1

 そうです。あの娘の生みの親はわしです。
 なぜあの娘を作ったかって?
 それは、お恥ずかしい話ですが、30年前に17で死んだ娘のことが、やはりどうして
も忘れられなかったからです。
 息子は立派に育って、孫もいますが、海外赴任して長いし、うちのやつも死んでからと
いうもの、年寄りの一人暮らしにはどうもうるおいというものがあるませんでな。それで、
寂しさをまぎらわせるためと行ってはナンですが、あの娘を作ろうと思い立ったわけです。

 え?あの娘のテクノロジーを世間に発表しなかった理由ですか?
 いや、何しろわしは大学を退官してからももうだいぶ経つし、今さら世間での名声がほ
しいということもありませんからな。
 というより、そんなものはもう、さんざん得て飽き飽きなんですよ。むしろ、静かな暮
らしがほしかった。かわいい孫娘がわりのあの娘をいつくしみながら、草木に囲まれた田
舎の地で静かに暮らし続けることだけが願いだったのです。

 あの娘はわしのプログラミング通りのいい娘でいてくれました。
 わがままを言ってわしを困らせるようなことはありませんでしたし、いつも肩をもんで
くれたし、いつもわしの体の心配をしてくれていた。わしは実の息子にも孫にも、あんな
にやさしくされたことはありませんでしたよ。

 このまま、わしは死ぬまであの娘と二人で暮らしたい、そう思ってましたんじゃ。
 なのに・・・もうあの娘はいない。
 今、あの娘がいなくなって、わしはもう・・・・・・・・・


2

 及川ユキ君は、一言で言うなら、おとなしい生徒でした。
 前の担任からの私への申し送りにも、
「品行方正で、素行は真面目。性格は内気で、やや積極性に欠けるが、地道で、芯の強い
がんばり屋なところがあり、勉学にも熱心である」
と書かれています。

 あの娘がいかなる存在かということは、もちろん知っていました。
 しかし、及川名誉教授のご希望で、あくまで「普通の女の子」として扱ってほしいとの
ことだったので、われわれ教員以外には、すなわち生徒たちにはそのことは言ってません
でした。
 だから、クラスでもあまりあの娘が注目されることはなかったように思います。
 私の知る限りでは、ユキ君は休み時間にも口数は少なかったほうで、友人も多くはなかっ
たろうと思います。

 が、とにかく手のかからない娘でしたから、われわれにとってはまったく問題のない生
徒でした。そのぶん、こう言っては失礼ですが、何年かしたらそういう生徒がいたという
ことすら忘れてしまうような、そんな儚い影の生徒でもありましたがね・・・。

 それにしても、あんなことになるなんて、本当に寝耳に水でした。
 及川名誉教授も、さぞショックを受けていらっしゃることと思います。私にとっても、
本当に残念な限りです・・・。


3

 はい、ユキちゃんとは一年のときから同じ部活でした。手芸部です。手芸部はもちろん
男子はいないし、女子も、部員はそんなに多くないから、地味でひっそりした部です。

 私は中学のとき、どちらかというと引っ込み思案で、いじめられているようなタイプだっ
たから、高校でうまくやっていけるか、心配だったんですけど、ユキちゃんとならどうい
うわけか気安く話せたんです。
 あの娘も私と同じでおしゃべりなほうじゃないし、小さな声でポツンポツンと話すだけ
なんですけど、あの娘のおっとりしたスピードが私のスピードと合って、一緒にいて何だ
か安心できる感じでした。


4

 ぼく、実はユキさんのことがすきだったんです。
 人は、よく自分に似た性格の者をすきになる人と、自分と正反対の性格の者をすきにな
る人がいますが、ぼくはどっちかというと前者かもしれません。

 そりゃ、あの娘はクラスでそんな目立つほうじゃありませんでしたよ。
 髪の色は黒だったし、化粧っ気もなくて、アクセサリー類も使ってなかったし、メガネ
なんてかけて、いつもうつむいて本かなんか読んでいて、男子はもちろんのこと、女子で
もあんまりユキさんと話したことある人はいなかったんじゃないかと思います。

 うちの学校は体育系のヤツとか遊び人系のヤツが多いから、自然、女子も遊び慣れした
華やかな娘が目立ってました。実際のところはどうだか知らないけど、ユキさんのことを
すきだってやつは、ぼくぐらいだったんじゃないすかねえ。

