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PROJECT ANGEL

 一条の光が暗い宇宙を貫いた。

 光に貫かれた金属塊が醜く膨張し、次の瞬間閃光を撒き散らして消滅する。光条が交錯し、再び閃光が生まれる。

 いくつもの閃光が生まれた後、光条の応酬は途絶えた。

『アルファ・ワンよりコントロールへ。戦闘終了。周辺に残存敵影無し。被害ゼロ。オーバー』

『コントロールよりアルファ・スコードロン。敵戦力の消滅を確認。作戦を終了。帰投されたし。オーバー』

『アルファ了解。オーバー――アルファ全機、帰投する』

『アルファ・ツー、ラジャー』

『アルファ・スリー、ラジャー』

『アルファ・フォー、ラジャー』

 電波の声を交わしながら、四つの巨大な人型がフォーメーションを組む。暗い灰色の宇宙用低視認性塗装に塗られたそれは、連合宇宙軍の制宙用アサルトアーマー・ハウンドドッグだ。

 四機のハウンドドッグが向かう先は大型の攻撃空母だった。護衛艦と防空機の間を抜けた四機のハウンドドッグが、次々に着艦用デッキに舞い降りていった。

 ――二十二世紀。

 人類同士の三度目の殺し合いを乗り越えて太陽系に広がった人類は、新たな繁栄を手にしようとしていた。

 彼ら――後にバーサーカー、すなわち狂戦士の名で呼ばれるようになった自動戦闘機械群が現れるまでは。

 最初にそれが金星に落下したとき、注目したのは一部の天文学者だけだった。金星の大気に広がる美しい衝撃波の動画が公開されると大衆の興味が一時それに集まったが、それもすぐに忘れ去られた。その後もそれについて論じるのは、天文学者とスペースガードのほかには一部の暇人だけだった。

 しかし分厚い大気と太陽系最高の反射率の雲の底で――彼らは美と愛の女神(ヴィーナス)の肉体を食らって増殖していた。

 金星への隕石――と思われていた物――落下の半年後、それは唐突に人類の前に姿をあらわした。

 分厚い雲の下から浮上してきた全長1,000メートル弱の細長い金属の塊が、金星周回軌道上にあった観測ステーションをビーム砲撃で蒸発させた。金属塊の正体が宇宙戦闘艦だと判明するまでに三隻の貨物船と客船が犠牲になり、死者は三桁のオーダーに達した。

 月面にモスボールされていた戦闘艦と退役して久しい元軍人からなる寄せ集めの艦隊が何とかそれを破壊するまでに、さらに三隻の船が宇宙の藻屑となる。

 残骸の調査の結果、それは人類とは明らかに異なる系統の技術の産物だった。たとえば、艦体中心部にあった巨大なプラチナ・イリジウム製のスポンジ状物体が動力機関なのか、情報処理機構なのか、それともそれ以外の何かなのか――それすら当初は不明だった。

 その後、あらゆる手段を用いた呼びかけに応答も無く、金星に投下された探査体がすべて地上からの砲撃で破壊されるに及んで、太陽系連合中央政府は金星に巣食うそれを人類への敵対存在と認定。いつしかその戦闘機械群は『バーサーカー』と呼ばれるようになる。

 やがて、廃棄が決定され解体を待つばかりだった兵器が再生され、宇宙戦力が整備される。軌道上からの核攻撃が金星地表からの迎撃によって失敗した為、連合政府は超大型ビーム砲による対地掃射を決定。ビーム衛星砲『イシュタル』建造に要する時間は三年――この時間を稼ぐのが、連合宇宙軍に与えられた使命だった。

 『イシュタル』の完成まであと十八ヵ月。落としても落としても現れるバーサーカーと、徐々に疲弊していく宇宙軍の戦力。果たしてあと一年半を持ちこたえることが出来るのか――人類の命運はこの綱渡りにかかっていた。

● ● ●

「ケイ、今日はこれからどうするんだ?」

 シャワーの音に混じって、ジョーの声が聞こえる。

「いや、特に予定は無いよ」

「よし、じゃあ飲みに行こうぜ」

「いいね、どこにする? トーマスの店?」

 僕はシャワーを止めると、ドライヤーのスイッチを入れた。四方から吹きだす乾いた温風が僕の体を乾かしてゆく。

「このあいだトーマスの店からも女の子がいなくなっちまったんだよなあ」

「ああ、なんか女性人権団体から抗議があったらしいね」

 ジョーが愚痴る。僕は落ち着いて飲めればバーメイドやホステスが居ようと居なかろうとどうでもいいのだけど、女の子好きのジョーには死活問題のようだ。

「山崎敬介少尉、居るか!」

 シャワールームに僕を呼ぶ声が響き渡った。僕は急いでシャワーカプセルから出る。

「はっ!」

 僕を呼んでいたのは、小隊長の有坂中尉だった。

「出頭命令だ。1300(ヒトサンマルマル)に大隊長執務室に出頭。以上だ」

「Yes,sir!」

 敬礼しながら壁の時刻表示に目をやる。指示された時間まで30分ほどしかない。有坂中尉が姿を消すと、ジョーが声をかけてきた。

「出頭命令って、なにやらかしたんだよ、ケイ」

「さあ?」

 褒められる心当たりは無いが、叱責されるような心当たりも無い。

「どっちにしろ今日は付き合えないな、ごめんよ」

「いいって。また今度な」

「ああ、また今度」

 『今度』などがありえなかったことは――もちろんこの時の僕は知る由も無かった。

 コンコンとドアを叩き、大きな声で告げる。

「山崎敬介少尉、ただいま出頭しました!」

「入りたまえ、少尉」

「失礼します!」

 大隊長のオフィスに足を踏み入れた僕は、そこに意外な人物を見た。

 オスカー中将――僕が所属するアルファ小隊の所属する第102戦闘大隊の所属する攻撃空母《インヴィンシブル》の所属する連合宇宙軍第二航空艦隊の艦隊司令官――つまり僕にとって上官の上官の上官のそのまた上官にあたる人物だった。

 応接セットのソファに座った中将の視線を感じながら、大隊長に敬礼する。

「楽にしたまえ、少尉。実をいうと君に話があるのは私ではなく司令官殿でね」

 大隊長がソファのほうを示しながら言う。

「まあかけたまえ、少尉」

 改めて中将に敬礼した僕は、促されてソファに腰をおろした。緊張からギクシャクした動きになっていたのが、自分でもわかった。

「ケイスケ・ヤマザキ、21才、アサルトアーマー搭乗員、少尉、志願任官……」

 中将が手元のペーパーに目を通しながら、確認するように言った。

「さて少尉。今日私が君に会いに来たのは、君に転属の通知をするためだ」

「は、自分の転属、でありますか?」

 このとき僕は、いささか間抜けな声を出していたと自分でも思う。艦隊司令官に呼び出されて告げられるには、およそふさわしくない内容だったからだ。

「はは、得心がいかんと言う顔をしておるな。もちろん、普通の転属ではないぞ」

「は……」

「君の転属先は、私の直轄下にある第901実験戦闘団だ」

「……マーモット部隊!」

 第901実験戦闘団――通称マーモット部隊。第二航空艦隊旗艦《グラーフ・ツェッペリン》に所属する、兵器開発データを収集するための実験部隊だ。

「そうだ。あらかじめ言っておくと、君にはこの転属命令を拒否する権利がある。もしそうしても一切ペナルティは無い。ただし受け入れた場合は機密保持義務が発生する。その場合は今後死ぬまで901に関する情報を第三者に漏らすことは許されん」

「一つ聞いてもよろしいでしょうか、閣下?」

「一つと言わずなんでも聞きたまえ。そのために足を運んだのだからな」

「は、それでは。何故、自分なのでしょうか? 自分は正直に言って、それほど優秀な部類のパイロットとは思えないのでありますが……」

「謙遜する必要は無い。データによれば君のパイロット適正は高いほうだ。最も経験不足は否めないがな……」

「はあ。それでは何故……?」

「開始予定の新規プロジェクトにおける適正値が高かったとだけ言っておこう」

「それは新型兵器の開発と言うことでしょうか?」

「詳細は話せん。君が901の所属にならなければな。しかし上手くいけばバーサーカーに対して強力な武器になると言っておこう」

 この時点で、僕の気持ちは決まっていた。バーサーカーに対する強力な武器――そのためなら、人員を使い捨てにすると悪名高いマーモット部隊への転属もためらいは無かった。

 熟年旅行に出かけた両親の乗った客船がバーサーカーに沈められて以来、僕の人生の目標はバーサーカーへの復讐だけだった。そのために宇宙軍に志願し、幸いにも適性を認められてアサルトアーマーパイロットにもなった。もし文字通り実験動物(マーモット)として使い捨てられたとしても――バーサーカーどもを滅ぼす一助になるのなら何も悔いは無い。

「転属命令、謹んで拝命します、閣下」

 ソファから立ち上がり敬礼をする。オスカー中将も答礼をし、『そうか』とつぶやいた。その声に痛ましげな響きがあったのを、しかしその時僕は気にも留めていなかった。

● ● ●

「901へようこそ、山崎少尉」

 《グラーフ・ツェッペリン》の連絡艇ハンガーで僕を出迎えたのは、どうみても十四〜五歳にしか見えない白衣姿の少年だった。

「あ、ああ? すまないが君は……?」

「これは失礼。僕は901の技術主任、平原昂(ヒラハラ コウ)です」

 そう言って少年がポケットから取り出して見せたIDカードには技術大尉待遇の階級が記載されていた。

「失礼しました、大尉殿!」

 慌てて敬礼をする。

「ああ、そんなに堅苦しくしなくていいですよ。大尉って言っても軍属ですし」

 確かにIDカードによれば平原昂の正式な階級は技術大尉相当官、つまり「技術大尉と同等の権限を与えられた民間人」だ。これは彼が徴用、あるいは出向の民間人であり、正規の軍人ではないことを示している。制服ではなくセーターとスラックスにクラシックな白衣と言う格好もそのためだろう。

 とはいえ軍では階級は絶対である。この少年が大尉待遇であるのならば、少尉である僕は彼を上官として対応しなくてはならない。

「さて山崎少尉、こちらへどうぞ。901の専用区画に案内します」

 平原大尉に案内された先は、《グラーフ・ツェッペリン》のハンガーデッキの一つだった。

「901で使用する機材は全てこのハンガーに格納されています。居住区画とラボは隣接する倉庫ブロックを改造して使用しています」

 ハンガーデッキには四機のアサルトアーマーが並んでいた。形状は僕も昨日まで乗っていたハウンドドッグに近いが、胸周りや背中のメインスラスターの形状が異なっている。塗装は通常よりも明るいライトグレーで、それぞれ色違いのラインが胸と肩、足に入っていた。

「あれはハウンドドッグの改修機です。四機それぞれ改装内容が違うので、識別のために色分けしてあるんですよ――ああ、グレッグ少佐!」

 平原大尉の声に、赤いラインの入った機体の足元で整備員と話しこんでいた人物が振り返った。大柄な白人男性で、全身の筋肉が盛り上がっている。

「少佐、彼が今回の『新人』です。よろしく頼みますよ」

「本日付で第901実験戦闘団に配属になりました、ケイスケ・ヤマザキ少尉であります」

「グレッグだ。ケイ、ケイスゥ……ケイでいいか?」

「はっ!」

「まあそう固くなるな。ここはそう大所帯じゃない」

「はあ……」

 名前をきちんと覚えてもらえないのは毎度のこととして――どうも僕の名前は日本人以外には覚えにくいらしい――、グレッグ少佐の態度にはいささか引っかかる物があった。あまり軍人らしくないと言うか……。佐官級以上の上級士官教育を受けた軍人にあるはずの、なんというか堅苦しさが感じられなかった。

「マーク! ケニー!」

 少佐が上を向いて怒鳴ると、青と緑の縁取りの機体のコクピットから二つの顔がのぞいた。

「新入りだ!」

 上を向いて敬礼する。青い機体から顔を覗かせた白人男性が「よろしくっす〜」と気の抜けた挨拶をし、緑の機体から顔を出した黒人男性が無言で手を振った。これが僕と、マーモット部隊のメンバーとの初顔合わせだった。

「さて、それじゃラボのほうを案内しましょうか」

 平原大尉に促され、僕はハンガーデッキを後にした。

 プシュッという軽い音と共に、無針注射器から薬液が僕の血管に送り込まれる。一分おいてからもう一本。そしてさらに一本。合計で600ミリリットルだ。

「体調はどうですか、山崎少尉?」

 平原大尉の問診に僕は答える。

「異常はありません、大尉」

 自分より七つも下の相手に敬語でしゃべるのにもずいぶん慣れた。はじめは何でこんな子供が技術主任なのかと思った物だが、平原昂がDNAを改造されて生まれたデザインチャイルドだと知ってからはそれも納得した。

 DNAを弄られた、という点では今の僕も同じだ。僕の場合はDNA書き換えによる後天的なものだが。

 901に着任したその日、僕は実験の詳細と、僕がその被験体として選ばれた理由を告げられた。

 宇宙生活に適応した新人類――ニュータイプ。なんでも予知能力者並の短期未来予測のようなことが出来る、超能力者まがいの存在らしい。そして僕にはその素質があり、それを最大限に引き出すためにDNA改変による肉体の最適化を行うということだった。

 反射神経強化、脳および内臓の対G性強化、筋肉の持久力・疲労回復性強化……。

 先読み能力をアサルトアーマーの操縦に生かすために、肉体をパイロットとして最適化する。そのための被験体が僕というわけだった。

 半月かけてナノマシンで全身の細胞を書き換えられ、カプセルから出たのが一月前。それから様々な基礎データを収集された。

 カプセルから出され、覚醒させられた直後には以前と変わったように見えなかった僕の体は、この一月の間に徐々に変質していた。

 まず目立つ変化は、体毛の希薄化だった。

 シャワーを浴びるたびに手足の毛や陰毛が抜け落ち、髭はまったく生えてこなくなった。眉も薄くなり、幅が細くなった。頭髪が抜け落ちたりはしなかったものの、最初は放射線障害の類似症状かとおもって大いに焦ったものだった。

 検査の結果代謝に異常は無く、DNA書き換えの結果『体毛が薄い』という体質になっただけとわかったが、結果が出るまでの間まったく気が気ではなかった。テスト中の事故死ぐらいは覚悟していたが、さすがに試験機に搭乗もせずに死亡は願い下げだ。

 もうひとつの変化は筋肉、というか、筋肉と皮下脂肪だった。

 全身の筋肉が少し落ち、代わりに皮下脂肪が均等に厚くなった。筋肉が落ちてはパイロットとしての能力が低下するのではないかと聞いてみたが、これはむしろ逆らしい。

 アサルトアーマーの操縦に余分な筋肉は不要。筋力は操縦桿やフットペダルを操作できるだけあればよいのであって、無駄な筋肉は酸素と血糖値を浪費するだけ、というのがその説明だった。

 一月して体の変化が安定したのが確認されると、やっとアサルトアーマーへ搭乗しての実機試験が行われることになった。僕に割り当てられたのはハウンドドッグ改四号機。白いラインで縁取りされた機体だった。

 出撃前の問診と安定剤投与が終わり、パイロットスーツを着込んでハンガーに向かう。コクピットに潜り込むと、見慣れたコンソールが僕を出迎えた。

「四号機、出ます!」

 リニアカタパルトがハウンドドッグ改を押し出す。以前にも何度も経験しているはずのGが、このときはずっとマイルドに感じられた。これがDNA書き換えの効果なのだろうか?

 訓練宙域に入ると同時に、前方からビームが飛んできた。光速の一〇%近くまで加速された高エネルギー粒子が僕の機体めがけて突き進んでくる。しかし僕はそれを、知覚する前に避けていた。

 訓練宙域に入ると同時に感じた嫌な気配――それは実戦でバーサーカーに背後を取られたときに感じた物と似ていた。反射的に機体を右に滑らせると、直後に僕の機体が居た場所をビームが貫いていったのだ。

 はるか彼方の空域から驚愕の気配が感じられる。そちらに向かって加速しながら、機体を上下左右に滑らせてビームをかわす。やがてレーダーが相手を捕らえ、モニターに三つの目標コンテナが表示された。

 三つの輝点が僕を取り囲むように散開する。包囲されればおしまい――いくら先読みできてもかわしようが無くなる。しかし相手も三機では完全な空間包囲は出来ない。この包囲を食い破るには――。

 僕は向かって右に居る目標に向けてビームを放った。必中の一撃――しかしその相手もまたビームをかわして見せた。僕のように発砲前に回避動作に入っているわけではなく、ビームが射出されてから回避にはいって、だ。

 僕は焦った。このままでは包囲の中心にもろに突っ込むことになる。

 向かって左相手に目標を変え発砲――しようとするが、上手くいかない。相手はまるでこちらの照準を読んでいるかのように上下左右に動き回り、僕の機体の照準レティクルは一向に安定せず、いつまでたってもロックオンのトーンが聞こえてこない。

 上からの一撃。とっさにシールドをかざす。シールド表面の耐ビームコーティングにビームが弾ける。

 右と左からの同時射撃。横には避けられない。加速して前に抜ければ背中から撃たれ放題。上下に避ければ上に居る相手のいい的――僕は全力逆噴射で機体を後ろ向きに加速した。

 すぐ目の前を左右から交差したビームが通過する。ほっとした次の瞬間――ビームサーベルが僕の機体を唐竹割にした。

 演習用プログラムが『撃破』のメッセージを表示する。続けて表示されている推定ダメージは『センサー全損・機能停止』『メインスラスター爆発・機能停止』『メインジェネレーター誘爆・機能停止』『コクピット破壊・搭乗者死亡』と惨憺たるものだ。実戦だったら脱出のまもなく即死していただろう。

『ようし、演習終わり。ほれ、帰るぞ』

『ういっす』

『……』

 僕以外の三機が綺麗なトライアングルフォーメーションを組み、《グラーフ・ツェッペリン》に向かって加速する。僕も慌ててそれを追いかけた。

 着艦デッキに降りると機体を901専用ハンガーに運び込み、整備ベッドに固定してコクピットハッチを開放する。機体を整備員に預けてデッキに降りると、そこには既にほかの三人が待っていた。

「おう、三対一で良く粘ったじゃないか」

 グレッグ少佐の台詞にマーカス大尉が続ける。

「いやあ、ほんとほんと。少佐のサーベルまで使わせたのは久しぶりだよ?」

「……」

 ケネス大尉も無言で頷き、同意を示している。

「はあ、でも結局あっさり落とされちゃいましたし……」

「馬鹿お前、いくらなんでも新人に三対一で、そう簡単にやられてたまるか」

「そうそう。それに普通ならあそこまで接近する前に落ちてるよ?」

「……」

「ほれ、いいからシャワー浴びてラボにいくぞ」

「ういっす」

「……」

 三人がシャワールームに向かう、僕もそれの後に続きながら、少しは仲間として認めてくれているのかな、と考えていた。

● ● ●

 ビームライフルから迸った閃光がターゲットドローンの中心を貫く。一瞬の間をおいて、最後のドローンが木っ端微塵になった。

『ターゲット破壊――データ収集完了です。皆さん戻ってください』

 通信機から聞こえる平原大尉の声に、僚機が答える声が聞こえる。

『エクス・ワン、ラジャー』

『エクス・ツー、ラジャっす』

『……』

「エクス・フォー、ラジャー」

 最後の僕の声を合図に、第901実験戦闘団試験小隊、エクス・スコードロンは帰投方位を取った。フィンガーチップフォーメーションを組んだ四機のハウンドドッグ改が、母艦《グラーフ・ツェッペリン》に向かって加速する。

