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ヴィクトリア

 ぱあん

 音とともに、僕の頬に鋭い痛みが走った。

「馬鹿者! お前は我が家の恥だ!」

 父様の怒声が家中に響き渡る。その声に、僕はすくみあがった。

「でも……」

「でももしかしも無い! 来い!」

 父様は僕の腕を取ると、有無を言わせずにそのまま僕の部屋に向かい、僕を部屋に放り込んだ。

「今後一切、お前は外に出ることはまかりならん! いいな! サミュエル、ウィリアムをこの部屋から出すな!」

 扉の向こうで、お父様が家令のサミュエルに命じているのが聞こえる。サミュエルは父様に忠実な男だから、僕がいくら頼んでも出してはくれないだろう。

 僕はベッドの上に座り込み、両膝を抱えて頭を落とした。

「兄様……」

 自分の涙が脚に落ちているのが感じられる。

 僕は兄様を呼びながら、声を殺してすすり泣いた。

 自分がいつから兄様のことを愛するようになったのかはよく判らない。

 気がついたときにはすでに、僕は兄様を兄としてではなく、一人の人間として愛していた。

 勿論、常識的に考えれば許されないことだ。

 同性相手に恋愛感情を持つなど、ましてそれが血の繋がった実の兄だなどと。

 だけど僕は兄様を愛してしまった。

 兄様を独り占めしたい。

 兄様には僕だけを見て欲しい。

 ぎゅっと抱きしめて、口付けして欲しい。

 普通じゃないのは判ってる。それでも僕は、兄様を愛している。

 だけど、当たり前のことだけれど、父様はそんなことを認めてはくれなかった。

 エリクソン家は大して家格が高いわけじゃないけれど、領地にある農園や鉱山の開発で財政は比較的潤っている。でもそれだけに社交界では成り上がり扱いされがちで、父様は体面には人一倍敏感だった。

 次男坊が同性愛者でおまけに実の兄に恋慕しているなんて、醜聞沙汰(スキャンダル)になることを認めるはずが無かった。

 ガラガラ

 正門の鉄扉が開き、兄様の乗った馬車が出て行く。僕はそれを自室の窓ガラス越しに見送った。

 あの日以来僕の部屋には外から鍵がかけられ、勝手に出ることを許されなくなっていた。植民地省の官舎住まいの兄様が休みの日に帰ってきても、それは同じだった。

 父様と兄様の言い争う声が扉越しにかすかに聞こえてくることがあったけど、何を言っているのかはっきりとは聞き取れない。それでも僕は兄様の声が聞きたくて、そんなときは扉に耳を押し当てた。

 やがて兄様の休暇は終わり、再び官舎へと戻っていく。それを見送る僕の眼からは涙が零れ落ちていた。

 閉じ込められて半年ほどたったある晩、僕は前から考えていたことを実行に移した。

 カーテンを裂き、結び合わせて紐状にする。

 ベッドの脚にそれを結びつけ、反対側を窓から垂らす。

 即席のロープを伝って、二階の窓から降りる。

 言葉にすればたったこれだけの事だけど、実行に移すまで僕は悩みに悩んだ。

 こんな風に勝手に抜け出せば、もう父様は決して僕を許さないだろう。

 それにうまく抜け出したとして、その先どうしようというのか。兄様が今住んでいる官舎の場所は知っているけど、そこまで行ったとしても、部外者が勝手に入れるものじゃない。要するに抜け出してそれからどうしたら良いのかがまったく考え付かなかったのだ。

 だけどその時僕は、兄様に会いたくて会いたくて、もうそれ以外は考えられない状態だった。

 衝動に負けた僕は、もう後先を考えずに屋敷を抜け出した。

 月明かりを頼りに鉄柵を乗り越え、首都の方に向かって歩き始めた。夜の風は冷たく、部屋着しか着ていない僕の身体から体温を奪った。だけど僕は兄様のことだけを考えながら、石畳の街道を歩き続けた。

 明け方から降り始めた雨は空が明るくなる頃には本降りになっていた。傘も外套も無い僕を雨は容赦なくずぶぬれにしていく。夜通し歩き続けた疲れと身体の冷えに、僕の意識は朦朧となっていた。

 機械的に運んでいた足が、水溜りを踏んで滑る。僕は姿勢を立て直すことが出来ず、そのまま水溜りに突っ込んだ。

 二頭立ての馬車が道路の真ん中に飛び出してしまった僕に突っ込んでくるのが見える。

 『死んじゃうのかな。死ぬ前に兄様にもう一度会いたかったな』と思いながら、僕は気を失った。

● ● ●

 気がついたとき、僕がいるのはベッドの上だった。暖炉で暖められた部屋の、柔らかいベッドだ。

 ここはどこだろう、と考えていたところで、扉を開く音がした。そちらに首を向けると、品のいい女性が部屋に入ってくるところだった。

「あら、気がついたのね。気分はどう?」

 女性はベッドに近寄ると、僕の額に載っていたタオルを手に取った。ナイトテーブルに置かれていた洗面器の水で絞ると、僕の額に載せ直す。

「あの、ここは……」

 そう問いかけたとき、再び扉の開く音がした。今度は男性が部屋に入ってくる。

「ミカエラ、ウィリアムの様子はどうだい」

「目を覚ましていますわ、アーサー様」

 部屋に入ってきたのは、僕も知っている男性だった。

 サー・アーサー・ハーヴィー。去年植民地から帰って来てハーヴィー伯爵家を継いだばかりの若い当主だ。

 なぜ僕がこの人を知っているかというと、ハーヴィー伯爵家はエリクソン男爵家の本家筋にあたる家だからだ。現在エリクソン家の領地になっている土地も、元をたどればハーヴィー家から領地分けされた土地にあたる。そういう関係だから、祝い事の時や降誕祭、復活祭などのパーティーで何度か会ったことがあった。

「おっ、それは良かった」

 サー・アーサーは枕元によると、僕の顔を覗き込む。

「気分はどうだい、ウィリアム。頭痛や咽喉の痛みは?」

「はい――けほっ」

 質問に答えようとして、僕は咳き込んだ。意識してみると、息をするたびに咽喉と胸の奥に痛みがある。

「ああ、無理はしなくていい。今から君の家に使いを出すから――」

 サー・アーサーの言葉に、僕は慌てた。

「まっ、待ってください、けほっ、家には、ごほごほっ、僕がここにいることは、ごほっ、伝えないで――」

 そういってベッドか起き上がろうとした僕を、少し慌てたようにサー・アーサーは押さえつけた。

「あ、ああ、判った。だから落ち着きたまえ」

 再びベッドに横になった僕は、ぜいぜいと荒い息をした。ちょっと起き上がろうとしただけなのに、一(マイル)も走った後のように息が乱れていた。

「とりあえず、今は身体を休めたまえ。ひどい風邪をひいているんだからね」

「はい……」

「それじゃミカエラ、後を頼む。ウィリアム、彼女はミカエラ、僕の婚約者だ」

「はじめまして。よろしくね、ウィリアム君」

「はじめまして、けほっ、ミス・ミカエラ……」

「あらあら、無理をしないで」

 ミス・ミカエラはそう言うと、ベッドの上に落ちていたタオルを僕の額に載せ直してくれた。ついでに手布(ハンカチ)で僕の顔の汗をぬぐってくれる。

 サー・アーサーはミス・ミカエラに軽く口付けをすると部屋から出て行った。部屋には僕とミス・ミカエラだけが残る。

 目を閉じると、全身から疲労感が押し寄せてくる。どうやら風邪のせいですっかり体力が失われているようだ。そっと頭を撫でられているのを感じながら、僕は眠りに落ちていった。

● ● ●

「ウィリアム、非常に言い難い事なんだが……」

「はい……」

 ハーヴィー家のお屋敷に担ぎ込まれてから三日後、今だからだの癒えない僕は、ベッドの上でそれを知った。

「君の父上は、君の死亡届を出した。死亡診断書も添付されていて、その届出は受理されてしまったそうだ」

「……」

 半ば覚悟していた事とはいえ、現実になるとやはり衝撃を受ける。

 父様は、やっぱり僕みたいな出来損ないの子はいらないんだ。

「ウィリアム――」

「そう、ですか……」

「ウィリアム君」

「仕方、無い、です、よね……」

 寝室には窓から真昼の光が差し込んでいるというのに、なんだか夕暮れのように薄暗く感じられる。サー・アーサーとミス・ミカエラが代わる代わるかけてくれる声もよく聞こえない。

