大きな蜂蜜色の目が、ゆらゆらと揺れていた。
蜂蜜色という事は、ハンディは薄らと目に、水の膜を作っているという事で。何か泣かせるような事はしたかと、つい悩んでしまうけれど。
基本的に、あまりにも暴力的で一方的な言葉しか吐かない自信はある。どれが原因かすら、わからないほど。
少しだけ戦慄いた唇は、結局何も言わないで。ただひたりと見つめてくる瞳が、あまりにも綺麗で。
だからスプレンディドは、咄嗟に手でハンディの目を覆った。
蜜壷に入った濃厚な蜂蜜色は、あまりにも魅力的すぎて。あまりにも、あまりにも目に毒だ。











「目を反らせばよかったのに」
面倒くさそうにそれだけを言って、ランピーはストローでアイスコーヒーを泡立てる。ぶくぶくと音を鳴らした気泡達が、真っ黒な液体をぐらぐら揺らした。
スプレンディドは不本意そうに、シュワシュワと炭酸の浮くジンジャーエールを見つめている。手作りのジンジャーシロップは、蜂蜜を沢山使ったからとても甘い。琥珀色で柔らかな、夢のような飲み物。


折角お裾分けをしたというのに、ランピーは笑ってスプレンディドにだけ、ジンジャーエールを作って出した。自分が持ってきた物を出されて変な感じ、けれど今はそれで良かったのだという気もする。
そもそもが自分は、嫉妬深いのだから。
「やっぱりこれ持って帰る、でもレシピ教えようか」
「そうして。律儀に夏バテをシーズン中ずっと患う子がいるからねぇ、生姜は効きそうだ」
自分ではケロッとした顔で、何もしないんだから!
ぶぅぶぅと文句を言いながら、それでもランピーはシーズン中ずっとジンジャーシロップを作り続けるだろう。生姜とレモンをたっぷり使った、黄金色の飲み物。


蜂蜜色、琥珀色、色々名称は付けられるけれど。ランピーには何故か、黄金色と言った方がしっくりくる。
ふとそれに気がついて、スプレンディドは少しだけ気分が良くなった。
自分には、蜂蜜色、琥珀色。だって愛しい子の色だ。


「レモンをね、少し多めにしてあげなよ。月も嫉妬する程の、夕焼け色や朝焼け色の彼にはぴったり」
多分モールには、お月様の色。儚げで、けれどけして失われない色。そこにある色。
ねぇ、ぴったり。
言いながらニコニコ笑うスプレンディドに、ランピーはまた面倒くさそうな顔。
前から思っていたけれど。
「前から思ってたけどさ。なんでスプレンディドはハンディの事、もっと褒めてあげないの」


他の綺麗な物や綺麗な人は、惜しみない賞賛を口にするというのに。誰が見ても明らかな、本人すらそうと認めている相手には、けして賞賛の言葉を口にしない。ふたりきりの時に言っているのかと思えば、そうでもなくて。
そうでもないどころか、いつも悲しげな顔をさせている。
「目を反らしてあげれば良かったんだ、自分の負けを認めるように。抱きしめても良かった、口が使い物にならないならさ」
手で覆うなんて、最悪
相手の思考や言葉全部、全部奪ってしまう、最低の行動
「その状況だとね。スプレンディドってほんと、可愛げないねぇ」


またぶくりとアイスコーヒーに気泡が入る。ぶくぶくするたび、溶けかかった氷がカラカラと鳴って。スプレンディドも、ぷくりと頬を膨らませ。
ランピーは、けして気を使える人ではない。やんわりと柔らかい口調で、興奮しない限りは穏やかな人。けれど言いたい事は全部言う、やんわり柔らかい口調で悪気なく。
それを不服と思いながらも、何となくやってしまった感があるときには、ランピーのトレーラーハウスに行くようになったから。言われたくないと思っていても、第三者に指摘されたいとは思っているのだろうか。兎に角複雑。
「…僕は、愛されたいの!弱みなんて見せたくない、目を反らすなんて持っての外だよ。僕は負けないんだから、負けちゃいけないんだから。それで命一杯お腹一杯愛されたら、ちゃんと返すのに」
言い訳をしてしまうのは、もうどうしようもないと思う。自分でも通じない理論だと、わかっていて言ってしまうのだから。