 帰投するハウンドドッグ改のコクピットの中、モニターのベクトルマーカーに重なる母艦シンボルを見つめながら、僕は体の熱さに悩まされていた。

 機体をハンガーに戻してデッキに降りたとき、僕は眩暈を感じた。五分の一Gの低重力にもかかわらず足元がふらつき、ラッタルの手すりにつかまって体を支えなければならなくなる。シャワーも浴びないままラボに担ぎ込まれた僕は、全裸にされて医療用スキャナーに放り込まれた。

 スキャンデータとパイロットスーツからのテレメトリデータを突き合わせた結果は、どうやら神経の興奮状態が異常に長続きしているらしいということだった。神経が昂ぶり続けているために肉体の緊張が解けず、結果としてオーバーヒートしたということらしい。

 出撃のたびにこれでは戦闘することも困難である。鎮静剤の類は使えないのかと聞いた僕に、平原大尉はとんでもない答えを返してきた。

「今はもう経過観察時期ですから、あなたには薬物は出来るだけ使用したくありません。その種の内分泌系に影響を与える薬物を使うと、あなたに起きている変化がDNA書き換えの結果なのか薬の影響なのか分からなくなってしまうんですよ」

「しかし大尉、いちいちこれでは任務に支障が出ます。どうにかなりませんか?」

「マスターベーションをしてください」

「……は?」

「マスターベーションというのはですね、自分で性器などを刺激して――」

「いえ、あの、自慰行為の定義については理解していますが――それとこの件にどういう関係が……?」

「要するに、発散させて神経系の興奮を除去すればいいのです。あれですよ、えーと『むらむらしているなら一発抜いてやろう』でしたっけ?」

 平原大尉の口から出てきたのは、先週から艦内ネットワークの娯楽用チャンネルで配信されているポルノビデオの女優の台詞だった。

「大尉、あのビデオはR18(十八歳未満視聴禁止指定)だった筈ですが……」

「え? でも特に視聴制限は無かったですよ?」

 艦内ネットワークの設計者も、まさか軍用艦に乗員として未成年者が乗艦しているとは思わなかったらしい。民間ネットワークなら当然ある視聴制限がまったく行われていないようだ。

「……まあ、いいです。で、要するに――」

「つまり一回絶頂してしまえばクールダウンするってことですよ」

「はあ……」

 半信半疑ながらも話が終わってラボを辞する僕の背に、平原大尉は声をかけてきた。

「ああ、少尉」

「はい、大尉」

「あなたの個人当てにデータを送っておきます。後で確認してください」

「? 了解しました」

 ここで渡さないということは、何かプライベートな物なのだろうか。僕は若干の疑問を残しつつ、平原大尉のラボを後にした。

 901のパイロット用個人区画は全て個室だ。個室を割り当てられるのは佐官級(カンパニー・グレード)以上で、尉官級(フィールド・グレード)は大部屋というのが宇宙軍では普通なのだが、901の場合搭乗員が4人しか居ないのと、階級がばらばらなのがあってこうしているらしい。

 壁面収納式のベッドと折りたたみデスク、小型のユニット型レプリケーター、通信用から娯楽用まで使えるAV端末と、狭いながらも一通りの設備は整っている。

 珍しいのが全感覚型のVRリンカーだ。

 個室にあるのは、単純なヘッドセットで視聴覚情報だけを受動的に体験できる物では無く、完全にVRに没入できる上にVR内で(プログラムの範囲内でだが)自由に行動できる高級品だ。娯楽用として市販されている物と性能に差は無いが、個人持ち込み品以外で兵員室にこんな物があるのは珍しい。

 僕はその自室に戻り、ベッドに倒れこんだ。冷えた枕が熱くなった頬に心地よい。このまま眠ろうか、とも思ったがしかし、火照った体がそれを許してくれそうに無かった。

 そういえば、と先ほどの平原大尉の言葉を思い出す。

 携帯端末からメールボックスを覗いてみると、平原大尉からのメールが一通入っていた。

  FROM : ks19845-kou-hirahara@evfc901.sf202.efsf.mil
   TO : xj19370-keisuke-yamazaki@evfc901.sf202.efsf.mil
SUBJECT : <件名無し>
MESSAGE : <本文無し>
 ATTACH : file1.vrl file2.rep file3.rep ...

 表題なし、本文無し、添付ファイルのみのひたすら素っ気無いメールだ。添付ファイルもfile1やfile2などという、それだけみても中身がさっぱり分からないファイル名になっている。

 添付されているのはVRリンカー用ソフトが一本とレプリケーター用のオブジェクトデータがいくつか。レプリケーター用データは大して大きくない、無機物の小間物サイズだった。それに対してVRソフトの方はサイズがかなり大きく、ビデオなら四〜五時間分ぐらいになるサイズだ。

 とりあえずVRソフトのほうをVRリンカーに読み込ませ、プレビューをAV端末に表示させてみて、僕はあっけにとられることになった。

 中身はポルノソフト、それも全身感覚データや行動プログラムまで入った、VRとしては最も手の込んだタイプの物だった。

 さっさと止めてファイルも消去してしまおうと思ったのだが――僕の目はプレビュー動画に釘付けになり、指一本動かせなくなっていた。見せ場を繋ぎ合わせたプレビュー動画が終了して再び冒頭に戻ったところで、僕はやっとそれを停止させることが出来た。

 やっぱりこのまま眠ってしまおうと考えたが、目を閉じると体の火照りとともに、今見たばかりの動画がまぶたの裏にちらつく。しばらく無駄な抵抗をした後、僕は諦めてVRリンカーのヘッドセットを手に取った。

 ヘッドフォンとゴーグルと脳波ピックアップを足して二で割ったようなごついヘッドセットをかぶり、ベッドに横になってスタートスイッチを押す。起動したら、表示されるメニューから再生オプションを選択していく。

  視点モード : 主観視点
 視点同調対象 : 男優
 全身感覚同調 : オン
ストーリー介入 : オフ

 再生を開始すると、主演男優の視点でストーリーが進み始めた。ストーリーといっても、ポルノソフトにそんな物はあってないようなものだ。開始三分後には既にベッドの上で、女優の服を脱がせていた。

 感覚データは非常にリアルで、ばらばらの感覚データを継ぎ接ぎしたものではなく、男優からリアルタイムサンプリングされたものだということが分かる。しかしそのデータで女優の肉体を味わいながら、僕は次第にフラストレーションがたまってくるのを感じていた。

 僕はいったんソフトを停止すると、再生オプションをもう一度見直した。

 視点のモード、同調対象、視聴覚以外の感覚の設定、単純再生かプログラム分岐を使うか……。

 そこで僕は一つ気がついた。同調対象に女優が選択出来るようになっている。

 通常この手のソフトでは、視聴者に悪影響を与えるのを防ぐために、視聴者本人と極端に異なる人物とは同調できないようになっている。戦争物や犯罪物で死亡する人間や快楽殺人者などになれないようになっているのと同じで、ポルノソフトの場合は視聴者と違う性別は選択出来ないようになっているのだ。ところがこのソフトは、そのプロテクトが解除されている。

 それに気付いた瞬間、僕の心臓が大きく跳ねた。自分の心臓の音がはっきり聞こえ、いつのまにか呼吸も速くなっている。

 僕はもう一度オプションを選択しなおすと、ベッドに横になって全身の力を抜いた。

 男の手が僕――私の乳房を愛撫する。充血した乳首を転がされ、私は呻き声とともに熱い息を吐いた。

 男の手はわたしの下半身にも及び、ショーツの上からマッサージするように股間を愛撫している。下半身が溶けそうな刺激に、私の腰がいやらしくうねる。

 やがて男は私をベッドに横たえると、ショーツを剥いで下半身を剥き出しにさせた。

 私はうつ伏せの姿勢になると、尻を高く上げて男を誘った。

 男のペニスが私のヴァギナを貫き――。

 異様な吐き気に僕はVRからリジェクトされた。存在しない器官に受けた刺激情報が内臓を掻き回されるような刺激に変換されたのだ。異常を検知したVRリンカーは緊急停止し、ソフトは女優が挿入された直後の時点で停止している。

 僕は少し考えてソフトを巻き戻すと、直前の選択肢の部分から再生を再開した。

 ――男のペニスが私のアヌスを貫き、私は肉を貫かれる熱い刺激に酔った。

 ペニスが押し進んでくるたびに私の尻穴が押し広げられ、直腸がどんどん男に占領されていく。背徳的な快感に、私の頭は焼き付きそうだった。

 男が抽送をはじめ、腰をがつがつと私の尻にぶつけてくる。ペニスに貫かれ続けるアヌスからの刺激は、私を焼き尽くそうとしているようだ。

 やがて男は限界に達し、ひときわ深く打ち込まれたペニスが私の尻穴にスペルマを注ぎ込む。腹の底に熱湯を注がれたような刺激に、頭の中で火花が散った。

 ソフトの再生が終わり、体の感覚が戻ってくる。VRリンカーのヘッドセットを外し、デスクの上におく。全身を濡らす汗を拭こうと身を起こし――股間を濡らす感覚に気がついた。

 僕は一つ溜息をつくと衣服を全て脱ぎ、スペルマに汚れた下着をレプリケーターの分解投入口に放り込んだ。ウェットタオルで全身を拭い、これもディスポーズする。

 新しい下着に着替えてベッドに横になる。いつのまにか、体と神経の興奮はすっかり治まっていた。代わりに襲ってきた疲れに身を任せ、僕は目を閉じた。

● ● ●

 あの日以来、僕がミッション後に倒れることは無くなった。一度出撃するたびにあのVRポルノソフトで発散することで、蓄積した興奮による神経・肉体への過負荷は解消できるようになった為だ。

 一つ困るのは、どういう訳か女優のほうに同調しないと快感を得ることが出来ない、ということだ。

 自分でも一つソフトを購入してみたのだが、普通に販売されているような男性視点、それも視聴覚のみの物ではまったく満足ができなかった。仕方なく平原大尉から貰ったソフトを何度も使っているのだが、女優視点でアナルセックス、という以外の選択肢が無いのでその他のプログラム分岐――体位、服装、どこに射精されるか等――はすぐに体験し尽くしてしまった。

 だからといって新しいソフトをくれなどと大尉に言うわけにもいかないしどうした物か、と考えて、メールで送られてきたのがVRソフトだけではなかったことを思い出した。メールを開いて添付ファイルを取り出し、レプリケーター用オブジェクトデータのビューアに通す。

 ビューアのプレビューウィンドウに表示されたのは――アヌス用の細長いバイブレーター、女性用の胸パッドみたいな物、通常の男性器サイズのバイブレーターにローションといった、アダルトグッズの類だった。

 VRソフトの内容から多分こんなことだろうと思ってはいたけれど、実際に目にするとやはりインパクトがある。大体彼はまだ未成年のはずなのだが、一体どこからこんな物を入手してきたのだろうか。まあ娯楽チャンネルのポルノビデオの例もあるから、購買部(PX)が大尉の年齢を確認もせずに注文された物を売ってしまっただけなのかもしれないが……。

 それにしても、どうして女性用の自慰グッズばかりなのだろうか、という疑問が起こる。アナルバイブレーターはともかく通常サイズのバイブレーターなど僕が貰っても――と考えて、VRの中で男優に幾度も尻穴を許したことを思い出す。

 いやいや僕、何を考えているんだ、あれは所詮VR、それもポルノソフトの中の事と自分に言い聞かせるが――僕の目線はそれらのグッズに釘付けだった。

 はやる心臓を押さえつつ、オブジェクトのプレビューの下に表示されている各アイテムの説明に目を通す。

 バイブレーター二種類は特に何の変哲も無い普通の物だったが、胸パッドみたいに見えたものはただのパッドではなかった。胸に貼り付けると神経に接続し、本物の胸のように感じることができるという女装用グッズだった。パッド自体の表面センサーや内蔵圧力センサーの感度を調節することもでき、そのためのリモートコントローラーも付属している。

 僕はいささか迷った末に――それらのアイテムを全部レプリケーターで生成した。

 最初に試したのは付け胸だった。

 女性の胸から切り落とされたようなそれを自分の胸に重ね、コントローラーを軽く接触させて『吸着』の信号を送る。続けて感覚信号を有効にすると、乳房を支える自分の手の感触が感じられた。

 そっと乳房を揉んでみると、現実では初めてなのだが、VRでは幾度も感じた感触が感じられる。

 VRの中で男優にされたことを思い出しながら、胸を軽く揉み、乳首をつまんでみる。胸の先端から走った刺激に僕はびくりと震えた。

 指の力を抜き乳首を優しく転がすようにしてみると、そこから感じられるのは穏やかな快感だけになる。ふと気がつくと、僕は自分の胸を――実際には付け胸だが――いじるのに夢中になっていた。

 慌てて胸から手を離し、視線を泳がせる。目にとまったのは、デスクの上のバイブレーターとローションだった。

 ローションの容器も手にとり、僕はそのキャップを開けた。ローションを左手に出し、右手の指ですくう。ローションにまみれた中指をアヌスに潜り込ませると、VRの中で幾度も経験した感触が感じられた。

 軽く息を吐いてから指を何回か出し入れしてみるが、それはあまりに細く感じられ、満足感よりもむしろ欲求不満をあおる結果になった。僕はデスクの上に再び目をやり、細身のアナルバイブと男性器型の普通のバイブを見比べた。VRの中では幾度も経験しているとはいえ、さすがに現実でいきなり普通サイズは無理があるだろうと思い、僕は大小の球体が繋ぎ合わされたような形状のアナルバイブを手に取った。

 ローションをしっかりとまとわせたバイブをアヌスに差し込むと、先ほどの自分の指とは比較にならない満足感が感じられる。バイブの球体が一つ潜り込んでくるたびに段差が僕の肛門を刺激し、同時に押し広げてくる。VRで感じる微妙な違和感は無く、その感触と快感は間違いなく僕自身の体が感じている物だった。

 バイブのスイッチを入れる。振動が僕の肛門を責め、その快感に僕の腰から力が抜けた。

 僕はベッドに横たわると体を丸め、左手で乳房を揉みながら右手でアナルバイブを抽送した。VRで感じるのと同種の、しかしはるかにリアルな快感が僕を襲う。敏感な胸を弄りながら機械に体内を犯される感覚は、VRとはまったく違う快感を僕に与えてくれた。

 ふと気がつくと、僕のペニスの先端から白いものがこぼれている。いきおいよく撃ち出されるのではなく、とろとろと溢れるようにだ。改めてよくみてみると、ペニス自体があまり固くなっておらず、いわゆる半勃起程度の状態だった。よく考えればいささか異常な状態なのだが、僕はその時、胸と肛門からの快楽に支配されてまともな思考能力を失っていた。

 胸を揉みながらバイブを抽送し、背筋のぞくぞくする感覚に絶頂が近いことを感じる。やがて限界に達した僕は、乳首をぎゅっとつまみながらバイブで一際深く尻穴をえぐり、声を殺しながら絶頂した。

 絶頂が去って全身が弛緩すると、バイブが自重で肛門から抜け落ちた。僕はそれを何とかデスクの上に置くと、耐G訓練の直後もかくやという脱力感に負けて目を閉じた。

● ● ●

 グレッグ少佐のハウンドドッグ改が、最後の敵ハウンドドッグをビームライフルで撃墜した。

 もちろん実際にハウンドドッグを撃墜したわけではなく、演習用の低出力モードのビームが接触したのを検知した演習プログラムが撃墜判定を下しただけだ。彼我撃墜数は4対0。僕たちの完勝だ。

 アグレッサー演習が終わり、攻撃空母《インヴィンシブル》所属101小隊《アルファ・スコードロン》と、《グラーフ・ツェッペリン》所属第901実験戦闘団試験小隊《エクス・スコードロン》は母艦に帰投する。

 母艦への方位を取り終わり、しばらくは巡航するだけになったところで通信機の呼び出し音が聞こえた。

『よう、ケイ、久しぶり。元気にしてたか?』

 しばらくぶりの声に僕は答える。

『うん、僕は元気さ、ジョー。そっちはどんな感じだい?』

『いやあ、お前の抜けた代わりに入ってきた新人がヒヨッコもいいところでさあ、一番最初にお前に落とされた、あれに乗ってた奴なんだけど――』

 僕はかっての同僚と他愛の無い軽口を叩き合う。やがて《グラーフ・ツェッペリン》が見えてくると、僕らは通信を打ち切って着艦シーケンスに入った。

 シャワーを浴びて艦内服に着替え、平原大尉のラボに出頭する。僕の姿を認めた大尉が口を開いた。

「お帰りなさい、山崎少尉。演習は完勝だったようですね」

「はっ! まあ、機体性能が違いましたし、グレッグ少佐もマークスマン大尉もケネス大尉も腕利きでありますから、当然の結果ではないかと」

「それはあなたもでしょう。ログは見ましたが、最初の撃墜はあなたじゃないですか」

「はっ、ありがとうございます」

「さて、あなたの例の問題ですが、テレメトリーのバイタルデータを見る限り蓄積興奮は許容範囲内に収まっているようですが、僕の言ったとおりの方法で発散していますか?」

「え、あー、はい。大尉のメールに有ったデータのおかげで、その、上手く発散できています」

「そうですか。それでは参考記録をとりますので、どのようにしたのかを最初の一回から口述して下さい」

 ……自慰行為をどのようにしているのかを十四歳の少年に口で詳しく説明しろとか、これは何の羞恥プレイなのだろうか。罰が当たるような事をした記憶は無いのだがと、僕は無言で天を呪った。

 平原大尉が音声レコーダーを停止した。羞恥責めにも等しい時間が終わってくれたことを、僕は現金にも天に感謝した。

「さてそれでは少尉、トータルサンプリングもしますので、今日の自慰行為はここで行ってください」

「……は?」

「ですから、このサンプラーを装着した状態で、そこのベッドで自慰行為を行ってください。念のためにいっておきますが、これは命令です」

「……了解しました。あの、普段使っている道具類は……」

「もちろん使って下さい。普段と完全に同じでないと意味がありません」

 大尉はそう言うと、レプリケーターのコンソールに手をかけた。そういえば普段使っているあれは大尉からメールで送られてきた物なのだから、当然同じデータを持っている事になるわけだ。

 どうやら天に感謝したのはちょっと早計だったらしい。僕は改めて天を呪うと、艦内服のファスナーに手をかけた。ブーツ一体型のオーバーオール――艦内服は緊急時に簡易気密服として使える構造になっている――を脱ぎ、ついで下着も脱いで診察用ベッドにあがる。

「少尉、これを装着してください」

 平原大尉が手渡してきたのは、VRリンカーのピックアップインターフェイス部分だけを取り出したようなヘッドバンドだった。ピックアップ部を前頭部に当てる形でバンドを止めると、平原大尉がモニターを覗き込み、いくつかのキーを叩いた。

 データ採取の準備が終わると、まず手渡された付け胸を装着し、感度を50%に設定する。自分の手が一Gの重力に逆らって乳房を持ち上げている感覚に、僕は早速快感を感じ戦闘とは違う興奮を覚えた。ここまで来ると、もはや条件反射と言えるかもしれない。

 大尉の視線が気になるが、僕は『これも任務、これも任務』と繰り返し自分に言い聞かせた。

 何度も繰り返してきたように乳房を揉み、乳首を指ではさんで転がす。付け胸の圧力センサーが検知した圧力が人工神経接続を通じて伝えられ、そこから発した熱が全身に広がってゆく。なんだか、今日はその拡がり方がいつもより早いような気がした。

 やがて体が熱くなると同時にお尻の奥にむずむずした感覚が感じられ、無性にそこに刺激がほしくなってくる。

 僕はベッドの上に置かれていたローションを手に取ると、いつもと同じ手順でそれをアヌスに塗りこんだ。次にアナルバイブレーターを手に取り、そちらにもしっかりとローションをまぶす。