 でも、ぼくは今でもユキさんのことを思うと胸が痛くなるんです。華奢な体なのに、い
つも何をするんでも一生懸命で、がんばっている姿がすきでした。それこそ掃除みたいな
つまらないことでも・・・。

 弁当の時間、ぼくが牛乳を床にぶちまけちゃったときだって、手伝ってくれたのはユキ
さんだけでした。あまり話したこともないぼくに
「大丈夫?冷たくない?」
って言って、ハンカチでぼくのズボンを拭いてくれました。
 あのときの細い声のやさしい響きが今も忘れられません。

 ぼくは・・・こんなこと言っていいのかわからないけど、本当にユキさんのことがすき
だったんです。結婚したいと思ってたんです。

 まさか。まさか、ユキさんの体にそんな秘密があったなんて、知らなかったから・・・。


5

 さっき言った通り、ユキちゃんと私は気が合ってたんです。
 テレビの話とか音楽の話とかもしたし、ときには真剣に将来のこととか相談に乗ってく
れたりもしました。
 ユキちゃんは看護師さんになりたいって言ってました。
「この世に生んでもらったからには、人間の役に立たないといけないと思う」
って。

 あの娘になら何でも相談できる、あの娘になら自分の弱いところを見せたっていい。ど
うしてだか、私はそう思うようになっていました。
 きっとユキちゃんもそう思ってくれてたんだと思います。
 ユキちゃんが自分の体の「秘密」を私だけに打ち明けてくれたのは、やっぱり私がそう
思っていたように、あの娘も私を親友だと思ってくれてたんだと信じてます。


 手芸部の合宿の夜のことでした。
 みんなでお風呂に入った後、寝床についたんですが、私たちの学年は私とユキちゃんと
二人だけしかいないので、部屋には他に誰もいなくて、眠れない夜を語り明かすにはピッ
タリでした。
ユキちゃんと私は、将来のこととか、学年の男の子たちの噂とか先生の論評とかをいつも
のようにしゃべり合ってしました。

 そろそろ眠くなった深夜に、会話がちょっと途絶えたとき、ユキちゃんが不意に真顔に
なって私に、
「あのね、香代・・・実はね、誰にも言ってないことで大事なことがあるんだ」
と言いました。
 その瞳はどこか悲しそうで、言いにくいことを言いあぐねて、だけど一生懸命話そうと
がんばっている、という感じでした。

「今まで・・・香代にも他のみんなにもずっと内緒にしてたんだけど・・・」
と言って、ユキちゃんは、いきなりパジャマを脱ぎはじめて、裸になりました。
 何をしだすのか見当もつかない私は、黙って見ているしかありません。
「でもね・・・こういう泊まりがけのときとかに、もしも何かトラブルがあったりしたと
きのために、本当に信頼できる人なら、一人ぐらい知っておいてもらったほうがいいと思
うし・・・ドクターもそう言ってたし・・・」
 恥ずかしそうにうつむきながら、ユキちゃんは小さな胸をカチャリと開いたのです。

 私は息をのんで、言葉を失いました。
 ユキちゃんの胸の中にたくさんの細かな機械がぎっしりとつまっている光景を見て、驚
くというより、あっけにとられていました。

「ごめんね・・・本当なら、香代にだけはもっと早くに言っておきたかったんだけど・・・」
 ユキちゃんは少し悲しそうにポツリと言いました。
 私は返事をするのも忘れて、瞬きもせずに固唾をのんでいました。

「・・・・・・ロボット?」
「うん・・・ごめんね。でも・・・香代、こんな私でも、これからも友達でいてくれるかな」
 ユキちゃんは、少し泣きそうな声になっていました。
 私は、一年の頃からユキちゃんと一緒に過ごした時間たちのことを思い出しながら、ただ
「うん。・・・私たち、これからもずっと友達だよね」
と言って、ユキちゃんの手を握っていました。

 ききたいことはいろいろあったはずなのに、なぜだかそのときは、ユキちゃんの身の上
をあれこれほじくる気は起きなかったんです。

 あの晩、私たちは手をつないで寝ました。


6

 あの晩から後も、もちろん私たちは親友でした。
 うちの両親、家族のこととかで私が悩んでると、ユキちゃんはずっと私の話につきあっ
てくれたし、ユキちゃんが何か困っているときには、私もせいいっぱい助けてあげるよう
にしてました。

