屋根裏部屋で手にとったもの
何かが茹でられているキッチンでは霧のような蒸気が漂って湿度が上がる。
「おかしいわ〜、ここにもないわね〜」
「? なんですかー。オーバーなアクションして」
飲み物を探りにフランがキッチンへと入ったのと同時に、収納の扉を次から次へと開いていたルッスーリアが大きな独り言を言った。
「あら、フラン。おいしいお菓子作ろうと思ってフードプロセッサー捜してるんだけど、見当たらないのよ。見なかったかしら?」
「そうなんですかー。見てないですよ。予備のないんですか?」
「困ったわねえ。屋根裏に前に使ってたのはあるかも知れないけど……」
「へー。おいしいってどのくらいのおいしさですかー?」
「世界一に決まってるじゃない」
「完成したらミーが試食してあげてもいいですよ」
話を続けながらフランはグラスを取り出して冷蔵庫を開けた。
「でもあれがないと作れないのよ」
「屋根裏捜せばいいんじゃないですかー?」
整頓されていた内部を一瞥し、誰の所有物というわけでもないのにベルフェゴールと名前が書かれていた牛乳へと手を伸ばす。それを溢さないようにそろそろと八分目の辺りまで注いだ。
「下ごしらえにも時間かかるし、捜す時間がないわ〜。また今度にしましょ」
「…………捜してあげてもいいですよー」
「あら、珍しいじゃない?」
「その代わりミーに一番いっぱいください」
「いいわよ。屋根裏のキッチン用品って書いてある箱に入ってると思うの。よろしくね」
「思う存分カンシャしてください」
グラスに注いだ飲み物を飲み干してから、屋根裏にある納戸へと向かった。
明かり取り程の細長い窓はあったが、長い間に埃を掃われることのなかった屋根裏は黴臭く部屋の四隅は淀んでいる。
窓を開いて空気を換気しながら、目当ての箱を探し始めた。
「なんかごちゃごちゃしてわけわかんないですねー」
そうして煩雑に積み重なったダンボールの一つずつを移動させてゆく。
「なんだろ、これ」
その途中で拙いこどもの字で“べるふぇごーる”と書かれたダンボールの箱に目を留めて、引っ張りだした。
「げほっ、きったない箱だなー」
封をしていた派手なボーダー柄のガムテープを、箱の表面が破れるのもお構いなしに引き剥がす。
中に入っていたのはガラクタになったボードゲームやトランプやナイフだった。
「………センパイの………ナイフ? でもどっかおかしいようなー」
握った柄の部分に更に違和感は増して、幾度も指を開いたり閉じたりした。
「う〜ん。あ、小さい」
そうして漸く気付いた結論にぽんと握った右手の小指側で左手を打つ。
余計に時間を過ごしていた時に突然腹が鳴って当初の目的を思い出し、指示されていた箱を見付けた。
「オカマー、クジャクオカマー」
戻ったキッチンではルッスーリアがタルトの部分にする生地に穴を開けて、繋ぎの作業を終えた所だった。
「はいはい」
料理に集中し半ば聞き逃していたルッスーリアはフランの方を見ずに答える。
「ありましたよー、フードプロセッサー」
「あっら、まあ。ありがとうフランちゃん」
そこで漸く振り返ってフランの持って来た箱へとサングラスの奥の目を向けた。
「感謝されて当然です。ミーを崇め讃えながら、はやくおいしいの作ってください」
「わかってるわよん♪」
「世界一おいしくないと食べないのでー。ルッス先輩が作ってるってだけでおいしさ半減なんで、おいしさ多めにしといてくださいねー」
「んもうっ気が散るじゃないのっ。むこう行っててちょうだいっ」
ぐだぐだと苦情のように助言をしていたフランを疎ましがり、ルッスーリアはキッチンの外へと追い立てた。出て行ったフランの背中は見送らずに、それから取り出されて来たフードプロセッサーを流しで洗い始めた。
台所を追い出されたフランは屋根裏へと戻り、不必要に扱われていた埃まみれの荷物をまた漁る。
そして箱ごと抱えるとそろそろと荷物の脇から下を眺め、階段の段差に注意しながら階下へと降りた。
「べルセンパーイ」
「うっせっての。なに? 開いてっから」
不必要な大きさの音で木の扉を叩いているフランを、疎ましそうにベルは返事をした。
