自分は都合がいいだろうか?
スプレンディドは何時も、その疑問にぶち当たる。
自分は性格が悪いだろうか?
そうも思う。誰からの誘いも断らないし、パーティを組むとなったら自分以上の働きをする者はいないとも思う。それなのに、スプレンディドの組むパーティは長続きしない。いつの間にか、周りには誰もいなくなっている。
ただ助けたいだけ。多くのハンター達が危険に晒されないよう、守ってあげたいだけ。この気持ちはずっと変わらないし、そのために努力もした。元々戦闘センスが良かった事もあって、胸を張れるほどの強さを身につけたけれど。それだけでは、パーティプレイという物は成り立たないらしい。


お願い、誰でもいいから。本当に誰でもいいから、名前を呼ばせてよ、横に立ってよ。











崩龍の素材を前にして、ハンディは感嘆のため息をついた。
白い、白くて綺麗。こんな素材を見る事が出来て、とても幸運
鍛冶屋の見習いは本来なら、そう言って笑うもの。他のハンターと談笑する姿をよく見かけるし、外見が無骨な鎧にも物怖じせず話しかけて行く。炎と戦う鍛冶屋見習いが、人間様にビビッてはいられないとよく笑う。
だからスプレンディドは何時も、ハンディが鍛冶屋見習いになった当初からずっと、素材をハンディの前に置いた。忙しく働いている時を避け、ハンディが一息つくころに出向いては。
ただ一言、お帰りとお疲れ、言って欲しいばかりに。
それなのに悲しいかな、冷気を纏ったまま無言で佇み、寧ろ睨みつけてしまうスプレンディドは欲しい言葉を貰えない。
何でだろう?笑える筈、話せる筈、ただ仲良くしたいだけなのに。
「…えっと、武器?防具?」
おずおずと見上げてくるハンディは、眉を潜めたくなるほど小さくて可愛らしいのに。頭を撫でたいと思うほど、可愛いと感じるのに。腕があるかないかなんて、とても些細な事なのに。
「あのさぁ」
どうしてだろう、どうしてこんなに、面倒そうな声が出る?
「見習いの新人だから知らないかもしれないけど、こいつの武器あまり使い道ないの。攻撃力は高いけどね、切れ味最悪じゃない、会心マイナスつくし。ちゃんと勉強しなよ、そんななりでも、鍛冶屋になりたいって熱意は一応あるんでしょ?」
棘にしかならない言葉しか、言えないわけじゃないはずなのに。
自分でももどかしいと思う、ハンディに対してだけどうしても、どうしても棘にしかならない言葉。パーティが長続きしないのは、このせいなのかとも思う。自分で棘をばら撒きながら、困ったように視線をずらすハンディにいつも傷つけられて、どうしようもなくなって。
「…あげるよ、これ。僕はもう必要ない」
最悪だ、結局は逃げる。ハンディに背を向けて、欲しい言葉すら言って貰えないまま、何時も何時も。



凍てつくほどの冷気を纏い続け、春の兆しすら見せる事のない極圏のよう。どうすれば草木が芽吹き、温かい風が吹き抜けるのか、その方法がわからない。
何時もひとりだ、何時も。



「あ!待ってくれ、じゃあ、その…出来れば、電怪竜の素材も、あると、嬉しいかなって」
――――なんて都合のいいお願いだ喜んで!!










言葉は難しい。
凍土をてくてく歩きながら、スプレンディドは常に考える。
ほどほどがわからない、本心を言いすぎると嫌われる、でも話さないと怖いと言われる。何を考えているかわからない、何時も笑っているからわからないとも言われる。
ほどほどって何、厳密にどのくらいがほどほど?
スプレンディドにはわからない。強くなって、本当に強くなって。それだけで人が集まると思っていた、誰でも助けられると思っていた。それなのに今、一番声をかけて欲しい相手にすら、まともに声をかけてもらえない。結局はひとり、とぼとぼとフィールドを歩く。
ひとりでも平気、何でも狩れるけれど。
「あ!ねえ何狩りに来たの?ねぶらん?一緒にいってあげるよ!」
ひとりじゃない方が、もちろんいいに決まってる。





