<ワゴンまで約500m…女の子たちはざっと50人…但し、増援がいる可能性がありますが… ゲートを中心に扇形に展開しています。正面には約20人」 ちらと振り返ると、巴が周囲を凝視しながら、インカムを通じて報告する。 視覚センサーは、意外にもこのメンバーで一番精度が高い。 …と言うか、軍用ベースで、しかもサイズが大きくて余裕があるので、各種センサー類が、 巴が一番無理なく詰め込まれているらしい。 <大きいのは伊達じゃないですよ…>と、巴の笑い声が聞こえる。 <流石です…正確な情報、助かります> シローの声が帰ってきた。 すっかり巴の参謀役だな…と思わずほっと和む。 <ネネさんとチャチャさんは、合図と共にゲート正面に束ね撃ち、前衛の方たちはそのまま列が 怯んだ所を進撃してください。中に飛び込めば同士討ちを恐れ、あちらは銃が使えなくなります> <その後のわたしたちは?> ネネの訊ねる声にシローは即座に答えた。 <引き続き左右に射掛けて、出来るだけ足止めしてください> 「但し『彼女たち』は銃を持っているから、無理はするな」 おれは振り向き、巴と、その脇に立ったシローに頷きかけた。 「…巴、シロー、状況報告を頼むぞ」 <はいです!> <心得ました!> と…ふいに『ワンダバ』が静かに鳴り響き、おれは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。 やべ…マナーモードにしてなかった…それほど緊張しきっていたのだ…。 全員が一斉に、おれの方を向いた。 ワンフレーズ鳴った辺りでヒップホルスターから携帯を外し、スイッチを入れ、耳にあてた。 「もしもし」 『まだ無事なようね』 お袋の、幾分茶目っ気のある声が入ってきた。 「…ああ、だが、今から決戦だ…おれと巴と『七人の侍』で、女の子たちの群れに突っ込むよ」 『大体の事は、千代ちゃんから聞いたわ…』 「何としても、巴をそちらに送り届ける…だからもう暫く待ってくれ」 『わかったわ…そうそう、ひとつ教えておくけど、女の子達のリンクシステムは両肩にあるから、 どちらか破壊すれば、情報が絶たれて活動停止になるわよ』 「…そういう事は、もっと早いうちに教えてくれよ」 『ごめん…でも、こっちも実験結果が出たのが、たった今なのよ。…他にも色々ね』 「…あのさ、そういうことなら、この携帯、皆のインカムに繋ぐから、全員向けに話してくれないか?」 『インカム?それは好都合ね』 おれはポケットから…本来ヘッドホンステレオ用だったケーブルを取り出し、携帯とインカムに その両端を繋いでスイッチを入れた。 「皆も聞いてくれ」おれは振り返って全員を見渡した「うちのお袋からだ」 全員の表情が緩む。 …そうか、多かれ少なかれ、この面々にとっては皆、色々関係があったっけ。 『…皆…今、うちの馬鹿息子に言ったけど…』 「馬鹿は余計だ。大体、大元の原因はそっちだろが」 おれの突っ込みに、一瞬全員が笑った。 『…く〜…言ってくれるわね〜…この三国一の馬鹿息子…』 お袋が言い返すが…明らかにおれの語調に合わせて、砕けた調子である。 こういう場では、明るく返してくれた方がありがたい。 『まあ良いわ……ええとね。皆…『OJ-MD8』たちだけど、両肩にリンクシステムがあって、 そこでシンクロイド・システムからの指令を受信しているの。だから主にそこを攻めて』 <しかし先生、『彼女たち』もそれは承知の上では?> バンの言葉におれも頷いた。 「おれもそう思う。…第一、この通信だって、傍受されている可能性があるんだぜ』 『そうね…だから駄目な時は構わず頭を狙って』 <<<ええっ!?