僕は反則スレスレのブロックで8、9位を押さえ込み、順位をキープしたままホームストレッチを駆け抜けた。
そのまま第1チェックポイントを兼ねたゲートを潜り、公道コースへと入り込む。
ここからはエンジンパワーに左右されないテクニカルコースが続く。
下手に馬力に頼ろうとすると──ミラーに映った後続2台のようにパワーを持て余して振り回される。
パワーに対するスタビライザーの強化不足が原因で、ケツが流れ気味になっているのだ。
とは言うものの、僕の乗るビアンカも燃料噴射や点火タイミングの狂いから本調子が出ていない。
特に加速不足は致命的で、一旦エンジン回転を落とすとなかなか吹け上がらない。
そのため車体を横滑りさせ、パワーバンドを維持したまま機首の向きを変えるスライド走行を強いられる。
これだと視界を広く取れるため、ブラインドコーナー続きのコースじゃ有効ではある。
しかし、体に掛かる横Gが半端じゃないから、疲労は著しく蓄積していく。
救いと言えば、後席のシズカがケロッとしていることくらいか。
つか、彼女が制御コンピュータとしてまともに機能してくれたら、こんな苦労をしなくてもすむのだ。
こうなったら、特機隊の訓練で身に付けたテクニックをフルに発揮して頑張るしかない。
いつ事故ってもおかしくないようなコーナリングを続けていると、ようやく赤いプースカのテールが見えてきた。
コリーン嬢もこのテクニカルコースに手を焼いているようで、追い抜くにはまたとないチャンスである。
レディファーストの精神は嫌いじゃないが、レースではそうも言ってられない。
第一、手を抜いたりしてはコリーン嬢に失礼だし、かえって怒らせてしまうだろう。
振り返るたびにリアウィンドウ越しに見えるご尊顔にも、かなり苛立ちの色が滲んでいるようだし。
「クロー……さっさとブチ抜いて……」
後席からシズカが煽ってくるが、ここは冷静に抜きどころを見極めないと。
コリーン嬢のバックに取り付いて様子を窺っていると、Rの小さなコーナーが近づいてきた。
道幅も充分だし、ここならアウトからパスできる。
コリーン嬢が制動を掛けると同時に、僕はアクセルを吹かしてアウト側から被せていった。
ボディを極限までバンクさせて遠心力を緩和させる。
上手くスライドが決まり、クリッピングポイントまでにプースカと横並びになる。
やった、と小躍りしかけた次の瞬間、僕の心臓は凍りつきそうになった。
イン側にいるコリーン嬢がニヤリと笑ったと思うと、強引に幅寄せしてきたのだ。
彼女にしてみれば、ずっとこの機会を待っていたに違いない。
自分に恥をかかせた僕たちを葬り去ろうと、チャンスを窺っていたのだ。
横Gの掛かっていたビアンカはあっさり弾き飛ばされ、頑丈なガードレールに激突した。
「オーッホッホッホッホッ。ごめんあそばせ」
高笑いを残し、コリーン嬢のプースカは走り去っていった。
「シズカ……大丈夫か?」
僕はふらつく頭を巡らせて、背後のナビゲーターシートを確認した。
「問題ない……それよりクロー……頭から血が……」
当然のことながら、アンドロイドのシズカは無傷だった。
この娘さんときたら、至近距離からロケット弾の直撃を受けても平気なのだから。
それでも、事故ったのはドライバーである僕の責任だから、同乗者が無傷なのは何よりもありがたい。
続いて僕はコクピットを降り、ビアンカの点検に移った。
その横を、もの凄いエグゾーストノートを残し、後続車両の集団が駆け抜けていく。
せっかくタイムを稼いでいたのに、これでビリになってしまった。
何とかレースに復帰し、ここから巻き返さないとビッグ・ベンを止めることはできない。
それに早く次のチェックポイントを通過しないと、失格になってレースの参加資格そのものを失ってしまう。
ビアンカのボディを点検すると、左のスラスターが微かに擦過していたが、内部メカには異常は無いようだった。
よし、これならレースを続けることができる。
ドライバーシートに乗り込もうとしたら、シズカが熱っぽい目で僕を見詰めていた。
「クロー……自分より……シズカを心配してくれた……やっぱりクローにとって……シズカが一番……」
はあ?