「だって、僕、男のくせに、それに、兄様のことを、家族なのに――」

「ウィリアム!」

「僕みたいな、出来損ないの、子は――」

「ウィリアム君!」

 ぶつぶつとつぶやいていた僕は、ミス・ミカエラに抱きしめられた。ミス・ミカエラの胸に僕の頭が抱え込まれる。

「僕……、僕……、うっ、ぐすっ……」

 ミス・ミカエラの胸に顔をうずめて、僕はすすり泣いた。

 しばらく泣き続けた僕は、そのまま熱がぶり返して再び寝込むことになる。

 熱はかなり高かったようだけど、二日後にはなんとか下がり、スープ以外の物も口に出来るようになった。

 熱にうなされていた僕を付きっ切りで看病してくれたのはミス・ミカエラだった。今も、僕のために果物ナイフで林檎を剥いてくれている。

「はい、召し上がれ」

「ありがとうございます」

 一口で食べられる大きさに切られた林檎がフォークに刺されて差し出される。僕は素直にそれを口にした。三つ目を飲み込んだ後で、僕は口を開いた。

「……あの」

「なあに?」

「理由を訊かないんですね。貴女もサー・アーサーも」

「話したくなったら話してくれればいいのよ。今は体を直す事を考えなさい」

 身体を直して――その後僕はどうすればいいんだろう。

 もう家には帰れないのは勿論のこと、兄様に会うことも出来ない。

 そのことが無性に悲しくて、僕はそれをミス・ミカエラに吐露した。

「僕、好きな人がいるんです」

「そう」

「でも、相手は男の人なんです。おかしいですよね」

「そんなことは無いわ」

「おかしいですよ。だって、自分が男なのに、男の人を好きになっちゃったんですよ」

「……相手はだあれ?」

「……僕の、兄様です」

「……」

「おかしいでしょう? 同性の、それも肉親を好きになるだなんて!」

 ついつい声が大きくなってしまう。

「でも、もう、会えないんです……」

「……」

 涙があふれ、頬を伝っているのが感じられる。

 ミス・ミカエラは無言で僕をじっと見ている。おかしな子だ、と思われたかもしれない。だけど僕は、その時言わずにはいられなかった。

「そんなこと、無いわ……」

 ふわりといい匂いがして、ミス・ミカエラの手が僕のほうに差し伸べられた。かすかな香水の匂いのするハンカチで、僕の涙がぬぐわれる。

「人を好きになる気持ちに、おかしいことなんて無いのよ」

 再びベッドに寝かしつけられた僕の頭をミス・ミカエラが優しく撫でてくれる。眠気を誘われた僕は、そのまままぶたを閉じた。

 外に吐き出したせいか、胸の重さは少し軽くなっていた。

「ウィリアム、君にとって大事な話がある」

 サー・アーサーの声音はどこか緊張していた。

「君の今後についてだ」

「はい」

 来るべきものが来た、という感じだった。

 このままいつまでもお世話になっているわけには行かない。かといって、すでに死んだことになっている僕にはこの先どうする当ても無い。

 このときの僕は本当に『もうどうにでもなれ』という気分だった。

「最初にひとつ確認しておきたいんだが」

「はい?」

「君は、ジョージにもう一度会いたいかね?」

「・・・はい、それは、勿論」

 予想していなかった質問だった。そのことが、僕のこの先にどう関係があるんだろう?

「そのために、今の自分を捨てられるか?」

「ご質問の意味が、良く判りませんが……」

「ああ、ええと、つまりだな、名前やその他を全て捨てて、別の人間になれるか、ということなんだが……」

「?」

 説明されても今ひとつピンとこない。サー・アーサーがなにやら説明に困っているのは判るのだけれど、それが何故なのかがさっぱり判らなかった。

「アーサー様、私が……」

「ああ、その方が良いか」

 説明しあぐねているらしいサー・アーサーに助け舟を出したのはミス・ミカエラだった。ミス・ミカエラはサー・アーサーから説明を引き取ると、僕に向かって話し始めた。

「ウィリアム君。私たちの知人に、人をまったくの別人に作り変えてしまう方法を知っている人がいます。その人の手にかかると、男の子から立派なレディに代わることが出来るのです」

「……」

 ミス・ミカエラの言い出したのは、とんでもない話だった。御伽噺の魔法使いじゃあるまいに――

「同時に立派なメイドとしての技能や作法も教え込んでくれます。もしも貴方にそのつもりがあれば、私たちはその人に貴方を紹介する用意があります」

 男の子をレディにだとか――

「貴方は、お兄様に会うために別人になる覚悟はありますか?」

 そんなことが――

 そんな――

「――まさか!」

「ええ。多分貴方の思っている通りです」

「でも、そんな、どうみても、女性……」

「……」

「だって、胸もあったし……」

「本当の女性と区別がつかなかったでしょう?」

「え、でも……」

 混乱している僕に、今度はサー・アーサーが言葉をかけてきた。

「ウィリアム、ミカエラの言っていることは全部本当だ」

 僕は呆然としながら、半ば機械的にそちらを向いた。

「その上で、僕は彼女を愛している。この意味がわかるね」

「……」

 僕の混乱は深まるばかりだった。

 それでも、サー・アーサーの言葉の意味は理解できた。

 ミス・ミカエラが先日『そんなことは無い』といっていた理由も……。

「一晩ゆっくり考えてくれ。それが嫌なら、何か別の方法を考えよう」

「ウィリアム君、よく考えてね」

 サー・アーサーとミス・ミカエラは去り、寝室には僕一人が残った。

 落ち着いて考えれば、先ほど明かされた事実がハーヴィー家にとって醜聞沙汰になりかねない話なのは判る。なのにそれを明かしてくれたということは、それだけ僕を心配し、また信頼してくれたということだろう。

 僕はその晩一睡も出来ず、ベッドの上を右転左転しながら考え続けた。

「ふうむ、花嫁修行として預けられてくる子は時々いますが――このような例は初めてですよ、サー・アーサー」

「急な話で申し訳ありませんが、是非お願いしたいのです」

「私からもどうかお願いします、お養父(とう)さま」

 サー・アーサーとミス・ミカエラが僕のことを頼み込んでいる。相手はサー・ローレンス。今僕たちがいる屋敷の主人だ。

 ここに来る途中の馬車の中で説明されたところでは、サー・ローレンスはミス・ミカエラの養父らしい。

 二人はサー・ローレンスに僕の事情を話し、一年間預かって教育を施してもらえないかと頼んでくれている。

「ウィリアム君、君はどうなのかね? 言っておくがこの屋敷での教育は決して楽ではないし、身体のほうも一度女性になってしまったら取り返しはつかないのだよ?」

「かまいません。それで兄様に会えるなら……。お願いします!」

 僕はソファから立ち上がると、サー・ローレンスに向かって頭を下げた。

「うむ……」

 こうして僕の、レディになるための修行の日々が始まった。

● ● ●

 サー・ローレンスのお屋敷に預けられた僕に、新しく女性の名前が与えられた。

『ヴィクトリア』

 これが僕の新しい名前だ。新しい名前で呼ばれたとき、僕――私は、『もうこれで後戻りは出来ない』ということを実感した。今まで頭で理解していたそれが、『エリクソン家のウィリアム』ではなく『ヴィクトリア』になったことで、心で理解出来た気がした。

「ラファエラ、ヴィクトリアはあなたと同室になります。先輩としていろいろ教えてあげるように」

「はい、ミセス・ゴトフリート。よろしくね、ヴィクトリアさん」

「よろしくお願いします、ラファエラさん」

 メイド長のミセス・ゴトフリートによって全員に紹介された後、使用人部屋の割り当てを指示された。私の面倒を見るように指示されたのは、このお屋敷のメイドたちの中でも年長のラファエラさんという人だった。

 ラファエラさんは、綺麗な金髪と金褐色の瞳が特徴的な、やさしそうなお姉さんという感じの人だった。綺麗に編んで一つにまとめられた金髪は腰まで届く長さで、ラファエラさんの動きに合わせて左右に振れている。健康的な小麦色の肌もあいまって、夏の太陽を思わせる雰囲気だ。

「……ミセス・ゴトフリート。私は?」

 そう言ったのは、真っ白な肌に真っ直ぐの銀髪、薄いグレーの瞳のメイドだった。名前は確か、ルチエラさんといった。

「あなたは隣の部屋に移ってもらいます。何か問題がありますか?」

「いえ……」

 ルチエラさんはそういってミセス・ゴトフリートに軽く頭を下げた。その目がなぜか私をにらんでいたように感じられたのは、私の気のせいだろうか?

