鬱蒼と茂る森の小径を歩いていくと、目指す教会が見えてきた。
無人島に教会とは奇妙だが、この島にもかつては集落があったのだろう。
もしくは、あれは外観だけが教会で、別の役割を果たす施設なのかもしれない。
たとえば、帝都を狙う外敵の前進基地とか。
屋根の上の十字架が通信アンテナだとすれば、なかなか洒落たカムフラージュだ。
軍の哨戒機に発見されたとしても、こんな教会など怪しむ者はいないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、ようやく教会の入り口に辿り着いた。
かなり古い建物で、ヒビだらけの外壁にはツタが生い茂っている。
ステンドグラスの汚れ具合も普通じゃない。
どこから見ても、朽ち果てた教会である。
これが人為的に施されたウェザリングなら大した職人芸だ。
名のあるモデラーの業に違いない。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
僕は少々ビビリながら教会の扉を引いた。
ギギギと火葬場の扉のような軋み音がして、不気味さが嫌でも盛り上がる。
と、同時にドアの隙間から、気味の悪いオルガンの音が漏れ出てきた。
ミサで使う賛美歌の曲であろうが、妖しさが満点だ。
僕とシズカは無言で顔を見合わせる。
「誰が弾いているんだろう」
僕たちをここへ呼び寄せた人間、即ち都知事暗殺計画の黒幕だろうか。
だとすればビビっているわけにもいくまい。
僕は意を決して教会の中に足を踏み入れた。
聖堂に入ると突き当たりに祭壇があり、その横に据えられた大きな電子オルガンが目に入った。
一心不乱にそれを弾いているのは、修道服に身を包んだシスターだった。
こちらからは背中しか見えず、そのため情報が何も入ってこない。
若いのか、歳をとっているのか。
美人なのか、そうでないのか。
さすがに僕みたいに女装している男だとは思えないが。
なんにせよ、このまま演奏会の聴衆を演じているわけにもいかない。
こっちは招きに応じてやって来た客なのだ。
僕はエヘンと咳払いを一つして、シスターの背中に向かって歩を進める。
木製の長椅子の間を歩き、聖堂の半ばまで来た時、唐突にオルガンの演奏が止んだ。
やはり僕たちの存在に気付いていたようだ。
シスターがゆっくり立ち上がり、こちらを振り返る。
黒いベールと白いフードに覆われて、露出しているのは顔と手首より先だけだった。
年の頃なら30手前だろうか、もの凄い美人である。
いや、凄味のある美人という方が正確な表現かも知れない。
無言で他人を言いなりにできる力──威厳もしくは将器──が、不可視のオーラとして全身から滲み出ている。
コリーン嬢と似たタイプだが、年を経た分だけこのシスターの方が貫禄がある。
いったい何者なんだと考えていると、シスターが口を開いた。
「ここに辿り着いたということは、あなたたちが勝ち残り組なのですね?」
言葉遣いは丁寧だが、もの凄い威圧を伴った声である。
僕は黙って頷いた。
「では、超一流の証を得たあなたたちと契約することにしましょう。私は今回の仕事の依頼者、マーサ・ホルジオーネ」
シスターは自己紹介すると優雅に頭を下げた。
ホルジオーネ?