同乗者を気遣うのは、運転手として当然の義務だろ。
何をそんなに目をウルウルさせているのやら。
呆れながらコクピットに入った僕だったが、今度はこっちが感激してウルウルくる番であった。
なんとAIシンクロ率は100パーセントを超え、メーターを振り切っていたのだ。
「シズカ君。いよいよやる気になってくれたのか」
これならオリジナルの性能を上回るポテンシャルを引き出せそうだ。
「シズカ……やる……あの性悪女に追いついくから……クロー……是非お仕置きを……」
いやいや、性格の悪さでは君だって負けていない。
それは置いておいて、とにかくレースに復帰しなくては。
とは言っても、今からじゃまともに走っていては、とてもじゃないがトップグループに追いつけない。
ここからはヘアピンカーブが連続するつづら折れになっていて、おいそれとスロットルを開けないのだ。
路外は急峻な崖になっていて、コースアウトは即リタイアを意味する。
しかし、ここを一気に駆け下りることができたら、ショートカットでかなりの時間が稼げるのではないか。
幸いなことに、この辺は植樹されたばかりの人工林だから木々も疎らだ。
少々危険だけど、冒険してみる価値はあるだろう。
「よし、シズカ。ちょっと揺れるけど、行くぞっ」
僕は意を決すると、アクセルを目一杯踏み込んでガードレールを乗り越えた。
途端に機首がガクリと落ち、ビアンカが急降下を開始した。
いきなり大木が目の前に迫ってくる。
僕は左のバーニアを吹かし、ギリギリのところで大木を避けた。
安心する間もなく、ケツが浮き上がって機首が地面に突っ込みそうになる。
シズカのお陰で姿勢制御機能が働き、自動的に尾部のダウンフォースが有効になった。
機首が上がり、機体が地面と平行を保つ。
実際には45度以下の斜面なのだけど、感覚的にはほとんど垂直落下も同然だ。
何度も死ぬような目にあいながら降下を続けると、ようやく山麓に到着した。
大きく蛇行した道路を直線で貫くワープ走行が功を奏し、かなりの時間を稼げた。
コースアウトはしたが、前後2つのチェックポイントはきっちり通過しているから、規定上は反則とはならない。
これをルールの不備だと、主催者を指弾するのは酷であろう。
今のようなキ印じみたコース取りは、まともなレース関係者の想定外なのだから。
僕をズルイと責めるのなら、他の選手も同じことをすればいい。
たとえもう一度やれと言われても、僕は遠慮させてもらうけど。
なんにせよ、麓に辿り着いた時、僕は2位に浮上していた。
チェックポイントで得た情報では、先に通過していった車はUMワークス1台のみだ。
僕は一か八かの賭けに勝利したのだった。
ここからはパワーさえあればどうにでもなる、対面4車線の沿岸周回コースだ。
幸い復調なったシズカのお陰で、ビアンカのパワーは最大限に引き出せる。
「400……450……500……」
アッと言う間に愛機RX9の最高速度である時速470キロを超える。
レシプロ戦闘機並みの速度を地表スレスレで出すのだから、体感速度ときたら恐ろしいほどだ。
上空にいる報道ヘリも、今のビアンカにはついてこれない。
「……550……600……」
遂に僕も経験したことのない別次元の速さに突入した。
それでもスタビライザーの働きで揺れは少なく、機動は驚くほど安定している。
流体力学の粋を集めた機体設計なのだ。
あのニーノ・ダイナって女子大生は天才に違いない。
緩やかなカーブの海岸線をフルスロットルで駆け抜けると、長いストレートの先にUMワークスのプースカが見えてきた。
完全自動のロボカーだが、パワーはビアンカの方が強いようだ。
これなら直ぐに追いつける。
最初からシズカが本気を出していてくれたら、僕もこんなに疲れることはなかったろうに。
そう考えるとなんか釈然としない。
褒めるべきか怒るべきか、複雑な思いに駆られていると、シズカがポツリと呟いた。
「確か……この先に……トンネルがある……長さは5.2キロ」
なるほど、ビッグ・ベンが現れるならそこだ。
上空のヘリから死角になる場所といえば、トンネルの中だけだから。
警戒されずに待ち伏せするには、またとない絶好のポイントなのだ。
「よし、トンネルに入るまでにUMロボカーの前に出る。そしてベンと対決するんだ」
「分かってる……大事な…大事な……アタックチャンス……」
トンネルまで5キロの地点で、僕たちは遂にロボットプースカに並んだ。