>>> 「なんだって?…それ、本気か?」 全員がお袋の言葉に驚愕し、おれも咄嗟に聞き返していた。 『最悪の場合…それも致し方ないわ。それより、わたしにとってはあなた達の命が大事』 <で、でもお母さま> 巴のうろたえた声が入ってきた。 <あの娘たちは…まだ心が無い状態で> 『だったらなおのことよ…一旦壊れても、新しく直して上げられる。でも、あなた達はそうは いかないでしょう。ならば、わたしは心を鬼にします』 <先生…> シュワちゃんの声が入ってきた。 <わたしは細かい事情は判りません…でも、我々の『お袋さん』でもある貴女がそこまで 仰るからには余程のこととお察しします> 『ありがとう…ごめんね。みんな』 お袋の声が心なしか震えている。 そうなんだ。ドロイドたちは皆、お袋にとっては、大切な子供たちなのだ。 …そういえば、幼い頃…あまりに研究にかかりきりで、ちょっとばかり嫉妬して 『実の息子とどっちが大事なんだよ!』と噛み付いた事があったのだが、その時、お袋は 『お腹を痛めて産んだ子が、大事で無いわけないでしょう』と悲しげに笑ったが、その後、 『でも、あの子たちにも、本当に守ってあげられるお母さんが必要なのよ』と言われ、 その時の気迫に、言葉を失った事があった。 …思えば、おれがドロイドたちを…巴たちを分け隔てなく感じられるのは、お袋たちの おかげかもしれない。 それからお袋はひとしきり、『OJ-MD8』の特性を説明し、最後にこう言った。 「それじゃ…大変だけど…頑張ってね…そして、またね」 <<<はい!>>> 再び正面に向き直る一同。 「よし…なら景気付けにBGMでもかけるか」 おれはそう言いながら、一同を改めて一人ずつ見、再び『OJ-MD8』の美少女たちに向き直り、 ひときわ大きな声で怒鳴った。 「作戦…開始!」 <<<はいっ!!>>> 携帯のスイッチを入れ…『ワンダバ』が勢い良くスタートする。 まさに決戦のテーマソングだ。 両脇のシュワちゃんとスタちゃんがニッと笑い、おれたち前衛三人は素早く駆け出した。 それと同時に、両脇後方から一度に十本以上と思われる矢が打ち上げられ、正面の少女たちの 頭上に振りかかる。 咄嗟に腕や手で頭を防ごうとする少女たち。 <ゲートを開けます!> シュワちゃんの声と共に、鋼鉄のゲートが左右に開き、矢をかわした少女の何人かが走りこんできた。 「左右はまかせる」 <<了解>> シュワちゃんに黒髪の和服の少女が三人、スタちゃんに茶髪と金髪のドレスの少女が向かってくるのが見える。 おれには、日本刀を手にしたグリーンのツーテールの娘と、紺髪のロングヘアの娘が走ってきた。 二人とも赤のメイド服…妙に刀が似合っていて…悪い冗談だぜ。 同時にバンとジェーンの銃声が聞こえ、ややをして左右に向けて矢の束が打ち上げられ、散弾の如く 周囲にまき散らされていくのが見えた。 ツーテールの娘は利発そうな顔立ちで、決然とした顔で刀を両手で『みね打ち』に握りなおした。 みね打ちと言ったって、あたりゃダメージはでかいが…きちんと人間用に対応してやがる。 ちっ…しかも、二人とも…可愛い顔してるじゃねえか。勿体ない。 だが、油断は禁物だ。 おれはベルトに下げてあった電磁警棒を刀の要領で引き抜くと、両手で構えた。 ツーテールの娘が刀を下から振り上げるのに対し、向かいながら全力で打ち下ろした。 ええい!ままよ。奥歯をぎっとかみ締め、思いっきり振り抜く。 その直後、刀と電磁警棒がある一点で直撃した。 