 私のローレンス邸での生活は、女性らしい振る舞いを身につけることから始まった。

 歩き方をはじめとした様々な挙措、喋り方から女性らしい柔らかい字の書き方まで。さらにはお化粧の仕方や髪の整え方などなど。

 並行して、メイドとしての仕事も勉強する。

 掃除、洗濯、お茶の淹れかた、テーブルセッティングに、葡萄酒(ワイン)の注ぎ方まで。

 今まで何気なく使用人に任せてきたことが、実はどれも簡単なことではないというのが判った。

 ミス・ミカエラの仕草や振る舞いを思い返してみると、メイドとしての躾がレディとしての振る舞いに生かされていることがわかる。常に主人や客人に見られることを意識して、優雅かつ淑やかに振舞うように心がける。確かにこれは、女性らしさを磨くのにもってこいだと思う。

 しかしこのお屋敷が男の子をレディに変えてしまう秘密は、そういう訓練だけの問題ではなかった。

 最初の日の夜に、私はミセス・ゴトフリートに茶色い硝子の小瓶を手渡された。光にすかして見ると小さな丸薬がぎっしりと詰まっている。

「一日に一粒ずつ、その薬を飲むように」

「はい、ミセス・ゴトフリート。それであの、これは何のお薬なのでしょう?」

「それはあなたの身体を女性に変えてくれる薬です。いいですね、忘れずに飲むように」

「……はい」

 私はその魔法の薬が詰まった小瓶を、宝物でもあるかのようにぎゅっと抱え込んだ。

 私が学ばなければならないのは、昼間の振る舞いだけではなかった。

 私に課せられた学習とは、夜のベッドでの振る舞い――すなわち、男性を性的に愉しませる為の技術の習得だ。

 メイド長のミセス・ゴトフリートと先輩メイドのラファエラさんが教師となり、私にそれを教えてくれる。

 可愛いおねだりの仕方から始まって、様々な奉仕の仕方、おちんちんのおしゃぶりの仕方などなど。

 同時に私の体にいろいろな刺激が与えられ、私の性感が開発される。

 しかし、私はどうしても抵抗感をぬぐうことが出来なかった。

 私のはじめては兄様に捧げる為にとっておいてもらう事になっているので、私のお尻は指や細目の張形だけで開発されている。そのせいか身体が本当に女性としての悦びを知らないため、性行為に対する抵抗感が抜けないのだろうということだった。

 拾われてこのお屋敷に来た場合や年限奉公している場合はサー・ローレンスに、預けられている場合は本来の主人に抱かれることでそれを打ち消すのだそうだが、私は少し特別な例なので、いつもの通りには行かないということらしい。

 困ったことになっていた私に救いを差し伸べてくれたのは、サー・アーサーとミス・ミカエラだった。

「これから私たちがすることを良く見ておいてね、ヴィクトリア」

「はい、ミス・ミカエラ」

「うーん、なんだか緊張するな」

「くすっ。アーサー様も、力を抜いてくださいませ」

 夜の客用寝室のベッドで、全裸になったサー・アーサーとミス・ミカエラが抱き合っている。私はといえば、ベッドの脇に寄せた椅子の上でかしこまってそれを見ている状態だ。

 最初は口付けからだった。それからお互いへの愛撫から、体のあちこちを舐めたり吸ったり。そしてミス・ミカエラによる口唇奉仕へと続く。

 ミス・ミカエラがサー・アーサーの物を咥えている姿は本当に扇情的だった。

 私が知っているミス・ミカエラは、本当に淑やかで清楚な淑女だった。そのミス・ミカエラが男性のものを頬張り嬉しそうな表情で奉仕する様に、私の体も熱くなる。

 サー・アーサーとミス・ミカエラの会話を聞いていると、サー・アーサーの喜びようと、そのことをミス・ミカエラが喜んでいることが良く判る。本当に愛し合っている二人が愛をかわす姿を見ていると、羨ましくてしょうがない気持ちになってくる。

 やがて、サー・アーサーがその逸物でミス・ミカエラを貫く。正常位の姿勢で、キスを交わしながらの挿入だった。

 後ろを貫かれたミス・ミカエラの逸物もいきり立ち、先端から蜜をあふれさせている。サー・アーサーが一突きするたびにその蜜が零れ、ミス・ミカエラも快感を得ていることがわかる。

 私は石像のように固くなりながら一部始終を見守った。

 最後に、ミス・ミカエラの名を呼びながらサー・アーサーが精を放つ。ミス・ミカエラもそれに答えながら絶頂し、その徴を放った。白い液体がミス・ミカエラの腹から胸を汚した。

「……どうだったかしら、ヴィクトリア」

 しばらくして、呼吸の落ち着いたミス・ミカエラが私に尋ねてきた。

「その、とっても、綺麗だったです、ミス・ミカエラ。それに、羨ましい……」

 それは私の本心だった。愛し合う恋人同士の姿の美しさに、私は本当に心を打たれていたのだ。

「ありがとう。あなたのほうも、少しは抵抗感がなくなったかしら」

「はい、多分……。あの、これを見てください」

 私は太ももの上で握り合わせていた手をどけて見せた。その下、スカートの前面に盛り上がりが出来ている。それを作っているのは、言うまでも無く私のおちんちんだ。

「あら……」

「お二人を見ていたら、こんなになっちゃいました……」

「苦しそうね……。そうだ、アーサー様」

 ミス・ミカエラがサー・アーサーに何か耳打ちする。サー・アーサーは一つ頷くと、ベッドから降りてガウンを羽織った。

「いらっしゃい、ヴィクトリア」

 ミス・ミカエラが私を手招きする。私はそれに素直に従った。

 ベッドに上がった私はミス・ミカエラの手でメイド服を脱がされ、全裸にされた。そうしてベッドに寝かされた私のおちんちんを、ミス・ミカエラがそっと握る。

「楽にしてね」

「はい……」

 ミス・ミカエラの口が私のおちんちんを含み、ねっとりとした刺激を与えてくる。交わりを間近で見せ付けられてすっかり昂ぶっていた私のおちんちんは、それだけでも絶頂しそうだった。

 さらに、ミス・ミカエラの指が私の後ろに侵入し、敏感な部分をくすぐり始めた。

 前後両方への責めに私が絶頂しそうになるとミス・ミカエラは刺激を緩め、少し落ち着くと再び責め始めるということを繰り返した。

「あっ、ああんっ、もっ、もうっ、駄目えっ!」

「じゅぶっ、ぷはっ、あら、もう限界かしら?」

「おねがい、いかせて、くださいっ、もう、おかしく、なっちゃいますっ!」

「じゃあ、お尻に神経を集中してね」

 ミス・ミカエラはそう言うと、二本の指を抽送し始めた。指で犯される刺激が背筋を駆け上がり、同時におちんちんのほうにも流れていく。

 何度目かに一番奥まで差し込まれたとき、ミス・ミカエラの指が中でぐっと曲げられた。指先がおちんちんの裏側をえぐり、そこからすさまじい快感の爆発が起こる。

「あっ、あっ、ふああっ!」

 どくん、どくん……

 お尻を指で責められて絶頂し、私はおちんちんから精を吐き出した。私の初めての、お尻だけでの絶頂だった。

 絶頂の余韻に身体を震わせながら、『指でこれなら、おちんちんでいかされたらどうなっちゃうんだろう』とぼんやりと考えた。

● ● ●

 パタパタと音をさせながら羽箒で埃を払ってゆく。ローレンス邸の書庫の本棚は天井にまで届き、上のほうの段にはそのままでは手が届かない。一列はらい終わるごとに脚立を移動するのは、なかなかに面倒だった。

