双六遊び

27 ventisette ◎二人で幸せそうになれるところにいく


 暖房の効いた室内は快適な暖かさで、彼は自然とゆったりとした眠りから目を覚ました。
 起きたら起きたでごろごろと寝台の上で転がって、あるだけの時間を無益に過ごしていた。
 時計などはなかったから、窓を開いて見て天へと高く太陽が上ったので時間を計る。
 後輩が午前中だけで任務を終えて帰宅して来ているのを見計らい、やっとのことで重い腰を上げた。
「なー、きょーどこいくの?」
 起き上ったら起き上ったでゆっくりと支度を整えた。
 向かった先のフランの部屋では一応ノックをして在室を確認する。
 返事があった後に開いた扉の先には何の飾り気もなく、アジトの豪奢で華やかに装飾された廊下から見ると異世界めいていた。
「ちゃんと見つけておきましたよー。二人で幸せそうになれそうなとこー」
「どこ?」
「いいから、いいから来てください」
 外に行く格好をしていたフランは、そのままベルを連れて外へと出ようとした。
 然しそこまでの装備をしていないベルは寒い廊下に震えて、一旦自室へと戻ってコートを取って来た。
 真黒い外套に真冬の昼の光が吸収されて、表に出たら暑いと感じる程になった。
 先導して歩くフランのマフラーは赤く靡いている。
 殺風景な周囲の景色にも、彼等の着ていた服にもそんな色はなかったから、それだけが目印のように浮かび上がって見えた。


 広大なアジトの敷地内をぐるぐると廻り廻って、辿り付いたのは小さな礼拝用の施設だ。
 教会には付属していなかったから聖堂とは呼ばれなかった。
 彼等の実務にはいつでも信仰に対する矛盾を含んでいる。
 信仰深い者が、だからこそ時折の休日に訪れる程度に建てられた施設だった。
「なんだよ、ここ」
「礼拝堂ですよー」
「見りゃわかんだけど。オレに懺悔でもしろっての?」
 片隅に建てられていたのは知っていたが、ほとんど信仰心など備えていない彼に取っては無用の建物とも思えた。
 フランが開いた観音開きの片側の扉からベルは先に内部へと入る。
「なんだって訊いたのセンパイじゃないですかー? してくれてもいいですよ、存分に」
「オレそういうシュミねえし」
 物珍しい場所で室内へと視線を巡らせたが、壁や天井を彩る絵画や彫像の厳かさにはベルは興味を示さなかった。
「神様は本当に心の底から謝ったら、センパイみたいな堕王子でもゆるしてくれますよー、多分」
 歩く度にブーツの踵を木の床へと当てて、カツコツとわざわざ耳を苛む音を聴かせている。
「んなひつようなくね? つかお前こんなとこくんの?」
「まあ、偶にですかねー。べつに懺悔する程のことはないんですが。あ、でもミーは許しませんよー? センパイのバカさ加減を」
「誰がバカだっての! お前になんか許してもらわなくったって、かまわねーし」
 太陽の明るさが明かり取りの窓から少しだけ差し込んでいたが、それでも気温は高くはない。
 暗い胡桃の長い椅子に伸びた光は彼等の視力を奪うように反射している。
「へえ」
「ここで昼寝するのが」
 椅子はフランが腰を降ろした時には既に日溜まりに温められていた。
「あ?」
「堕王子にもジャマされないので、とてもいいんですよー。冬はちょっと寒いんですけど」
 だからそのままカエルをちょうどよく枕にして横になり、目を潰す光は気にも留めずに礼拝堂の天井を見つめた。
「…………今日からジャマしてやっから」
 仰向けになったフランの胃の辺りへとベルは無遠慮に乱暴に体重を掛けて座る。
「ぐへっ…………あ〜、ジャマです。重いですー」
 自分だけが知っていた居心地の良い場所に、自ら不穏分子を招いてしまったのを顔を歪めて後悔した。
 フランはベルを避けさせようと握り締めた手の平で背中を叩く。
「たたくな。バチあたんじゃね?」
 叩かれたから寝転がっているフランの額を軽くペシペシと叩き返して批難する。
「こんなんでバチ当たるんなら、センパイなんかもう生きてられませーん。それにどいてくれないと起きれません」
「ヤダ」
「お〜も〜い〜んですけど〜?」
「このまま伸し潰してやるよ」
 余計に重さをかけようとそこで胡坐をかこうとした。
 いつまでたっても避けるつもりのないベルに痺れを切らし、フランは背筋へと勢いを付けて起き上がる。
「てんめー」
 途端にバランスを崩したベルは転げて前の椅子へと頭からぶつかった。
「ミーは起きただけなのでー」
「ざけんな、もっかいねっころがれよ」
 フランが着ていた彩度の低いコートの肩口を掴んで、ベルはまたフランを乱暴に椅子へと押し倒した。
「…………え〜っと〜、ちょっとそういうのはー」
「あ?」
 仰向けで自分を意味深そうに見詰めてきたフランに驚いて咄嗟に腕を放した。
「あ〜あ、ぜんぜんゆっくり昼寝できないですねー。やっぱ堕王子と幸せそうになれる場所なんて、この世にはありません」
 ベルの隙を突いて立ち上がると、長椅子の間を縫って出入り口へと向かって歩き始めた。
「んじゃジゴクに行っか?」
 油断して向けられた背中へと取り出したナイフを投げて当てようとする。
 その瞬間にフランの姿がぶれ、椅子の端へ彫られていた天使へナイフがぶつかって座板へ落ちた。
「残念でしたー。うわー、これ確実にバチ当たります」
 幻術から実体へと戻ったフランはナイフの当たった天使へと触れる。
「大人しく当たれよ」
 ベルはまた取っていたナイフを数歩歩いてカエルに突き刺した。
 彫像のピエタの聖母は彼等を見守らずに、両腕で我が子の亡骸だけを大事に包み込んでいる。
 どちらからともなく上がる煩わしい叫び声は、静かな建造物へとよく反響していた。



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