一気に前に出ると、ロボプーがサッとスリップストリームに入ってきた。
機械のくせに生意気な──と言うより、妙に人間じみていて不気味である。
だが、これこそ僕が待っていた通りの動きだったのだ。
ロボプーが真後ろに取り付くと、僕はフラップを開いてエアブレーキを利かせた。
速度が落ちると同時に、ロボプーが右から追い抜きに掛かる。
そうはさせじと、ビアンカを右へ流してブロックする。
ロボプーはリトラクタブルライトを起こして激しくパッシングしてくる。
この辺の品のなさは、AIデザイナーの性格によるものなのか。
はたまた学習によって身に付けた後天的なものなのか。
しばらくそのまま走り続けていると、急にロボプーが大人しくなった。
それどころかスピードを落として後方へと遠ざかっていく。
何か企んでいるのかと思ったが、シズカがその理由を話してくれた。
「シズカが……教えてあげた……アンタ死にたいの……って……」
ロボプーが先にトンネルに入れば、待っているビッグ・ベンによって確実に破壊される。
いきなりそんなことを言われたら、たとえ人工知能でもビビって当然だ。
続いてシズカは、トンネルの入り口で待っているようロボプーに命令する。
これでロボプーを巻き添えにしなくて済みそうだ。
「無線LANの……暗号解読に手間取った……もう大丈夫……」
さすが、スーパーアンドロイドの看板は伊達じゃない。
僕たちがトンネルに突入すると、いきなり正面から強烈なヘッドライトを浴びせられた。
その先に見慣れた流線型のシルエットが浮かび上がる。
もちろん、彼こそ僕が探していたビッグ・ベンだ。
思った通り、ベンはここでUM製のエアカーが来るのを待ち構えていたのだ。
僕はベンの姿を認めると、ブレーキターンでビアンカを横滑りさせた。
そのままベンの頭をTの字に押さえ込むように停止する。
自分と寸分違わぬボディの出現に、ベンは戸惑ったようにフリーズしていた。
「やあベン、迎えにきたよ。一緒にニーノさんのところへ帰ろう」
僕はビアンカのコクピットから降り、ベンに話し掛けた。
すかさずシズカがベンの通訳を買って出る。
「UM車は全部破壊する……邪魔するな……と怒ってる……こいつ生意気……」
やはり、彼はUM車を1000台破壊するつもりでいるのだ。
「あのね。UMのエアカーを幾ら壊したって、ベットー教授は……死んだ人間は戻ってこないんだ」
シズカが通訳すると、ベンのヘッドライトの光量が上がった。
まるで興奮した人間の血圧が上がるみたいに、急に発電量が増加したようだ。
まさかとは思うが、シズカが誤解を生むような通訳をしたんじゃないだろうな。
「していない……従わないと……ブッ飛ばすと言っただけ……」
勝手に余計な脚色を付け加えないでくれ。
ハナから喧嘩腰では話し合いにもならないだろ。
考えてみれば、シズカは前にベンを取り逃がしている。
きっと再戦のチャンスを虎視眈々と狙っていたのだ。
「もう遅い……どのみち話し合いは……不毛……」
シズカが呟きおわる前に、ベンに搭載された1000サイクロン級エンジンの排気音が轟いた。
「ベンッ、落ち着けって」
僕は両手を上げてベンをなだめにかかる。
「熱くなってるAIに……何を言っても……無駄……」
「君が熱くさせたんだろ。つか、君はなんでそんなにクールなんだ。とにかくベンを落ち着かせてくれ」
巻き込まれたら大変だから、僕はビアンカに乗って安全圏まで後退することにした。
こうなったら僕にはメイドロボ対マシン兵器の決戦を見守ることしかできない。
戦いはベンのぶちかましから始まった。
ベンは無人機ならではの加速をもって、真っ正面からシズカに体当たりを敢行してきた。
ただ、助走が短く速度が乗り切らなかったため、シズカはベンのノーズを押さえ込むことに成功する。
シズカはそのままベンの鼻先を抱え込み、左の拳をハンマーのように振り下ろした。
ガンと音がして、レールガンすら弾く超合金のボディがへこむ。
パンチは弾よりも遅いから衝撃がじわりと浸透し、避弾経始が有効に機能しないのだ。
更にもう一発、強烈なハンマーパンチが叩き込まれる。
これにはベンも驚いたのか、バーニアを逆噴射してシズカの腕から逃れた。
「腋に毛がないから……滑った……毛の必要性について……クローに再考を求める……」
シズカは僕に冷たい目を向ける。
えぇっ、僕のせいなのか?