「ヴィクトリアさん、そちらは終わった?」

「あと少し、あとニ段で終わります」

「それが終わったら私たちも休憩にしましょう。あんまり遅くなるとスコーンが無くなっちゃいますよ」

「はい、ラファエラさん」

 会話をしている間にも埃払いは進み、書庫の掃除は終わった。

「終わったわね。おやつが食べられなくなっちゃうかと思ったわ」

「すみません」

 すぐそばでラファエラさんの声がする。脚立の上から見下ろすと、くすくすと笑っているラファエラさんがすぐ下にいた。

「あら、冗談ですよ」

「それは判ってますけど――きゃっ!」

 急いで降りようとしたせいか、脚立の上で足が滑ってしまう。そのまま転げ落ちかけた私を抱きとめてくれたのはラファエラさんだった。

「大丈夫?」

「す、すみません!」

 ちょうど正面から抱き合う形になり、私は床への激突を免れた。それが目に入ったのは、思わずぎゅっと閉じていたまぶたを開いたときだった。

 半開きになった書庫の扉の影から長い銀髪がのぞいている。私と目が合うと、その人影は扉の影に引っ込んだ。

 あの髪の色はこのお屋敷に一人しかいない。私の前にラファエラさんと同室だったルチエラさんだ。

「……どうしました?」

 しがみついたまま動かない私を不審に思ったのか、ラファエラさんが聞いてくる。

「いえ、今そこに、ルチエラさんが……」

「え? あの娘ったら……」

 ラファエラさんが振り向くが、その先にあるのは半開きの扉だけだった。

「……何なんでしょう」

「気にしないでください。なんでもないから」

「はあ」

「それより急がないとおやつの時間が終わっちゃいますよ」

 ラファエラさんが苦笑しながら私を促す。私は首をかしげながらも、掃除道具をまとめてラファエラさんの後に続いた。

 くちゅっ、じゅぶっ、ずずっ……

 夜の使用人部屋に淫らな音が響く。

 ラファエラさんが私のおちんちんを咥えている音だ。

「んっ……」

「ぷはっ。わかったかしら? 今みたいに、咥えたまま舌先で亀頭のくびれをなぞってあげるの」

「はっ、はいっ……」

 今夜はミセス・ゴトフリートはおらず、ラファエラさんだけが私の教師役だ。

 ラファエラさんの特技は口唇奉仕(フェラチオ)で、その舌技にかかればどんな男性でも数分も持たずに絶頂するのだという。今私は、本人から直接その技術を伝授されているというわけだ。

「今日はもうあなたのほうが限界ね。じゃあこれでお終いにしてあげます」

 ラファエラさんはそう言うと、私のお尻を指で責めながらおちんちんも責めて来た。以前にもミス・ミカエラによって同じように責められたことがあるが、ラファエラさんの口唇奉仕はさらに強烈だった。

 あっという間に絶頂してしまった私が放った物を、ラファエラさんが音を立てて啜りこむ。

 ベッドの上で脱力した私のお尻の中をラファエラさんの指が動き回り、精液の残りを後ろから押し出そうとした。同時におちんちんが強く吸引され、私は体内のものを一適も残さず吸い出される。

「ひん!」

「うふっ、ご馳走様」

 ラファエラさんの舌が、唇の端にこびりついていた精液をなめ取る。昼の間のラファエラさんは太陽のような雰囲気だけど、今はまるで違う、とても淫靡な雰囲気だった。精液を吸い取る様などは、聖職者を堕落させようとする女悪魔(インクブス)を思い起こさせる。

「いまやって見せたやり方、覚えておいてね」

「ふあい、ありがとう、ございましたあ……」

「あっ、そのまま寝ちゃ駄目よ! ちゃんと寝間着着て!」

 ラファエラさんは全裸のまま目を閉じそうになった私を抱え起こし、子供にするように夜着を着せてくれる。

「おやすみ、なさあい……」

「はい、おやすみなさい」

 今度こそ限界に達した私は、眠気に逆らわずに目を閉じる。

 意識が途絶える寸前、部屋の扉がわずかに開いているのが目に入った。その隙間から、銀色の髪と灰色の瞳が見えたような気がしたのは、私の気のせいだったろうか。

 目が醒めた――というより失神から醒めたのは、おそらく気を失ってから数十分程度後のことだと思う。ランプは消されており、明かりは窓から差し込む月光だけだった。

 ふと隣のベッドに目をやると、そこにラファエラさんの姿が無い。はじめは用を足しにでも言っているのかと思ったのだが、しばらくたってもラファエラさんは戻ってこなかった。

 だんだん心配になってきた私は、ラファエラさんを探そうと部屋を出た。

 左右を見回してすぐに気がついたのは、隣の部屋からもれるランプの明かりだった。

 お屋敷の使用人用の一角には、メイド用の二人部屋が並んでいる場所がある。私とラファエラさんの部屋の隣はルチエラさんが一人で使っている部屋、その先は空き部屋になっている。半開きの扉から光が漏れているのはルチエラさんの部屋だった。

 その明かりの漏れる扉の向こうから、くぐもったうめき声が聞こえる。ルチエラさんに何か有ったのだろうかと心配になった私は、そちらに足を運んだ。

 ドアノブに手をかけようとしたとき、聞こえてきたのはラファエラさんの声だった。

「うふふ、まだ我慢してるの?」

「……我慢、なんか、してない、の」

「あら、じゃあこのおちんちんの先から漏れてるのは何かしらーっと」

 扉の隙間から室内を覗き込む。見えたのは、全裸でベッドに横たわるラファエラさんとルチエラさんだった。

 仰向けで膝を立てたルチエラさんの股間に、跪くような姿勢でラファエラさんが口をつけている。ルチエラさんの両手がラファエラさんの頭に添えられ、拒絶しているようにも押さえ込んでいるようにも見えた。ラファエラさんの頭が上下するたびに、ルチエラさんは抑え切れないあえぎ声を上げている。

 二人に何か有った訳ではない事がはっきりしたのだから、このとき私はすぐに部屋に戻るべきだった。だけど、淫靡でそれでいて綺麗な二人の姿に私の目は釘付けになり、この場所を去ろうという考えがおきなかったのだ。

「ラファエラは、私より、んっ、あの娘の方が、いいんでしょ」

「そんなこと無いわよ。どうして?」

 ルチエラさんの切れ切れの問いかけに、ラファエラさんが答える。

「だって、昼間、書庫で、あんっ、抱き合って、たしっ、ひゃん!」

「あれはヴィクトリアさんが足を滑らせたのを支えただけよ」

「さっきもっ、あの娘の、ふあっ、おちんちん、しゃぶってた、じゃない」

「だってあの娘の教育は私に任されてるんだから。おしゃぶりの仕方も教えて上げなきゃいけないのよ?」

 ルチエラさんのお尻にあてがわれているラファエラさんの手が動くたびに、ルチエラさんの咽喉から嬌声が上がる。おそらくはラファエラさんの指がルチエラさんのお尻の中を責めているのだろう。

「本当? ラファエラは、私のこと、んっ、好き?」

「好きよ。証拠にほら、見て……」

 ラファエラさんが身体を起こす。ベッドの上で正座したラファエラさんの股間からは、たぎりにたぎった逸物が立ち上がっていた。

「ルチエラのおちんちんしゃぶってたら、私のもこんなになっちゃった」

 肘をついて上体を起こしたルチエラさんの目は、その逸物に釘付けになっている。

「私のおちんちん、ルチエラの中に入りたくてうずうずしてるの」

「……」

「ねえ、いいでしょう?」

「……うん」

 ルチエラさんはうつぶせに姿勢を変えると、自らの手でお尻を開いた。私のところからでは良く見えないが、ラファエラさんの目の前にはルチエラさんの後ろの蕾とおちんちんが遮るもの無くさらされているはずだ。

「来て……」

 ラファエラさんがルチエラさんにのしかかる。獣の姿勢で後ろから犯されながら、ルチエラさんは抑えきれない嬌声を上げていた。

「ラファエラのおちんちん、気持ち良いよう、私のお尻、変になっちゃいそう!」

「ルチエラのお尻もとっても気持ちよくて、私のおちんちんも融けちゃいそう……」

 それからラファエラさんが抽送をはじめると、ルチエラさんはまるで絞め殺されてでもいるんじゃないかというような声を上げた。長い銀髪が振り乱され、ランプの明かりにきらきらと輝いている。一方で、ラファエラさんの解かれた金髪も体の動きに合わせて揺れ、ランプの光を跳ね返している。

 金色と銀色の競演に、私は目を奪われた。目の前で繰り広げられているのは淫欲の貪り合いの筈だが、私にはまるで何かの芸術作品のようにも思えたのだ。

 見ている間にラファエラさんは姿勢を変え、ベッドに横たわったルチエラさんを背後から抱く姿勢をとった。腰の動きはゆっくりになり、ルチエラさんのお尻を焦らすように逸物を出入りさせている。ルチエラさんのおちんちんはびくびくと震え、先端から滴りを溢れさせ続けていた。

