女の子が好きだから、そんなわけないと思っていた。
今日、家に帰ってきたら通販の箱が届いていた。
良い子でいたから、
送り先が大手の通販サイトなら何も疑われることもなく母親が部屋に置いてくれる。
中身を本かパソコンの部品程度にしか思わないで。
ぼくはその段ボールを開けた。その中には、ビニール袋に入った毛髪の塊。
そおっと、袋から丁寧に取り出したウィッグ。
注文したとおり、黒のボブカットの前髪が真っ直ぐになっているタイプ。
そしてセットでウィッグ用のネットも着いてきた。これで、ひとつ目。
ぼくは女の子の格好がしたい。違う。女の子になりたい。だけど、女の子が好きだという感情がある。
ぼくは女の子に生まれなかったレズビアンだっていうことだ。
そんな僕が考えていること。どこまで女の子に近づけるだろう。
今、ぼくは見た目を女の子に見えるようにしている。でも、身体自体をどうにかするのは迷っている。
僕は普段はこうして男の自分の気持ちを持っている。だけど、オナニーをするときはペニスを触らない。
主に乳首を使っている。凄いときは失神したり、射精をしたりする。
そしてそれをしている際に思い浮かべるのは女の人に組み敷かれ、女の子として犯されている自分の姿。
そこでは見た目も言葉遣いも女の子になっている自分がいる。
性の目覚めとは別に心のどこかで女言葉を使いたかったり、女の子の服を着てみたいと思っていた。
けれど、自分は違うからやらないでいた方が良いと思い込んでいた。
だけど、世の中には多用な性の考え方があった。もちろん、それをそのまま実践するわけにはいかない。
性同一性障害だと思ったこともあるけれど、今すぐペニスを切りたいとは思わなかった。
個人的に女装することは昔からやってみたいことだった。
生まれつき女顔だったし、文化祭で演劇をやったときは女装をさせられた。
もちろん嫌々やらされたように装ったけれど、実はとても嬉しかった。
おまけにその劇は男女が性別を入れ替えて配役したものだった。
その頃、好きだった女の子に導かれるヒロイン役で、ぼくの中にある女の子の気持ちも少し満たされた。
遺伝子技術は常に発展している。まだ、同性同士の子供は作れないし、染色体も変えられない。
でも、性別の中間に立つくらいはできるようになった。
テレビのノンフィクション番組で取り上げられた話題。
性同一性障害の少年がいた。小学生の時点で女子と同じ扱いで学校生活を送っていた。
彼はカウンセリングなども受けて、中学生になる頃にはホルモン治療も受けられる段階にまであった。
だけど、そこに迷いが生じた。彼は親に孫を見せてあげたかった。
だけど自分が男性でいることもできないし、女性になりたい気持ちが強かった。
そんな彼に医師は、ある大学の研究で実用化されたばかりの女性ホルモンと似た作用を起こしながら、
男性機能を維持する薬剤のことを紹介した。両親は既に還暦に近い高齢でかなり遅くに生まれた少年を溺愛しており、
彼の自由に任せた。
彼はその薬剤の被験者になることを望んだ。
まだ、国内でも使用された事例が少なく、肝臓負担が皆無であるなど利点ばかりを強調される薬剤が、
少年のような十代前半の子供がその人体実験同然な状況に、
いかがな物かという議論が世間を賑やかした。だけど、彼はたった一回だけ、匿名で新聞のインタビューを受けた。
「生意気だけど言わせてください。性の多様化とか色々な話はありますけど、
わたしは自分のためにやっているんです。男であることは嫌だけど、母が高齢で産んでくれたことを心から感謝しています。
だから、自分の子供を見せてあげたいだけです」
その番組は彼――ではなく彼女が高校生から社会人になっていく過程での心境の変化を取り上げていた。
元々、男の子が好きであったはずなのに、あるとき女の子が好きになった悩みについてが語られた。
だけど彼女は気持ちは女なのに、女の子が好きだから性同一性障害だけどバイセクシャルなんだということに悩んでいた。
だけど、結果として彼女はその女の子とつきあうことになり、今では父親でもある。
それでも彼女はより女性らしく、家族と共に暮らしている。
もしも従来の性別適合手術をする過程を選んでいたら子供を得られなかったことを考えれば、
自分にとっては間違いじゃなかったと彼女は語った。
そして子供を得られた時点で彼は通常の手続きで女性になった。
戸籍の性別は変えなかったが仕事にも恵まれており、幸せらしい。
途方もない話だった。ぼくは――わたし、と自分のことを呼ぼうとは思わない。
まだらな心の色彩が生まれ出た性の方が少し強くて、表面を覆ってしまっている。
臨床例が出た結果、その薬を使用する人は何人も生まれた。
もちろん思い通りに行く人もいれば、思い直して男性性を選んで乳房を取り去る人もいる。
一部では自殺者が出てるとまで言われているけど、因果関係は認められていない。
でも、だけど、その薬にはかなりの興味があった。これだからテレビはいけない。
社会問題を定義しておきながら、ぼくみたいな中途半端な人間が見てしまった場合のことを考えていない。
女になりながら男に戻る可能性を残してくれる薬。それはぼくのような中途半端な感情を持つ人間にはとても魅力的だった。
女の子になれるかもしれないと。
両親に打ち明けてしまおうかと思ったことは何度もある。だけど、男らしく優秀な兄をふたり持つぼくの両親だ。
気が狂ったと思う他ない。
元々、末っ子で大人しく中性的なぼくは両親からあまり強い興味を持たれていないのが分かっていた。
だからって興味を引こうとも思わなかった。
裸になって鏡の前に姿を晒す。
体毛が薄くて筋肉もあまりつかない細身の身体。小柄で身長は高校生になっても156p。
そしてペニスはあまり大きくない。見る度に男らしくなくて思わず笑顔になる。
オーバーニーソックスが膝上まで脚を包み込み、女性用のストライプの下着を着る。
さすがに胸は無いからスポーツブラみたいなのしか着られなかった。
そして、ガーリッシュなワンピースを着る。黒地に白い水玉のデザインが大人しめで気に入っている。
そして、化粧をする。
化粧は、ほとんど独学だった。インターネットは便利で、女装初心者のためのメイクの方法はいくらでもあった。
化粧品は高いけれど、少しずつ集めた。さすがに100円ショップのは論外らしい。
化粧を施し、頭にウィッグネットをはめ、そしてゆっくりとウィッグを被った。
櫛で前髪を整えて、鏡に向かってはにかんでみた。やっとぼくは女の子になった。
家族が誰もいない昼下がり、こうして完全に女装してはデジカメで自分を写真に収めている。
メイクの技術と仕草を向上させるだけで、どんどん男の自分がいなくなって女の子の自分しかそこに存在しなくなる。
数週間で写真からぼくの面影は少しも見つからなくなった。
そのうち女装で外出するようになった。さすがに足がつくといけないから、身障者用のトイレで着替えて街に出た。
ショッピングモールでレディースの服を選んでいても特に変な目で見られないし、店員さんからオススメをされたりもする。
声変わりがちゃんとできなかったのか、ぼくの声は男性にしてはとても高い。
それを少し鼻にかけてしゃべるだけで女の子が話しているようにしか聞こえない。
録音して確認して安心どころか心が躍ったりもした。
ナンパされたり、中学生くらいの男の子に見つめられたりした。もちろん好意を込めた熱い視線だ。
でも関わらなかった。心は限りなく女に近づいているのに、男のことは少しも好きになれない自分がそこにいた。
だけど、限界はやってくる。姿と心の一部の満足では、ぼくの中の「女」は満足してくれなかった。
おかしな飢えだった。乾きだった。犯されたい、穢されたい、女として、という欲情が募るようになってきた。
きっかけはあった。当時、女装趣味を追求しながらも、クラスメイトの女子と仲良くなっていた。
何度かのデートで告白され、つきあった。すぐにキスをして、意外にも早くセックスまでした。
ただ、彼女は慎重でコンドームを持ち歩いていて「い、いつかいるかもって……」と赤い顔をした。
とても好きだった。可愛くてやわらかくて、地味だけど素朴な可憐さがあって。
でも、最初のセックスから彼女をリードして愛撫をして、結合したことに何の感慨も感じなかった。
ただ、彼女の健気な態度を好んだのか、ペニスだけは手で扱われただけで少しずつ大きくなっていたことに自分の身体ながら、
浅ましい奴とまで感じた。
「いつっ……」
「大丈夫?」
「平気……ちょっと待ってね……まだ、ちょっと痛いから……」
とても可愛くて可哀想になった。彼女の頭を胸に抱き、自分は何をしているんだろうと思っていた。
「ねえ……少し大丈夫だから、動いてみて良いよ」
ありきたりの台詞。お約束のように言わされているのか、言うしかないのか。
本当は自分が口にしてみたい言葉だった。女の人に道具を使って犯される方法はある。
でも、こんな純な彼女にそんなことは要求できなかった。
仮にそれでも要求するとすれば限りなく慎重にこちら側へ引き込まなくてはいけない。
何しろ、彼女は限りなく普通であることを愛する女の子だった。
「嬉しかったよ」
大好きなのに罪悪感ばっかり募る。ぼくが女の子だったら、彼女は好きでいてくれたのかな? そんなことばかり考えていた。
それから何度もセックスをしたけれど、彼女に対しては指と舌を使って丹念に愛撫することに集中した。
処女の痛みに耐えていた彼女は甲高い声でたくさん泣いた。
小振りな乳房をつかみ、小振りな乳首を舐めて噛んで、
酷いくらい深爪した指で肉で出来た花びらを押し広げその花弁の奥に指を差し込んだ。
そこはいつも湿り気なんかじゃない。滑りのようなべたつきを指に感じさせた。
もちろん指を差し込むだけで彼女は激しく泣いた。奥ゆかしいくらいの可憐さはもうそこでは仮面のようなものに思えた。
ぼくが女のように女の子を犯すことで、彼女の女の子らしさを奪っていくような気分になっていく。
そのうちに彼女を犯していると、誰かに似ていることに気づいた。
あれはぼくだ。
そこでやっと気づいた。彼女とつきあうことに躊躇しなかったのは、
彼女が女装しているときのぼくの姿に雰囲気が似ていたからだ。
半年間彼女つきあった。その時、僕は高校三年生になる頃だった。
「別れよう」
先に切り出したのは彼女の方だった。
「どうして……」
驚かなかった。デートをして、一緒に勉強をしたり、キスをしたりセックスをしたり、彼女は喜んだ。
でも、どこか寂しそうな目をしたこともあった。
「わたし、あなたがとても好きだった。それは今でも。
だけど、あなたはわたしのことを好きでいてくれていたけど、それでもどこかで別の人を見ている。
そういうのを感じていたの。だから、どんどん寂しくなってきたの。わたしが悪いのかな?
なんてことも考えたよ。でも、そうじゃない。わたしはあなたから受け取ることはできたけれど、
あなたに何もあげられなかった。そうなると、どうして良いのか分からない。
きっと、あなたにはそれをわたしに望むことができないのかもしれない。そうじゃないかしら?
たぶんわたしもそれが何かは分からないけれど、きっとできないんだと思う」
正解だった。ぼくは、自分の姿を彼女に重ねていた。
彼女を自由に犯しておきながら、自分の中にいる女の子が満たされないまま泣いているのを感じていた。
それをどうにかしようと執拗に目の前の彼女を犯したのに、ぼくの中の涙は涸れることがなかった。
犯されたかったのはぼく自身だった。
それを目の前の彼女に望めなかった。そしてそんなことは見破られていた。
それこそ、ぼくたちは薄氷の上で繋がった振りをしているに過ぎなかった。
彼女の素朴さが好きだった。目立ちはしないけれど可憐なところが好きだった。
そしてぼくはそんな彼女のようになりたかった。
男である気持ちに隠れていた女が怒りを持って肉体を浸食していくのに時間は掛からなかった。
彼女との日々で、女装をする回数は減っていた。
だから、それを取り返すように時間があれば女装をして、化粧品を変えてみたりしながら、
少しずつ失っていたものを取り戻していたような気持ちになっていた。
だけど、心はどうにか落ち着きを取り戻したとしても、
肉体の中にある泥の塊のようなものが重く取り除けないまま残されている。
身体が、肉体が女になりたい。女の子になりたいと欲求している。犯されたいと欲情していた。
お尻を使ったオナニーを始めたのはそれがきっかけだった。
もう射精を何度しても欲情が収まらなかったぼくには、それしか残されていなかった。
初めはローションで濡れた指を一本入れる程度だった。
それでも、少しずつ少しずつ開発は進んで、小さなアナルプラグを肛門に挿し込むことが普通にできるようになった。
それからは毎晩、寝ているときはアナルプラグを肛門に挿している。
そんな格好で乳首でオナニーをしていると、肛門がプラグを締め付けるように動いてきて、同時に動悸が荒くなってきて、
自分がまるで女の子が喘ぐような声を出し、息を詰め、腰がガクガクさせながら背中を駆け上がる快感に失神した。
カホ……君の好きだったぼくは、こんなことをして喜んでいたんだよ。
君に正直に、このことを言っていたら、喜んでぼくのことを犯してくれたのかな?
そんなことを考えていたら涙が出てきた。
ぼくがおかしいのは分かっていた。でも、この心を捨てたら、ぼくにはきっと何も残らない。
カホが少しでぼくの入られたくない部分まで踏み越えてくれたら、ぼくたちは幸せになれたのかもしれない。
それを望まなかったのは、彼女を巻き込みたくなかったからだ。
でも失笑する。恋はエゴで出来ている。ぼくが女の子になりたいという感情を捨てれば死ぬとすれば、
ぼくは好きな人よりも自分だけを選んだに過ぎない。障害になるなら切り捨ててしまったという方が正しい。
願わくば、ぼくのことを忘れてくれれば嬉しい。
大学生になってひとり暮らしを始めた。だけど、ぼくはもう家に帰るまいと決めていた。
学科は兼ねてから決めていた看護系の学科だった。
本当ならもう少し高めの文系なら余裕で入れたらしいけれど、こんな時代だし、
確実に職業として求められる仕事だということを考えて決めた。
もちろん看護師だけじゃなくて社会福祉士とか介護ヘルパーの資格も取得しておいた方が良い。
引っ越してきて最初にしたのは女装だった。
ひとりになって誰の目を気にすることなく女装ができるようになった。
そして、必修科目とかのクラス、病院や事務手続き以外の時は常に女装をしていた。
誰も気づかなかった。自分のことを女の子だと思い込んでいる。少し嬉しかった。
でもその代わり、友達を作るわけにはいかなかった。
さすがにスカートばかりだと動きにくいからレギンスにチュニックを合わせるような格好が多くなる。
今、少しだけ困っている課題。本当だったら、色んな服を買って着てみたい。
だけど少しの仕送りと女の子の振りをして飛び込んだ短期バイトだけだとフリマやネットオークションで格安で買ったものばかり。
サイズが合ったり合わなかったりすることも多い。
ひとりでベンチに座ってそんな金銭的な悩み事を考えていたら、
目の前に背の高いショートカットでボーイッシュな女子学生が立っていた。
「ねえ……あなた、男でしょう?」
呼吸が止まった。気づかれた。
その瞬間、周りにいる全ての人が自分が女装をしていることをあざ笑っている、気持ち悪がっているんじゃないかと思えてきた。
身体が震え出す。
「あ、待って待って。何も言わないから、落ちついて……」
「……えっ?」
目の前の人は失敗した、と言わんばかりの顔をして、すまなそうな顔をしている。
「……いや、身内に似たようなのいるから、その何て言うか、雰囲気? そんな感じがして思わず話しかけてみたんだけど……本当?」
「はい……」
「じゃあ、ちょっと家に来ない? 近いから」
なぜだか、その人の言葉に逆らえずにぼくはゆっくりと歩き出した。
ミュールってやっぱり慣れない。やっぱりレディースのスニーカーに戻そう。そんなことを考えながら。
「あたしは、4年の遠藤由香子。あなたの名前は? 偽名でも良いけど」
「……1年の三枝翼、本名です」
ぼくを中性的にさせたひとつの要因。
名前が男性でも女性でもおかしくないことが、中途半端な場所に立たされる運命を決めた要因なのかもしれない。
目の前に出された紅茶。手を出さないのは、何となく警戒しているから。
「別に睡眠薬とか入れてないから安心してよ。
何も取って喰おうとも、大学事務局に着き出して追い出してもらおうとしてるわけじゃないんだし」
明るく話しかけてくる。こっちは少し落ち込んでいるのに。
「なんで……わたし……ぼくが男だって気づいたんですか?」
さすがに女装がばれたら「わたし」なんて言葉を使うわけにはいかなかった。
「……弟……まあ、今は妹なんだけど……ともかく身内にさっきいるって言ったでしょう?