どこかで聞いたことがある名前だ。
そうだ、前に情報屋のヒューガーから聞いたことがあったんだ。
確かカディバと同じ極東八家の一つで、ティラーノ家に連なるマフィアだと言っていたはず。
多分だけど、彼らはティラーノの暗部というか、ヤバいことを専門にやる非合法組織なんだろう。
やはり都知事暗殺の裏にはティラーノグループが絡んでいたのだ。
帝都を狙う彼らにとっては、あの人気者の都知事は目障りな存在だからな。
今回の任務の結果、僕とコリーン嬢は完全に敵対関係になってしまうのだろうか。
そう考えると、少々憂鬱な気持ちになる。
「お聞きの通りです。この一件は彼女たちに依頼することにしますが、異存はありませんね」
マーサの声が僕を現実に引き戻した。
何を念押しされたのかと戸惑ったが、マーサが語りかけた相手は無線機だったようだ。
スピーカーから応答の声が流れ出してきた。
『今さら何だが、本当に大丈夫なのかね?』
『バカ高い金を出して、しくじりました、じゃ目も当てられん』
『それに奴のSPは恐ろしいほど有能なんだからな』
察するに、どうやら声の主は実際に資金を出すスポンサーたちのようだ。
「ホルジオーネの伝手で集められる限りの超一流を呼んだのです。その全てを退けた彼女たちなら、しくじることなど……」
何のための実力テストかと、マーサの声は少々怒気を含んでいた。
あのバトルロイヤルは、スポンサーたちを納得させるためのデモンストレーションでもあったのだ。
『疑っているわけではないが、我々とて失敗するのは怖いのだ』
『あの女のことだから、自分が狙われたと知るとどんな手を打って来るやら……』
『やるのなら確実に息の根を止めてもらわないと、今度はこっちが狙われる番だし』
声の主が次々と変わるところからすると、白河都知事を亡きものにしたいのは一人や二人ではなさそうだ。
10人近い政敵が、身銭を切ってまで暗殺者を雇おうとしているらしい。
マーサは彼らに腕利きの暗殺者を紹介し、中間マージンを取るブローカーってところか。
「では彼女たちに頼むということで、予定の金額が口座に振り込まれ次第、正式に契約することにしましょう」
振込の確認をもって最終意思決定とすることで合意を取り付けると、マーサは満足したように頷いて無線機を切った。
「聞いての通りです、今回の仕事はあなたたちに依頼することに決定しました」
こわもてのシスターは冷たい目を僕たちに向けてきた。
心底では「殺し屋風情が」と蔑んでいるような目だ。
「で……依頼の内容は……?」
シズカが負けじと冷え切った目でマーサを見詰める。
こんな恐ろしそうな女が相手でも、シズカは全く動じていないようだ。
「帝都の都知事、白河法子の暗殺です」
この瞬間、マーサ・ホルジオーネの殺人教唆が成立した。
言質を取ったものの、このまま検挙に着手するわけにはいかない。
マーサ自身には知事を殺す動機はなく、単に殺し屋を仲介するだけの立場である。
彼女に資金を出す連中、都知事を殺したがっている真犯人を確保しなくては意味がない。
マーサの預金口座の番号を押さえれば、資金を振り込んだ連中も根こそぎにできるんだが。
「報酬や期限などの細部事項は、所定の金額が揃ってからの応談で構いませんね?」
「それでいい……ちょっと疲れたから……少し休みたい……」
シズカが間合いを計りに掛かる。
今は一気に詰め寄った方がよくはないのか。
「ふむ、無理もありませんね。その階段を上がって突き当たりに部屋を取っています」
そこで休んでいろとのありがたいお言葉だ。
「契約の用意ができたら人を呼びにやりましょう」
マーサの声を背中に受けながら、シズカは早くも階段へ向かって歩き始めていた。
その姿はいつになく焦っているように見える。
僕は慌ててシズカを追うと、脇に寄り添いながら小声で尋ねた。
「いったいどうしたんだ? 振込元を確認する、絶好のハッキングチャンスなんだぞ」
無線LANの暗号コードを解析するくらい朝飯前だろうに。
こんなまたとない機会を棒に振るとは、シズカらしくないじゃないか。
「まずい……蛋白燃料が……ほとんど欠乏して……いる……」
なんだって、それは確かにマズすぎる。
それって、ニコライ大尉を倒す時に余計なエネルギーを使いまくったからだろ。
だから言わんこっちゃない。
あれだけプラズマキャノン砲をぶっ放せば、蛋白燃料も底を付いて当然だって。
「とにかく……早く……補給を……」
いくら活動エネルギーに余裕があっても、触媒である蛋白燃料無しではバトルモードに入れない。
となれば、シズカは精巧に作られた自動ダッチワイフでしかないのだ。
おまけに蛋白燃料が尽きると、体表を覆っている生体組織も維持できなくなってしまう。
シズカは人の姿を保っていられなくなるのだ。
幸いなことに若い僕の体は幾らでも蛋白燃料を製造できる。
早いとこ二人っきりになって、蛋白燃料を補給してやらなければ。
「一刻も早く……ふたなりっ娘クローディアとの……疑似レズプレイを……」
うるさい、余計なこと言って嫌な現実を思い出させるな。
つか、また僕の秘蔵コレクションを無断で読んだだろ。
あてがわれた部屋に入ると、シズカは早々にメイド服を脱ぎ始めた。
止める間もなくパンティも脱ぎ捨てる。
フルヌードになると、やはり胸元の火傷痕が嫌でも目立つ。
できるだけ早く治してあげたいが、幾らくらい掛かるのだろう。
それに都の予算が付くかどうかが心配だ。
このミッションが上手くいけば、都知事が個人的にどうにかしてくれるかも知れない。
僕のご褒美は返上するから、何としてでもシズカの肌だけは治してあげなくては。
そんな僕の内心などお構いなしに、シズカはベッドに仰向けに倒れ込む。
そしてはしたなく大股開きになって待ち受け姿勢をとる。
「シズカ、監視カメラが見張ってるかもしれないじゃないか」
今さらながら、女装してるとばれるのはキツいものがある。
ビデオにでも撮られたら末代までの恥だ。
僕は女子高生のコスプレのままシーツを羽織り、身を隠すようにしてシズカに覆い被さった。
「クローが困れば……嬉しくなるのは……シズカが役に立てるから……」
その言い訳は前にも聞いた。
「けど……それはウソ……」
なんだって?
