ずらりと並ぶ檻。薄暗い周囲。初日の頃よりもずっと、ずっと檻の収容人数は減っていた。更に、少しずつではあるけれど、人自体も減っているように見える。
この夢から、逃れる事が出来た人達がいるらしい。
その事実は、ハンディを確実に追い詰めていた。





この牢獄から出たい。もう檻に入っているのは嫌だ、苦しい、息が苦しい。暗い、ジメジメする、何だか日に日に檻が狭くなっているような錯覚。閉所恐怖症のような症状、もう何処でもいいから、何をされてもいいから。
何故囚われている。囚われる理由がわからない。
何故出ようとしない。最低でも檻から出る方法は、常に傍にあるというのに。
目を反らしても、耳を塞いでも、スプレンディドはけして諦めなかった。根気よく話しかけてくるし、常に手は差し伸べられている。
連日続けられるランピーとモールの性交は、当初の痛々しさを一切拭い去っていた。モールの小さな口が、愛おしげにランピーのペニスを這う。乳首を弄られるだけで、遠目から見てもわかるほど身体が震えていた。なんて幸せそうなセックス。なんて幸せそう…現実では疎遠になりつつある、その埋め合わせをするかのよう。
元から、リアルでは険悪な関係だったスプレンディドとなら。
ハンディは思う、夢でくらい、何をされたって構わない。失う物もなければ、関係が崩れる事もないのだから。
どうせ現実ではありえない。










二十日目。
眠りに着く前、昼間の事。ハンディはついに、大きな失敗をした。誰かの事件に巻き込まれて退場なら、よくある話だけれど。ハンディが自ら起こした事件で、何人かが退場して。しかも悪い事に、ハンディ自身は何故か安泰に一日が終わってしまった。
打ちひしがれるハンディに、スプレンディドが痛烈な皮肉を言った事以外。
憐れだねハンディ
あまりにも長々と言われすぎて、ハンディの耳に残った言葉はこれひとつ。本気で落ち込んでいる時に、更に落ち込むような言葉など、覚えていたくはない。だからこそ睡眠があるというのに、一日をリセットするための場が用意されているというのに。夢の中では相変わらず、檻に入れられ気が滅入る。
出たい出たい出たい。
スプレンディドは、けして皮肉を言わない。こちらのスプレンディドは優しくしてくれる、檻から出してくれる。
どうせ夢、夢なんだ。
スプレンディドが出てくるようになってから、数回しか近づく事のなくなった鉄格子。ハンディはふらふらと歩み寄り、伸ばされた手を凝視する。近づいてきてもスプレンディドは、躍起になって腕を掴もうとはしなかった。ただ笑みを深めただけ。
「ハンディ、こっちにおいで」
結果はもう、わかりきっていたから。無理に促す必要はなかったのだろう。
言われるまま、ハンディはスプレンディドの手に腕を伸ばした。





その瞬間の感覚を、何と表現していいかハンディにはわからない。
檻から出たら、まず開放感があるものと思っていた。漸く出ることの出来た歓びに、打ちひしがれると。
けれど実際は、強烈な鳥肌にわけがわからなくなる。
『したい、んだよ、凄く。こっち側、そういう場所みたいで』
以前ランピーが言っていた事を思い出す。身体中が火照った、腰がむずむずする、喉が渇く。
よくぞこんな場所で、何日も平常を装った…ランピーを絶賛したいほど、檻の外は性欲に満ちていた。そしてこんな場所では、スプレンディドがおかしくなるのも頷ける気がした。
名前を知っている相手しか、買えない。仮にもヒーローが適当にボタンを押せるわけがないし、モールがランピーに取られている今、選択権はハンディしかなかったのだとしたら…甘ったるい言葉の意味も、必死に手を伸ばした意味も辻褄が合う。
この熱を冷ましてくれるのなら、誰でもいい、同性でもいい
思ってしまうほどの欲が蔓延る中でなら、しょうがない事。檻から出た以上、もうあの甘ったるい言葉も、笑みも、見る事はなくなるだろう。
チクリと感じた胸の痛みを無視し、ハンディは覚悟を決めて顔を上げた。
これで満足か?普段は可愛げがないと言われる俺が、何をされるかわかっていながらその手を取って、満足か?もう好きにすればいい、どうせ夢だ、痛くも痒くもない
言おうと思って。痛烈な皮肉を言われる前に、先手を打とうとして。
それなのに、何故だろう。スプレンディドはまだ、蕩けるような笑みを浮かべたまま。近くで見ると一層甘ったるく、蕩けそうで。
まるで
「ハンディ、愛してる」
まるで、愛されているようだ。何故、どうして。もう、必要ないのに。
思う間もなく触れた唇と、一気に増した熱が。ハンディの思考を、ここで焼き切った。












