令に従わないドロイドをまとめて 機能不全にして封じることができる…」 「はい」 トモミは両手を組み、そして祈るような形で額に当てて眼を閉じた。 「ある意味…今回は、テロリストに操られなかっただけ、まだマシだったのかも知れません」 「ああ…皮肉な話だが…システムが暴走した今回の方が…被害は少ないな」 「……でも、こんな形で目覚めたくなかったです」 手を離し、そのまま両頬にあてたトモミは、ほう…と小さく溜息をついた。 「しかも、システムの情報中枢を担っているなんて…」 「…この件が解決したら…改めて…その…初めからやり直すと良いかもな…」 「え?」 トモミはおれの方を向き直った。 「…折角、こうして目覚めたんだしさ…」 「ぼっちゃま…」 トモミは感極まった声を上げ、両手を合わせて胸にあて、それから口元に持っていった。 「その時は…わたし…」 「ちょ…ちょっと待て」 妙な予感がしておれは少し慌てて言った。 また、さっきみたいな濡れ場になってしまったらシャレにならないからな。 それに気になることがある。 「なあ…どうして君は、おれを『ぼっちゃま』って呼ぶんだい?」 …その時になって…初めてトモミはその事に気付いたらしく、ちょっとキョトンとした顔になり、 それから首を傾げた。 「そういえば…そうですね…」 「そう呼ぶのは…巴だけなんだが…」 「巴が…ですか」 不思議そうに…だが、巴の名が出た時、ちょっと拗ねた様な顔でトモミはぷいと横を向いた。 「トモミ?」 「わたし……きっと巴に嫉妬してるんです」 そう言ってから、ちょっと寂しそうに笑みを浮かべ、それから何を思ったか、右手でコツンと 自分の頭を叩いてから、トモミは悪戯っぽく軽く舌を出し、おれの方を向いた。 「ごめんなさい…これっきり…って言いながら…やっぱりまだ、未練があるみたいです」 「でも…さっきみたいなのは勘弁してくれよ」 「……やっぱり…お嫌でしたか?」 少し上目遣いになって、おずおずとトモミが聞き返す。 おれは…大きく溜息をつき、顔に手をやった。 「…あのなぁ……嫌じゃないから…凹んでるんだよ」 「え?」 「おれはさ…それでもやっぱり『巴』が一番大事なんだよ」 「………」 「だけどさ…顔立ちは一緒で…そんな風に髪型までそっくりに変えて…迫られて…何だか 段々訳がわからなくなっちまった。けどさ…本質的に…君が巴と同じだと思ったから…」 「もう一回…されてしまったのですね?」 ふいに出入口の方から聞き覚えのある少女の声がして… おれとトモミはそちらを向き、本当に洒落でなく、飛び上がりそうになった。 階段ホールに、一人の人物がいた。 それは、白のコートに身を纏い、フードを頭からすっぽり被った大きな少女の人影…。 …まごうことなき…巴の姿だった。 「…と、巴…」 おれは次の言葉を失った。 全身に冷たい汗がたらたらと流れ…背筋が一瞬にして凍りついた。 じょ…冗談だろ…!? 正直…何と言うか…浮気現場を…それも行為の最中踏み込まれた亭主の心境と言うか…。 「ぼっちゃま…」 フードを被っているので表情が良く見えないが、中から黒い瞳がふたつ、こちらに向けて らんらんと輝いている。 おれは…覚悟を決めた。こ、怖いが…や、やっぱり…責任は取らなくてはならない! 「…おれは…その……済まん!!」 立ち上がり、それから、殆ど地面に頭を付けんばかりに勢い良く頭を下げた。 「ぼっちゃま!!」 え!? ふいに嬉しそうな巴の声がして、次の瞬間… どか〜ん…という、やけに聞き覚えのある轟音が鳴り響き…。 何が起こったのか、一瞬判らずに呆気に取られて顔を上げると…。 