あなたは仕草とか声が完璧だけど、そういう存在って雰囲気みたいなのが少し似ているの」
なるほど。ぼくと似たような人、ううん違う。ぼくよりも深刻な人なんだろうと思う。
そういう人が姉で、口調からも相談とかを受けて受け入れてくれているみたいで、とても羨ましかったりした。
「……ともかく、何でぼくをここへ連れてきたんですか?」
「君、友達いる?」
「いません」
「妹の友達になってくれないって言ったら嫌?」
「……そういうことですか?」
「そういうこと。前からあなたのことを見かける度にもしかして、って思ったのよ」
由香子さんはにっこりと笑って答えた。狭いキャンパスだからたぶん何度かすれ違ったはず。
だけどきっと自分は覚えていない。なるべく人と顔を合わせなかったからだけど。
「今は薬も使っているから体つきも女の子なんだけど、やっぱりなかなか友達は増やしにくいわよね。
今は夜にも働いてたりするんだけど、そういう人脈ばかりじゃ気持ちも続かないしね」
迷いは少しあった。目の前に彼女の印象はとても良い。
だけど友達になって欲しいと言われても、彼女のことも知らなければ妹さんのことも知らない。
それに弱みを握られているということを考えると、あまり有利な状況じゃない。そんな風に困っていると、
「ただいまー、ってお姉ちゃん、帰ってる? ボクお腹ペコペコだよ。何か、食べるもの無い?」
甲高い声が響いてくる。高い声は女性的になのに、口調は少し幼い男の子のような話し方だった。
やってきた女の子は由香子さんよりは幼い印象を与えるものの、より少年っぽいタイプの外見をしていた。
「あれ? 友達?」
「ええ、そうね」
いや、まだあったばかりだし。
「はじめまして。ボク、遠藤優です。よろしくね!」
この姉妹との出会いが、ぼく……またはわたしの運命を変えるとは思いもよらなかった。
結果として、彼女の弟もとい妹と共に、ぼくの今までの話をすることになった。
できればもう、家に戻らないことも。普段はほとんど女装をしていること。
女性になりたいかは迷っているし、異性愛者でもあること。
「難儀な心ね……ま、優も似たようなものだけど」
「そうだね、ボクだって言葉遣いは上手く直せないけど、気持ち分かるよ……」
どうやら優は自覚はしていても、言葉遣いや格好は少し男に見えるようなのを意識しているらしい。
「優は、もう胸とかかなりできてるんだけど、言葉遣いとか仕草はなかなか直せないのよね」
「頑張ってるよ……仕草とか歩き方はもう大丈夫だし、化粧だってお姉ちゃんにやってもらわなくても大丈夫だし」
「そうね、ふふふ」
とても楽しげに会話をしている。でも考えるまでもなく、この姉妹、さっきからしている会話が普通じゃない。
女装しているぼくが言うのもなんだけど。
「……ありがとう、話をしてくれて」
少し笑ったと思ったら、由香子さんは居住まいを正す。
「翼くん……それとも翼ちゃん、って呼んだ方がいいかしら?」
「呼び捨てで良いです。それがダメなら、後者で……」
正直、ここまで来ると男を意識させられることを選びたくなかった。
慣れたばかりの女言葉を使ったり、使われたりする方が落ちついたから。
「じゃあ翼ちゃん、一応あたしたち……主に優のことになるんだけど、聞いてくれるかしら?」
「はい……」
「あたしたちには兄がひとりいるの。もう就職して、結婚もしてる。結構、年が離れているわ。
それで、少し間を置いてあたしと優が生まれたの。あたしたちこれでも双子なの。
兄は常識的な人だった分、あたしたちは結構、抑圧された感じで暮らしていたわ。いわゆる親の比較みたいなの。
出来が良い子供、もしくは出来が良かった人間は子供に理想を期待するわ。でも、そんなの無理なのよ。
あたしは女子にしては活発すぎるくらい行動的で、小中高とバスケばっかりしてた。
それに男の子とつきあった事もあるけれど、女の子ともつきあった事があるの。
もちろん、どちらとも肉体関係があったわ。さすがに二股まではしなかったけど。
男女っぽいなんて陰口も叩かれたわね。つまりは貞淑で大人しい女の子じゃいられなかったし、
バイセクシャルだし、今では駆け出しだけどライターの仕事もしてる。
グルメレポから風俗店の取材までやっている。
それなりに稼いでいるから、親も文句は言わない。
まあ、結婚相手を探せって話は21歳なのに言われているけれどね。それで優のこと……」
そこで由香子さんは隣の優に視線を送る。
「大丈夫……」
優は首を縦に振って、少しだけ苦しそうに一言。少し話すことに躊躇いを見せた。顔を俯かせたままにして。
「優は、一応、それなりに男の子として活発にしていたわ。
まあ、あまり筋肉がつかないタイプだったのと小柄だったのが男としては足りないところだったわ。
その分、兄と比較もされたしね。中学生までは優も普通だったの。だけど……」
すると俯いていた優が顔を上げた。
「お姉ちゃん……ボクが話すよ」
明らかに由香子さんの顔は曇る。でも優は決意したような顔をしている。話慣れていないのかもしれない。
「……お姉ちゃんが中学生になった頃、ボクは身長はあまり無かったけど、それでも細身だったんだ。
それで……何となくお姉ちゃんの服を着てみたくなった。小さい頃からお下がりをしてもらったけど、
中学校の制服、女子のブレザーがなんだか羨ましくて……分からないんだ。男子のブレザーじゃなくて女子のブレザーが着たかった」
優は未だにそのことを不思議に思っていたのか、思案するも困惑が混じった顔をしている。
小動物のような顔、子犬のような顔をしている。
「それをあたしが見つけたの。最初は驚いたわよ……でも、その頃、あたしは女の子の方が好きだったし、
そういう気持ちが世の中にあるのも知っていたから、優にじっと聞いてあげたの」
「ボクは昔から男の子が好きな気持ちもあったんだ。でも、女の子も好きだったりする。
変なんだな、って思っていた。言ったら怒られそうだしね。だけど、男の子が好きだって意識すると、
いつも仲良くしている友達と遊びたくなくなってきたんだ。分からないけれど、
何となく意識しちゃって、恥ずかしくなってきて……」
彼女は、男の子も好き。ぼくは女の子が好き。似ているようで、少し違う。
「そういうときは何となく大人しくなってくるんだ。運動みたいなのもしたくなくて。
でも、小さいときは好きな人なんて簡単に変わっちゃうから女の子が好きになると、
逆に男の子らしく動くようになったりして、本当に不思議だった。だから、お姉ちゃんの服を着たときは、
ボクはどちらかって言えば女の子になってみたいなって気づいたんだ」
そして少し優は大きく息を吐く。
「ねえ、優。あんまり無理はしちゃダメよ。自分のことを話すのって大変なんだから。
翼ちゃんは、少し強い子だから聞けたけど、あなたはどこか無理しているところがあるわよ」
「……ごめん……お姉ちゃん、後、続けてくれる?」
「ええ……」
どうやら優には自分のことを話すのはどこか心苦しいところがあるみたいだ。
「……あたしね……優に女装をしてみるかって訊いたわ。そうしたら優は迷ったけれど、受け入れたわ。
身長はちょっと足りなかったけど、思ったより似合うのよ。
それで、思わず『女の子みたいね』って言ったら、優は『何だか落ちつく……』って言ったの。
まさかと思ったわ。もしかしたら、あたしたちは二卵性だけど本当は一卵性双生児で生まれてくれば良かったのにって。
つまりあたしが少し男っぽいところも、優が女っぽいところも、
元々はひとつになるはずだったものが欠けた状態でそれぞれ生まれちゃったのかもしれないってこと。
わたしは良いけど、優は女の子に生まれるはずが、男に作られちゃって、バランスが悪いままになっていたんだって」
中途半端な存在、まるでぼくみたいな存在。ああ、似たもの同士かもしれない。
だから由香子さんはぼくを見つけたのかもしれない。
「だから、あたしは優が望んだらいくらでも女装をさせてあげたの。
元々は化粧っ気なんて中学生だから無かったけど、ふたりしてスキンケアはしてきたわ。ね、優の肌ってきれいでしょう?」
少しはにかんだ優はチークとかで頬を染めているけど、すっぴんでも充分綺麗な肌をしていそうだ。
肌に関してならぼくより綺麗かもしれない。
「少し羨ましいです」
「何言ってるの。あなた、普通のナチュラルメイクでそこまできれいな子見たことない。
仮に女性用コスメ使っても優だって薬飲み始めてから、元々やってきた成果が発揮されてきたもの。
あなたの場合もそれ以上になってもおかしくないわよ」
薬。何だか、さっき聞いたときも思ったけど、何かを思い出しそうになる。何だったか。
「それで……話を、戻すわ。あたしも優もそれなりに普通に中学、高校と過ごしてきたけど、
あたしはバイセクシャルな自分に悩まなかったけれど……
まあ、両刀とかって陰口は受けてたけど……優の場合はあたしよりも風向き悪いわよね。
女の同性愛って、疑似恋愛とかって扱われるけれど……男の場合は疑似じゃなくて異常とかまで言われるものね……
ただ、不思議なのは優は女の子も好きなんだってこと。そうすると、やっぱり姉妹なんだって今なら思うわ……」
ふたりとも女に生まれて両性愛者なら、ほとんど同じだけれど、男に生まれてしまった優には風当たりが強い。
ぼくは男を好きになったことはないけど、少し気持ちの形がちがっていればそんな風に悩んでいたのかもしれない。
「優も迷っていたわよ。自分は男でいればいいのか、女になってみたいという気持ちもある。
だから、ふたりして同じ大学に進学して……色々と相談して……で優は女の子になることにしたの。
だから今までずっと女装して過ごしてきたんだけど、
ただ、今の優は気持ちが女の子に傾いているだけだから、
もしかしたら女の子が好きなってもおかしくないの……迷っている段階。それなのに本当はいけないのだけど……
優はある意味では風俗店のような場所で働いているのよ。それも相手は男のね……」
男が男に抱かれる。同性愛なら普通なのだろうけれど、優の場合はよく分からないまま女のように男に抱かれている。
「一応……そこは秘密のクラブみたいなところで、ストリップみたいなショーとかもやったりしている。
もう、本当に違法な場所。だけど、なんらかの理由で警察が介入とかしてこない。
ヤクザとかの関係もないみたい。もしかしたら、顧客は政財界の大物かもしれないって言われている。
あたしは、今のライターの仕事で特別に取材をさせてもらえたの。もちろん、相当な身体検査と誓約書とか書かされたわ。
編集者の人と興味本位で行ってみたけど、もしかしたら死ぬかもねなんて冗談言ったくらいよ」
まるでフィクションだ。だけどぼくたちの存在もよく考えればフィクションだった。
だけど、それは他人にとっての感情で、ぼくたちの中ではフィクションなんかじゃない。
「それで、今日は夕方からそこのバイトなんだ。かなり恥ずかしいことしてるけど、
顔がバレないようにはしてくれるし、一応、たくさんお金はもらってる。
ただたくさん貯金してるけどね。もし手術とかすると凄いお金が掛かるし。ボクは見た目は昔から変わらないけど、
これ以上、おっぱい大きくなっちゃったりしたらきっと実家には帰れないかもしれない」
「大丈夫よ。しばらくはサラシでも巻いておけばごまかせるわ。良いタイミングで独立すれば良いんだから」
まるで揺るがない姉妹。覚悟が決まっているようなふたり。
「とりあえず……これで長話は終了……あなたもひとりで大学通っていくのは大変だと思う。
事情知ってる人、優みたいに近しい存在……できれば、友達になってくれると嬉しいんだけど……」
「ボクも友達になってほしいな。仕事場の先輩達は優しいけど普段は付き合えないし」
「……上手く言えませんけど……少しずつ仲良くなっていきます……」
さすがに上手く言葉にできなかった。簡単によろしくお願いします、なんて白々しくて言えなかった。
それなのに、姉妹は揃って笑顔になって「よろしく!」とユニゾンした。
それからというもの、大学の授業の合間に暇があれば由香子さんと話す機会を設けた。
基本的に仕草とかは完璧だけど、化粧品とかの話ができる人が少なかったり、
優と一緒に安くてデザインの良い古着屋――3990円が300円!――を紹介してもらったりと、
簡単な悩みはすぐに解消されていった。
由香子さんはライターとしての仕事が忙しく、残りは卒論のみ。
優は元々はぼくと同じ看護師の道を目指していたけれど、今は栄養士や養護教諭の資格を取るために準備中だ。
一年生の間だけ休学をしているので、優の外見は入学時とはとても違う。
写真を見せてもらったら、入学当初は大人しそうな少年から快活で少年のような女の子に今はなっている。
どうやら気持ちを解放すると印象も大きく変わるみたいだ。まるで同じ人だとは思えない。
由香子さん図書館の人気の無い席に並んで座っては小声で話す。さすがに「わたし」という一人称を使って。
「しかし、仕事上で女装家の人と合う事もたくさんあるけど、翼ちゃんクラスはなかなか居ないわ……本当に女装歴三年くらい?
よく最初の頃からばれなかったわね」
「そうですね……顔がこんなだからだと思いますよ。後、化粧もネットからの知識だけど丁寧にやったから」
ぼくが女装して外出をしたときは心臓が止まるんじゃないかなんて震えたものだった。
だけど、今ではほとんど自然に歩ける。
「パッドとかずれない?」
「ブラジャーのサイズが会えば大丈夫です」
優とはちょっと違う女装の仕方に興味があるらしい。彼女はあまり胸が大きくならないのかボーイッシュに女装をしている。
「髪の毛、ウィッグでしょ。地毛も伸ばしていくつもり?」
「もちろんです。でも、まずは段階を踏みます。今は短くしているんですけど、
使ってるウィッグをショートに変えて伸びるのに合わせてウィッグを変えていくことは考えています」
「なるほど……あたしは最低限、女らしくはしているけれど、翼ちゃんと話をしていると細やかに考えていて、
本当にあなたの方がよっぽど女子力高いわ……感心するくらい」
それを言われると何とも言えない。でも、由香子さんからは男らしいというよりも、
しっかりとしたが普通より強く印象付いているだけのような気もする。がさつでもいい加減でもないし。
むしろ優に対する態度は確実に妹に接するお姉さんだった。
「ところで質問……翼ちゃんは、女の子とセックスをしたことはある?」
「あります……男とはしたことないです」
「ふーん……どうだった? 悲しくなったり、気持ち悪くなったりしたの?」
「嬉しかった、とは思ってます。だけど……何だか、どこか心が空っぽになっていったりしてました。
わたしが彼女のことを好きでいてくれるのは彼女も分かっていましたし、告白をしてくれたのも彼女でした。
だけど、彼女はわたしが彼女ではない誰かを見ていると思ってるという指摘をしました。正解なんです。
わたし……彼女を抱きながら、自分が誰かに抱かれて穢されることばかりどこかで考えていたんです」
自分が犯されたいという欲望。女にしては底の浅い欲望。だけどぼくは生き物としては男だった。
「……ねえ……翼ちゃん」
「なんですか?」
「あなたとセックスしてみたい」
「……それって、どんな理由があるんですか? 性欲が湧いたんですか?」
すると由香子さんは目を閉じて黙る。元々が静かな図書館棟。最上階のこの部屋に誰かがいたとしても、物音ひとつしない。
勉強机に向かっている人たちもぼくたちがこんな話をしているなんて夢にも思わない。
「そうよ。正直に言うわ。あなたのことは好みのタイプ。女装しているからじゃないわよ。
あたしは男だったら中性的な子が好きなの。特に翼ちゃんや優みたいなのが」
そう語る彼女は少し寂しそうな顔をした。
「わたしを、優の代わりにでもしたいんですか?」
「ああ、厳しいな……そういうことじゃないの。確かに、優とは何度かやっちゃったこともあるけど、
優が薬を使うようになってからは止めたわ。何よりも、お互いに近親相姦を続ける覚悟も根性も無かったから。
優が普通の男の子だったら続けたのかもしれないけれど……それとは別に、
あたしは男の子は今まで三人つきあったけど最初の人以外は、君や優に少し近い人を選んでたの。
でも、ふたりともあたしと一緒にいると自信が無くなってくるって、去っていったけど……
やっぱり男の人なんだとは思ったけれど……」
そういう彼女は確かに魅力的な身体をしているのかもしれない。身長は高く、それに細身。
だというのに胸とお尻の丸みは理想的な形。均整の取れた体型という言葉が陳腐に感じるくらい。
まだ、ぼくの心には男の要素がたくさん残っているみたいだ。
そして、彼女に振り回されることは男の自尊心を傷つけるのかもしれない。
男らしくないぼくはそんなものは持ち合わせていないし、優もきっと持ち合わせていない。
そういうことを考えれば、ぼくが誘われるのは間違いではないような気がしてきた。
「分かりました」
「えっ……良いの?」
「その代わり……しばらく振りだから、ちゃんと勃起するか自信無いですけど」
そう言うと彼女はクスクスと見た目に似合わず可愛らしく笑った。それもかなり長く。
どうやらツボに入ってしまったらしい。よく分からない。
男に触られるのが嫌だった。ぼくが女の子が好きだという理由とは別に、先天的に男に触られるのが嫌だった。
クラスメイトでそれなりに長くつきあいがあったりするなら別だけど、
短い期間しかつきあいの無い相手では、接触するだけで嫌な気分になった。
特に体臭のような物が特に嫌いだった。運動部に入らなかったのもそれが理由だった。
だけど、小さな頃から女の子に触れられるのは大丈夫だったし、
女の子が好きになっていったから、ぼくの微妙な性的嗜好は固まってしまった。
ところで、少し自分のことを男らしいといった由香子さんの場合、触られた場合はどうなるんだろう。
まだ、ほとんど触れ合ったことすらない。だけど、横に座って話している限り、不快さは少しも感じない。
それくらいのつきあい、それも会って一週間くらいの人だというのに欲情されて、
セックスを要求されるなんて想像もつかなかった。
「クレンジングオイル使う?」
「良いんですか? 女装のままの方が……」
「別に女装してるからあなたとセックスをしたいわけじゃないの。それに肌荒れさせるなんて嫌よ。
女の子とつきあったときなんか、逆にあたしが押し倒されたことあったけれど、
彼女なんか性的に盛んすぎて化粧は薄かったけれどクレンジングとかちゃんとしてなくて、肌荒れ起こして大変だったのよ」
経験豊富だとそれなりに色々な体験があるものか。でも、由香子さんが押し倒されるなんて女性の方が逆に肉食獣みたいだ。
ああ、それが肉食系女子とかいう人なのかもしれない。ただ、それを言ったら由香子さんだって早速、
ぼくを捕食しようとしているのだから同じようなものかもしれない。
彼女が先にシャワーを終えている。季節は春でもまだ寒い。
さすがに由香子さんも裸で待つつもりはないようでジャージに着替えてぼくがシャワーを浴びるのを待っている。
実際問題、家に帰らないとクレンジングオイルが無い。
いつもと使っているのと違うのが少し不安だったけど、思いの外、しっかりとメイクが落とせたので少し驚いた。
そしてシャワーを浴びて丁寧に身体を洗った。時間を掛けたせいか、
洗面所から出てきたときには「そこまで丁寧に洗わなくてもいいのに」なんて笑われた。
