雲ひとつなく青天
よく晴れた日曜日のデパートの屋上では、先程からずっと派手な効果音が鳴っている。
五色の仮面と衣装を付けた戦士達が、小さなこどもが怪人に攫われかけた所で待ったをかけた。
「すご〜! すごいです、センパーイ。ヒーローがこんな勢ぞろいだなんて、こんなことこれから先に見れるかどうかわかりませんよー!」
フランは珍しく歓喜しっぱなしで、何かが起こる度に前にでようとしては係員に止められている。
周囲にいるのは幼いこどもばかりで、カエルを被っているために一番後ろの席へと追いやられていた。
開始した当初は不平と不満をぼやいていたが、ヒーローの登場ですっかり機嫌も治ったようだった。
キラキラと輝かせたカエルの瞳には、赤や青や黄色やらの勇ましい五人の戦士が格闘を繰り広げる姿が映っていた。
ショーが終わってからも余韻に浸って中々席を立とうとはしなかった。
「ふ〜、とってもいい見物でしたー。サンキューセンパイ」
浸り終えたフランが我に返って隣へ礼を言うと、既に飽きていたベルは座ったままうなだれていた。
「……………。こんな大事な日に居眠りとかサイアクですねー」
「…………うっぜ」
聴こえた微かな鼾を咎められた所で目を覚まして、カエルを叩いた。
「いてっ」
先に立ちあがってベルは面白くもないように屋上から階下へと続く出口へと向かう。
係員に促されたフランもしかたなしに立ち上がり、それでもまだ名残惜しいように時折後ろを振り返っては、階段に躓きながら降りてゆく。
昼時のレストランからは、階下に降りている途中で食指をそそる香りが漂っている。
「メシな」
「そうですねー」
食品サンプルを流し見て、一番適切そうな店へと入った。
店内は座れないほど混雑はなく、空いている席へとすぐに通された。
「ほんとよかったですねー。それにしてもあの人達、なんで揃いも揃って変身してから出て来るんですかねー? おかげで開匣ポーズの研究が一向に進みません」
口実に立てたポーズの研究は、実際にはそこそこにそっちのけにして活躍するヒーローを夢中で眺めていた。
「中にいつものやつとちがーやつが入ってっからだろ」
「そんなわけないですよー。いつもの人とおんなじ声でしたしー」
フランは憐憫を籠めてベルの方へと目をやっている。
「………………」
自分を馬鹿にした顔のカエルを軽く叩こうとしたが、ベルも心の底から憐れんで止めた。
「どうしたんですか〜?」
「べつに」
運ばれて来たメニューを見ながら、ベルは一口水を啜る。
釣られてフランもごくごくと水を飲んだ。
「…………おめーはお子様ランチだろ?」
「えー、お子様ランチとか。ガキの食べ物じゃないですかー? ミーはもっと大人なの食べますよー」
メニューを見回して自分を馬鹿にするベルを小憎たらしく鼻で笑わずに笑う。
「へー、じゃいんだな。オムライスとフライドポテトとハタまでついってけど」
「!」
メニューへと目を通していたフランは、ベルが旗と言った所で視線を止めて、お子様ランチの所を見た。
「そんだけじゃなく、オマケまで付いてくんだぜ? デザートはアイスだってよ。あとジュース。すごくね? オレこれにしよっかな」
「…………ミーやっぱりそれでー。でもガキだから頼むんじゃないので。一番安いからエンリョです」
「もっとたけーのでいいぜ? 王子気前いいから。ししっ」
「いいえ、気持ちだけで充分ですー。ミーはエンリョする方なのでー」
一頻りフランをからかって遊んだベルは、がちゃがちゃと呼び鈴を押して店員を呼ぶ。
「お子様ランチね」
「大変申し訳ございませんが、こちらは小学生までのお子様限定のメニューとなっています」
だが無慈悲にも返ってきた答えでフランは顔を真っ青にする。
「おめーはガキじゃねえから注文できねって。よかったな」
「え、え〜? いや、そこは否定しませんけどー」
「じゃたのめねーな」
「いえ〜、ちょっと待って、待ってください。う〜ん……………ミーガキです〜!」