 バイブレーターの先端をお尻にあてがうと、僕はゆっくりとそれを体内に沈めていった。

「あくっ、うんっ、はあっ……」

 球体が一つアヌスをくぐるたびに、僕の口から喘ぎが漏れる。その声はとても自分が出している物とは思えない淫靡さだ。

 バイブレーターが根元まで埋まったところでスイッチを入れる。振動が直腸に響き、それが骨盤に共鳴するようにして腰全体から快感が湧き起こる。

「あっ、あっ、うあっ、くうっ」

 片手でバイブレーターを抽送し、もう片手で乳房を弄る。僕は慣れた刺激に一気に登りつめ、全身を痙攣させて絶頂した。

「……ふむ……なるほど……」

 絶頂の余韻が去り、ベッドの上で体を起こした僕は、平原大尉のほうを見た。大尉はモニターに表示されるデータを見ながら小声で呟いている。僕はそれを横目にしながら自分の腹を汚している精液をペーパータオルで拭き取った。

 続けて付け胸を外そうとコントローラーを手に取った僕に、大尉の声がかけられた。

「ああ、少尉、ちょっと待ってください」

「はい?」

「もう少しサンプリングしたいので、もう一度お願いしたいのですが」

「……は?」

「ええとですね、このデータだと、先ほどのあなたの絶頂のレベルは論理的な限界数値の半分強程度なんですよ」

「……はあ」

「それでですね、一度限界レベルのデータを取っておきたいのです」

「いえ、しかし、限界データといわれても、どうすればいいのか……」

「それはこちらに任せてください。今のデータから、あなたの性感の傾向は把握できましたから、僕に任せておいてくれれば大丈夫です」

「う……、了解しました」

「では、もう一度横になってリラックスしてください」

「はい」

 診療用ベッドに仰向けになった僕の、重力に負けずに盛り上がった胸――付け胸だが――に大尉の手が伸びてくる。それを見ながら、なぜか僕は怪しい昂ぶりを覚えていた。

 大尉の手が僕の胸をゆっくりと揉む。自分でのそれよりもゆっくりとした愛撫に、再び腰の奥に熱い物が感じられてきた。

 作り物の乳房を愛撫されているだけだというのに、そもそも僕は男だというのに、相手は七歳も下の同性の未成年だというのに――。

 モニターに目をやった大尉がわずかに眉をしかめる。

「……ふむ。少尉、ちょっと胸の感度を上げますよ」

 大尉は僕の返答を待たずに付け胸のコントローラーを手にとった。操作パネルに何度か指を滑らせると、先端を付け胸に押し当ててパネルを叩く。ピピッという動作確認音とともに、僕の胸の感度が変化した。

「うくっ!」

 胸から感じられる大尉の手の感触がいきなり大きくなる。

 力の入り具合は変わっていないはずなのだが、乳房を揉みつぶされたようなショックと、乳首にやすりでもかけられたような刺激を感じる。

「ああ、すみません」

 大尉の手の力が緩み、胸から感じる刺激が小さくなる。しかしその穏やかな刺激を、僕の胸は先ほどよりも繊細に感じ取っていた。

 乳房が指の形に合わせて変形しているのが分かる。乳首を軽くはさんでいる指の感触が分かる。

 そしてその刺激は全てが快感に変換され、僕の腰の奥、もっとはっきり言えば尻の方に流れ込んでいった。

 尻穴の奥にじれったい快感がよどみ、その部分をえぐって欲しくて仕方が無くなる。しかし大尉の手は胸からはなれず、乳房と乳首のみを執拗に責め続ける。

「うっ、くっ、はぁ、んんっ……」

「ふむ、そろそろですかね――少尉、うつ伏せになってください」

「うっ、はい……」

 大尉の指示に従って寝返りを打ち、診療用ベッドに上にうつ伏せになる。胸への責めが途絶え、僕ははあはあと荒い息をついた。

「ではいきますね」

 アヌスの周りに冷たい感触を感じる。見るまでも無く、ローションがたらされているのだと分かる。続いてアヌスにゴムの塊が押し当てられる感触がし――僕はその形がいつも使っているアナルバイブとは違うことに気がついた。

「大尉っ、ちょっと待って――!」

 ずぶり、という感じで僕のアヌスが貫かれた。いつもより太い感触。先細りの構造になっているアナルバイブとは違い、先端が一番太くてその後に太さがほぼ一定の軸が続いているのが分かる。

 それが僕の直腸を埋め尽くし、先端が突き当たりを打った。アナルバイブとは違うみっしりとした充満感が僕の尻を埋め尽くし、肛門は無理やり押し広げられる感覚に悲鳴を上げている。

「たっ、大尉っ、これっ、ちがっ――」

「ええ、言ったでしょう? 限界レベルのデータが欲しいって。あなたのアヌスは既に、アナルバイブレーターでは目いっぱいの快感を得ることは出来なくなっています。ですから成人男性サイズの方を使います」

 大尉の言葉とともに、アヌスを貫くバイブが軽く回すように動かされた。肛門が押し広げられるようにこじられ、先端が直腸内を小突き回す。その刺激に、僕の腰がかってにうねった。

「うあっ!」

 ずるりという音を立ててバイブが半分ほど引き抜かれると、直腸内をこすられる感覚が内臓ごと引き抜かれているような錯覚を感じさせた。再びバイブが押し込まれると、一番奥を突かれる感覚に内臓を押しつぶされているような錯覚を感じる。

 バイブが引き抜かれ、押し込まれるたびに、僕は横隔膜から下全体を揺すぶられているように感じた。アサルトアーマーの格闘戦機動もかくやという具合に内臓を揺すぶられながら、しかし僕はそれにすさまじい快感を覚えていた。

 アナルバイブよりも太いバイブに責められるアヌスと直腸も、普段よりずっと強烈な快感を得ている。どうやら先ほど大尉の言った言葉は間違いではなかったらしい。

「んっ、ふあっ」

「それにしても少尉、あなたが実はこんなに淫乱な人間だとは予想外でした」

 ずぶずぶ、ずるり。

「あっくっ、大尉、なにを……」

「だってそうでしょう? 男の癖に、僕みたいな子供にお尻をバイブで犯されて、そんなによがって。恥ずかしくないんですか?」

 ずぶ、ぐちゅっ。

「いやっ、これはっ、データ収集の、んっ、ためっ」

「だからって、普通は羞恥心のほうが勝る物でしょう。それをそんなに自分からお尻を振って……」

 カチリ。ブィンブィンブィン……。

「ふああっ! にっ、任務、なら、これぐらい、んっ!」

「ああ、なるほど。こんな痴態を晒すことにも耐えられるなんて、少尉は軍務に忠実ですね」

 ずぶっ、ごりっ、ぐちゅっ、ぐちゅっ……。

「ば、バーサーカーを、くうっ、殲滅、できるなら、自分はっ、あんっ、どんなことでもっ……!」

「良い心がけです、少尉。それでは今後もデータ収集のためにご協力願いますね」

 そうだ、これは任務のため、バーサーカーに人類が対抗するため――そのためのデータ集めなんだ。尻穴からの快感に溺れながら、バイブに一突きされるたびに絶頂への高みを登りながら、僕は自分に必死に言い聞かせた。

 やがてとうとう限界に達した僕は、ペニスから盛大に精液を撒き散らしながら絶頂した。アヌスとペニス、両方からのエクスタシーに、僕の意識は真っ白に塗りつぶされた――。

 目を開くと天井の発光パネルが目に入った。体を起こしてあたりを見回すと、平原大尉のラボだった。僕は相変わらず診療用ベッドの上だった。既に付け胸は外されているが、体のほうは素っ裸のままシーツが一枚かけられているだけだった。

「ああ、少尉、目がさめましたか?」

 大尉の声にそちらに目をやる。大尉はデータ端末から目を離し、僕のほうに首だけを向けていた。

「はい、大、尉……」

 台詞を全て言い終わらないうちに、先ほどの自分の痴態を思い出した。言葉が途切れ、思わず顔が熱くなるのを感じる。

「本日のデータ取りはこれで終了です。もう自室にひきあげていただいて結構です」

「はっ……」

 僕は大尉に向かって敬礼すると、先ほど脱ぎ捨てていた艦内服を身につけた。

「それでは失礼します」

 ドアの前で敬礼する僕に、大尉は答礼をせず片手をひらひらと振るだけで挨拶を返してきた。その素っ気無い態度は、やはり先ほどの事は大尉にとっては単なるデータ集めに過ぎないからなのだろう。

 ラボを退出して自室に向かう。艦内通路を歩きながら、次の出撃の後はアナルバイブじゃないほうを使おうかな、と僕は考えていた。

● ● ●

「少尉、あなたの遺伝子再調整が決定しました」

「はい、大尉殿。再調整というと、具体的にはどのような処置が行われるのでしょうか?」

「再調整箇所は多岐にわたりますが、要点だけいいますと、例の異常興奮に対処するための内分泌系および脳の情動野の修正、運動および反射神経の強化、それと知覚野の強化の三点です」

「はい……」

「それからこれはあなた自身の事ではありませんが、あなたのハウンドドッグ改にも改造を施します。主要な項目は新型兵器の試作品の追加搭載と、それに伴うコクピット周りの入れ替えです」

「新型兵器、ですか?」

「はい。サイコ・コミュニケーション・システムを利用した遠隔制御式小型無人攻撃機です。これを四機格納するコンテナの増設と、コントロールシステムを搭載したコクピットへの換装を行います」

「大掛かりですね」

「ええ、ですからあなたのDNA書き換え処置と平行して四号機の改造を行います」

「了解しました」

 時間の感覚を失っていた意識がゆっくりと覚醒する。寝起き直後のようにぼんやりと視線をさまよわせると、自分が暖かい液体の中に浸っているのに気付く。

「少尉、山崎少尉、聞こえますか?」

 聞き覚えのある声に視線を動かすと、液体の向こう側から少年の顔が僕をのぞきこんでいる。少しずつ正常な頭の働きを取り戻してきた僕は、自分が人工羊水で満たされたメディカルタンクの中に浮かんでいることを理解した。タンクに入る前日に平原大尉とした会話が思い出され――僕は二回目のDNA書き換え処理が完了したことを理解した。

 タンク内でのメディカルチェックが完了して外に出たのは覚醒から八時間後、ラボでの精密検査が終わったのはさらにその二十四時間後だった。一週間を軽いトレーニングと一日三回の検査で過ごした後、やっと新型兵器のレクチャーを受けることになった。

「さて少尉、この新型兵装のコントロールは従来の物とはまったく違っています。簡単に言うと、あなたが頭で考えたとおりに動くということです」

「VRの中における行動と同じようなものという事でしょうか」

「そうですね、原理はあれと同じです。各攻撃端末からのフィードバックも同じようにもたらされます。大きく違う点は、あなたの脳への入出力がそれだけに限定されないということです」

「といいますと?」

「分かりやすく言えば、目や耳以外からの情報を受け取りながら、手足以外のものを動かさなければならないということです。本日からしばらくは、そのための訓練を受けてもらいます。そのデータから四号機のサイコミュをあなたに合わせて調整します」

「了解しました」

 トレーニングの内容は奇妙な物だった。

 まずアサルトアーマー搭乗用ヘルメットにVRリンカーが組み込まれたような代物をかぶり、外部から流し込まれるシミュレーションデータを、視覚や聴覚を維持したまま受ける。オーバーラップして入ってくる情報に、最初は眩暈を感じた。

 慣れてくると、それが簡単な映像を抽象化したものだということが分かってくる。真っ白な背景に黒い円という、これ以上ないぐらいにシンプルな映像だ。黒円が視界の中で上下左右に動き、それに連れて僕が受ける情報も変化する。

 一週間後に入力訓練がいったん打ち切られ、今度は出力訓練に切り替わった。

 こちらの訓練は、障害者用の義手・義足のトレーニングに良く似た物だった。

 最初はモニターに映し出された光点を『掴む』ところから始まる。それを手足とは別の部分を動かす要領で制御し、モニター上で自由自在に動かす。慣れて来ると光点の数が増やされ、それぞれを別々に動かすトレーニングを行う。

 次の段階は、入力と出力を同時に行う物だった。

 シミュレーションプログラムが開始されると、一セットぶんの『視野』の情報が送り込まれてくる。視界の真正面に一つだけ球体が浮かび、それ以外は上下左右何も無いという空間のイメージだった。最初はその球体に向かって『進む』『戻る』という『運動』。次に『右を向く』『上を向く』、そして『前進しながら旋回』『後退しながら横に移動』といった少しずつ複雑な動作を行う。

 二週間ほどかけてこれらのトレーニングが終わり、僕は四号機に乗って再び宇宙にでることになった。

 《グラーフ・ツェッペリン》のカタパルトが僕のハウンドドッグ改を虚空に向かって放り出した。やがて訓練宙域に到達すると、僕は逆噴射をかけて機体を相対停止させる。

『では少尉、サイコミュシステムを起動してください』

「了解」

 僕は両手をコントロールスティックとスロットルレバーから離して一つ深呼吸をすると、センターコンソールの目立つ赤ボタンを押して目を閉じた。

 一瞬後、僕は宇宙空間に放り出されたような錯覚を覚え、危うくパニックを起こしそうになった。四号機のセンサーが捕らえた空間情報が僕に直接入力され、僕は生身で宇宙を感じるに等しい感覚を得ていたのだ。

 レーダーのエコーにはるか後方の第二航空艦隊の艦影を、電磁波センサーに太陽風の流れを、リングレーザージャイロが検出するわずかな加速度に重力場の存在を感じ、機体各部の光学センサーから360度全方位の視界を得る。シミュレーターとは違う圧倒的な情報量を、僕は必死になって受け入れていった。

『……少尉、山崎少尉、聞こえていますか?』

「……聞こえています、大尉」

『異常はありませんか?』

「はい、大丈夫です」

『結構です。では最初は通常加速から、ごくゆっくりと加速してください』

「了解」

 単純直線加速から始まり、四号機に様々なマニューバーを行わせてみる。宇宙空間や周辺の物体の状況が手にとるようにわかり、機体は自分の手足のように、いや、それ以上にスムーズに反応する。目で計器を追いながら手足を使って操縦するのとはまったく違う感覚に、僕は戸惑いと爽快感を同時に感じていた。

● ● ●

「んっ、あっ、うんっ……」

 片手で付け胸の乳首を転がしながら、反対側の手でアヌスに差し込んだバイブレーターをピストンする。

 今の僕の格好は、バイブレーターの振動に直腸を揺さぶられながらペニスからは精液をだらだらとこぼすという、とても他人には見せられない姿だ。

「あっ、あっ、ふあっ!」

 腰から昇ってきた電撃が頭の中で爆発し、僕は全身を痙攣させて絶頂した。

 二回目のDNA書き換え後、僕は神経の興奮の異常蓄積に悩まされることはなくなった。しかし僕は、既に用済みになったと思った付け胸やバイブレーターを廃棄することが出来なかった。理由は簡単で、僕の体は今度はそれ無しでは性欲を発散出来なくなっていたからだ。

 メディカルタンクから出て数日後、僕は再び体の熱っぽさを感じた。最初は前回と同じ興奮の異常蓄積かとおもい、平原大尉にそれを報告して、問題が解消されていないのではないかと質問した。

 ところが、ラボでの検査の結果全てのパルスレベルは正常値の範囲内で、唯一性的ストレスのレベルを示す数値が若干高いだけだった。

「これはあれですね、単に『溜まって』いるだけです。マスターベーションを行うか慰安施設で解消してください」

 顔を赤くしながらラボから退出したところを通りがかったグレッグ少佐に見られ、また異常かと心配された。言葉を濁そうとしてかえって心配されてしまった僕は、少佐がラボに怒鳴り込まないうちに事実を告げる羽目になり、その結果艦内通路に響き渡る大爆笑を誘発する事になってしまった。

「少佐殿! いいかげんに勘弁してくださいよ」

「クッ、ククッ、す、すまん。いや、久しぶりに笑わせてもらったぞ」

「まったく……」

「すまんすまん。そうだ、今度アトランティックステーションに帰港した時に、いい店に連れて行ってやる。それで許してくれ」

 アトランティックステーションは、その名の通り大西洋上の静止軌道に位置する、第二航空艦隊の母港でもある軍民共用の宇宙港だ。宇宙港設備や通関・検疫施設だけではなく、民間運営の宿泊施設や歓楽街まで内包する巨大ステーションである。

「結構です! それでは失礼します」

 僕は一つ敬礼すると回れ右をして自室に向かった。

 艦内にあるのがせいぜい小さなバーやパブに過ぎない以上、慰安施設のある場所まで艦隊が移動しない限り、性欲の発散といっても出来ることはたかが知れている。大部屋で寝起きする身分ではそれすら憚られ、どこかに寄港するか母港に帰るまで我慢することになるわけだが、幸い僕は狭いながらも個室を与えられているので、非番の時間であれば誰はばかることもなかった。

 部屋に戻った僕は、個人用のストレージを開いてVRソフトの一覧を表示させた。VRポルノの一覧は、『シーメール物』と呼ばれるカテゴリーのソフトばかりだった。

 どういう訳か挿入される側でないと興奮できなくなってしまった僕は、オンラインソフトショップで、最初はゲイやホモセクシュアルカテゴリーのソフトのプレビュー版を試してみた。しかしそれらのソフトは気に入らない、というか、はっきり言って嫌悪感を感じてしまう物だった。とはいえ普通に販売しているソフトでは女性側にリンクすることができないので、アナルセックス物であってもあまり役には立たない。やはり駄目かと諦めかけたところで、ゲイポルノの関連商品として目にとまったのがシーメールカテゴリのポルノソフトだった。

 はじめは Shemale や Tranny の意味が良く分からずに適当に覗いてみただけだったが、すぐにこれが自分の欲していたソフトだと気がついた。

 このカテゴリのソフトであれば『女優』であるシーメールは実際には男性であるので、ソフトのプロテクト外しやVRリンカーの違法改造なしに僕でもそのままリンクすることが出来る。その上でその感覚情報は男性のパターンではなく、『男に抱かれる女』を体験させてくれる物だった。

 二回目のDNA書き換え以来はじめて、僕はその個人的なソフトライブラリを開いた。ソフトを適当に選び、VRリンカーにロードする。内容はちょっとしたストーリー仕立てで、ヴィクトリア時代のイギリスを舞台にしたメイドと貴族の御曹司の恋愛物語だった。そのメイドが――というか屋敷のメイド全員が――シーメールというのが普通と違うところだったが。

 久しぶりにVRの中で男に抱かれて、最後は相手と結婚というハッピーエンドを迎え――しかし僕は満足をすることが出来なかった。

 VRからリターンした後も体の熱さは収まらず、それどころか尻の疼きが余計に酷くなったように感じる。

 僕は一つ溜息をつくと、ベッドの脇の引き出し型の私物入れを開いた。そこにしまってあるのは女装用の付け胸にバイブレーターが二つ、それとローションのボトルだった。

 僕は久しぶりに付け胸を装着し、感度を100%に設定した。乳首を軽くつまむとそれだけでその部分から甘い刺激が拡がり、背筋がぞくりと震える。

 ベッドに横たわると、胸を弄って自分を慰める。やがて体の熱さに耐えられなくなると、僕は今度はバイブレーターを手に取った。

 最初にアナルバイブレーターを挿入して肛門をじっくりとほぐす。そこから生じる快感を愉しみながら筋肉を十分にほぐしたら、今度は男性器型のバイブレーターの出番だ。

 男の物を模した機械に尻穴を犯されながら、同時に乳房をもてあそぶ。その行動自体が妖しい刺激になって、僕を高みに押し上げていく。

 ペニスで自慰行為をするときの快感曲線がひとつのピークを持った山型のグラフを描くとすると、胸と尻で感じるそれは緩やかな斜面から続く高台のような形だ。時間をかけてゆっくりと登りつめ、射精する瞬間に匹敵する快感を何分間も味わい続ける。ついに絶頂するときには、ペニスでは味わえない気を失うほどのエクスタシーにさらされて――。