「うん……スッキリした顔している……ウィッグに合わせてやっぱり髪の毛は短くしてるんだね。
セシルカットみたいだけど、その短さでも上手くやれば女の子に見えなくもないね」
「はい。そろそろ、この長さに近いショートカットのウィッグを用意しないといけないです……」
そう答えながら彼女の手の平がぼくの頬に触れる。
右手で左の頬を。視線はぼくを見据える。快活な表情が能面のように無表情になる。
瞳が何かの光に反射したような輝きを一瞬だけ見せる。
「――綺麗ね」
少し背筋が寒くなった。今、ぼくはノースリーブでボーダーのワンピースだけだった。
だからといって寒がるほどの気温でもない。
彼女の中の何かにスイッチが入ったという確かな感触がその手から伝わってくるような気がした。
「脱ぎましょう」
誘うように、促される。
彼女はジャージの下を脱ぎ、ジャージの上のジッパーを開きぼくを見つめる。下着は着ていなかった。
やはり由香子さんの裸は見事なバランスだった。
着やせするのか思った以上に巨乳で、Dカップ以上はあるようだ。そして身長はぼくより高く、脚も驚くほど長かった。
「ねえ、脱ぎなさいよ」
思わず固まった。でもすぐに我に返ってワンピースを脱ぐ。
「やっぱり細い身体をしているのね」
また頬に手を当てて首からなぞるように指を這わせ、鎖骨に触れる。そして軽く擦るにように指でなぞる。
骨の感触がなんだか不思議だった。痛みとは違う、恐怖はあるのに甘い気分にさせられる。
左手は腰に回されていた。
「ねえ、もっと見て」
さっきから至近距離で視線を合わせていた。それでも尚、見ろと言われ顔を近づけようとすると、唇が触れる。
そして舌が、彼女の舌がぼくの上唇を舐める。未知の感触に思わず唇と唇の間に隙間が生まれた。
言葉は発する暇すら彼女は与えない。舌が口腔の中に入ってくる。押し止めることはできないかった。
彼女の目的は、舌が目指すものがそれ自身であったら、意味など成さない。そしてその乳房がぼくの胸に押しつけられる。
いつのまにか、彼女の左腕は脚の太股をなぞりながらペニスに近づけていこうとする。
なのにまるで焦らすようにしていつまでもたどり着かない。
今、下半身がどうなっているかがあまり意識できない。
口腔内を犯される感触はまるでお風呂でのぼせるように意識を薄くさせている。
そして、いつのまにかぼくの舌が彼女の口腔内に取り込まれている有様だった。
じゅるるるっ! という音を立て、彼女の口はぼくの舌を吸い、解き放った。それと同時に彼女の右手はぼくの左乳首を摘む。
「はぁっ……」
思わず声が漏れる。
「さっきから乳首ピクピクさせててたわよ。薬使わないで、こんなに乳首大きくさせるなんて、凄いわよね……」
羞恥心が刺激される。そんなわけがない。目の前の本物の乳房の頂点で反るような勢いで勃っている乳首と比べたら、
ぼくのものはただプクッと膨らんだだけのもの。だけど、思い出せばこんなに目につくほどの大きさではなかった。
「ふんっ……はっ……やっ……」
「乳首弱いんだね……本当に乳首だけでオナニーしてたのね……乳首だけで射精とかしたことある?」
言葉責め。そんなことされたこと無い。さっきから乳首ばかりで吐息が漏れる。喘いでばかり。
いつも自分が弄るときは慎重に、時には強く、より強くばかりだったのに。
まるで反応を試すように、どうすれば感じるかを確かめるように弄られる。
強さよりも、感触があるかどうか、その微かな感触があるたびに頭の奥が締め付けられる。
「んっ……そんなの……したこと、ないです……」
「へー……俗説なんだね。前に取材したお店だとそこまで行く人いたらしいけど……
まあ、男で握れるサイズの乳首してたら射精もするか……このおちんちんみたいに」
「むっ……んんっんんっ!!」
急に睾丸を撫でられる。快感が背中にかけて軽い電流が流れるみたい。
「さすがに小さいけど、硬さは立派……ああ……言い方間違えたわ。
クリトリスだったわね。さすがに仮性包茎なのはしょうがないけど……知ってる? クリトリスにも包茎ってあるのよ」
嬲られる、という言葉を始めて自覚している。
「言い方変えるだけで硬くするなんて、最初からそういっておくべきだったわね。ごめんね、翼ちゃん」
また背筋に電気が走る。ぼくは、この人に抱かれている。こんなに執拗な愛撫をされたことは初めてだ。
カホとセックスをしたときは、もう挿入していてもおかしくない時間が経過している。
頭がずっと痺れたままで、背中に電気が走る度に頭の奥が締め付けられる。
「気持ちいい……」
思わず言葉にしてしまった。語彙も何も無い。ただ思っただけのこと。いつもの自分なら、そんな言葉なんて使えなかった。
「……だって、あたしはあなたを女の子を抱くときと同じように愛撫しているのよ……
翼ちゃんは、女の子に生まれなかった女の子だもの。男の子よりも気持ち良いに決まっているでしょう?」
そうだ。レズビアンのセックスは指か道具を使わない限りは果てしなく続く。
その執拗なまでの愛撫と接吻が身体を湿らせ、心を湿らせ、ひとつの植物のように絡み合って、その快楽を共有する。
ああ、それだ。ぼくは、そんな感情を求めていた。誰かを一方的に抱くのではなく、
こうして抱かれて絡み合うだけでぼくの鼓動は今までに無い高ぶりを感じた。
「ああ……凄い……心臓の音。あたしにも聞こえる……」
ふと、由香子さんがいつもの声に戻る。乳首をくすぐる右手も、ペニスをいじる左手も止めて、
その大きな乳房をぼくに押しつけた姿勢のまま。
「……由香子さん……今度はぼくにキスをさせて……」
「良いわよ……」
繰り返される口腔の愛撫。今度はぼくが攻める番だった。
さっきの彼女のようにはいかないまでも、舌を絡ませ、歯茎を舐めて意表を突いて、彼女の摘む。
「ひゃんッ!」
さんざん彼女に弄られて、こうして逆転とまではいかないけれど、
由香子さんを気持ちよくさせることができると、よりぼくは嬉しくなる。
自分が気持ちよくなるために、由香子さんはぼくを支配するように抱いてきたけど、
それに何もしないまま受け入れるほど、ぼくだって任せっぱなしじゃない。少しはお礼をさせてほしい。
「もう!」
そんなことをしたら、今度は彼女がぼくの顔を抱え込むようにして、逆にまた舌を求めてくる。
それからお互いが呼吸困難になりそうな勢いで舌を絡ませジメッとしたくらいの重いディープキスを繰り返していた。
朦朧とした意識の中で汗ばんだ彼女の身体から甘いミルクのような体臭を感じたら少し頭の奥が痺れた。
「……シックスナイン、したことある?」
「ないです……」
さすがに酸素を求めてしまい、抱き締めあいながら床にへたり込んでいる。
挿入もしていないのに、ここまで汗だくになったのも始めてだ。
「ベッドに行くわよ……」
「はい……」
たぶん、ぼくをまた喘がせるんだ。
由香子さんは少しさっきまで素に戻った表情から、最初の頃のぼくをどう喘がせようかと企んだ怪しい瞳の光を取り戻していた。
ふたりでベッドに腰を下ろすと、由香子さんは枕の側に転がしていたペットボトルのスポーツドリンクを一気に半分ほど飲み干し、
それをぼくに押しつける。飲め、と言わんばかりに。さすがにぼくだって脱水症状で倒れたりはしたくなかった。
「……ふぅ……」
残り半分のスポーツドリンクを飲み干したところで、由香子さんが「大丈夫?」と問いかけてきた。
瞳には妖しい光が残っている。それはまるで、体調の心配をするよりも続きができるかどうかの確認でしかない。
また、頭の奥が少し締め付けられた。痛みよりも甘美な感触がすることを今なら確信を持って喜べる。
ベッドにぼくが横たえられる。そして、由香子さんがぼくの顔面にに股間を押しつけるようにしながらまたぎ、
ぼくの股間のペニスを口でくわえ込んだ。
正直、フェラチオという行為自体は知っていて、カホもしてくれたことがあった。
でも、どちらかというとあまり気持ちの良い感触はしなかった。
どちらかというと、女の人が苦しむ構図ばかり想像して、好きになれなかった。
「……んっ……ぷはっ……さっきより落ちついている割に、クリトリスは勃起したままね」
少し冷静になった気持ちから熱っぽい気持ちに揺り戻される。
「あまり……好きじゃないのね……なら……もっと強めにするわよっ!」
すると彼女はぼくの顔面に股間をヴァギナを押しつけてくる。
「気持ちよくして欲しかったら舐めなさい」
その言葉の直後にペニスの先端に痛みと快感の中間のような刺激が襲う。
それが引き金のように喘ぎそうになった口をそのまま割れ目に押しつけた。
舌を意識的に絡め合ったのと違って、今度は自分の舌でどれだけ彼女を高められるのか、という課題を与えられているようだった。
クンニリングスはカホには何度もしたことがある。それだけで彼女は簡単に濡れてしまっていた。
だけど、由香子さんは舐めた途端にベチャッと濡れていた。それほど彼女は興奮をしていた。
とにかくぼくは彼女の愛撫に応えるために口と舌を使って奉仕に努めた。
「んっ……犬みたいね……そんなに舐めるの好きなの? そんなにっ……あたしのおいしいの?」
問いかけられるけど、応えられない。舌は相変わらず彼女が滴らせる蜜のような粘液を舐めるばかりで、
少しでも引こうものなら彼女はさらに顔に押しつけてこようとする。
「……ふっ……ん凄い……こんなに舐めてくれるなんて……」
少し彼女の勢いが引いた。押しつけられる感触も少しだけ弱まる。
そこで少し冷静に、彼女が今まで身体を重ねた相手にここまで求めていたけれど、応じてもらえなかったことに気づく。
優にも、彼女はさっきまでのような勢いで責めるのかな? そんなことを思いながらいきなり強くヴァギナに唇で吸い付いてみれば、
「ひぃんっ!」
言葉にならないような甘い悲鳴を上げる。その拍子に彼女は腰を浮かせた。
ぼくはそれを見逃さず、彼女の割れ目の端にささやかに存在する本物のクリトリスにしゃぶりついた。
こんどは叫ぶように段々と掠れていきながら「ひぃんっ!」とさっきと似たような言葉にならない悲鳴を上げる。
何だか楽しくなってきて、しばらくはクリトリス周辺を舐めたり啄んだりしながら、彼女の嬌声を楽しんでいた。
いきなり股間というよりお尻が押しつけられてきた。それこそ体重を殆ど押し込むように。
やっと少し軽くなったと思い、少し視界が戻ってきたと思ったら、
体勢を立て直した由香子さんがぼくのお腹の上に馬乗りになって見つめていた。
「……さすがにイキそうだったわ……」
「ダメ……でしたか?」
思わずやってしまったことだけど、さすがに彼女が望んでいるかは別だったら。
「嫌じゃないけど……どっちかっていうと、今日はあなたがどんな反応をするか試したかったのに、逆にやられて、何か悔しい」
思わず笑う。ちょっと彼女の気持ちを邪魔したけれど、それがぼくの為を思っていてくれると、やっぱり嬉しかった。
「ちょっと……笑う? もう……犬みたいって扱ったからって、あなた舐めすぎ。まんこの周り唾液だらけ……」
そう言われて、少し顔を起こすと彼女の太股の付け根は唾液と愛液でてらてらに光って見えた。
「……電気消して良い?
「グロウランプだけ残してもらえます」
「良いわよ。まあ、カーテンが遮光じゃないから真っ黒にはならないけれど」
何気ない会話だというのに、これから何をするのかがお互いが分かっているみたいだった。
部屋の中が薄暗さよりも少しだけ闇に染まり、仄かなグロウランプと窓から微かに入る光だけが完全な闇一色に浸食されずに、
うっすらと視界を最低限、維持させていた。
「上が良い、それとも今のまま? それとも今だけ男に戻ってみる?」
馬乗りのまま、少しだけ神妙な声で囁いてきた。
「今のまま、下で」
「ちょうど良いわね」
すると彼女はぼくの耳許にから顔を上げて、少しだけ位置を後退させる。
そして、少し体勢を上げたのを見て、繋がる――と思った瞬間、微かな痛みがした。
その瞬間にぼくのペニスは彼女の中に挿入された。
「ふふっ……ちゃんと勃ってたわよ。始めてのゴム無しはどう?」
「……よく、分からないです」
正直、言えばかなり気持ち良い。カホとのセックスのときは絶対にコンドームは使った。
彼女が安全日だから、なんて言ったときもぼくは譲らなかった。
そういえば、別れが近づくに連れて、そんなことは彼女はそんなことを言ったような気がしていた。
あれはあれで独占したい欲求だったのかもしれない。
「……あっ……あなたのクリトリス、本当に硬いわね……」
「あっ……はい……んっ……」
由香子さんはピルを常飲している。さっきも見せてもらった。
風俗店とかの取材で歓楽街とかを訪れる際、たまにひとりでいたりすると危ないからという理由だ。
だから、ぼくにとってはコンドーム無しの性器を粘膜で完全に繋げる行為だった。
そんなことを思った瞬間、動かないで良いと言われたはずなのに、勝手に腰が動き出した。
「んっ……マグロのつもりだったのにっ……動きたくなったの?」
「違います、抱き締めさせてください……」
すると彼女はさっきから上下、前後に動かしていた身体を止め、そのままにぼくの両脇に腕を差し込んで抱きついてきた。
吐息が荒い。
「どうしたの? あたしのなか、そんなに良かったの?」
「はい……だけど、もっともっと繋がりたくて……」
ぼくの吐息も荒い。
「心配しないで。あたしは消えたりしないし、こんなに気持ち良いのは優以来よ。次だってあるつもりだし」
「次?」
まさかと思ったけど、彼女は次の機会も求めている。
「あなたと、あたしが憎しみ合わなければ、そういう機会だってあるでしょう?」
かなわないな、とため息。そして彼女は再び、元の姿勢に戻って腰を動かす。
そしてぼくも合わせるように腰を動かす。騎乗位なんて始めてでタイミングが難しい。
「はあ……うんっ……」
「んんっ……ああ……ううっ……」
下半身が熱くなってきた。アナルを使ったオナニーは続けているけれど、ペニスには殆ど触れていない。
勃起もそうだけど射精できるか少し心配だった。
だというのに、彼女の中に入ったぼくのペニスは確実に絞り出されるように締め付けられている。気持ち良さが収まらない。
「っつ……ああっ……」
もう彼女は言葉にならない悲鳴ばかりを上げている。ぼくも何度も呻きながら腰を動かしている。
心も身体もどろどろに溶けてしまいそうだった。
女装してアナルオナニーしたときよりも、カホとセックスしたときよりも、
由香子さんとセックスしているのが心の底から気持ち良いと思える。
「ああっ……ダメ、翼ちゃん……」
「んんっ! 由香子さんっ!」
腰を緩めないで強く押し込んだ。
「ああっ! あーっ! あーっ!」
急にペニスがきつく絞られ、思わず「ううっ!」と呻き声を上げた瞬間、
目の前で背中を反らせながら嬌声を上げた由香子さんが倒れ込んできた。抱き留めて、彼女の胸の感触を認識した瞬間、
「っつ、ああっー出るっ!」
と叫びながら彼女の中に男としての欲望を流し込んだ。
いつ以来の射精かも覚えていない、とてもとても長い射精だった。
由香子さんの中とぼくの精液が絡まったまま、とてつもない熱さがそこに留まっていた。
終わった後、ベッドに寝転がりふたりで向かい合いながら話をした。
「由香子さんって……Sなんですね」
「そうなの。やっぱり、男の子とつき合ってたときは、いっつも上だった。
だから自信無くして、みんな去っていくのよ……
女の子の場合は、逆にがっつき気味に責めてもらいたいみたいだけど……あたし、恋愛に関しては本当は受身なんだけどね」
なるほど。普段とベッドの上では大分違うってことか。
「でも、あなたは思った以上に自分がMだったということよね。それに女の子が好きだからといって、男性機能もちゃんと働く」
「認めます……」
正直言えば、自分の男性である部分を否定したかったのに、それで喜んでしまうのはとても矛盾しているようなことだった。
「ところで……やってみて、女装を止めたいと思ったりする?」
「しません。やっぱり今のぼくは女装している方が自分らしいです」
今ならハッキリと言える。
「なら、女の子の身体になってみたい?」
「……確かに、ぼくは胸も欲しいし、できれば女の子らしい身体になりたいです。
ただ、今すぐ性転換とかしたいとは思えないんです。なんだか、耐え難いレベルには到達していないという意味で」
少し意外な問いかけだった。男の部分を求められているから、
それならこれからも中途半端なままでいることを求められているのかもしれないって思った。
「あのね、あたし、優のことでまだ話していないことがあるの」
「それって……」
「優は薬は飲んでいるけれど、女性ホルモンとかを飲んでるわけじゃないの。少し前にニュースになったから知っている人もいるけど、
ジェミニホルモン剤っていう新薬を使っているの。それは、男性機能を維持させたまま肉体の女性化を図るっていう薬品」
その話を聞いて思いだした。昔、テレビのドキュメンタリー番組で取り上げられていた。
「それって、性同一性障害の人が子供を残したいからって……」
「知ってた? そう。その薬は性同一性障害でホルモン治療をしたら不可逆になったりする。
なら、似た効用で場合によっては戻れるようにできるという効果を求めて研究されたの。
例えば、思い違いとか性同一性障害の誤診もあるくらいだから。
さすがにおっぱい大きくなりすぎると戻るときに切除手術とかしないといけないらしいけれど」
そういえば、あの頃の自分が女装に傾倒していったひとつの原因があのテレビの話題だったかもしれない。
でも、それが処方してほしいほど心が女じゃなかったし両親にも話せなかった。
「……その薬の処方をしている先生を知っているの。取材の関係だけど、基本的に性同一性障害とかの診療をやっている専門医。
いつもは別の大学で教えたりしてる。ただ、一部の知り合いに、性同一性障害だということにして、薬を処方したりしているの。
大体は、翼ちゃんや優みたいにどちらか気持ちが分からない人向けにね。そして、一部の処方を受けた人は、
その代価として闇のショーに出てもらうことにしている……」
それって、優が行っている。
「もう分かったでしょう? あたしはあの店の取材のときにその人と会ったの。
そして、優のことを教えた。そしたら、自分だったら処方することはできるって。
何しろ、この店の出演者は、大方がその薬を使っている。政治家も社長も一部には相当な変態が多いからなんて言ってるし、
その薬の効果を確認することもできる。だから、特別に健康診断もタダでしてもらえる。
その先生は製薬会社と研究者とそのお店全てと関わっているから」
もしも、ぼくがそれを望んだら。
「言っておくけど、あなたが望むなら処方してもらうことはできる。もちろんある程度の健康診断も必要だけど。
それにショーに出るのは絶対じゃない。優の場合は手術も考えてるから。それに、あなたの薬の費用を折半しても良いと思っている。
あたしは優を紹介したこともあって、少し安く提供してもらってる」
「でも……なんで、そこまで……」
すると由香子さんは大きくため息をついた。
「……自分から言うの始めて。三枝翼さん、あたしはあなたのことが好きです。つき合ってください」
少し芝居がかったくらいの台詞。でも彼女は少し顔が強ばって少し困惑したようにはにかんだ。
「……もしかして、優の友達になってほしいというのは……」
