夢を見る
しどろもどろでとても眠たい。
わたしが乗っているのは水面に漂う蓮の葉のようだ。
ゆらゆらと、波紋がひろがってゆくのが見えた。
光源は見えない。
光だけが底の方から浮き上がってきている。
「こんばんは」
夢の中で知らない男の人が言った。
「こんばんは」
「奇遇ですね、こんな所で会うなんて」
「奇遇、でしょうか?」
こんな所へ来れるわけがないのだ。
わたしはどこへ居るのかわからないのだから。
「ええ、とても良心的な偶然だと僕は思いますよ」
「良心的な偶然、ですか?」
「あなたはお名前を教えてくれますか?」
「わたしの、名前?」
そう言えばどんな名だったのだろうか、少し思い返したが名前というのはそもそもなんであったのかを、わたしは思い出せなかった。
「思い出せません。あなたはだれですか?」
「君は僕を知っているはずですよ」
屈託のない笑顔だ。あの人の笑顔とどちらがより信用に値しないだろう。
どこもどちらも似てはいなかったのに、わたしはそのほほえみがあの人に似ている気がして気分を悪くした。
白い髪の白い服の、この黒い長い髪のひととはまったく正反対のひとだ。
正反対だったのに表情は似ているような錯覚がした。
「きみを助けてあげましょうか」
わたしの乗る蓮の葉は漂うことなくただそこに浮いている。
水中深くの地の中へとしっかり根を張っているのだろう。
「……いいえ、助けてくれる人は他にいますから。あなたの助けは必要ないんです。でもありがとうございます」
それも一体いつのことだったか思い出すことはできなかったが、約束をしたのだと思い出した。
何から助けて貰うのかも、思い出すことはできなかった。
その場所は広く深く安全な場所であったはずだ。
遠くから白い霧が闇を覆ってゆき、少女のいた場所も定かではなくなった。
大きな帽子を被った黒髪の少女は無表情で夢から目覚める。
(おわる)
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