「モール」
本格的に眠りそうになっていたモールは、その声で急に顔を上げた。それがあまりにも急で、睨み合うハンディとスプレンディドも驚き、口を噤む。
珍しく。この頃では珍しく、ランピーがゆっくりと近づいて来た。ここ一週間ほどは、道で会っても挨拶すらせず通り過ぎるほど、モールを避けていたランピーが。モール自身も、ランピーが傍にいない事を受け入れているように思えたのに。
「ランピー」
組んでいた腕が解かれ、声の方向に伸びた手。まるで、鉄格子からランピーの手を取るように、迷いなく伸びたそれ。ランピーは、指ではなく手首を掴む。意識的に、だろう、多分。
話は出来ていなくても、同じ夢を見ていると核心のあるハンディにだけ、わかる行動。
「混ぜて混ぜて、喉渇いた!何がいいかな、スプレンディドもう飲んじゃったの?折角だからもう一杯付き合ってよ」
外に設置されたテーブルは狭い、そこに長身が3人(180越えを目の前に、自分も長身と言うほどハンディは図太くない)揃うととても窮屈。それなのに、わざわざ隣の席から椅子を引きずってきて、ランピーはモールの横に座った。
狭い丸テーブルだから、ハンディの横、とも言えるけれど。
何も注文していなかったらしいスプレンディドが、少し気まずげにランピーの持つメニュー表を覗き込む。





変な感じだ。
ハンディは氷の溶け始めたアイスティに口をつけながら、何となく他の3人を見渡した。
毎晩夢の中、何故か並んでセックスをしているもの同士が、日中はまるでただの友達。健全で、健康的で、一般的な。
日常の世間話が交わされて、時たま笑い声が漏れる。ハンディから意識を反らしたスプレンディドも、楽しげにランピーと言葉を交わしていた。モールはあまり話さない、けれど穏やかな顔で耳を傾けているよう。ハンディもまた、ランピーかモールの言葉に返事を返して。
とても健全。お互いにもう、どういうセックスをするかとか、どの体位が好きとか、全部知っているのに。





三十二日目。
ハンディのアナルはもう、スプレンディドのペニスを完全に覚えていた。促されるまま上に乗る事も、躊躇わなくなっていた。
「ふぁ…見てランピー、ハンディが自分から。可愛い、凄く可愛い。きゅんきゅん絞まる、可愛い」
スプレンディド以外に見られる事も、自ら腰を振る事も。
くくっと、ランピーの低い笑い声が聞えた気がしたけれど、もうどうでもいい。兎に角火照る身体をどうにかしたかった。
「ひぅッ!ぁ、あ、すぷれん…ッうごいて、あぅ、きもちよ、っして!」
根元まで咥え込み、アナルを締めながら腰を上げると、とても気持ちがいいけれど。ぞわぞわと肉壁が蠢くほど、気持ちいいけれど。ギリギリまで引き抜かれ、一気に落されて。それを何度も何度も、凄い速さで擦られる快感を知ってしまった今、もう自分から動くだけでは満足出来ない。
寝そべっていたスプレンディドが、ゆっくりと上半身を起こし、顔を近づけてくる。少しかさついた唇を、一瞬だけ赤い舌がなぞった。なんて獣じみた光景だろう、思うのに。ハンディは待ってしまっている、その赤い舌が自身の唇をなぞり、口内に入り込む事を。
「ハンディの唇、真っ赤。ぷるぷるしてて美味しそう」
望み通りの展開。真っ赤な舌が唇をなぞり、堪らず伸びた舌に絡まって。そのまま、腰を掴まれて。
「はうっ!!っああぁぁ!!」
亀頭が一気に、体内を抉った。何処を突かれても涎を垂らすようになったアナルが、またきゅんと絞まる。
背が仰け反り、慌てて立てられたスプレンディドの膝に腕を乗せ。広がったハンディの視界に、尻を高く上げアナルを開いたモールが写った。





「して、らんぴ、ここ、こうして」
自ら開いたアナルの中に、指を一本。モールの細い指ですら、ぱくぱくと開くアナルが美味しそうに咥え込む。中指がゆっくりと出し入れされ、そのたびにきゅうと絞まるアナル。一見きつそうなのに、入ると違うのだろうか。
「見てスプレンディド、モール凄くおねだり上手になったよ。元からエロかったけど、もっと凄くなっちゃった」
スプレンディドが一瞬振り向いたから、ハンディの身体を揺さぶりながらも律儀に振り向くものだから。角度が変わって、またアナルが絞まる。ぞわりと駆け抜けていった快楽に喉を鳴らし、スプレンディドに抱きついて、肩に顎を乗せ。
指を突っ込んだままのアナルを舐められ、ふるふると尻を震わせるモールを見た。
ストイックでプライドの高そうなモールが、どろどろのセックスを好むなんて。一体誰が想像出来るだろう。
「ぁ…した、い…ッけど、だめ、して、中かきまわしてらんぴ」
「うわぁ…もう、ほんと幸せ。ずっと妄想してたモールが、パワーアップして目の前にいるなんて」
ランピーの、驚く程大きなペニス。先ほどまで狭いと思っていたアナルが、簡単に飲み込んでいく。
モールは眉を寄せ、それでもまだ物足りなげに、ぬれぬれとした中指をしゃぶっていた。何度も吐き出され、精子塗れになったアナルを突いていた中指。
「無理、も、無理。友達なんて、戻れない。俺もう、夢じゃなくてもモール抱いちゃう、無理」
ランピーは腰ではなく、身を屈めモールの太股を掴んでいた。掴んで、動きを制限されたそのまま、小刻みに突き上げていた。
スプレンディドほど硬くないのだろう、大きい分、圧迫された方が気持ちいいのかもしれない。
「ぁ、ぁ、ぁん!ゃ、らんぴ、いっぱ、して…わたし、も、まてないッ」
何を待てないのだろう。
太股を掴むランピーの手に、モールが震える指を絡めた。そのままマットレスの上、指を絡めたまま、モールの項に唇が落ち。
「俺も、もう耐えられない」