「本当に、半分は口実……あなたを見て、とても好みだったし、もしも仲良くなれたら、
あたしみたいな……こういう関係続けられるかなって……」
「決め手、みたいなのは何ですか?」
「今日、さっきまでの時間で。何度か、あたしにお返しをしてくれて、ただ自分が受け入れるだけで終われない、
って感じに動いたのはあなただけ。それにいつも話していても、ちゃんと目を見て話してくれる。
よく気が利くし、物腰も柔らかい。こんな男の子見たことがない、って思ったの。
嬉しかったの。こんなに一緒にいることが落ちつく子って今まで会ったことがないから、
っていうことにしておいてくれないかな? 言葉に上手くできないから」
不思議と目の前のひとをかわいいと思えた。しっかりもので、自分の意志は明確なのに、
こんな肝心なときに限って不器用だなんて。
そこでやっと気づく。ああ、この人もかつて少女であった女性なんだと。
そう思うと、とても愛おしくなる。気づいたら頬に優しく口づけてしまった。
もう、ぼくはこのひとが好きになったんだと自覚する。
「ありがと……」
「かわいいです。とても」
「あたし、年上よ」
少し不満そうに呟く。
「良いんです。しっかりもので、ちょっといじわるで、でも心根はとてもかわいらしいのが由香子さんなんだって知れて」
こんなに落ちついた気持ちになれたのは始めてかもしれない。
気づいたら由香子さんがぼくの身体を抱き締めてくる。細身でスマートだと思っていた身体なのに、
胸のボリュームは充分で、二の腕の柔らかさが腋に当たる。裸で抱き合うのって気持ち良いんだ。
「ねえ、翼ちゃん……」
「なんですか?」
「いつかこっちの方ももらっていいかな? まだ、誰かに触らせたことは無いんでしょう?」
気づいたら、彼女の指がお尻の割れ目に触れていた。
たぶん、体勢から見えないけれど、彼女はあの怪しい光を目の中に浮かび上がらせているのかもしれない。
これから、きっと楽しいけれど、しばらくは大変なんだろうな、と少しだけため息が出た。
「見つけた」
「んっ……」
でも少し期待もしていた。
その診療所はビルの六階にあった。ぼくたち三人は、本日休診と表記された置物を避けて、部屋の中へ入った。
「久しぶりですね、由香子さん」
入ってすぐに出迎えたのは女医だった。体型は小柄で少し白衣が大きいのではないかという印象を与える。
シニヨンで髪の毛をまとめている。少し童顔な顔でその大きなメガネがその印象を強くしている。
「先生こそお元気で」
「今日は、優ちゃんのカウンセリングと……そちらの……彼女のことでしたよね」
その人はそこで始めてぼくに目線を送ってきた。童顔な印象があったのに、少し不審な顔をして見つめる。
どちらかというと慎重過ぎるきらいがあるのかもしれない。
「……見た目は充分合格ですね。興味本位じゃなさそう。なるほど、由香子さんが連れてきただけのことはありますね」
「別に、こういう子を斡旋しているわけじゃないんですけど……」
さすがの由香子さんも苦笑いだ。今の言葉のニュアンスではそう聞こえてもしょうがない。
少しこの先生はやっかいな性格をしているかもしれない。
「とりあえず、優ちゃん。奥で神原くんが待っていますから、行ってあげてください。紅茶用意させていますから手伝ってくださいね」
「はいっ」
楽しげに優は奥の部屋に駆けるように行ってしまう。
「さて、立ち話も何ですし座ってお話をしましょうか」
彼女に連れて行かれたのは応接室だった。特に調度品も置かれていないシンプルな部屋。
シンプルな二人がけのソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに置かれた部屋。
「自己紹介がまだでしたね。私は、牧村つぐみ。この診療所の院長で一応、専門は形成外科と婦人科。内科もやっています」
「三枝翼です」
「じゃあ、翼さん……あなたは女の子になりたいということで、本当によろしいんですね?」
「……はい」
すると牧村医師は、ふぅ、と大きなため息をついた。
「正直、まだ患者数が少ないから推奨はできません。
それに三十歳くらいになったらどちらかの性を選んでもらわないといけないものです。
やっぱり、普通の身体に両方の性を併せ持つのは難しいのが現状ですから」
どっちになるか、それを選ぶのがぼくにとっての問題だった。女性になるのは、まだ男の要素が残り過ぎている。
「……だからこそ、この薬の意義があるのでしょうけれど」
テーブルの上に出されたのは薬剤の入った銀のシートだった。
「三枝さん……あなたは、ゲイではないそうですね」
「はい。性的嗜好は、女の人が対象です」
「なら……仮にあなたが女性になることを選ぶことは、レズビアンになることを選ぶことになります。
そうなれば、子供は残せません。そして、男であることを選べば子供を作ることはできます。
そして、今のあなたはそれでも女性になりたいと思いますか?」
多分、ここが迷いどころだな。
「ないたいです。ただ、分からない部分もあります。ただ、望めるなら、その薬を処方してもらいたいです」
正直なところだ。身体を女の子にしたい。だけど、簡単に決めるようなことじゃない。でも望めるならば。
「まあ、急げとは言いません。それに今日は、まだ処方はしないつもりでした。
まずは血液検査をしてみてある程度、用量を決めることにしましょう」
そして話が一段落ついたところで、応接室には優が紅茶を持ってきた。
その後ろには穏やかそうなメガネの白衣を着た青年が入ってきた。彼が先ほど、神原くんと呼ばれた人だろう。
「初めまして。カウンセラーの神原です。主にカウンセリングなどを行ってます。一応、牧村先生の助手みたいなものです」
「初めまして……」
「神原さんの紅茶はおいしいんだよぉ」
さっきから優は紅茶と神原さんを交互に見ては少し嬉しそうにはにかんでいる。あ、彼のことが優は好きなんだ。
「とりあえず、紅茶を飲んだら、血液検査を行いましょう手早くやらないと次の患者さんが来てしまいますからね」
休診と出されていたのは、彼女が普通の医者として活動の意味である。
今日は予約制で薬の処方や健康診断を行う、ある意味ではぼくの仲間のような人たちの専用の曜日である。
その日、ぼくと由香子さんだけが先に帰る形になった。
「優は……あの神原さんのことが好きなんですね」
「分かった? そうね……本当はいけないことなんだけど……」
カウンセリングを行う人間同士が必要以上に関わることは共依存という問題ある行動らしい。
「優は、アパレルブランドのデザイナーに気に入られて、よく抱かれているみたい。
でも、その人のことがあまり好きじゃなくて、ボーイッシュなのを無理に少女に演じるように強制されたりして、
まいっちゃったことがあるの。それで、しばらくは休んで神原さんのところに通うようになって……」
「吊り橋効果って奴ですか?」
「正解。優の場合は、依存しやすいのよね。あたしに近親相姦し続ける覚悟があったら、きっと果てしなく堕ちたと思うわ……」
ぼくたちは、お互いに好きだから、という共通の繋がりがある。でも、優の場合は好きだということは依存をしないといけない。
そういう意味では優の少年のような部分は虚勢を張る女の子のようなものに見えてくる。
「……今日は、泊まっていっても良いですか?」
「いいわよ」
つきあっているからって毎日会えるわけじゃない。
由香子さんは大学を卒業したら就職しないでライターの仕事でしばらくは食べていくつもりで、日夜都内を駆け巡っている。
タウン誌から風俗まで取材できるのが彼女の強みだそうだ。
時にはレズビアン向けの風俗店で、自ら体験取材をしたこともある。
実際問題、そういうことができる人がいないため、自分からそういうことを申し出たときには編集者が驚いたそうだ。
そういう話を聞くと少し嫉妬する。
そして時たま卒論のために学校に来たりしている。
一応、それなりに稼いでいるけれど、卒業したら仕事ばかりになりそうで、卒論を理由に適度に休みは入れている。
卒業間近になったら会えなくなるかもしれない。それも少し嫌だな。
「さって……今日は、昨日届いたバイブを試してみない?」
「はい……」
いま、ぼくと由香子さんはアナル調教に夢中だった。
昔からお尻の調教は試していた。実家だとあまり数を揃えると見つかったときとかまずいから、
小さなプラグを幾つか入れるようなことを何度もしてきた。プラグを挿入したまま眠ると、
拡張が短気で順調にいくということも知ってからは何度も試した。
でも、そこまで徹底してやっていたわけじゃない。月に何度か。そして、ここ最近は週に二回から三回は。
「さあ、今日も翼ちゃんのおまんこ確かめさせてもらうわよ……」
例の如く、Sっ気全開の由香子さん。今日のぼくはそれを言われるだけで興奮する。
何しろ、いつものセックスと違って最近のアナル調教では、
もっぱら下着女装――もちろんウィッグと化粧もしている――で行っている。
アナルに関しては優の調教をしたこともあるらしく、前立腺の位置とかもすぐに見つけられる。
そして彼女の指はとても長かった。ラテックス性の手袋に包まれたそれはとてもしなやかにぼくのお尻を犯してくれた。
自分の指よりも的確だから、最初に入れられたときは声も出してしまった。
「まずはゆっくりね」
ローションをぼくのアナルの周辺に馴染ませるように塗り込む。
そして、少しずつ柔らかくなってきたところで、
少し開いた窄まりに多めにローションをかけた人差し指と中指を何度か浅めに抜き差しを繰り返して、ある程度緩んだところで、
ゆっくりとでもしっかりと奥まで入れてくる。
「相変わらず、きつい締め付け……それにとても熱い……」
それは自分で触ったときも思った。自分でこんなに熱くしていたら、他人に犯されたらどんなに熱を帯びるだろうって。
ゆっくりと直腸の奥へ進もうとする指は締め付ければ締め付けるほど、由香子さんのそのしなやかな指に形を感じさせてくれる。
「あたしの指はおちんちんと同じなのよ。だって、何人も女の子のおまんこに差し込んで、喘がせてあげたの……」
レズビアンにとっては指でセックスをする。だから由香子さんはネイルとかには凝らない。常に深爪にしている。
手袋をしているからとしても、それはマナーであり、自分の性的な脱皮した抜け殻でもあると言っている。
伸びた爪は、指から離れた途端に嫉妬をしてくるみたいだなんて。
「んっ……ふぅんっ……ぁっ……」
抜き差ししているだけのゆったりとしたもの。これだけでもかなり気持ち良い。強弱のつけかたがとても上手い。
「翼ちゃんは入口の方が好きなのよね……本当は、奥の奥の方が一番気持ち良いのにねぇ……」
その通り。アナルの入口を指で弄られるのが特に好きだった。
と言っても、あまり太かったり長いものを試したことがないから、入口付近に慣れているだけなのかもしれないけれど。
「ねえ……舐めて欲しい? 翼ちゃんのアナル舐めてあげようか?」
「えっ! やだ、そこ汚な……あぁんっ!」
思わず振り返ろうとしたら、少し指を強めにお腹の中に押し込まれる。
「……浣腸とかするなら考えてあげる、というかやってみたいけど……さすがにね……」
少しいつもの口調に戻る。さすがに彼女もスカトロっぽい趣味は無いみたいだ。
そんなことを言いながら指は抜かないまま、どんどん奥へ。そして触れる。
「んっ……」
前立腺を探している。そして触れたところはその付近。ぼくも自分でそこを見つけたことはない。
それなのに、由香子さんは指で円を描くような動きをする。
「あっ……やっ、んっ……」
「嫌じゃないでしょう? 気持ち良いんだよね? おまんこ弄られて気持ち良いんだよね?」
反応が面白いのか、由香子さんのSな部分がエスカレートしてくる。
もう前立腺の位置なんか分かっているのに、焦らすように不規則な動きをしてくる。
お腹の中の不規則な動きが腰から脳天に突き抜けて、頭の中を締め付けてくる。
「……あっ……ああ……」
濁点のつきそうな「あ」という言葉を漏らしている。急に由香子さんの指の動きが止まった。
そしてゆっくりと抜ける。思わず大きなため息が出た。
もう、のどはカラカラで口の唾液も喘ぎすぎて乾いて、気絶してしまいそうなくらい意識は薄れているのに、
背後から「ウィンウィン」とモーターの回転音らしき機械の音が聞こえてくる。
「まだ、お楽しみは残っているわよ」
「……きて……」
朦朧とした意識の中で、ぼくは彼女に犯される気持ちだけは残していた。
由香子さんはゆっくりと犬みたいに後ろ向きだったぼくを正上位のような体勢にする。
それでも身体から力が抜けきっていたぼくは何もできずに大きく脚を開いた姿勢になっていた。
「……行くわよ」
ぼやけた視界は上手く見えなくなるときがある。それでも分かる。
手際よくコンドームを被されたバイブにたっぷりとローションが塗られている。
プラグを入れた経験は何度もあるけれど、見た目にも大きいあんなバイブ入るのかな。
もう、ぼくは焦らされても羞恥も何も感じられなかった。ただ、今、まさに迫ろうとしているバイブを待ち受けるしかできない。
「……んっ……あぅ……」
指や細いプラグとは比べものにならない太さ。お腹の中に埋め込まれていくような変な感じ。
でも、入っていくに連れて肛門が激しく収縮して、少し腰が痺れるように震える。
「どうやら、何とか入ったようね。大丈夫……よく濡らしておいたから……」
きっと口はだらしなく開いている。上手く閉められない。
そんなぼくの顔を見つめて「可愛い顔」と不適な笑みを浮かべる。
またベッドの脇に転がしていたペットボトルのスポーツドリンクを飲む。
微かに唇から漏れた流れが彼女の首筋を伝い、乳房で止まった。
そのまま覆い被さってきてぼくのだらしなく開いた口に唇を近づけて、
まだ含んでいたスポーツドリンクを口移しで飲ませてきた。
急に訪れた水分はあっさりと喉の染み込まれていく。「げほっつ! げほっつ!」
少し器官に入った。
「大丈夫? ごめんね……」
背中をさすりながら、ぼくが咳き込むのを止めるまで待っていた。
「……落ちついた?」
「はい……なんとか」
「そう……」
急にお腹がお尻が強烈な刺激が襲う。気持ち良い。
「ごめんね。いきなり最大出力」
ウインウイン、と大きなうねる根本とぼくの中でじわりと動くバイブ。
「あぁっ! はあっ! うあっ!」
急に激しくアナルを犯すバイブの刺激は今までのが繊細だとしたら、
激しく力任せに犯されているみたいだった。
由香子さんは何もせずにぼくが乱れている姿を視姦していた。
ぼくの乱れた姿をまじまじと見ながら例の怪しい光を宿した瞳で目の前の光景を堪能していた。
それなのに急にバイブが止まる。
「……ゆか……こ……さん」
いつのまにか由香子さんがバイブのスイッチを切っていた。
「ひとりだけ気持ちよくなっちゃって……あたしの指なんて細くていらないんじゃないのかしら?
ねえ、翼はそんなに大きいのが好きなの? 指なんかより、男のおちんちんの方が好きなんじゃないの?」
ああ。今日はいつになく辛辣な言葉遣い。まるで少し苛立っているような気がする。
確かに、そうなのかもしれない。ぼくが女になるのを選んだら、由香子さんはぼくと一緒にいたくないのかもしれない。
「……いや……由香子の指が欲しいの。由香子じゃないといや……」
無意識に出た言葉。始めて、彼女のことを由香子と呼んだ。よく考えたら、彼女が先にぼくの名前を呼んでいた。
「……ごめんなさい……」
ゆっくりとぼくのお尻からバイブが引き抜かれた。
「なんだか……悔しくなっちゃった……」
バイブだけでイキかけていた自分。それを見ている由香子さん。ペニスを持たない彼女の当てつけのような問いかけ。
「……由香子さん……子供、欲しいの?」
何となく出てしまった言葉。そして彼女は少し驚いたような顔をしながらゆっくりと話し出す。
「……分からない。でも、たぶん、そうだと思う」
「……もしもぼくが女の子になっても一緒にいてくれる?」
「ごめん……分からない」
動かなかったことが動き出してきた、そんな気がした。
例のクリニックに訪れ、牧村医師から薬剤を受け取った。しばらくは特別に安い料金で提供してくれた。
保険とかはもちろん適用できないけれど、由香子さんが間に入ったからこそ風邪薬程度の値段でしばらく分の量を貰えた。
「用法用量は中の説明書通りです。一応、あなたの今の状態ならあまりに急激な女性化は起こらないですが、
最初の三ヶ月から一年はやっぱり急な発達は多少はあるから気をつけて下さい。
ブラジャーは念のためCカップまでは用意した方が良いかもしれません」
言われてみるとさすがに驚く話だった。いきなりCカップまで膨らみかねないっていうのも少し魅力的で、
少し怖い話だった。急激な例ではいきなりEカップになったりすることがあって、
そういう場合は一時的に薬剤を停止させたりしている。
そういう人は、大抵、事前に女性ホルモンを摂取していたりして、特殊な作用が発生してしまった例らしい。
その時点で続けて処方はされない。ホルモンバランスが急激に狂って精神バランスをおかしくする結果があるからだ。
ただ、中にはシリコンを入れなくて良い、と喜んだ人もいたとか。でもそういう人ほど男性機能は失っている人がほとんどとか。
実際問題、どれだけの期間で胸の発達が見られるのか分からなかった。
最近、由香子さんは、少し忙しくなって連絡しても、会えない日々が多くなった。
やっぱり、あのときの感じが未だに残っているんだろうとは思っていた。
そうして会えない日々が一ヶ月近く過ぎようとしていた。
薬を服用して明らかな変化を感じていた。肌の調子がいつもよりも良くなってきた。
電機店で体脂肪率を計ってみたら、今まで自分が記録してきた脂肪の量より多く、もちろん内臓脂肪とかの量は全然多くなかった。
もちろん極端に太ることもない。着実に女性化していることに少しの興奮を覚えた。
ただ、ぼくは胸のしこりが気になってしょうがなかった。
牧村医師によれば、普通の女性ホルモンよりは乳房の発達が早いらしく、
もうちょっとで乳房になろうとしているときは多少のしこりができる場合があるらしい。
しこりなんてあると乳ガンの疑いも感じたりするけれど、心配なら検査機関を紹介してくれるそうで、
見立てでもそういう疑いは無かった。そうして気づいたときには、乳首は以前に増して大きく、
乳房の膨らみも自覚できる大きさになってきた。
そして、半月後にはAカップのブラジャーがちょうど良いサイズになっていて、もうパットを必要としなくなっていた。
「おめでとう、翼ちゃん」
そのことを相談したくて優に話すと自分のことのように喜んだ。
「……優は、今、胸はどれくらいサイズあるの?」
「今ね、Dカップあるよ。」
さすがにビックリした。その反応を見てかいたずらが成功したみたいに笑う。
小柄で少年に見えてしまう彼女がそんなに巨乳だなんて。
「ボク、着やせするんだよ」
その自由さが少し羨ましくも思えた。
「……お姉ちゃんと、なんかあったの?」
「知ってるんだね」
「そりゃあね」
別に秘密にしていたわけじゃないけれど、ほとんど筒抜けだったと思う。それはある意味で馬鹿らしいみたいな形で。
「変だよね……女になりたいくせにさ……つきあってみて、困らせて」
少し自嘲気味に言ってみたら、
「翼ちゃん……別にお姉ちゃんは性別のことは気にしていないよ。
多分、自分が翼ちゃんの妨げになると思っただけじゃないのかな?