 先に絶頂に達したのはルチエラさんのほうだった。背筋をのけぞらせて一鳴きしたかと思うと、逸物から白い液を噴き出す。

 しばらくは聞こえるのは二人の激しい息づかいだけだった。

「……ふう。私が誰を好きか、わかってくれた?」

「うん……。疑ってごめんね」

「うふふ、いいのよ」

 ラファエラさんは手拭で二人の身体をかるくぬぐうと、ランプの口金を絞って灯を消した。そしてルチエラさんと抱き合って毛布に包まる。

 いつのまにか廊下に座り込んでいた私は、そこでやっと我を取り戻した。音を立てないように気をつけて部屋に戻り、自分のベッドに横になる。

 ベッドの中で私は今見たばかりの光景を思い出し、ルチエラさんの乱れようを思い浮かべた。

 お尻をおちんちんで犯されて快感にもだえ、ついには絶頂に至るというのは、どのような快楽なのだろうか。

 私のおちんちんはすっかり固くなり、お尻はむずむずともどかしがっている。私は中指の先でおちんちんの先端から蜜を掬い取ると、その指をお尻にもぐりこませていった。

「ヴィクトリアさん、朝ですよ」

 ラファエラさんの声に起こされ、私は目をひらいた。既にメイド服に着替えたラファエラさんが私のベッドの横に立っている。

「あ、おはようございます……」

「おはよう。速く着替えないと、朝ごはん抜きになっちゃいますよ」

「はい」

 私は急いで洗面所に向かった。顔を洗ってメイド服に着替え、軽くお化粧をする。

「……ところでヴィクトリアさん」

「はい?」

「私とルチエラのを見て、どう思いました?」

「は!?」

「昨夜、見てたでしょう?」

「えっ、いえ、あれはその、わざとじゃなくて――」

「ああ、それはいいのよ。私がわざと見せたんだから」

 とすると、あの半開きだった扉はわざとそうしたということなのだろうか。

「私とルチエラはね、相思相愛なの。だけどあの子はちょっと独占欲が強くてね、あなたに私をとられるんじゃないかって心配してるみたいなの」

「じゃやっぱり、時々こっちをじっと見ていたのは……」

「決してあなたに対して悪意があるわけじゃないのよ。だけど、心配でしょうがないのね。あなたにもそれは知っていて欲しくてね」

 そんな話をしながら連れ立って部屋を出る。その時ちょうど隣の部屋からも、ルチエラさんが出てくるところだった。ルチエラさんの灰色の瞳が私とラファエラさんをじっと見つめる。

「おはよう、ルチエラ」

「……おはよう、ラファエラ」

 改めてルチエラさんを見る。今までは困惑させられるだけだった視線の意味も、今は理解出来た。

「おはようございます、ルチエラさん」

「……おはよう」

 いつもはこの挨拶だけで終わる朝の会話。私はその後に言葉を続けた。

「ねえルチエラさん」

「?」

「私、好きな人がいるんです」

「……ラファエラ?」

「いいえ。その人はこのお屋敷の人間じゃありません。私はその人のところに行くために、このお屋敷でメイドとして、レディとして修行しているんです」

「……そう」

「だから、その、ええっと、私にラファエラさんを横取りされるんじゃないかとか、そんな心配しないで下さい」

「……心配なんかしてない」

 ルチエラさんはそう言うと、さっさと使用人用食堂のほうに足を運んだ。

「……ふたりとも、早くこないと朝ごはんが無くなる」

 振り返ったルチエラさんが私たちを促す。私とラファエラさんは、一つ苦笑をかわしてその後に続いた。

● ● ●

 灯油ランプの橙色の明かりに照らされた夜の室内で、私とラファエラさん、それにルチエラさんの三人はおしゃべりをしていた。私は自分のベッドの上、ラファエラさんとルチエラさんはラファエラさんのベッドの上だ。

「ヴィクトリアさんは、童貞ですよね?」

「はっ、はいっ!?」

 ラファエラさんの唐突な問いかけに、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。

「とっ、突然なんですか!?」

「いえ、多分そうなんだろうなあ、と思いまして」

「ヴィクトリアは経験ゼロ。間違いない」

 ルチエラさんが断定口調で言い放つ。

「ええ、まあ、確かにそのとおりですけど……」

「それでですね」

 ラファエラさんがこちらに身を乗り出す。

「やはり一度は経験しておくべきだと思うんです」

「ななな、何をでしょう?」

 もちろんラファエラさんの言いたい事はわかるのだが、私は思わず聞き返してしまう。

「もちろん、性行為に決まってるじゃないですか」

「いえ、私は――」

「経験が無いと挿入れるほうの気持ちがわからない」

 ルチエラさんの言葉に、私はぐっと詰まってしまった。

「ですから、ヴィクトリアさんも一度だけでも経験しておくべきだと思うんです。よろしければ私の体で――」

「それは駄目」

 ラファエラさんの台詞をルチエラさんが遮る。ラファエラさんは意外そうな顔でルチエラさんを見た。

「あら、でもあなたも賛成してくれてたんじゃ?」

「経験しておいたほうがいいのには賛成。でもラファエラは私のもの。だから――」

 ルチエラさんの台詞が途切れる。ルチエラさんはひとつ深呼吸をして、その後を続けた。

「ヴィクトリアには私を使わせてあげる」

 ルチエラさんは頬を赤く染めながら言い切った。真っ白な肌が紅潮し、林檎のような色になっている。

「あの、ルチエラさん、無理しなくても……」

「無理なんかしてない。私のお尻で初体験しなさいなの」

「あらあら。ルチエラったら積極的ね」

 ラファエラさんには止めるつもりは無いようだった。このようにしてなし崩し的に、私の初体験の相手が決まったのだった。

「んっ、しっかり、はあっ、舐めなさいなの」

 うつ伏せになったルチエラさんのお尻を舐める。真っ白な尻たぶを両手で割り開き、中心にある桃色の粘膜を舌でほぐし、唾液で潤わせていく。

 一方私のおちんちんの方はといえば、先ほどからラファエラさんの舌に責められて、すっかり固くなっている。

「ヴィクトリアさんの方は準備完了ね。ルチエラ?」

「んっ、こっちも、大丈夫……」

 私がお尻から離れると、ルチエラさんは膝をついてお尻を持ち上げた。

「さっさとしなさいなの」

「は、はい……」

 ルチエラさんに催促され、私は自らの先端をルチエラさんのお尻にあてがった。

 敏感な先端が熱い粘膜に触れる。

「それじゃ、いきますね」

 腰をゆっくりと進める。

 最初に感じたのは反発だった。ルチエラさんの入り口が私のおちんちんの先端を押し返そうとしている。無理にこじ開けて大丈夫なのかと私はためらい、腰の動きを止めてしまった。

「んっ、じらさないで、なの。早く、全部、入れなさい、なの」

「は、はい……」

 ルチエラさんに促され、私は再び腰を進めていった。

 おちんちんが熱い穴の中にめり込み、どんどん飲み込まれてゆく。

 きつく締め上げる入り口の先は、熱くてぬめったやわらかい洞窟。やがて私の先端は洞窟の突き当たりにぶつかり、それ以上の侵入を拒まれた。

「っ、はあっ、ルチエラさんの尻とっても気持ちいい……」

「んっ、あたりっ、まえ、なの……。ほら、さっさと、腰を振るといいの……」

「はいっ……!」

 私は腰を前後に動かす往復運動を開始した。

 私のおちんちんがルチエラさんの柔らかい所をえぐり、つつき回すと、敏感な先端が熱い粘膜にこすられて絶え間ない快感を私に送りつけてくる。

 おちんちんからの快感に圧倒されながら、私は自分がお兄様に抱かれるときのことを考えた。お兄様が私を抱いてくれれば、私がお兄様にこの快感を与えてあげることができるだろうか、と。

 同時に私のおちんちんに責められて喘ぐルチエラさんを見ながら、征服感といったらいいのだろうか、何かぞくぞくしたものを感じていた。

 いつも物静かで口数の少ないルチエラさんが、私が一突きするたびに声をあげて喘いでいる。

 私のおちんちんの動きにあわせて腰を振り、快楽をむさぼっている。

 普段は無表情な顔が快楽に緩んでいる。

「ひんっ、そこっ、もっと、突いてなの!」

 半泣きになりながら哀願して来るルチエラさんは、すっかり快楽に飲まれているようだ。それをかわいいと思いながら、私もお兄様に抱かれたときにはかわいいと思ってほしいと願った。

「あらあら、二人とも仲がよくて妬けちゃうわね。私も混ぜてね」

 そう言って、ルチエラさんの腰の下にもぐりこんだラファエラさんがおちんちんを口に含んだ。

「ふあっ! それ駄目っ、変にっ、変になっちゃうの!」

 おちんちんを責められながらお尻も指で責められるというのは私も経験していたが、お尻を責めているのがおちんちんだとどんな感じなのだろうか。

 前後の同時責めに、ルチエラさんが切羽詰った声をあげる。同時にルチエラさんのお尻が収縮し、私のおちんちんを締め上げた。

「あんっ! ルチエラさんっ、そんなにされたら、私いっちゃいますっ!」

「いいの、いっちゃっていいの、私の中に、熱いのいっぱい注ぎこんでなのっ!」

「ルチエラさん、ルチエラさんっ!」

 ひときわ強くおちんちんをルチエラさんの中に突きこみながら、私ははてた。

 おなかの底から体内の管を通り、熱い液が打ち出されていくのが感じられる。先端から噴き出したそれが、ルチエラさんのお尻に注ぎ込まれていく。

「!」

 ルチエラさんが声をあげずに硬直し、のけぞる。どうやらルチエラさんも絶頂したらしい。そのまま数秒、もしかしたら数十秒だっただろうか、私たちは動かずにいた。

 やがてルチエラさんがベッドに崩れ落ち、その体の下からラファエラさんが這い出してくる。私はといえばベッドの上にぺたりと座り込み、全力疾走をした後のような呼吸をしていた。