 数分間の失神の後、僕はベッドの上で意識を取り戻した。体を起こそうとすると、アヌスに突き刺さったままだったバイブがごろりと転げ落ちる。バイブが抜け落ちると、何かしら空虚な喪失感が感じられた。

 それ以来僕はほぼ毎日、アヌスを使って自慰行為をしている。最低48時間に一回はそれをしないと、そわそわとして落ち着きがなくなってしまうのが自覚できるのだ。

 そんな状態でテストに出て変なデータを出してしまっては、901実験戦闘団全体に迷惑をかける。

 これは軍務をきちんとこなすため、任務上必要な行為なんだと、自分にそう言い聞かせながら――僕は付け胸の乳首をつねりあげ、アヌスの奥にバイブレーターをぐっと押し込んだ。

● ● ●

 遠隔操作攻撃端末《ビット》のはなったビームがマークスマン大尉のハウンドドッグ改二号機を直撃した。演習プログラムの判定は『コクピット破壊・搭乗者死亡』。完璧な撃墜判定だった。

『いやー、こりゃまいったっす。ケイ君凄いっすよ』

 ビットを回収しながら、僕は大尉からの通信に答えた。

「ありがとうございます、大尉」

 ビットの操作、機体側の回収操作、通信の操作。全ての操作に僕は手足を使っていない。僕はサイコ・コミュニケーターを経由して自機とそれに連動するあらゆるシステムを完璧に操れるようになっていた。

『やれやれ、これで今回のスコアはケイの一人勝ちだな』

「でも少佐、それはこの機体の性能のおかげですから……」

『それを使いこなせているって事だろう。謙遜するな』

『そうっすよ、ケイ君』

『……』

 グレッグ少佐の無骨な笑顔にマークスマン大尉のちょっとにやけた笑い顔、それにケネス大尉がうんうんと頷いているのが同時に見える。普通ならば機体を操りながらいちいち通信ウィンドウに目をやる余裕などないのだが、あらゆる入出力をサイコミュで行っている状態ではそれも簡単だ。

『演習終了です。エクス・スコードロン帰投して下さい』

『エクス・ワン、ラジャー』

『エクス・ツー、ラジャっす』

『……』

「エクス・フォー、ラジャー」

 平原大尉の演習終了を告げる声に、僕たちは母艦への方位を取った。

 爆発の閃光が見えたのは、そろそろ着艦シーケンスの準備に入ろうかという時だった。直後に、母艦のフライトコントロールとの通信ラインから怒声とパニックに陥った声が流れ込んでくる。

「少佐!」

『……エクス全機、戦闘準備だ――グラーフ・ツェッペリン! こちらエクス・スコードロン、状況の説明を!』

『現在本艦は正体不明機(アンノウン)に攻撃を受けている。敵正体不明、繰り返す、敵正体不明!』

 少佐の声を聞きながらサイコミュを起動し、火器管制を戦闘モードに切り替える。僕は再び機体と一体化し、同時に全センサーと外部からの入力にリンクした。

『正体不明だと! バーサーカーに決まっているだろうが!』

 少佐が吐き捨てる。確かに、人類の保有する全ての戦力が宇宙軍に集約されている現在、それに対して攻撃をかけてくるのはバーサーカー以外にはありえない。しかし、現在第二航空艦隊が居る宙域は金星からはかなり離れている。襲撃機を正体不明とする管制官の気持ちもわからないではなかった。

 センサーを総動員して《グラーフ・ツェッペリン》の近傍を観測する。時折閃光が走り、そのたびに《グラーフ・ツェッペリン》の艦体から爆発が起きているのが見える。致命傷はなさそうだが、飛行甲板にかなりの被害が出ているようだ。

『こいつはやばいぞ……。マーク、ケニー、前衛。ケイは後ろから援護だ』

『ラジャっす』

『……』

「了解」

 グレッグ少佐の一号機を中心に置く形でYの字型のフォーメーションを取る。ビットコンテナの増設で一番機動力の落ちている僕の機体を一段後ろに置いた、変形トライアングルフォーメーションだ。

 フォーメーションを組みなおし終わった僕たちが艦隊に到達したときには、既に上空哨戒中だった小隊は全滅していた。もっとも襲撃側にも相当の被害が出ている様で、あたりには無数のデブリが浮いている。

 緊急発艦した小隊が残存する敵機体を落としていくのが見える。これならば大丈夫かと思った矢先、ハウンドドッグの一機が爆発した。

 ハウンドドッグを落としたのは、襲撃者の中に一機だけ居る黒塗りの機体だった。

 他の敵機体が典型的なバーサーカーの宇宙攻撃機――エンジンとセンサーとビーム砲をごちゃごちゃの配管とフレームで適当につなぎ合わせたような代物――なのに対して、その機体はまったく違った雰囲気をもっていた。

 まず第一に、内部機構が剥き出しではなく、全体が滑らかな外装に覆われている。曲線的なそれが装甲なのかフェアリングのような物に過ぎないのかは分からないが……。

 もっと大きな違いは全体のシルエットだった。四本腕の人型、とでもいうべきか。どうやら足にあたる部分が推進器、腕のうち二本はビーム砲、残り二本はビームサーベルユニットになっているらしい。頭部にあたる部分には赤く発光するセンサーらしい一つ目が有った。

 その敵機体はすさまじい機動性を見せていた。ハウンドドッグの放つビームを軽々とかわし、ビーム砲とサーベルで次々と屠っていく。スクランブル発進した二個小隊八機が、あっという間に全滅した。

『……マーク、ケニー、全力で行け。ケイ、ビット射出』

『ラジャっす……』

『……』

「了解……」

 両肩のコンテナから四機のビットをすべて射出する。ビットのセンサーからの入力が統合され、僕の知覚はさらに拡大した。

 先行する二機を追い抜いたビットが黒い敵機に肉薄する。僕は四機のビットをその敵を囲む正四面体の各頂点に置くようにして、一斉にビームを放った。

 敵機はビームを回避しようとするが、一発が直撃、腕の一本を吹き飛ばす。どうやら外装はそれほど防御力のある装甲ではなかったらしい。

 僕はビットによる牽制射撃で敵機体を釘付けにする。ビットのエネルギーが切れそうになったところで、ハウンドドッグ改二号機と三号機が敵機に接触した。

 マークスマン大尉の挙動予測とケネス大尉の超高速反射をもってしても、二対一だというのに黒い敵機を押さえ込むだけで精一杯だった。そこにグレッグ少佐も加わり三対一の態勢になるが、それでも若干敵機体のほうが有利に見えた。

「! 少佐、避けて!」

 背後を取った少佐がライフルを構えた瞬間、僕の背筋に悪寒が走る。あの敵機は少佐を『見ている』!

 すんでのところで直撃を避けた少佐の機体は、しかし右腕と右のエンジンを失った。敵機体が正面を向いたまま放ったビームが右肩から背面を貫いていったのだ。

 包囲が崩れ、マークスマン大尉に隙ができる。まずい、あれではどうやっても避けられない!

 二本のビームが二号機を貫き、頭と左腕をもぎ取られた二号機がスピンしながら吹き飛んでいった。

 敵機は残ったケネス大尉の三号機に向かって突進していく。

 僕はリチャージの終わったビットを再度射出しながら、そちらに向かって加速した。もはやフォーメーションも何もあったものではない。とにかく《グラーフ・ツェッペリン》を守らなければ。

 ビットのセンサーが、ケネス大尉の撃墜される瞬間を捕らえる。ビームサーベルで袈裟切りにされた三号機が《グラーフ・ツェッペリン》の艦体に衝突するのが見えた。

 黒い敵機がこちらを見る。赤いセンサーアイの輝きがはっきり見え、それが最後の一機になった僕を嘲笑っているように感じられた。

 僕はビットに四方八方から砲撃させ、四号機の右腕に持ったビームライフルからも立て続けにビームを放った。

 牽制射――ライフル――敵砲撃――左に回避――もう一度牽制射――。

 敵機の次の動きを読みながら、合計五門のビーム砲からの射撃を浴びせ続ける。しかし、読みは当たっているというのに、黒い敵機はそれをすさまじい機動で回避し続けた。だがついにビットから放たれたビームが敵機の右足を捕らえ、推進器らしい物が爆発、動きが鈍る。

 おそらくこの瞬間、僕は油断をしていたのだと思う。

 はっと気がつくと、敵機はビットの包囲を抜けて、僕のほうにまっすぐ突っ込んできた。回避しようとして――真後ろが《グラーフ・ツェッペリン》なのに気がついた。

 いわば王手飛車取りの状態で、あの敵機は特攻という選択肢を選んだのだろう。特攻を許せば《グラーフ・ツェッペリン》が沈むかもしれない。体当たりだけならともかく、反応炉を暴走させての自爆でもされれば致命的だ。僕は覚悟を決めると、四号機を敵機の進路上に固定してライフルを乱射した。

 黒い敵機が被弾を無視して一直線に突っ込んでくる。すさまじい衝撃を感じて――僕の意識はブラックアウトした。

● ● ●

 意識がゆっくりと覚醒してゆく。水底から浮き上がってゆくように、明るい水面が近づくのが感じられる。意識が無意識の水面に浮かび上がり――。

 気がつくと、僕は暖かい液体の中に浮かんでいた。体に上手く力が入らないので、眼球だけを動かして左右を見渡す。

 見覚えのある壁、隣には空のガラスシリンダー、こちらに背を向けて端末に向かっている人影――頭がはっきりしてくると、その風景が見慣れたものであることを思い出す。今僕が居るのは、901実験戦闘団の専用区画内にある平原大尉のラボ、その一角に設置されたメディカルカプセルの中だ。

 端末に向かっていた人物、平原大尉がこちらを振り向く。大尉は落ち着いた仕草で立ち上がると、僕が入っているメディカルカプセルの前に来た。

『山崎少尉、聞こえますか? 頷くのが無理なら瞬きを一回してください』

 カプセル内のスピーカーから聞こえる大尉の声に頷こうとして、首も自由に動かせないことに気付く。僕は一回瞬きをして、大尉の質問に答えた。

『よかった、一時はもう駄目かと……。少尉、もう暫くはそこから出してあげられませんが、完治の見込みは立っています。ですから安心してください』

 僕はもう一度瞬きをして、大尉に了解の意を伝えた。

 僕がメディカルカプセルから出されたときには、例の黒いバーサーカーの襲撃から既に約480時間、およそ二十日あまりが経過していた。

 僕のハウンドドッグ改と激突したバーサーカーは進路を狂わせ、《グラーフ・ツェッペリン》には衝突せずにそのままどこかに飛び去り行方不明になったという。おそらくあの黒い外装に何らかのステルス機能があるのだろうということだった。

 一方、僕のハウンドドッグ改の方は、あの衝突で完膚なきまでに破壊されていた。そして僕はといえば、圧潰したコクピットの中でシートと潰れたコンソールとひしゃげた装甲にはさまれて、体の四分の三を押し潰されていたらしい。搭乗服の気密が破れなかったのと、頭を潰されなかったのがほとんど奇跡のような状態だったそうだ。グレッグ少佐が片肺片腕の一号機を何とか操って僕を回収してくれなかったら、間違いなく助からなかっただろう。

 虫の息でメディカルタンクに放り込まれた僕は、医療用ナノマシンをフルに使った全身再生処置を行われた。首から下がほぼ全て細胞単位に分解されて、再度繋ぎなおされたわけだ。

 こうして僕は、ぎりぎりの所で死の淵から生還したのだった。

「これはどうですか、少尉」

「んっ……、ふあっ……」

 平原大尉の手が僕の胸を揉むたびに、僕はとろけた甘い声をあげる。生身の乳房に受ける刺激は、付け胸で感じる物よりずっと甘美に感じられた。

 そう、今大尉がもみしだいているのは僕の『生身の』乳房なのだ。

 全身再生にかけられた僕の体は、以前の物とはまったく別物になっていた。肩幅は狭くなり、乳房は肥大し、腰は丸くなり――分かりやすい言葉で言えば、女性の肉体になっていたのだ。

 もっとも完全な女性の体というわけでは無くて、性器は男性のまま、つまり陰茎と睾丸を保持したままだ。

 どうしてこのようになったかといえば、もちろん二回にわたるDNA書き換えの影響だ。

 筋力を若干落として持久力を強化する処置は、男性的な肉体から女性的な肉体への遺伝情報書き換えで達成されていた。とはいっても、成長期がとっくに終わっていた以上骨格が変わるはずもなく、新陳代謝で置き換わる皮膚や体毛、皮下脂肪程度に影響は限定されていた。

 しかし全身再生処置によって丸ごと作り直された僕の体は、半分以上女性のものになっていたDNAに従って再構築された。その結果が、女性の局部だけを男性の物に置き換えたような今の形というわけだ。

「ふむ、胸の感度はあの付け胸の設定を100%にしたときとほぼ同じですね」

 検査と称して診療用ベッドに全裸で横たわり、自分よりずっと年下の少年に体をまさぐられる。屈辱感を感じてもいいはずの状況なのだが、僕は逆に性的な昂揚感を感じていた。

「では少尉、うつ伏せになってお尻を軽く上げてください」

「……はい」

 大尉が薄いゴムの手袋をはめながら言う。僕は寝返りをうってうつ伏せになると、軽く膝を立ててお尻を持ち上げた。

 お尻に冷たい液体がたらされる。ぬるぬるしたそれがアヌスに塗りこまれ、続いて指が侵入して来る。体の内側、とても恥ずかしい部分を指で探られながら、僕のペニスは限界まで勃起していた。

 大尉の指がいったん引き抜かれ、軽く息をついた直後、今度は二本の指が入ってくる。先ほどより複雑な動きで僕の中をまさぐりながら、大尉は質問をした。

「どうですか少尉。今感じていることを、素直に仰ってください」

「……う、大尉の指、で、弄られて、んっ、とっても、気持ち、いいです」

「そうですか。少尉はやっぱり淫乱ですね」

「うっ、すみません、大尉……」

「ああ、別に謝る必要はありませんよ」

 大尉の指が引き抜かれ、僕は安堵すると同時に軽い喪失感を感じる。しかし直後にアヌスに押し付けられた感触に、僕は一転して期待感をあおられた。

「では少尉、あなたの好きなこれで愉しませてあげますね」

 男の物を模した機械が僕のアヌスにずぶずぶと入ってくる。体の中を押し広げられる感触に僕はえもいわれぬ快感を覚え、背筋をのけぞらせて体を震わせた。

「いいですか、少尉。あなたの性欲が昂進してしまったのは、身体機能の強化に伴うやむをえない副作用です。ですからあなたはそれを無理に押さえ込もうとはしないでください。こうして定期的に発散すれば済むことですし、それを恥ずかしいと思う必要はありません」

「はっ、ふあっ、はいっ、大尉、んっ!」

 僕のアヌスにバイブレーターを抽送しながら大尉が言う。対する僕の答えは喘ぎ声にまぎれて切れ切れだ。

 やがて限界に達した僕は、診療用ベッドのシーツに精液をこぼしながら絶頂した。

● ● ●

 あの戦闘の後、艦載戦力のほとんどを失った第二航空艦隊は急遽母港であるアトランティックステーションに帰港した。

 901実験戦闘団も機体の全てが中破または大破してしまい、データ収集は不可能な状態だった。

 グレッグ少佐の一号機は右腕と右背面のスラスターが全損。マークスマン大尉の二号機は頭部と左腕が全損。ケネス大尉の三号機は斜めにほぼ真っ二つ。僕の四号機に至ってはフレームから内部機構に至るまで完全なスクラップだった。

 例の黒いバーサーカーに関する現段階でのデータを全て収集し終えた後は、僕たちにはするべき事は何も無かった。グレッグ少佐が時々どこかの会議に呼び出されていくほかは、もっぱらジムで(僕の場合はリハビリもかねて)エクササイズというのが僕たちの日課になっていた。そしてそれが起きたのは、日課のエクササイズが終わってシャワーを浴びていたときだった。

 ジムのシャワールームは、カタパルトデッキの脇にあるパイロットピットのシャワールームとは違い、低重力用シャワーカプセルではなく普通のシャワーだ。僕は一Gの重力に従って流れ落ちる温水を頭から浴び、ランナーでのジョギングでかいた汗を洗い流していた。

 さっぱりしたところでシャワーを止め、後ろを振り返ったときだった。

 ちょうど同じタイミングで振り向いたグレッグ少佐と対面したぼくは、いきなり心臓が跳ね上がったのを感じた。

 少佐の逞しい筋肉に覆われた裸身と、何より股間のペニスに視線が釘付けになる。今はうなだれたそれは、しかし僕のものよりはるかに立派だった。

 僕はそれにアヌスを貫かれることを想像して、その快感をあれこれと脳裏に思い浮かべてしまう。先端を押し当てられたときの期待感、肛門をこじ開けられて侵入されるときの被征服感、直腸を埋め尽くされたときの満足感……。それらの想像が僕の頭を埋め尽くす。

「ん? どうした、ケイ?」

 少佐が僕に問い掛ける。

「えっ!? あっ、いえその、別に何でもっ」

 僕の受け答えはしどろもどろ、まるで憧れの男性に声をかけられた小娘だった。

「? おい、本当に大丈夫か? まだ調子が悪いんじゃ――」

 少佐の手が僕の肩にかけられる。軽く触れられたそこから電撃のような物が走り――腰と膝から力の抜けた僕はシャワールームの床のタイルの上にへたり込んでしまった。

「!? おい、しっかりしろ!」

「どしたっすか?」

「……?」

 グレッグ少佐がしゃがみこみ、僕の肩を掴む。声を聞きつけたのか、マークスマン大尉とケネス大尉もシャワーコンパートメントから顔を出した。

 僕の視界に三人のペニスが入る。グレッグ少佐の逞しい物。マークスマン大尉の少し細くてひょろ長い物。ケネス大尉の物はそれとは逆に太短い。三つのペニスを見て、頭への血の上り具合も三倍に跳ね上がったような気がする。

「コウ! ケイの様子がおかしい! 救護班をよこしてくれ!」

 少佐が緊急用のインターホンでラボの平原大尉を呼び出している。その声を聞きながらも、僕の頭はセックスのことだけしか考えられなくなっていた。

『どうしました、少佐?』

 平原大尉に少佐が僕の状態を説明する。少佐はすぐに救護をよこすようにというのだが、大尉の答えは少佐の意表をつく物だった。

『ああ、それでしたら救護の必要はありません。シャワールームなら人目を気にする必要もありませんね。少佐、山崎少尉を抱いてあげてください。それで解消します』

「……なに?」

『山崎少尉のそれは発情しているだけです。発散させてあげれば収まりますよ』

「おい、ケイは男だろう!」

『ええ、ですからアナルセックスで。ああ、少佐がおいやだというのでしたら――』

 少佐と大尉の押し問答を聞きながら、回転の落ちた頭で僕は自分におきたことを理解した。もっとも、理解したからといってどうにかなる物でもない。僕の頭は、逞しい物でお尻を犯してもらうことしか考えられなくなっていた。

 僕は足を震わせながら何とか立ち上がると、壁に片手をついてお尻を突き出し、もう片方の手で尻たぶを割り開きながら懇願した。

「しょ、少佐ぁ、おねがいです……」

「お、おい、ケイ!」

「おねがい、です、ここに、少佐の、お、おちんちん、ください……」

 少しの時間の後、ごつい手が僕の腰を掴んだ。熱い物が肛門に押し付けられ、一瞬後、僕は一気に奥まで貫かれた。

 そこから湧き上がってきた快感に再び膝の力が抜けるが、お尻を串刺しにされ腰をがっちりと掴まれては床に崩れ落ちることもできない。ぶるぶる震える僕を気遣ったのか、少佐が心配げに聞いてくる。