 そんなあの娘だったから、私は安心してすきな男の子の話もできました。
「ふうん。そうなんだあ。うまくいくといいね。私、香代と梅田君がつきあえるように応
援してるからね」
 ユキちゃんがいつものやわらかい、少しポワンとした笑顔でそう言うから、私は自然と、
「ね。ユキにはすきな人いないの?学校に」
と、身を乗り出してききました。

 ユキちゃんは、はにかんだように下を向いて、
「えーっ。・・・うん・・・まあ、いるっていうか何ていうか・・・」
と、もじもじしていました。
「なーんだ。やっぱり、いるんじゃないの」
 私がヒジでユキちゃんの体を押すと、あの娘は
「うん・・・」
と、少しだけうれしそうにうなずきました。
「誰なの?ユキのすきな人って」
「うん・・・あのね・・・」
 ユキのすきな人は太田君でした。

 だから、ユキちゃんが太田君のことをすきだったことは、少なくとも私は前から知って
いたんです。

 ユキちゃんが
「でも・・・こんな体じゃダメだよね、きっと」
と淋しそうに言うので、私は
「そんなことないよ。ユキならきっと大丈夫だよ」
と、肩を押しました。

 でも・・・私はあの娘にはかわいそうだから言わなかったけど、たぶん無理だろうって
思いました。

 ユキちゃんがロボットだということ以前に、太田君は真面目そうに見えて、実はけっこ
う遊んでる人で、B組の佐藤さんといい仲らしいって噂も聞いてたから。

 だけど、うつむきながら恥ずかしそうに、
「すきな人いるの・・・私も・・・あのね・・・太田君」
と小さな声で言ったときのユキちゃんを見ていたら、私も何だか応援したくなっちゃって、
いつか何らかのめぐりあわせで、ユキちゃんに幸せが来たらいいなって思ったんです。

 今考えると、あのときにちゃんと無理かもよって言っといてあげたほうがよかったんだ
けど・・・。
 ちゃんと言ってあげてれば・・・。

 でも・・・そのときは、私・・・ユキちゃんがあんまりかわいそうで・・・・・・。


7

 そんな言い方しないでくれよ。
 まるで俺のせいみたいに言われたって、困るんだよ。

 そりゃ、かわいそうだとは思うよ。俺のことを好きだったらしいってのは別としても、
とにかく俺を一生懸命守ってくれたわけだから、感謝もしなきゃいけないのかもしんないし。

 西脇たちが俺にからんできたのは、俺が千秋と・・・佐藤千秋とつきあってるのが気に
入らなかったってことだろ。
てゆーか、あのとき、西脇自身が言ってたもんな。
「オイ、太田。お前、佐藤千秋とつきあってるんだってな。いいご身分だな」
って。
 しかし、まさか休み時間とは言え、まっ昼間の校内で俺と千秋に因縁つけてくるとは思
ってなかったよ。どうも、あいつら、クスリか何かやってたみたいだな。

 まあ、俺もね、そんときとっさに逃げるとは何とかすりゃよかったんだろうけどさ。
でも、カノジョの前だし、俺もプライド高いほうだから、つい言っちゃったんだよな。
「そうだよ。何か文句あんのかよ」
って。

 いや、だからさあ、そんときの周りに及川ユキがいたとしたって、それは俺のせいじゃ
ないよ。
 及川ユキが俺のこと好きっていうのは別に悪い気はしないけど、それで、あの娘がショック
受けてたとか言われても、俺にはどうにもしようがないよ。

 それより、俺は驚いたよ。
 いや、まず西脇たちが狂ったように俺に向かってきたことにさ。ほとんど逃げるひまも
なかったもんな。気がついたら、というか、気づくまもなく、俺はタコ殴りになってた。
 そんなバカな、だよな。まさにバカな話だよな。
 さっき言った通り、ヤクをやってたのか何だか知らねえけどさ。

 あっというまにギャラリーが集まってきたけど・・・俺はその後に起こったことは実は
よく見てないんだ。
 ボコボコになってて、それどころの状態じゃなかったもんな。俺はただ、千秋のことが
心配だった。

