双六遊び
22 ventidue B ムッツリの雷集めるやつを耐電性じゃないのにすり替える
東の空が漸く仄かに白くなった朝の早くに、寒々しい唯広い庭で降りていた霜が壊されていた。
透明に凍り付いた土は硬くて、ブーツの爪先で蹴飛ばしても弾き飛ばすことは出来ない。
上からゆっくりと霜柱へ自分の足の裏の重みをかけ、さくりさくりと地面を踏み固めてゆく。
そうして幾つかのくっきりとした足跡を残した所で急に飽きて、アジトの中へと戻ろうとした。
然し玄関の扉はフランが手を掛けるよりも先に開かれていった。
「あ、レヴィさん、ちょうどよかった」
挨拶もせずにフランは思い出そうとしたことだけを思い浮かべて声をかけた。
「何か用か?」
「ちょっと待っててください。そこ動かないでくださいねー」
「?」
どの用件かは知らされなかったが、待つことすらを拒絶する理由はない。
だから言われるままにレヴィは玄関で立ち往生して戻るのを待った。
数分も待っていると足音が急に聞こえ始めて、階段をのんびりと降りて来たフランが絨毯のない廊下へと差し掛かっているのが判った。
「これとそれ交換してくださーい」
「なぬっ!?」
まだ玄関から数メートルの距離があった廊下の端から呼ばれたのに振り返り、思わず素っ頓狂な声が上がった。
「それですそれ」
近付きながらレヴィの背中に取り付けてあった集雷装置を指差している。
「なぜ貴様がこの機械を持っているんだ!?」
フランの手には何故か見慣れた、自分が背負っているのと同じ形の機材が抱えられていた。
「諸事情がありましてー」
「どんな事情か知らんが、これはボスから与えられた大事な仕事道具だ。貴様なんぞには触らせぬっ」
「そうですかー。まあそうでしょうねー」
「なんなんだ、貴様は」
「でもミーこっちのよりそっちのがいいんです」
「どういうわけだ?」
「これ耐電性じゃないので使えないので」
「そんなものを人に使わせようとするな」
「まあ耐電性でもこんなシュミ悪いの使わないですが。ん〜………レヴィさんなら雷落ちても平気じゃないですか〜?」
少し考えこんでから、顰めたまんまるい瞳で覗き込むように下からレヴィを見上げた。
「そ、そうか?」
「万が一のことがあっても誰も悲しまないのでー」
多少暗くした表情を下へ向けてカエルと共に大理石の床を眺めた。
「なぬっ!?」
「悲しむと思うんですかー?」
「フランっ!」
「いいじゃないですかー」
「うるせえんだけど、なにしてんの?」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ声が聴こえている方へと興味を持って、リビングの方からベルが出て来た。
「あれー。センパーイ?」
「どうした? 珍しく随分と早いが」
「今帰って来たんだっての」
「………どこの女んとこ行ってたんですかー?」
「ベルっ、本当か? なんたる様だ」
「バーカ」
ベルがフランの額を拳骨で叩くとフランの首がカエル毎後ろへと少し動いた。
「あだっ。レヴィさんだって言いましたー」
「るせーの」
「ちえっ。……センパイからも言ってやってくださいよー。これ取り換えてって」
「換えんっ! 任務に遅れるではないか」
「いっぱいあるんだからいっこぐらい交換してくれてもいいじゃないですかー」
「馬鹿者っ! これは冬用であれは夏用だ。雷と言うのはだな、季節によって性質が違うんだ。季節や天候を考え、それに相応し…」
「いや、そういうウンチクとかいらないんでー」
「人の話は最後まで聴けっ」
「嫌です〜」
「………つかさあ、お前の任務時間までまだ三時間もあんじゃね?」
「ボスが直々に命令を下されたのだ。遅れてはいかん」
「そうですかー。じゃあもう行っていいです」
焦燥に駆られながら言い終えない内に扉が閉じられてゆく。
「………チッ。マジで使えないオヤジだな〜。呼び止めてそんしたぜ〜」
完全に閉まったのを見計らい、フランはまたぼそぼそと呟いた。
「なにその使いなれねえ語尾」
「センパイいつもこんななのでマネでーす」
「さっきからごちゃごちゃとやかましいぞ貴様っ」
一旦閉められた筈の扉が威勢よく開き、レヴィが剣幕を変えた顔を覗かせる。
「あ〜。聴こえてました〜? じゃグッバイ変態雷オヤジ。そのまま死んで来てくれていいので」
フランは表情も変えずに憎まれ口だけを叩いた。