出入口の上部が凹み…その下でアタマを抱えてしゃがみこんでいる巴の姿があった。 「あいたたぁ…」 「お…おい…巴」 ちらと横を見ると、呆気にとられているトモミと視線が合い、慌てて駆け寄ると、巴は頭を 抱えて、う〜と小さく唸っていたが、やがて顔をあげ…ちょっと顔をしかめながら、やがて トモミをちらと見、それからおれを見上げて、穏やかに、にこっと笑った。 「…ごめんなさい、ぼっちゃま…またやっちゃいました〜」 「…住人さんが飛んでくるぞ」 思わずそんな事を言ってから、おれは眼をつぶり、頭を下げた。 「いや、それより、おれは…」 ふっと気が付くと、巴の柔らかな手がおれの左の頬に当てられ、眼を開けた。 巴が穏やかな…まろやかな微笑を浮かべて、おれをじっと見つめている。 そして…何を思ったのか、そっと左右に首を振り、それから改めて頷いた。 その黒く深く澄んだ瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚え、おれは我に返った。 「え…?…巴?」 「すべて…『感じて』いましたよ…ぼっちゃま」 「え?」 巴はそれからトモミの顔をじっと見つめた。 「巴…」 トモミが複雑な表情で巴の顔を見下ろし、それから、そっと頭を垂れた。 「ごめんなさい…」 涙混じりの声…。 だが、次に、巴の手がおれから離れたかと思った瞬間…。 いきなり巴は、おれとトモミに両手を伸ばし…そのまま力強くも優しい力でおれたちを 引き寄せ、そのまま自分の両側に抱き寄せたではないか。 「え?…え!?」 何が起こったのか判らず…トモミも涙を溜めたまま、おれの左で唖然としている。 …気が付くと、おれたちは、しゃがんだ姿勢の巴に、並んで抱きしめられていた…。 柔らかく…温かで弾力のある巴の胸の感触が心地よい。 だが…おれに、巴に抱きしめられる資格があるのか? そう思いながら顔を上げると、巴は静かに微笑み、口を開いた。 「ぼっちゃまが出られた後…バンさんに絶縁加工コートをお借りして、すぐ飛び出したのです」 「おれが…出た直後に?」 巴は頷き、申し訳無さそうに苦笑した。 「一人で行けって仰いましたけど…やっぱり駄目でした。ぼっちゃまも一緒で無いと…嫌です」 「しかし…ここに来るのは危険だ。第一、追っ手が…」 「ですから…このコートをお借りしたのです」 「だから絶縁コートなのね…」 トモミがふっと口を開き、巴は再び頷いた。 「ええ。電磁波を極力遮断して、リンク・システムの探知から逃れたの」 …気が付くと、身長差こそ大人と子供以上に違うが、顔立ちの似た、まるで姉妹のような二人。 巴はなおも続けて言った。 「ぼっちゃまが駆け出すのが見え、わたしも直ぐ後を追いました。…その時…」 「わたしの『気配』を感じたのね」 トモミの言葉に巴は静かに微笑み、大きく頷いた。 「たぶん…あなたが、驚くほど近くにいたから…リンク出来たのだと思うの」 巴の言葉に、おれは少し疑問を感じて訊ねた。 「リンク・システムは封じられてるのにかい?」 「ダイレクト・リンクは短距離にしか使えませんが、半面、クリアーにアクセスできますし、周波帯も 特性もまるで違います。そう…携帯とPHSの違いみたい…でしょうか」 すかさずトモミが解説してくれた。 「…でも…わたしは気付かなかったけど…」 「多分、シンクロイド・システムか…テロリストが、あなたからわたしにアプローチできないよう システムをいじったのだと思うわ」 「え?わたしからあなたに出来ないってことは…あなたは…」 …次の瞬間… トモミは、まるで湯気でも吹かんばかりに真っ赤になって俯き、そして… 巴もポッと頬を赤らめ…それから、きゃっと小さく声を上げて… おれとトモミは巴の腕の中で、改めて力いっぱい優しく抱きしめられていた…。 …それから、おれたちはまたもベンチに腰掛けなおした。 おれの右にトモミ、左に巴…。 そういえば、本当は、お袋は二人ともおれに贈るつもりだったとか言ってたっけなぁ…。 などと、ふと、ぼんやり思い出していた。 「…ですから…わたし…今は、トモミでもあるのです」 巴がにっこり笑っておれたちに笑いかけた。 「…じゃ…じゃあ…さっきまでの一連は…すべて」 巴はこくりと頷き、それから、はあ…と、少し気だるげに息をついた。 「わたしも…とっても…感じちゃいましたよ…」 「え゛???」 思わずおれとトモミの妙な声が重なる。 「わたしも直接参加させて頂きたかったです〜…歩いていて…その場で頭が真っ白に なって危うく…イっちゃうところで…慌てて…そっちの回路、切っちゃいました〜」 「え゛え゛っ!?」 巴はふふっと笑い、それからトモミに両手を差し出した。 「ごめんなさいね…わたし、今、あなたの意識や考えが…わたしのものとして…わかるの」 巴の言葉にトモミは絶句した。 「…それじゃ…」 「うん…だから…あなたの気持ちは…凄くわかるの」 「…本当に…あなたがとても羨ましい…でも、どうして…」 「だって…わたしも…あなたと同じ存在でしょう?」 「でも、わたしには『朋』さんとしての自意識が無いわ…」 「わたしも『朋』さんの記憶が無いから…同じ事でしょ?」 そう言って巴はにっこり笑い…やがてトモミも巴の優しさに表情を和らげ、頷いた。 「そうなんだ……あなたも…過去の記憶が無いことに」 「…やっぱり…本当はちょっと悲しいな…って」 「そっかぁ…」 「わたしたち…同じ分身なのに…持っているものは丁度、正反対なのよね」 「…それじゃ二人合わせて」 「ぴったりひとつ…よね」 おれを間に挟んで、巴とトモミはお互いの両手をぎゅっと握り合った。 そしておれを挟み込む様に身を寄せつつ、やや身体を前に出し、左右からおれの顔を見つめた。 おれの前に、左に巴、右にトモミの愛らしい顔がある…。 黒髪に黒い瞳の巴、赤毛に蒼眼のトモミ。 二人の澄み切った瞳がきらきらと輝き…おれを見つめている。 たまらず両手を左右に伸ばして、二人の背に手を触れた。 「ぼっちゃまにお願いします」 巴が決然とした面持ちで静かに頭を下げた。 「この件が解決したら…トモミも一緒にお傍に置いてください!」 「え?…でも」 おれが答える前に、躊躇いがちなトモミ。 「わたしはぼっちゃまを誘惑して…」 「ううん。…いずれ『思い出す』と思うけど…わたしも…ぼっちゃまを押し倒した前科があるから…」 巴の言葉に思わずおれの顔は火照り、トモミは、まんまるく眼を見開き、おれたちを交互に見た。 そうなのだ…結局、巴はお袋のススメに従って…落ち込んでいた時のおれを慰めてくれたのだ。 それも…身体を使った…予想外に強引な方法で…。 「あ〜…その話しは、またにしてだな」 困って口篭ったおれを見、巴がしてやったり…という悪戯っぽい笑みを浮かべる。 「それに…トモミの気持ち…わたしの気持ちでもあるんですよ」 「おれは…」 トモミの気持ちは判っている。だが…。 「…おれは巴を選んだ…その気持ち自体は変わっていない…それでも…良いのかい?」 「トモミとわたしの心も、記憶もひとつになれば…わたしたちは同じです」 巴が淀みなく答えたが、トモミはまだ躊躇っている様子だ。 「確かに…マルチタスクという形で、完全に独立して考え、行動できますけど、巴のわたしも トモミのわたしも同じ心を共有できるんです。それではいけませんか?」 