双六遊び

28 ventotto B かわいくなる


 暗然とした灰色や暗い白色の雲が折り重なる曇った空から、しかしまだこんこんと雪は降らない。
 夜半の部屋で春を待つには未だ早すぎたが、暖房も入れずに凍る呼吸を吐いては震えた。
 冷え切った指先で慣れない針を使い、チクチクチクチク一刺し毎に糸を縫い付けては指先に刺している。
 夜中までかかって漸くその作業を終えてフランは就寝した。


「……はい〜?」
 翌朝、まだ眠たい目を開いたのは、上の階から聴こえ始めた無遠慮に騒々しい物音のせいだった。
 続いて聴こえた内線の鳴る音に反射し、どうにか受話器を持ちあげて耳に当てる。
「……はい、はい、はい、はい。え〜? なんでミーなんですか〜? ……じゃあオカマに頼めばいいじゃないですかー? そうなんですかー? じゃ堕王……まあ無理でしょうねー。嫌ですよ〜。………うーん、ならあれで手を打ちます。……はい、それでいいです。わかりましたー」
 そうして数分前に言い付けられた遣いに出る前に、前の日に用意して置いた格好へと手際よく着替え、ベルの部屋へと急ぐ。
「ベールセンパーイ」
 見慣れた扉をどかどか叩いて、返事があるまで入らずにじっと待った。
「…………なーあーにっ。あいてっぜ」
 対して早かったわけでもない早い朝に寝惚けていたが、ベルはそれでも後輩を快いように招き入れた。
 許可を得たフランは少しだけ開いた扉と壁の隙間から、愛くるしそうに見せるためにひょっこりと手で隠した顔だけを覗かせる。
「精一杯かわいくしてみたんですけど、どうですかー?」
「見してみ♪」
 思い切って全身がベルに見えるようにドアの中へと入った。
 寝台に寝転がったままのベルは、開かれたドアから入って来たフランを見て取り立てて何も言うこともなく黙った。
「このフリルとかがわりと似合ってると思うんですが」
「あ゛?」
 もったいぶって顔を下に向けて横に振りながら入って来た。だが覚悟を決めて上げられた顔は至って普通のフランだった。
 服装も何の変わり映えもせず、ベルにとってはいつも通りでかわいげもない後輩のままだ。
「どうですかー?」
 恥じらうがやはりその表情には普段と大した隔たりもない。
「…………どこが? フツーのお前じゃん?」
 ベルの疑問を受けてフランが指で示した先には、白いフリルの付いた黒い生地のヘッドドレスをしたカエルがいた。
 布と縁を彩るフリルの境目には赤いリボンが縫われている。
 目元には緑のアイシャドウが、頬には丁寧に赤色過ぎるチークまで塗られていた。
「……………かわいいってそっち?」
「はいー、このカエルのかわいさどうですかー?」
「いや、お前の部分だろ? カワイクすんの普通」
「ミーはもう十分かわいいですよー。ミーのかわいくないのはカエルのとこだけです」
「なんかずうずうしくね?」
「センパイは先輩なのに後輩がかわいくないんですかー?」
 普通の顔で普通の疑問を投げかけたフランが頭を向けると、カエルは馬鹿にしたようになってベルを眺めている。
「カワイクねえし!」