「本当は……エネルギーを使えば……エッチなことしてもらえるのが……嬉しいから……」
エッチなことって──これは単に蛋白燃料の補給シークエンスだろう。
君に触媒を添加するためのプロセスをエッチなことと言われても。
いや、確かに手順はエッチなことそのものなんだけど。
くそっ、真顔でそんなこと言われると、こっちは何も言えなくなっちゃうだろ。
シズカが僕の両肩に足を乗せてくる。
最近のお気に入りの体位だ。
これだと接続筒の奥までホースが入るから、効率よく蛋白燃料が吸収できるのだとか。
しかし、よく考えたらこれは不用心だ。
合体しているところを襲われたら、反撃もままならない。
そう考えると燃料ホースが勢いを失いそうになる。
「構わない……マーサにとってシズカたちは……大事な手駒……」
後日はともかく、この時点で危害を加えてくるはずがないとシズカは断言した。
それはそうかも知れない。
せっかく見繕った商売道具を、一度も使わずに捨てる持ち主はいないだろう。
だが、その見通し考えは甘かった。
事情は僕たちが考えているより、遥かに複雑怪奇であったのだ。
「クロー……」
シズカが僕に注意を促すと同時に、ガラガラという耳障りな雑音が響いた。
部屋の四方に鉄格子が降りてきたのだ。
ガシャンという金属音が上がった時、僕たちは頑丈な檻の中に閉じこめられていた。
「これは何の真似だっ」
どうして閉じこめられたのか理由が分からない。
「一体どういうつもりだっ」
地声になるのも構わず怒鳴りちらすが、どこからも返事はない。
返事の代わりに、正面の鉄格子がこちらに向かって動き始めた。
僕たちを押し潰そうというのか。
「冗談ではない」
押し返してやろうと鉄格子に駆け寄ると、後ろからシズカが警告を発した。
「触っちゃダメ……もの凄い高圧電流が通っている……一瞬で黒こげになるから……」
おわっと、そういうことはもっと早く言ってくれ。
僕は慌てて手を引っ込めた。
電流のせいなのか、鉄格子が微振動を起こして羽音のような唸りを発している。
触れば感電死間違いなしだ。
これは相当ヤバい図式ではないのか。
僕が振り返ると、質問を待たずしてシズカが首を振った。
「却下……今のシズカでは……鉄格子を破壊する前に……電流でCPUが狂ってしまう……」
それではシズカの力を頼りにすることもできない。
しかし、なんだってマーサがこんなことを。
この期に及んで最終テストって訳でもあるまい。
まさか、僕たちが警視庁の捜査員だとばれたのか。
そういえば、都庁に敵のスパイが潜り込んでいる可能性を考えていなかった。
スパイは誰なんだ。
あのキンキン声の眼鏡の秘書か、まさかナースのジョオ・ウィッチってことはあるまい。
それとも最初から僕たちを消そうという、都知事自身が書いたシナリオだったのか。
僕たちは都知事のスキャンダルに触れてしまったから。
いや、あの女がこんな面倒臭いことはするまい。
色々な思考が脳内を駆け巡る間にも、鉄格子は確実にこちらに迫ってくる。
直接鉄棒に触れないよう装甲メイド服を巻き付ければ、あるいは鉄格子を破壊できたかもしれない。
だが、残念なことにメイド服は檻の向こう側に置き去りになっている。
シズカがはしたなく、部屋に入るなり脱ぎ捨てたからだ。
生きてこの場を逃れることができたら、タップリと躾てやるのだが。
ストリップ小屋に修行に出し、恥じらいについて学ばせるのもいいかもしれない。
こんな時に何を考えているのかと自己嫌悪に陥りかけた途端、脳裏にアイデアが閃いた。
導線の皮膜を剥がす工具のことをストリッパーという。
中学の技術の授業でそう習った時、まだ幼かった僕は意味もなく赤面したっけ。
「そうだ、鉄格子に通電している電源ケーブルを破壊すれば……」
それで少なくとも感電死は免れる。
「それも却下……ケーブルは壁の中……今のシズカには破壊する……手段がない……」
蛋白燃料が切れかけている現状では、飛び道具やアイアンクローは使用できない。