確かにそれは判る…だが…トモミの顔を見ていると、まだ釈然としないものが残った。 「…おれにとっては…二人の恋人を得られるわけだけど…それって、おれにばかり都合の良い… そんな話じゃないかって…そんな気がしてならないんだよ」 「ぼっちゃま?」 「おれの貞操観念が古いのかも知れないが…一夫一婦というのがやっぱりあってさ…」 おれの言葉に、巴は一瞬顔色を変え…言葉を失った。 つまりおれは…一生、巴、ただ一人と共に生きる…そのつもりだった…と告げていたのである。 巴はそれから、ひとつ息をつき、それからぺこりと頭を下げた。 「ありがとうございます…」 顔を上げ、上気した顔で笑みを浮かべた巴だが、続けて言った。 「でも、もし人間の方で、ぼっちゃまに釣り合う方がおられたら…わたしは、お傍に仕える身と しての立場に退く…そのつもりです。だから…」 「トモミが居ても問題ない…そう言いたいのか?」 「はい…」 「ばか…」 おれは、左手を巴の頭に掛けた。 「身体は機械でも…心は…ともねえじゃないか」 「………」 「でも…そうなると…トモミが居ても問題ない訳か」 おれの言葉に、トモミは驚きの眼差しを向けた。 「…それに…本気で巴になる…って言ってくれたよな…。その気持ちに変わりはないかい?」 「はい。ありません」 ぶれない、真っ直ぐな瞳。 「なら…これからは…いつまでも三人で一緒に行こう」 おれは覚悟を決めた。 それにしても…当面の問題をどうしたものか。 巴とトモミがリンクできれば、この事件は解決できるはず…なのだが、二人の意識と記憶が、 どうやっても上手くシンクロ出来ないので、どうしたものか…正直弱ってしまった。 「…あなたの意識は入ってくるけど…あなた中の…朋さんの記憶は…断片的にしか読めなくて…」 「わたしも…少しずつ何か感じはするのだけど…」 お互いの両手を広げて触れ合わせ、データ交感を図っていた巴とトモミだったが、やがて諦めた様に 同時に首を振った。 「…ダイレクト・リンク…やはり完全には繋がっていないのね」 「ええ。わたしからあなたへも、少しは繋がってはいるけど…」 「…そっか…それで…わたし『ぼっちゃま』と…」 「でも、所々…予備知識的にしか入っていないみたいね。…あなたの気持ちが判るのに…とても 歯がゆいなあ…」 「やはりシステムがいじられているみたいね」 「お母さまに調整して頂かなくては…駄目かしら」 「でも…ここから研究所までは、まだ遠いし」 おれは二人のやりとりを、腕組みをして暫く黙って見ていたが、ある事に気付いて口を開いた。 「なあ、トモミ…シンクロイド・システムについてもう一度だけ教えてくれ」 「はい?何でしょう」 「シンクロイド・システムの成立に不可欠なものは被験者、被験者の分身のドロイド、そしてシステム 本体…この三つだよな…被験者の分身はこの場合、トモミだよな」 「はい。そうです」 「ともねえがおらず、分身としてもトモミのみ存在することで、シンクロイド・システム自体が上位の 位置に立っている…これも間違いない?」 「はい。間違いありません。ですからわたしはこうして、自由に『泳がされて』いるのです」 「だとしたら…被験者の代わりになっているものって…何なんだ?」 「「あ…」」 巴とトモミが全く同じタイミングで声を上げ、顔を見合わせた。 「「被験者のダミーシステムです…」」 直後にこちらを向いた二人の声が綺麗にハモり、二人は再び顔を見合わせ、ぺろっと舌を出した。 …この絶妙なタイミング…癒されると共に、妙に心強く感じる。 「シンクロイド・システムの機能を止めるとしたら、そのどれかが欠けても駄目だが、トモミのアクセスは 無くてはならない。