しちせきもよう、はれもよう


 中空から黄緑の光が翻ったのを見て、カエルは上方へと目を留めて足も止めた。
 アジトの片隅に飾られた竹にはさらさらと紙がたくさん下げられていた。
 銀色の川、金色の星、赤い提灯、虹の輪っかが吊るされて震える光が反射する。
「なんですか? このにぎやかな木」
「タナバタだろ」
「タナバタ? ………タナボタ、なら知ってますが」
「た・な・ば・た」
「何ですかソレ」
「ジャッポーネとかの方のイベント。毎年飾ってんぜ」
「へー、なにするんですかー?」
「あれ書くんじゃね、たしか」
「これなんですか? 何書いたらいいんですかね?」
「知んね」
「そこが重要じゃないですかー、話になんないんですけどー」
「じゃ、これでいーや」
 薄いピンクの短冊に赤いマジックを取ったベルは、カエルのバカと書いた。
「そういうのじゃないのだけはわかりますが」
 フランも対抗して水色の短冊に藍色のマジックでベルセンパイは堕王子と書いた。
「どっからも堕ちてねーし!」
「いてっ」
 遠慮なしに殴り付けられたカエルを撫でながら、ベルを迫力のない目で睨む。
 そうしている間にも、細長い笹の葉からは風に吹かれる毎に水分がぬけてゆく。
 面倒な水揚げがしてあっても、からからとどこからか乾いた音がした。
 傍目にも喧しい諍いを気にして、二人の近くへ派手な存在の影が歩み寄った。
「二人ともそんなトコでどうしたのかしら?」
「んあ? オカマ」
「これなんですがー」
 フランは置いてあった紙を一枚取ってルッスーリアに見せた。
「どうやって使うんですかね?」
「あらん、これは短冊って言って、叶えたいお願いを書いてああいう風に吊るすのよ」
「あー、そういうのなんですかー」
「オマエなんか書いたの?」
「もちろん。ほらあそこに飾ってあるのよ」
 指で示した先には短冊が幾枚も飾られていて、見分けるのは困難だった。
「なに書いたんですかー?」
「あらそれはナ・イ・ショよ」
「ナイショって言われると気になりますね。ホントはどうでもいいですけど」
「うふ♪」
「教えてくださいよー。そんなに興味はないですがー」
「そんなに興味ないなら聞かないでちょうだいっ!」
「もったいぶるから悪いんですよー」
「どーせ聞いたら後悔するよーなこったろ?」
「そんなことないわよ〜」
「んじゃ、言ってみ」
「ちょっと恥ずかしいんだけど、私も年に一度理想のお人形をお持ち帰り出来ますように☆ って書いたのよん」
「…………うげっ」
「…………。アジトには持ち込まないでくださいよねー、ソレ。夏場は特に」
「やだ、どうしちゃったの、なんでどん引きなのかしら〜? 二人とも」
「………あ〜……なんで年に一回なんですかー?」
 話をすり替えるのに、フランは頭上に舞う短冊を眺めた。
 薄緑やクリームの影がくるくると回っている。
「ええっと、その昔に織姫と彦星っていうカップルがいたんだけどね……」
「へー」
「へ〜」
 切々と情感を込めて語り出したルッスーリアの話を、ベルもフランもさほど気を入れずにそれなりに聴いていた。
「……っていうお話があったのよ〜。悲恋よね〜。そんな年に一度しか会えないほどの狂おしい恋してみたいじゃない?」
「死体じゃ出会えてなくね?」
「悲恋以外になんないですよね。年に一回しか会えないんですかー。けっこう遠距離ですね」
「浮気しほーだいじゃね」
「………今ロマンな話をしてるんですよー? 多分」
 ロマンな感慨など持たずに、フランはベルへとロマンを押し付ける。
「それにね、向こうの方の国って雨が多いじゃない? 雨が降っちゃうとその年は水かさが増しちゃって、橋を渡れなくなるの」
「そうなんですかー。舟とか使えばいいのにー」
「そうなのよ〜。だからその年は会えなくなっちゃうから大変よね〜」
