11　undici　F　□一回休み

　コタツの上に山盛りに盛ってあったみかんが半分ほどに減った頃、もう一つ手をつけようかどうしようかとフランは迷っていた。
「フラン、みかんー」
　考え込んでいた間に、向かい側にうつ伏せに眠っていたベルが突然目を覚ました。
「自分で取ってくださーい」
「一人でくってねーでいっこぐらいよこせ」
「嫌ですー」
「よーこーせっ。よこさねえんならコタツからでろ」
　コタツの中でベルはフランの足を蹴り付けている。
「いでっ！　わかりましたー。蹴んないでくださ〜い」
　反対側に寝転がっているベルの方へと向けてみかんを転がした。
　ごろごろと転がったみかんは、待ち構えていたベルの手を擦り抜けて床へと転がってゆく。
「とれなかったからとってこい」
　少し腕を伸ばせば取れる位置に落ちたにも関らず、自ら取りにゆく気は端からなく命令を下す。
「嫌ですー」
　また一つみかんを手にすると、再度ボーリングの球を投げるように天板の上をゆっくり滑らせた。
「あーあ」
　だがまたもやみかんはベルの手を掠りもせずにフローリングの床へダイブする。
「どうしましたー？」
「もいっこ」
　後ろに向けた手の平で捕えきれなかったみかんを再要求した。
「あきらめてください。これ以上あげたらミーの食べる分なくなるじゃないですかー？　もしくは落ちてんの拾って食べてください」
「お前もうじゅうさんこぐれー食ったろ？　その皮の山目に入ってねえのか。残りゼンブオレの」
　首だけを無理に後ろへ捻ってコタツの上を見た。
「ミーが買ったみかんなので」
「よこせよ」
　しつこくみかんを要求されたフランは、山積みの皮の中から一つを取り出してベルへと投げ付けた。
「センパイなんかこれで充分です」
「てめっ……！」
　頭にちょうど乗ったみかんの皮を掴んでフランの方へと勢いよく放った。
「ぶへっ！　やんないでくださいー」
　後ろを見ずに投げられたが、上手い具合に顔面を直撃してみかんの皮は机に落ちた。
「お前が先しかけてんだろ？」
　それでも気が済まずに、フランの方にあったみかんの皮を引き寄せて次々にカエル目がけて投げ付けてゆく。
「センパイがみかんみかんうるっさいからですよー。そっちに落ちたの拾って食べてくださいよー」
「ヤダし」
　ベルはまたフランへとみかんの皮を全力投球した。
　フランも負けじとふたつみっつ皮を掴んで投げたが、ベルの手の甲に寄って簡単に振り払われた。
　そんなあまりにも暇な時間が長く続いたので、どちらからともなくみかんの皮を細かく千切り始めた。
　何の目的も理由もなくただ始めてみただけだった。
「………………こんなにしちゃってどうすんですかー？」
　我に帰った時には既に目の前にみかんの皮が山に積まれていた。
「お前が先にちぎったんだろ」
「ちがいますー。ミーが気付いた時にはセンパイもう千切ってましたー」
「オレじゃねえし」
「センパイですよー」
　そこら中みかんの匂いだらけになって、手もみかんの色に染まっている。
「…………とりあえずコタツに入れてあっためとけ」
「なんでですかー？　あっためてもみかんの皮はみかんの皮です」
「みかんマンとかになっかもしんねえじゃん？」
「みかんマン？　なんですかーそれ」
「みかんの国のヒーローだろ？」
「どこにあんですかー？　なんないと思いますー」
「みかんの国はみかんの国にあんに決まってんだろ？　わかんねーぜ？　アンパンマンだって焼いたらアンパンマンになんだろ？」
「それもそうですねー？　う〜ん、それじゃ一応入れといてみますけどー」
　長方形の必要のないチラシ一枚で、二十センチ四方の箱を折ってみかんの皮をまとめてから、コタツの中へと入れた。
「ん」
　だがそれからいつまで経っても、どれだけ待っても当然の如くみかんマンなど現れる気配もなかった。
「出て来ないですねー」
　何度も何度も気にかけて暫くコタツで温めていたカラカラに干乾びたみかんの皮に触る。
　コタツの中にはオレンジ色のいい香りが充満していた。
「みかんの国ねーんだな」
「ミーはうっすらとないってのに気付いてました」
「捨てっか」
「う〜ん、でもなんかいい匂いするんでしばらく飾っときます」
　そのまま取って置くことに決めて天板の上に紙の箱を放置し始めた。
　やっとぬくぬくしたこたつから立ち上がる決意を固めたフランは、ベルの方へと落としたみかんを拾って元の場所に戻ると、再び皮を剥いて食べ始めた。
「オレにも」
　途中でベルが口を開けてみかんを食べたがったから、剥いたみかんの残りを丸ごとベルの口へと手で押し込んだ。
　それより一瞬だけ遅れて常日頃からフランが頭に被っているカエルにナイフの刺さった、鈍い音が瞬時に辺りへ響いた。
「でっ」
　急速に乾燥して干乾びたみかんの皮は、その後もいつまでも綺麗な橙の芳香を放っていた。