The Imitation

カッコいい戦闘ロボットというのは、遍く男子の抱いた憧憬である。
それはマジンガーZであったり、ゲッターロボであったり、
スコープドッグであったり、スタンディングトータスであったり、
ダイビングビートルであったりする。
そして、年甲斐もなくその夢を追い続けた者が、
ロボット工学を修め、技術者としての道を歩むのだ。
だが、現実という風は、酷く寒いものであった。
憲法によって(表向きには)戦力の放棄を謳っている我が国では、
それらの華々しい機動兵器の製造が許されず、
一般市場向けの、工業用であったり、事務用であったり、
給仕用であったり、イベント用であったり、性玩具用であったりの、
きわめて穏当な、そして実用的なロボットばかりが生産され、
我々、テム・レイやフランクリン・ビダンに憧れてロボット工学を目指した者は、
米・露・EUが次々に発表する機動兵器を、
少年時代よりなお羨望が強まった、荒んだ目で眺めるばかりであった。

――――――――――

結局、ダイビングビートルの呪縛に囚われたままの俺は、
大学院修了後、大手ロボットメーカーに採用されたものの、
「強い」は無理でも、男心を擽る
「頑丈」「無骨」を前面に押し出したロボットの開発を頑固に主張した結果、
リサイクルセンターへと、左遷されたのだった。
このリサイクルセンターという部署は、
糞ほどの面白みもない、なんとも小奇麗な看板を掲げているものの、
その実態は、ロボット版の保健所と屠殺場と精肉場を足して、
三で割った施設であった。
即ち、所有者に放棄され、彷徨うロボットを処分したり、
不要になったロボットを引き取って処分したり、
その処分したロボットから使用可能な部品を回収し、
それ以外の部品を分別して、原型がなくなるように、スクラップにしたり、
そんなことをする施設だった。
この原型がなくなるように、というのがなかなかの難物で、
現在、リサイクルセンターに持ち込まれるロボットの84.6%が人型を呈しており、
そのうちの、ほぼ半数は、見た目にも人間とほぼ差異はない。
これを、適当に分解して、スクラップ業者に渡すと、
その処理に際して、大変に心理的な負担がかかるとして、
弊社にて、その処理を行った上で、下請けに送り出すのである。
つまり、このリサイクルセンターの従業員には、
極めて高い、心理的ストレスがかかるということである。
実際問題として、リサイクルセンター従業員の離職率は、
我が社と、その関連企業群の中でも、群を抜いて高かった。
つまりは、ロボットの屠殺場兼不良社員の断頭台である。
無理もない。
人間と変わらない見た目の物体を解体して、
その臓器に当たる諸々を抜き取るのだ。
つい数時間前までは、人間と同じような素振りで、
笑ったり泣いたりしていたものが、
今ではただの無機物の塊として転がり、その亡骸を無慈悲に荒らして回るのだ。
しかも、多くはすでに電源が切られた状態で持ち込まれるのだが、
まれに、起動状態で持ち込むユーザーまでいる。
その場合、廃棄されることに怯え、錯乱状態に陥り、
泣き叫んだり、暴れたりするロボットもあり、
そういうのは、なおさらに始末が悪い。
泣こうが、暴れようが、作業自体はマニュアルで規定されているので、
簡単な手順を追うだけで、機能停止状態にすることができるのだが、
始末が悪いというのが、作業をする人間の側のことだった。
かいつまんで言ってしまえば、情が移るのである。
ロボットと人間の違いについて深刻に思い悩み、
割とマシな輩では、ロボットに人権を付与する活動に励み、
酷い者になると、首を吊ったり、或いは無差別殺人鬼になった者もいた。
そんな、まさに地獄のような職場で、
牛頭馬頭の役を任じられた俺は、周囲の人間が次々と壊れていく中で、
数少ない古参の従業員となって、「班長」と呼ばれるようになっていた。