 だから・・・あのときの詳しいことは、誰か別のやつに聞いてくれよ。


8

 酒ですか?酒は一滴も飲んでおりません。午前中でしたしな。
 ええ。事故だってあのときまでは一度もありませんよ。所長にきいてくれたら、わかります。

 私らは朝一の納品を終えて、次の荷を積んで、松江の市街地に走ってる途中でした。
 とにかく一瞬のできごとでした。
 あの高校の前の国道は走りなれてるけど、人の飛び出しなんてまずない場所です。それ
は知ってますよね。
 ええ・・・そりゃまあ、法定速度は少し超えていたかもしれませんがね。
 ぶつかる瞬間にパッと人影が飛び出したんで、あわててブレーキを踏んだ。そしたら、
ガシャンと、自転車みたいな、歩行者にしてはやけに硬い手ごたえがあった。・・・私の
側の感覚として覚えているのは、それだけです。

 私も助手席の松村君もすぐに降りて、どうなったか見に行ったんですが、様子がおかし
いのに気づいたのはそれからです。
 血まみれの人が倒れているかと思ったら、そんなものどこにもないんですから。
 ただ、機械類の部品みたいなのが道中に散らばっていたので、私は何かの大型機械を壊
しちゃったんだろうかと思ったわけです。
 正直、その瞬間も、それから後で事実を知ったときにも、内心ホッとしなかったと言え
ばウソになります。
 同じ業務上過失の事故でも、人をひき殺したのと機械を壊してしまったのでは、刑事罰、
行政罰が全然違いますからな。

 そうは言っても・・・後で警察で会った、例の博士とかいうじいさんから事情を聞い
て・・・そりゃ、申し訳ないと思いましたよ。気の毒だと思いましたよ。
 法律的に人じゃないといっても、事実上は限りなく人に近い、あのじいさんにとってた
だ一人の大事な家族だったっていうんだから。

 なので、私も会社も、法律の範囲でできるだけのつぐないはしたいと思ってます。
 でも・・・本当に急な飛び出しだったから、防ぎようのない事故だったということは、
わかってください。


9

 そうです。もちろん、あの日の休み時間も私はユキちゃんと一緒にいました。
 保健室で先生とお茶を飲んで、それから教室に戻ろうとしたら、3階の廊下で人だかり
ができてたんです。
 太田君でした。
 太田君が5人ぐらいの人から集中的に殴られたり蹴られたりしていました。
 私がハッとしてユキちゃんのほうを見たら、ユキちゃんはもう、まるで気が動転してわ
けがわかんなくなっちゃったみたいに、青白い顔をもっと青白くして目をむいていました。

 太田君がリンチされてるってだけでもショックだったはずなのに、そのとき、周りの会
話が聞こえちゃったんですよね。
「太田って、佐藤千秋とつきあってたのか」
「そうだよ。おまえ、知らなかったのか」
って・・・。

 私は、ああやっぱり悪い話はちゃんと前もって言っておいてあげるべきだったなって、
本当に後悔しました。
 ユキちゃんがどんな気持ちでその言葉を聞いたんだろうかと思うと、今でも胸が苦しく
なります。

 千秋ちゃんが、
「お願いっ!もうやめてっ!ねぇっ。お願いっ!」
って言っても、相手の人たちはどう見ても正気を失ってる感じで、手勢も多かったし、私
たちはただ、その異常な現場を手をこまねいて見ているだけでした。

 ユキちゃんが私の横からスッと消えて、そのケンカというかリンチの中に割って入った
のも、私は最初は気づかないで、
「えっ?何が起こったの?」
って感じでした。
「えっ?ユキ・・・?何するの?」
って、びっくりしました。まさか、あの娘がそんな危険なところに行くなんて思わなかっ
たから。

 それからはもう、一瞬でした。ユキちゃんがあの細い体を、いつものあの娘からは想像
もできないようなスピードで動かして、その5人組をあっというまに投げ飛ばしてしまっ
たのは。
 みんな、声を上げることも喝采することも忘れて、唖然としていました。
 そりゃそうですよね。
 男の子でさえ誰も手を出せないでいるのに、よりによってあの娘みたいにおとなしい娘
が果敢に入って行って、しかも男子5人をあっというまにのしちゃったんだから。
 ユキちゃんがロボットだって知ってた私でさえ、まさかこんなに強いとは思いませんで
した。

