センパイとコーハイとカエル
新任の幹部の着任式が済んだ広間では、早々に任務に必要な備品が支給されていた。
「これはどう見てもカエルですねー? なんでミーがこれ被るんですかー? 入隊早々仮装大会でも開かれるんですかねー? そういうことなら参加は辞退します」
頭へ問答無用で乗せられたカエルの形をした帽子に、新入りの隊員は不満の声を上げる。
「うっせ、新入りは組織のしきたりに大人しくしたがやーいんだよ、チビ2。霧の前任が乗せてたんだから、後任が乗せんのはとーぜんだろ」
フランが取ろうとしたカエルを、上からベルが無理に押さえつけた。
「どんな横暴な理屈ですかー、意味わかんないんですがー。カエルがしきたりなんですかー? そんなにカエルカエルいうなら、そのぜんーぜん似合ってないティアラ外して、ベルさんが被ったらいーじゃないですかー。カエルおーじ」
「んっだ、やんのか? センパイめーれーに背くと眼球えぐんぞ? あとオレのことはちゃんとセンパイって呼べ。上下関係はきっちりさしとかねーと、な?」
取り出したナイフの切っ先をフランの顔へと向けた。
「だっせー自己しゅちょーナイフですねー。ベルさんオリジナルってヤツですかー?」
「まーまっ、それ以上はダメよ、二人とも。カエルちゃん似合ってるわよぉー。とーってもかわいいわよぉー。ベルちゃんもあんまり無理言うんじゃないの!」
「ムリじゃねー。センパイの言うことはスナオに聞くのが新入りのツトメだろが」
「……お前が一度でも大人しく聞いたことがあったか……?」
「だまれ、ムッツリ。王子と庶民を一緒にすんじゃねっての」
「ぬっ貴様」
「おだてられてもこんなの重くて邪魔なことにかわりないでーす」
「前のやつも乗せてたんだぞぉお。文句を言うなぁ! 言いたくなる気持ちは分かるがなぁ。それから殺し合いは一応禁止だぁ!」
「眼球えぐるだけだっつの」
「う゛お゛お゛い゛目ん玉えぐんのも禁止だっていってんだろうが、クソガキぃ!」
「んなの聞いてねーし」
「いいから、ナイフしまえぇ」
「……なんでこんなのを乗せてたんですかねー、その人」
「それじゃないんだけどね! まあ似たような感じの?」
「なんで…? それはあいつにとっては必要不可欠なものだったからだろうな。つべこべ言わずに被れ」
「ミーには必要ないですけどねー、ヒゲオヤジー」
「きっさま」
「しししっ」
「で、以上だあ。なんか質問とかあっかあ?」
「カエル被んないとミーはどうなりますかー?」
「サボテンだって」
ベルはまた片手の指の間の全てにナイフを挟んでフランの方へと向けた。
「お前が喋るとややこしくなるから黙ってろおぉ! どうしても嫌なら一年の減俸処分だあ!」
「えっ? 一年も減俸ですか〜?」
目を白黒させてスクアーロを見た。
「さっすがセンパイ、わかってんじゃん。ちゃんと被れよ、シンイリ♪」
「ち〜く〜しょ〜。ロン毛のア〜ホ〜」
「しししっ」
「? 空耳かあ?」
「高そうなシャンデリアですねー」
フランは天井にあるきらきらしたシャンデリアに目を留めた。
解散後に備品や荷物を持って自室となる部屋へと案内された。
暫く部屋で考え込んでいたフランは、貰ったアジト内の地図を頼りにある場所へと向かった。
「誰かいますかー?」
目的の部屋のドアに掲げられた札を確認して、軽くノックをした。
「はい。なあに? どうぞ入って」
行き着いた先の資料室では、ちょうどルッスーリアがDVDの編集をしている所だった。
「ルッスーリアさん、あの〜、マーモンって人の映像なんかありますー?」
「あんら、どーしちゃったの? あ、アタシのことは気軽にルッス姐さんって呼んでね」
「いちおー前任のヒトだから見ておこうかなーと思っただけですー」
「そう。お勉強家ね〜、えらいわ〜。あるわよ、ちょっと待っててね〜」
独特な走り方で小走りに狭い部屋の奥へと駆けて行った。
数枚の秘蔵VTR・マーモン篇と書かれたラベルには、色取り取りのハートやら星やらの模様がマジックで描かれていた。
「ありがとーございまーす。失礼しましたー」
それを手渡されたフランは戸惑いを見せずに戸惑いながら部屋へ戻ると、しばらく部屋へと籠り、与えられた映像を繰り返し眺めていた。
「……ミーよりずっとチビじゃないですかー。そして乗っかってるのは本物のカエルじゃないですかー……カエルなのにうねってるしー。というかこれはペットとか武器とかになるものだから大事に乗せてるだけで、しきたりとかじゃないですよねー? マーモンさんのは」
溜息を吐いて窓の方を見ると夜はまだ暗く長く続くようだった。
ふと思い立って停止ボタンを押すと、電気を消して部屋を後にした。
部屋へと戻って階段を上がって来たベルは、廊下の隅で自分の部屋へと灯りが点っているのを見た。
どういうわけか開いた扉の向こうでは、テーブルに座る小さな影があった。
「……なんだ、チビ。化けて出たのか?」
「ムッ、化かされてんだよ」
置かれていたガラスの花瓶には花など活けられてはいない。
繁雑に散らかった部屋は落ち着ける場所も他になかった。
「元気だった? マーモン」
「元気もクソもないさ」
花瓶の横へと座って、ずれそうな頭巾を手で直している。頭の上でカエルは揺れた。
「そーだな、死んでんだもんな。しし」
「ベルは相変わらずだね」
「あいかわらずなのはオレだけじゃねーけど」
「そうみたいだね。ウルサイ連中だよ」
階下からは日々の如くの騒々しい騒ぎ声が聞こえていた。