だとしたら、本体の所在が判らない以上、ダミーシステムを探して破壊する方が てっとり早いんじゃないかな?」 「ダミーシステム…」 トモミが、その言葉を噛み締めるように呟き、それから大きく頷いた。 「それなら…どこに存在するか判ります…でも、今まで、どうしてその事に気付かなかったのかしら…」 「朋さんの心を…人としての意識をもたないからじゃないかしら」 巴の言葉に、トモミの顔色が変わった。 …巴自身も頷きつつ、厳しい表情になる。 「でも…巴…自己保存、防衛本能はあるわ」 「だから…。そうね!そういう事なのね」 「テロリストの命令で自爆させられたり、戦闘に参加させられたドロイドたちの意識がフィードバックされ」 「こんなのはもう嫌だ…誤った扱われ方はしたくない…その意識が人間を危険と判断して…」 「こんな叛乱を起こしたのね…」 二人の言葉は、まるで一人の言葉のように流暢に繋がり、おれは思わず暫し見惚れてしまった。 だが、ぼんやり眺めている余裕は無い。 「ならば…それを叩こう」 「武器なら…ありますよ」 コートの中にごそごそと手を突っ込み、巴はにっと笑った。 「これまたバンさんが貸して下さったんです」 トモミはキョトンとしておれを見、おれは変わらぬ巴の明るさに思わず…やっぱり笑ってしまった。 とはいえ…出てきたのは…デザートイーグル!?笑顔のつもりがちょっと引きつる。 「それ…でか過ぎないか?」 呆れ気味に訊ねると、巴はにっと笑った。 「大丈夫…50AEでは無く、44マグナム仕様ですから、ぼっちゃまなら片手で撃てますよ」 それに電磁警棒が6本…って、これらはどうやって、しまってたんだ? 巴は銃とマガジンを3本取り出しておれに差し出し、電磁警棒のうち2本をトモミに差し出し、2本は ベンチに置くや、残った2本を手際よく上下で繋ぎ合わせて1本の長い棒にした。 そして、立ち上がると、くるりと水平に一回転し、孫悟空の如意棒の如くくるくると振り回した。 長いポニーテールがその都度たなびき、やがて、ばっと長い電磁警棒を構えて静止する…。 それは中国あたりの剣舞を彷彿させた。 「…ず、随分と手慣れてるな」 前に観たアクション映画で、戦闘前にヒロインが武器の確認をするシーンがあったが、巴のそれは それよりも全然滑らかな仕草で、戦闘のプロを思わせた。 「わたしは…ご存知のように、元々軍用機ベースですから…ぼっちゃまの身に何かあった時、 こうしてお仕えできるよう、お母さまにお願いして、様々なデータとスキルを頂いたのです」 「いいなあ…」 トモミが文字通り、指をくわえるような仕草で、溜息まじりに呟いた。 …ちょっと羨ましそうな仕草…ドロイドとはとても思えない可愛らしさで、思わず頬が緩む。 「そのスキル、わたしももらえるよね」 「うん…ひとつになったらね」 く〜…!何と言うか…心和ませ…まさに癒される光景。 一人と言うか…仲の良い姉妹みたいじゃないか…。 こんな甘甘な姿を、これからも守り続けてやりたい。 この二人の為にも…一刻も早くカタをつけてやるぞ。 おれは両腰に電磁警棒を差し、両手でパンパンと自分の頬を思いっきり叩いて…首を振った。 …頬がじーんと熱く沁みるが眼が覚める。 そして、音があまりに派手だった為か、巴とトモミは吃驚しておれの方を向いた。 「気合だ…気合!」 おれは拳を固めて、右目をつぶってみせた。 アパートの玄関口を出て、おれたちは五階の窓を見上げた。 幼い頃の思い出の場所が…今また、新しい思い出を加えた場所に変わった。 トモミと出会え、巴と合流できるなんて…。 本当におれはツイていたと思う。 