ソファに寝そべって大して面白くもないテレビのチャンネルを回していた。
「これーどうやって使うんですかー?」
遠慮なしに部屋へと入ると、持って来た小汚い箱からダイヤモンドゲームを取り出した。
「なんだこれ?」
「センパイのなので、持ってきてあげましたよ」
「オレこんなのしんねえけど」
「えー? でもこれセンパイのじゃないんですかー?」
持って来た箱を逆にしてべるふぇごーるという文字がある方をベルへと向けた。
「オレの字だけど……………あー? これナイフの的にして使ってたやつか。へーなつかし。的並べといてナイフで倒してったりとかしてた、そういや」
六角形の木の板に、六角星に引かれた線の正三角形の部分には均等な穴が幾つも開いている。
ベルはそこに赤い棒と黄色の棒と緑の棒をいい加減に一つずつ嵌めて行く。
「これってそうやってやるやつじゃないと思うんです。箱の絵と並べ方ちがうじゃないですか?」
「使い方なんかなんだってよくね?」
「正しく遊びましょうよ、せっかくですから」
「これが王子流の正しい遊び方だし」
「ミーこれやってみたいんですが」
箱の蓋の写真を指して強請ったフランへとベルは面倒くさそうな表情を向ける。
「んっじゃこの置いてある赤い的だけナイフで弾き飛ばせ」
「センパイのマイルールのとかそういうのじゃないんでー。正しいルールのやつです」
「チッ。説明読むのめんどくせぇから読み上げろ」
ゲームに付属していた箱の裏面を差し出されたフランは、抑揚のない声で文字を音読してゆく。
黙ってルールを聞きながらベルは、黄色い陣地に揃いの黄色い棒を並べ始めた。
「オレきいろいの」
「じゃ、ミーはみどりのにします」
フランもまた緑の棒だけを抜き取り、一角の正三角形へと嵌めて行く。
じゃんけんで決めた順番を頼りに、二人は交互に黄色いコマと緑のコマを、対極にある同じ色の陣地へと出陣させた。
「ここの棒をこっち持ってくりゃいんじゃね?」
「でもこの王ゴマ跳び越えちゃダメなんですよ〜?」
「こっちなら通れんだろ?」
「あ〜そっか」
フランはベルが示した場所へと手にしていた緑のコマを挟む。
「………なんでオレがお前のに手出ししなきゃなんねーんだよ」
「センパイが勝手に口出ししてきたので、ここはミーが取りますんでー」
「……したらオレそこ入れねーじゃん? どけ」
「嫌ですー」
「どーけよっ」
「嫌なんで〜」
「んじゃ、こうしてやっから」
ざらざらと赤や黄色や緑の棒が床へと流れ落ちてゆく。
「あ〜っ、そんなのヒキョーです〜。今んとこミーが優勢だったのに〜」
ゲーム板を引っ繰り返したベルをフランは無表情なままさもしいものを見る顔になって批難する。
ちょうどその時に階下から二人を呼ぶ声が聴こえた。
「オレのおかげじゃね? どうせオレが勝つに決まってるし。なあ、あれかけね?」
「…………オカマなんかいりませんよー」
今度は信じられないものを見る目付きでフランはベルを蔑んだ。
「ちっがーし! おやつだっての!」
「あーそっちの方でしたー? う〜んまあいいですけどー、ずるっこしないでくださいねー?」
「それ以外になにがあんだよ、バーカ! してねえし」
「したじゃないですか〜」
焼け終えた菓子の匂いは徐々に二人の過ごしていた部屋へと上った。
ベルが向けた顔をフランが見返した瞬間、我慢できずに争うゲームのルールは変わる。遊んでいたゲームは一時的に休戦され、今度はかけっこを始め階下へと続く階段を滑り落ちてゆく。
数分後に台所から聴こえたのは、降りて来て我先にとつまみ食いしようとした二人をルッスーリアが嗜める声だった。
渋々とベルとフランは手を洗うのに先を争ってシンクの水道の蛇口を捻る。
流れ出した真水に冷覚が刺激されて、一瞬フランの手が引かれたのを目敏く隙を見取ったベルは先に手を水に付けた。
バタバタと扇がれた手から振り切った水滴をわざと浴びせかけられたフランは、直ぐに手を洗ってベルへと同じことを仕返した。
(おわる)
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