――――――――――

舞い飛ぶ枯葉も、そろそろ尽きかけた頃だった。
いつものように、俺は作業を行なっていた。
人間と変わらない質感の合成皮膚を引き剥がし、
金属と樹脂とセラミックのボディを露出させる。
筋肉を模したエアーチューブや、銅線の束を引き抜いては、
分別トレーに放り込む。
「班長、お客です」と、若手が呼んだ。
若いとは言うものの、四〇代と見まがう程にやつれ、こめかみが痙攣している。
眼球が、忙しく撥ねて回っている。
こいつも、持ってあと一ヶ月だろう。
「何の客だ」
「ロボの処分の依頼だそうです」
「それなら引き取って、処理待ちガレージに積んでおけ」
「それが」と、若手は口ごもった。
俺は、大体、その意味するところを悟った。
「わかった。すぐに行く」
肩が、鉛のように重く感じた。

――――――――――

リサイクルセンターのロビーでは、二人の人物が待っていた。
一人は、見るからに軽薄そうな男だった。
髪の毛は十二分にも過ぎるほどに手入れされているのだろう、
不自然なほどに明るい茶色で、さらさらと靡き、
指やら胸元やらには、高価そうだが、
とてもとても、お上品とはいえないアクセサリーが散りばめられていた。
もう一人は、申し訳なさげに佇む女性で、
こちらも、流れるような髪であったが、
男のものとは異なり、しっとりとした落ち着きを湛えた金髪だった。
端整な顔立ちに輝く瞳は澄んだブルーで、
長い睫毛が縁取っていた。
透けるような白い肌で、頬ばかりが、ほの紅く色づいていた。
華奢ながらも、つくべき処は豊満な丸みを帯び、
四肢は、すらりと長い。
ただ、この寒い季節に、Tシャツ一枚とジーパンのみの姿が異様だった。
それさえ除けば、完成された美少女像であった。
人間ではあるまい。
こっちの女の方はロボットだ。
しかも、性玩具用の。
資料としておいてあるカタログの一ページが、頭に過ぎった。
「いらっしゃいませ、こんにちは。
リサイクルセンター作業工部第一課担当の・・・・・・」
適当に挨拶を済ませる。
男は、つっけんどんに、
「これ、処分しといて」と、女の背を突いた。
「起動したままですと、こちらで機能停止処理などで、
少しばかり割高になりますが、よろしいでしょうか」
「べつに。好きにしてくれ。
金ならはらうからよ」と、
男の態度は、渇いたものだった。
「メモリー消去の工程は、ご確認なさいますか」
「いらね。適当にやっといて」
男は、処理費用を支払うと、木枯らしのように、帰ってしまった。
その出て行った後を、
俺を呼びに来た若手作業員が、なんとも虚しげに、
そして、残された女性ロボットが、酷く寂しげに見つめていた。