生えていようがいまいが、どのみちそこの毛は処理するものなんだけど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。
一旦後退して距離を取ったベンが、充分な加速を付けて再度突っ込んできたのだ。
今度はシズカも押さえ切れず、重量1.5トンもある金属の塊に吹っ飛ばされた。
1.5トンといえば、大昔の戦艦に搭載されていた主砲弾に匹敵する重さだ。
それが猛スピードで突っ込んでくるのだから、衝撃は以前喰らった鉄球の比ではない。
これには軽量級のシズカはひとたまりもなかった。
トンネルの壁に激突したシズカは、一時的に機能をシャットダウンさせた。
それでも急速に再起動を果たし、よろよろと起き上がる。
その頃にはベンも転回を済ませ、またも猛スピードで突っ込んできた。
トンネル内といえ片側2車線もある広い空間だから、ベンは持ち前の高機動力を充分に活かせる。
シズカはギリギリまでベンを引き付けると、サッと左へ身をかわした。
「上手い」
と思ったのも束の間で、またもシズカの体は吹っ飛ばされた。
何事かと注視すると、ベンのボディから腕が生えているではないか。
シズカは油断したところにラリアートを喰らったのだ。
こんな奥の手を隠していたとは、宇宙世紀のモビルアーマーも真っ青だ。
少々まずいことになってきたな。
このままではシズカはやられてしまう。
しかし、シズカは僕が思っているよりずっとタフでクレバーだった。
ゆっくりと起き上がったシズカは、左手を前へと突き出した。
その手首がポロリと外れたと思うや、鈍い輝きを放つ銃身が現れた。
「まさか……こんなところで……これを使うとは……思わなかった……」
彼女の言う“これ”とは、僕も初見となる秘密兵器であった。
「プラズマキャノン砲の……使用許可を……」
「許可っ。許可するっ」
僕は一も二もなくシズカの申請を受諾した。
銃身の側面についた赤いLEDが次々と灯っていき、エネルギーが充填されていくのが分かる。
やがてLEDがグリーンに切り替わり、発射態勢が整ったことを告げるアラームが鳴る。
「発射……」
短くクールな射撃申告と同時に、シズカの左手から眩しいプラズマ火球が飛び出した。
目を開けてられないような眩しい光の球だ。
それが合計5発、トンネルの壁と天井に命中して大爆発を起こした。
四方を囲まれた閉所だったから衝撃波は尋常ではなかった。
ビアンカに乗っていなかったら、僕もただでは済まなかったろう。
後でシズカに聞いたところによると、これでも僕のことを気に掛けて出力を絞っていたらしい。
本当かどうか疑ったら、シズカはムキになって怒ってきた。
だから余計に怪しい。
それはともかく、激しい落盤はトンネル内に即席のシケインを作り上げ、ベンはその高機動力を活かせなくなった。
「あんな車……潰すのは簡単……けど……それでは……クローの面目も……潰れる……」
シズカは得意がる風でもなく、あくまでクールに左手を元に戻した。
これで俄然シズカの有利になったと思ったが、そう簡単に行かないのが現実の厳しいところだ。
ベンは少しの間戸惑っていたが、直ぐに新たな戦術に切り替えてきた。
2基のメインスラスターを支えているスウィングアームが尾部へと後退したと思ったら、ガクンと下方向へ90度転回した。
続いてボディが上方向へ90度転回する。
なんと、ベンはスラスターを脚代わりにして立ち上がったのだ。
格納されていた両腕が飛び出ると、ベンは二足歩行型の戦闘ロボットへ変貌を遂げた。
「ト、トランスフォーム?」
僕は驚くよりも、ニーノ嬢の稚気というか懐古趣味に呆れていた。
20世紀末のアニメじゃあるまいし、変形ロボなんか今どき流行らないだろうに。
多目的マシンは便利なように見えて、下手をすると全ての能力が中途半端になるおそれがあるんだぞ。
でも、どこか燃えるものがあるのも確かである。
「ガォォォーォォッ」
全長7メートル超のマシンロボは雄叫びを上げて走り出した。
対するシズカはあくまで冷静であった。
シリーズネームのウーシュとはラテン語で“恐れを知らぬ者”の名。
たとえ敵がスーパーヘビーウェイトであろうとも、真っ正面から挑戦を受け止めるのだ。
両手を広げて襲いかかってきたベンに対し、シズカは体を捻りながらジャンプしてローリングソバットを叩き込む。