「うふふ、ルチエラのお尻の中に出すのはどんな感じでした?」

「すっ、すごく、気持ちよかったです……」

「挿入れる方の気持ちはわかりました?」

「はい……、多分……」

「それを心にとどめておいてくださいね。殿方におねだりをするときや誘うときに、どんな風に見えるのかというのはとても大事なことですから」

「はい……」

 ルチエラさんをベッドに寝かせながら、ラファエラさんが心がまえを教えてくれる。その説明を聞きながら、私はお兄様に抱かれる時に思いをはせていた。

● ● ●

「ヴィクトリア、君に伝えなければならないことが起きた」

 サー・アーサーが私にそう告げられたのは、私がメイドとしての修行をはじめて十ヶ月目のことだった。

 ローレンス邸を訪れたサー・アーサーとミス・ミカエラに呼び出されて応接室に足を運んだ私に、開口一番告げられた言葉がそれだった。

「はい、サー・アーサー」

「ジョージが正式に婚約を発表した。結婚は3ヶ月後だそうだ」

「え……」

 数瞬の間、何を言われたのかわからなかった。それからゆっくりと、言葉の意味が頭の中に染みとおってくる。

「そ、それは、本当ですか……?」

 混乱した私は失礼な聞き返し方をしてしまった。しかし、サー・アーサーもミス・ミカエラも怒ったりはせず、真面目な表情でうなずき返してくるだけだった。

「ああ。昨日、君の父上が我が家に報告に来た」

「ジョージ君と、婚約者のマリアさんという方もご一緒よ」

 ミス・ミカエラがサー・アーサーの説明を補足する。マリア――マリア姉さま。お兄様よりひとつ年上の、私たちの従姉の女性だ。

 私たちとマリア姉さまは産まれたころからの付き合いだった。大学では寄宿舎に入っていたお兄様が、実家の私たちに当てるのと同じかそれ以上の頻度でマリア姉様と手紙をやり取りしていたのも知っている。私から見ても、お兄様とマリア姉さまがお互いを想っているのは明白だった。

「そう、ですか……」

 私はそれだけ言うのが精一杯だった。考えがまとまらず、頭の中でいろいろな考えが渦を巻いている。

 その混乱している私に、ミス・ミカエラが問い掛けてきた。

「今日私たちが貴女を訪ねてきたのは、もう一度貴女の意思を確認したいと思ったからです」

「私の、意志、ですか……?」

「ええ。貴女が女性として、その、ベッドでの技能も含めて仕上がっているのは知っています」

 ミス・ミカエラの言葉に、同席していたサー・ローレンスとミセス・ゴトフリートが頷く。

「もし貴女が望むのであれば、アーサー様からの招待という形でジョージ君を招いて、あなたに引き合わせることができます。でも、その後どうなるかはあなたとジョージ君しだいです」

「はい……」

 私は固唾を飲みながらミス・ミカエラの説明に聞き入った。

「貴女が、ヴィクトリアとしてか、それともウィリアムとしてにしても、ジョージ君に想いを告げるのなら結婚の前がいいでしょう」

 ミス・ミカエラは、私の理解を待つかのように少しの間をおいた。一呼吸の間の後、私に向かって質問が放たれる。

「改めて聞きます。貴女は、ジョージ君ともう一度会いたいですか?」

「はい」

 私は即答した。最後の問いを聞いた瞬間に私の混乱は消え去り、たった一つの明確な意思だけが残っていた。私はそれを言葉に変え、宣誓をするかのように声に出した。

「お願いします、サー・アーサー、ミス・ミカエラ。私をもう一度、お兄様に会わせてください」

 私はソファから立ち上がると、お二人に向かって頭を下げた。

 落ち着いて考えれば、ミス・ミカエラがわざわざ確認をした理由はわかる。

 お兄様に拒まれれば、つらい思いをするのは私だ。もし私がこの十ヶ月間の間にお兄様への思いを吹っ切れていたのなら、再会しない方が幸せだったろう。

 しかし、私の想いはこのお屋敷で過ごしている間にもしぼむ事はなかった。むしろ私が女性らしく変わっていくにつれて、よりいっそう大きくなっていったように感じられる。

 顔をあげると、ミス・ミカエラと目があう。ミス・ミカエラは、私を気遣うような、それでいて祝福するような、そんな微笑を浮かべていた。

「さて、そうなると何か口実を考えなければいけないな」

「ドレスも急いで仕立てなければいけませんわ」

「ミセス・ゴトフリート、彼女はしばらく休暇ということにする。そのように手配してくれたまえ」

「はい、ご主人様」

 サー・アーサーとミス・ミカエラ、サー・ローレンスとミセス・ゴトフリートが私の今後について話し合いをはじめる。私は四人に感謝し、もう一度頭を下げた。

「あの、ミス・ミカエラ、本当にこのようなものを頂いてしまってよろしいのでしょうか」

 ハーヴィー伯爵家のお屋敷の衣裳部屋でドレスを試着しながら、私は多少困惑した声をあげた。背後からミス・ミカエラが、寸法の合っていないところがないか確認しながら答える。

「遠慮しないで頂戴、ヴィクトリア。アーサー様に頂いた物の仕立て直しだけど、きっと貴女に似合うわ」

 ミス・ミカエラにプレゼントされたドレスは、決して派手なものではなかったけれど、生地も仕立てもしっかりした一級品だった。私の体に合わせて仕立て直されたそれを着て、姿見を見る。そこに映し出されていたのは、男の子でも最近見慣れていたメイドでもなく、どこかの令嬢にしか見えない少女の姿だった。

「よく似合っているわ」

「ありがとうございます」

 ミス・ミカエラが後ろから覗き込みながら褒めてくれる。私は少し赤面しながらお礼の言葉を述べた。

 と、その時、コンコン、と衣裳部屋の扉がノックされた。

「どうぞ」

「どうだい、ドレスのほうは」

 入ってきたのはサー・アーサーだった。

「ご覧のとおりですわ」

「うん、よく似合うじゃないか。一番の気に入りをプレゼントにした甲斐があったね」

「大事な告白ですもの。できるだけいい環境を整えてあげたいですから」

「そんな大事なものを……。ありがとうございます」

「あら、そんなに畏まらないで。私が好きでやったことだから。それでアーサー様、何か……」

「ああ、ジョージに送った招待状の返事が来た。明日来れるそうだ」

「そうですか。晩餐の献立は何にしましょうか……」

 ミス・ミカエラが頬に手を当てて考え始める。おそらく晩餐の手筈を、料理の下準備までさかのぼって考えているのだろう。

「あの、私も何かお手伝いを……」

「あら、貴女は今日明日はメイドではなくてお客さまなのよ」

「でも、私のために……」

「うふふ、そうね。それじゃあ、晩餐の献立を一緒に考えてくれる? ジョージ君はどんなものが好きかしら?」

「はい! ええと、確かお兄様のお好きなものは――」

 私が主菜を考え、ミス・ミカエラがそれに合わせて前菜や食前酒を決めていく。私とミス・ミカエラは、すっかりそれに熱中してしまった。

「……ええと、うん、じゃあそっちは二人に任せるよ」

 サー・アーサーがちょっとさびしそうに声をかけられ、衣裳部屋から出て行こうとする。

「あっ、アーサー様」

「ん?」

 ミス・ミカエラがサー・アーサーを呼び止める。振り返ったサー・アーサーに、ミス・ミカエラはキスをした。

「いろいろとお骨折りありがとうございます」

「あ、うん、いやなに、ほら、ヴィクトリアは知らない人間じゃないし、それにミカエラに頼まれたら断れないさ、ははは」

「くすっ、アーサー様ったら」

 幸せそうに笑い合うお二人を見ると、心のそこから愛し合っていることがよくわかる。それをうらやましく思いながら、私は明日のお兄様との再会に心をはせていた。

● ● ●

「こんばんは、サー・アーサー」

「やあジョージ、こんばんは。僕の招待に応じてくれてありがとう」

「いえ、こちらこそお招きに預かり――」

 玄関ホールでサー・アーサーとお兄様が挨拶を交わしているのが聞こえてきた。一年ぶり以上に聞くお兄様の声に、私は胸の鼓動が高まるのを感じた。

「落ち着いてね、ヴィクトリア」

「はい……」

 ミス・ミカエラが緊張する私を励ましてくれる。私は目を閉じると深呼吸をして心を落ち着けた。何度か大きく息を吐き出して目を開けたとき、ガチャリ、とドアノブが回る音がして、居間の扉が開かれた。