しかも、トモミが偽の情報を流している事で、シンクロイド・システムの追っ手は誰もこない。 おれたちは、路地裏を静かに歩き始めた。 時刻は22時半…。 大通りは、深夜営業の飲食店やコンビニ以外、すべてシャッターが閉じられている。 念のため周囲を確認し、携帯の電源を入れた。 今度は通信目的でなく、GPSの使用が目的だ。 トモミが眼をつぶり…彼方を指差す。 GPSで現在地点を表示させ、方角を北に揃えて、表示倍率を変え、それからトモミの示した方向に スクロールさせる。 …それはやはり…オムニ・ジャパンの研究所のある方角だった。 「ドロイドたちは市街地の外れに誘導してあります」 トモミが眼を開け、ちらと交差点の方を見ながら言った。 「シンクロイド・システムのダミー・システムは、二十人ほどの警備ドロイドに守られて、トレーラーで 移動しているようです」 「…そこまで判るのに…何故、君のことを泳がせているんだろうね」 「罠とお思いですか?」 「う〜ん…あ、いや、トモミを疑っている訳じゃないが…」 するとトモミはやや自嘲気味に苦笑した。 「わたしが裏切れないと判断しているのでしょう。わたしの所在自体は今も常に把握していますし、 わたしの持っているデータさえ吸い上げる事が出来れば、心なんて関係ないでしょうから」 「ダミー・システムと君とは…あくまでシステムを構成する為の繋がりでしか無いんだな」 「ええ…」 トモミは巴の顔を見上げ、眼を細めて笑った。 「巴とわたしのような繋がりは、全くありませんし…何も感じません」 途中のコンビニで握り飯を5個、ペットボトルのお茶を2本、それにバッテリーパックを6本買い、 おれたちは夜道を歩き続けた。 賑やかな市街地を出、閑静な…と言っても深夜だから当たり前なのだが、きらきらと街灯の輝く 新興の綺麗な住宅街を通り抜け、舗装された山道に入る。 途中、歩きながら握り飯をほお張ると、巴とトモミもバッテリーパックをぱくっと飲み込んだ。 気が付くと、二人ともこれでそれぞれ2本目ずつ。 その都度、元気になるみたいに思えるが…気のせいか? しかし…何と言うか…お袋のセンスときたら…。 本来、ドロイドは、エネルギー補充の際は専用のベッドに横たわって、身体の数箇所に設けられた 端子からエネルギーを充電するか、市販のドロイド用バッテリーパックを簡易充電器に繋いで 手足のどこかの端子から繋ぐのだが…。 お袋の手がけたドロイドたちは、緊急時はバッテリーパックを丸呑みして、体内にある充電ユニットに セットして簡単に補充できるようになっているのだ。 傍で見ると…物を食べているようにしか見えず、パックを何本か一度にまとめて体内に保管できる他、 充電ユニットが露出しないという安全面も考慮されて、一見良い事ずくめなのだが…。 もっとも…この方式の最大の欠点は…カラになったバッテリーパックの回収方法にあり…。 後は想像にお任せするが…『そういう』趣味のある者には堪らない…らしい…とだけ言っておこう。 まあ、カラになったパックがお腹の中でゴロゴロしているのは…彼女たちも気持ち悪いだろうがね。 おれたちの直上には綺麗な満月が光を放ち、澄んだ秋風が軽く吹く中、並んで歩いていると、 どこか夜中のピクニックにでも来ているような…そんな感じすらあった。 …もっとも…三十分後にはどうなっているか…わかりゃしないが。 最後の握り飯を食べ、ペットボトルのお茶も飲み干すと、巴がそっと手を差し出して、空いた容器を 受け取るとビニール袋に入れ、それからコートのポケットに押しこんだ。 うんうん…とトモミが頷く。ゴミはきちんと持ち帰りましょう…というわけだ。 …と言うわけで、三人とも、エネルギー充填完了だ。 