宵降り埠頭


 夜を徹して任務を終えると、夜半の空は星明かりすら暈を張っていた。
 それでも微かな仄かな輝きの星を掬うように、フランはひらひらと手の平で空を煽いでいる。
「うわー、あんまりキレイじゃない星ですねー」
 如何にもどうでもよくなんの感慨も籠らない声だったが、瞳には確かに星の光を映しているかに虹彩が輝いて見えた。
 だが上を見上げた碧の瞳に溜まった光は星の輝きなどではなく、水色の街燈の仄かな明かりだった。
「……なんでわざわざんな感想口にすんだよ」
「いいじゃないですかー。べつにどんな感想だって」
「感動してそのセリフはおかしいだろ」
「あんなキレーじゃない星に感動はしてないです。ミーは星が欲しいんですよ」
「…………シャレか?駄のつく」
 ベルは不思議に思ってフランの横顔を斜め上から見下ろした。
 頭のカエルは何時もの如く遠い理想郷へと思いを馳せているように、フランの左側にいるベルとは視線が合わなかった。
「たまたま被っただけなんでー。ミーオヤジじゃありませんのでー」
「あ、そ。んなもんどーすんだよ」
「ミーの趣味で埋め尽くすんです」
 宇宙の薄い雲の彼方の、殆んど目にすることの出来ない恒星を眺めて思いを馳せた。
「………? めんどくせぇ」
「キレーなのとかきったないのとか、全部」
「お前ってみょーな野心に満ち溢れてんな」
「そんでー」
「?」
 自分の方を見たフランを、初めて見た不可思議な物を見た表情でベルは眺めた。
「センパイを王様にしてあげてもいーかなーって思うんですね」
 上から目線で、先輩を敬う様子もなくベルを下から見下げる。
「……………。継ぐ国あるし」
「でもアホ兄貴がもっぺん生き返ったら、センパイは継げないじゃないですかー」
 憐憫の籠もる眼差しは、ベルを見ずにそのまま海へと向かう。
 海には紫紺の波があり、波音も聞こえてはいたが聴いてはいない。
「だから、ミーの星で王様になってもいいですよ」
 遠くにある自分の星を見定めるようにフランは地平の彼方へと目を遣り、ベルの方を向こうとはしなかった。
「ミーは権力とかにはさほど興味ないので。あ、勿論センパイはただのお飾りの王様なので」
「やだよ。おめーのマイルールにしたがーのかったりぃし」
「行政とかはミーがしきります。センパイなんかに任せたら、星潰れちゃうと思うし」
 真意とも冗談ともつかない、全く感情を持たない口調でフランは話を続けた。
「カエルなんかに政治とか難しーのできるわけねーし」
「嫌ならいいですよー。センパイよりもっといい王様探しますので」
「肝心の星も持ってねークセになに言ってんだよ、カエル」
 話し声は一瞬止んで、船の鳴らす霧笛のぼんやりした音が響いてくる。
 只管に星空を眺める後輩を見て感じた感情を、出来るものなら彼は消したいと思った。
 何も感じなかったことにして、フランには悟られぬように上に顔を向ける。
 まだまだ暫く明けない夜に不正確に苛立って、ベルは星を狙ってナイフを飛ばした。
 だが飛ばしたナイフは撃ち墜とすつもりの星には全く届かず、直ぐに下へと落下して来た。
 拾い切れなかったナイフが落ちて、煉瓦の地面に金属の音が拡がってゆく。
「べっつにお前のためじゃねーし。ホケンなホケン」
「保険ですかー。ま、いいですよー。ミーも第一王子見つけますのでー。センパイは王位継承権五番目くらいですねー」
 落ちたナイフを見てから自分へ目をやったフランと視線があって、ベルは上に顔を背けて星が墜ちてゆくのを眺めた。
 その間にもフランは進み続けて、埠頭の際へと差し掛かった。
 流れてはいない星はただ西の地平へと向かって、時間の経過と共に墜ちてゆくだけだ。
 試しに青い街燈の灯りを眺めてみたベルは、効果の程をさほど重要には思わずに、前を進むフランの背中へと向かってナイフを幾本か投げ付けた。
 奇妙な呻き声が聴こえて、海と埠頭の境で蹲る後輩を満足気に見て笑う。
 冷たさもない暑さもない肌に妙に纏わりつく風が吹いて、ベルもフランの方へと押し出されて隣に並んで海の黒い水を眺めた。
 目前へと差し出されたうっすらと曇った空へと手を伸ばして、二人はどちらからともなく、見え辛い星を掴もうとしている。

(おわる)



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