 余りの苛立ちにカエルの頭部へとナイフを投げ付ける。
「いてっ。いやーかわいいのでー」
 さほどの衝撃も伝わってはいないのに、刺したベルへ抗議する為だけにフランは痛そうに反応した。
「……そのカエルなんか普段よりきもいんだけど?」
「え? そんなことないですよー。カエルの尊厳を無視した発言やめてください」
「えってそれかわいいの?」
「う〜ん、いいんじゃないかと思ったんですが」
 確認するために目を上に向けて眺めたがカエルは口の縁しか見えなかった。
「オレがかわいくかいぞーしてやっから、ちっとそれ貸しとけ」
「え〜? 嫌です〜。これはミーの体の一部ですのでー」
「貸せよ。これセンパイの命令だから」
「でも許可下りないとこれ脱げないので」
「ぬぐなよ」
「じゃあどうすんですかー?」
「こっちきて座れ」
「暇なセンパイに付き合わされてらんないです。ミーは今からボスのおつかいでウィスキー買いに行かなきゃなんないので」
「首切り落としてやっから体だけ行って来いよ」
「死にませんかー? ミーがここで死んだらセンパイが代わりに行かされますよ」
「……なんでお前がおつかいとか行くの? めっずらしー」
「決まってるじゃないですか? ガシャンガシャンうるさくてたまんないからですよ〜。オカマは出張中だし、隊長はいつもどおりだし、雷オヤジは更にいつもどおりなのでミーが行くしかないです、ここは。センパイあの音聴こえないんですか〜? よく今まで寝てられましたよねー」
 上の階からずっと聴こえていた何かが壊されている音や叫び声に、カエルは妙な使命感に駆られていた。
「…………ほんとはなにもらったの?」
「最近発売された、ミニモスカ型コンパクトカメラをもらう予定になってます」
「ったく、わがままなコーハイだな。んじゃいっしゅんだけ置いてっていーからさっさと行って来い」
「ちえっ。へんな風にしないでくださいね〜?」
 しかたなしにカエルを脱ぐと、寝台のベルへと渡した。
「ししっ」
「大事なことなんでもう一度言いますけど、くれぐれもへんなカエルにしないでくださいよ〜?」
 全く信頼の置けない笑い顔を見せた先輩を、後輩は酷く信頼していない眼差しで見て念を押す。
「さっさと行けよ。帰って来るまでにかわいくしといてやっから」
「はーい。マジで頑張ってくださーい」
 カエルのない頭の軽さを不安に思いながらも、ベルの部屋から忙しく廊下へと出て行った。
 だが扉を閉めても未だ不信感の残る眼差しをして、ドアに聞き耳を立ててみた。
 中からは何も聴こえては来ずに、寒気のするままでフランはいい付けられた使いへと急ぐ。
 部屋をうろつきながらあれやこれやとデザインを考案し始めたベルは、漸く方向性を定めてカエルの改良に取りかかった。
 そうしてどこからか取り出したアクリル絵の具を下書きもせずに塗り付け始める。
 考えられているのか定かでなくアバウトに染められてゆく色は、それでもどの辺りからか意味のある形になっていった。
 やがて全ての色を塗り終るとフランが来るまでの間に、暖房の風が当たる所にカエルを置いて乾かし始めた。


