ランピーには、思い入れのある武器がひとつだけある。
煌黒堅鎚アルメタ
黒い竜の頭のようなハンマー。反り返った棘のような突起が何本も付き、その隙間を縫うように、赤紫の筋が3本。ぼんやりと発光するそれは、ランピーが振り上げるたび残光となって軌道を照らした。
ランピーが戦う姿を見た者は、揃って言う。


どちらがモンスターかわからない
化け物だ


銀火竜の装備、シルバーソル一式を好んで着たランピーは、表情の一切を隠していたから。謂れのない噂が一人歩きをし、意味のわからない因縁をつけられる事もあった。それでもランピーは、淡々と、ただ淡々と全ての厄をハンマーで振り払い、ひとり狩場に立つ。 最も好んだ狩場は霊峰で、悠然と佇み嵐龍を見つめるその姿は、この荘厳な峰を統べる主を奪いに来たかのようで。黒い鉄槌で、打ち砕きに来たかのようで。
もし資質があるとするならば。霊峰こそがランピーの居場所なのだと、誰ともなく噂されるようになる。
ランピーは、そんなハンターだった。
けれど噂は噂。ヘルムを取り、顔を見せたランピーはいつも笑う。笑って困ったように、頭を掻く。
「俺、バカだから。化け物って言われたら、自分でもそうなのかな?って思う。喧嘩売られたら、バカ正直に全部買っちゃうしね。霊峰は好きだよ、嵐が去った後は凄く綺麗なんだ。俺、綺麗な物見るの好きだし。でも住みたいとは思わない、あそこはちょっと、寂しすぎる」
人前でヘルムを取る事すら稀になっていたランピーが、久しぶりに素顔を見せた相手は。パシリと一度瞬きをして、そのままそっと目を閉じた。









ランピーは農場が好きだ。滅多な事がない限り人は入ってこないし、アイルー達は皆いい子。ランピー自身がお供として飼っているアイルーは、4匹しかいないけれど。
ほとんど連れて行く事がないから、沢山飼う必要はない。ただモンニャンクエストに只管送り出し、報告を楽しみに待つ、それだけでいい。
いつも日当たりのいい桟橋の上で、ランピーは武器を手入れする。長身の彼は、桟橋から足を投げ出すと、川面につま先が届きそう。ひんやりとした足の裏と、時たま跳ねる水が心地良くて、いつも足をぶらぶらさせていた。
だから、急にその足を掴まれたとき。ランピーは化け物というあだ名らしからぬ悲鳴を上げ、そして見た。白い手が、二本の手がにょきりと川面から伸び、ランピーの足を確りと掴んでいる光景を。更なる悲鳴は、まるで金切り声。
うわぁなになになに怖い止めてまだ人殺した事はないよ恨む相手間違ってるよ!!
錯乱したままぶんぶん足を振り回し、必死で腕を振り払おうとするけれど。腕の方も図太く、寧ろランピーよりも必死で取り縋る。
この時点で漸く、腕には肩があって、頭も付いていて、ずぶ濡れになりながらもがく生きた人間である事に気付き。
「助けてくらい言ってよもおおおおおおおお!!」
叫ぶ元気もなかったのだろう、そんな考慮など一切せず、助けるよりもまずツッコミを入れてしまったランピーは。急に腕の力が抜け、目の前でぶくぶくと人が沈んで行くという、トラウマになりかねない光景を見た。
慌てて川に飛び込んだランピーは、鎧を着ていなくて良かったと心底思う。農場以外で出会っていたら、手を伸ばす事すら躊躇っただろうから。





くったりとした身体を川から引きずり出して、柔らかな草の上に寝かし、一応息があるかどうかを確認して。歯を食いしばっていたのか、水を飲んでいるようにも見えず、少し荒い息遣いが気になるだけ。農場で供養などという事にならなくて良かった、思いながらふと目を上げて。ランピーは息を飲んだ。
額に張り付く、赤の強い紫の髪。今は水に濡れて、頬に張り付いているけれど。とても綺麗、夕日みたいだ。
白い肌。日の光に照らされて、艶やかに光る肌。少し白すぎる気もするけれど、滑らかで柔らかそう。
本来ならば、幾重にも重なっているだろう独特な服。ここユクモのそれではない、きっともっと砂漠の方。顔のほとんどを隠し、強烈な日光から肌を守るような地域の。
ランピーは以前一度見た事がある、祭りの夜に。何処も彼処も人だらけ、アイルーだらけ。面倒くさいと思いながらも、打ち上げられた花火がとても綺麗で。村から少し離れた渓流の小道を少し逸れた場所から、空を眺めていた。
その時目の前を通っていった迎賓客の中に、そんな格好をしていた者がいて。ニャン次郎は随分遠くまで行ったのだなと、ぼんやり思い。幾重にも重なったひらひらとした薄絹が、とても柔らかそうだとそれだけ感じた記憶。
多分、気絶しているだろうこの人も…ランピーは思う。
随分遠くから、ここまで来て。漸くたどり着くと思った頃、何かの弾みで川に落ちてしまったのだろう。多分目当ては温泉で、だとしたら、元からあまり身体が丈夫ではないのかもしれない。それならきっと、いい事をした。助けてあげて、意識が戻ったら温泉に連れて行ってあげて、そこで別れればいい。どうせ噂を聞く頃には、もう村を出て狩場に立っているだろう。
でも今はきっと、拒絶されたりはしないから。
一際大きく胸が膨らんだとき、ランピーはただ笑っていた。本当は、心配げな顔をするべきだったのかもしれないけれど。どちらにしろ、関係なかったから問題はない。



私はモール。治るはずのないものを、治しに来た



緩やかに開かれた目が。朝焼け寸前の青紫の空色が、眩しさにすぐ閉じられてしまって。なんて綺麗なんだろう、もっと見ていたいのに…思いながらも、一応名乗ったランピーに。モールと名乗った青年は、ひっそりとそれだけを言い苦笑を浮かべた。
治るはずのないものとは、盲目だという綺麗な瞳。
体のいい厄介払いだと思う
また静かにそれだけを言い、それから俯き黙り込んでしまったモール。
初めまして同士、しかも片方は目の前で溺れかけた相手。それなのにありがとうの一言もなく、行き成り重い話題を出されその後は無言。
ランピーは思った、つくづく自分は、人間関係に恵まれない。
折角綺麗なのに。女性と見紛うばかりに中性的で、声も甘い柔らかさがあるのに。目が見えないだけで、随分とまあ卑屈になるもの。綺麗な姿で、綺麗な声で、ひとり勝手に寂しい子にならないで欲しい。
「そっか、じゃあもう一回溺れる?」
だから。自己紹介の次の言葉はそんな、笑みを湛えたままの皮肉。
「あんた、凄い勢いで俺の脚掴んだけど。もしかして、本当は助けない方がよかった?それとも、道連れが欲しかったの?」
あまり、口喧嘩は得意ではない。それなのにランピーは、自分でも驚く程冷たい事を言っていると思った。ちょっと前に死にかけて、それも盲者が一人旅という過酷な状況の中死にかけて、恨み言を言いたくなる気持ちもわからないでもない。けれど礼は礼ではないか。ありがとうくらい、言ってもいいと思う。
そんなランピーの気持ちとは裏腹に、相当な皮肉を言われたというのに。顔を上げたモールは、薄らと目を開けて、何だか嬉しそうに微笑まれて。
「私は今、怒られている?」
見当違いの質問をされてしまって。
慣れない皮肉なんて、言うもんじゃない。いやそれとも、モールが少しずれているのか?考える間もなく、一気に軽くなった口が次から次へ。


川、初めてで。面白くて触れていたら、落ちてしまった
凄く流されて、驚いたけど楽しかった
もがかないで流されていけば、増水していなければ助かると聞いていたけれどその通りだった
でも流石に疲れたし服も重かったから、何かを掴んだ
君の足だった?ごめんなさい
助けてくれてありがとう


そして最後にモールは言った。心の底から生きている事を喜んでいるような、そんな笑顔で。
「私は今、自由だ」
その言葉を聞いた瞬間からだ。ランピーが堪らなく、モールを好きになってしまったのは。何を捧げてもいい、何を捨ててもいい、モールと一緒にいられれば、きっと何もかもが楽しい…思うようになったのは。
それは漠然とした望みで、自覚はまだ、なかったけれど。









どうせほとんどいないから
言って、モールの滞在先に自分の家を提供したのも、ランピーの無意識からくる行動だった。
羨ましかったのかもしれない。自由だと言える事が、それを嬉しいと思えるモールが。噂に囚われていたとは思わないけれど、無意識に噂通りの自分を演じていたのかもしれない。それはきっと、自由ではなかったから。だから、モールと一緒にいたい、一緒に自由になりたい。そう感じたのだと、ランピーは思っていた。
何処の誰ともわからないモールを家に置いたまま、何度も狩りに行った。何を盗まれたって構わない。また捕って来れる。それだけの力はある。何を言われたって構わない、モールが噂を聞いて自分の事を嫌いになって、出て行ってしまってもそれはしょうがない。それまでの間、いてくれればいい。
驚く程寛大になっている自覚はあったけれど、ランピーはそれすらも楽しいと思った。
家に帰れば、大抵モールは部屋にいて、何を狩って来たか聞いてくる。穏やかな声で、少し甘えたように。幾重にも薄絹を合わせた服を着ていたモールは、いつの間にかユクモの着物に身を包み、話を強請るようになっていた。ランピーはそれがまた嬉しくて、色々なモンスターの話をして。
けれど何故か、モールが自分のいない間何をしているのかは、聞けないでいた。
温泉にはちゃんと入っているのか。村長には挨拶をしたのか。誰か知り合いはできたか。そんな、簡単な質問すらしないで、ただ狩りの話をした。