「大丈夫か、ケイ?」

「あ、あしっ、力が、入らないですっ……」

 僕がそういうと、少佐は僕の胴に腕を回して抱き起こし、僕とつながったままタイルの床に座り込んだ。その弾みにお腹の奥底を突き上げられ、僕は小さく悲鳴を上げた。

 顔をあげると、マークスマン大尉とケネス大尉がこちらを心配そうに見ている。しかし二人のペニスはともに固く立ち上がり、僕の痴態に二人が興奮していることを如実に表していた。

「二人、とも、来て、ください……」

 僕は笑顔を作り、二人を誘った。ごくりと生唾を飲み込む音がしたのは、どちらの喉からだったろうか。

 二人が僕の前に立つと、僕はためらわずにそのペニスを手で掴んだ。マークスマン大尉の物を口に含み、下で亀頭をねぶる。

 VRの中や玩具ではなく、実物に貫かれ、口で奉仕をする――初めての行為を、僕はまったく違和感無く行っていた。羞恥心や、自分は男なのに、というためらいはまったく無く、本物に貫かれる快感と、男に奉仕できる喜びだけが感じられた。

 胡座をかいた少佐の股間に座り込む背面座位の姿勢で貫かれながら、自分で腰を揺さぶってアヌスの快楽をむさぼる。同時に手と口で二本のペニスに奉仕し、交互に咥えたり扱いたりして刺激する。後ろから回された少佐の大きな手に乳房や乳首を弄られ、そこからも快感を得る。

 肉体的な刺激と、行為そのものから受ける刺激に、僕はVRや玩具とは比べ物にならない快楽を得ていた。

「う、ケイ、これ以上は……」

「ケイ君、もう出ちまうっすよ……」

「……!」

 三人の切羽詰った様子に、限界が近いことを知る。僕は手も腰も休めることなく、いっそう激しくペニスを攻め立てた。

 最初に爆発したのは、僕のアヌスを犯していたグレッグ少佐だった。

 お尻の奥で初めて――しかしVRでは幾度も――感じた熱い精液の感触に、少佐が果てたことを知る。ちょうどそのとき咥えていたマークスマン大尉のペニスを思い切り強く吸引し、さらにケネス大尉のペニスの先端を親指の腹でこすり上げ、それぞれを絶頂に導いてやる。VRの中で幾度も体験したテクニックだったが、どうやらリアルでも有効だったようだ。顔に精液を浴びながら、口に出された精液を飲み下す。全身でエクスタシーを感じながら、僕は自分のペニスからも精液を噴き出した。

● ● ●

「おいコウ、一体どういう事だ!」

 グレッグ少佐の怒鳴り声が平原大尉のラボに響いた。

「どうしました、少佐。突然そう言われましても何のことだか」

「さっきのケイの事に決まってるだろう!」

 シャワールームでの乱交同然のセックスの後、我に返った僕は少佐たちに平謝りに謝った。その過程で僕が以前から定期的に発情する体質になっていた事を知った少佐たちは、着替えが済むと僕を連れて平原大尉のラボに怒鳴り込んだのだった。

「ケイ君のさっきの状態は普通じゃなかったっすよ?」

「……」

 マークスマン大尉とケネス大尉も厳しい顔で平原大尉を見ている。しかし三人に詰め寄られながら、平原大尉は涼しい顔だった。

「ああ、それなら大丈夫ですよ。何回か精密検査をしましたが、山崎少尉のメンタルの各種パラメーターは全て正常値の範囲内にあります。性的欲求の上がりやすさは多少高い方ですが、それも精神的疾患に分類されるレベルよりも下ですし」

「しかしだな、それだったら、なんだ、アナルセックスでというのはどういうわけだ? 転属時に見せられたケイの個人評価レポートでは、性的傾向は異性愛者(ヘテロ)だった筈だぞ」

「はい、転属時の山崎少尉は確かにそうでした。ですがそれは初回のDNA書き換えの前の話です」

「……つまり、お前はそれを俺たちに隠していたのか?」

「よしてくださいよ、人聞きの悪い。そんなこと聞かれなかったじゃないですか。それにオスカー中将に上げているレポートにはそのこともきちんと記載してありますよ」

「……!」

 少佐の怒気が膨れ上がるの感じ、僕は会話に割り込んだ。

「あ、あの、少佐! 自分はその件については承知しておりましたので! 最近エクササイズとデスクワークばかりだと思って発散しておくのを怠った自分のミスでありますから……」

 僕は少佐が大尉に殴りかからないように、必死になってなだめた。大尉の体は、知能強化のためのDNAデザインのせいか、同年代の少年の平均と比較しても細いほうだ。強化薬物(ブースター・ドラッグ)で全身ドーピングしている少佐が殴ったりしたら、即死しかねない。

「すみません、自分のミスで。あの、少佐たちには男の相手など不本意だったでしょうが……」

 僕の台詞が終わると同時に、溜息が三つ同時に発せられた。

「……あのなあ、ケイ。お前自分が今どんな外見になってるか、把握してるか?」

「ケイ君、顔洗うとき鏡見てないんっすか?」

「……」

「……は?」

 少佐たちの台詞の意味がわからず、僕は間抜けな声をあげてしまう。自分の外見がかなり頼りない物になっているのは自覚しているつもりだったが。その疑問に答えてくれたのは、グレッグ少佐たちではなく平原大尉だった。

「山崎少尉、今のあなたの外見はですね、簡潔に言うと小柄な女性の物です。事情を知らない人間なら、絶対にあなたを男だとは思いませんよ」

「……は?」

 再び間抜けな声を上げた僕に、今度は少佐たちが説明してくれる。

「あー、つまりな、本来なら俺たちがお前を守ってやらなきゃいけないんだよ」

「そうそう、可愛い女の子を守るのは男の務めだよ?」

「……」

 少佐の言葉に、マークスマン大尉とケネス大尉もうんうんと頷く。男扱いされていないということに、本来なら僕は怒って然るべきだったのかもしれない。しかしそのとき僕が感じたのは、気恥ずかしさのほかにはそう言ってもらえた事への嬉しさだけだった。

「あ、ありがとうございます。でも自分は、守ってもらうよりは、一緒に肩を並べて戦いたいですし……」

「ああ、軍人としてはそりゃそうだ。だけどな、なんと言うか――」

「山崎少尉、男性が女性を守りたいと思うのは本能的なものですから、それを無視するべきではありませんよ。特に、昨今の権利団体のように権利ばかり主張する可愛げの無い女性ならともかく、あなたのように自分と仲間のために一生懸命にやっている人間ならね」

 口ごもった少佐の後を襲い、平原大尉が言葉を続ける。またしても女性扱いされて、しかし僕は少しも不快感を感じなかった。

「え、あ、ありがとうございます……」

 頬が熱くなり、視線を合わせるのが恥ずかしくなった僕は思わず下を向いて目をそらせてしまう。

「……おいコウ。本当にケイの体に異常なところはないんだな?」

「ええ、少佐。要するに若干『溜まりやすい』だけですから、定期的に自慰行為や他者との性行為で発散すれば問題ありません。シャワールームでの件も、溜まりすぎていたところに男性の裸体という視覚的刺激を受けて箍が外れただけです」

 平原大尉の至極冷静な解説に、僕は頬がますます熱くなるのを感じる。

「そうか――ああ、ケイ?」

「はっ!? はい、少佐殿!」

「まあ、なんだ、その、溜めすぎないようにな?」

「……はい……」

「必要なら、なんだ、俺たちが手伝ってやるから」

「……はい、ありがとうございます……」

 蚊の鳴く様な声で少佐に答えながら、どうやら丸く収まった――と言って良いのかいささか疑問だが――事に僕はほっと胸をなでおろした。

 ハウンドドッグ改の修理と全面的な再改装が終わったという連絡が《グラーフ・ツェッペリン》にもたらされたのは、アトランティックステーションに第二航空艦隊が帰港して一月後の事だった。

「以前から計画されていた再改修プランをもとに、前回の戦闘のデータを加味して若干の修正を加えました。ステーションの工業用レプリケーターはハウンドドッグの補充にフル回転でこちらに回してもらえなかったので、部品の調達に手間取りましたよ」

「一号機から三号機までは、修理した機体がベースになる。ケイ、お前は新品だ。見て驚くなよ」

 アトランティックステーションのアサルトアーマーハンガーに向かう連絡艇(カッター)の中で、平原大尉とグレッグ少佐に説明を受ける。二人がどことなくうきうきした雰囲気なのは、僕の気のせいだったろうか。

 ハンガーでは、大量のハウンドドッグが組み立て中だった。前回の戦闘で哨戒に出ていた小隊以外の機体を全て失った第二航空艦隊のために、ステーションのレプリケーターをフル稼動させてハウンドドッグの部品を生産しているのだ。

 そのハンガーの片隅に、通常型のハウンドドッグとは形の違う機体があった。特徴的な赤、青、緑の縁取り。901実験戦闘団の実験機だ。その三機に並んで、ハウンドドッグとはまったく違う形の機体があった。純白の外装のそれは、グレー系の低視認性(ロービジ)塗装の機体が並ぶ中で一際目立って見えた。

「山崎少尉、あれがあなたの新しい機体です。現在トライアル中の次期量産機、ウルフハウンドの先行試作機をあなたに合わせてチューンしました」

 ハウンドドッグより若干細身のそれを、僕はまじまじと見つめた。『狼狩りの猟犬(ウルフハウンド)』という名前には、ハウンドドッグの後継機としての自負が込められているように思える。

「このウルフハウンド改は、ベースになったウルフハウンドに主にサイコミュ関連のシステムを追加してあります。機動性はウルフハウンドより若干落ちていますが、ウルフハウンド自体がハウンドドッグより高機動ですから連携に問題はないはずです」

 確かに背面と脚部に見える推進器がハウンドドッグより一回り大きく、総推力で上回っているのが外観からも見て取れる。

「ビットコンテナは背面、推進器の外側に背負う形で搭載してあります。以前の四号機とは違って肩の駆動部に負担はかかりませんし、推力中心線からのズレも少ないので機動性への影響も小さくなっています。ビット搭載数は合計八基、そのうちの二基はビーム砲の代わりにビームシールドを搭載したシールドビットになっています」

 説明が終わり、ウルフハウンド改のコクピットに乗り込む。レイアウトはハウンドドッグと同じで、転換訓練の必要は無かった。パイロットをスムーズに移行させるための配慮だろう。マスタースイッチを押し込んで機体を起動状態にすると、ハウンドドッグとは違う駆動音が機体フレームを通じて響いてきた。

 とりあえずサイコミュは使わず、通常の操縦系統を使ってウルフハウンド改を発進デッキへ運ぶ。大気保持スクリーンを抜けて宇宙空間に出ると、先行していた三機と編隊を組んだ。

 《グラーフ・ツェッペリン》に向かってウルフハウンド改を飛翔させながら、僕はこの機体ならあの黒いバーサーカーに勝てるだろうか、と考えていた。

● ● ●

「あっ、んっ、ふあっ……!」

 体が痙攣し、腰から駆け上がった電撃が僕の脳を焼いた。

 痙攣が収まると、アヌスからバイブレーターを引き抜きデスクの上に置く。環境映像を映し出しているAV端末に目をやり時刻表示を確認すると、その数字は僕が自慰行為をはじめてから三十分以上が経過したことを示していた。

 肉体的には二度の絶頂を迎え、既にこれ以上は無理という所まで来ていたにも拘らず、僕はいまだに欲求が完全に解消されていないように感じていた。

 理由は分かっている。

 男に抱かれ、その性欲の象徴でアヌスを貫かれる喜びを知ってしまった僕の心が、まがい物ではない本物のペニスに貫かれることを望んでいるのだ。

 VRで男に抱かれても、バイブレーターで自分を貫いて慰めても、この欲求不満は解消できない。だからといって、誰彼かまわず男を求めるわけにはもちろんいかない。僕は悶々とした物を抱えながら目を閉じ、何とか眠ろうと努めた。

「それでしたら、グレッグ少佐たちに頼んでみてはいかがです? 以前、必要ならば手伝うというようなことを言っていたと思いますが」

「で、ですが大尉、それは、その……」

「……ああ。あなたはそのことについて少佐たちに話す事に、羞恥心を覚えているのですね」

「う――ええ、まあ……」

「言っておきますが、アトランティックステーションの慰安施設の利用は許可できませんよ。これはあなただけではありませんが、901の隊員の体は機密事項の塊ですからね」

「はい……」

 以前とは別の形でフラストレーションを溜め込んでしまった僕は、平原大尉のラボに出向いて相談をした。倒れたりシャワールームで発情したりで他のメンバーに迷惑をかけてしまっているが、今度こそそういうことは無いようにしなければならない。そのためには、多少の羞恥心は我慢して相談をするしかなかった。

「なんでしたら少尉、僕でよかったらお相手しますよ」

「は!?」

「少尉さえよければ、僕はかまいませんよ」

「いえ、ですが、それは、それに大尉のお手を煩わせるのは……」

「少尉、それを何とかするのはあなたの任務です。そして、この部隊の技術主任として、それにあなたの調整を担当した人間として、僕にもそれに関しては責任があります」

「はい……」

「お分かりですか、これは僕たち双方にとって任務なんですよ。ですから恥ずかしがる必要は無いですし、遠慮する必要もありません」

「はあ……」

「……ふむ、どうも決心がつかないようですね。では上官命令です――山崎敬介少尉、僕との性行為を命じます。目的はあなたのストレス解消と、行為前後におけるストレス蓄積値の変化の測定。開始時刻はただいまからです。復唱を」

「りょ、了解しました。ただいまから、平原昂大尉との性行為を行います」

「はい、結構です。では艦内服を脱いでそちらのベッドに横になってください。色気の無い診療用ベッドで申し訳ありませんが……」

「はい……」

 襟元のファスナーに手をかけながら、僕は生唾を飲み込んだ。これからすることは任務なんだ、と自分に一生懸命言い聞かせるが、腰の奥に感じる疼きは誤魔化せなかった。

 診療用ベッドのサイズは人一人がやっと横になれる大きさだったから、そこに横たわっているのは僕一人だけだった。

 ベッドサイドの椅子に腰をおろした大尉が僕の胸をまさぐる。遠めに見れば触診でもしているように見えるかもしれないけれど、実際に僕がされていることは乳房と乳首への愛撫だった。

「少尉の胸は敏感ですね。乳首がこんなに固くなって、乳輪もぷっくり膨れていますよ」

「んっ、ふあっ」

 大尉の言葉が僕の羞恥を煽るが、僕はそれに何も言い返せない。大尉の言葉は嘘偽りの無い事実だったし、何より胸からもたらされる甘い刺激に僕の頭は早くもオーバーヒート気味だったからだ。

「ペニスもこんなに勃起させて、カウパー腺液があふれていますよ。そんなに気持ちが良いんですか?」

「あんっ!」

 大尉の手が僕のペニスの先端をつつく。敏感なそこから走った刺激に、僕は悲鳴を上げた。甲高いその声は、とても自分が出しているとは信じられない物だった。

「少尉、うつ伏せになってお尻を上げてください。ちゃんと事前に解しておかないといけませんからね」

「はっ、はいっ……」

 あちこち撫でさすられ、もみしだかれて力の入らなくなった体を、何とかひっくり返す。膝をつくようにしてお尻を上げると、それだけで残りの全体力を使い果たしたような気がした。

 アヌスに感じる冷たい液体の感触。それに続いて、固いゴム製の円錐がそこをこじ開けて侵入して来る。肛門が噛み締めたアナルバイブが振動をはじめ、その振動が肛門括約筋を解きほぐしてゆく。僕は両腕の上に顔を伏せたまま、腰を震わせた。

「少尉、僕の方の準備もお願いしますよ」

 うつ伏せのまま首をあげると、平原大尉のスラックスが目に入った。ベッドに腰掛けた大尉の腰が、僕のすぐ目の前に有ったのだ。

 大尉はスラックスのベルトを緩め、ジッパーを下ろす。下から覗いたアンダーウェアの前には、はっきりと分かるふくらみが出来ていた。

 大尉は僕の相手などして性的に興奮してくれたのだろうかと思うと、そのことが嬉しくなる。僕は大尉のスラックスと下着をずり下ろすと、姿をあらわしたペニスに躊躇無くむしゃぶりついた。

 僕と同じ日本系の肉体的特徴をもち、まして14歳という年齢相応の物である大尉のペニスは、先日経験したグレッグ少佐たちのものに比べると格段に小さい。今僕を責めているアナルバイブよりは大きいが、男性器型のバイブレーターよりはふた周り小さいといったところだ。

 だけどそれが精一杯怒張して僕の中に入る準備を整えようとしていると思うと、なんともいとおしく感じられてくる。僕はそれを喜ばせてあげるべく、VRで覚えた限りのテクニックを駆使して口唇奉仕(フェラチオ)をした。

 口の中に感じる大尉のペニスの感触とお尻を振るわせるバイブの振動が、上下から僕の体を熱くする。既に僕の思考能力は半減し、お尻と口からの感触を愉しむことしか考えられない状態になっている。

 一心にペニスに奉仕、というよりも口でむさぼっていた僕の頭を大尉の手が押さえた。ペニスから口を離さずに視線だけで見上げた僕に、大尉が言った。

「少尉、そろそろ……」

「……はい」

 いったん口を離し、大尉から離れる。大尉はそのまま診療用ベッドに横たわるように姿勢を変え、僕は大尉の指示に従ってその股間をまたぐ位置に移動した。

 お尻のバイブを抜き取ると、先ほどまで大尉が座っていたチェアの上に放る。そのまま大尉の腰の上に座り込むようにして、僕は大尉のペニスをアヌスに飲み込んだ。

 正直に言って大尉のペニスの大きさでは、バイブレーターのサイズに馴染んだ僕のアヌスには物足りない。肛門に感じる押し広げられる感覚も、その奥で感じる充満感もだ。

 だけど本物のペニスで貫かれているという事実は、肉体的な物足りなさを補って余りある満足感を僕の精神にもたらしてくれた。本物のペニスが、今、僕の体内にある――そのこと自体が、僕の心に愉悦と快楽、それに満足感と平穏をもたらしてくれる。

 ふと見下ろすと、大尉が目を閉じて軽く喘いでいた。普段は憎らしいぐらい冷静な大尉の、はじめてみる余裕の無い姿だ。その姿に悪戯心を刺激された僕は、軽く腰を使って大尉のペニスを刺激してみた。

「くっ、少尉っ……!」

 大尉の反応が面白くて、腰を回してみたり、上下させてみたりする。そのたびに大尉が軽くうめいたり、熱い息を吐いたりする。

 考えてみると、今まで僕が大尉に責められるときは全てが指や道具であり、ペニスを使われたことは無かった。当然今までは僕が一方的に感じさせられていたわけだが、今回大尉のペニスを僕がくわえ込んだことで戦術的同等性を手に入れたといえる。いや、僕のアヌスがいいかげん物理的刺激には慣れていることと大尉のペニスの大きさを考えると、もしかしたら僕のほうが優位なぐらいかもしれない。

「……くすっ」

 思わず小さな笑いが漏れる。

 腰をいろいろに使って大尉のペニスを責めながら、自分もアヌスの快楽をむさぼる。

 本物に貫かれている満足感と、やり込められてばかりだった大尉をリードしているというささやかな優越感、そしてもちろんアヌスから感じる肉体的な快感。それらがない交ぜになって、僕をどんどんと高みに押し上げてくれた。

 唐突に、大尉の腰が跳ねる。一段深く貫かれたアヌスの奥で、熱い爆発を感じる。その熱さがじわじわと拡がってゆくのを感じながら、僕もペニスから同じ物を吐き出した。

 ウェットタオルとアルコールティッシュで体を拭い、艦内服に袖を通す。情事の後の気恥ずかしさに、なんとなく大尉とは顔を合わせ辛かった。

 艦内服を着なおし終わって大尉のほうを見ると、大尉は端末で何かの動画を参照しているところだった。

 何気なくそれを覗き込んで、僕は硬直した。

 動画再生ソフトウェアのウィンドウ内に映し出されていたのは、僕と大尉の先ほどの情事だったのだ。

「たっ、大尉っ、これはっ!?」

「え? ああ、参考記録ですよ。録画していたの、気がつきませんでしたか?」

 二倍速で現在映し出されているのは、僕が大尉のペニスにしていたフェラチオが終わり、自分のアヌスからバイブレーターを引き抜くところだった。ウィンドウの隅に表示されている総再生時間の長さから見るに、最初から最後まで全て記録されているのは間違いなさそうだった。

 しかしこうして第三者の視点から見てみると、僕の行為はまるで未成年者に淫行をはたらく性犯罪者である。二十歳過ぎの女性が少年のペニスを一生懸命しゃぶり、さらにはその上に跨ってとろけた笑いを浮かべながら腰を振る様は、はっきり言って痴女そのものである。おまけに最後は自分のペニスからも精液を噴き出して絶頂するとあっては、下手なポルノビデオも顔負けだ。

「あ、あの、大尉、これも保管しておくんですか……?」

「ええ、もちろん。正規の記録映像ですから。ああ、安心してください。診療関連記録はプライバシー保護対象ですから、しかるべき権限に基づいた開示要求がない限り保護されます」

 大尉は僕を安心させようとしたのか、そう言って軽く笑いかけてきた。それは逆にいえば然るべき筋からの要求があれば僕の痴態が赤裸々にされる、という事でもあったのだが……。

 自分が僕に逆レイプ同然に咥え込まれている姿も映っていると言うのに、大尉はそれが気にならないのだろうか?