カウンターを喰らったベンが仰向けに倒れると、そこに情け容赦のないニードロップを仕掛ける。
が、ベンは右手を振るってそれをはたき落とす。
軽量級のシズカは簡単に吹き飛び、路面を転がった挙げ句、トンネルの壁にぶち当たってようやく止まる。
立ち上がったベンはシズカに駆け寄ると、全体重を掛けたスタンピングを雨霰と降らせた。
あんな強烈なものを連続で喰らうと、衝撃で主電源が飛んでしまう。
「シズカッ、逃げろ」
僕に言われるまでもなく、シズカは側溝に転がり込んでベンの蹴りを逃れていた。
そしてバランサーが回復すると、キックの合間をぬってベンの股間から背面へと転がり抜けた。
起き上がったシズカは脚部にフルパワーを掛け、ダッシュと共に体当たりを敢行する。
体重の軽さを加速度で補うニュートンアタックだ。
たまらず膝を屈したベンの脇腹に、シズカのハンマーパンチが炸裂する。
しかしウェートの差は如何ともし難く、ベンが身を振るうとシズカはあっさり吹き飛ばされてしまった。
今度転がったのは道路の中央付近だから逃げ場はない。
まずいぞシズカ。
ベンは仰向けになったシズカを容赦なく踏みつけた。
シズカは腹の上で腕をクロスさせ、必死で集中防御を図る。
この体勢ではウェイトの差がモロに出て、シズカは逃げ出すことができない。
手に汗握って戦いを見守っていると、なんか焦げくさい臭いがしてきた。
過負荷のせいでシズカの回線がショートしているのだ。
「シズカッ」
僕がコクピットから飛び出すと、シズカはチラリとこちらを見たが、何も言わずにベンとの戦いに意識を戻した。
なんてことだ。
火器を使えば有利に戦えるのに、敢えて素手で戦い抜くつもりなのか。
彼女は僕のニーノ嬢への体面を考えてくれているのだ。
しかし、そんなことを言っている場合ではなくなってきた。
ベンを壊してニーノ嬢に嫌われるのは辛いけど、シズカを失うわけにはいかない。
シズカは僕にとって大切なパートナーなのだから。
「シズカッ……」
僕が火器の使用を許可しようとした時だった。
いきなり眩い光源が突入してきたと思ったら、トンネル中に爆音が轟いた。
真っ赤なUMプースカがトンネル内に進入してきたのだ。
「な、なんですの、この騒ぎはっ?」
コリーン・ティラーノのキンキン声が響いた。
ようやく後続のグループが追いついてきたのだ。
その集団の中にUMロボカーの姿は見えない。
シズカの脅しが利いており、まだ大人しくトンネルの入り口で待機しているのであろう。
停止しているロボプーを見てコリーン嬢がどう思ったのかは知らないが、トップに躍り出る機会を彼女が見逃すわけがない。
今回はサポート役に徹するつもりだったのに、ロボカーを制して優勝できるチャンスが巡ってきたのだ。
ところが、トンネルに入るや目にしたのはロボットプロレスだった。
ましてリタイアしたと思っていた僕たちが、いつのまにか先行していたのだから驚かない方がどうかしている。
「ど、ど、どうしてあなた達が? そ、そうですわっ。反則を使ったに違いありませんわっ」
反則魔はアンタの方だろ、お嬢さま。
コーナーでビアンカをお弾き飛ばしあそばしたのは、ホンの数十分前のことだぞ。
突発性の健忘症でも発症したというのなら、同情くらいはして差し上げるけど。
だが、彼女の登場は僕たちにとって、まさに女神降臨とも言うべき天佑であったのだ。
シズカを踏みにじっていたベンがピタリと止まった。
その視線の先にはお嬢さまの愛機、真っ赤なUMプースカが──。
ベンは果たすべき優先順位を判断した結果、シズカの腹から脚を外してプースカを振り返った。
そしてドシドシと足音を立てて突進を始めた。
「なんなんですのォッ? アレェェェ〜ッ」
コリーン嬢は愛機の前に立ちすくみ、あられもない悲鳴を上げた。
憎ったらしいお嬢さまだが、警視庁職員としては見殺しにするわけにもいかない。
僕は横っ飛びにコリーン嬢に飛び付くと、そのまま転がってプースカから離れた。
直後にベンが突入し、哀れプースカはスクラップになった。
漏れ出した燃料に火が付き、ボディが爆発を起こして吹き飛ぶ。
「ひっ」
肩口にしがみついてるコリーン嬢の手に力がこもる。
小刻みに震えているのがちょっとだけ可愛かった。