その時たまたまスプレンディドが行き会ったのは、赤紫の髪の笛使い。ぽやっとした顔で目を閉じて、フィールドの真ん中に佇んでいた。上位だから、転送先が随分と外れてしまったよう。それにしては別に、何をするでもなく。声をかけても、ゆるく首を傾げるだけ。
「ありがとう、けれど私は必要ない。もうすぐ迎えが来る」
「そうなの?でも一緒に行ってあげる、早く狩れるよ」
言い募ったスプレンディドに、それでもまだぽやぽやと。小さく笑って、一瞬だけ半眼に開いた目は、薄らと霧のかかった青紫。

あれ、よく見たらとても綺麗
ちょっとビックリするくらい、綺麗

ふと、そんな事を思って。スプレンディドもまた、一緒になって首を傾げた。
そういえば、今まで一緒にパーティを組んできたメンバーの顔、ひとりも覚えていないかもしれない。みんな特徴がなかったから?今ここにいる笛使いが、あまりにも綺麗すぎるから?わからない、ほどほどに顔くらい、覚えていてもよさそうなものなのに。
「早く狩りたいならば、誰でもいいのでは?ならば私達には、必要ない」
思ったところで告げられた言葉に、スプレンディドは愕然とした。





誰でもいい
常に思っていた事だ。誰でもいいから、名前を呼ばせてよ、横に立ってよ。
誰でもいい相手ならば、必要ない。そういえば、はっきりと言われた事がない。けれど、誰でもいいという態度が、スプレンディドから滲み出ているのだとしたら。それはちょっと、失礼な話だったかもしれない。一緒に戦ったというのに、誰の顔も覚えていないような、それでいて我を通したがるような自分は。
ハンディには、誰でもいいなんて、思ってないはずだけど…
チラと過ぎった思いには蓋をして、スプレンディドは本格的に考え込んでしまった。
結局は、パーティで狩りに出ても、ひとりで狩っている時と変わらなかったのだろうか。誰かがいるという、安心感のようなものが欲しかっただけなのか。
「…んん、じゃあ僕、どうしたらいいだろう。今までの行動が全て、覆されちゃったんだけど」
現状を告げもしないで聞いたところで、笛使いを困らせるだけとはわかっていた。けれどついぽろりと洩らしてしまった声は、次の瞬間予想外に打ち返された。
「今日は裸祭りだから、君も脱げばいい」
………………?!!


「ほんとだ!!よく見たらインナーだけだ!!何それ面白い!!」








その後すぐに、赤紫の笛使いの連れが集まって。皆が皆、寒空の中インナーだけという光景に、指を指して笑い出したスプレンディドは、その場で鎧を全部脱いだ。鎧などもう捨ててもいいと思った、この奇妙な3人組に混ざれるならば。
「ふはっ!一撃やばい僕乙る、やばい!」
キャラキャラとテンション高く笑いながら、スプレンディドは大剣を振り回す。凍土に青いレマルゴルダートが浮き上がった、なんて寒々しい光景!凍戈竜を素材にした豪胆な大剣の、研ぎ澄まされた切っ先すら寒々しい。それでも寒いとすら思わないのはきっと、ホットドリンクの効果だけではない。
「回避頑張って〜。あと頭の方にくるな殴っちゃう、腹狙って腹!」
ランピーと名乗った長身のハンマー使いが、確実に頭を潰していた。後方からはフリッピーと名乗ったガンナーが、ご機嫌に水冷弾を連打する。赤紫のモールは常に雷属性防御を強化し、属性攻撃強化までつけてきて、時たま回復をしてくれた。
全員が全員、完璧に近い程の猛者達。それは一緒に戦っているだけで、スプレンディドにもわかる事。それなのに、こんなに心強いパーティにいるはずなのに、久々に感じるスリルがたまらなく面白い。
面白くて面白くて、何時もの何倍も討伐に時間がかかったというのに、あっという間に時間がすぎていて。
「次アルバ行こうこのままで!!」
叫んでしまうほど。
「あ、それやめた方がいいよ。お馬さんに裸は、軽くトラウマになるよ」
フリッピーの言葉に、既に経験済みという事がわかって、また笑う。
何時も笑っていたはずなのに、こんなに声を上げて笑ったのは何時ぶりだろう?思うほどスプレンディドは笑った。
ああ、これがパーティプレイだ、こんなに楽しいと思ったのは久しぶり!
「僕、スプレンディド!ねえ混ぜてこれからも、君達との狩り凄く楽しい!」

「スプレンディド…パーティ崩しのスプレンディド?」

でも、楽しかったのはここまで。
本人だけが知らなかったらしい二つ名で、スプレンディドから笑みが消えた。代わりに襲ってきた、今まで感じた事がないほどの驚愕。言ったランピーが、モールに足を踏まれていたけれど、気付かないほどの驚愕だった。








「自信失くすっていうか、自分いなくてもいいんじゃね?って思うんだって。スプレンディドの強さまで到達出来るとは思えないし、ハンターがひとりいなくなったところでどうって事ないって思わせる程の大剣使い。一緒にパーティを組んだほとんどのハンターが足洗うから、そう呼ばれるようになってるよ」
狩りの間ずっと高いテンションを維持していたスプレンディドが、急に落ち込んだ。そこに来て漸く失言(モールに足を踏まれた理由も)に気付いたランピーが、それでもせがまれるまま告げた噂は酷いもの。
ただ助けたかっただけなのに、ただ皆と一緒に狩りをしたかっただけなのに。
思いはしたけれど。でも、それよりもショックだった事がある。
「…だから僕は、ハンディに声をかけて貰えなかったの?」





考えてみれば。スプレンディドは、最初からハンディに素材を渡した。一番最初に渡した素材は、ジャギーだ。まだ駆け出しだった頃から、ずっと渡し続けていた。
パーティプレイがしたいとか、誰かと一緒にいたいとか、随分沢山の理由をつけてきたけれど。結局はただ、早く狩りを終えて、早くハンディのところに素材を持って行きたかっただけで。そのために強くなって、そのために仲間を探して。
狩りが楽しいと思った事など、ほとんどない。いくら思い返してみても、数える程しか。 そのせいで周りを遠ざけて、ハンディすら遠ざけてしまったとしたら。なんて笑えない冗談だろう、涙も出ない。


何時までたっても、春が来ないわけだ。













いつの間にかチーム死天王と呼ばれるようになったパーティの末っ子は、本日も元気に空回る。ランピーとフリッピーが微笑を湛え、モールがため息をついても止まる事を知らない。
「言いたいことはそれだけですか!僕は素材を運ぶだけの都合のいい男ですか!最低だこのビッチ!!村全員の家に『ハンディの事はこれからハニィと呼びましょう』ってチラシ撒いてやる!!」
「どうしてあんた、そういう地味で陰険な嫌がらせばっかり思いつくんだ!すみませんでしたね言うのが遅れました!お帰りスプレンディド!」
「何その誠意のない挨拶感じ悪い!!欲しい素材持ってきてくれた彼氏にくらい、もうちょっと可愛げ見せなよこれだからハニィは!!今日の夜家いっていい…?って恥らって言ってくれなきゃ機嫌直らないよ僕!!」
「ッッ!!あんたの機嫌なんか知るか!!」





そもそもハンディは、パーティ崩しのスプレンディド、などという二つ名は気にもしていなかった。鍛冶屋にいれば、いくらでも神の領域に片足突っ込んだ廃人とお目見え出来るから。モールとは、まだハンターになる前からの付き合いだ、努力すれば到達出来る場所がある事も知っている。
半泣きになったスプレンディドを宥めて、真っ先に連れて行った鍛冶屋の前で。ハンディの前でだけ態度が豹変したスプレンディドを見て、全員が微妙な顔になったのは記憶に新しい。
それでも叱咤激励し、どうにかこうにか彼氏と名乗れる関係までになり。あとはもう、放置でいいような気もするけれど。
「…やっぱり、好き、くらい言えるようにしたいよね」
フリッピーが微笑のまま呟くから、ランピーは一応頷いておいた。フリッピーのスプレンディド弄りは最早、堂に入りすぎていてちょっと引くほど。
まあ、楽しいからいいけどね
思いなおしたランピーは笑う。末っ子は何時も楽しそう、だからちょっとくらい弄っても、きっと許されるね?



END




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