「さて、ストレスのほうはどうですか? もう収まりましたか?」

「え、あ、はい。もう大丈夫です」

「そうですか、では今日はこれで結構です。また溜まってきたら遠慮なくどうぞ」

「はい、失礼します」

 内心どぎまぎしながら退出する僕を、大尉は至極平静に見送ってくれた。

 体の疼きは収まった。これでしばらくは大丈夫だろう。しかし、自分の痴態を余すところ無く収めたビデオデータの存在は、しばらく僕の頭を悩ませてくれそうだった。

● ● ●

 第二航空艦隊がアトランティックステーションを出航したのは、機材と人員の補充が完了してすぐのことだった。通常ならば、数ヶ月はかけて再訓練と慣熟訓練を行うところなのだが、今回ばかりはそうも言っていられない事情があった。

 第二航空艦隊に変わって現在金星周辺に展開している第一航空艦隊が、例の黒いバーサーカーと遭遇したのだ。

 よって第二航空艦隊は可及的速やかに第一航空艦隊と合流し、該当敵機体を撃破ないし可能であれば捕獲すべしというのが宇宙軍参謀本部からの緊急命令だった。

 第一航空艦隊の遭遇した黒いバーサーカーが第二航空艦隊の遭遇した個体と同じ物なのか、単に同型機が存在しているのかは不明だ。第一航空艦隊はたいした損害も受けずに撃退した(とはいえ撃破は出来ずに取り逃がしたそうだが)という話なので、不意を打たれさえしなければ恐るべき物ではない、という楽観論も一部には出てきていたが――。

「――ということですが、少佐はどう思われます?」

 平原大尉の質問に、少し考えてからグレッグ少佐は答えた。

「……いや、あれがとてもそんな生易しい相手とは思えんな。ハウンドドッグ八機をあっさり撃墜した上に、俺たち三機がかりを手玉に取った奴だ。第一と第二の練度差を計算に入れても、損害無しで撃退は話が美味すぎる」

「っすよねえ。あん時ケイ君がいなかったら、《グラーフ・ツェッペリン》も沈んでたかもしれないっすよ?」

「……」

 マークスマン大尉の台詞にケネス大尉も頷く。

「……もしかするとそれかも知れんな」

 再び少し考え込んでから少佐が続けた。

「もし単なる同型機ではなくて同じ個体だったとすると、奴は第一航空艦隊にもケイみたいな奴がいるのを警戒していたのかも知れん」

「では少佐は、前回の襲撃は威力偵察のようなものだと?」

「そう考えるとしっくり来る。まあこれは俺の個人的な感想だがな」

「だそうですよ、山崎少尉。あなたはもしかしたら現状あれに対抗できる唯一の存在かもしれません。ウルフハウンドの慣熟、がんばってくださいね」

「う……。全力を尽くします」

「おいコウ、ケイに余計なプレッシャーをかけるな」

「大丈夫です、これぐらいなら誤差の範囲内ですよ。それにもし山崎少尉がまたストレスを溜め込むようなら、少佐たちで解消してあげてください。シャワールームのモニターは切らせておきますので」

「た、大尉!」

「冗談です、少尉。それではエクス・スコードロン、発進準備にかかってください」

 平原大尉の冗談だか冗談でないのか良く分からない台詞を最後にブリーフィングが終わった。僕は901専用ハンガーに向かいながら、大尉の台詞は意外と全部が本気だったのではなかろうかと考えていた。

 前回の損害の修復時に一号機から三号機はそれぞれが異なる改装を施されており、機種自体が違う僕の四号機も含めると、全ての機体が異なる装備・外観になっていた。

 グレッグ少佐の一号機は、部分的にウルフハウンドの部品を組み込んでのトータルチューンが施されている。背部と脚部のスラスター、それに腕部がウルフハウンドの物と同じで、武装もウルフハウンド用の新型ライフルとビームシールドを装備している。頭部に追加されている一本角は、強化された小隊データリンク用の追加通信アンテナだ。

 マークスマン大尉の二号機は、額部分に追加された大型のセンサーと両手持ちの大型ライフルが特徴だ。シールド装備は無く、遠距離からの精密射撃に特化した機体構成になっている。マークスマン大尉の演算能力を射撃データ解析に生かす構成だ。

 ケネス大尉の三号機は二号機とは逆に、接近戦闘能力を上げる改装がなされている。肩と大腿部に追加された高機動スラスターと、ウルフハウンド用のビームシールドに近距離で威力を発揮するビームマシンガンという、高速で接近して至近距離からビームを雨霰と浴びせ掛ける設計になっている。こちらもケネス大尉の反射速度を最大限に生かすための設計だ。

 そして僕の四号機、ウルフハウンド改は、原型となったウルフハウンドにサイコミュシステムと無人攻撃端末《ビット》を八基組み込んだ物になっている。

 本体の方は原型機とさほど違いは無く、外観上の目立つ相違は頭部に追加された四本のアンテナと背中のビットコンテナ程度だった。武装はウルフハウンド用の新型ビームライフルとビームシールド、ビームサーベルが二本。これは原型機とまったく同じだ。

 ビットは以前の物とは違い、ビット自体に小型の反応炉を組み込んだ改良型になっている。従ってエネルギー切れを気にする必要も無く、コンテナもビットへの再充電用の補助反応炉や予備推進剤タンクが無い単なる格納ラックですむという利点があった。

 エクス・スコードロンの四機はフィンガーチップフォーメーションを組み、訓練宙域を目指す。

 訓練宙域に到達すると、先行していた十二機のハウンドドッグが臨戦態勢で待ち構えていた。アグレッサー役の僕たちは、その十二機を突破して反対側へ通り抜けなければならないというわけだ。

『まず俺とケニーが前に出る。マークとケイは後方から援護。ケイはまだサイコミュは使うな』

『ラジャっす』

『……』

「了解」

 一号機と三号機が戦闘加速に入る。防御側の半数がそれを押し包むように位置を変えるのを、二号機と僕の四号機の射撃で牽制する。防御側は半数が新人のせいか連携がまったく取れておらず、グレッグ少佐とケネス大尉はほとんど減速もせずに包囲網を突破した。

 陣形ががたがたに崩れた防御側を二機のハウンドドッグ改が引っ掻き回す。五分とかからずに、十二機のハウンドドッグは全滅していた。

 サイコミュをフルリンクで起動し、八基のビットとウルフハウンド改を操る。僕を包囲しようとする十二機のハウンドドッグの位置が手にかかるように分かり、そのパイロットたちの苛立ちと敵意さえもが伝わってくる。

 十二対一で既に三回全滅させられている彼らは、今度こそ一矢報いようと躍起になっているようだ。十二人分の敵意が突き刺さる感覚は、輪姦でもされようとしているかの様な寒気を僕にもたらした。

 恐怖感が防衛本能を励起し、攻撃の意思となってサイコミュに流れ込む。その意思に操られて六基のキャノンビットがハウンドドッグたちに襲い掛かり、二基のシールドビットが降り注ぐビームを弾く。

 ひとつ――ふたつ――みっつ――よっつ――。

 ビットがハウンドドッグを落とすたびに、僕はそれをカウントする。とうとう防御側を全滅させてほっと溜息を吐いた時には、僕は既に防御陣形の反対側に抜けていた。

 こうしてアグレッサー演習が完了し、僕たちは母艦への帰路についた。母艦へ向けての巡航中、グレッグ少佐から今回の結果についての簡単な講評がある。

『――というところだな。それと、ケイ』

「はい、少佐」

『少しサイコミュに頼りすぎだな。あそこまで攻撃的にならなくても大丈夫だ』

「はい、すみません……」

 さすがにレイプされそうに感じたので必死になって抵抗したとは言いにくいので、僕は曖昧な返答だけを返しておいたのだが――。

『まあなんだ、今日は演習だったから一人で突っ込んでもらったが、実戦なら俺たちが守ってやる。だからそう必死になるな』

『そうそう、俺らを信頼してくれていいっすよ?』

『……』

 マークスマン大尉が少佐に続き、ケネス大尉も頷く。

「はい、了解です」

 『守ってやる』という言葉に、胸の奥に暖かい物を、同時に腰の奥に疼きを感じる。果たして帰艦後のシャワールームで僕は我慢ができるのだろうか? 着艦誘導ビーコンに機体を乗せながら、僕はひそかに頭を悩ませた。

● ● ●

「……ふあ」

 平原大尉が大きな欠伸をした。ちょうどVRリンカーのヘッドセットを外したところだった僕は、大尉の大欠伸を真正面から見ることになった。

「……あ、少尉、今日のサイコミュサンプリングはそれでおしまいです」

「はい、大尉」

「多分次の調整でマッチング率99.99%以上を達成できると思います。そうなったらあなたたちも戦闘哨戒(Combat Air Patrol)に出すようにとの命令ですので、そのつもりでいてください――はふ」

「はい――あの、寝不足なんじゃないですか?」

「ええ、ちょっと……。かれこれ48時間ほど寝ていないもので」

「48時間って、体壊しますよ!?」

「いやあ、機体の最終調整を四機とも急いで終わらせないといけないので。特に四号機のサイコミュは僕しか調整できませんからね」

「それにしたって……」

「大丈夫、これの入力が終わったら少し仮眠しますから――ふわ」

 僕も平原大尉の仕事がここのところ忙しいのは知っていたが、まさか丸二日間も眠っていないとは思わなかった。

「仮眠じゃ駄目ですよ。ちゃんと寝ないと」

「うーん、そう言われても……。ここのところ安眠できないんですよねえ。しっかり寝たほうがいいのは分かるんですが」

 確かに、やるべきことが詰まっていると思うとぐっすり眠れないというのはあるだろう。しかし、いくらデザインチャイルドとはいえ、まだ14歳の少年にそんな無茶をさせるのは、いささか倫理的に問題があるのではないだろうか。

 眠い目をこすりながら端末に向かっている大尉を見ていると、どうにかしてあげたい気持ちになる。無論僕に大尉の仕事を手伝うことは出来ないから、そちらの方面で手助けをすることは出来ないのだが……。

「……よし、コンプリートっと。あ、少尉、今日はもう結構ですよ。お疲れ様でした」

「あ、はい……」

「僕もシャワー浴びて一眠りしますから――はふ、うーん」

 椅子から立って背伸びをした大尉は、しかしなんだかふらふらした危なっかしい足取りだった。

「あ――。あ、そうだ、大尉、自分もこれからシャワーを浴びますので、ご一緒してよろしいですか?」

「え? ええ、かまいませんよ」

 こうして僕と大尉は連れ立って、居住ブロックの方にあるバスルームに向かった。

 ハンガー脇にあるシャワールームが実用一点張りの、シャワーユニットを並べただけの物なのに対して、こちらはちょっとしたサウナルームと浴槽を備えたバスになっている。娯楽の少ない乗艦勤務での士気低下を防ぐための、ちょっとした贅沢というわけだ。

 更衣室で艦内服を脱ぎ、レプリケーターのディスポーザーに放り込む。

 ちなみに僕の着けている下着は、ボトムは男性用のボクサーショーツだが、トップは女性用のインナーカップ付の物だ。前回の全身再生でCカップサイズの乳房が出来てしまったので、男物のシャツだとゆれてしまいどうにも邪魔になるため、女性士官用の下着を着けているのである。ちなみに艦内服も男物だとあちこちサイズが合わないので、こちらも女性用だ。

 901実験戦闘団は式典などには参加しないので礼服を着る機会はないのだが、もしもそういう場合にはタイトスカートをはかねばならないのだろうかというのが僕の密かな悩みだった。

 微妙に足元をふらつかせている平原大尉とともにバスルームに入ると、技術班の技官が二人、浴槽に浸かっていた。二人は僕のほうを見ると、慌てて目をそらす。

 眠気が酷くなったのか、ほとんど自分で動こうとしない大尉をシャワーの前に立たせ、頭から温水を浴びせてやる。なんだか子供を風呂に入れてやっているような気分になりながら、僕もその隣のシャワーヘッドの下に立った。

 体をさっと流し終わったら、大尉を促して浴槽に浸かる。たっぷりのお湯に体を浸す日本式バスは、設置面積が大きくなるという欠点はあるものの、それを補って余りあるリラクゼーション効果がある。本来なら艦内では上級士官用居住区画にしかないのだが、901の居住区画は上級士官も下級士官も一緒なので、全員が利用できるようになっていた。

 僕が浴槽に入るのと入れ違いに、先に入っていた二人が慌てた様子で出て行く。しかしなにやら前かがみで、腰の前を隠していたのは一体どういう訳だろうか。

 隣の大尉を見ると、目を閉じてうつらうつらしている。下手をするとこのまま浴槽に沈むんじゃないかと危惧し、僕は大尉から目が離せなかった。

 しばらくお湯に浸かっていると、体が中心まで温まるのが感じられる。大尉の顔を見ると、既に頬は真っ赤になっている。そろそろこれ以上入っていては、湯当たりしてしまうだろう。

「大尉、そろそろ出ましょうか」

「ん……、うん……」

 もはや半分眠っている態の大尉を促して浴槽を上がり、温風ドライヤーで全身を乾かす。更衣室のレプリケーターで生成した服に着替え終わった時には、大尉の目は今にも閉じてしまいそうだった。

 あまりにも危なっかしくて目が離せなくなった僕は、大尉をラボのすぐ隣にある個室まで送って行った。

 なんとか服を脱がせてベッドに寝かせ、さて部屋を出ようとした時――大尉の手が、僕の手をしっかりと掴んでいた。

 引き離すのは簡単そうだったが、僕はそれを躊躇した。大尉の寝顔はあまりもあどけなく、普段のちょっと生意気そうな雰囲気はかけらも感じられない、むしろ年相応よりも幼い、と言ってもいい感じだったからかも知れない。

 少し考えてから待機状態のAV端末の時刻表示を確認し、次の勤務時間まで14時間ほどあるのを確かめる。

 僕は大尉の手をそっと引き離すと、艦内服とソックスを脱ぎ、アンダーウェアだけの格好になった。大尉のベッドに静かに潜り込み、頭を胸に抱くようにして毛布に包まる。

 すやすやと眠る大尉の寝顔を見ていると、性的に興奮したときとは違う感じで胸の奥が熱くなる。性的興奮による焦燥感に似た物とは違い、その熱さは僕を穏やかに、そして優しい気持ちにしてくれる物だった。

 大尉が体を丸め、僕の乳房に頬を寄せる。ぐっすり安眠してくれますように、と願いながら、僕はその寝顔を見つめ続けた。

● ● ●

 サイコミュシステムの最終調整が終わった四号機のテストのために、僕は単機で《グラーフ・ツェッペリン》から発艦した。本来なら事故に備えて最低一機は同行するべきなのだが、現在の901実験戦闘団にはその余裕が無かった。

 グレッグ少佐は指揮官会議に出席中、マークスマン大尉とケネス大尉は直前の試験飛行から戻ったばかりで機体が整備中とあって、同行できる人間が居なかったのだ。幸いテストの内容は軽い動作確認だけなので、万一サイコミュに動作不良があっても通常操縦系統を使用すれば済むという判断の元、僕はリモートコントロールの観測ドローンだけを伴って飛び立った。

 『あれ』が再び姿を現したのは、そんなテストフライトも終わった時だった。

 訓練用に設定された空域で、四号機に様々な動きをさせ、自分のイメージに機体が完璧に従うことを確かめる。本体の動きを確認し終わったら、今度はビットの動作確認だ。切り離したビットをテストパターンに従って動かし、操作イメージと実際の動作にずれが無いかを確認してゆく。

 プログラムが全て終了し、ビットを全て回収して母艦への方位を取ろうとした時だった。

 背筋に猛烈な悪寒が走る。それに反応した四号機が蹴飛ばされたように加速し、直後にその位置を強烈なビームが貫いていった。

 ビームの軌道を逆トレースした先に、黒い四本腕が居た。つい先ほどまでそこには何も無かった筈なのだが、よほど高性能なステルス機能でも装備しているのだろうか。僕は第二航空艦隊に向けて緊急通報を発しつつ、観測ドローン経由で見ているはずの平原大尉にも通信した。

「大尉! あいつです、黒いバーサーカーが!」

『落ち着いてください、少尉。今グレッグ少佐と102、103小隊がそちらに向かっています。撃墜しようとはしないで、あなたは身を守ることに専念してください』

「了解!」

 ビットを全て切り離して機体を軽くする。キャノンビットの砲撃で牽制して接近されるのを避け、避けられない砲撃はシールドビットで受ける。前回の戦闘より機体もビットも高性能化しているためか、あのときほど苦戦はしなかった。とはいっても、こちらからの砲撃は一発も命中せず、一対一では防戦で手一杯なのは変わらないのだが。

 そうこうするうちにレーダーに九つのエコーが感じられ、援護が来たのが分かる。先頭の一つだけ突出しているのがグレッグ少佐だ。少佐は僕を追い越すと、黒い敵機と格闘戦に入った。僕はビットでそれを援護する。八機のハウンドドッグは上下左右に分かれ、敵機を包囲する態勢を取ろうとした。

 突然、黒いバーサーカーが大加速し、少佐を振り切ってまだ完成していない包囲網の穴から抜け出す。僕はビットにそれを追いかけさせたが、突然敵機の反応が消失した。あらゆる反応が消え――違う! まだそこに『居る』!