「クロー……何してるの……」
シズカの冷たい声が僕たちを我に返らせた。
僕はコリーン嬢に覆い被さり、その豊満なボディを抱きしめていたのだ。
「不埒者ぉっ」
ピシャリという鋭い音と同時に、僕の左頬に焼け付くような傷みが走った。
僕はコリーン嬢を救ったご褒美に、畏れ多くも強烈なビンタを拝領したのだった。
コリーン嬢は真っ赤になって息を荒げていたが、その場から駆け出してトンネルの入り口へと走り去った。
人前で恥をかくのに慣れていらっしゃらない人だから仕方ないのだろうな。
などと感慨に浸っていると、それがとんでもない間違いだと気付かされた。
なんとお嬢さまはトンネルの入り口で待機しているロボプーに乗り込むと、マニュアルモードで強制発進させたのだ。
「オォ〜ホッホッホッ。あなた達はここで遊んでらっしゃい。優勝は私のものですわっ」
コリーン嬢は高笑いを残して僕たちの傍らを駆け抜けていく。
なかなかどうして、タフなお嬢さまではないか。
笑うしかないが、笑っているわけにもいくまい。
焦っているのはベンも同じだろう。
一暴れしてようやく落ち着いたころだろうし、そろそろディスカッションに入るか。
「ベン、聞いてくれ。僕たちは邪魔じゃなく、君に協力するようニーノさんに頼まれて来たんだ」
シズカを介して話し掛けると、ベンはデュアルアイのカメラを僕に向けてきた。
「賢い君のことだ、本当は知ってるんだろ? UM製の車を1000台潰したところで、教授が戻ってこないことくらい。
第一、君を作った教授の命って、UMのエアカー1000台分にしかならないほど安っぽいものなのかい? 違うだろ」
いや、実のところベンはUMカー1000台と教授の命を等価で交換できると信じていたに違いない。
幾ら優秀だといっても、彼には生命の概念は理解できないのだから。
しかし僕の指摘を受けて試算したところ、教授の命の値段が3千万クレジットにしかならないことに気がついたのだ。
その金額と教授の生涯賃金の差額を計算すれば、不可解な結果が出てきて当たり前だ。
フリーズしたベンの横を、数台のUMマシンが駆け抜けていく。
それに気付いたベンが唸りを上げて反応する。
「よせ、もういいっ。もういいんだ、ベン」
僕が一喝すると、ベンは大人しくなった。
「1台3万クレジットのケチな車を壊してどうなるもんじゃない。それよりどうだ、僕と組めば連中にもっと深刻な
大打撃を与えることができる。一気に数万、いや数十万台のUMマシンをぶち壊すのと同じくらいの超大打撃をね」
僕はベンに教えてあげた。
UM社がこのレースを新開発のロボカーの宣伝に使っていること。
そして優勝すればロボカーが量産に入り、月に数万台の販売体制が敷かれることを。
勿論、親会社のティラーノグループが、この島にUMの生産工場を建設しようと数十億を先行投資していることも。
「だからUMのロボカーに絶対優勝させちゃいけない。その上、連中を負かしたのが無名の僕たちとなればどうだろう。
大企業のUM社にしたら死ぬほど恥ずかしくって、とてもじゃないけどこの島に居座ることはできなくなるだろうな」
となれば、UMが大損害を被ることは間違いない。
その損害額はとてもじゃないがエアカー1000台程度では済まないのだ。
それに、レースでベンの優越性を示すことで、亡き教授の無念を晴らしてあげることができる。
「了解した……ロボプーはレースで葬り去る……と言ってる……」
シズカがつまらなそうに呟いた。
そこからのベンの活躍は圧巻だった。
調整済みの専用AIを搭載したロボカーは、シズカを直結しただけのビアンカの比ではなかった。
燃料の混合比、噴射率、点火タイミングなど、全てが最良の状態に保たれたエンジンは、完全に別物だった。
その上で、風向風速や慣性Gまでを計算に入れた最高のライン取りでコーナーを駆け抜け続けるのだ。
僕たちが先行集団に追いつくまでに、さほどの時間を必要としなかった。
それらをゴボウ抜きにすると、いよいよコリーン嬢の搭乗するロボプーとの一騎打ちだ。
男の僕でさえきついGを感じているのだから、逃げるお嬢さまもかなりこたえているだろう。
やはりティラーノグループ宗家の意地なのであろうか。
つか、ロボプーは完全自動操縦下にあるのだから、たとえコリーン嬢が失神しても同じことなんだけど。
