地下鉄に乗る前に


 煉瓦色の赤茶けた歩道の終わりは横断歩道へ続いている。
 歩道の地下鉄の駅に降りる階段の目印の看板がある場所には、若い女が立っていた
「またそんな色気ないカッコしてきたの? そんなんじゃ金ヅルが寄って来ないじゃない!」
 少し遅れて来たフランを咎めた第一声の後に言い放ったのは、上から下までを見回した容赦のない非難だった。
「ミーはあんたとはちがうんでー。ほんと男を金にしか換算しない穢れた金の亡者ですねー」
「処世術教えてあげてんのよ、カンシャしなさい」
「遊びに来たわけじゃないんで。……それにこんなカエル被されてたら、いい服着たってしかたないしー」
 久々に会った友人のような知人のような口調で、頭を叩いて不満をぶつける。
「なんなのそれ? ダサいんだけど。一緒に歩く方の身にもなりなさいよ!」
「バカにしないでください~。こう見えたっていいトコもあるんですよ~、コイツ」
「その辺に捨てちゃいなさいよ」
「ダメです~。脱ぐと問答無用で殺られるんで。…………文句があんならあいつに言ってください」
「?」
 フランの視線が止まった方を彼女が振り返ると、そこには一人の王子がいた。
「よー、カエル。んなとこでなにしてんだよ」
「どう聞いてもこっちのセリフじゃないですか~? センパイもしかして尾行して来たんですか~?」
「いんや、ぐーぜん。その女なに? オレにもしょーかいしろよ」
「偶々ならとっとと通り過ぎてくださーい。帰り道は向こうですー」
 通って来た歩道を指差して、絡んで来た先輩に丁寧に道を案内する。
「王子、センパイだからコーハイの素行とか知んねえとなんねえし。できの悪いコーハイ持つとくろーすんぜ?」
「ミーだってセンパイの出来が残念で四苦八苦ですので~」

(ちょっと、なんなの! こいつ)
 少しベルから離れた、まだ当分灯りは点ることのない昼前の外灯の下へとフランを引いた。
 念のため青年には通じないであろうと思った言語で、女は小声でフランへと耳打ちをする。
(ヴァリアーの切り裂き王子ですよ。まあ堕王子で充分ですけどね、あんなやつー)
(どおりでイカれたカッコなわけね。大体あんたつけられてんのに気付かなかったの? 得意の幻術でなんとかしなさいよ!)
(そういうとこだけは天才なんですよ。もー、めんどいことになっちゃったなー)

「誰が堕王子だっての。なあ相談終わった? どっか遊び行くのかよ?」
 ひそひそと話していた二人の傍へと回り込み、ベルはフランの肩へと手を回して顔を覗く。
「ゲロ? 堕王子ってなんのことですかー? えーええと、そうなんですー。ミー達ラブラブなんで今からランデブーして来ます」
「カエルのクセにごまかそーとすんな。オレもイッショに連れてくんならゼンブおごってやんぜ?」
「ホント!?」
「目の色変えてんじゃねえよ~、けちんぼ~。立て替え払いしといてあげますから~」
「だって悪くない話じゃない? べつに一人くらい増えたって支障ないわよ」
「よくないと思うので~」
「へー。お前そんなにそいつと二人っきりがいいの?」
「そうなの! この子あたしにゾッコンで」
「え、え~っ? そんなわけないじゃな…ゲロッ」
 突然口と鼻を塞がれ、呼吸が出来なくなったカエルは言葉を止めた。
(あんたは黙ってて! ちゃんと全額持ちなさいよ)
(いいですよー。後でパイナップルに請求しますから~、ミーの分も合わせて)
「というわけだから、そろそろ失礼するわね。この子借りてくわ」
「一人で行けよ。そいつは置いてけ」
 ベルの右手の指でリングの赤い炎が揺れる。
「なによ、やるつもり?」
 武器の入った匣をハンドバッグから探って手の平へと取り出した。
「街中でやめてくださいよー。人目に付くじゃないですかー」
「おめーに言われたくねえから、クソガエル」
「もう充分目立ってんでしょ。そのカエルが!」
 二人は同時に揃ってフランの頭の上のカエルを見た。
「いやいや、ミーのせいじゃないじゃないですかー? こればっかりは」
 出した大声に周囲を歩いていた幾人かが彼等を気に留めたが、結局は誰も何も口出しせずにそのまま思い思いの方向へと去った。
「センパイのめーれいは絶対なんだってまだわかんねえのか?」
「あ、ミーは今日で退職しますので、あんたはもうセンパイじゃないですー。怒りんぼとアホとオカマと変態とその他大勢によろしく言っといてください。ついでにそんなに良くもなかったけどー、悪くもなかったですよってでも言っといてください。こいつも返します。………それじゃ」
 頭から脱いだカエルをベルへと無理に押し付け、歩を進めようと覚悟した一歩が踏み出された。
「バーカ、みとめらんねえよ。帰んぞ」
 去ろうとして自分の前を通り過ぎようとしたフランの腕を、ベルの右手が掴んだ。
「………帰れないのでー。さよなら、ベルさん」
 振り返れず、ベルの方は向かずに、フランは中空を見詰めたままだ。
「退職は退職届書いて、いっかげつ前にシンセーだぜ? お前まだ退職届書いてねえから、いってきます、な?」
 最後の言葉を言い終えない内に、無理矢理渡されたカエルをまたフランの頭に被せた。
「あ、そっかー。………はいー、じゃ行ってきます」
 そこでようやくフランはベルの顔を見て、碧の目元だけが緩んだ。
「ああ、行ってこい」
「そうだ、どうせならミーの有休の申請しといてくださいー。ベルセンパイ」
「あまえんな。無断欠勤あつかいにしといてやるよ。帰ったら罰則のナイフ千本ノックな、しししっ」
「ちぇっ」
「………………。幻術で消しておきなさいよ、それ。行くわよ」
 どこからともなく霧が漂って頭のカエルが見えなくなると、さらさらした碧の髪が現れた。
 フランの腕を乱雑に掴んで、女は地下鉄の階段へと向かって歩き始める。
 ちらりと後ろを振り返ったフランは自分が歩いて来た通りに帰ってゆくのを見た。
 歩道と並行した車道を走る車が起こした風で、ベルの上着の裾が後ろへと惹かれるように棚引いている。

(おわる)



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