 僕はセンサーの反応では何も無いはずの虚空に狙いを定め、三基のキャノンビットからビームを放った。

 二発は空しく消えたが、一発が何かに命中した。敵機のレーダー反応が突然復活し、慣性飛行をしていたそれが再び加速する。ハウンドドッグがそれに追いすがろうとするが、黒いバーサーカーはすさまじい加速でそれを置き去りにした。ビットの誘導限界ぎりぎりで再び反応が消失し、僕たちは完全にそれを失探(ロスト)した。

『……少佐、先ほどビットの射撃が命中したときに、敵機の外装が一部剥離していたのが確認されています。それを回収してください』

『了解した』

『少尉はビットを回収して帰投してください』

「了解しました」

 あちこちに散らばっていたビットを呼び戻し、背中のビットコンテナに格納する。グレッグ少佐と二機編隊を組んで帰投コースに乗りながら、ひょっとしてあの黒いバーサーカーは僕を観察していたのだろうか、と僕は考えていた。

 戦闘データのリサンプリングと保存が終わり、僕には24時間の休息待機が命じられた。データの分析と敵機体の外装破片の予備分析が終わるまでは技術班はそれにかかりきりなので、その間一時待機ということらしい。平原大尉に無理をしないようにと釘をさして、僕はラボを辞した。

 自室に戻った僕は、そのままベッドに倒れこむように横になった。サイコミュをフルに使用しての戦闘はさすがに堪える。精神に受けた疲労を回復するために、僕は夢も見ない眠りに落ちた。

 目が醒めたのは、横になってから六時間ほど後のことだった。寝汗をかいたのか、体の匂いが少し気になった僕は、さっぱりするべくバスルームへと足を向けた。

 更衣室ではレプリケーターで服を分解処理したあとに、柔らかめのスポンジとボディソープ、リンス入りシャンプーを生成する。以前はこれらはシャワーに備え付けの物を使用していたのだが、DNA書き換えの影響なのか備品を使うと肌が酷く荒れるようになったので、こうして体に合う物を使うようになったのだ。

 エアロック形式の全身ドライヤーを通り抜けて風呂場に入ると、そこには先客が二人居た。ウォーカー軍曹と、レバンス伍長。二人とも僕の機体付の整備兵だ。二人とも僕より年下だが腕は確かで、僕の機体をいつも完璧に整備してくれる。

「あ、少尉殿」

 ウォーカー軍曹が僕に気付く。しかし敬礼は無い。バスルームではおしゃべり自由、堅苦しい礼式は無しというのが宇宙軍の不文律だ。

「やあ。二人とも非番?」

「はい、四号機の整備は完了しましたので。少尉が丁寧に扱ってくださるので、自分たちは楽なものですよ」

「そっか。でもまたこの前みたいに酷く壊しちゃうかもしれないから、そうなったらごめんね」

 実際のところ、前回は『酷く壊す』どころか完全なスクラップにして廃機にしてしまったわけだが……。

 浴槽に浸かっている二人と話しながら、僕はシャワーの下に立った。まずはスポンジにボディソープを出し、しっかり泡立てて全身を洗う。石鹸の匂いに包まれると、なんだかそれだけで気分がリラックスしてくるから不思議だ。続けて髪も洗い終わる頃には、僕の精神はすっかり緩みきっていた。もし今緊急警報がなっても、咄嗟に反応できないのではないだろうか。

 シャワーで全身を綺麗に流して浴槽に浸かると、僕はなんだか年寄りくさい息を吐いた。日本式バスに慣れると誰もがお湯に浸かるときに必ずやるようになる、あれだ。

 何か話そうかと思ってウォーカー軍曹とレバンス伍長のほうを見ると、二人とも顔を真っ赤にして僕のほうを凝視している。

「……? 二人とも、のぼせた?」

「! い、いえ! 自分は大丈夫であります!」

「じ、自分もです!」

「そう?」

 気になった僕が近づこうとすると、二人は慌てたように遠ざかった。

「……どうしたの?」

「す、すみません! 何でもありません!」

「自分はそろそろ上がりますので、これで失礼します!」

「あ、自分もこれで!」

 レバンス伍長が浴槽内で立ち上がり、ウォーカー軍曹もそれを追うように立った。二人の下半身がお湯から出――屹立した二本のペニスが僕の目の前にあった。

「「「あ……」」」

 三人の声が、実に間の抜けた感じでそろう。天使がのろのろと通り過ぎる――それも一個連隊でだ――時間のあと、二人は慌てて浴槽に身を沈めた。

「す、すみません、少尉殿!」

 ウォーカー軍曹が大きな声で言う。一方のレバンス伍長は真っ赤になって黙り込んでいる。僕の方はというと――腰の奥で突然発生した熱量が、頭のてっぺんまでも埋め尽くしていた。

 二人の固くなったペニスを見たせいで自分が発情しているのがわかる。そういえば、前の出撃のあとはそのまま眠ってしまったので、マスターベーションによる解消をしていなかった。まだ大丈夫かと思っていたのだが、どうやら駄目だったようだ。まずいかも。体がどんどん熱くなってゆくのが分かる。逞しい男の腕で抱かれる感覚、乳房や乳首を他人の手でもてあそばれる感覚、そしてアヌスにペニスをねじ込まれる感覚が次々思い出される。

 僕の理性はそれを押しとどめようとしたのだけれど、戦艦の主砲を食らった小型ボート並にあっさりと欲情に押し負けてしまった。

「……ね、ねえ、二人とも」

「「はいっ!」」

「その……、ぼ、僕の体って、綺麗……?」

「え――は、はい!」

「少尉殿は、その、とても魅力的であります!」

 褒められて悪い気はしない――どころか腰の奥に直撃するような疼きを感じる。既に完全に欲情に支配された僕は、ポルノビデオで見たような台詞をためらいも無く口にしていた。

「僕の体にはさ、おちんちん、付いてるんだよ。二人とも、それでもいい……?」

 ごくり、と唾を飲む音がしたのは果たして誰の喉からだったか。

「「……はい」」

「そう――じゃあちょっと待ってて」

 僕は浴槽を上がり、いったん更衣室へと出た。レプリケーターのコンソールから認識番号とパスワードを入力して個人用ストレージにアクセスすると、ミニボトルに入ったアナルセックス用ローションのオブジェクトデータファイルを指定してそれを生成する。それを持って再び浴室に戻ると、二人はまだ浴槽の中で固まっていた。

「二人とも、こっちへ……」

 僕は二人を誘って、サウナルームの扉を開けた。

 サウナの設定をミストサウナにして、温度設定は最低限にする。たちまち低温蒸気に満たされた室内で、二人には並んでベンチに座ってもらい、僕はその前に跪く。

 最初は二人のペニスを両手で軽く握り、優しく扱いてあげるところから始める。

 軽いタッチで、時々親指で先端をこするようにしながら、ゆっくりと扱く。先端からじわりと滲んで来る先走りを、亀頭全体に塗り広げてこすってあげる。

 ウォーカー軍曹の亀頭に鼻を寄せ、くんくんとその匂いをかいで見る。

「しょ、少尉どのっ!」

「んっ、いい匂い……」

 口の中に唾液を溜め、最初はウォーカー軍曹の物から、ぱくりと咥える。口の中に先走りの匂いが広がり、頭の中にまで充満しているような気がする。

 反対の手ではレバンス伍長のペニスを弄り続けながら、ウォーカー軍曹のペニスを目いっぱいまで飲み込む。

 ウォーカー軍曹に喉まで愉しんでもらったら、今度はレバンス伍長の番。口の中に唾液を溜めなおし、くわえたペニスを舌で弄ぶ。舌先で鈴口を突付いたり、亀頭全体をなぞってあげたりして、僕の舌を愉しんでもらう。

 バスルームの方で、ドアが開閉する音がする。誰かが入浴をしにきたらしい。

 今僕はサウナルームのドアにお尻を向けて床に膝をついているから、もしその誰かがサウナに入ろうとしたら、僕の恥ずかしい部分が全て丸見えだ。

 そう考えると、恐怖感と同時に、腰の奥にぞくぞくとした快感が走る。僕はお尻の穴をひくひくと痙攣させ、腰をもじもじと動かした。

 シャワーの音が聞こえて来たのに合わせ、僕はわざと口から大きな音を立てた。派手な吸引音がサウナルームに響く。もしかしたらこの音を聞きつけられるんじゃないかと思うと、腰の奥の熱が激しくなる。

 幸にもと言うべきか、その人物はシャワーだけを浴びるとすぐにバスルームから出て行ってしまった。再び外は静かになり、物音は僕がペニスをしゃぶる音だけになる。

 そうやって交互に口で責めていると、やがて二人のペニスが不規則に痙攣し始めた。

「……ふたりとも、そろそろ?」

「はい、もう、限界です」

「これ以上されたら、出ちゃいます」

「そう……。ねえ、どっちが、ここに入れる?」

 僕は二人に背を向けると、お尻の穴を右手の人差し指と中指で開いて見せた。

 ごくり、と唾を飲む音が響く。

「あの、自分は、口でお願いしても、よろしいでしょうか」

 と、ウォーカー軍曹が言う。

「うん、良いよ。じゃあ伍長は、こっち?」

「はい……」

 二人の返事を聞いて、僕は自分のアヌスにローションを塗りこんだ。解してもいないと言うのに、アヌスはやすやすと指を飲み込む。僕はボトルの頭をアヌスに突っ込むと、柔らかいボトルをぎゅっと握って中身を体内に注ぎ込んだ。

 レバンス伍長にお尻を向けて床に四つん這いになり、首だけを後ろに向けて視線で促す。伍長は僕のお尻に手をかけると、恐る恐るという感じでゆっくりとペニスを挿入してきた。

「あっ、あっ、はあっ、ああ……」

 伍長のペニスが少し進むたびに、僕は淫らがましい吐息を吐いた。と、目の前にペニスが突き出される。ウォーカー軍曹のそれを、僕はためらい無く口に含んだ。

 床に四つん這いになり、上下を二本のペニスに犯されて、僕は激しい快感に翻弄された。

 ウォーカー軍曹は僕の頭を両手で掴み、喉の奥までを犯して来る。嘔吐してしまわないように、僕は必死で我慢をしなければならなかった。同時に、口の中に広がる雄の匂いに、自分がそれに奉仕する雌になってしまったことを実感させられる。

 レバンス伍長に犯される下半身からは、一突き事に絶え間無く性の快楽が送り込まれてくる。肉穴を肉棒で埋め尽くされ、奥の奥まで突き通される感触に、自分の尻穴が排泄器官ではなく性器なのだと実感させられる。

 今の僕は、二匹の雄に性の奉仕をし、同時にそのことで自分の性欲をも発散する淫乱な一匹の雌だった。

 先に限界が来たのは、僕の尻穴を犯していたレバンス伍長だった。急に動きが止まったかと思うと、僕の中に熱い物を放出する。数秒間の後、伍長は僕から離れていった。

 尻穴から精液とローションの混合液をたらしながらなおもフェラチオを続けていると、ウォーカー軍曹も限界に到達した。口の中に出された物を、僕は一滴も溢さないようにすすりこむ。

 サウナルームに聞こえるのは、三人の激しい呼吸音だけだった。

「あの、少尉殿、大丈夫ですか」

 ウォーカー軍曹の問いに、僕は答える。

「うん、大丈夫……。二人とも、満足してくれた?」

「は、はい!」

「とても、気持ちよかったであります!」

「そう、よかった」

 いつのまにか放出していた自分の精液の上にへたり込みながら、僕は二人に向かってにっこりと微笑んだ。

 後片付けをしようと立ち上がろうとしたとき、僕は腰に力が入らないことに気がついた。

「あ、あれ?」

「少尉殿?」

「ごめん、腰が抜けちゃったみたい……」

 結局、二人に抱えられてサウナルームから運び出され、シャワーで体を流した後改めて浴槽に浸かることになった。サウナルームの後片付けは二人が手分けしてやってくれ、僕はそれを浴槽の中からのんびりと眺めた。

 改めて汗を流した二人と一緒にお湯に浸かりながら、僕は先ほどの自分の行動を思い返してみた。ポルノ女優顔負けの言動を思い出すと、お湯の熱さとは別の理由で顔が熱くなる。けれども同時にそれは、とてつもない開放感を伴っていた。

 ちょっと気まずい、だけど決して不快ではない沈黙が落ちる。二人にはさまれてお湯に浸かりながら、僕は快楽の余韻に身をゆだねた。

● ● ●

 現在、僕たちの所属する第二航空艦隊と、攻撃空母《エンタープライズ》、《赤城》、《キエフ》の三隻を基幹とする第一航空艦隊は、金星の衛星軌道上を正反対の位置で周回している。哨戒範囲は空母を三隻保有する第一の方を若干広めとして、金星上空全域をカバー。この厳重な配置は、言うまでもなく、コードネーム《アスラ》と名づけられた例の黒いバーサーカーがどこから現れても対応出来るようにする為だ。

 しかし、前回の戦闘で回収した外装破片と戦闘時のデータを分析した結果、《アスラ》が非常に優秀なステルス機能を持っていることが判明し、この配置の効果に疑問が提出されることになった。《アスラ》のアクティブステルスは、ハウンドドッグのセンサーをごく至近距離以外では完全に欺瞞出来、艦載レーダーすら戦闘距離内で欺瞞できる物だった。従っていくら警戒配置を厳重にしても効果は無く、《アスラ》や同じタイプのステルス外装を装備したバーサーカーならば簡単に哨戒網突破が可能なのではないかと言うのがその意見だった。

 高度なステルス能力の代償か、あの黒い外装には防御効果はまったく無く、ビームライフルで簡単に貫通できる。しかし、《アスラ》の凄まじい運動性能と機動性はそれを補って余りある物であり、『当たらなければどうと言うことは無い』という名言をまさに地でいく物だった。

 今までのところ同一個体としか思えない一体だけしか存在しないのが救いだが、もしもあれが大量に出現したら宇宙軍の手には負えなくなる。どうにかして捕獲するか、最低でも撃破して残骸を回収し、徹底的な調査と対抗策の立案をせねばならない。

 膠着状態に陥りかけた状況に対して、宇宙軍参謀本部が立案したのはこのような場合の常道とも言える作戦――すなわち囮作戦だった。そしてその囮に選ばれたのは901実験戦闘団試験小隊四号機。すなわち、僕とウルフハウンド改だった。

「以上が、参謀本部からの通達だ。何か質問は?」

 グレッグ少佐が説明を終え、僕たちに質問を促す。

「少佐、それってほんとに大丈夫なんすか? ケイ君が無茶苦茶やばい気がするっすよ?」

「……」

 マークスマン大尉が疑義を呈し、ケネス大尉もそれに頷いて同意を示す。

「それについては僕から説明します」

 少佐に代わって声を上げたのは平原大尉だった。

「まず簡単なシミュレーションの結果ですが、少尉が防御に徹している限り、アスラに撃墜される恐れはありません。さらに念のために、四号機の装甲全面に渡ってアンチビームコート処理を施します。これによって、直撃でも最低一発は耐えられます」

「それにケイを囮に出すと言っても、急いで駆けつければ五分の距離だ。さらに俺たちの他にも、三個小隊が緊急発進態勢で待機することになっている」

 大尉と少佐の説明に、マークスマン大尉もケネス大尉も一応は頷いた。しかしその顔には、微妙に不満の色が残っている。実を言うとそれはグレッグ少佐も同じで、それは少佐が決して本心からこの命令に納得しているわけではないことを示していた。

 しかしながら、参謀本部直々の作戦命令を拒否することなど無論できるわけがない。多少無茶な命令であろうとも、理由無く拒否すればそれは抗命罪である。

 それに、僕自身はこの作戦には大いに乗り気だった。

 今はまだ、《アスラ》は僕たち宇宙軍の戦闘艦隊としか接触していない。しかし、もしあのステルスを装備したバーサーカーが蔓延(はびこ)ったら、太陽系内の民間航路に致命的な危険がもたらされる事になる。もしもそいつが客船を沈めたりしたら、僕の両親と同じ死に方をする人間が、そして僕と同じ悲しみを味わう人間が出るかもしれない。

 そんなことは絶対にさせない。そのためなら、どんな危険(リスク)を侵す事も厭わないというのが僕の決意だった。

「あのっ、自分でしたら大丈夫です! それに、皆が守ってくれるって信じていますから……!」

 結局、僕が良いと言うのなら、ということでマークスマン大尉とケネス大尉も折れてくれた。こうして僕たちは、《アスラ》をおびき出して仕留める為の作戦を実行することになったのだった。

 作戦発動まで16時間を切り、僕は作戦前最後の休息時間割りに入っていた。本来ならば眠るなりなんなりして、少しでも体を休めておかなければいけない所だ。しかしながら、僕はどうしても落ち着くことが出来ず、散歩代わりに居住区をうろうろしていた。

 ふと通りがかったアスレチックジムを覗くと、ベンチプレスをするグレッグ少佐の姿があった。

「……少佐」

「……おう、どうした」

 少佐は僕の声に気付くと、ベンチプレスを中断して体を起こした。

 少佐の体は、上背のある体躯が分厚い筋肉に覆われた、僕などとは違う極めて男らしい物だ。身体機能強化薬物の被験体である少佐は、エクササイズを繰り返すことによってドーピングされた肉体を完全にコントロールしている。僕の体とは違う意味で『造られた』肉体だけど、その姿はある意味男の理想像だ。

 肉体だけではなく、少佐の精神もまた軍人として、指揮官として、そして何よりも男として理想的なものだった。それは少佐自身が思い描く理想の男に、自分を近づけるための努力の賜物なのだろう。

 汗に濡れた少佐の胸板を見ると、腰の奥が疼いてくるのが感じられる。自分がすっかり淫乱な雌になってしまったと感じる瞬間だ。

「少佐、あの……」

「ん?」

「いえ、すみません。何でもありません、失礼しました」

 僕は一つ敬礼をすると、回れ右をしてその場を離れた。

 自分勝手な性欲の解消のために少佐を頼ろうとしたことが、とても恥ずかしく感じられる。他人をセックスフレンド扱いしようとした自分を、僕は内心で責めた。

 次に僕が行き当たったのは、平原大尉の個人ラボだった。所在無くそのドアの前にたたずんでいた僕に、背後から声がかけられる。

「少尉、どうしました?」

「!? た、大尉?」

 びっくりして振り向くと、そこに平原大尉の姿がある。

「食堂から戻ってきたら、あなたがドアの前に突っ立っていたのですが」

「す、すみません」

 なんだか先ほどから、謝ってばかりだ。

「まあ立ち話もなんですから、中へどうぞ」

 大尉に促され、僕はラボに足を踏み入れた。

 大尉がフードレプリケーターでコーヒーを淹れてくれる。僕は熱いコーヒーを飲みながら、先ほどジムで少佐にあったときのことを話した。

「なるほど、そういうわけですか。でしたら、また僕がお相手しますよ。溜め込んだままにして、作戦中に発情されても困りますからね」

 大尉の言い方は、毎度の事ながら直截的だ。

「すみません、大尉」

「気にしないでくださいと、前回も言ったでしょう。これも任務ですよ」

「ですが……」

「そうですね、でしたら、終わったあとで添い寝をしてください。それでチャラと言うことで」

「……はい」

 そうして僕たちは、大尉の部屋に移動した。おたがいに全裸になり、ベッドにあがる。

 平原大尉の体は、同年代の少年に比べて若干華奢で、小柄だ。その少年の股間に僕は顔を寄せ、ペニスを口に含む。

 以前に同じ事をしているときの録画記録を見たことがあるが、僕の行為ははたから見るとまるで痴女だった。僕の体は股間さえ見えなければ年齢相応の女性に見えるので、まるで成人女性が未成年の少年を襲っているように見えるのである。

 しかし自分がそんな痴態を晒していると考えると、かえって興奮が増して来る。妖しい興奮に導かれるまま、口と片手を使って大尉のペニスに奉仕し、もう片方の手でアヌスをしっかりと解す。

「んっ、少尉はやっぱり、淫乱ですね。僕のペニスをそんなにおいしそうに、はあっ、しゃぶって……」

 大尉は言葉で僕の羞恥心をさらに煽る。

「ご存知ですか、少尉。あなたが、僕や少佐達や、整備兵たちを非番のたびに咥え込んでるって、ふっ、皆が噂、してるって」

 口をペニスでふさがれている僕は大尉に一言も言い返すことは出来ない。一方的に言葉で責められて、僕の羞恥心は暴走した反応炉のようになっている。しかしその恥ずかしさは全てが興奮に変換され、その熱核反応並の熱量は体の熱さに変わっている。