「………年に一度も会えないこともあるんなんて、その人達運悪いですね」
「ゼンブカクーの話だし」
「あ、そっかー」
 唇を歪めたベルはフランの微妙な心配を払拭させる。
「あ、いっけない。私こんなとこで油売ってる場合じゃないのよ〜。ボスに呼ばれてたんだわ〜」
「なんかやらかしたのか?」
「それは災難ですね〜。そのまま荼毘に付されちゃえばいいのにー」
「アンタ達といっしょにしないでちょうだい! お説教じゃなくてお仕事の話よ! もうっ失礼しちゃうわ!」
 賑々しく去ったルッスーリアの後姿を眺めながら、二人して押し黙った。
 それから互いの顔を見合わせずに突っ立ったまま上を見た。
「年に一度しか会えなかったら、堕王子殺れるチャンスが激減ですねー。そんなの困りますのでー」
 変性して湿った空気が頬に当たるとぼんやりとしていた所から返って、フランはベルを気にして首だけをそちらの方へと向けた。
「堕じゃねえし、チャンスなんかカエルの短い一生に一回もねえし。今すぐジンセー終えろ」
「センパイ、ミーを嫌いでいいので」
「キライとかいった覚えねーけど」
「カワイクないだとかなんだとか言いますが。まーセンパイがミーに好意を抱いてても、ミーはセンパイ嫌いなんですが」
「おめーに好意とかあるワケねえから! カワイクねーのジジツだし。カエルがかわいかったら天地ひっくり返んじゃね?」
「じゃ、それでいいので毎日ここにいてくださいねー?」
 フランは先程の紙を裏返して、キュキュッとマジックを使う。
 そうして“センパイが毎日ここでミーを燃やそうとしても、ミーが勝ちますのでー”と書き、その後ろに括弧で括って“それで堕王子をいつか必ず闇に葬り去りますー”と付けくわえた。
「おめーに言われなくてもいるし」
「ならいいです」
「んじゃオレこれに決めたっ!」
「なんですかー?」
 ベルも手にした短冊の裏側へスラスラと文字を書いてゆく。
「カエルが毎日カワイクつかいっぱしますよーに」
 フランへ短冊を見せながら書き上げた字を読み上げた。
「し〜ま〜せ〜ん〜が〜?」
 顔と声をうんざりさせて、何時も通りの笑顔で笑うベルを見た。
「王子がお前の願いゴトきーて毎日いてやんだからしろよっ!」
「え〜? ミーの言うことなんか聞かなくてもー、センパイ帰る家もないんだし、ここにいるしかないんじゃないですかー?」
 素直な笑顔とは言えない笑みを作る。
「望みどーり燃やしてやる」
 可愛げのない後輩の態度に軽いムカつきを覚えて、ベルは取り出した匣へと指輪を当てて炎を注いだ。
 匣から出されるとベルの肩の上に飛び乗ったミンクは、主の感情を読み取ってフランの方へと向かい歯を剥いてキィキィと威嚇する。
「あ〜……燃やすのやめてくださーい」
 彼等の頭上では旋風にまた七色の紙が舞って、真夏に差し掛かる日輪が一際厳しく燃えている。
「…………いちばん高い枝に吊るすのがいちばん叶いますね〜、きっと」
 燃やされる前に短冊を笹の葉に取り付けようとしたフランは、一瞬迷って少し上の方に取り付けようと手を目一杯に伸ばした。
 ベルはミンクを肩に乗せたままフランの手から短冊を奪い取り、それより高い所にある枝へと短冊を括る。
「サンキュー、センパイ。これでセンパイを奈落へ突き落せます」
「やぶんぞ? これ」
「一回下げたからそろそろ効きますんで」
 ベルが手を離すと水色の短冊が風に触れた。
 はらはらと宙に裏返る短冊に同時に目を留めた二人は、金銀が乱射した目映い光に目を細めた。
 明るく伸びた竹を見越した向こうでは、白い月が舟になって空を渡る。

(おわる)



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