言いたいこととか伝えたいことがあったら、もっと話した方が良いと思うよ。
詳しくは知らないけれどね……お姉ちゃん、ときどき妙に真面目だからさ」
そういえば、お互い気まずさからよそよそしいメールばかりを送っていたかもしれない。
それで、ぼくは会いたかったし、由香子さんは会いたいのを我慢していたのかもしれない。
由香子さんはどこまでぼくを好きでいてくれるか分からない。でも、会おう。それしかない。
優にお願いをした。由香子さんと会える場所のセッティング。
優が呼び出して、そこにぼくが行く。優はやってこない。
だまし討ちみたいだけど、今の由香子さんと上手く会うにはそれくらいしか方法がない。
静かな喫茶店で待ち合わせ。席も一番奥で、あまり人が来ない場所。
そして昼過ぎでお客さんも少ない。適度な音量でBGMが流れている。ジャズみたいだ。
表れた由香子さんは驚いた顔をひとつもしなかった。
言葉にすれば「ああ、やっぱりね」とため息の篭もったような響きすら感じさせた。
「……珍しく優があたしを誘ってくるから、きっとそんな気がした」
「ごめんなさい……騙すみたいで」
「ううん……あたしだって、こうなるような風に行動していたから」
とりあえず、お互いが話し合うような体勢は作った。でも、そうしていても互いに何を話せば良いのか分からない。
「……あたし、小さい頃から男の子っぽいつもりだったけど、男の子みたいになりたいわけじゃなかった。
あたしたちの両親が厳しかったせいか、あたしは優しいお母さんになりたかった。
もちろん甘やかすんじゃなくて、ちゃんとしっかり育ててあげられる」
ふと漏らすようにか細い声で語り始める。
「あの日、翼ちゃんがクリニックに訪れて、本心から女の子になりたいんだって思うだけで、少し切なくなったの。
あたしはどこかで、まだ迷うから話だけ聴くのかと思っていたけど、
あたしが思っている以上にあなたの気持ちが強かったのを知って、どこか寂しかった。
そう……あなたは、まだ男の子でいてくれると勝手に思っていた」
「……思っていた以上に、わ……ぼくが女の子になろうとしていたことが嫌だったんですか?」
「半分違う、でも半分そう。あたし……あなたが女の子になっても構わない気持ちがどこかにある。
でも、本当に女の子になったら、わたしのことを嫌いになるんじゃないかって急に思えてきたの。
だって、実際に、あの薬を使った人の中には女の子とつきあっていたのに、
急に男の人が好きになっていった人もいるって聞いていたからそのことを思い出して不安になってきたの。
あんな当てつけな言葉を言ったのも……もしかしたらって思って……」
余裕がある人だと思っていた。そうじゃなかった。優とぼくは近いようで、人間としてはまた別の存在で、
優みたいに迷っていられるような気持ちであれば良いけれど、ぼくがきっぱりと女性になろうとして、
性的嗜好も男性に向いたりしないとは限らない。そうなることを考えるだけで彼女は不安になる。
そのことをぼくは少しも予感しなかった。彼女とセックスをする時点で、それが遊びだとは思わなかった。
だけど将来を考えるほど深い物とまでは考えなかった。だからこそ由香子さんは不安になる。
それくらい、彼女は真面目なところがある。
「子供が欲しい? なんて言われたとき、驚いちゃったわ。あたしたち、つき合ったばっかりで、
将来設計も漠然なのに結婚する話みたいな段階なんていくはずなかったのに、
そんなこと言われたら……正直な気持ちで欲しいと言うわね。
翼ちゃんは、自分が結婚とかをしたいわけじゃなくて、あたしが母親になりたいという気持ちを見破ったんだよね。
あんな当てつけみたいことを言うから……」
由香子さんがあのとき言った言葉。太かったら男の物でも良いんじゃないか、なんて言葉は絶対に自分は受け付けなかった。
もちろん意地悪という意味では受け付けられた。でも、その日の由香子さんの声には、どこか苛立ちのような響きが感じられて、
それがどこか本心のような気がした。
「……由香子さん……あなたが汗をかいたときにはミルクみたいに甘い匂いがするんだよ。ぼくはそれが好き。
もちろん少し酸っぱい匂いもしたりするけれど、それよりもその匂いが好き。
だって、好きな人の体臭ってとてもエッチな気持ちになるんだよ……」
そう一息に語り終えたら彼女は驚いた顔をした。
「……ぼくは、男の人の体臭は本当に嫌なんだ。昔つき合っていた女の子も、由香子さんとは違うけれど、
甘い匂いがしたんだ。そういうのを嗅ぐだけで女の子が好きなんだって、強く実感する」
「ふふふ……」
由香子さんはおかしさを堪えるように笑う。
「なに、翼ちゃんって匂いフェチなの?」
「……そこまで強く意識してないけど……」
「それで、勝手にあたしは心配をして、上手く話せなくなっちゃって逃げ回って……もう、おかしいったらありゃしない」
そのまま由香子さんは笑う。もうおかしくてしょうがないみたいに。お腹を抱えて。そして少し泣いてもいた。
「ねえ、由香子さん」
「……なあに」
「由香子って呼んで良い?」
「じゃあ、あたしは翼って呼ぶわ」
そうしてお互い笑いあった。
久しぶりにぼくの部屋に呼ぶことにした。
「……今日は、普通にしてみたい。翼が先で良いよ……」
「うん。じゃあ、化粧落としてきます」
由香子はぼくを先にシャワーに行くように促してくれた。
いつも通り、ファンデーションやマスカラにチークとどんどん溶かし落とす。
だいたい落としきったところでドアが開いた。狭いユニットバスに由香子が裸で入ってきた。
「……本当におっぱいできていたのね」
彼女はぼくが薬を飲み出したことは知っているけど、胸の形までは知らない。
「まだAカップですけど……」
「でも、すぐに大きくなるわ……優がそうだったもの」
そう言いながら左の乳房を掴まれる。ゆっくりと触られながら、乳首を手のひらで押しつぶされる。
「あっ……はぁ……んン」
「前より、感度も強くなって……やっぱり感じるところは女の子と同じなのね」
「当たり前です……ぼくは女の子になれなかった男なんですから」
「でも、今のあなたは女の子」
そう言って、額にキスをしてくれた。お互いに流行る気持ちを抑えながら、ふたりでシャワーを浴びた。
由香子がクレンジングオイルで化粧を落としているときは、ぼくが後ろからおっぱいを弄った。
彼女は小さく喘ぎながらも、ちゃんと化粧を落とすことには成功した。
「もう……今日は男の子ね……」
「普通にしてみたいって言ったの、由香子だよ」
ふたりしてクスクス笑いながら身体を拭くのも面倒だった。
びしょびしょの身体のまま、手をつないでベッドに座ったら、すぐに顔を見つめあってキスを始める。
「はんぅ……」
音にしにくい声でお互いの口の中をまさぐって、舌を求めてキスをしあう。
吸いたい、舐めたい、先に裏筋を舐められて観念したのか、由香子は少し顔を離してだらしなく舌を出した。
犬みたいに。それは好きにして良いよ、という合図。
ぼくは、それをゆっくりと舐め、唇で咥えてじゅるじゅると音を立てて啜る。
今日の由香子の瞳は妖しい光を讃えながらも、口の愛撫だけでどろんとした目をしている。とても艶っぽく感じた。
「翼も……」
その姿とおねだりをするような哀願の視線を浴びたら、大人しく舌を差し出すしかない。
彼女もぼくと同じように音を立ててぼくの舌を激しく味わった。
それはあまりに気持ちよくて、いつものキスよりも淫靡で熔けてしまいそうな危うさを孕んでいた。
ぼくの舌を味わいきった由香子はゆっくりとべっどに倒れ込む。
まだ濡れたままの身体と髪が乾いたシーツを湿らせた。
それに続けとばかりにぼくも座り、
そのまま倒れ込んだ由香子と向かい合わせになってまだベッドから漏れていた脚をマットレスまで上げて、そのまま抱きついた。
「……おっぱい柔らかいね」
「由香子ほどじゃないよ」
「まあ、そうだけど……」
お互いの胸を押し付け合いながら抱き合った。
まだAカップのぼくの胸はEカップもある彼女の胸に埋もれるように押しつけられている。
「翼のおっぱい触っても良い?」
静かに首肯した。彼女はぼくを抱き締めた腕を解き、ゆっくりと量の手のひらをささやかな乳房を覆うように触れた。
まるで慈しむみたいに撫でるように触れる。だけど、どこか触り方が焦らすようでいたから、
「うっ……ん……由香子、今日は普通って……」
「翼がいけないんだよ……優より大きくなるの早いもの……四年生になったらあたしより大きくなるかもしれない……そういうのって、
普通に悔しいなぁ……」
Eカップもあれば別に羨ましいと思う必要も無いんじゃないか。
そんなことを思わず考えようとしたら、乳首を弄っていた由香子がいきなり乳首を吸い出したから準備もできないまま喘がされた。
「やっぱり本物の胸ができると感度が上がるのね。いつもより優しくしたつもりよ」
軽く身体を痙攣させてしまった。始めて乳首を吸われて声が出るほど感じてしまったなんて恥ずかしくて言えない。
弱点を晒したら、次が少し怖いことになる。
「ふっ……んんっ……」
「乳首、弱点になっちゃったね……」
本当に、今日は普通だったんだけどなぁ、とため息。
だからぼくは両腕で彼女の頭を抱えるようにして、お返しにうなじに何度もキスの雨を降らせた。
それには由香子も逆に息を漏らすしかない。彼女は身体の背面の感度が全体的に高い。
何度も肌を重ね合わせていれば、お互いの弱点は簡単に分かって、意地悪をしたくなる。
やっぱりセックスはコミュニケーションなんだ。
「……今日は、普通が良いんでしょう?」
「そ、そうだけど……んっ……あぁ……」
今度はぼくが彼女の乳首を弄る。首筋やうなじにキスをされてた途端に乳首を弄れば嫌でも反応は返る。
そして一度それを止めて、指先を背中に触れるか触れないかの感覚で這わせていく。
「ひんっ! ぁんっ……あぁぁ……はぁん!」
本当に背中が弱い。ぼくはそのまま背筋に指を這わせるの止めずに、彼女の乳房に顔を寄せて、
左手で乳房を背筋で這わせている右手のような動きで触れる。
「んっ! んっ! あぁっ……翼、止めて……」
「いや、止めない」
少し冷たく言い返して、顔の位置を変えて唇を由香子の唇に押しつける。
そして、彼女は指示もなにも受けずに舌を出してきたので、それをそのまましゃぶるように吸う。
右手は相変わらず彼女の背筋を這い、左腕で今度は乳首を弄りながら、鎖骨や首もとに口づける。
「……やぁっ……痕着いちゃうぅ……」
普通の反応。あまりこういうのをしていると、自分が男に戻っているような気がして残念な気持ちにもなる。
でも、今は普通だから。
「由香子はぼくのものって証拠」
「いやあ……翼だってあたしのものだもん……」
目をとろんとさせ、ハッキリとした表情はとっくに無くなって、だらしなく涎を垂らしながら懇願するような瞳。
そこにはあの光が淡く残っていた。嫌がってはいないことに少しだけ安心した。
「じゃあ……つけてよ、由香子の証拠。ぼくはお腹に着けるから」
「えっ……あんっ……」
気づいたときには全身リップの応酬だった。お互いの首筋、乳首周り、腹や脇の下に至るまで果てしなく。
きっと明日はふたりして身体中が痣だらけみたいになってしまう。それでも構わなかった。
お互い、もう競い合うように身体中に口づけを続ける。
「ぁ……舐めたい……」
「ぼくも……」
今度は口づけした場所を舐め合うようになった。きっと彼女も痣みたいに見えてきたのかもしれない。
舐めても、簡単には消えないのは分かっている。なのに、そうしたくなるのがお互い感じていたかもしれない。
舌先で彼女のやわらかな肌を舐める。すらりとした腕、肩から鎖骨に至るしっかりとした骨。
首筋を舐めだしたとき、さっきからペニスがビクビクしてるというのに気づく。
もう由香子さんは愛液で太股がてらてらに光っているし、ぼくはぼくで先走りが垂れ流し状態。
このまま射精してもおかしくないかもしれない。だけど、どれだけ体液塗れになっても、今は止まることができなかった。
むしろ溺れるくらい濡らし合いたい。
「ねえ……フェラさせて……いや?」
決まっている。今は普通だから。
「良いよ、その代わり由香子の舐めさせて……」
「上でいいかな……」
「いいよ……」
心が熔けている、そんな気持ちがあるとすればこんなときだろう。
ただの愛撫でここまでふたり揃ってだらしなくなっている。でも、ぼくたちは分かっている。
性器だけで繋がることだけがセックスじゃないということを。
相手の体液を舐めて飲むことはそれほど苦しくない。むしろ飲み干してしまいたくなるほど。
ぼくが舐めれば舐めるほど由香子のヴァギナからは愛液がどろどろと垂れてくる。
飲んでも飲んでも間に合わないくらいに。そして、舐めれば舐めるほどぼくのペニスに対する責めが弱くなる。
そして、急な刺激。今度は彼女の反撃。吸い付いているみたいだ。絡め取られていく。だけどまた、急にその刺激は止まる。
ぷはっ……っとペニスから口を離し、少しだけ前に腹ばいのまま進み、後ろ向きのまま由香子は言った。
「このまま後ろから犯して……やっぱり……もう我慢できない……」
「お返しの余裕が無くなったの?」
「馬鹿……早くしてよ……」
「ごめんなさい……良いよ」
何度か正上位や騎乗位でセックスをしたことはあるけれど、バックでは始めてだった。
そういえば由香子さんは基本的にSだからこういうの好きじゃないんだろうな。
「行くよ……」
「……ふっ……んんっ……あっ……」
正直、いつもの繋がるよりは浅く感じた。でも、ぼくは知っている。由香子さんは背中がこんなに無防備なのを。
そして、ぼくの両手は彼女の細い腰を掴んでいる。少しだけいじわるをして左手だけ背中を這わせる。
「ひっ……こんなときに……動いてよ……背中ぁぁっ!」
ついこんなことをしてしまう。本当に背中弱いな。
「……じゃあ、少しおねだりして……」
「なんで……今日に限って逆転……してるの?」
少し由香子は泣きそうだった。こんなにしたら後で怒られそうだ。ケンカにまではしないでおこう。ぼくが悪いんだし。
「普通にしてって言ったでしょう?」
「……ずるいよ……」
今度は拗ねるような口調になる。それと同時に我慢しきれなくて腰を微かに振るわせている。
「ねえ……震えてる……」
「……わかったわよ……翼のおちんちんであたしの中をかき回して! お腹に精子いっぱいぶちまけて! お願い!」
その叫びだけで充分だった。
熱い、そんな感触は初めてだった。
「んんっ!」
由香子の反応が激しい。思わず腰が動く。すらりとした脇腹をしっかりと掴み、腰をペニスを由香子の中に打ち付ける。
「あっ! んんっ! あっ……あぅ……あぁっー!」
絶叫するような嬌声。混ざる吐息が苦しそうで、いつのまにかぼくも無意識に吐息を漏らしながら、
彼女の喘ぎ声に合わせて腰を振っていた。そのたびに熱く締め付けられる感触の気持ち良さが脊髄を駆け抜ける。
「んっぁ! んっぁ!」
どんな顔で由香子は喘いでいるんだろう。気持ち良いけど、こんな単調な動きだと何だか嫌だ。
「んっ……ふえ……? あああっ!」
「おっぱい……乳首凄い勃ってる」
腰を打ち付けたまま、由香子の背中に密着している。そして両手で乳房を弄びながら、
ときどき乳首を摘んだり弾いたりしてみれば、簡単に嬌声が上がる。ぼくは密着したまま、上下や左右に動く。
「ううっ……はぁん……むっ……」
密着している方がぼくは気持ちよかった。もちろんそれが由香子にとって嫌かというと、そうでもなかった。
さっきは力任せにぶつかりあっていたからわからなかったけれど、動きに合わせて腰を押しつけてくるし、
締め付けはきつくなったり緩くなったり、苦しさと気持ちよさが混ざり合ってきた。
「由香子、起こすよ」
「はぇ……」
一度、身体から離れて、ゆっくりと彼女を正上位に近い状態に戻す。
「……行くよ」
「きて……」
そのまま彼女に抱きつくように挿入した。そのまま、少しだけ由香子を起き上がらせて対面座位のような形になる。
「んっ……」
「さっきから……ずっと喘いでばっかり……」
「……だって……気持ち良いもん……翼とだと……女の子としてるみたい……
おっぱい押しつけ合うの結構好きだから……だけど……」
「今は、それ以外は男だよ」
「んうっ! ああっつ!!」
反応が返る前に腰を押しつける。背中をさすれば悲鳴に近い嬌声がまた飛び出す。
やめて、という声は聞こえないふり。おっぱいを片手で揉みながら背中をさするだけでとても強い締め付けを感じる。
痛い。
締め付けも痛いくらいなのに、今度は背中に由香子の爪が食い込んできた。
もう限界が近いのかもしれない。いつも丁寧に短くしているのに。
ぼくのアナルを傷つけないように丁寧に短くしているその爪で、ぼくを傷つける。
その権利はもう誰にも与えない。由香子はぼくのもの。
「……っつ……つば……さ……」
絞り出すような泣き声。もう限界だと知らせようという訴え。ぼくは腰を突き上げる。
由香子は投げ出した脚をぼくの腰の後ろに回して締め付けようとする。
より密着してくると、ぼくの全身が硬直してくる。由香子も小刻みに身体を震わせながら喘いでいる。
「由香子……」
目の前で朦朧とした表情でぼくを見つめる由香子。口が開きっぱなしで、舌を出さないように我慢しているけれど、
出てしまったら犬のように見えてしまう。その口に舌を差し込むと、それを啄むように由香子は口を閉じた。
その瞬間に弾けた。
硬直した筋肉が一瞬だけ解放される瞬間、思わず口と口が離れ、由香子はのけぞった。
「あああー!!!!」
目の前が点滅するような光の明滅を感じながら、射精の感覚が止まらない! 自分が絞り出されるようなくらい長い射精が続く。
その間、由香子の中の締め付けはとても激しく、絞り上げるように締め付けた。
そして、気づいたときには倒れ込んだ由香子を受け止めるようにした体勢だった。
まだ対面座位の延長みたいな体勢で、ぼくの勃起は収まっておらず、由香子の中に入ったままだった。
それでも特に不満も無いまま、ぼくたちは身体を繋げたまま眠ってしまった。
気づいたとき、部屋の中は真っ暗のままだった。壁に掛けられた時計は午前四時半を示している。
夜行塗料がボンヤリと淡い光を放っている。
「……起きた?」
よくよく身体がどういう状態か確認してみれば、ぼくの後ろに由香子がいた。
反対側に寝返りをしてみると、いつもの快活さも責めるときの怪しい光を持った瞳も持たず、知っているはずなのに、
見たことがないような落ちついた――というよりも透き通った、無垢な表情をしていた。
「うん……由香子は……」
「あたしも、十分くらい前に起きたところ」
まだ、トロンとした目をしているので、その言葉の通りなんだろう。
「とても幸せそうだったよ」
「えっ?」
「寝顔」
寝顔と言われると見られないからわからない。だけど由香子と一緒だと深く眠ることが多かった。
「……一緒に何度か寝たけど、何度かうなされていたわ……それなのに、今日はそんなことなかった。
やっぱり身体が女の子になっているから嬉しいのかしら?」
「……それだけじゃないと思う」
「それは光栄」
クスクスと由香子は笑う。そんな彼女を見ていると、とても安心する。
一緒にいれて嬉しい、この人が好き、という感覚はこういうことなんだろうね。
そして、やっぱり甘い匂いがする。男っぽいなんて言っているけど、心の底には女の子の感覚がいるんだって意識させられる。
「……ねえ、翼……あなた、今はどんな気持ち?」
「男に戻るか、完全に女になるか……」
今のぼくたちにある課題のようなもの。
「もしね、翼が女の子になりたいって決めたら、あたしは子供がいなくても構わない」
「でも、そうしたら……結婚とかできないね」
「戸籍変えなければ良いのよ。性別適合手術もしたけど、戸籍は男の人っているのよ。
何しろ、日本じゃ同性婚ができないからね。
それに、社会的にちゃんと家族になってないと、病院に運ばれても会わせてもらえなかったりするもの」
色々と悩んだはずなのに、いつも通りのあっけらかんとしたくらいの身軽さ。だけど表情はいつになく無垢なまま。
「今の由香子だって、とても幸せそう」
「……たぶんね、今、この瞬間がとても嬉しいって強く思えるだけで、心って凄く満たされているのかもしれない。
何も悪いことも良いことも望まないで、ただ、それを噛み締めているだけで、本当に何もいらないって。もしかして顔緩んでる?」
「いや、緩んでいるっていうよりも、あるがままを受け止めているって感じ。それも無理なく自然に」
「そこまで言われると、最高ね。あたし、まだ自分の中に子供っぽいところがたくさんあるなって、自覚してる。
でもね、そういうところをできるだけ否定しないで、少しでも残しながら自分の力で生きてきたいってずっと思ってた。
だから、いちばん大好きなひとにそう言われたら、本当に嬉しい。最高」
ああ正直だ。しっかりとしているところのちょっとした正義感、反社会性に親しみを感じる不道徳さ、愛するひとに対する嗜虐心、
どれもバラバラにすれば子供っぽいところのある要素。
だけど、それら経験、その他諸々が合わさって由香子になっている。そう自覚しているだけで、彼女のことを好きになれて良かった。
「ねえ……きっと秋の中旬になったら、体つきもほとんど女の子になると思うの。
今、AカップくらいだけどCくらいにはなるだろうし」
「へえ……じゃあ、下着とかも替えないと……」
「そのくらいになったらなんだけど……ペニスバンド使っても良い? お尻の処女をもらっても良い?」
「……お願いします……」
「任せておいて。優しくしてあげるから」
とりあえずお楽しみはこれからもたくさんあったりする。
結果として、前期の単位は充分確保できた。ただ、夏休みが長いのと、
実家に帰らないでバイトするにも女装したままやるには少し難しいことも多い。
身体は外見がほとんど女性に近づいているけれど、バレたらクビになるか、
男というだけで重労働をさせられたりすることも多いらしい。
筋肉はなるべくつけないようにしていたし、薬の影響で胸と比例してちょっと脂肪もついてきた。
力仕事に向かない身体になっているのも大きい。
「……優は仕事って辛いと思ったことはないの?」
最近は由香子が仕事が多く朝晩出かけていることが多い。夏休みだという理由で、色んなイベントが盛んに行われているから、
取材活動も多くなってしまっている。
「うーん……ショーだけだったら良いんだけどね……相手が相性良ければ、
それはそのまま受け入れるし……相性悪いとやっぱり辛いね……まあ、NGな人ってある程度は相手しなくても良くなってるけど」
苦笑しているのに少年らしい顔をする。だけどはにかみや仕草はとても女性的。快活な印象を与える。
やっぱり由香子と近しいものを持つ。
「ボクは男の人も好きだから大丈夫だけど、翼ちゃんは女の人が好きだし……お姉ちゃんは、きっとやらせたくなさそうだし……」
だからって彼女に養ってもらうまではしたくない。由香子の収入は大学生のバイトの範疇は超えている。
でもお金を全く出さないわけにはいかないし、そろそろ実家との関係も絶たないといけない。今の姿を両親が見たらと考えるだけで。
「ふたりにたくさん助けてもらっているけど、一方的に助けられるの嫌なんだ……」
「なら、翼ちゃん、料理とか得意?」
「まあ、普通かな……?」
「ボクは直接は知らないんだけど、お姉ちゃんの知り合いのバーがあって、料理とかできる人を募集してたって」
「そんな、調理師免許とか持っていないよ!」
「大丈夫。おつまみ用意したりとか手伝いをするだけだし。
それに、ちゃんと営業許可みたいなのがあれば、調理師資格は無くても営業はできるんだよ。
細かいことはわからないけど」と言いながら笑う。
たぶん女の子だったら恋してしまう。しかも微かに由香子と近いミルクのような香りがする。
由香子がぼくを好きでなかったら、優が男の人で始めて好きになったんだろう。もちろん、ほとんど女の子だけど。
「優が細かいことを知らないにしてもね……静さん、オッケー出してくれるのかしら?」
由香子がぼくを連れてきたのは新宿二丁目だった。
いわゆるゲイやレズビアンの人がたくさんいる歓楽街。
中には観光バーという、興味で街に訪れた人を相手してくれる店も多いけれど、
今回、由香子さんが紹介したのはレズビアンの人が集うレディースバーだった。
「あたしも、何度か来ていて顔見知りだけど……女性化中の翼を入れてくれるかわからないし、どうなんだろう?」
話ながら開店前の店に訪れてみた。すると奥のカウンターから由香子に向かって投げ掛けてくる声がある。
「いらっしゃい、久しぶりね。相変わらず血色良さそう」
とても落ちついたバーでカウンターとテーブルだけ見てみれば、とても落ちついたショットバーにすら見える。
基本的には落ちついた風合いを持っている。そしてカウンターまえのスツールに通された。
「ごめんなさい静さん。突然なお願いで……」
「良いのよ。最近は来なかったけど、何度も取材してくれたし、前の彼女とつき合ってたときだって来てくれたじゃない」
前の彼女という言葉に少し胸苦しい気分になる。もしかして、由香子さんは前につきあっていたのは。
「ねえ、翼。言っておくけど、前の彼女とは二年生のときで、とっくに切れてるわ」
「そうね。そして、お堅い由香子ちゃんはワインを勧める彼女に二十歳になるまでダメ、なんて押し問答」
「静さん、止めてよ。それに……相手が大人だったから続かなかったんですよ……」
そういうと少し批難の感情も萎える。そうだった。ぼくだって恋を経て、由香子と巡り会ったんだって。
ということで、いきなりだが料理を作ることになってしまった。
「一応、おつまみとかお通しなんかはできそうね」
さっきからカウンターに入って、タマネギスライスと豆腐とカツオブシを合わせたのを作ったりしてみた。
手つきとかには問題が無いというお墨付きがもらえた。
「料理とか何が得意? うちの店は、割と洋風なんだけど」
「パスタあります? 後、ケチャップと……」
店長の静さんは料理が得意なのか、この店の自慢なのか、様々な食材が置いてあるので、
あれがないとかこれがないとかは全く問題なかった。そこでぼくはナポリタンを作った。
一応、メニューにもあったから作らせてもらった。
「合格! へえ……男の子だったのに、料理得意なんだね」
「うーん……そんなに気にしたことないんですけど……」
「翼、今度、ご飯作って!」
という感じで、ぼくのバイトは決まった。週三で対応できたら、日数を増やすということになった。
大変だったけど、時給は良かったのと、来店するお客さんはとても優しかった。
たまに静さん狙いの人から嫉妬の目線を浴びるのが怖かったけど、静さんがフォローしてくれた。
時間があるときは図書館にこもって資格の勉強をしたり、ヘルパーの資格を取得した。
講習の際は女装していて行った。もう誰も疑問に思わないくらいの外見だったから。
着実に資格を獲得した。看護師とかの資格はどうなるかはわからない。医療事務の勉強はしている。不安は常にある。
そして、由香子が休日のときはデートをしたり、会ってから一日中セックスをしたりしてしまう。
ときどき帰ってきた優に呆れられてしまう。そんなことの繰り返し。その間も着実にぼくの胸は成長していた。
そんな風にして夏休みは過ぎていった。
新学期が始まり、ぼくは自分なりに色々な根回しをはじめた。
まず、クラスの講師である女性の先生にアポイントメントを取って、女装姿で会いに行った。
最初は驚かれていたけれど、事情をすぐに察して、説明したら納得をした形で受け入れてくれた。
もちろんクリニックの診断書なども説得力を与える材料にはなった。
クラスメイトの反応が難しいということだけは先生も気にしていたが、
元々、女性も多かったのとLGBT関連の医療問題を勉強している子も多かったので、
ちゃんと説明すればカミングアウトは大きな問題もなかった。
もちろん全員が受け入れているわけじゃなくて、奇異の目が無いわけじゃなかった。
こうして、大学内では一部の人の間では性同一性障害の人で少し認知されている。
もちろん自分からアピールをしているわけじゃないから、知る人は少ない。
知っているのは一部の先生とクラスメイトと事務局の人だけ。少しだけクラスメイト以外の人も知っているみたいだけど、
ささやかに噂されるだけだった。
問題があるとすれば、両親と将来のことだけ。
とある連休に予てからの計画だったぼくたちの引っ越しが行われた。
つまり、ぼくと由香子と優の三人で一緒に暮らすということ。都内でも少し駅からは遠目。
だけど、一本で大学、病院に行ける利便さがあった。
ぼくは今のところ、両親には前の家に住んでいるという振りをしている。
郵便物は引っ越し先に届くようにしてある。それに気を使って何か小包を送ってくるようなことはしないでと何度も訴えていた。
ひとりで頑張りたいんだ、と。だから運良く届いてはいないようだ。
まだ、両親はぼくが家を出たときのままだと思っている。でも、ぼくは男の格好をしても男性的な印象がなくなりつつある。
メイクをしたら男装をしている女子のような姿だった。バストはBカップになった。
しばらく成長は止まるみたいだけど、薬の適応次第ではまた成長が始まる。優の場合はその成長の段階でDカップになったらしい。
そしてやっと、長めのショートカットに近いくらいの髪型にできるまで髪を伸ばして、ウィッグを止めることにした。
相変わらずバイトは続けている。静さんは気を使って、税金が発生しない程度のシフトを組んでくれる。
最近ではぼくの作ったピラフやオムライス目当てのお客さんすらいる。
そして、色目を使われて困ったりしている。生活は日々順調だった。
裸でいるときのシルエットが女性になったと由香子が何度も言ってくれる。
くびれができている身体に生えているペニスがアンドロギュノスのようで美しいとまで言う。
アナルの調教は毎日のように続けている。プラグを使ってある程度の拡張と性感を植え付けるトレーニング。
そして、由香子の前立腺マッサージとアナルバイブ責め。そして何度目かの責めで遂に射精した。
「……トコロテン出たみたいね……」
「……凄い……」
ふたりで呆然としながら、そろそろだという気分になった。
「……連休のとき、静さんに休みをもらっておいて。あたしも休めるようにしておくから」
由香子がそういうことを言った時点で、ぼくたちは少し覚悟をした。いよいよペニスバンドでアナルを犯されるんだって。
由香子と約束していたこと。見た目が女の子になったらペニスバンドを使おうってこと。
特別なことじゃないようだけど、せっかくの始めてだということに何となく期待を高めてしまったこともある。
さすがに自分だけがアナルを犯されるのは不平等ということで、由香子のお尻も調教させてもらっている。
ぼくの女性化のためにも由香子は普通のセックスは求めないでくれている。
頻繁に射精をしなければ男性ホルモンの抵抗力の影響はほとんど無いとは聞いている。
だから大抵は月に1回程度。他の日は女の子として扱われる。
ただ、ぼくを責めるときはSなのに、ぼくに責められるときは由香子は決まってMだった。
由香子は同性愛やSMの経験は取材の関係で何度か体験していたけれど、アナルについては全くの未経験だった。
さすがにぼくも気をつけなくてはいけなかった。何しろ、男の身体と違って女性には前立腺が無い。
快感を得られる場所が無いからだ。急がず焦らずゆっくりと試行錯誤。
ただ、夏から秋にかけて指の二本が余裕になってからは、子宮の裏に響くという話を聞いて、
指が余裕で三本入るようになったらアナルの処女をもらう約束をした。だけど、それよりも先にぼくの番が回ってきた。
ぼくのバイトも由香子の仕事も無い他愛の無い祝日。優は今度のショーで新しい演目に参加するということで、
終日外出することになっている。早くて帰ってくるのは十時頃。
いつも通りにふたりとも早起きをして、普通に朝食を三人で食べる。
優は少しだけ楽しげに笑う。
「……ふたりとも休みだからって、一日中は止めてよね。後片付け残すと大変なんだから」
なんて説教臭いことを半笑いで言うのだから。つまりは自分のことは気にしないで良いよ、と言うメッセージに近い。
でも、優の予想に反してぼくたちは午前中は普通に過ごした。
勉強をしたり掃除をしたり、翌日の準備をしたり。ちゃんと身体を慣らしておきたい、というのもあった。
それに始めてでどれだけやってしまうのかも分からなかった。ふたりして溺れることに少しだけ甘い不安を感じていた。
堕ちるのもやぶさかではない――なんて。
時刻は十一時半。由香子は洗濯物を干し終えたところだった。
ぼくはベッドにシーツを張り替えてベッドの脇にスポーツドリンクとウィダーインゼリーを四つ置いている。
何気ない状況。由香子はすっぴんでシャツとハーフパンツというラフな格好でベッドルームにやってきた。
ぼくはナチュラルメイクはしていたけれど、タンクトップにジャージの下という同じくラフな格好だった。
「翼、しよう」
「うん」
特に決めていた時間じゃないのにお互いに納得した。
とりあえず、最初が肝心だ。
まずは前から買っていたプラスチックのシリンジでぬるま湯を入れて、由香子がぼくの肛門に先端を差し込み、中身を直腸に放出した。
お腹の中に温かさと冷たさが混じり合った何とも言えない感覚が通過する。それを続けざま三回行う。
行う度に由香子が挑発するように肛門がヒクヒクしているなんて言うから少しペニスが勃起したりしながら。
「……うっ……出る……トイレ行く……」
何度もやっているとお腹の中が急激に動いて、何度もトイレに駆け込むことになる。それを四回。
それだけしていると、もう水ぐらいしか出てこない。
「大丈夫? まあ……おかげで指は汚れなくて済むけどね」
お互いにスカトロの趣味は無いので汚物はあくまで汚物でしかない。黄金なんて呼べるほどの倒錯は持ち合わせていない。
ただ別個の形で限りなく倒錯している。
「由香子はどうする?」
「……今日は翼のアナルだけで楽しみたい」
「じゃあ、ベッドに行こう」
ぼくだけ下半身が裸のまま、ベッドまで手を繋いで歩く。
「翼、脱いで……」
彼女はぼくに指示を出す。シャツを脱いで、Bカップの胸を支えるブラジャーを外すと、完全に裸になる。
その姿。鏡を見なくても分かる。ふたつの乳房を持つ少し冷静な顔をした少女と呼ぶには僅かに遠い女性の姿。
腰のくびれと肉付きは最低限はあるものの、どちらかといえば細身。
ただ異物のように少し丸みの帯びた下半身の一部にペニスがあった。
「……こうして改めて見ると、とてもきれいになったわ……」
「うん……由香子も、脱いで……」
ハーフパンツを脱いだ由香子はショーツをつけてなかった。たまに休みだと行ってしまう彼女の悪癖。
そしてブラジャーは休みだということを理由かスポーツブラだった。
そして、外してしまえば羨むほどの大きさのEカップのバストが目の前に現れる。
「翼は、もっとおっぱい欲しい?」
まじまじと見つめてしまったので、突っ込まれると少し恥ずかしくなった。そんな反応を見て彼女は笑った。
そうして、そっとお互いが相手を抱くように身体に触れ、少し背の高い彼女がぼくの唇を奪う。まだ舌は入れない。
「……あたしね、翼で処女を奪うの三人目。もちろん、ひとりは優だけど……最初は女の子だったの。興味、ある?」
「……ある」
「じゃあ、ちょっとその話をしようか」
言いながら、彼女はベッドに向かう。マットレスで肌かけにくるまりながら話すようだ。
「嫉妬したらキスしていいから。その分、返してあげる」
見つめ合いながら彼女は微かに笑う。薬を始めてから、ちょっとだけ由香子に対する独占欲が増したみたいだ。
ふたりでくつろいでるときも、ぼくの方から甘えてしまうことが多い。
「……その子が女の子としてつきあった三人目。ひとりめはキスまで、ふたりめはあたしよりも小柄なのに、タチだった先輩。
まあ、遊びみたいな扱われかただったけど。ただ、女同士では初めてだったから、結構依存した。
会ってないときほど寂しくて寂しくて」
由香子の話では男とは三人、女とは五人つき合ったらしい。大学で遺伝子的に男としてつきあったのはぼくが始めてらしい。
場合によっては優の方が先なのかもしれない。これについては優の気持ちもあるので詳しくは聞いてない。
「……女の子が女の子を堕とす方法って分かる?」
「由香子が、堕としたの?」
「もちろん……と言いたかったけど、違った。むしろ、あたしは誘われていて、それに捕まった。彼女は蜘蛛みたいだった」
少し遠い目をした。当時を思い返すように。
「……あたしね、当時はその遊ばれた先輩にかなり依存してたから、簡単に振られたとき、とてもショックだった。
追いかけたくても住所も連絡先も教えてくれないし、大学は国立の名門に行くくらい。
おまけにあたしとつきあってると思ったら、二股で男の子とつきあっているなんて最後の最後で言われて、
裏切られたって思って春休みは何日も引きこもったわ。
だけど、一生、引きこもってもいられなくて、何とか三年生になったときに出会ったのが美鳥。
美鳥は物静かだけど、芯はしっかりしていて、教室で回答するときはハッキリと明瞭な声を出すタイプ。
オンとオフを切り替えられるタイプ。ただ委員長とかはやりたがらない、成績はあまり良くない、
だけど、少し離れた位置に立ったポジションって分かる?
