双六遊び
13 tredici B 王子を王子様って呼ぶ
前の日よりは幾らか長くなったものの、冬の昼の時間は未だに短く外は暗かった。
いつもの起床時刻よりも随分と早目に目が覚めたベルは、それでも寝台から起き上ってカーテンを開いた。
そわそわと支度を整え終えると、うきうきとしてフランの部屋へと向かう。
窓の外の暗さや寒さの状況のおかしさは気にもせずに、そうして返事があるまで扉を叩き続けた。
「ん〜、なんです〜?」
「起きてんのか? 起きてねえなら起きろ」
「ふあ〜、あ〜。悪夢のような一日の始まりですねー」
無理に目を覚まさせられたフランは、清々し過ぎる空気に似つかわしくない溜息を吐いた。
「早く来いよ、カエル」
「………まだこんな時間じゃないですかー? ちょっと早過ぎるのでもう少し寝ます」
枕元の時計は起床を予定していた時刻よりも相当に早い時間を差していた。
「今すぐ起きねーならメシ抜きな」
「え〜? 今日ミー任務なんですよー」
「ならさっさと起きりゃいいじゃん」
「ちえっ」
どこにも面白いことなどなかったから、自然と舌を鳴らして起き上がった。
顔を洗って最低限の身支度だけをし、朝食を摂るのに部屋を出た。
「なー、フランー」
「どうしたんですかー、王子(仮)様ー」
待っていたベルが不自然に話しかけて来たから、未だ眠たい頭を使ってどうにか返事をした。
「やっぱいーわ」
「なんだかなー」
隣接している厨房からは仕込みの声が聴こえていたが、食堂には誰の人影もない。
暖房は付けられているものの、部屋全体に暖気は巡っておらず寒々しい食堂の椅子に腰を降ろす。
眠たいフランはテーブルの上にカエルを乗せてこてっとしている。
「おいフラン」
「なんですかー? 堕王子様〜」
「お茶。堕って付けんな」
「入れませんー」
「入れろ」
「ミーが飲みたいので入れます」
あくまでついでに、セルフサービスのティーサーバーに向かってベルの分も飲み物を入れた。
然し要求された緑茶ではなく、エスプレッソを二人分カップに注いで戻って来た。
それでもベルは怒らずに飲み物を飲み始める。
「フランラン♪」
「………………なんかKIMOIです自称王子様〜」
「他称だし!」
「センパイ以外がセンパイを王子様と称しておだててるの見たことないです〜」
「おだてなんか必要ねえし。オレ王子だからほんものの王子あつかいだし!」
「…………うっざいなー」
目の前まで聴こえるような聴こえないような、聴こえているはずの大きさの声でぼやく。
「フーラーンーっ」
だが機嫌の良いベルは聴こえていないのか聴いていないのか、またしつこくフランを呼んだ。
「どうかしましたかー? 不王子様〜」
「やっぱなんもしねー。……不ってどういう意味だよ?」
「あのー返事するのめんどいので、用がないなら一々呼ばないでください」
「いーじゃん? ちょっとぐれ」
「いえー、用事ないんですよねー?」
「呼ぶのが用事だし」
急に食堂の扉が開かれ、騒がしい様子に給仕係の隊員が見回りに来た。
「べッ、ベル様、フラン様、おはようございます。いらしてたんですか?」
二つの影に素っ頓狂な声で挨拶し、腰を折り曲げて挨拶をする。
「おはようございますー。早起きは三文の得なので来てましたよ。ごはんください」
「おはよ。はじまんのおっせえんだけど」
「センパイいつもいつも来るの遅いじゃないですかー。そんななので怒るのよくないです」
概ねは誰よりも遅くに朝食を摂っているはずのベルの苦情に、フランは飽きれた眼差しを向けた。
「申し訳ございません! 今直ぐにお食事をお運びいたします」
「あー、早くしろ。オレ牛乳」
「すぐに美味しい朝ごはんが出て来ますのでー。ミーはオレンジジュースで」
必要以上に畏まった隊員は何度も頭を下げると厨房へと戻って行った。
さほど時間もかからずに届けられたクロワッサンとシリアル入りヨーグルトに加えて、ベルの前には牛乳、フランの前にはオレンジジュースが置かれた。
それ以外にもメニューにはなかったフルーツのトルタも一緒に運ばれて来た。
「うまそーだな、フラン?」
「三文の得ですねー。センパイ、いい加減にして大人しく食べてくださいよー」
「センパイじゃなくて、王子様、な?」
「はいはーい、わかりましたー。王子未満様ー」
「………なぁ、さっきからなんか王子の下に色々付けてんの反則じゃね?」
「下だけに付けてるわけじゃないから反則じゃないですよー。ほんとのことですしー」
「んなことねえし!」
「センパイなんか否王子ですー。どこかで誰かが王子だって認めてもミーは認めませんので〜」
「様付いてねえじゃん!」
「……怒るとこそこかよ〜」
煩わしく思いながら飲み始めた冷たい飲み物で体の芯までが冷え始めた。
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