 でも・・・それだけで終わってたらまだ良かったんですけど・・・相手の人たちはナイ
フとかも持っていたし、後で聞いたら、クスリか何かもやってたらしいから・・・あんな
に投げ飛ばされたのに、しつこくしつこく、何度も今度はユキちゃんのほうに襲いかかっ
たんです。
 ユキちゃんはメガネを壊されて、制服を破られて、それでも一歩もひかず、ものすごい
力で戦っていました。
 私はもう、あっけにとられながら、周りの人たちと一緒にヤンヤの喝采の波にのみこま
れていました。

 それで・・・もう誰がどう見てもユキちゃんの圧勝だったから、相手の人たちもほうほ
うのていで逃げて行って・・・本当なら、ユキちゃんはその日から学校のヒーローになる
ところだったんですけど・・・わかっちゃったんですよね。あのことが。

 みんな、ユキちゃんのいったいどこにそんなパワーがあったんだろうって、ユキちゃん
の体をシゲシゲと見始めました。

「なあ・・・あいつのヒザの裏・・・」
「何だ、あれ・・・機械じゃねえか、おい・・・」
 男子数人が見つけてしまったんです。あの人たちにナイフで切りつけられたときについ
たんであろうユキちゃんの体の傷を。そこから見える中の機械を。

 ユキちゃんはハッとあわてたような顔になって、急いでその傷を手で隠しました。だけ
ど、もう遅かったんです。

「何だ、あいつの体・・・あれって・・・」
「ロボットなのか?」
「何でロボットが俺たちの学校にいるんだ・・・」
 興味本位の好奇の目にさらされて、ただでさえ内気なユキちゃんは、耐えられなくなっ
たのに違いありません。そう、それに太田君と佐藤さんのショックもあったでしょうし。

 ユキちゃんはおびえた表情で、ダダッとみんなの輪の中から逃げるように駆け出しました。
 私が一人で
「待って!ユキ!」
って追いかけたんです。
 でも、追いつけなかった。
 本気で全力疾走したときのユキちゃんは、私には信じられないぐらいのスピードで階段
を駆け下りました。

「待って、ユキ!待って!」
「いやっ!いやっ!ついて来ないでっ!」
「待って、ユキ!どこに行くのっ!」
「知らないっ!でも・・・でも、私なんてもう・・・・・・」
 大声でわめきあっていたら、そのままの勢いでユキちゃんは校門から外に飛び出しました。

「あっ!!」
 私が声なき声を上げたとき、もう既にあのタンクローリーがものすごいスピードでユキ
ちゃんをおしつぶしていました。


 つい10分ほど前にはまったく予想もしていなかった、あまりの突然の出来事でしたから、
私は今でも何だか信じられないっていうか、あんなことがあったっていう実感がないんです。
 でも、たしかにあのとき、ユキちゃんという存在がローリー車の重いタイヤの下でこっ
ぱみじんになっていました。
 私が息もできずに見たときには、道路いっぱいにネジとかバネとかメーター機器とか、
それからたくさんの細かい機械部品が散らばっていました。
 その中にいくつか手とか耳とかの形のわかるものがまじっているのが、かえって悲しく
見えました。


 もうユキちゃんはどこにもいません。
 私が思わず拾い上げて持っていた右手の先も、警察の人が持って行っちゃいました。
 私に今あるのはユキちゃんと一緒に過ごした思い出だけ。

 今でもよくユキちゃんの夢を見ます。
 夢の中でユキちゃんは、前と同じように私の話を聞いてくれます。おっとりした声で、
やさしく私に話してくれます。あの娘と話していると、やわらかい春の光につつまれてい
るみたいです。

 目が覚めても、もうユキちゃんはいません。
 だけど・・・私、またきっとユキちゃんに会えるような気がするんです。
 そう思っていたいだけ、って言われてもいい。ユキちゃんみたいな娘があんな簡単に消
えてしまうなんて、あんまりかわいそうで、だから単に信じたくないだけなのかもしれな
い。でも、いいんです。
 私はそれでも信じています。
 いつかきっと、またユキちゃんに会えるんだ。きっと、きっと・・・って。


Fin

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