孤独は苦手じゃないけど、それなりに周囲には溶け込む、そんな人。それがあたしたちのグループにいた。
あたしは、その頃には友達が引っ張ってもらいたいタイプの三人だったから、
黙っていても勝手に話をしてくれるし、自分から話してみれば勝手に盛り上げてくれる。
都合の良い相手だった。耳年増だったから、みんなセックス関連の話題を聞きたがるのが珠に傷だけどね。
特に女同士ってどうやってするの、っていう質問は閉口した。
自分で調べろ! って半分笑いながら怒ったけど、やっぱり少し傷ついたな。
デリカシーないのか、って。非モテの処女だったからかな?
ともかく、美鳥はそんなあたしたちのグループにやってきて、一緒にお弁当食べて良いかと参加してきた。
たぶん、美鳥はあたしのことを最初から狙ってたんだと思う。でも、少し違うのは彼女は餌としてあたしを狙ったんじゃなくて、
自分を捕食する相手を探していたんだと思う。蜘蛛が蝶々を待ち伏せしてるんじゃなくて、
蝶々に擬態して糸に絡んだ助けるように近づいて蝶々を食べてしまうみたいに。
美鳥は部活にも入らない帰宅部で、たまたまあたしと一緒になることが多かった。
実はあたしはこれでも陸上部だったけど、先輩に遊ばれて振られたことが原因で辞めてる。
同情してくれてる人もいたけど、さすがに同性愛者っていうのが少しばれていたから、居づらくなっちゃった。
でも、それはたまたまというのを知っている人もいたから、そこまで孤立はしなかったけど。
『由香子ちゃんはおっきいね。私をお姫様だっこできるかも』
一緒に帰って何気ない話をしている中で突然言われた。少し先輩のことを思い出した。
本当は自分がSなのに命令に従わされている感じのこと。
『たぶんね』
焦りなんて感じていない。でも、そんなこと言われると少し怖い。
『だけど、彼氏とかいないの?』
『いないよ、いない』
彼女はあたしのことを知っているのか、いないのか。
『じゃあ、彼女はいたりして』
『……いないよ』
たぶん、ここであたしは罠に掛かった。少し溜めてしまったのは、悲しさとか後悔とかそんな感情があったから。
『女の子が好きなの? 拒絶反応みたいなのしなかったし、その間は何? そういうこととかあったんじゃない?』
『恋バナすることなんて、そんなに無い』
嘘だった。本当はたくさんある。でも、彼女はえー、つまんないの。そういうの無し、と文句ばかり言う。
ここで油断すると、また先輩のときと同じようになる。
でも、結局はあたしは彼女とキスをしたしセックスをすることになった。
美鳥が野球部の人から告白された話を聞いた。でも美鳥はそれを断った。
一応はエースピッチャー相手にそれができる時点で、あまり良い印象を周りから持たれなくなった。
別に、それについては自由意志だというのに、男女共通で生意気な印象を持ったらしい。
あたしに対しても、どうしてあんなのと一緒に仲良くしているの?
なんていうことを言われた。悪評は尾ひれ脚ひれが勝手に着いてくる。興味は無いけど、あたしの周囲も気にし出す。
それでも美鳥は誰かがいるときは普段と変わらなかった。
やっぱり美鳥と一緒に帰っていた。それで、急に美鳥が弱音を吐くように言った。
『……恋愛って、好きな人とすることで、興味ない人とすることじゃないのに……』
『相手が良い人だと、それを振ったことが嫉妬みたいに感じるんじゃないかな?
だって、自分たちは選ばれないのに、それを袖にするなんてことはある意味では偉そうに見えるとか……』
『でも……私が好きなのは……好きなのは、由香子ちゃんなんだよ』
いきなり告白された。何となく、何となく感じていた。この子と付き合えるとしたら、というくらいの魅力は感じていた。
それと同時に彼女の中に見えない部分がどれだけあるのかの不安が勝った。
『……ごめん……嬉しいけど……』
『けどなに? 今は恋愛とかしたくないって言うの? 知ってるよ! 卒業した先輩に裏切られて傷ついてるって。
だけど、いつもは普通に振る舞って、今もさっきみたいにちゃんと話してくれる。
周りの雰囲気とか呑まれないでちゃんと私を見てくれる。そんな由香子ちゃんが私は好きなの』
怖かった。最初につきあった子はキス止まり。高校が別れて自然消滅。先輩には裏切られた。
今、こうして三人目の女の子として彼女を受け入れるかは迷った。
でも、今、この手を離したら彼女はずっとひとりきりになりそうだ。
『……強く好きになれるか分からないけど……美鳥ちゃんのこと見捨てておけないよ……』
『そう言ってくれるだけで嬉しい』
きっと場合によっては泣き落としになったかもしれない。女の子から告白されたのは実ははじめてだった。
そう思うと、彼女には勝算があったのかもしれない。実は、あたしは結構嫌とはいえない性格なのかもしれない。
それでその日、駅ビルの人気の無い階段の踊り場の影でキスをしたとき、引き返せないって思った。
もちろん友達づきあいは変わらないけれど、週末になるとどちらかの家で勉強したり、普通に世間話をしたりしながらキスしたり、
時にはお互いの身体をまさぐったりした。どちらかというとあたしから。
でも思い出してみれば、彼女から誘われて手を出してしまったような感じだった。
確実に主導権は彼女にあった。あたしが嫌だと拒否すれば良いのに、なんだか彼女の言葉に従わされていくのが嫌じゃなくて、
気づいたら彼女以外が目に入らなくなった。相変わらず、友達の前では普通に振る舞えているけれど、
美鳥の前では操り人形みたいになっていた。何しろ、美鳥はあたしの前以外では徹底してつきあっているそぶりすら見せない。
そのうちに美鳥の前以外の自分が自分じゃないような気がしてきた。
だからなし崩しにセックスしてしまったのが嬉しい反面、後悔のようなものもあった。
それからは週末に家族がいないなら確実にセックスをした。でも、美鳥は女性同士のセックスに満足できなくて、
今度は処女を奪って欲しいなんて要求してきた。
あたしは男の子とつきあったこともあるから、もう処女じゃなかった。
女性同士のセックスはあたしの場合は道具を使われたことはあっても、
使ったことはなくて前に先輩にやられたことを思い出しながらしたの。
そうなると、処女を奪うとなると指でうまくできるかどうか、なんて考えていたら、
『由香子、どうせならこれ使おうよ』
その頃にはお互いを呼び捨てで呼んでいたけど、
その何気ない口調であたしに見せつけたのが双頭ディルドーだったのは少し絶句したけど。
しかもそのディルドーはあたしも感じるような作りかたをしていて、
短い方を挿入したらまるでペニスが生えたような形状にだったの。
困ったことに、入れたときに濡れていたのには自分でも驚いたくらい。そして美鳥は嬉しそうにそれにフェラチオをした。
『美鳥……あたし何だか怖い……』
『なにが?』
『……分からない』
まさかあなたが怖いなんて言えないでしょう? あたしが抱かれるわけじゃないのに、
怖いと言うのは凄く矛盾しているような気がした。
美鳥の身体は細くて、今の翼の身体と似てるの。それで思い出したんだけどね。
ベッドに横たえて、そっとキスするとすぐに舌を入れてくるんだけど、女の子だと美鳥が一番上手だった。
翼や優としたときは熱くてぼおっとしちゃう感じだけど、美鳥の場合は口と脳を犯されている気分になって、
自分でもまともな気分じゃなくなってくる。
夏場目前で、キスからの全身リップはさすがにできなくて、おっぱいとお腹だけに集中してあげるだけで、
美鳥は扇情的な声を上げるの。あそこ触るだけで濡れてるのは分かるし、
乳首が性感帯だからその日は特におっぱいを集中的に愛撫したけど、
いつも以上に扇情的で、期待されているんだっていうことにあたしも冷静さを失っていった、
まあキスした時点で、冷静さなんてかけらしか残っていなかったけど。
湿り気、っていうよりもビチャビチャ濡れているっていうのは初めてだった。
あたしは前につきあった先輩の時はネコで犯されてばっかりだったのに、ときどきタチをやらされたこともあるけど、
そんな濡れかたは本当に初めてだった。指を差し込んでいつものように一度だけいかせてから、
今度はディルドーで美鳥を突き挿した。そして手応えはあって、もちろん美鳥は血を流したのに、
嬉しいって言ってくれた。で、少しだけ泣いていた。あたしも頭の中が何にも考えられなくて、
気づいたときには太股に垂れるくらい濡らしていた。女の子とセックスして気絶したのは初めてだった。
それからが大変だった。彼女といるのは楽しいし、嬉しかった。でも彼女の独占欲が少しずつ増してきた。
あたしは志望校は元々、今のところだって決めていたのに、彼女は自分の行く女子大に一緒に行こうと誘ってきた。
でも、あたしは将来のことも考えていて、食える仕事に就こうと考えてた。
一応、今はライターで行くつもりだけど、医療事務の資格だって結果としては取得したし。
夏も過ぎて確実に合格点が取れるようになって、少しの余裕は出てきた。だけど美鳥は余裕を無くしてきた。
休みは殆ど身体を求めるし、今度は志望校をあたしと同じ場所にしようとしてくる。
だけど、学力が足りないし、志望理由もあたしだけだった。
そして、あたしたちに破局が訪れたきっかけは優だった。
美鳥とのつきあいに限界を感じていのは冬の始まり。毎日のように勉強する彼女だけど、成績は少ししか上がらないし、
むしろ普段の成績が落ちるくらいだった。友達とケアをしても不機嫌な態度ばかり取るような状態だった。
そして毎週のように求められては、身体が疲弊する。なぜなら彼女は徹底的に受身だったはずなのに、
あたしを責めるようになってきた。まるで自分をつなぎ止めるように。
だけど、そんなあたしの様子に耐えかねたのは優だった。あの子は、あたしたちの関係も知っていて、
自分がいるときに隣の部屋で交わっているときも黙認していた。だけど、日に日に疲弊しているあたしを見ていた。
だから、ある日、優は美鳥を殴った。それもあたしを引っ張って帰ろうとしていたときに。
これ以上、お姉ちゃんに近づくな、殺すぞなんて凄んで。そんなことしたら、余計に揉め事は大きくなると思っていた。
優はシスコンだとは周りに言われるくらい、あたしのことを好意的に話していた。
だから、しばらく変な噂も流れた。もちろん、あたしと美鳥のことも。そして、その日から美鳥は欠席した。
それから三日くらい経った日、美鳥から電話がきた。
内容は、優に殴られたとき、まるであたしに殴られたみたいな気分になったって。
優とあたしは印象は違うけれど、やっぱりどこか表情が似ていて、優の怒りが彼女をやっと冷静にさせたなんて。
そして、美鳥はその表情が焼け付いて、もうまともにあたしの顔を見る自信が無くなったと同時に、
それまで自分があたしに行ってきたことを思い返すだけで、自分自身に耐えきれなくなった。
だから、別れないとどちらも不幸になる、そういうことを告げてきたの。バカでごめん、なんて言わせたくなかったんだけど……。
三学期の時点で、あたしは美鳥と一切話をしなかった。友達は少しずつ回復していたあたしに安心したけど、
結局は受験で離れることへの不満ばかりの話になった。
あれだけ色々あって、あたしの遍歴を知っているのに、ふたりの友達と交流はときどきある。
メールで書いた記事見てくれた報告とかね。だから、美鳥とは酷い別れになったけど、最悪だったとは思わない。
結局、美鳥も卒業するときにメールをくれたの。ありがとう、本当に大好きだったよって。
今はどうしているかは知らない。最初の希望通り女子大に入った話は知ってる。
だけど、誰か好きな女の子が出来たかまでは知らない。ただ、元気でいてくれればそれで良い」
大きく息を吐いて由香子は少し寂しそうな顔をした。
「……妬いた?」
「ううん……しょうがないよね……」
「多分ね、Sになったのも美鳥のせい。最初は、彼女は嬲られるように責められるのが好きで、
あたしもそういうのに比例して気持ちが大きくなって、美鳥と別れた後は、男の子とつきあっても、
年上のお姉さんとつきあっても、やり過ぎて嫌われたり、怒られたりした。
今思うと……美鳥がいなかったら、今の自分は無かったから、あって良かったことなのかもしれない。
お互いそれで大人になったし、最悪な出来事にはならなかったから、ちゃんと切り替えられたから……」
少し胸が苦しくなった。嘘つきだな、ぼくは。やっぱり少し妬いている。
それに優は男である自分が嫌だった時期なのに、由香子を守るために暴力を振るうなんて。少し羨ましかった。
話のように溺れることはないけど、由香子とはずっと一緒にいたい。
たぶん、好きでいるのと、好きでいてもらえるのはとても大事なバランスなんだ。
「ねえ、キスして……」
由香子が両腕でぼくの頭を抱くようにしてキスをしてくる。
もちろん、その舌先で唇の重なり合った部分を突くように刺激し、我慢しきれないぼくが口をゆっくりと開く。
ねっとりとなめ回すように唇と周辺を愛撫されて、頭がぼうっとしてしまう。
そして思わず犬みたいに舌を出した途端に由香子が顔と顔を密着させながら、その舌を強く吸い付き、
しばらくの間、呼吸困難になった。
顔を離した瞬間、お互いが荒い呼吸をしながら、見つめ合った。きっと同じ目をしていたと思う。
どろんとした夢見心地な目で。ただ違うのは、
由香子の中に植え込まれた責めたがりの感情が怪しく瞳の中で揺らめいているような気がした。
すぐに由香子は体勢を起こして、ぼくを組み敷いたような体勢になる。
「もう乳首勃ってるよ……本当に感じやすいんだから」
「んっあっつ……」
タンクトップ越しに乳首を触ってくる。本当に不意打ちだから左乳首を軽く摘まれただけで背筋に軽く電気が走る。
そのままの姿勢で脱がされて、今度は触れるか触れないかの距離で焦らしてくる。頭の中が甘い感情で満たされる気分になる。
「そんなにあたしのキス好き?」
「……好き……由香子のキスが一番好き」
「なら、もっとしてあげる。今日が忘れられないくらいね」
そうしてキスが繰り返される。今日はキスだけじゃなくて、うなじを舐められたり、鎖骨や耳まで舐めたりしゃぶったりされる。
ぼくとつきあってから、こういうのが好きになってしまったみたいで、
舐められた痕跡の唾液で濡れた場所を意識するだけで脊髄に電気が、ペニスが反応する。
「本当に反応が早い……クリトリス、こんなにおっきくしちゃって……」
ぼくの耳許でささやく由香子の声は、いつになく怪しく、聞いているだけで
女の子として犯されることで、ぼくのペニスはクリトリスになる。そしてアナルはヴァギナになる。
そしてぼくの場合は、女の子の気持ちでキスするだけで、恥ずかしいくらいの勃起を体感する。
射精することは嫌だった。だから由香子はいつもキスと乳首の愛撫だけは充分過ぎるほどしてくれる。
そのたびにぼくは昔から高かった声がより甘い響きを込めた形で喘ぎ、泣いた。
そのときほど自分が男じゃなく、女として喘がされていることが、当たり前のように感じることに心から喜びを感じていた。
「んんっつ!」
不意打ち過ぎた。由香子がいきなりぼくのクリトリスを指で弾いた。
「……驚いた? あんまりヒクヒクしてるから意地悪しちゃった」
楽しげに笑うけど、さすがにそんなことされたことがないから、ちょっと驚く。ついでに言えば、ちょっと痛い。
「意地悪、ちょっと嫌……」
少し拗ねてみた。
「ごめんなさい……今日は、こっちだものね……由香子は右手の人差し指と中指を舐めながら、
その指をぼくの臍の下に置き、這わせるようにして股間を通過しつつ、クリトリス、太股を撫でながら、アナルに到達する。
「今日は、ここで感じさせてあげるから……」
ゆっくりと由香子がぼくの身体に折り重なるようにして、そっと耳許に囁いた。
大きな胸がぼくの胸に押しつけられる。乳首の感触にまた少し興奮する。乳房の上で擦れ合うだけでも甘くもどかしいのに、
乳首同士が触れ合った瞬間、軽くイッてしまったのには恥ずかしくてしょうがない。
「……イッちゃったの? 本当に感じやすい身体ね……」
「だって、由香子が上手なんだもん……」
さっきからぼくの心がどんどん女性化しているような気がしてきた。
言葉遣いや、仕草に自分でも気づかないうちに、そんな反応を表すようになってきた。
曖昧な位置にいたぼくをどんどん由香子が女にしてくれる。少し、ぼくという一人称すら使いづらくなってしまったくらいで。
「なら……そろそろ、ここをもらうわよ……」
「……ぃふっ……んんっつ……」
焦らされる。指を背中に這わせて、ゆっくりと降ろしていく。
もう最初からアナルに向かっても良いくらいなのに、それを焦らす。我慢しきれない気持ちで全身がざわつく。
お互いに全裸になってしまうと、ただお互いの体温だけが確実に存在を確かめるようで、抱き合うだけでもとても心地よかった。
由香子がラテックスの手袋を右手にはめ、左手でローションのボトルを持って、右手の指にまんべんなく垂らして、すり込む。
「翼、お尻上げて……」
さっきから枕に顔を押しつけて四つん這いになっている。待ちきれない気分で、鼓動が高鳴る。本当に犬みたいで。
「行くわよ」
「きて……」
ゆっくりと指が一本入ってくる。ローションのちょっと冷たい感触が直腸に入り、それを円を描くようにまぶしていく。
すぐに指が抜けて、違う指が入り、今度は奥に奥に入って、そこもローションで濡らす。
そして、また指が抜けて、今度は少し手前で集中して塗られる。クリトリスがまた大きく動く。
「……翼のおまんこって、いつも本当に熱いわね……指だけなのに、本当にくわえ込んだら離さないって感じで……」
「……由香子の指だから……」
「指だけで良いの?」
また今度は覆い被さるように耳に囁きかけてくる。そうしながら、由香子は指を二本に増やして、
またローションを塗り込んでいた。アナルや直腸の感触は違和感が強いとはよく言われるけれど、
触られる背徳感と自分の中を犯されるという女性的なことが原因で、ぼくは最初から感じてしまうタイプだった。
「……二本じゃ足りない……指……」
「ダメ……ゆっくりしないと切れちゃうよ……そうしたら、しばらくできないでしょう?
