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追憶

「あっ、リカちゃん、そこっ、きもちいいっ!」

「うふふ、アキちゃんたら相変わらずここが弱いのね」

 私のペニスがアキちゃんの弱点を突く。 ベッドにうつ伏せになって枕にしがみつくアキちゃんのアヌスを、私のペニスが出入りしている。 その先端が背中側の一点をこするたびに、アキちゃんは悲鳴にも聞こえる嬌声を上げていた。

「リカちゃん、ボク、もう駄目、いっちゃう、いっちゃうよ!」

「あんっ、いいわよ、思いっきり、いっちゃって!」

 爆発寸前のペニスを抽送しながら、私も余裕の無い声で答える。 その答えを待っていたかのように、アキちゃんは絶頂に達した。

「あっ、だめっ、もうだめえっ!」

 びくんびくん。

 アキちゃんの体が震える。 私の位置からは見えないが、おそらく激しく射精しているのだろう。 それを見届け、私も自分の欲望を解き放った。

 私の中から溢れ出した熱い液体が、ペニスからアヌスを経由してアキちゃんの中に送り込まれて行く。 その衝撃に、アキちゃんは再びその身を震わせた。

● ● ●

 私の胸に顔をうずめて眠るアキちゃんを、ナイトランプの柔らかな光が照らしている。 先ほどまでの激しいセックスで、アキちゃんはすっかり疲れきってしまったようだ。

 私はアキちゃんの寝顔を眺めながら、始めてあったときの事、それより前の事をぼんやりと思い出していた。

● ● ●

「二千万だ」

 取立屋だという男の人が言った。もちろん払えるわけが無い。

 父が失踪して一ヶ月ほどしたある日、僕のところにその男はやってきた。

 闇金融に、僕はまだ中学生だとか、そもそも保証人でも連帯責任者でも無いとか、そんな理屈は通用しない。 借金を返せるか、返せないかだけだ。 無論、唯一の身寄りを失った僕にそんな金額が返済できるわけは無かった。 相手も、それは判っていたようだ。

「なあ坊主、お前さんなら、内臓売るよりもましな返済方法があるんだが、乗る気は無いか?」

 僕は藁にもすがる思いでその話を受けた。

 後で考えてみれば、取立屋にしてみれば利子を払わせながら返済を続けさせた方が儲かる。 それだけの事だったわけだが。

 化粧を施され、香水を吹き付けられる。

 透明な、まるで体を隠す役に立っていない下着を着せられる。

 最後に、肛門からぬるぬるした液体を注入される。

「さ、準備完了。じゃあがんばってね」

 付き添いのお姉さん(実はお兄さんだが)はそう言い残して出て行き、僕は巨大な円形のベッドの上に取り残された。

 これからやらなければいけないことを考えると、体が震えた。 死ぬよりはまし、と自分に言い聞かせ、腕を組むようにして自分を抱き締める。

 ドアが開く音がした。

 カプセル錠剤を水で流し込む。

 これを飲むたびに、僕の体は男ではなくなってゆく。

 怖い――自分が自分じゃなくなっていくような気がする。

 もう男性に抱かれることにはすっかりなれた。 ペニスで犯されると、快感すら感じるようになった。 しかしそれを感じるのは肉体だけだ。 一瞬の高揚が過ぎた後には、底無し沼のような自己嫌悪が待っている。

 怖さを忘れるため、自己嫌悪を覆い隠すため、僕は今夜も『私』になる。

「うおっ、リカちゃんはおしゃぶり上手だなあ!」

「うふふ、ありがとうございます」

 嫌悪感を噛み殺しながら、ペニスに口で奉仕する。

 褒められるたびに、私は自己嫌悪を感じる。

 一年以上もこうやって体を売っていれば、内心がどうであろうと媚を売り、微笑む事が出来るようになる。

 汚い。自分が汚れていることが判る。それでも、私にはこれしか出来る事が無いのだ。

 目の前のペニスを乳房にはさみこむ。 どうにかなじんできた乳房で、客のペニスをマッサージする。

 乳房とは言っても、要は巨大な水風船に過ぎない。 しかしそんなものでも客は喜んでお金を払う。 豊胸手術をしてから私の稼ぎのペースは一段アップした。

 お金のために、体にインプラントすらする。 この乳房を意識するたびに、自分が存在すら偽者だと思い知らされる。

 私は感情を押し殺して笑顔を作り、胸の谷間から飛び出すペニスに舌を伸ばした。

 夜の繁華街を、あてどなく散策する。

 駅前にある噴水広場に着いた。 これからどちらに行こうかと、何気なく周りを見回した。

 幸せそうなカップル。 男性が何かささやくと、女性がはじけるような笑い声を上げた。 拳で男性の腕を叩き、それからその腕にしがみつく。 笑い合いながら歩き去る、恋人同士の姿。