頬杖を附いてにやにやしているベルとウェイトレスをきょろきょろと見回し、勢いよく手を上げて自己申告をした。
「いえ、申し訳ありませんが、承れませんので」
然し無情にも待っていたのは断りの言葉だった。
「ホントガキなんで、そこをなんとか〜」
苦心して手を合わせてウェイトレスへと頼み込んだ。
「りょーきん割り増しでいーから、お子様ランチね」
「…………相談して参りますので、少々お待ちください」
微かに苦笑しながらウェイトレスは厨房へと戻って指示を受けて来た。
それ以上断られることはなく、フランは胸を撫で下ろしてまた水で喉を鳴らした。
暫くして運ばれて来たのは何の変哲もないお子様ランチだった。
だが喜悦と共に抱いた疑念を払拭できずにフランはベルの方を盗み見る。
ともかく落ち着こうと凝縮して盛られていたオムライスの山を、旗の部分に影響がないようにスプーンを使って慎重に欠いて崩す。
「なんでー」
持った疑問をぶつけるのをどうしても躊躇ったが、一口分を食べてからようやく言葉をかけた。
「なんかした?」
ベルはベルでナイフとフォークで器用に綺麗にハンバーグを切り刻んでいる。
「センパイまで食べてるんですかー?」
ベルの前の新幹線の器には、オムライスとナポリタンとハンバーグとフライドポテトが盛られていた。
間違い探しのように全く同じ自分の皿へとフランは幾度も目を凝らした。
だが彩りよく並べられた食べ物の順序やメニューに、相違点を見付けだすことはできなかった。
二人分のデザートのチョコレートのアイスクリームはまだ運ばれて来てはいない。
メロンソーダとおまけのけん玉が入った袋は皿の脇へと置かれていた。
「うまそーだろ?」
「これとほぼおんなじ味だと思います。センパイもガキでしたかー。それは知りませんでしたー」
見せびらかしに切り分けたハンバーグを目の前に差し出されたから、手前にあったハンバーグをスプーンで指した。
「ちがーけど、ほらオレ王子だから」
フランの言ったそこはかとない密かな嫌味を自分に都合のよい言葉で濁した。
「イヤそういうの無関係なんでー。ちえっ自分が食べたかっただけかよ〜」
優しさのようなものに感謝したのを少しだけ後悔する。
「お前に合わせてやってっだけだし」
「けっこうですよー。ミーは一人で食べれますんでー」
オムライスから食べ始めたフランを見ながら、ベルはハンバーグへと手を付けた。
そうしてさっきのショーがどれほどすごかったのかを、フランは身振りと手振りを交えて話し始めた。
おざなりに話を聴きながら、ハンバーグを食べ終えたベルは付属していた飲み物を啜る。
自分の分はすべて食べ終えてから、フランの皿へと残されていたフライドポテトを勝手に摘まんで口に入れた。
「あ〜それ最後に食べようと思ったやつです」
「もー食っちまったもん」
「星のだったのに……」
後は丸いポテトしか残っていない皿の方を見てがっかりした。
「んでまだどっかいきてーとこあんの?」
「え? あ。え〜っとさっきの屋上ですかね〜……」
少し考えてから、屋上が小さな遊園地になっていたのを思い出した。
フランも食べ終えた所で、二人にデザートが運ばれて来た。
アイスクリームとウエハースとさくらんぼとどれから食べるか迷って、ベルはウエハースにアイスを付けて食べる。
フランもそれを真似して掬ったアイスをウエハースにいっぱい乗せた。
食べ終える頃にはすり替えられていた話で、すっかりフライドポテトのことは忘れていた。
百円玉を二枚入れると動く動物の乗り物や、こども騙しの線路が引かれていて電車が走る。
屋上にあった遊園地はどこか寂びれていて、迫力のない観覧車もあった。
親子連れの客もいたが、全体的に人は疎らで彼等に気を留める者はいない。
向かい合って狭いゴンドラに座って、廻る小さな世界を見下ろしてゆく。
眼下の灰色にくすんだ街は太陽の光で塗られたようにメイズの色をしている。
(おわる)
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