ハンディには見えていた。
とても健康的な談笑。太陽の下、これほど健全な一幕はないだろう。
けれどハンディの視界の端、ランピーの片手はモールの腿をゆっくりと撫でていた。ゆっくりと、ほとんど動きがわからないほど。ランピーの向かいに座るスプレンディドには、見えないだろう。触られているモールは微動だにしない。
昨晩、ランピーが掴んだ場所。同じように、モールの手がそっと重なる。
そこまで。
ハンディは慌ててストローを咥え、歯を立てた。またスプレンディドが眉を潜めたけれど、気にしている余裕がない。
今は、夢の中じゃない。夢の中ではないのに、友達同士のランピーとモールが。友達同士だったはずのふたりが。夢の中、呟いていた通り。もう待てないと、もう耐えられないと言った通りの事を、多分しようとしている。
「モール、今日久々に遊びに行っていい?」
決定的だ。夢は、繋がっていた。





構わない
即座に答えたモールが、ランピーに手を引かれゆっくりと家路につく。ふたりの後姿を、ハンディはぼんやりと眺めていた。
三十三日目。
今夜ふたりは、もう夢を見ない。そんな漠然とした確信が、ハンディの中で形を成し始めている。いつの間にか減っていた人々は、現実でもきっと、恋人同士になったのだろう。
喜ばしい事のように思える、とても幸福な事。
それなのにハンディは、いいようのない悪寒にぞくりと肩を震わせた。


忘れてはいけない、あの夢はどう考えても、意識的な何かに操られている。


こうあるべきという、強制力。微笑ましかった友達同士のランピーとモールは、もう見る事が出来ないだろう。明日からふたりは、別のものに塗り替えられて、もうハンディが知っているふたりではなくなる。
それが酷く寂しいと思ってしまうのは。幸福な事とわかっていながら、怖いと思ってしまうのは。強制力に、ハンディがついていけないからなのか。
自分も当事者たり得る現状のせいか。
「…ねえ、ハンディ」
「さよならスプレンディド!」
堪らずハンディは走り出す。後ろでスプレンディドが何かを叫んだけれど、聞き返したいとは思えなかった。
愛しているなんて嘘、全部嘘。夢だから受け止められる、あの場限りなら。買われているという諦めがあるからこそ。牢獄から逃げ出したいという、言い訳が出来るからこそ。安心して、受け止める事が出来るのに。





三十二日目。
体内に射精され、大きく息を吸い込んで。今日はこれで終わりだろうか、ぼんやりとそんな事を考えていたとき、聞えた言葉。
「僕だって…愛されたいよ」
「ひっ…?!」
行き成り再開された動きは、あまりにも突然で。
「愛されたいよハンディ、けど一度も言ってくれない。言ってくれたら僕だって、夢じゃなくたって!ねえ言ってハンディ、言ってくれたらもうバカな事言わない、ちゃんと言えると思う好きってちゃんと!」
馴染んでしまった身体は、スプレンディドの動きに歓喜する。それでも心は、どうしても受け入れる事が出来ない言葉。
「ね、身体だけでいいよ。気持ちいいでしょ?わかってるんだ、僕待ってるから。ここ、そういう場所でしょ?何時かハンディも、耐えられなくなるよ。現実でも抱かれたいって思うよ、僕はそれだけでいい」
愛されるなんて、思ってない





確かに何時か、近い将来。ハンディは言ってしまうだろう、好きだと、夢じゃなくても抱かれていいと。
ハンディが、ランピーの手の位置に気付いてしまったのは。時折スプレンディドが、唇をじっと見つめるから。じっと見つめて、その時だけ、一瞬だけ夢の中のような、愛おしげな顔をするから。目を反らした、錯覚だと思い込もうとした。
三十二日目の最後、身体だけでいいと言いながら。スプレンディドの見せた泣きそうな笑みが、頭から離れないから。
もう一生言えなくなった、愛しているの本当の意味。スプレンディドは、気付いてなどくれない。
ヒーローにずっと恋をしていたなんて、そんな事もう、冗談でも言えなくなった。悪夢すぎてもう、泣くに泣けない。



END




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