 女子高校生の集団。 かしましくおしゃべりしながらファミリーレストランに入って行った。 学校、友人、友達との遊び歩き。

 サラリーマン風のスーツ姿の三人連れ。 酔っ払って、仕事の愚痴や上司の悪口を言い合いながらも、楽しそうに笑っている。 気の置けない友人同士の付き合い。

 私にはどれも無い。私にあるのは、借金の残りと、取り返しがつかないほどいじった体と、男を喜ばせるテクニックだけ。

 雑踏を見渡しながら、私は泣きたくなるような疎外感に包まれていた。

 今日も夜の散歩。

 いつもの駅前噴水広場に来る。

 噴水の縁に腰掛けた女の子が、サラリーマン風の二人連れに付きまとわれている。

 ……違う。女の子じゃない。 一見すると女の子だが、仕草や表情にわずかな違和感――というより既視感がある。 毎日鏡の中に見ているものと同じ。

 パニック状態に陥っているらしいその子の右腕を、男の一人が無遠慮につかんだ。 顔が引きつるのが見えた。

 私はとっさに近寄ると、その子の左手をつかんで立ち上がらせた。

「おまたせー。さ、いきましょ」

 男たちに向かって笑顔を作り、言葉を投げる。

「ごめんなさいね、わたしたちこの後の予定があるの」

 口からでまかせを言って男たちを煙に撒き、私は広場から外れた方に向かって歩いた。

「あ、あの」

 女装の子が私に向かって声をかける。

「駄目よ、ああいうのははっきり断らないと」

 振り返りながら、私は声を返した。安心させるように微笑む。

 アキちゃんの腰の上にまたがり、ゆっくりと腰を沈めて行く。 アキちゃんのペニスが私の中に入ってくるにつれて、アヌスから信じられない快感が湧き起こる。

 これは、何?

 どうしてこんなに気持ちが良いの?

 今までに感じた肉の快感とは違う。 まるで魂の中にまで挿入されているような気がする。 私は我を忘れて腰を振り続けた。

 絶頂。ペニスから精液を垂れ流しながら、私は身を震わせた。

 魂が抜けたように全身から力が抜ける。 アキちゃんの上に倒れ込むと、アキちゃんが私の体を受け止めてくれた。 触れ合っている部分から何か暖かいものが私の中に流れ込む。

 絶頂の余韻が引いた後も、自己嫌悪は沸き起こらなかった。 あたたかい満足感と、とろけるような幸福感。 それが私を満たしている。

 多分、私はこのとき初めて体を重ねる事の本当の意味を知ったのだ。

 ホテルを後にし、アキちゃんと別れた。

 街の風景が、昨日までとまるで違って見える。 目に入る光景は何一つ変わらないというのに。

 今日が、明日が、明後日が、楽しみに感じられる。

 不思議に思い、自分はいったい何を楽しみにしているのだろうと考える。すぐに判った。

 アキちゃんだ。

 あの子とまた会えるのが、私は楽しみで仕方が無いのだ。

 昨日までの私は、ほとんど惰性で生き続けているだけだった。 実際、自殺を考えたことも一度や二度ではない。

 でも今日からは違う。私は、アキちゃんと一緒に生きたい。 あの子の為なら何でも出来るし、辛くても頑張れる。

 自分に起こった事を理解すると、目に入るもの全てが生き生きとして見えた。 アキちゃんが私を生まれ変わらせてくれた。昨夜は、新しい私の誕生日だったのだ。

 アキちゃんの精液が、私のアヌスに注ぎ込まれる。

 気持ちいい。とても、とてもとても気持ちいい。 まるで精液の一滴一適が快感に変換されているように。

 体を売っている時のベッドの中では、こんな事はありえない。 精液を注ぎ込まれると、体の中から汚されているような気分になる。

 でも、アキちゃんの精液は違う。 注がれた時には素晴らしい快感を、その後には言い様の無い幸福感を私に与えてくれる。 麻薬でも入っているのではないかと思うぐらいに。

 麻薬中毒者が麻薬を欲しがるように、私はアキちゃんの精液を求めて、 アキちゃんのペニスをアヌスで絞り上げた。

● ● ●

「ふぁ〜〜〜。……おはよう、リカちゃん」

「おはよう、ねぼすけアキちゃん。もうすぐ十時よ」

「えー、だってゆうべはリカちゃんがなかなか眠らせてくれなかったんじゃない」

「うふふ、そうだったわね。ごめんなさいね」

 ちゅっ。

 私はキスで謝罪した。

 アキちゃんが私の首に腕を回し、舌を入れてくる。 フレンチキスのつもりがディープキスになってしまった。 私も積極的に舌を絡めながら、この幸せがずっと続きますように、と願った。

―了―


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