山道は段々と寂しくなっていき、左右に雑木林が生い茂り、その黒い影が不気味にざわめいている。 歩く途中の街灯の数もまばらになって行く。 長い影を三本引きながら、おれたちは歩き続けた。 …これぞまさしく真夜中の決闘…か? 本当なら緊張する場面の筈だが、巴とトモミが左右に居る…それだけで心強く、むしろ、俄然勇気が 湧いてきていて、恐れも怖さも感じない。 ただひたすら…システムを『叩いて』止める、それだけだ。 本当はお袋に連絡しようか…とか、バンたちに援護してもらうか…とも考え、実際、行動する寸前まで 行ったのだが…通信手段は押さえられている可能性が高いし、バンたちが動けば、当然シローたちも 一緒に行動すると言って聞かないだろうから、止めることにした。 武器はある。 それに、さっきの巴の奮戦ぶりから考えれば、油断は禁物だが、20人位なら何とかなる。 今度はトモミもいるし…。 そう思った先に…研究所の灯りが見えてきて、おれたちは互いの顔を見合わせた。 そして…ゲートの前に、大型のトレーラーと思しきシルエットが数台見えた。 「あれだな…」 良く眼を凝らすと…トレーラーの周囲に、服装もバラバラな少女のシルエットが幾つか見える。 その手には棒状の物が握られ、中には腕に『じか付け』されているのも見える。 「トレーラーの外に11人居ます」 トモミがこめかみに手をやり、暫し眼をつぶりながら教えてくれた。 この場合、トモミは早期警戒システムの役割となるので、ありがたい。 「他には…トレーラーの中に数人います」 「シンクロイド・システムの発信源は…もしかして、あれかい?」 見ると、数台のトレーラーの屋根の上に、かなり大きなアンテナが載っている。 その数は4基…。 …どうにもトレーラーに不釣合いな大きさで、ちょっとしたテレビ局の中継車よりも大きそうだ。 「……そのようです」 眼をつぶったまま、トモミは答えたが…少し青ざめた顔になってきた。 「…アクセスを…拒否されましたから…たぶん、間違いありません」 「だとしたら…あれを潰せば、リンク・システムへのアクセスは出来なくならないか?」 「一時的には可能ですが…サブの簡易システムが1時間後に起動します」 「わかった。トモミ…ありがとう。もう良いよ」 緊張が解け、肩の力を抜いたトモミの頭をそっと撫で、おれは巴の方を向いた。 「…巴から見て…44マグナム弾で、あのアンテナの通信機能を完全に潰せるかな?」 「そうですねえ…送信機能ってデリケートではありますけど…」 巴はう〜ん…と唸り、それから彼方のトレーラーを見、困った顔をした。 考えてみたら、うら若き乙女にこんな質問をするのも変なのだが…。 この際、戦闘用ベースだったという事で、思わず訊ねてしまっていた。 「中継ターミナルボックスを破壊出来れば完全に止められますが、そうでないとアンテナへの ケーブルが生きている限り、アンテナを破壊しても、微弱ですが、電波は送信されます」 「だが、出力も送信距離も下がるね」 「そうですね…リンク・システムへのアクセスは出来なくなるかも知れません」 「ええと…そうだ。レーザー通信とかはどうだろう?あそこにあると思うかい?」 ともかく思いつく限りの問題点を洗い出さなくては…。 チャンスは一度しかないのだから。 「あれは基本的に固定局同士のもので、可搬式だと調整に手間取りますので、多分 あれには無いはずです」 ともかくシステムからの送信を止められれば、リンク・システムによる全国のドロイドたちへの 悪影響は止められるはずだ。 …そうすれば、嫌でもボスキャラが現れるに違いない。 「よし…まずはあれを潰そう」