「さあ、入ってくれ」

「失礼します」

「こんばんは。ようこそいらっしゃいませ、ジョージ君」

「あっ、ご無沙汰していました、ミス・ミカエラ」

 サー・アーサーが扉を開けてお兄様を導き入れ、ミス・ミカエラがお兄様にご挨拶をする。でも、それらは私にとってはまるでとても遠くの出来事のように感じられた。

 私の目と耳は、お兄様に惹きつけられていた。

 お兄様。

 私のお兄様。

 私の愛するお兄様。

 私の最愛のお兄様。

 この十ヶ月間ですっかり女の子になってしまった私の心は、何の躊躇もなくお兄様を異性の恋愛対象として捉えていた。

「ええと、そちらのお嬢さんとは初対面ですよね。ジョージ・エリクソンといいます」

「……」

「……あの?」

「! し、失礼しました! ヴィクトリアと申します。どうぞよろしく、ミスター・ジョージ」

「よろしく、ミス・ヴィクトリア」

 お兄様と交わす言葉に私の心臓は高鳴り、頬には血が上るのが感じられる。緊張した私は、あれほどしっかりと躾けられた筈の挨拶を失敗してしまった。

「は、はい……」

「ああ、どうかそんなに緊張なさらないでください」

「はい、すみません、ミスター・ジョージ」

 混乱気味の私は、レディーらしい振る舞いも礼儀作法も有ったものではなかった。

「ジョージ、彼女が先ほど話した――」

「ヴィクトリア、少しこちらへ」

 ミス・ミカエラにつれられてソファに座らせられると、私は大きく息を吐いた。自分がとても緊張していたことがわかる。

 お兄様のほうに目をやると、ちょうどこちらを見ていたお兄様と目が合った。サー・アーサーとの会話に引き戻されたお兄様がそちらに顔を向けるまで、私はお兄様から目が離せなかった。

 晩餐では、緊張のあまり正直味がよくわからなかった。私の考えた主菜に合わせてミス・ミカエラが組み立ててくださったコースを私も厨房に立って作ったのだが、果たしてお兄様はどう思われるか……。

「このチキンカツレツはおいしいですね。僕はこれが大好物なんですよ」

「今夜のコースを考えたのはヴィクトリアですのよ。そのカツレツも彼女が腕を振るったものですわ。ねえ、ヴィクトリア?」

「ミ、ミス・ミカエラ、私はその、少しお手伝いしただけで……」

 晩餐終わるころには、私の緊張もだいぶほぐれていた。ミス・ミカエラとサー・アーサーがさりげなく会話を誘導して私とお兄様が話をできるようにしてくださったおかげで、食後のお茶の時間には私とお兄様は気楽に談笑できるようになっていた。

「じゃあお休み、二人とも」

「おやすみなさい、ジョージ君、ヴィクトリア」

「はい、お休みなさい、サー・アーサー、ミス・ミカエラ」

 サー・アーサーたちと就寝の挨拶を交わしたお兄様が、寝室の扉を閉じた。ランプの明かりに照らされた寝室には、私とお兄様の二人きりになる。

「あの、ミスター・ジョージ……」

「ああ、うん、その……」

 見つめあい、口ごもる私たち。

 もしお兄様が、自ら情交を求めるような娘(ではないが)に対して嫌悪感を持っていたら……。そう考えると私は急に怖くなって、それ以上言葉を発することができなくなった。

「……あの、そんなに緊張しないでください、ミス・ヴィクトリア」

「っ! は、はいっ!」

 駄目だ。声が裏返りそうになる。せっかくお兄様から話し掛けてくださったというのに。

「貴女のことはサー・アーサーから伺っています。その、僕に昔から懸想しておられたとか……」

「……はい、ミスター・ジョージ。ずっと前から、私は、貴方のことをお慕いしておりました。貴方はもちろんご存知ではなかったでしょうけれど……」

「それで、僕の婚約を知って?」

「はい。一度だけ、一度だけでいいのです、どうか、私に思い出をいただきたいのです」

「かえって辛くはないのですか?」

「いいえ――あの、私の体のことは、ご承知ですよね?」

「ええ。サー・アーサーからはそれも含めて説明がありました」

「最初から、私のこの想いは成就する筈の無いものだったのです。ですが、サー・アーサーとミス・ミカエラのおかげで、貴方とこうして会うことができました」

 いつのまにか、口が滑らかになる。私は数年来胸に秘めてきた思いを、とうとう本人に向かって打ち明ける事ができた。お兄様は私が実の弟だとは気付いておられないので、その意味を正しく受け取ってはいないだろうが。

「ですが、その、もし、ミスター・ジョージが、私のようなものと(しとね)を共にするのがおいやでしたら無理にとは――」

「いえ、そのようなことはありません。もしそうでしたら、最初にサー・アーサーにお話されたときに断っています」

「では――」

「はい」

 お兄様はそういうと、私を抱き寄せた。

「今夜だけは、僕を貴方の恋人と思ってください」

 ほんの数(インチ)の距離からささやかれ、私の心臓は早鐘のようになった。鼻の奥がつんとしたかと思うと、頬を熱いものが流れ落ちる。

「……ミス・ヴィクトリア?」

「す、すみません! 私、うれしくて、その……」

 そこまで言って、私は声をとぎらせた。自分の気持ちを、どのように言葉にすればいいか分からなかったからだ。

 言葉に詰まってしまった私をお兄様が再び抱き寄せ、そっと唇を重ねる。

 私は目を閉じて、喜びの涙を流し続けた。

 全裸で寝台に横たわる私を、同じく全裸のお兄様が見下ろしている。思わず胸と股間を手で隠してしまう。

「ミスター・ジョージ、恥ずかしいです、そんなに見つめないで……」

「恥ずかしがらなくていいですよ、ミス・ヴィクトリア。貴女の体は綺麗だ」

「あ、ありがとうございます――あの、私のことはどうぞ呼び捨てでお呼びになってください」

「そうですね、他人行儀な呼び方も変ですね。では僕のこともジョージとだけ呼んでください、ヴィクトリア」

「はい、ジョージ……」

 そして私たちは再び口付けを交わす。幾度も夢に見た情景だが、現実になってみるとその幸福感は夢などとは比べ物にならなかった。

 お兄様にそっと愛撫され、私の体はどんどん熱くなってゆく。乳房を揉まれて先端を弄られ、そこから走った刺激に私は思わず悲鳴を上げた。

「ひゃんっ!」

「あ、痛かったですか?」

「い、いえ、その、気持ちよすぎて……」

「よかった。ではこれはどうです?」

 乳首を口に含まれ、吸い上げられる。先ほどよりも強烈な快感に、私は再び悲鳴を上げた。

 お兄様に一方的に責められて、私は胸だけで絶頂してしまいそうだった。

「ああ、ジョージ、今度は私に、ご奉仕させて……」

 今度はお兄様に寝台に横たわってもらい、私はその両足の間に跪いた。

 お兄様のものを口に含み、ラファエラさんに教わった技巧を駆使して慰める。

 たちまちお兄様の息が荒くなり、何かをこらえるような呻き声が上がる。私は固くなったそれを味わいながら、お尻が疼くのを感じていた。

 と、お兄様の両手が私の頭をつかみ、顔を上げさせた。

「ふう、ヴィクトリア、これ以上されたらあなたの口に出てしまいますよ」

 そういいながらお兄様は体を起こす。私も上体を起こしながら、お兄様にお願いをした。

「ジョージ、お願いです、私の中に……」

「ええ」

 再び私は横たわり、腰の下にクッションを入れた。お兄様が私の足を持ち上げ、固く滾った逸物を私の後ろに押し当てる。次の瞬間を想像して、私の鼓動は限界まで高まった。

 めりめりと押し広げられるような感覚と共に、私は熱い肉の棒に貫かれた。

 お兄様の逸物が私の肛門を突き破り、体内に侵入してくる。反射的な締め付けをものともせず、熱いナイフがバターに切り込むように私の中に押し入ってくる。

「あっ、あっ、ああっ、あっ……」

 一息ごとに悲鳴のような嬌声を上げながら、私は体を震わせた。

 お尻を性器として殿方を受け入れるために、私はサー・ローレンスのお屋敷ではさまざまな調教を施された。

 指で丹念に責められ、快感を教え込まれた。細長い張形を奥の奥まで差し込まれ、そんなところまで、というところまでを突付かれた。本物の男性のものそっくりの張形を入れられ、その形や大きさを教えられた。