その間、我慢できなくて浮気しちゃうかもね」
「いやあ……そんなのやだ……」
「じゃあ、我慢しなさい。ゆっくりやれば、解れてとても気持ちが良いんだから」
本当に焦らされている。でも、そう言われてしまってはしょうがない。
彼女だって早く新しくぼくのために買ったペニスバンドを試したくて数日前に届いてから期待を込めた目をしていた。
だというのに、ぼくは――わたしは、舌足らずな言葉で由香子に甘えていた。
本当に焦らされている。でも、そう言われてしまってはしょうがない。
彼女だって早く新しくぼくのために買ったペニスバンドを試したくて数日前に届いてから期待を込めた目をしていた。
だというのに、ぼくは――わたしは、舌足らずな言葉で由香子に甘えていた。
指が三本入った瞬間に「はぁっ……」と大きな吐息を吐いた。背筋を甘い快感がとてつもない勢いで往復するような感じ。
「もうちょっとね……」
由香子が慎重に指を抜き差ししつつ、その指にローションを足しながら出し入れしている。
足されたローションと増えた指の太さと絡みつきに「んっんっ……んんー!」
「もう……指とローション増やしただけでそんなに感じるの? 本当に翼のおまんこは感じやすいんだから」
「あ、ああああ……」
強弱をつけた指がわたしの中で蠢く。由香子はいじわる。指でどこを動かせばいいのなんかお手の物。
だけど、今日は、わたしのお腹の中を傷つけないようにいつになく丁寧にヴァギナをマッサージしてくれる。
Sなのにやっていることが丁寧なのが笑ってしまう。
「翼……どう、おまんこ? 苦しくない?」
「……わたしは大丈夫だよ。だから、由香子、一緒になろう……」
すると沈黙。おそるおそる後ろを振り返ったら、由香子は笑いを堪えているようだった。
「……本当に、女の子。ふふっ……あははは! もう、可愛すぎ! いいよ、翼、仰向けになって脚広げて。M字開脚!」
あ、そうか。わたしが今、気持ちが女の子になってるから由香子が面白がっているんだ。
そして、由香子はいつものSな態度じゃなくて、普段の彼女に戻っていた。
だから、思わず言葉に従って、M字開脚でヴァギナを見せつけてみた。クリトリスが大きくて少し嫌だったけど、
心なしか興奮が段々高まってきた。ちょっと長い時間は辛いからすぐに脚は降ろしたけど。
「ふふふ……おまんこもクリもヒクヒクしてる……欲しがってるね……」
「うん……」
じゃあねえ、と言いながら由香子がベッドの脇からトートバッグから何かを取り出した。前に買っていたペニスバンドだった。
「お待たせ」
その手にあったペニスバンドは、シリコン製でハーネスとかが無いタイプ。片方が女性用でヴァギナに入れる形。
もう片方はパートナーに挿入する形。そして、この挿入される側は男女のどちらでも構わない。
「……一緒に感じたい」
「もちろんよ」
由香子がペニスバンドを迷わずに自分のヴァギナに挿入する。少し呻くように吐息を吐いた。
わたしを責めている間にすっかり濡れていたみたいで、思ったよりもスムーズに入った。
「ねえ……翼、あたしのおちんちん舐めてみない?」
「うん……由香子のおちんちん舐めたい……」
少し背筋が震える。意識して言葉に発すると、何だか恥ずかしくなる。
だけど、同時に、ごくりと唾を飲み込んだ。あれがわたしの中に入る……それって凄い。
ゆっくりと由香子の股間にそびえ立ったおちんちんを横から幹の部分をゆっくりと舐める。
そして、睾丸がありそうな位置に舌を這わせて、ゆっくりと裏筋に向けて舌を這わす。
そして、亀頭周辺をなめ回しながらゆっくりと収まるだけ口の中におちんちんをくわえ込んだ。
しゃぶりつきながら、頭の上から微かに由香子が感じる声が漏れる。
フェラチオしていても、感じるとすればペニスバンドの反対側の部分の振動だけなのに。もちろん、気持ち良いと思う。
でも、由香子はわたしを責めて従属させている状況にも興奮を覚えて感じているのかもしれない。
それだったら、今のわたしは心まで女の子になっている。
「ねえ……由香子、我慢しないで……一緒に気持ちよくなろ……」
「いいよ……翼のはじめてちょうだい」
由香子はもう一度、わたしをM字開脚にさせて、ローションをおまんこに塗り込んで、
今度はコンドームを被せたペニスバンドの挿入する側にたっぷりと塗り込む。
べたべたで、てらてらと光るペニスバンドが何だかとってもえっちな感じがする。
たくさん塗り込んだローションが少し先端から垂れる。
「翼、あなたを女の子にしてあげる」
「うん……大好きだから、信じてる。由香子、きて……」
初めはゆっくり。おまんこの入口から先端が入る感触。少しずつ大きくなって圧迫感を内側に感じる。
でも、ゆっくりと奥に奥に進入してくる。ローションで濡れたシリコンの感触が気持ち良い、と意識したところで由香子の動きが止まる。
「翼……どう?」
「気持ち良いよ……」
「……じゃあ、もっとね んっ!」
と、言われた瞬間に挿入されていたおちんちんがもっと奥に入ってくる。
「んんっ! あっ!」
驚きと快感が入り交じって声を出してしまう。ゆっくりだと思ったら急に激しい。
「……いじわる……ずるいよ……」
「だって……こんなに可愛い翼、初めてだもの。気持ち良いでしょう? 苦しくない?」
「……大丈夫。むしろ……嬉しい」
分かっていて聞いている。さっきのいきなりのことだって、今の質問だって、わたしが充分に無理なく感じられるかの確認。
もちろん、そんなことは由香子とわたしだけが知っていること。誰よりも何よりも。
「良かった……」
そう言いながら、由香子は両手でおっぱいを触ってくる。また乳首を責めてきて、おまんこがキュウキュウ締まり出す。
「……あたしと同じ。おちんちん入れられて、乳首責められて締め付けちゃうの……んっ……ねえ、翼……動いて良い?」
「良いよ、動いて……」
圧迫感が躍動すると、言葉にできない感触がわたしの中で動き出す。由香子がわたしの腰を掴んで動き出したとき、
思わず脚を彼女の腰に回した。離したくなかった。挿入と最初の動きだけはちょっとした違和感だった。
でも、分かる。最初は確かめるように由香子は挿入した。だけど、今は傘の部分で浅いところを集中的に責めたり、
今度は前立腺を圧迫するように責めたりしてくる。
「あああっんあああ!!」
「つ、翼あっ……」
ピストン運動が続いて激しい快感に絶え間ない嬌声を上げさせられていたら、今度は動きが止まって、
由香子はゆっくりと腰を押しつけてきた。その度におちんちんがわたしの中で十文字に動いたり円を描いたりしてくる。
そして、密着した由香子のお腹がクリトリスに触れる。それだけでわたしはイッっちゃいそうになる。
「……やっぱり、おちんちんでおまんこかき回されるのはみんな大好きよね……んんっ……」
「あんっあああ!」
さっきから言葉なんて発せない。由香子は刺激が弱い分、わたしより余裕があるけど、わたしばかりがさっきから喘ぎっぱなしで、
言葉らしい言葉なんて発せない。お腹の中をかき回されたり、またピストンで的確に急所を刺激されたりするだけで、
頭の中で火花が飛んでいるような錯覚すら感じる。
今度は由香子の動きが急に止まった。思わず、合わせて動いていた腰だけが二、三回遅れて止まる。
「……ゆかこ……」
「ねえ翼、あたし疲れちゃったから、翼が動いてくれない?」
「えっ……」
「こういうこと!」
すると由香子はわたしに挿入したまま、勢いをつけて自分が下の体勢にになり、
その反動で引き寄せられたわたしはそのまま騎乗位の体勢になった。
「ああんっ!」
一気の反動で動いたから、その刺激に声が耐えられない。勢い余って、おまんこからおちんちんが抜けそうで、
勢いつけて押し込んだのと由香子が腰を打ち付けたのが同時で、また声にならない声を上げた。
「んっ……頑張って、翼……」
何度かはやってもらったことを今度は自分がその立場になってやってみる。それって難しい。
由香子は騎乗位で突いてあげるだけでも喜んでいたけど、どう動いたっけ? 喘ぎながら、朦朧とした意識で、
もっと貪欲に快感を探そうとしている。わたしって淫乱かも。
「ねえ、翼っ……上下じゃなくて、前後で動い……たらっ」
あ、そうか。さっきから上下に動いて浅いところを刺激しながら、どうすれば良いのか考えていた。
だから、由香子と強く繋がって、今度は前後左右に腰を振っただけで、強烈な刺激が脊髄を走り、頭の奥でまた激しい火花を発する。
「……つ、翼……どうする、どんな体勢でイキたい?」
「ああっ……ああ……由香子の、顔が……見えなら……ああっ!!」
「なら、もう一度!」
さっきの逆で、また騎乗位から正上位に戻す。今度はさすがにゆっくりと。だけど、繋がっている間にお互いに喘ぎながら、
声が抑えられない。もう由香子も限界が近いということが分かってきた。
「……行くわよ、翼!」
そう言うなり由香子は激しくピストンをする。また離れていた両足を由香子の腰に回す。
思わず背中に爪を立てる。でも、由香子は気にしないまま激しく動く。
「ゆか、こ! 由香子!」
「んんっ! あっ……」
今度は逆に由香子の刺激も強くなって言葉にならない。
おまんこの中を激しく往復するおちんちんがGスポットを集中的に責めてくるからわたしは悲鳴のような声を上げる。
「あああああ!!! ひぃっっぃぃぃ!!!」
「翼! 翼!」
もう限界がそこで来た。
「あああっ! イク! イッちゃう!!!!」
「あたしもっ!!!」
わたしが最後に覚えていたのは悲鳴を上げながら、クリトリスを白い愛液塗れにしたまま、由香子の達してしまう顔だった。
気絶、というのは本当に一瞬だった。わたしのクリトリスがまた刺激されている。それも先端が集中的に。
「ああっ!!」
よく見れば由香子がクリトリスにローションをたくさん垂らして激しく擦っている。
「ゆ、由香子、なにしてるのっ?」
「あ、起きた? せっかくだから、潮吹かせちゃおうかなって」
ああ、前に優に聞いたことがある、男の人でも潮を吹けるとかいう話。あまり興味なかったけど、
まさか自分がそれをされるなんて。しかもトコロテンしたままのクリトリスを擦られるだけで全身が激しく弛緩する。
「ふふ……また悲鳴みたいな声出てる」
イッて冷静になる暇もなく激しくクリトリスを擦られたら誰だってそうなっちゃう。由香子はずるい。
わたしが油断していると、いつもこんなイタズラをしてくるんだから。
「あー!!! あああああ!!!」
もうクリトリスの感覚がなくなってきて、頭の奥とか脊髄とか触れてもいないのに乳首とか、身体中の性感帯がビクビクしてきて、
また失神してしまいそうになるところで、
「出たっ!!」
由香子の声と同時にクリトリスからびゅーびゅー! と激しく潮? が吹いた。
わたしが昔、自分で出したことがある精液と呼ばれたものとは違う出方。それが止まらない。止まらない……。
「ああっ!! 由香子、止まらないよう、止まらないよう!」
「大丈夫よ……もうすぐ止まるから」
それでも、出続ける精液はわたしが少し憎んでいたような存在でありながら、
どうしようもない気持ちよさを感じさせてくれていた。
「すごいわね……精液……あっ、ごめん、愛液……」
そういう約束をしていた。ぼくが何度か目のセックスで射精したのを気がとがめるような反応をしたので、
由香子は精液を愛液と呼ぶことにしようと提案してくれた。ペニスをクリトリスと言い換えるように。
「いいよ。ぼくもそれほど、気にしていないから」
「あれ? 翼、少し男の子に戻っちゃった?」
「かもしれない」
思わず笑ってしまう。ネット用語だけど、男の人が射精をすると妙に冷静になる「賢者モード」なんてあるけれど、
それに近いのかもしれない。もちろん、元々は男でぼくという言葉を使うのにそれほど抵抗がなかったから戻っただけかもしれない。
それに、興奮が行き過ぎた段階で女の子になっていったから、これはしょうがないのかもしれない。
「……ちょっと残念」
「じゃあ、今だけはわたしたちってことにしようか」
「無理しなくて良いよ」
そんな風にして、ぼくの処女喪失は滞りなく終わった。
「ところで……今日は、かなり由香子に意地悪されたから、次は由香子のお尻の処女もらうから」
「ごめんね、まだ柔らかくなくて……」
一応、心の準備はできているんだけど、由香子の方だけは準備ができてなかったりした。
結局、その後もぼくの胸はDカップまで成長したところで止まった。髪の毛もボブカットになって、
化粧の仕方も地味目から可愛らしい色合いに変えた。歩き方は本当に女性で、街中で変なスカウトまで言い寄ってくることすらあった。
もちろんお断り。彼女いますから、って左手の薬指にはめたシルバーリングを見せつけてやる。
一応、レディースバーでのバイトも順調。両親には先生を通して、会いたくないということを伝えてもらった。
学生生活は順調に行えている。
一年生のカリキュラムが終わる頃、優は神原さんを堕とすことに成功した。ノンケの彼もさすがにつきあうとなると、
カウンセリングも中断となった。優も精神状態は余裕ができ店でも苦しまずに働けているらしい。
しばらくは優も大学を卒業するまではぼくらと暮らすが、将来的には神原さんと同居することになる予定だという。
そして、由香子は普通に卒業して、前と同じようにライター活動。今までは大学に所属していた関係で、
出版社に出入りして仕事もらっていたけど、先輩のライターさんの事務所に入れてもらって、
ラジオの放送作家みたいな仕事からグルメ、美容といった一般向けの取材も行うようになった。
ぼくのバイトもそれなりに順調だけど、事実上、養われているような感じはさすがにもうしわけなかった。
この双子との出会いで、ぼくは今までより幸せになった。四月になったけど、これからもぼくたちは幸せになれるのだろうか?
きっと大変だけど、上手くいく。そんな気がした。
それから数年。
その後、優は性別適合手術と戸籍を女性に改めて神原さんと結婚。ふたりの息子の母親だ。もちろん神原さんとの間の子ではない。
でも片方は神原さんの子供で、片方は優の子供である。ふたりの血縁上の母親は由香子だった。
優としては神原さんと相思相愛でも、子供を残せないのが申し訳ないと思っていた。卵子提供も考えたけれど、
母体になってもらえそうな人を探すのが大変だった。それで、由香子が自ら神原さんとセックスをして子供を産んだ。
これについてはぼくは反対はしなかったけど、相当な嫉妬心に駆られたのは否定できない。
なにしろ出産のために由香子は一時的に神原さんと婚姻関係にあった。奪われる恐怖すら感じたけれど、そんなことは無かった。
そして、しばらくは優が育てていたけれど、優としてもそろそろ性別を決めようとしたところで、
自分の遺伝子を分けた子供が欲しいと思った。それで、悩んだ末にまた由香子が優の子供を産んだ。
さすがに父親を神原さんにするなど牧村先生には大変な世話になった。運良く、障害なども抱えることなく次男も元気に育っている。
で、結局、由香子は神原さんと離婚して、最終的には後にふたりの子供を出産。もちろんぼくとの間の子供だ。
双子の女の子が生まれた。
ぼくは大学卒業後、悩みに悩んだ結果、男に戻ることを決意した。これについての理由は、男である自分に悩まず、
苦しまないでいられるようになったことが分かったこと。不可逆でなければ両方の性を保有したかったけれど、そうもいかない。
それに優たちの子供を見ていたら、自分も子供が欲しくなった。そして、悩んだ末に男に戻った。
薬を止めた影響の体調の一時的な不調、乳房を切除したり、男性ホルモンを使用して筋肉をつけるなど、
最低限の男性らしい外見を作るのには苦労したけれど。そして由香子と普通に過ごしても心のバランスは少しも崩れなかった。
男としてのセックスも苦痛だとは一切思わなくなっていた。
今のところ、ぼくは大学時代に看護師の資格は取得。身体を戻すまでの一年は静さんのバーで働いていた。
常連さんにはオナベになるという認識で通じている。ただ、ぼくの料理が食べられなくなるのがお客さんはみんな残念がっていた。
でも、バイト仲間も料理上手でぼくの教えた方法を真似て好評なので、問題は無さそうだ。
そして身体が男に戻った今は看護師で頑張って働いている。親にも再会した。
正直に、自分の今までの経緯を話した上で由香子を紹介した。相当、驚かせたけどちゃんと資格を獲得して、
孫が産まれたら限りなく喜んだ。両親には相当な心配をかけたけれど、分かってあげられなくてごめんと謝られた。
色々な感情があるけれど、お互い様だ。そして、ふたりの兄には秘密にしてもらった。常識人だからね。
仕事は順調だけど一時期、同僚の女性看護師がテレビのイケメン紹介コーナーに出演しないかと誘われたけど断っている。
お昼の番組のあれだ。目立ったりはしたくない。ちょっとだけ女顔が強く残ったのが男に戻ってのちょっと嬉しいけど、
困った悩みだった。
とりあえず、順調に三十代を迎えられそうだ。目下の悩みは結婚しているのにモテるのは勘弁してもらいたい。
由香子に冗談交じりで怒られるから。
由香子は一応、ライターとしての活動は続いている。さすがに行動力が自慢だった分、
四人も子供を産んだら相当な迷惑をかけるので、ふたり目を産んだ際に事務所は辞めてフリーに戻った。
そうしている内に、知り合いの編集者から官能小説を書いてみないかという誘いがあり、短めの物を書いている内に、
少しずつ大きな出版社からも執筆依頼があり、ライター業よりも官能小説の執筆が忙しい。
とはいえ、在宅でもやれることなので、育児の負担にもならないらしい。もちろんぼくだって家事と育児は分担してやっている。
優は、管理栄養士の仕事を見つけて、今は女性として働いている。神原さんと結婚して、毎日のろけている。
少し男の子っぽい幼妻みたいな印象だと神原さんは言っている。
最近、ぼくらの双子の娘をお風呂に入れていたら、姉の方がこんなことを言った。
「パパのおちんちんって、わたしたちも大きくなったら生えるのかな?」
「いや、違うよ、女の子には生えないよ」
「えー! やだなーだって、着いてた方がカッコいいもん!」とは妹の言葉。
もしかしたら、娘たちから男になりたい、ということを言われるかもしれない。
そういえば、ニュースで女から男性になれるようになる技術が産まれたとか言っていたような。
だとすると、娘たちから男になりたいとカミングアウトされる日も近いかもしれない。
そのときにぼくは、きっと一方的に批難も批判もしないだろうけど、
やっぱりちょっと困ってしまうかもしれない。
fin