双六遊び

25 venticinque B ナイフの的になる


 ザクザクザクザクナイフが刺さる。
 先程から何本も何十本も背中に刺されているナイフを、全く避けずフランは受け止めていた。
「おい」
「なんですか〜。は〜、痛い……」
 涙を流して刺されたナイフを抜いては、べきべきと折って曲げてベルの方へと投げ捨てる。暖房で適温に調整された室内で、外の凍える空気など彼等は気にも留めずにいた。
「折んな! 曲げんな! 人の方に向けて投げて捨てんな! なんかこれさあ、いつもよりつまんねんだけど」
「いつもより多めに当たらせてあげてるのに、つまんないってどういうつもりなんですかー? 少しはコーハイに配慮してください」
 背後からナイフを投げ付けていたベルの方へと背中を捻り、不満な眼差しを更に不満げに尖らせて丸みを帯びた三角の瞳で見る。
「つまんねえから、動け」
 一本のナイフを指先で回したベルはキラキラと光を撥ね回す。
「え〜?」
「だからマトは動いてねーとつまんねえだろ? よけろっての」
「………ダメですねー。的になるのが今日のルールなので。逃げちゃったら的じゃないので」
 反論してから痛みを堪えて強情を張り床へと蹲るようにしゃがみ込む。
「よけねえと死ぬまで刺すぞ」
「………ミーが普通の人だったらもうとっくに死んでますー。エンリョしないでさっくりとやってくれていいですよー」
「っそ」
 歩いて数歩の距離からベルは、思い切り振り被ったナイフを投げ付けた。
 普段の肩に無駄な力の籠らないフォームとは異なり、加速の付いたナイフは一層深くフランの背中へと突き刺さる。
「でっ! …………少しはエンリョしてくださ〜い」
「おめーがさくさく刺していーっつったんだろが」
「センパイ社交辞令とかって知ってます〜?」
「知んね」
 思い遣りもせず、一本、二本と宙へ浮かせたナイフを後輩目がけて滑らせた。
「ミーだってわかりませーん。わかりませーん。わかりませーん」
 刺されたナイフをその度に抜いたり折ったり縮めたりして壁へと叩き付けた。ナイフが当たる度に、壁はカシャンカシャンと耳障りな金属の音を立てる。
「………? なにが?」
 平然と自然にやり過ごしているのを、不穏に思いながらフランが振り返る。立ち上がりながらしつこいほどにベルの顔を見詰めていた。
「わかんないんですよー、センパイのことが」
「あ゛? だからなんだっての?」
「だってセンパイはー、おにーさん殺しちゃってるじゃないですかー?」
「兄貴とかじゃねーし。あんなの」
「そういうとこがわかりませーん」
「だからなんでだよ」
「おにーさんは、まあ嫌いだったとしてもですよー?」
「ん?」
「おとーさんとかおかーさんとか、それっぽい人がいたりするじゃないですかー?」
「いねえし」
「過去にはいましたよねー? 悲しんだりするじゃないですかー? 兄貴がいくらアホだったとしてもですねー」
「だから殺したんじゃね?」
「ん〜〜? 兄貴がアホだからですかー?」
「ジルはアホだけど、そういう意味じゃねえし。………家族だって召し使いだって、みんな殺したら悲しくないじゃん?」
 考えるように首を回してから、さほど考えもせずに一応は悩んで結論を出した。
「いえー、言ってる意味がわからないです」
「だーかーらー」
「はいー?」
「みんなまとめて殺しちゃえば、誰も悲しまねえだろ?」
「家族の人がですかー? まあそうなってくると、悲しいのもわかんないでしょうけどねー」
「オレだって悲しいの一回ですむし」
「………センパイ悲しかったんですかー?」
「べっつに悲しくねえぜ? 悲しいような気がすっからってだけ。マジで悲しかったわけじゃねえし!」
「なんですかー? そのまだ一割ぐらいしかホントの力出してないですよーみたいなこと」
「ほんとだし」
「………べつに悲しくてもいいんじゃないかと思うんですがー」
「ダメじゃね?」
「家族が死んだら悲しいのって、普通のことじゃないんですかー?」
「オレ王子だからフツーじゃダメだし」
「王子もフツーな方が庶民の気持ちがわかっていいと思いますよー?」
「ダ・メ・だ・しっ!」
「そんなもんなんですかねー」
「もーしゃべんなマト!」
 面白くないと思いながらベルはまた、次から次にナイフをフランへと投げ付ける。
「でっ! 不意打ちは止めてくださいよー」
 一刺し毎に懲りもせずに、大して痛くもないのにカエルは律義に痛がった。
「いつ刺したっておんなじじゃん?」
「違うんですー。心構えとかあるじゃないですかー?」
「急に刺してやっから、しんぞーマヒさせろ」
「しませんー。ぐえっ!」
 フランはまたベルへと背中を向けて、ベルの部屋のごちゃごちゃと物が散乱した絨毯の上に腰を降ろして蹲って的になる。
 やはりつまらなさと物足りなさを感じながら、ベルはずっとナイフを投げ続けていた。残った最後の一本のナイフを投げるのを迷い、片手の平で弄んだナイフに銀色の光を集めては放す。



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