と、次の瞬間、バチーン…という異様な衝撃と共に、刀が弾き飛ばされ、少女が勢い良く真後ろに 弾き飛ばされ、そのまま片膝ついてしゃがみこんだ。 ぶつかった直後、電磁警棒の電撃が刀の刃を伝って、少女の全身に覆いかぶさったのだ。 …伝導体の刀が災いしたな。悪く思うなよ。 そのまま間髪入れず、少女の左肩に電磁警棒を振り下ろす。 「い…やぁ〜っ!!」 グリップのスイッチを入れると、バリバリバリという電撃の音が響き、少女の左肩からぷすっと煙が上がった。 「あ…あ…あ…」 その場にぺたんとへたり込む少女。 戦意を無くし、虚ろな瞳だが、愛らしい顔立ちと相まって人形のような美しさすら感じられる。 長いスカートが広がり、グリーンの長いツーテールの髪が乱れて地面に散らばっている。 よし、まず一人…とどめだ。 電磁警棒を握りなおし…頭に振り下ろしてやるぞ…。 そう思った瞬間、少女の顔を見て、おれは愕然とした。 こちらを見つめるとろんとした碧の瞳に恐怖の色…青ざめ、やがて全身が微かにぷるぷると震えている。 これって…どういうことなんだ? そう思った瞬間…。 <ぼっちゃま!後ろ!!> やべ…! 巴の声と、風を切る気配に瞬間的に床に転がり、刀の一旋をかわす。 ロングヘアの少女が飛び込んできて、もう一度刀を振り下ろす。 こっちは随分軽快じゃないか。 地面に転がり、立ち上がろうとするが、二度三度と刀を振り下ろしてきて、かわすのが精一杯だ。 なんだ…こいつ、随分好戦的じゃないか。 「…よくも…ハルナを」 「なに?」 少女の呟いた言葉に一瞬気が削がれ、転がろうとした先の地面に刃先を突き立てられ、そのまま どっかりとおれの上に少女が跨り、そのまま組み伏せられてしまった。 「…命まで取るつもりはないが、対価は払ってもらうぞ」 刀の切っ先を突きつける少女の顔立ちは、アイドル顔負けの整ったもの。 紺の長い髪を靡かせて…まさに美少女剣士そのもの。…はあ、こっちも好みなんだけどねえ。 「かわい子ちゃんに押し倒されるってのも、悪かないが、今日は勘弁な」 言うが、刀を両手で挟んで脇に押しやり、そのままひるんで上体上げたところに、右足突っ込んで そのまま勢い良く蹴り上げる……柔らかい…女の子の胸を蹴っちまった! 要は巴投げの変形だ。 少女はそのまま刀を放り出して地面に倒れる。 立ち上がったおれは、暫し少女の顔を見下ろしたが、そのまま電磁警棒の先を彼女の左肩に突き当て それから黙ってスイッチを入れた。 バリバリバリという電撃の音が響き、少女の左肩からぷすっと煙が上がった 「あ…ああ…」 半神を起こした少女の瞳に恐怖の色が広がる。 あ、畜生…いじめたくなる位、可愛らしい顔してるじゃないか。でも…おれにゃそっちの趣味はねえ! …とどめを刺すべきか迷ったが…これ以上はやめておいた。 <第二陣…十人ずつが左右から来ます!うち六人、短機関銃装備> シローの声が入り、ちらとスタちゃんを見ると、こちらは大変なもので、金髪の少女が片腕がちぎれて いるのに日本刀を残った左手で振り回して暴れまわっていて、茶髪の娘は首を折られて倒れていた。 スタちゃんの警備員服も上半身はズタズタに裂かれていたが、さすがは戦闘用、目立った傷は無い。 見ると、両腕には、いつの間にかトンファーに似た電磁警棒が装備され、両手の電磁警棒を攻撃用に、 両腕装備のものを防御用に充てていて、その巧みな装備にちょっと感心した。 なるほど、機関銃の代わりにこれを入れてあるのか…。 <こっちはカタがついたぞ> シュワちゃんの声が入る。 