 やがて限界に達した僕は、大尉のペニスから口を離すと挿入をねだった。ふと浮かんだVRポルノの台詞をそのまま口に出し、淫らに、そして哀れっぽく懇願する。

「ぷはっ、す、すみません、大尉。淫乱なおちんちん中毒でごめんなさい。みんなの共用精液便所(ザーメントイレ)の肉穴でよかったら、大尉のおちんちんで奥まで犯してください!」

 今回の挿入は、前回とは違って正常位の姿勢で行われた。仰向けになって足を抱え、お尻を剥き出しにした僕の両足のあいだに大尉が位置し、僕の足を抱えるようにして挿入する。大尉は小柄なほうだが、そこはやはり男の子、一度挿入すると抽送は激しい物だった。

 乳首を吸われながらアヌスを犯され、自分の手ではもう片方の乳首を転がしながらペニスを扱く。敏感な部分から同時に刺激を受けて、さっきから上がりっぱなしだった僕のテンションはすでに限界だった。

 乳首に吸い付く大尉の頭を両腕でぎゅっと抱え込み、アヌスでは大尉のペニスを絞り上げる。大尉のほうも限界が近かったのか、僕の不意打ちにペニスを爆発させた。体内に男の精を注ぎ込まれる感触に、僕のほうも絶頂した。

 抱き合ったまま余韻を愉しみ、ゆっくりとクールダウンする。頭が冷えてくると、僕は先ほどの自分の言動に別の意味で熱くなった。ちらりと大尉のほうを見ると、大尉は早速僕の胸に顔をうずめて乳房に頬擦りなどしている。先ほどは僕に男を感じさせた大尉だが、こうしているとなんだか弟かなにかのように可愛く思えてくる。

 大尉が毛布を手繰り寄せ、僕たちの体にかける。僕はベッドの頭のところにあるコンソールに手を伸ばして、室内照明の照度を最低限に落とした。わずかな薄明かりのみになった室内で大尉と抱き合って毛布に包まり、僕はほんのりと幸せな気分で目を閉じた。

 次に目が覚めたら、もう囮出撃のための準備にかからなければならない。ひょっとしたら、こんなふうに幸せな気分で眠れるのはこれが最後かもしれない。頭の片隅でそう考えながら、僕はゆっくりと眠りに落ちた。

● ● ●

 《グラーフ・ツェッペリン》のカタパルトに押し出され、僕は単機で虚空を駆ける。第二航空艦隊の艦影が背後に遠ざかり、やがて機戴レーダーの有効範囲には何のエコーもなくなった。

 もちろん艦隊の方ではあらゆるセンサー、通信システムを総動員して僕を監視していることは分かっているし、無線方位装置は艦隊の位置を示すビーコンを捕まえ続けている。それでも、自機のセンサー有効範囲内に友軍がまったくいないというのは少し心細いものだった。

 緊張に満ちた一時間が経過し、僕は金星を二週して第二航空艦隊と再び合流した。《アスラ》が襲い掛かってこなかったことに、僕は拍子抜けすると同時に少しほっとしてもいた。

 48時間の後、再び単機で発進し、やはり何の成果も無く僕は帰投した。それをさらに二回繰り返した後、囮作戦は一時中断された。《アスラ》が僕に興味を失ったのか、それとも何か他の理由があるのか、とにかくこのまま繰り返しても効果がなさそうだというのが艦隊参謀部の意見だった。

 やがて再び姿を現した時、《アスラ》は以前とは姿を変えていた。

 そのとき僕たちは、通常の戦闘哨戒に出ていた。エクス・スコードロンは実験部隊なので本来なら哨戒行動などは行わないのだが、今回は強化したセンサー類と新型の小隊データリンクの機能を実施状態で確認するために、通常の哨戒のローテーションに組み込まれていたのだ。

 僕たちが第二航空艦隊から金星の半周分ほど離れた時、つまりちょうど裏側にいたときにそれは起こった。

 《アスラ》が再び姿を見せ、通常型のバーサーカーを率いて艦隊襲撃してきたのだ。

 第二航空艦隊の受けた被害は甚大で、特に《インヴィンシブル》は四基ある推進器のうち三基までを破壊され、金星周回軌道からの離脱が不可能になってしまった。通常型のバーサーカーはすべて破壊し《アスラ》も撃退はしたというが、控えめに見ても取り逃がしたとしかいえない状況だった。

 この時観測された《アスラ》は、以前と外観、装備を変えていた。

 まず腕が六本になり、ビーム砲二門とビームサーベル二本、ビームシールド二つを同時に駆使するようになった。外装に防御力が無いと言う弱点をビームシールドの追加で補った格好だ。

 さらにこの時は、ビットと同種の小型攻撃端末を四基使用していたのが確認されていた。記録によれば、背後からの不意打ち、単一目標への包囲攻撃、囲まれた場合の全方位攻撃など、恐ろしく効果的に使用しているようだった。

 運動性能は若干落ちているようだったが、替わりにビームシールドが増えているとあってはとても付け入れるものではなさそうだった。

 一体だけしか姿を現さない点がこれまで謎とされてきたが、今回の強化された《アスラ》の襲撃によって、おそらくあれは人類の言う『試作機』ないしは『実験機』のようなものなのだろうという観測がなされる様になった。もしそうであれば、同タイプの大量出現が近い可能性もある。《アスラ》の捕獲ないし撃破は、ますますの急務だった。

「《アスラ》は山崎少尉をモデルにして改良を行っているのではないかと考えられます」

 平原大尉の発言に、誰も異議は唱えなかった。グレッグ少佐は眉根を寄せて瞑目し、マークスマン大尉とケネス大尉は神妙な顔で頷いている。会議室に集まったその他の技術士官と整備兵一同も、小声で囁きあいつつも誰も反論はしなかった。

「最初の襲撃の時、最終的に《アスラ》を撃退した、というか少なくとも《グラーフ・ツェッペリン》を守ったのは山崎少尉でした。おそらくあのときに目をつけられたのでしょう。前回の少尉との戦闘でデータを収集し、それに基いてしばらく姿を見せなかった間に改良を施したとすれば話は合います。今度の艦隊への襲撃はおそらく小手調べといったところでしょう」

 大尉が言葉を切ると、会議室に沈黙の帳が下りた。それを破ったのは、最初からずっと口をつぐんでいたグレッグ少佐だった。

「……となると、今度こそケイを狙ってくるか?」

「おそらく。バーサーカーから見れば、山崎少尉と四号機は重大な脅威のはずです。われわれが《アスラ》をなんとかしたいのと同じように、むこうも山崎少尉に必ず勝てる機体を作りたい筈ですから、目処がついたら実戦で試しにくるでしょう。まあもっとも、少尉を量産するわけには行かないですから、われわれのほうがはるかに分が悪いのですけどね」

 大尉の言葉に、再び重苦しい沈黙が落ちる。

 確かに、機械であるバーサーカーとは違い、ニュータイプは数が必要になったから量産するというわけには行かないのだ。そうである以上、なんとしても普通のパイロットでもあれに勝てるようにする方法を編み出さなくてはならず、そのためには何とか捕獲するか残骸を回収して調査せねばならない。

 そしてその責務は、全て901実験戦闘団が負う事になった。現在あれとまともに戦えるのがエクス・スコードロンの四機だけである以上、他にやりようがないというのが参謀部の判断だった。

 総員集合しての通達が終わり、901の隊員一同は鮨詰めの会議室から退出した。僕も自室に向かって歩きながら、胸の奥に重苦しいプレッシャーを感じていた。

● ● ●

 僕たちが《アスラ》との再戦を果たしたのは、第二航空艦隊が壊滅的な被害を受けた奇襲から約半月後のことだった。

 この時僕たちエクス・スコードロンは、《インヴィンシブル》の損害のため自由に軌道を変えられない艦隊の軌道前方で、通常の警戒索敵任務についていた。その僕たちの前に、《アスラ》と通常の攻撃型バーサーカーおよそ二十体が姿を現したのだった。

『コントロールよりエクス・スコードロン、不明機(ボギー)20、方位290上方12(ベクター・ツーナイナー・トウェルブ・プラス)、接近中、警戒せよ』

『エクス・ワン、ラジャー。エクス全機、コンバットフォーメーション』

『ラジャっす』

『……』

「ラジャ――少佐、奴です!」

『《アスラ》か?』

「はい!」

『よし、まず一から三号機で通常型を掃除するぞ。ケイはサイコミュ起動、後ろで監視、《アスラ》を探せ』

「了解!」

 グレッグ少佐とケネス大尉がフォワード、マークスマン大尉がバックアップのフォーメーションで接近してくる集団を迎撃する。僕はさらに少し下がった位置から全体を見渡し、勘を研ぎ澄ませて《アスラ》の気配を探った。

 戦闘開始から数分、マークスマン大尉の狙撃が命中し、バーサーカーの数がちょうど十体に減ったときだった。背筋に悪寒が走り、僕は叫んだ。

「ケネス大尉、後ろです!」

 三号機がブースター全開で跳ねるように上昇した後を、何もない虚空から迸ったビームが通過していった。突然センサーに反応が現れ、そこにはステルスを解除した《アスラ》の機影があった。

「少佐、いました!」

『よし、サイコミュリンク起動する。全員、いくぞ!』

 少佐が一号機に装備された新型の指揮・データリンクシステムを起動した。

 これは一種の簡易サイコミュで、リンクネットワークに所属する機体のパイロットの間にリンクを張り、同時にセンサーのデータを全機体で共有するものだ。パイロットに供給される情報はフルスペックのサイコミュほど完全では無く、また操縦システムとしての機能も無い。完全なサイコミュを扱うにはかなりの訓練と、何より先天的な素質が必要だからだ。しかし入力データ量を削減し、出力機能をパイロット間の通信に限定すれば、一般のパイロットにも何とか扱える物になる。僕たちの機体に装備されているのは、そのシステムのプロトタイプモデルだ。

 僕の捉えたバーサーカー達の、そして《アスラ》の位置や挙動の情報がサイコミュリンクを経由して小隊全機に供給され、そのデータをもとに少佐が最適な攻撃パターンを指示する。あっという間に通常型バーサーカーは全滅し、後には《アスラ》と僕たち四機だけが残った。

 《アスラ》は凄まじい機動力で戦場を駆け回り、まず少佐たちから葬ろうとする。しかし、今回僕たちにはサイコミュリンクがあった。

 僕の知覚能力が《アスラ》の動きや一瞬先の挙動までも捕らえ、その先読み結果がデータの形で小隊全機に供給される。マークスマン大尉の牽制射撃が《アスラ》の軌道を封じ、ケネス大尉が残った進路上で待ち受ける。ビームシールドでマシンガンの弾幕を防ぎ、強引に突破した《アスラ》をさらにその先で待ち受けていた少佐のビームサーベルが襲う。少佐の攻撃をビームサーベルで受け流し、姿勢を崩しながらも包囲を切り抜けた《アスラ》が飛び出した先はしかし、キャノンビット六基が形成する包囲の中心だった。

 僕は全てのビットから同時にビームを放ち、《アスラ》にありったけの砲撃を叩き込んだ。同さらには後方から、少佐たちによる攻撃も放たれる。

 合計九本のビームに襲われながら、《アスラ》はそのうち六本までを回避して見せた。しかし二発が推進器に、一発がシールド装備のアームに命中し、それを破壊した。

 機動力が半減し、いまだに攻撃力は残っているものの防御もほとんど失った《アスラ》は、もはや僕たちにとって脅威でもなんでもなかった。これならば破壊しないで生け捕りも可能かと思った瞬間――《アスラ》は熱核反応の炎とともに消滅した。

『……自爆、っすかね』

『おそらくな。奴としても、捕獲されてデータを取られたくは無かったんだろう』

『……』

「任務失敗、なんでしょうか」

 僕の疑問に答えたのは、グレッグ少佐ではなく平原大尉の声だった。

『そうでもありませんよ。外部から観測可能なデータは充分得られましたし、サイコミュリンクの性能も実証できました。サイコミュリンクを量産して戦術をブラッシュアップすれば、強化処置を施していなくても十分に対抗可能でしょう。皆さんお疲れ様でした、帰投して下さい』

『了解』

『了解っす』

『……』

「了解」

 サイコミュリンクが切られ、僕たちは《グラーフ・ツェッペリン》に向かって方位を取った。接続が切れると、急に心細さというか、不安感、あるいは欠落感のような物を覚える。つい先ほどまですぐそこに感じられた仲間の存在が、今は機体の装甲と数百メートルの真空に隔てられた先だ。そのことに、先日一人で出撃したときよりも厳しい寂しさを覚える。

「……あの、少佐、皆」

『どうした、ケイ』

「……帰ったら、その、いいですか?」

『……ああ』

 僕の曖昧な言葉に、少佐は肯定の返答を返してくれた。逞しい腕に抱かれ、ペニスをねじ込まれ、精液を注がれる感触を想像して、僕の腰の奥が疼いた。小さな光点になって視界に入ってきた《グラーフ・ツェッペリン》の艦影を見て、僕は着艦後の、シャワールームに思いをはせた。

 シャワールームの床に座ってもらった少佐のペニスの上に腰をおろすようにして跨り、僕はその逞しいペニスをアヌスに飲み込んだ。体内に感じる雄の象徴に、僕の中の雌の部分が歓喜の声を上げる。

 目の前にはマークスマン大尉とケネス大尉のペニスがあり、先端からは先走りの雫を溢れさせている。僕は躊躇せずにそれにむしゃぶりつき、雄の味を上の口でも味わった。

 自分で腰を振りながら目の前のペニスも味わい、あるいは掌で弄ぶ。同時に僕のペニスも少佐の無骨な手で扱かれ、すっかり尖った乳首も弄られる。

 まず少佐に精液を注ぎ込んでもらった後、今度は四つん這いになってマークスマン大尉を受け入れる。少佐よりすこし細長いペニスが先ほどとは違う部分を刺激して、僕は再び快楽に溺れのたうった。再び体内に精液を注がれて、二度目の絶頂を迎える。

 ケネス大尉のペニスを受け入れたときには、僕はもう息も絶え絶えでほとんど体を動かせなかった。しかし大尉の太いペニスの感触だけは敏感な尻穴が細大漏らさず感じ取り、その一突き事に僕は小さな絶頂に押し上げられていた。三度目の体内への射精に僕はとうとう気を失い、裸でラボに担ぎ込まれる騒ぎになった。

 こうして僕たちの新型バーサーカーとの戦いは終わり、実戦試験が完了した技術の一部は実戦部隊で使用する機材に応用されることが決定した。ニュータイプ素養者の戦力化に関しても、貴重な実戦データが取れたという。

 地球の静止軌道上で建造中の巨大衛星砲《イシュタル》の完成まで、残すところ一年。これを乗り切ればこの闘いは僕たち人類の勝ちだ。僕たちの成果はこのための大きな助けになったと思う。自分が人類全体の勝利のために確かな貢献をしたことに、僕は大きな満足感を感じていた。

● ● ●

 照明の絞られた部屋の中、壁面ディスプレイに何面ものウィンドウが表示され、あるウィンドウには様々な数値データやグラフ、またあるウィンドウには静止画や動画が表示されていた。他にも複雑な模式図や、火星軌道までの軌道マップなども表示されている。それらを前に二人の人物が会話を交わしていた。

「――以上のように、山崎少尉の《調整》は完璧です。もはや彼は男性と交わることに抵抗感はまったくありませんし、それどころかそれを望むようになっています」

「そうか……。われわれは彼を、遺伝子レベルで色情狂の同性愛者に変えてしまったというわけだな……」

「それは不正確な表現です。彼の――既に彼女のといったほうが正確ですが――脳の構造は八割方女性型に置き換わっています。である以上、男性を相手にしても同性愛とはいえません」

「ふむ……。しかし止むを得ないとはいえ、一人の人間をそっくり作り変えてしまったことには変わりあるまい」

「それは仕方ありません。それに、《イシュタル》では決してバーサーカーを殲滅できない以上、これはその先のために必須のことですよ」

「ああ、そうだな――われわれは失敗するとわかっている物のために巨額の予算を費やしておるわけだ」

「連合大統領がプランの変更を認めないのは不可解な話です。あらゆるレポートが、バーサーカーの増殖の兆候を報告しているはずなのですが」

「今更状況が変わったのでここまでの投資が無駄だったなどと言い出しては、彼も政治的に破滅だからな。決して認めはせんだろう」

「まったく非論理的です。その予算をウルフハウンドの制式化と艦隊の増強に回してくれれば……」

「やむを得まい。どうせ彼は来年の大統領選挙には出馬せん。次の大統領に泥をかぶせて自分は引退する(はら)だろう」

「新大統領が艦隊予算の増額に同意してくれることに期待するしかなさそうですね。さて、クローニングの用意の方ですが」

「アトランティックの方では人工卵子百個の用意が完了したという報告が来ておる。君の方はどうかね」

「山崎少尉の改変済みDNAのコピーから、二十パターンのバリエーションをデザインしました。変更部分はいずれも目や髪、肌の色、顔立ちや多少の体格差といった、本質的な能力に影響を与えない部分だけです」

「記憶マトリクスの方はどうかね」

「知識、知能は維持したまま、生活記憶を想起不能にした物を作成済みです。早い話、人工的に記憶喪失状態にした山崎少尉の精神のコピーですね。こちらは一セットだけですが」

「そうか……。では、準備は全て整ったわけだな」

「はい。《アスラ》が予想より早く現れて少尉が死にかけた時にはどうなるかと思いましたが、結果的により洗練されたマトリクスが得られました。VRソフトにサブリミナル信号を混ぜこんだり、カウンセリング時に少しずつ暗示をかけたりといった手間が無駄にならなくて良かったですよ」

「よろしい。では現時点をもって、《Project Angel》は第二段階へ移行する」

「了解しました」

「まったく……。声だけは大きい人権屋共が余計なことをしなければ、わざわざ彼をあのようにする必要もなったのだがな。性の商品化には反対、前線部隊への女性兵の配備も反対……。反対ばかりではないか」

「仕方ありませんね。それで資金を得ているロビー活動団体なんですから。クローンには投票権はありませんから政治家も動きませんし、資金力も無いですからおかしなロビー団体が動く心配もありませんよ」

「そうだな。そしてその《エンジェル》達のおかげで前線兵士たちの性的欲求不満も、それに伴う兵士同士のいざこざも無くなる……。まったく万々歳だな」

「ご不満のようですね。しかし《エンジェル》が他の兵士に愛される存在であるのは、サイコミュリンクの高効率化のために必要不可欠です」

「分かっておる。それを承知の上でこの計画を認めたし、彼にもわしが直接話をしたのだからな」

 会話をしていた二人のうちの片方、老年の将官がディスプレイを見る。その時表示されていたウィンドウの一つには、純白のアサルトアーマーが背中の翼状のコンテナから無人攻撃機を放つ映像が、もうひとつにはペニスを生やした女性――伝説に語られる天使(エンジェル)と同じ特徴だ――が、複数の男たちに体中を犯されながら絶頂する映像が映し出されていた。

「ふむ……。では、慎重に計画を進めてくれたまえ、平原技術大尉」

「了解です、オスカー中将閣下」

 極秘の報告が終わり、901実験戦闘団技術主任・平原昂技術大尉は、第二航空艦隊司令官・オスカー中将の長官執務室から退出した。それは、《イシュタル》プランの失敗が明らかになり、クローンニュータイプ兵、通称《エンジェル》の全艦隊配備が始まるおよそ一年前のことだった。

―了―


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