こんなときランピーは、特に突っ込まない。ただクツクツと笑って、全てを流す。
「上限がないものを天秤にかけたとしたら、一体何時満足出来るのかな。多くても少なくても、天秤は傾かないと思うけど」
時たま不思議な事は言うけれど。
「羨ましいんだけどね、本当は。あの綺麗な目で真っ直ぐ見られて、それが恥ずかしくて目を反らしたとしても、モールは見えないもん。君がハンディに、一生抱きしめてもらえないのと一緒だね」
俺達は同じくらい幸せで、それと同時に同じくらい、少し不幸










ラミーは不思議。彼女は世界を、別の視点から見ているらしい。
私はジプシーなのかもね
儚げな顔で笑いながら、何時も持ち歩くピクルスを一瞥する。それはただのきゅうりで、彼女が何故そんな物を持ち歩いているのかわからないけれど。
私のミスター・ピクルス、何時もそう呼んでいるので、ラミーにとっては大切な相棒。


「ランピーさんは、大きな大きな天秤を背負っています。そして無意識にでしょう、何かを仕分けている。彼が天秤は傾かないと言うならば、それは真理です」
何故か並んで生姜を眺めながら、ラミーは不思議な事を言う。別の角度から世界を見つめる彼女には、ランピーが背負う天秤が見えていて。まるで神官、言って笑う。
ランピーに対して神官などと、似合わない事を言う。
「貴方は王者、絶対的な存在ではあるけれど。中世を鑑みてもわかる事、独裁者と宗教は同線上に並ぶもの。貴方自身もまた、彼の天秤には逆らえない」
貴方の力はとてもとても強大すぎて、彼の天秤も滅多に揺れる事はないようだけれど


生姜の一番大きな塊をひとつ手にとって、四方からちゃんと検分して。傷みがない事を確認してから、ラミーはそれを籠に入れる。巨大なショッピングセンターで、ここまで真剣に生姜を見比べる者はいない。
「ランピーさんがモールさんを選んだ事は、とても賢明。何故ならモールさんは、真実を受け止めます。事実をただ事実として受け入れる、何にも変えがたい強さがある。ランピーさん自身でも対処出来ない無意識を、ちゃんと受け止めているのでしょう」
だから心配
「ハンディさんには、貴方を受け止める事が出来るでしょうか?」


きっちりと、瑞々しいと表現したくなるような生姜を選び出し、ラミーは笑う。慎ましやかな笑みは、彼女自身の控えめな美しさを引き立てているけれど。スプレンディドはけして穏やかな気分にはなれなかった。
本能が告げる、この女性は時に、起爆剤になりうると。
ミスター・ピクルスは、ただのきゅうりにしか見えないけれど。なんだか嫌だ、首の後ろがチリチリと痺れる。
「ランピーが神官で僕が王者、モールが真実の目だとしたら。君は一体何者なの」
ラミーの問いかけなど、スプレンディドには無意味だった。それでも…正直、薄気味悪い。もっとも得体の知れない知人で、あらゆる意味で目の離せない相手。
スプレンディドは笑顔だけれど、ラミーはきっとそんな思惑すら気付いていて、ただひっそりと笑う。
「私は、モールさんの足元にも及ばない、ただの裏側。真実を直視する事の出来ない、少し見えすぎるだけの女なのでしょう」
ねえ、そうでしょ?ミスター・ピクルス
「強すぎる者に付き従う私達は結局、潰れてしまう事を日々恐れている」
ラミーの『私達』にはきっと、ハンディも含まれている。それが何となくわかって、スプレンディドは顔を顰めた。










ハンディは笑う。
ペチュニアと一緒にいる時も、モールと一緒にいる時も、ラッセルと一緒にいる時も。ランピーだって、フリッピーだって、その他全ての人の前で。
時たま卑屈な顔をするときはあるけれど、基本的には大らかで陽気で。
なのに不思議、誰よりも、どんな思いよりも強く強く、愛していると言い切れる自分にだけ、ハンディは滅多に笑ってくれないから。
けして褒められる言動や行動を、起こしているとは思わないけれど。


「別に、嫌いなわけじゃないんだろ。寧ろ好きなのかもしれない、ハンディは。それでもお前は手に余る」
わかっている、そんな事、言われなくてもわかっている。
本日は何だというのだろう、ただランピーに会いに行き、帰りに生姜を買いにいっただけ。それなのに皆が皆、自分達の危うさを指摘して。
スプレンディドはわかっている、ハンディが答えてくれない理由も、それがけして嫌悪ではない事も。
「僕が凡人になれば、ハンディは好きと言ってくれる?そういうこと?ねえ、ラッセル」
スーパーマンでもそんなシーンがあったっけ。ただの人間になって、恋人と幸せになろうとする話。
「君みたいに男気があって、誠実で、信念を持つ凡人になれって?冗談じゃない」
なんて愚かだろう、苦悩するくらいなら最初からなるなと思う。けれどそれ以上に言葉に棘が含まれたのは、多分相手がラッセルだから。ハンディが最も信頼し尊敬する、ラッセルだから。


