極めて大規模な高原.その中心に私はいた. 見わたす限りの荒野.地が不毛なためか気候に恵まれないためか,私の視界には町も畑もない. 地平線までの土地は散り散りに生えた木と背の低い草で覆われている. 50%が空色,40%が茶色,8%が緑色――そして残る2%の切なさに囲まれた視界には,人影は当然ながら,動物の姿もない……寂しい. 実は,見渡せるような所に動物が姿を表さないだけなのだろう.私がここへ来る途中に何度か象牙を売り歩く怪しい人物を目にしていた.どうやら,実際にはここからそう遠くない場所に象が生息しているらしい. そうは言っても今は目の前に生き物の影はない.独りで立っているのは寂しい. ――大自然を見たい―― そう思ってちょっとした旅行に出たのがもう半月前になる.どうしてこんな荒野まで足を運んだのか…… 寂しい.
1時間ほど孤独感を味わった後,ボーっと眺めていた方角と真逆にある,スラムへと歩みを進めた. 『ねーちゃん,考え事かい?』 残念ながら私は,現地の言葉が分からない. 仕方がないので首を捻って通り過ぎる. ”スラム”と言っても大都市の傍で目にするそれとは異なり,麻薬やアルコールの溢れた貧民街という雰囲気ではない.それは麻薬やアルコールすら手に入らないのか,彼らの倫理観・宗教観からそうさせられるのかは分からない. なにしろ言葉が分からない. どうして……どうしてせめて,もう少し人の集まる町に向かわなかったのか…… 悔やんでみるが,考えてみれば不思議ではなかった.言葉も分からず高原麓の町まで何度も間違えたバスを乗り継いで辿り着き,市場のトラックへ便乗し――そこそこ値の張るリングと交換で便乗し,キャラバンの荷物持ちを手伝って食料を分けてもらっていたら,その終着点がこのスラムだった. 高原に本当に着いたことも不思議だったが,トラブルに見舞われなかった――いや,見舞われたが,大きな揉め事に見舞われなかったことが信じられなかった. こんな偶然で来たここで,もっと偶然があるかもしれない.そんな気になって少し居座ってみたのが2日前. その結果として何も起こらなかったことには驚くことなどないが,むしろ驚くことなどないために,ここの環境にも飽きてきた. 「運命ってそうそう巡り合うものじゃないのね」 居場所を変えれば何かがあると思ったのに. 『何言ってんの?』 相槌を打つかのように,そばで遊んでる子供が声を発した. 「でしょう? 少しくらい期待したっていいわよね.だって,わざわざ旅に出たんだもの.一人で.」 間の合った子供の台詞に,気をよくした私は続けた. 『まぁ,何言ってるか分かんないけど,食べ物でもちょーだいよ』 どうやらこの子供は私の言葉を理解しているようだ.さすがグローバルスタンダード.共通語は学んでおくものだ.私には少年の言葉は分からないが,それでも目を見て何かが通じた気がする. 「そりゃ,私だってもう子供じゃないんだから,分かってるわ.偶然なんて滅多にないって」 『もう1週間もお腹いっぱい食べてないんだ』 腹をさすって子供がうなだれる. 「ふふっ,偶然は食べられないって? そりゃそうよ」 ウィンクしながら少年の額をつんっと指ではじいた. 「偶然が食べられたら,毎日胸焼けしちゃうわよ」 『こないだのお姉ちゃんはくれたのに……』 子供は首を振って行ってしまった.この子は納得してないようだ. ――そうか, 「こんな辺鄙な所じゃ,満腹するほどの偶然はないのね,きっと」 毎日は,ここに来る以前の毎日は,ここに来てからの毎日よりも偶然に溢れていた.それを思えば馬鹿馬鹿しくなってくる. 十分満たされた日々にあるはずのない不満を募らせて,日常を飛びだしてしまった.日常が偶然の山だったために,自分がその山に登り続けていることも忘れ,山を探して平地に降りてしまったんだ. 「我ながら馬鹿なことをしたものね」
少年が振り返る前に,私はカードを1枚手にし,大空へと舞い上がった. きっと魔法を見慣れぬ田舎の子供が見たら,腰を抜かしてしまうだろう.そう思って急いで飛び上がった. そもそも,子供どころか,この世界が腰を抜かすだなんて――その時の私には全く想像もつかなかった.Copyright © 2006 azuma.
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