双六遊び
20 venti F ミンクをミーに向けない
そろそろとゆっくりとした動きで背後から近寄ろうとするフランに反応して、ミンクはずっと燃え盛っている。
「………向けられてないけどおかしいですねー」
「キィっ」
「なにが?」
肩の上で燃えるミンクを当然のように不思議にも思わずにベルはフランの疑問へ疑問をぶつけた。
「なんでずっと燃えてんですかー?」
「お前がきのー痛くブラシしたからだろ」
「止めさせてくださーい。勝手に燃えないでくださ〜い」
「匣兵器の意思はどうにもなんねえし」
「ミンクは動物一倍従順なので、センパイが言えば解ると思うので〜」
「ヤダし。ずっと燃されてろよ」
「そこ座れないじゃないですか〜?」
「すわんなくていーから」
「じゃあこの油揚げあげるのでやめてくださいー」
ミンクの鼻先へとイナリズシ用に味の付いた油揚げを引っ付けると、一層炎の勢いが増した。
「んなの食わねえし。どっから出してんの? なんかべちゃべちゃしてんだろそれ」
「今日のおやつです。安くて腹持ちもいいんですよー。ちゃんと袋に入れてましたよ」
取り出した油揚げをしかたなしにフランは自分で食べ始めた。
「まだおやつ時間じゃねえから!」
「センパイも食べますかー?」
「食わねえし!」
「おいしいのになー」
「だから時間外だっての」
「もう食べちゃいました。ああおいしかった」
「……次はぼっしゅーだから」
「はいはい。じゃミーは失礼します」
「ん」
どこかへ消えたフランは少しの時間ベルの前へと姿を現さなかった。
延々と純度の高い澄み切った綺麗な赤さで、燃えて燃えて燃え疲れるとミンクはやっと匣へと戻った。
ややあって退屈になったベルがソファーからダーツの的にナイフを投げようとした時に、またリビングの扉は開いた。
「ミーちょっと行ってきますねー」
「どこ行くんだよ」
ドアと廊下の境目には大きなリュックを引き摺ってきたフランがいた。
「避難訓練ですよ。火事なので」
「もう終わったし」
「良かったです〜。これでやっとミーもソファーに座れますー」
「座らせねえし。一人用これ」
「もうちょっとそっちに寄ってくださいよー。三人は座れるはずです、そのソファー」
座り損ねていた緑の長椅子の傍へと寄って、一人で幅を取っているベルを非難した。
「ダメ。すわれるもんならすわってみ?」
「そうしますー」
座っていたベルの脚の間に腰を降ろした。
「…………お前なにしてんの」
「座ってんですよ、見たらわかるじゃないですかー?」
「なんでそこすわんだよっ!」
自分の目の前にあったカエルを、右手で拳骨を作って小指側で殴り付けた。
「あいた。センパイ避けてくれないので、ここしか座れません。嫌ならどっちかに寄ってください」
「ヤダ」
「そうですかー」
「さっさとどけよ。れーてんいちびょうでどかねえと、宙吊り」
「わかりましたー。センパーイ」
「てんいち、なに」
「どけるんで、手、離してください」
いつの間にか腹部へと回されていた腕で動きを固定され、フランは身動きが取れずにいる。
「もう数え終わったし」
「どけてくださいー」
「ダメだから。宙吊りな」
そのまま立ち上がってフランの体も一緒に空へと浮かせた。
「いてっ」
ベルはフランが嫌がるのを無視して床へと転がし、両足の脹脛の辺りを両腕で抱えて引き摺るように立ち上がった。
「センパーイ、なにするんですか〜? 頭に血のぼっちゃいますー」
うつ伏せで床に着いたカエルの頭頂部が、血など一滴も通ってはいないのにみるみる蒼褪めてゆく。
「宙吊りだって」
足元に勢いを付けてベルはぐるぐると左右に回り始めた。
宙の風を切って遠心力で浮き上ったフランの体もぐるぐると廻っている。
「おー」
空気の速さにフランの声はぶれて聴こえていた。
周囲にぶつからないことを確認して、前に腕を伸ばした。
「たのしーだろ?」
「なかなかですー」
「とべ」
「え〜?」
不思議に思ってベルを振り返ろうとした瞬間、何の支点もなくなってフランは体が完璧に中空に浮いたのがわかった。
「ししっ」
「あだっ!」
気が付いた時にはフランはリビングの床に敷かれた絨毯へと投げ飛ばされていた。
「おもしろかった?」
「どっちかというと痛かったですよ」
「でも飛んでる気分になったろ?」
「ちょこっとだけですねー。もっかいお願いしますー。今度は投げないでください」
「もーやだし。座れ」
絨毯に肘と膝を付いて起き上ろうとよろよろしたフランを、ベルが拾いあげた。
ソファーに乱雑に放り投げられてフランはまた悲鳴をあげる。
「センパイ重いですー」
背凭れの代わりにされて苦情は言ったものの、ずっと仰向けになっているといつしか眠りに着いてしまったようだった。
ちょうどよくクッション代わりになったフランへと寄りかかりながら、その内にベルも寝息をかき始めた。
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