机の上でマーモンは懐かしい声を聞き入るように少しの間黙った。
「しししっ」
「わざわざこんなとこまで出て来てやったんだけど、いくらもらえるの?」
「もう金なんかいんねだろ、守銭奴チビ」
「地獄の沙汰も金次第って言うじゃないか。それに僕はお金が好きなんだ、純粋に」
「金からんでる時点で純粋っつわねーよ、それ。そだ」
おもむろに立ち上がると部屋の飾り棚から、小さな包みがたくさん入ったガラスの器を取り出してきた。
「なんでこんなものがあるの?」
「おそなえ? 好きだったじゃん? マーモン」
「……しかたないから食べてやるよ」
袋を開くと中から出て来たのは、日本の五円硬貨の形をしたチョコレートだった。
「うまい?」
五円チョコを頬張っているマーモンの頬を、ベルは人差指と親指で抓んだ。
「つねるんなら一回五万だよ。まあまあだね。……千円札のはないの? あとレモネードくらい淹れられないの? 気が利かないね、君ってヤツは」
食べ終えるともう一つチョコレートを取り、頭上の巻きガエルへ放って食べさせた。
また自分の分の包みも端のギザギザから袋を開けて、口へと入れた。
「食うんじゃん? ほんと、うっせーチビだな。もっぺん死ねよ。……牛乳ならあっけど?」
ベルの放ったナイフは簡単にかわされ、代わりに当たった花瓶にヒビが入る。
「いらないさ、そんな野暮ったい飲み物。ところでさ、あいつ、誰?」
出入り口の方へと顎をしゃくった。
「……アレ? コーハイ。かわいげとかねえだろ?」
答えたがしかしベルにはその姿は見えていなかった。
そこには唯いつもと変化のない扉が開いたままになっているだけだ。
「コーハイ?」
「ああ、シンイリ。こないだ入った」
「ふーん、そう。見つかったんだ」
「んあ。マーモン、もう心配しなくていいぜ」
「だれが君達の心配なんかするっていうんだい?」
「…あり? してないの?」
「するわけないだろ……」
「そ、」
「君は王子なんだから、心配なんかしやしないさ」
「……………? 意味わかんねっ!」
「それを言ったら王子だからそのものが意味わからないんだけど」
「そ?」
「うん。…………ベル」
「ん?」
「頼んだよ」
「ああ、わーってるって」
「じゃあ、元気でね」
「しししっ、マーモンもなっ」
顔を近付けてフードの部分を掌で無造作に二回ほど軽く叩くと、頭の感触を確かめた。
「……それからその髪型似合ってないね、あまり無駄遣いするものじゃないよ。じゃあね」
「んじゃな、クソチビ。…………じょーぶつしろよ」
幻の消えたろうそくだけが灯る暗い部屋の椅子の背もたれへと、ベルは寄り掛かった。
「のぞきみ? あくしゅみー」
戸口の方へと揶揄するように声を掛けた。
「ミーはずっとここにいましたー。気付かなかっただけじゃないですかー」
「気付いてたぜ?」
「……怒らないんですか〜?」
「なんで?」
「だ〜って」
「怒られてーの? お前ってそーいうシュミ?」
「あ〜……すみません、でしたー」
消えてしまったマーモンが残したチョコレートの袋とベルを、戸口に突っ立ったまま代わる代わるに見たフランは、そのまま廊下の方へと去った。
「べつにあやまんなくたっていーのに…………」
暫くは怠そうに椅子に凭れていたが、その内にベルはマーモンが座っていた所を擦ってみた。
人の温もりはなく、姿は幻以外の何物でもないことは明白だった。
机に突っ伏すと彼はその内に眠ってしまったようだ。静かな部屋に静かな寝息が立った。
翌日の集合時間になっても、中々ベルもフランも現れなかった。
「う゛お゛っせーぞぉー、新入りの癖にどういうつもりだあぁー!!! カスがあっ! ……どういう風の吹きまわしだぁ?」
外へと続く階段を降りて来る気配を察し、振り返る前にはもう切れていたスクアーロは、振り返ってフランの頭を見ると目を丸くした。
「遅れてすみませーん、減俸イヤなのでしかたなく被りました。決してミーの趣味じゃありませんので、誤解しないでくださいねー。組織内ルールに則っただけですのでー」
頭上にはあれほど嫌がっていたカエルが乗っていた。
「んまあっかわいいかえるちゃん! やっぱりそういうの被ると場が明るくなるわよねぇえー」
「ルッス姐さんて、見かけによらずファンシーなの好きなんですねー」
「まっそれどういうイミかしら? このかわいい首へし折っちゃうわよ☆」
「あ〜…怒らないでくださ〜い。深いイミはないんでー」
ルッスーリアがフランの首へと指を掛けた所で、ようやく玄関から降りて来たベルに、フランは目を留めた。
「……ベルセンパーイ、似合いますー?」
長い前髪に隠れた目に視線が合っているか確認することは出来なかったが、それでもフランはそちらを見据えている。
「…………? あー、チビ1の次にな」
「……そーですかー。まーいいですけどー、こんなの似合わなくったってー」
カエルは無表情でベルから視線を逸らした。
「……せっかく被ってやったのによ〜」
「なんか言ったか? カエル」
「なんでもないですー0ー。きょうもいい天気だなー」
緑葉の間をぬけた風は湿り気を帯びている。
「そか? 雨降んじゃね?」
雲に曇った曇りの空を見上げたベルの頬を雨が掠めた。
カエルは雨に濡れるのを嫌がって、用意していたビニールの傘を開いた。
傘に当たる雨音は次第に激しくなってゆく。
(おわる)
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