膝に仕込んだニーモーターは先月から弾切れで、ドイツからの入荷待ち状態だ。
「申し訳ない……」
おいっ、諦めるのかよっ。
諦めたらそこでチェックメイトですよ、シズカさんっ。
こんな最期ってあるかよ、僕はまだ20歳にもなっていないんだぞ。
「シズカっ、本当にもう手はないのかっ?」
僕の叫びはほとんど悲鳴になっていた。
鉄格子はいよいよ迫ってきており、後ずさりするにももう余裕はない。
「ない……と言えばウソになる……と言えなくもないけど……」
だからどっちなんだよ。
「あるには……あるけど……」
シズカが意味不明の逡巡をみせた。
「あるなら直ぐにやってくれっ」
僕の命令を受け、シズカは決心したように表情を引き締めた。
何をするのかと思いきや、シズカは両手をメロンサイズのオッパイに当て、下からグイと持ち上げた。
そして乳首が鉄格子に向くように角度を調整する。
「目を閉じて……息を止めてて……」
シズカが警告したその直後、乳首の先端から霧状の液体が噴射された。
もの凄い勢いで噴霧された液体が、鉄格子を見る見る腐蝕させていく。
煮えたぎる強酸を超高圧で噴射する、初見の超兵器アシッドストームだ。
酸の暴風雨を喰らった鉄棒がボロボロに崩れ落ちていく。
これは強烈な威力だ。
大きく穴を開けられ、本来の用を為さなくなった鉄格子が、僕たちに触れることなく虚しく通過していった。
それを待って、シズカは僕の手を引いて部屋を走り出た。
もはや僕を抱き上げるパワーも残っていないのか。
階段を転げ落ちるようにして降り、ようやく僕は呼吸を再開することができた。
「シズカ、あんな凄い武器があるのなら、もうちょっと早く使ってくれよ」
僕は息を荒げたまま悪態をついた。
「けど……クローがガッカリするから……」
そう呟くシズカはしょんぼりとうなだれていた。
シズカは僕が自分の胸に執着していることを知っている。
だからその胸が凶悪なまでの威力を秘めた兵器であることを隠しておきたかったのだ。
僕の夢を潰して、ガッカリさせることになるだろうと考えたのである。
「シズカのオッパイ……嫌いになった……?」
シズカが弱々しい口調で尋ねてくる。
「とんでもない。ますます好きになったよ」
なにせ僕にとっては命の恩人様だ。
どうして嫌いになれよう。
「そう……ならいい……」
単純なシズカはそれだけでご機嫌になった。
「ラブコメ劇場はそろそろ終演でいいのかしら?」
突然落ち着いた女の声が割り込んできた。
マーサ・ホルジオーネが冷たい目を僕たちに向けている。
「さすがはアレだけの強者どもを退けただけのことはあるようね。少々見くびっていたわ」
マーサは改めて僕たちを値踏みするように睨め回した。
「どうして……せっかく集めた手駒を……使いもせずに捨てる……」
シズカが負けじと上目遣いにマーサを睨む。
「もうどうでもいいからよ。あなたたちの役目は終わったの」
マーサはシズカの視線など気にせず、腕組みしたまま平然としている。
もういいってのは、一体どういうことだ。
都知事を殺したくて、僕たちを雇おうとしたんじゃないのか。
僕たちを殺したら都知事の暗殺計画は振り出しに戻ってしまう。
何かの予定が狂って暗殺を中止したのだろうか。
それで秘密を知った僕たちの口を封じる必要が生じたのだろうか。
僕が問い質そうとしたところ、横合いから邪魔が入った。
「なら、もう俺っちもお役御免なんだよな」
そう気怠そうに言いながら教会の扉を開けたのは──。
「ヒゲネズミ?」
それはバトルロイヤルからとっとと逃げ出した、いや、逃げる姿さえ見せずに消え去った謎のラテン男だった。
「よぉっ」
ヒゲネズミは僕たちに気付くと、面倒臭そうに片手を上げて挨拶してきた。
そしてタバコの煙を吐きながら木製のベンチに身を投げ出した。
「あぁ〜あ、ダルかったぁ」
ヒゲネズミは心底億劫そうに背伸びをする。
「あなたという人は、まったく。私が誰のために苦労していると思っているのです」
マーサは一段と厳しい目になり、ヒゲネズミを睨み付けた。
なんだ、このネズミは?
