巴:8

その晩の食事はいつになく賑やかで、とても楽しいものだった。
ダイニングのテーブルに、おれとバンが、向かい合って腰掛け、巴とジェーンが
キッチンでテキパキと作業している様子を見守っていた。
ジェーンは紺色のワンピースに着替えてエプロンをつけ、バンもガウン姿になっている。
…そして出されたものは、ご飯に味噌汁、あじの干物!海苔 、漬物、わさび漬け…。
はあ…なんだかどこかのお宿の食事みたいだが、時間も遅くなってしまい、初めから
作ると時間がかかる上、バンが日本食も大好きだと言うのですんなり決まったのである。
ただし、ご飯の炊き方、味噌汁の味加減は絶品で、おかずも巴の見立てだけあって
味も質も逸品揃い…バンはちょっと感激している様で、巴の面目躍如だ。
また当然の如く、『ご飯』を食べられるのは、おれとバンだけで、巴とジェーンはお茶を
『たしなむ』ことしかできないのだが…。
例によって巴が幾つかボケをかまし、案の定、ジェーンがにやりと笑ってシビアに突っ込み、
巴がちょっとふくれてやり返して…みたいな展開が続いていた。

例えばこんな具合だ。
「ふふふ…真あじは~この沼津産が一番なのです~」
自信たっぷりに、両手を腰にあてて男二人を見下ろす巴。
おれもそれには異存は無い。
「ん…でも、これ、沼津で水揚げして…小田原の工場で加工したものってあるわよ」
流しの横に置かれたパッケージの表記を、暫く読んでいたジェーンが、素早く?ジト目でツッコむ。
「え?…あ…あう… 」
自信たっぷりだった顔が引きつる巴。
ジェーンが、にやり…と絵に書いた様に意地悪く笑う。
…だが、あくまで面白がっているだけで、何だか本当に『くつろいで』いるみたいだ。
それに…本来の外見相応の可愛らしい表情で…これって…
お世辞抜きに良い笑顔じゃないか…?
「それに、実際は駿河湾近海産…とあるし…」
ジェーンがちらとおれとバンの方を見ながら言う。
「これって沼津産って言えるのかなぁ」
「い…いいんです~!沼津の会社で加工したものですから」
「あ、良く見ると小田原産ってあるわ」
「えぇ…っ?」
「ははぁ…実は会社名と読み間違えたんでしょ…」
「う…うう…っ…そ、そうかも、知れないですけど~」
何も言えなくなった巴はウルウルとなりながら、エプロンの端を咥え…
箸であじの身をほぐして口に入れていたおれに、救いを求める顔を向ける.。
なんだか、姑にイジめられる嫁みたいな感じで、思わず吹き出す。
「まあ、でも…なんだ…とても鮮度が良いし…美味いよ、本当に」
苦笑いしながら、おれが助け舟を出すと、巴はぱぁっと明るい顔になる。
「そ、そうですよね~」
「あら、さっきは沼津がいっちばんなのです~…とか言ってたじゃない?」
「うう…」
「小田原の人が聞いたら、とっても気を悪くするんじゃないのかなぁ?」
にまぁ…と、さらに意地悪く笑うジェーン。
けれども、その表情は明るく、この場を楽しむいたずらっこのような雰囲気がある。
派手に突っ込まれる巴も、たじろぎながらも…妙にオーバーアクション気味で、楽しそうだ。

いや、もちろんイジめられて喜ぶ属性があるわけじゃない…はず…と思うけどね。
そういえば、ここに来た直後より、バンは明るい表情だし…何と言ってもジェーンが…
何だか巴の妹…それもボケボケな姉をイジるツンデレな…それでいて姉が好きな
妹キャラのポジションに収まっている様に見え、おやおや…と思う。

…おれたちがあんな事になっている間、二人はどうしていたのだろう?
ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。
「そういえば…飯が炊けるまでの間、バンたちは何をしてたんだい?」
ふと正面を向き直って訊ねると、味噌汁を飲みかけていたバンが、いきなりブッと
つっかえたかと思うや、思わず、げほげほと激しくむせてしまった。
「ば…バン?」
冷静で穏やかな二枚目でも…こんなリアクションをする事があるんだな…思う。
「ま、マスター!」
あわてて駆け寄り、バンの背中をさするジェーン。
「あ…い、いや…その…」
バンが僅かにおれの視線を外し、微かに照れ笑いを浮かべる。
なんだ?このバンらしからぬ様子は…?
ちらとジェーンを見ると…妙にこちらを意識した顔で、僅かに赤い顔をしている…って…。
お、おい…まさか!?
この反応…まさかだろ~!?