それでもお嬢さまの頑張りは称賛に値するだろう。
だが、名門の意地だけではどうにもならないことだってある。
僕の乗るベンKCは、確実にロボプーを追い詰めていった。
この時の僕は、ゴールまでにはどうにか逆転できるだろうと楽観視していた。
それにシズカが異を唱えたのは、ゴールまであと僅かとなった時であった。
「残念……双方がこのペースを保てば……0.03秒から0.09秒の差で……負ける……」
シズカの計算した結果は冷徹なものだった。
なんてこった。
グングン追い上げているのに、ギリギリのところで間に合わないのか。
もう少し距離があったら届くのに。
「撃っても……いい……?」
最初シズカが何を言っているのか正確に理解できなかった。
「ロボプーの……ミラースポイラーを……吹き飛ばせば……ゴール寸前で逆転できる……許可を……」
なんと、シズカは狙撃による走行妨害を申し出てたのだ。
なるほど、整流効果を乱して速度を失わせれば勝てるだろうし、シズカにはそれが可能だ。
だが、それは紛れもない規則違反であり、僕はシズカにそれを命じるわけにはいかない上司なのだ。
第一、目の前であからさまなインチキを行うのだから、それで勝ったとしてもベンは喜ぶまい。
そんなことよりも、シズカが悔しそうな顔をしていることに僕は驚いていた。
機械の彼女が悔しいという感情を、しかもそれを他人のために露わにしているのだ。
少し前までなら考えられないような成長ぶりである。
バックミラーに映るシズカの膨れっ面を、複雑な思いを込めて見詰めていた時であった。
シズカが急に眉をひそめて右方向へ首を振った。
「銃声……」
呟き声がしたと思ったら、前方を走っているロボプーが急にふらつき始めた。
AIが車酔いでも起こしたのかと思いきや、よく見ればスポイラーを兼ねた右のサイドミラーが吹き飛んでいる。
「狙撃された?」
「シズカじゃ……ない……」
無論、分かってる。
シズカは右手のスタンドを睨み付けているが、シューターの姿は視認できないらしいく黙ったままであった。
それでも狙撃があったのは事実なのだ。
時速600キロで突っ走っているエアカーのドアミラーを、それも偏差の激しい横方向から狙って。
信じられないことだが、目の前で起こった出来事である。
そしてロボプーが急激に速度を落としたのも、紛れもない事実であった。
神聖な勝負に第三者の介在があったとすれば不本意だが、僕が直接手を下したことではない。
従って何も遠慮することはないのだ。
「今だっ、ベン。ぶち抜けぇぇぇっ」
僕の叫びに応えるように、ベンの1000サイクロンエンジンがひときわ高く咆吼した。
その結果──僕たちがゴールラインを通過した時、UMロボプーには5メートルの差をつけていた。
火を噴くようなデッドヒートを制した僕は、表彰台の一番高いところにいた。
もちろんシズカも一緒だ。
スタンドを埋め尽くした観衆は、割れんばかりの歓声を上げて大興奮している。
おおよその予想を覆し、全くの無名のダイナモータースが優勝したのだから当然だ。
オッズは知らないが、当たり車券はもの凄い配当になっていることだろう。
それと反比例して、UMの新型ロボカーの価値は大暴落しているに違いない。
なにせ町工場の作った手製のエアカーに敗北したのだから。
興奮していると言えば、僕の隣にも飛び切りエキサイトしている女性がいた。
2位でゴールしたコリーン嬢である。
「悔しいですわっ。私、これまで一度だって男の人に後れを取ったことなどありませんのにっ」
コリーン嬢はキンキンわめいていたが、それでも落ち着きを取り戻すと僕に礼を述べてきた。
「でも、助けてくれてありがと……」
何のことかと思ったら、トンネルの中での一件だ。
僕が突き飛ばしていなかったら、彼女はベンの体当たりを受けて即死していただろう。
口調は不本意感ありありだし、声量もほとんど呟き同然だったが、コリーン嬢はレディとしての作法をきちんと守ったのだ。
「やあ、優勝おめでとう。それに、娘を悪のロボットから守ってくれたんだって? 父親として礼を言わせてもらうよ」
気がつくと、目の前に優勝カップを抱えたキーヨ・ティラーノ氏が立っていた。
その隣には白河法子都知事が満面の笑みを浮かべて並んでいる。