「きいっさまと言うヤツは〜」
「思ってることなので、しかたないですー」
「さっさと行かねえとチコクすんじゃねえのか?」
「しまった、これはまずいっ。後で覚えておけっフラン」
十分早い時刻に合わせた時計を見て慌てふためき、矢継ぎ早に述べるだけ述べて開いていたままのドアを閉めかけた。
「まだ二時間五十五分もありますけどー? もう忘れましたー」
もう一度外へと出てゆくレヴィの、怒りに震えている肩へは見向きもせず廊下へと引っ込んだ。
「ししっ交換シッパイ♪ どすんの?」
「ここからが本番ですよ。それじゃ簡単にやってきますー。ちょろいもんです。え〜っと雷オヤジの部屋はー」
「あ゛?」
「どうかしましたー?」
「なんでレヴィの部屋行くの?」
「部屋行ったらあの背中に着ける変なのの予備がおいてあると思うので、今ので油断させといて疑わせずに交換です」
「なあそれさ」
「はーい」
「やっぱやんなくていいから」
「えー? もう作っちゃいましたこれー」
雷を集める装置に似せた偽物の機材をベルに見せた。
「売ればいんじゃね?」
「いや〜売れないでしょうねー、こんなの」
「金属にもどせば売れんだろ?」
「そ〜でしょうかね〜? んじゃそうしますー。ふ〜」
重い思いをして持っていた金属の棒を床へと降ろす。
「そのかわりたこ焼きな」
「え〜? センパイがやんなくていいと言ったので。ハンデとかなしです」
「あんの。作れ」
「え〜」
「どうせお前も食うんじゃん?」
「う〜ん」
「考えてみ? たこ焼き食うのとレヴィの部屋行くのどっちがいーの?」
「そんなに考えてないですけど、もちろんたこ焼き食べる方ですねー」
「だろ?」
「う〜ん」
「なに迷ってんだよ」
「たこ焼きに甘んじちゃいけないんじゃないかと思うんですよ」
「お好み焼きも付けてやる」
「それはそれはー」
先程よりももっと迷いを見せて複雑な表情をしたが、やはり易々と頷かずに混迷したままだった。
「焼くのはおめーだけど」
「………………う〜ん」
「うし、きまりな」
「え?」
「うんっつったじゃん? 今」
「言ってないです。迷ってみただけです」
「んなのいーからちゃちゃっと用意しろ」
「わ〜かりました〜。その代わりミーがいっぱい食べます。センパイの具はアオノリのみです」
不意に投げられたナイフを避けるのにフランはカエルで出来ている頭を抱えたが、避けるのが間に合わずにカエルの頭頂部にナイフが刺さった。
「ざけんなっ! タコ入ってなきゃたこ焼きじゃねえじゃん。アオノリ焼きだろ、それ」
「じゃあすっごい細かく切ったタコいっこのみです」
「王子のほーでっけータコにしろよっ!」
ナイフをまたフランの頭へと向かって投げ付けてカエルに刺した。
「ミーはおまけにチーズとコーンも入れちゃいますよー。センパイのはナシです」
「全部いっしょにしろ。つか王子のが豪華なのにしろ。オマール海老とキャビアと、それから」
「アオノリです。ミーが作るのでセンパイには選ぶ余地なんかなくします」
「てめー。カエル焼きにしてやっから」
どこまで行っても話し合いは平行線を辿っている。
苛立ったベルは取り出した匣へと赤く勢いよく燃え盛った炎を翳す。
匣を飛び出したミンクはベルの肩へと乗って背筋を伸ばしている。
カエル焼きにはされないように、フランは飛びかかって来たミンクをだらだらと避けた。
「さっきのさ」
だらだらと避けられたミンクもおざなりにベルの肩へとまた戻る。
「センパイが誰とどこでどうしてようが、気になりませんー」
「バカだろお前」
フランを咎める口調でベルは口元を引き攣らせた。
「違いますよー」
「任務だっての」
「へー」
その場を離れながら既にベルは軽い足取りで自室へと向かい始めている。
「カオ洗ってくっからたこ焼き用意しとけ」
だが途中で一度だけ振り返ると人差し指をフランへと示した。
「ほんとかなー」
置いて行かれたフランは、ベルの背中すら見えなくなった頃に疑念を呟いて清々しい眼差しをして欠伸をするのに腕を伸ばした。
冷たく冷やされた酸素が肺の奥底へと沁み込んで来る。
もう一度深呼吸してから厨房へ向かったフランは、調理の担当者にアオノリだけが入ったアオノリ焼きを要求した。
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