つか、この2人はいったいどういう関係なんだ。
「あなたをもう一度世に出すための策でしょうに。あなたが主導しなくてどうするのです」
「俺っちはそういうの興味ねぇからなぁ。どうしてもってのなら、万事お前が仕切ってくれや。あぁ〜あ、面倒くせぇ」
あんな目で睨まれれば、僕なら竦み上がるところだ。
なのにヒゲネズミは平然とアクビして受け流している。
やはり最初に睨んだとおり、余程の大物なのか。
「面倒臭いのは……こっちも同じ……早く説明を……」
気の短いシズカは置いてけぼりにされて苛立っている。
僕だって事情を知りたいのは同じだ。
「お黙りなさい、今は夫婦間の問題を話し合っているのです」
部外者が余計な口出しをするなとマーサがはねつけた。
なんと、この2人は夫婦なのだ。
もの凄い威圧感を振りまく美人シスターと、見るからに覇気に欠けるネズミ男が、である。
世の中分からないものだ。
「プッ……だめんず・うぉ〜か〜……」
シズカが吹き出した途端、ヒゲネズミが笑い転げ、マーサの眉が跳ね上がった。
「あなたっ。あなたが笑われているのですよ。怒るなり咎めるなりなさってはどうなのっ」
「あぁ、怒った怒った。なにせホントのこと言われてるんだからなぁ、ギャハハハハァ」
ヒゲネズミはウケまくっている。
それがマーサの怒りを倍加させた。
「どうせ処分するつもりだったけど、私が直々に手を下してあげましょう」
シスターは怒りの矛先をネズミからシズカに向け直した。
シズカは軽蔑しきった目でシスターを睨み返す。
あたかも「男の趣味が悪すぎる」というような蔑みの目だ。
シズカ君、そろそろ止めてくれたまえ。
元々怖そうなお姉さんを、更に怒らせてどうする。
今の君は並みの人間同然の力しか出せないんだぞ。
けど、これらは全て計算づくの演技だったのだ。
「これであの女の怒りは……シズカに向けられる……クローは逃げて……」
なんと、シズカは僕を逃がすために、わざとマーサを怒らせてたんだ。
マーサは生身の人間だから、シズカには攻撃できない。
敢えてマーサに攻め続けさせ、自分がそれに耐えきることで、僕が逃げるための時間を作ろうというのだ。
「バカなことを言うな。そんなことできるわけがないだろ」
つか、そんなに頭が回るのなら、交渉ごともちゃんとやれよ。
「待ってても……助けは来ないから……2人同時にやられたら……お終い……」
だからと言って──。
「シズカなら……時間稼ぎはできる……態勢を整えてから……シズカを助けに来て……」
確かに僕が立ち向かっても瞬殺されるのが落ちだ。
けど、シズカなら専守防衛に徹しても、僕が逃げる時間くらいは稼げる。
とにかく逃げきって、どうにかして本土と連絡を取れば、援軍を呼ぶこともできるだろう。
僕たちが乗ってきたフェリーには、無線機くらい積んであるだろうし。
船員たちをどうにかしないとダメだが、いざとなったら色仕掛けでもなんでもやってやる……わよっ。
「分かった。きっと迎えにくるから。壊される前に、適当なところで降参しろよ」
僕が生きて逃げ伸びれば、シズカは大事な人質として温存してもらえるだろう。
「シズカ……拷問されるかも……三角木馬は……ちょっと興味がある……」
ドSのくせに、受けに回ってどうする。
AIの思考パターンはいまだに読めない。
だが、そんな余裕のあるやりとりができたのも、マーサが攻撃態勢を取るまでのことだった。
修道服の布地を破り、マーサの背中から何かが飛び出してきた。
ミミズの化け物に見えたそれは、フレキシブルなパイプだった。
いわゆるメカ触手という奴だ。
直径5センチほどの金属製の触手が10本、マーサの背中でウネウネと蠢く。
マーサは厳しい表情のまま腕組みをしている。
10本の指にはシリコン製のサックがはめられ、その先端から伸びたリード線が袖の中に引き込まれている。
そしてマーサが指先を屈伸させるたび、連動するように背中の触手が身をうねらせる。
あの指サックは金属触手のコントローラーか。
フィンガージェスチャーを駆使することにより、1人で10本の触手を同時に動かせるのだ。
いやにゆったりした修道服を着てると思ったら、背中にこんなユニットを背負っていたんだ。
これは厄介だぞ、気をつけろ。
忠告する間も与えられず、10本の機械触手がシズカに襲いかかった。
触手は10方向から別々の軌道でシズカを打ち据えようとする。
シズカは全てを捌くのは不可能と判断し、バックジャンプで軌道外に逃れる。
ビシッという鋭い音と共に床のタイルが砕け散った。
あの打撃力は侮れないぞ。
まる裸のシズカは、防御力が最低レベルに落ちているのだから。
獲物を捕らえ損なった触手は、身をもたげて再度の攻撃機会を窺っている。
同時に10本の触手を整然と操るとは、マーサは人間離れした感覚の持ち主のようだ。
シズカの素早さを知った彼女は、今度は時間差攻撃に出た。
上中下段、右左と緩急をつけた変幻自在の攻撃だ。
シズカはダッキングやヘッドスリップを駆使してそれをかわす。
避けきれない触手はやむなくブロックだ。
相当のパワーがあるらしく、打たれるたびにシズカのバランスが崩れる。
それでもシズカは的確に次の触手を払い落とす。
一方のマーサも恐ろしいまでの集中力を発揮している。
あれだけの動きをしながら、一度も触手同士が絡まないのは異常だ。
1本1本の動きを、完璧に自己の管制下においている。
おまけに格闘センスもなかなかのものがある。
マーサは触手の内、9本を使ってシズカの上体を集中攻撃してきた。
シズカには古今東西の格闘家の動きをキャプチャーした格闘ソフトがインストールされている。
往年の名ボクサー、パーネル・ウィテカーの的確なディフェンス技術を駆使し、シズカは紙一重で触手を捌ききる。
しかし、上手くいったのもそこまでだった。
上体を狙った9本全てが、巧妙なフェイントだったのだ。
本命の1本は、まんまとシズカの右足首に絡み付くことに成功していた。
触手がグイッと手前に引かれると、シズカはバランスを崩して仰向けに転倒した。
そこに9本の触手が降り掛かってくる。
身をよじって逃れようとしたシズカの背中に、お尻に、鋼鉄のムチと化した触手が食い込んだ。
「むぅ……」
第一撃でシズカの動きが止まった。
衝撃で電気信号の流れが一瞬途絶えたのだ。
マーサはチャンスとばかり、シズカの四肢に触手を巻き付ける。
触手に絡め取られたシズカが宙に持ち上げられ、勢いよく床に叩き付けられる。
グシャッという嫌な音が響き渡る。
シズカが人間なら、今のボディスラムで即死していた。
シズカは更にもう一度持ち上げられ、今度は壁に向かって投げ捨てられた。
メイドカチューシャを着けた頭がコンクリートを突き破り、腰の辺りまで壁にめり込む。
ゆでたまごみたくツルリとしたお尻が可愛いが、今は見とれている場合じゃない。
あの触手のパワーは僕が考えていたよりも遥かに強力らしい。
これは本格的にヤバくなってきた。
2本の触手がシズカの足首を捕らえ、壁から強引に引っこ抜く。
そのままシズカを宙に持ち上げ、恥ずかしい逆さ磔に固定した。
更に2本の触手がシズカの手首に絡み付き、バンザイスタイルを強いる。
シズカ自慢の綺麗な腋の下が全開になった。
残りの触手はムチとなり、シズカの体を徹底的になぶりものにする。
スパァーンと小気味よい音が立て続けに響き、そのたびシズカは身を反らせて衝撃に耐える。
なんとか抵抗を試みようと藻掻いていたシズカだが、やがてガクリと力尽きた。
おいっ、ブレーカーでも落ちたのか。
マーサはシズカが抵抗力を失ったと見ると、触手を操って足を大きく拡げに掛かった。
逆さになったシズカが足と体でYの字を描き出し、やがて180度の開脚を強いられるとTの形へと変貌した。
マッパだから股間のすべてが丸見えになった。
剥き出しになった部分に、触手がウネウネと群がっていく。
「な、何をする気なんだ」
その部分には装甲がないから、攻撃されると危険だ。
内部から攻められたら、精密で重要なシステムをズタズタにされてしまう。
しかし、マーサの狙いは別にあったのだ。
「ウーシュタイプは女の部分が蛋白燃料の注入口。そして後ろの穴はエネルギーのアウトプットディバイスになっているの」
シズカのアヌスが非常用コンセントだなんてのは初耳だ。
そんな便利なお尻をしてるのなら、キャンプに連れていけば大活躍できる。
と言って、この西洋尼さんは電源を欲しがっているわけではなさそうだ。
「だから、こうしてあげる」
マーサは冷酷そうに唇を歪めると、お尻の割れ目に触手を這わしてシズカのアヌスを強引に開きにかかる。
「くっ……くぅぅっ……」
シズカはアヌスを窄め、触手から逃れようと腰をよじる。
しかし下腹に一撃をくらい、あっさりと抵抗を諦める。
半開きとなったったアヌスは完全に無防備だ。
別の触手が真上に忍び寄り、狙いを定めて――一気に貫き通した。
ドリルの攻撃をも受け付けなかったアヌスが、遂に異物の侵入を許してしまったのだ。
「はあぅ……うぅぅ……」
シズカの口から苦痛とも歓喜ともつかない呻き声が漏れる。
そこへの責めは僕もまだだから、シズカにとっては初めての体験となる。
しかし、いやらしく腰をくねらせているところを見ると、シズカは明らかにクロックアップしている。
機械触手は生物のように身をよじらせ、シズカの奥へ奥へと侵入していく。
「この辺りだったかしら」
マーサは右手の人差し指を小刻みに動かし、触手を使ってシズカの直腸部をまさぐっている。
シズカはもはや一切の抵抗を止め、触手のもたらす快感に身を委ねきっているようだ。
「ソ……ソコはぁ……」
やがて目当ての出力ディバイスを探り当てると、触手の先端を接続する。
そうしておいて、シズカが体内に蓄積していた電気エネルギーを吸い上げ始めた。
シズカは体内に極秘の動力源を内蔵しており、活動に必要な電気エネルギーを生み出している。
発生した電気エネルギーはコンデンサーに蓄えられ、演算処理や身体運動のために消費される。
あるいは蛋白燃料を触媒に、スーパーパワーとして一気に解き放つこともできる。
まさにシズカにとって命の源そのものであり、マーサはそれを全部吸い取ろうとしているのだ。
僕はそれを止めることができなかった。
ひたすら怖かったのは勿論だが、何よりスカートの下でナニがフル勃起してしまって動くに動けなかったのだ。
こんな時に僕は何をやってるんだ。
そのうち全ての電力を吸い取られたのだろう、シズカのピアスは光を失ってしまった。
それを確認するや、触手はシズカの足を放した。
ガシャンと音を立て、無力化されたシズカが床に転がった。
シズカはおかしな角度に手足の関節を曲げたまま、完全に沈黙してピクリとも動かない。
アイカメラの絞りが全開状態になったのか、いわゆるレイプ目になってしまっている。
こうなっては正義のスーパーアンドロイド美少女もオナホ以下だ。
鑑賞して楽しむための対象、等身大のフィギュア同然の存在でしかない。
シズカとコンビを組んで数ヶ月、僕たちにとって最大の危機が訪れた。