本当は
怖かった。モールがいなくなる事。噂を聞いて、嫌いになって、いなくなってしまう事。 誰もいない家に戻って、ただぼんやりと次の狩りの準備をして。人が少ない時間を見計らい温泉に入り、そのまま狩場に飛び出して行く日々。シルバーソルを纏い、煌黒堅鎚アルメタを背負い、陰口を聞き流す日々が、どんなに味気ない日常だったかを知ったから。
時たまアルメタに触れるモールの手を、振り払ってしまいたいと思うほど。
それは、武器だ。屠るための武器、それ以外のなにものでもない。モールが触れる必要のないもの。
自分が持っている物は全て、全て武器。名称なんていらない、武器でしかありえない。
それなのに。ある日モールは、そんなランピーの思考すら塗り替えた。完全にランピーが、恋を自覚した瞬間だ。





黒い竜の頭のようなハンマー。反り返った棘のような突起が何本も付き、その隙間を縫うように、赤紫の筋が3本。
「そういえば、この赤紫はモールの色だね」
笑いながらランピーが告げた時、モールは突起の間に触れていた。ランピーすら触った事があったか思い出せないような場所。
「ここは、何色?」
聞かれて、咄嗟に思い出す事が出来なくて。ちらりと覗き込んだ突起の奥は、全面淡く発光していた。
あれ、こんなに綺麗だったか?
思うほど、内に深く深く溜め込んだ淡い赤紫。黒い表面を縫うように走っていたその光は、けして飾りではなかった。アルメタを形成するためのコアのように、鈍く光っていて。黒い表面は、それを守っているようで。
「そこも、赤紫だ。知らなかった、これ球体なんだ」
呟いたランピーに。その時モールが見せた表情は、何処となく責めているようだった。
「私の色と言った」
まるで拗ねたように呟いて。何度も何度も同じ場所を撫で続けたモールは、暫くしてまたぽそりと呟いた。
「君を、守っているようで。嬉しかったのに」





その後の事を、ランピーはよく覚えていない。心底残念ではあるけれど、その時はただ必死だった。
アルメタに触れる手を強く握り、驚いて顔を上げたモールの唇に、噛み付くようにキスをした。キスをして、強く強く抱きしめて。
ハンマーを振り回す腕力だ、苦しかったと思う。けれどモールは逃げる素振りなど見せず、ただほっと息を吐き。
「遅い」
一言、嬉しそうに言うものだから。
初めてなのに。多分、ちゃんと告白のようなものをして、合意を得て、色々準備もしてから始めなければならなかったはず。そのどれひとつランピーは思いつかなかったし、モールは一度も止めようとはしなかった。だから、結果的には、流されるように最後まで。体格差とか、スタミナの違いとか、モールがちゃんと感じているかすら気にしなかったおかげで、終わってから一気に血の気が引いたけれど。
人生初めての土下座をしたランピーに。モールは眠たげな顔で、それでも笑っていた。
「私は自由。だから、少しくらい我儘になってもいいと思う」
ひとりは、寂しい








ひとりは寂しい。
霊峰になど住みたくはないし、全身を鎧で包み続ける事に慣れてはいけない。孤高になどなりたくはない、だから何度も何度も嵐を払った。雲の隙間から、光が差し込む光景を見たかったから。
けれど本当は、もっと簡単に。いつも、ずっと、自分の手の中に光はあった。気付かなかっただけ。
煌黒堅鎚アルメタ
黒い鱗が内に秘めた、赤紫のコア。ずっと守り続けてくれた強固なそれは、喜びに打ち震え甘美な旋律を奏でる。
だからこそランピーは今、アルメタを持たない。








「星砕き、好きだよね。カオスラッシュとか。龍属性ならアルメタの方がいいじゃない、持ってないの?」
無遠慮なスプレンディドの問いに、ランピーはただ笑う。廃人の嗜みはわからない、そう噂されるほど、シンプルな防具しかつけない姿で。
三眼のピアス、三眼の首飾り。頭と胸はあまりにも無防備で、仲間内でも呆れられる程。それでもなお、ランピーは笑う。
「必要ない、だってモールいるもん」
アルメタも、属性も、スキルだって。大抵の物は、モールがつけてくれるから。
「ずっと一緒にいるから、沢山働いてくれたアルメタは今お休み」
何度説明したって、最後は冷たい視線と大きなため息。
「はいはい、夫婦夫婦」
吐き捨てるように言うスプレンディドと、同じ言葉を聞きすぎて最早不感症になったフリッピーは。それでも楽しげに寄り添うランピーとモールを見ているのが好きだ。まるで、途切れる事ない晴天のように晴れやかだから。



END




Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!