双六遊び

19 diciannove B ミンクブラッシング


 橙の日溜まりに留まっている元は三つだった影は、固まり過ぎて何時しか一つに蠢いていた。この世の者とは思えない程、歪に形を変えていた。
 地べたに腰を降ろして伸ばされたベルの膝の上にはミンクが乗っている。
 そこへそろそろと伸ばされたフランの右手にはブラシが握られていた。
「ちょっと大人しくしててください〜。ミーもこんなことやりたくないし、さっさと終わらせたいので〜」
 そう言って雑に引っ掻いた、全く丁寧ではないブラシの掛け方に、白い毛皮は少し前から度重なる悲鳴を上げていた。
「もっとちゃんとやれ」
 ミンクが嘆く度にベルはフランにナイフを刺した。
「だってこいつが大人しくしないんですもん」
 暴れてフランの手を逃れ出したミンクは、ベルの腕と脇腹の狭間へと回って様子を窺っている。
「お前が優しくやってやんねえからだろ! こんな痛がってんだろーが」
 痛がって可哀想なミンクの背を撫でつけてやり、フランの頭は軽く殴った。
「いてーっ。じゃあセンパイがやればいいので」
 返そうと差し出されたブラシの木の柄は受け取られることはなかった。
「センパイの命令とか聞くのあたりまえだし」
「命令だから従ってるわけじゃないです、偶然にもこの目が出たからやってるので」
 またもや隙を見計らって思いっ切り引っ掻くようにブラシを当てる。
「ギィッ!」
 ミンクがまた喚いたのとほぼ同時にベルは右手の人差し指と親指で、フランの両頬を引っ掴んで顔を揺らす。
「だーかーらーっ。こうやんの!」
「痛いんですけどー」
 幾ら言い聞かせても解らないフランの手を取って、毛櫛の先で頭皮を撫でるように優しくブラシをかける。
「やならマジメにやれよ」
「だ〜か〜ら〜、センパイがやってくださ〜い」
「お前がやんの! これから毎日な!」
 ベルの言葉にミンクは怯えてベルを見た。
「嫌です〜」
 フランから投げ付けたブラシが当たって、ミンクはもう一度強く攻撃的な声で鳴いた。
「オレがいなくてもちゃんとミンクのめんどーみろよ?」
 またミンクの背を撫でながら、今度はベルがブラシをフランへと投げ付けてぶつけた。
「でっ! …………センパイがいなくなったら匣あけらんないじゃないですかー」
 ブラシが当たった鼻を摩って、つまらなさそうに口を尖らせた顔を背けてベルから目を離す。
「たとえばだし」
「センパイがいなくなったら、ミンクいじめていじめていじめたおしますので」
「いじめられたら困っから、いなくなんねえし」
「………………残念ですー」
 目を細めて少しも残念がってはいないようにフランはベルを眺めた。
 昼の終わり頃の空は水を混ぜたようにまだ薄く藍色く滲んでいる。
 太陽で温められた不穏な風が冬ではないような温さで吹き、鼻には泥と土に塗れた春の名残の香りが漂った。



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