おい!冗談じゃないぜ~!!
おれは全身の血が、さ~っとひいていくのを感じた。
てっきり部屋でひとやすみしているかと思ったのに…。
あんたら、なんてことを~!!
「ま、まさか…あ、あんたら…」
「……す、すまん……そ、そんなつもりじゃなかったんだが…」
「ごめんなさい…本当にごめんなさい!!」
バンがテープルに突っ伏し、ジェーンもぴょこんと頭を下げる。
おれは思わず天を仰ぎ、右手で顔を覆った。
「…そりゃないぜ~」
「ごめんなさい、ごめんなさい!わたしが巴に教えてもらいたい事があって…」
「…それで…立ち聞きかぁ?」
へなへなになって、おれは枯れた声で言った。
「い、いや、その…具体的に何をしていたかは知らないが…」
バンが全くフォローになっていない言い訳をする。
「いや…だが…本当にすまない…ことをした」
そう言ってバンは、改めてテーブルに頭をこすりつけた。
「だけどよう…」
「…でも~…事故では…仕方ありませんね~」
ふいに巴が、口元に指をあて、困ったようににっこり笑いながら、小首を傾げて口を開いた。
「……え゛?」
おれも、顔を上げたバンもジェーンも、思わず目を丸くして巴の顔を見つめた。
巴の表情はいつもと同じ様だが、その背後に妙なオーラを感じて、おれはぞくっとした。
あ、いや、これはこれで何かソソられるんですが…っておれはM属性無いけど…って
違う…これは…やばい!
「もっとも~」
巴がワンクッション置いてから続ける。
「ジェーンが気付いた後に、バンさんが来た…と言う事になりますと~…途中からは立ち聞きの
意思があったとも取れますね~~…もし、そのおつもりだったとしたら…」
「そのつもりだったら?」
一見穏やかな笑顔の巴の瞳が、異様にきらりんと輝く。
「生かしてここから…お出ししないところですが~~」
ああっ…や、やっぱりキレかかってる。
そ…そりゃそうだよ…あんな恥ずかしい…二人だけの営み?を立ち聞きされたら、
もう半殺しどころか、全殺し(なんてあるのか?)だよ…普通。
し、しかし本当に殺人はいかんぞ、殺人は。
いや、で、でも、おれだって、本音は二人の記憶から全部消したいけど。
でも…だ、駄目だ、やっぱり実力行使は駄目だよ~!
「ただし~条件次第によっては、許してあげましょうかぁ」
口調こそ、まったりぽやぽやだが、有無を言わせぬ響きがある。
「じょ…条件って、なんだよ?」
本来、おれが二人の代わりに聞くつもりも、義理立てする理由も無いのだが、巴の
異様な迫力には、おれ自身も危機感を覚えて、思わず訊ねていた。
すると、巴はにっこり笑い、こんなことを言った。
「あなたがたの関係を総てお話しください…包み隠さず、全部です」

「おれたちの…」
「関係…ですって?」
まるで二人一役のように、繋がって言葉をもらした二人は、暫し絶句した。
「…はい、その通りです~」
巴の背後にあった異様なオーラがいつの間にか消えている。
「わたしたちの大事な秘密との交換です…。
等価交換とするには~…わたしたちの方が、か・な・り・重いですけどね~」
巴…おまえ…。

バンは暫し口を閉じていたが、やがて、改めて丁寧に頭を下げ、そして静かに、
微かに、申し訳なさそうに笑みを浮かべて、重い口を開いた。
「わかったよ。…改めてお詫びすると共に…話させて頂こう」
「マスター…」
ジェーンは、小さく呟き、静かにバンを見つめていた。

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