――――――――――

俺は、ロボを作業室に移した。
椅子型の拘束具に四肢を固定する。
処分が目前に迫っているにもかかわらず、
ロボは怯えることも、取り乱すこともなかった。
「随分と、落ち着いてるもんだねえ」
思わず、そんなぼやきが口を衝いた。
「ええ」と、ロボットは寂しげに微笑んだ。
「愛されてましたから」
「愛されて、ねえ」
果たして、愛した物を、そんなに簡単に棄てるものだろうか。
いや、そもそも、人と人ですら、
愛し合うということの本質を見定めるのは難しいのに、
果たして、無機物の擬似有機的結合体に対して、
人は、愛するなどという感情を持ちえるのだろうか。
「遊ばれてたんじゃないのかい」
などと口走ってしまったのは、全く、意地の悪いことだった。
「遊ばれてた?」
「そ。お前、性玩具ロボットだろ。
玩具、もてあそぶ道具。そういう意味だろ」
「かもしれません」
ロボットは、それでもなお、穏やかに言った。
「でも、私は、マスターを愛していました」
俺は、嘆息した。
あきれたのではない。
労したのでもない。
何か、胸を締め付けるような感情が、体の中で爆発的に膨れ上がり、
その暴発を避けるべく、吐息として吐き出したのだ。
一途なことだ。
いじらしいことだ。
なんとも・・・・・・、なんとも健気なことだ。
だが、俺は知っている。
この、あまりに儚く、美しい感情さえも、
人間が作り出した、虚構であり、
可塑性化学的記憶媒体と、高速演算装置によって織り成される、
電気信号のみせる幻影に過ぎないことを。
感情を示すロボットなどというものは、
プログラマの描いたシナリオをに沿って動くばかりの、
からくり人形に過ぎないことを。
その知識から、理解が乖離しかけていた。
俺は、ロボットにそのことを気取られないよう、
そして、これ以上、ロボットに情を奪われぬよう、
努めて冷淡に作業を進めた。
メモリー消去用の装置に電源を入れ、ケーブルを、
彼女の首筋に隠されていた、データの入出力用の端子に繋ぐ。
あとはケーブルに通電させるだけで、
高圧電流がロボットの記録装置・演算装置一式を焼き切り、
全てのデータが、復元不能なまでに抹消される。
ロボットは、人型のスクラップになる。
拘束具と装置のケーブル類に異常がないことを確かめ、
安全線の外側に退避する。
「これより、メモリー消去を実行する。
拘束具ヨシ!
ケーブル接続ヨシ!
アース接地ヨシ!
装置計器類異常ナシ!
メモリー消去、用意ヨシ!」
聞く者はこのロボットばかりだが、規定に従っての点呼を行う。
そうなのだ。
ほかの作業員は、このメモリー抹消の作業がいたたまれず、
近寄ることもしない。
ゆえに、ロボットは機械に過ぎないという信念を持ち続けてきた俺が、
一身にてこの作業を行なってきた。
果たして、今日の日を終えて、
明日またこの作業を行わねばならなくなったとして、
俺は、これまでのように、出来るだろうか。
「お手数をおかけしました」
ロボットの背中が、声が震えていた。
「ありがとうございました」
その声は、最後はほとんどが嗚咽に呑まれていた。
「お前、名前は」
全く、どうして、こんなことを聞いてしまったのだろうか。
「アリス」と、潤んだ声が応えた。
「アリスって、呼ばれてました・・・・・・」
俺は、全く、どうしたものか、
項垂れて、力なく息を吐いた。
「アリス、良い夢を」
定められた号令詞とは異なる言葉と共に、
俺は、ケーブルの通電装置のスイッチを入れた。

――――――――――

人も機械も、望まぬ最期を迎えた後は、
とても美しいといえたものではない。
「アリス」と呼ばれていたという、その性玩具用ロボットもまた、
その例に倣っていた。
白い人工皮膚に覆われていた頭部は真っ黒に焼け焦げ、
輝くようだったブロンドも、
今では化学繊維の焦げた臭いをこびりつかせて、縮れている。
青く澄んだ瞳は、いまや黒く煤けた色に濁り、眼窩から溶け零れていた。
「泣いているみたいですね」と、
若い工員がしみじみと呟いた。
「泣かねえよ、ロボットは。
泣いているように演じてるだけだ」
俺は内心の動揺を掻き消し、解体にかかった。
頭部こそ焼け焦げているが、ボディはほとんど無傷なので、
手や脚は皮だけ剥いで、取り外して、そのまま組み立て工場に送れば良い。
胴体は、擬似生体部品やら、バッテリーやらが詰め込まれているので、
これらからバッテリーやジェネレーター等を取り外し、
それらは再利用される。
人間の性交を忠実に再現するべく作られた、その部分は、
周囲に機械部品を張り付かせてはいるものの、
形状・質感ともに、人間のそれと変わらなかった。
開腹された「アリス」から、子宮を模した、その部品を取り出す。
このロボットが、あの男を愛した部品だ。
このロボットは、この部品、幾回ともしれない愛を享けたのだ。
だが、擬似生体部品は、衛生上の観念から、
廃棄と決められている。
俺は、後ろめたさのようなものを感じながら、
それを焼却廃棄用のトレーに落とした。
「アリス」の解体は、二時間程度で終わった。
再利用部品と、再生用部品と、処分部品とに分別され、
作業台には、次のロボットが運び込まれてきた。
俺の握っていた、黒く焼け焦げた基盤の破片は、
「アリス」の震える背中を薄く映し出した。
俺は結局、それを認めることなく握りつぶし、
処分トレーに投じた。

――――――――――

人間ですら、感情を持て余すのに、
ロボットが感情を持ちうるはずがない。
俺は、今日もまたロボットを解体する。
笑い、泣き、怒り、感情を演じてきた人形達を、
無感情に、解体し続けるのだ。
明日も、明後日も、その先までも。
体が壊れて、動かなくなる日まで。
(了)

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