何が違う?
髪、同じ青。ラッセルの方がキラキラしているけれど。
目、同じ青。キラキラしている。
体格、若干ラッセルの方が背が高い。見た目もがっしりしている。
性格…これは比べたくない。ラッセルより性格が悪いとは思わないけれど、客観的に見てもラッセルは大人。
ハンディに対する対応…比べるまでもなかった。
…冗談じゃない、能力がなくなると、ラッセルに勝てる見込みはほとんどない。


ラッセルはため息が似合う。けして押し付けがましくない、心からのため息をつくから。
「俺を睨むな、俺とお前の違いなんざ、ほぼ対応の違いくらいだろ。そもそも同性相手に、容貌なんてそんなに気にしないだろうし…ランピー以外は」
ランピーも、外見だけでモールが好きなわけではないし
「わけわかんねぇもんってのは、誰しも近づきたくないもんだ。悪い意味じゃなかったとしても、明らかに違う者なら特に。それでもハンディは、何だかんだ言ってあんたの傍にいる。それって十分、凄い事じゃねえ?」
この説得力のある言葉選びと、けして誰も蔑ろにしないところが、多分ラッセルの一番凄いところ。
きっとラッセルは、ハンディにあまり無茶な事を言うなと、それを伝えたいがために話かけてきたのだろう。それでもスプレンディドが、少しの苛立ちを見せたら宥めようとした。
ああもう本当に、腹が立つ。
「…もしね、ハンディが僕じゃなくラッセルを選ぶなら。ラッセルなら、僕は仕方ないって思うかもしれない。その前にボッコボコにするけど」
男前すぎて、腹が立つ。


結局のところ。ハンディが欲しがっているのは平穏で、揺るぎない穏やかな時間。
それだけは、スプレンディドがどんなに頑張っても、与える事の出来ないもの。
能力を手放す気なんてない、妥協もしなければ協調性もない。それでもハンディが好きだ、何よりも、誰よりも。
言い切る我儘を、受け止められないと言うならば。それはそれで、しょうがない事だと思う。


「まあ、絶対に渡す気もないけどね。僕以上にハンディを好きになれる人なんて、いるはずないし」
「…そう思うなら、それを本人にも言ってやれよ。それだけで大分違うだろ」
またついたため息は深く、本当に深くて。だからスプレンディドは笑う。
ヒーローにだって、出来ない相談はあるものだ。










ことりと目の前に置かれたジンジャーエール。ハンディはパシリと目を瞬いて、少し不安げにスプレンディドを見た。
強引に家まで潜入して、行き成りガタガタコップと氷の準備を始めたのだから、不満もあるだろう。
でもこれが精一杯だから、あまり不振に思わないで欲しい。
シュワシュワと広がる気泡はまるで、泣いたハンディみたいで落ち着かない。けれどこれが精一杯。
「ハンディは、これでもう泣かない?」


どうしても言えない、どうしても。優しくしたいけれど、ハンディへの愛を伝えたいけれど。それが出来ないとわかっているから、代わりに。
目を反らす事は出来ない、絶対に。だからソファに並んで座って、多分ハンディも見ているだろう、ジンジャーエールを只管見つめる。
「泣かないならそれでいい。これで駄目なら…また、別のもの考える」
多分スプレンディドの言いたい事、その半分もハンディは理解出来ないと思うけれど。言わなければ伝わらない事の多さを、実感しているけれど。
「泣き止むまで、考える」


今ハンディは泣いていない。結局何故あの時泣いてしまったのかも、わからない。
ハンディは今、ほっと息を吐き、それから少し居心地が悪そうに、もぞもぞしている。見ていないから、何をしているのかスプレンディドにはわからないけれど。
足が。
普通に座っていたハンディの足が、ソファに上がって。体育座りみたいになって。でもハンディは足を、抱え込む事が出来ないから。バランスがとれず、こてんとスプレンディドの腕に頭が当って。
とても見たい、ハンディが何をしているのか。とても聞きたい、何故そんな事をしたのか。
でもそれはきっと、フェアじゃないから。
「…バカ」
少し、ほんの少しだけ、嬉しげに言われた暴言を。スプレンディドは、甘んじて受けた。そうしなければいけない事だけは、理解出来たから。



END




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