今までどこで何をしていたのやら、射撃の名人、ナースのジョオ・ウィッチが知事の傍らに佇んでいた。
「ハンサム君ならきっとやってくれると信じてたわ。ゴメンね、キーヨ。なんか恥かかせちゃったみたいで」
法子都知事はキーヨ氏からカップを受け取ると、それを僕に突き付けてきた。
「いやいや、勝負の世界は実力本位です。素直に彼の才能を讃えるべきでしょうな」
キーヨ氏はあくまで笑顔を崩さずに僕を褒めちぎった。
この辺りがやはり大物たる所以である。
彼はこの島に注ぎ込んだ、何十億クレジットという先行投資をふいにしたというのに。
「しかし、このレースが障害物競走だとお聞かせいただいておれば、事前にそれなりの対策をとっておりましたものを」
キーヨ氏の口調が少しだけ嫌味っぽくなった。
ベンがUMのエアカーを狙っており、レース中に襲ってくる可能性があったとは、さしものキーヨ氏も知らなかったろう。
「ホントに怖いわ。世の中って一寸先は何が起こるか分かんないものねぇ」
喰えない女都知事は身を竦ませてブルルッと震えて見せた。
怖いも何も、全部自分が仕組んだことなのに。
殺人ロボカーを誘き出して葬り去り、首都の流通機能を回復する。
そして宮家島からティラーノグループを撤退させてカジノ化計画を独占する。
彼女は同時にそれだけのことをやってのけたのだ。
しかも自分の手を全く汚さずに。
本当に怖いのは、この女自身じゃないのか。
「確か、クロード君……とか言ったね」
キーヨ氏の目が冷たく光った。
「と……シズカ……」
シズカに混ぜ返されて、キーヨ氏の目が一瞬和んだ。
「失礼、シニョリーナ。君たちのことはよく覚えておくよ」
キーヨ氏は一礼すると、優雅な身のこなしで立ち去っていく。
コリーン嬢が慌ててその後を追った。
「さてっとぉ、そろそろ私も帰ろうかな」
都知事は伸びをしながら独り言のように呟いた。
彼女にとって伸るか反るかの大バクチは終わった。
ティラーノグループを撃退した知事には、次にカジノ事業の準備が待っている。
都条例の改正とか問題は山積しているが、この人は全てそつなくこなすことであろう。
「そうそう、その車は都の備品なんだけど、今回のご褒美としてハンサム君にあげるわ」
女都知事は思い出したように付け加えると、送迎の特別ヘリに乗って島を去っていった。
こうして無事にレースを終えた僕だったが、大変なのはこれからだった。
まずはトンネル内に隠したビアンカを掘り出して、スクラップにしなくてはならない。
勿体ないとは思うけど、殺人ロボットカーの残骸として、その一部を上司に提出するためだから仕方がない。
僕にもやむを得ない大人の事情があるのだ。
それが済めば、上手く辻褄を合わせて捜査報告書を書かなければならない。
今回は話が入り組んでいて、ボカさなければいけない点が多いから頭が痛い。
首尾よくお偉方を納得させられたらいいのだが。
最後にベンKCのことだ。
幸いなことに、コリーン嬢を始めとするレーサーたちは、バトロイド体型のベンしか目にしていない。
よって、僕がエアカーモードのベンを使っても、まさかトンネル内で見たロボットと同一のマシンとは誰も思うまい。
それはそれでいいのだが、弱ったのは彼とシズカとの相性の問題だ。
双方とも自分こそが僕の右腕だと主張して譲らないのである。
シズカとすれば自分が先輩だという自負心がある。
「お前は……バカのヒューガーの次だから……3番目……単なる足代わりが……生意気……」
対するベンも、いざという時にシズカでは僕を守りきれないと言い切る始末である。
今回の事件は何とか解決できたけど、帝都を狙うマシン犯罪者は後を絶たないというのに。
身内でつまらぬ争いをしていてこの先どうなることやら。
それに宮家島からは撤退したが、ティラーノ一族も帝都の覇権を諦めたわけではない。
次はどんな手を打ってくるのか。
「そんなことより……もっと身近に問題が……ある……」
シズカがわけの分からないことを言う。
「家に帰っても……サトコは……まだ怒ったまま……」
ああ、その問題が残ってたか。
それが一番の悩みの種だ。
クタクタに疲れているっていうのに、僕には安住の場所さえないのだ。
これならもう一周レースをしていた方がよっぽどマシだよ。
完全に力尽きた僕は、暮れなずむサーキットにいつまでも立ちつくしていた。