灯台もと暗し


 暗がりの中でオーロラのような光を見たと思った。
 ぐるぐると海を照らして光りは周辺を回っている。
 だが速度に合わせて走って光を追い駆けると、光に当たらないのに気が付いて、こどもはそれを面白がって光と一緒に走り始めた。
 そうして暗い埠頭の縁で光を見失っては立ち止まる。
 何が面白いのかを理解に苦しんだ結んだ口元を向けて、光を避けて座ったベルはフランを眺めていた。
「なにしてんの? バカ」
「灯台ごっこですよ。バカじゃなくてフランですー。初めましてー」
「へー、つまんなそ。言っとっけどもうお前がここにきていっしゅーかんたってんぞ。バカフラン」
 毎日顔を合わせているのに一向に自分を覚えようとはしないこどもに苛立って、王子はナイフを投げ付けた。
「ミーが海まで流された時ですねー、ちょうどあんな風な灯台の光がきれいだったんですよねー」
 立ち止まったこどもはそんな出来事はなかったかのように、ナイフを交わしたわけでもなく消してしまって、ぼんやりと海の方を感慨深そうに眺めていた。
「だからつまんなそーなんだって。きれーとかきれーじゃねえとかかんけえねえし」
「じゃあなにしたら面白くなるんですかねー? ミーも一人で色々考えてはいたんですけど、楽しいことっていうのは中々見つからないもんなんですよ。ちょっとイッショに考えてもらえたら、いいと思うんですけどー」
 ベルの前に立ち止まったフランへと灯台の光はまた巡って来て、顔色を明らかにした。
「んーなら」
「んー? ですかー?」
「こうしたら楽しいんじゃね?」
 有無を言わさずベルはフランへとまたナイフを投げ付けた。
「うあわー!」
 今度はナイフに気付いたフランは大袈裟に避けてベルから離れる。
「超絶たのしー♪」
「ミーは全然たのしくないよー。おばーちゃ〜ん、イタイタしい虫歯菌がミーを亡き者にしようとして来るよー。タスケテー」
「虫歯菌じゃなくて、ベ・ル・セ・ン・パ・イ!」
「違いますー。あんたなんかセンパイじゃないですもんー」
「オレはお前のセンパイなの! 昔っから今もこれからもずっとな!」
「……ミー虫歯菌じゃないですもん」
 不平そうな三角の眼差しで王子を恨みがましく眺めた。
「じゃあリンゴ菌か? オレだって虫歯菌じゃねえし、お前が勝手に言ってんだけだっての!」
「じゃああんたは何者なんですかー??」
「だーかーらー、お前のセンパイ、もしくは王子だろ?」
 再三に渡って同じ質問を繰り返され、うんざりと呆れたようにベルはまたフランへと同じ返答を戻した。
「いや、その王子って言うのが、さらに意味わからなくさせてるのに気付いていませんかー?」
 虫歯菌なのか王子なのか先輩なのか、目の前の少年の扱いにこどもはまた混乱を極める。
「いーから、思い出さなくていいから覚えとけ」
「ミーなんか忘れてましたー?」
「しっかり忘れてんじゃねえかよ!」
「あいでっ! イチイチ叩かないでください。ミーがバカになります」
「もうなってんだろ。チーズの角で頭打ったかなんかして」
「バカじゃないのになー。ミーは何も忘れてないですよー。ベルセンパーイ」
「…………フラン?」
「ミーもそろそろ覚悟を決めようと思ったんです」
「ああ、んだよ。やっぱ忘れてねえんじゃん」
「立派な虫歯菌になる覚悟を、したんですよー」
「……はい?」
「だからあんたは今日からミーのセンパイです。ヨロシクでーす」
「よろしくな」
「お願いしますー」
 ペコペコと頭を下げているリンゴを、ベルは諦めた口元で見つめていたが、何時ものように表情は窺い知れない。
「じゃねえよ! クソガエル!」
 然し諦めきることは出来ずに、またナイフを取り出してはリンゴへと向かって威勢よく投げ付けた。
「ぎゃ〜! こわいよ〜! シュミの悪いオリジナルナイフが追いかけて来るよ〜」
 逃げまどうふりをしながら、見通しの悪い暗闇の中で勘を頼りに走り出した。
「わ・る・く・ね・え・よ!」
「わ・る・い・で・すー。とってもー。ミーきちんとご挨拶したのになー、それにカエルっても度々言うけどなんなんですかー? ミーはカエルとは程遠いですけど」
「んじゃリンゴか?……いんや、やっぱカエルだな。おめーはカエルなんだっての! 後オレは王子だから!」
「王子でいいんですかー? やっぱりセンパイじゃなかったんだ。よかった、この人に媚びへつらわなくてすむや」
 胸を撫で下ろしたリンゴにまた腹を立ててナイフは投げ付けられた。
「王子だけどセンパイなの!」
「イミわからないなー、もう。ミーがカエルなのもセンパイが堕王子なのも。あーあ、嫌なセンパイ
もっちゃったなー」
 二人の下らない会話に一区切りが付いた所で、また灯台の明かりが巡って来た。
 光に一瞬だけ照らされながらフランは影になっていたベルの方を見た。
 陰になっていた口元がきつく結ばれていたのに気付いて、ぼんやりと開けていた口を閉じた。
 結ばれた口元を見ていると忘れていると言われたことについて思い出しそうになった。然し思い出すことが出来なかったので、忘れたのはやはり気のせいで済ませた。
 少し離れた砂浜の方から微かに聴こえていた潮騒にも気付いて、二人はどちらからともなく波の安らかな音に耳を傾けて押し黙っていた。


(おわる)



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