ちらと見ると、黒髪の少女たち以外に、赤毛の白いドレスの少女も、手足を妙な方向に折り曲げて ぴくぴくと震えながら倒れていた。さすがは「ターミ○ーター」のそっくりさん。 し、しかし…この少女たちのやられっぷり…これは「物体X」顔負けだが…。 ともかく二人とも、少女たちの可愛らしいお顔だけは傷付けないで残してあるのに感心してしまった。 う〜む…人のことは言えないが、二人ともフェミニストだな。 <悪い…こっちの別嬪さんに手こずっている> スタちゃんの声に続いて<援護します>ジェーンの声と共に数発の銃声が鳴り、怯んだ金髪の少女が 刀を下ろした所に、スタちゃんは左腕のトンファーを少女の胸に押し当て、直後に左肩に電磁警棒を叩きつける。 バリバリバリという電撃の音が響き、またも少女の左肩からぷすっと煙が上がった。 崩れ落ちる少女…。 金髪で…良く見れば黒のゴスロリ服…可哀想だが…許せ。 うつろな瞳で刀を杖代わりに立とうとしていたが、スタちゃんの顔を見上げたまま、動かなくなった。 続けて向かってくる黒髪のショートヘアと、ソバージュヘアの茶髪のOL風のスーツの二人を、バンとジェーンが 正確な射撃で肩を打ち抜き、そのまま二人はバッタリと倒れた。 「状況は?」 ゲートの前に二人の巨漢ドロイドと立ったおれは、ちらと振り返って尋ねた。 目の前には美少女たちが『屍累々』の状態で倒れ伏し、正面、そして左右から別の少女たちが向かってくる。 髪をひとつに束ねてお下げにした、ピンクのナース服の少女が、電磁警棒をおれに振り下ろす。 かわしながら、その柔らかそうなお腹に警棒の柄をくらわせ、そのまま一旦引いて右肩に打ち下ろす。 <前衛の皆さんが八人、援護の御二人が七人倒しました。あと、ネネさんとチャチャさんが射掛けた事で 十人ほど活動不能なようです> シローの言葉と同時に、バリバリという電撃の音と共に少女のナース服がちぎれ飛び、肩口から煙が上がった。 少女の端正な顔から表情が消え、そのままくずれ落ちる。 「この次の集団を叩いたら、一気に抜けるぞ」 数倍の相手を前にしてこの戦いぶりは、善戦どころか圧倒的と言えなくも無い。 だが、矢も弾丸も限りがある。 特に矢は、一度に十本以上を数度に分けて打ち込んでいるので減りが激しい。 幸い弾丸はワゴンにたどり着ければ補充が利くが、矢は打ったらおしまいだ。 そうなったらチャチャとネネも前衛に出さなくてはならなくなる。 …できればそれは避けたいのが、おれの本音だが…そう言ってもいられないか。 「矢は後、どのくらい残ってる?」 <五十本です> <…七十本ですね> ネネとチャチャの声が続けて入る。 <ぼっちゃま…次はわたしも突っ込みます> 何を思ったか巴の声が入ってきた。 <ネネちゃんも淀ちゃんも、次に連射したらわたしの左右についてください> 思い切って密集隊形で切り抜けようというのか。 <御二人は僕と巴さんと一緒に、前衛のお三方のバックを守ります> 確かにそれなら、前衛のおれたちに接近して援護できるだけ安全か。 おれは頷き、続けて言った。 「よしわかった。…バンとジェーンは、その直後、ネネたちとシフトチェンジしてください」 <了解、引き続け援護射撃にまわる> <弾丸はまだまだ大丈夫ですよ> 長射程の…しかも口径の大きな銃がこちらにもあるのは心強い。 シュワちゃんがまた一人少女の腕をむんずと掴んで、そのまま肩口に電磁トンファーを叩き付けるのと同時に、 彼の後ろにまわりこんだウェイトレス服の少女の肩口に、バンが正確に一撃浴びせて活動不能にする。 いよいよ、正念場のようだな。 おれは乾きかけていた唇を噛み、軽く舌なめずりした。