 だけど今感じているものは、そのどれとも異なっていた。

 指は、こんなに太く、逞しくはない。張形はこんなに熱くはない。何よりも違うのは、今私を貫いているものが、愛する人の男の性の象徴である、ということだった。

 すっかり性器と化している肛門を本物で貫かれ、私は今こそ本当の悦びというものを知ったように思う。

 体の中に愛する人の分身を受け入れるということが、こんなにも嬉しい物だったとは、想像していなかった。いや、あれこれと想像してはいたのだが、ここまでだとは思っていなかった、というのが正しいか。サー・アーサーに抱かれていたミス・ミカエラや、ラファエラさんに抱かれたときのルチエラさんも、多分こんな気持ちだったのだろう。

 お兄様の逸物が私の中に押し入ってくるたびに、そこの部分から快感が沸きあがる。貫かれる喜びと肉体の快感が私の中を満たし、よがり声となって溢れ出していた。

 やがて根元までがすっかり収まり、お兄様の腰が私のお尻と密着する。

 そのまましばらく動かずに、私とお兄様は互いの体に腕を回して抱き合った。お兄様の鼓動と体温が伝わり、私にえもいわれぬ幸福感をもたらす。

 私のお尻は独立した生き物のように蠢き、お兄様を締め上げてその形や熱さを伝えた。一方私のおちんちんも、二人のお腹にはさまれてぴくぴくと震え、今にも精をもらしそうだ。

 全身が痺れたようになってただ荒い息を繰り返すだけの私に、お兄様の心配げな声がかけられる。

「大丈夫ですか、ヴィクトリア? 苦しいのならば――」

 そう言って、お兄様は逸物を私の中から引き抜こうとする。私は慌ててそれを制止した。

「い、いえ、大丈夫です! どうか、そのまま……」

 幸福感にあふれて半ば麻痺していた思考力が戻り、今の状況が少しずつ理解できてくる。

 私の中に、お兄様がいる。

 私は、初めてをお兄様に捧げることが出来た。

 私はお兄様に組み伏せられ、抱きしめられている。

 それらを理解すると、先ほどまでとはまた違った幸福感がこみ上げてきた。理性によって理解できた、より深い幸福感というべきか。

 自然と涙があふれ、私の頬をぬらした。

「ヴィクトリア?」

「ありがとう、ジョージ、私の我侭を聞いてくれて、私の初めてを貰ってくれて……」

 言葉をとぎらせた私に、お兄様はそっと口付けをしてくれた。このまま時が止まればいいのに、と思いながら、私はそれを味わい続けた。

 私の呼吸が落ち着いてくると、それを見計らったようにお兄様が動き始めた。お尻を一突きされるたびに、私の体を快感が突き抜ける。

「あっ、あっ、あんっ、ああっ、んんっ!」

 お兄様の逸物が引き抜かれると、内臓を引きずり出されるような気がする。逆に突きこまれるときには、杭でも打ち込まれているような衝撃をお腹の底に感じる。そして肛門はこすりあげられるたびに甘い刺激を生み、すべてが混ぜ合わさって私の頭を侵した。

 お尻から感じる快感とは別に、私は全身でお兄様を感じてもいた。お兄様の息遣いを、体温を、体の重みを、汗の匂いを、私は全身を使って感じ取った。そのすべてが、私に、お兄様に抱かれているということを実感させてくれた。

 やがて、はじめのうちは一本調子だったお兄様の動きが変わってきた。

 私をじらすようにゆっくり動いたかと思うと、急に奥深くまで押し入ってくる。私が絶頂しそうになると、ゆっくりした動きになってそれを回避する。お兄様の逸物を追うように私が腰を動かすとさらに逃げ、かと思うと急に動いて迎え撃つ。

 巧みな責めに、私は息も絶え絶えになっていた。

「ああ、ジョージ、お願い、です、いじめないで……」

「すみません、ヴィクトリア。貴女があまりにも可愛かったのでつい意地悪をしてしまいました」

 お兄様の『可愛い』という言葉に、私の心臓は跳ね上がった。思わずお兄様を注視すると、ちょっと意地悪な笑顔と視線が合った。数秒間見詰め合った後、我に返った私は顔をそらす。

「し、知りません!」

「ごめんなさい、ヴィクトリア。意地悪するのはやめにしましょう」

 そう言って再びお兄様は私を責め始めた。

 今度の責めは私をじらすものではなく、ひたすらに絶頂に向かって押し上げるものだった。

 お尻からどころか全身から湧き上がってくる快感に、私はあっさり押し流された。

「ああっ、ジョージ、ジョージっ、私もう、いっちゃいます!」

「僕も、そろそろ、限界です!」

「きて、きてください、私の、私の中にっ!」

「うっ、くっ!」

 お兄様がうめき声をあげた次の瞬間、お腹の底に熱いものをたたきつけられる感触があった。そこからすさまじい快感が湧き起こり、私を頂へと押し上げた。

「あっ、あっ、うああっ!」

 歓喜の絶叫と共に、私はお兄様にしがみつきながら自らも精を放った。永遠にも思える一瞬の中で、『これでもう悔いは無い』と私は考えていた。

● ● ●

 エリクソン家の屋敷のチャペルの鐘楼から、高らかな鐘の音が聞こえてくる。兄様とマリア姉さまの結婚を祝福する鐘の音だ。

 屋敷から少しはなれた丘の上でそれを聞きながら、私は二人の結婚に幸多からんことを祈った。

 やがてしばらくすると屋敷の門の鉄柵が開き、サー・アーサーとミス・ミカエラを乗せた馬車が姿をあらわす。私はそれを見ると丘を降り、街道へと向かった。

「本当によかったの、ヴィクトリア?」

 馬車へと乗り込んだ私に、ミス・ミカエラが問い掛けられた。

「はい。あの家は、もう私の居ていい場所ではありませんし……」

 私の答えに、ミス・ミカエラが複雑な顔をされる。

「? あの、何か失礼なことを言いましたでしょうか……?」

「あ、いえ、そうじゃないの。少し昔のことを思い出しただけ……」

 そういうと、ミス・ミカエラは黙り込んでしまった。代わりに口を開いたのはサー・アーサーだった。

「それで、これからどうするつもりだい? 君が望むなら、うちに居てくれてかまわないが……」

 サー・アーサーのお申し出はうれしかったが、これからどうするかはすでに考えていた。私がそれを口にすると、サー・アーサーもミス・ミカエラも、何もいわずにそれを受け入れてくれた。

「おかえりなさい、ヴィクトリアさん」

「おかえり」

 ローレンス邸に戻った私を出迎えてくれたのはラファエラさんとルチエラさんだった。二人に案内されてサー・ローレンスの居る居間に向かう。

「ただいま戻りました、ご主人様、ミセス・ゴトフリート」

「うむ、おかえり」

「おかえりなさい、ヴィクトリア。何か粗相などは無かったでしょうね?」

「はい、ミセス・ゴトフリート」

「結構です。あなたの部屋は新しく用意してあります。荷物はそちらに置くように」

「はい」

 挨拶を済ませた私は、再びラファエラさんたちに案内されて使用人部屋の有る一角へ向かった。新しい部屋といっても、前の部屋の隣のルチエラさんが一人で使っていた部屋だ。ルチエラさんが再びラファエラさんと同室に移っており、入れ替わりに私がこの部屋を使うというわけだ。

「ヴィクトリアさん、一人になりますけど大丈夫ですか? 何かあったらすぐに言ってくださいね」

 荷物の整理を手伝いながら、ラファエラさんが気を使ってくれる。

「大丈夫ですよ。ラファエラさんこそ、ルチエラさんと激しくしすぎないように気をつけてくださいね」

「……ヴィクトリア、ちょっと変わった?」

 軽口を飛ばした私に、赤くなって絶句しているラファエラさんに変わってルチエラさんが疑問を投げかける。

「え? 別に私は変わらないですよ?」

「でも」

「そうですね。ルチエラさんがラファエラさんを好きな気持ちはわかるようになったかも」

 今度はルチエラさんが赤くなる。

「まあ私も、少し大人になったってことですよ」

 荷物を片付けながら、私は二人に向かって微笑んだ。

―了―


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