「できましたかー?」
 小一時間ほど経った頃にまたノックされた扉は、叩くのと同時に勝手に開けられた。首を傾げて覗きこんだフランは、緊張した面持ちでベルを見る。
「あー。いいかんじ。入れよ」
 寝転がっていた寝椅子から身を起こし、ヒーターの下に置いたカエルを取りに行く。
「どれどれー……」
「かわいーだろ? さっすが王子」
「…………………」
 無駄な自信に満ち溢れたベルが哂いながら差し出して来たカエルに、フランは何も応えられなかった。喜ぶ所か途端にげっそりと眉を顰めて嫌な目付きをする。
「なんだよ?」
「…………なん、なんですかー? この痛車みたいなカエルー」
 カエルの後頭部にはアニメのキャラのような美少女の絵が描かれていた。
「萌えキャラ? うめーだろ?」
 睫毛やら髪の毛やらと、細部までを細かに塗り分けられた少女の表情の可憐さには文句の付けようもない。
「……センパイが無駄に器用だっていうのだけがわかりましたー。魔女っ子なら良かったんですが、これじゃただの萌えな人じゃないですかー? あーあ」
 だがフランが望んでいたカエルとは違っていたから、その愛らしさが褒めそやされることはなかった。
 半分は本気で感心しながら、カエルをくるりと回して後頭部を見る。
「心してかぶれよ。王子の力作だし」
「こんな痛いの被れませ〜ん」
「んっでだよ! かぶれよ!」
「嫌です〜。今すぐ落としてくださいー。ていうかこういうのってステッカーとかになってるじゃないですかー? なんでそのまま色塗っちゃうんですかー? バカだなーセンパイ」
 フランはベルへと向かってカエルを投げ付ける。
「誰がバカだクソガエル! てんめー、センパイにカエルなげっとかいい度胸してんじゃん! そこに座れよ、頭にナイフ千本刺してやっから!」
 だがベルはうまくカエルをキャッチし、フランへと向かって勢いを付けてぶつけた。
「あでっ! それも嫌です〜! 早く元に戻してくださいー。こんな痛ガエル被れませんので〜!」
「か・ぶ・れ・よっ」
「嫌です〜。ならミーが欲しいカエルにしてくださいー」
「どんなの?」
「え〜っと」
 ベルはカエルに描いた絵を、フランが図解し始めた歪な合体ロボットの絵に上から描き直してゆく。
 肩を凝らせながら数時間、ベルは先程よりも真剣にカエルの帽子と向き合った。
「これでよし」
「ぜんぜん違うじゃないですかー………どこをどうしてこうなりましたー? 途中で一回ちゃんとしたロボットみたくなってましたよねー?」
 目元に不満の色を隠さずに真剣に穴が開くほどカエルを見詰めている。
「気のせいだろ?」
「なんなんですか〜? この危険地帯立ち入り禁止ー的な色合いのカエルは〜? センパイの部屋の前に置いときますよー?」
 然しどういう訳か最後にはカエルは見たこともないような、黄色と黒の毒々しいボーダー柄にされていた。
「いいカエルだろ? お前がかぶんの。人の部屋の前におくなよ、ジャマだから」
「こんなにしてくれなんて頼んでないです〜! こんなの派手すぎて被れません〜。どうしてくれるんですか〜? 元に戻してくださいよー」
「うるせっ。かわいいじゃん? 見ろよこのボーダー」
「ただの黄色いのと黒いのじゃないですかー」
「この黒い部分の細さのバランスがぜつみょーなんだっての! わかんだろ?」
「わかりませんけどー? ミーやっぱ普段のカエルが一番かわいいと思いますー」
 色合いの微妙な匙加減について力説したベルへと迎合することなく、フランは通常のカエルを愛でる。
「描いてもらって文句ばっかかよ。ちっとは礼ぐらい言え」
「こんなのカンシャできませんのでー。もっと感謝されるようなことしてからお礼を要求してくださいよー」
「あーうぜっ。お前なんかムリだわ、ぜってー。かわいいコーハイなんの」
 諦めたように両手の平を上向けて、髪が揺れるほど大袈裟に顎を横へと振った。
「センパイにかわいいとか思ってもらわなくて結構なのでー」
 カエルに塗られた色を落とそうと躍起になって、フランはその辺にあったベルの服を取って擦る。
「てめー、なにやってんだ! それオレの服だろ!?」
「これもうボロボロじゃないですかー?」
 床から拾い上げたボーダーのシャツは所々に穴が開いて擦り切れていた。
「まだ着んの!」
「こんなの絶対着れませんよー。というかこの部屋の半分ぐらいの服、着てんの見たことないです」
「着るし! カエルそのままかぶれよ」
「こんな毒ガエル被れません。もー、落ちないしー。クリーニング出すしかないかなこれもう」
 だが擦っても擦っても乾きかけのインクは、落ちずに滲まずに色が撥ねて境目が汚くなったただけだった。
「出しても落ちねえので描いたかんな」
「なんてことすんですか〜? はあ〜……とりあえず出しに行って来ますー」
 しかたなしにフランはカエルをアジト内のクリーニング店へと預けに行った。
 ベルはどこからか取り出したダンボールを、カエルの形に見えるように手際よく二枚切り抜いた。
 そうして頭に嵌めるのにちょうどよい大きさに調節して、余っていたダンボールで繋いでゆく。
 カエルがなくて心許ないフランのためを思い、一生懸命に被り物を作ってゆく。



テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル