白いサンタ黒いサンタ


 暗澹たる雲の隙間から雪の落ちそうな寒い日々が続いていた。
「あ、そうだ。センパイ、センパイ」
 夕過ぎから夜中にかけた簡単な仕事を終えて、帰路に着いた道での途中のことだった。
「どした?」
 一段落した会話の合い間に、また話し始めたフランを振り向いてベルは足を止める。
「明日って何の日か知ってますかー?」
「オレの誕生日の二日後。なにまた祝ってくれんの?」
「自分基準かよ〜。昨日あんだけお寿司食べてまだ食べ足りないんですかー?」
 前日の夜の大騒ぎを思い返してフランは首を横に振った。
「うめーだろ?」
「うまいけど、そういうことじゃないんです」
「なんだよ」
「明日はサンタさんが来る日じゃないですかー」
「…………? 誰それ? ジャッポーネからの来客か? ゆーめー人? 刺していいの?」
「違いますよー。サンタさんって言ったらサンタクロースです。刺しちゃダメです」
「ああ。こねーだろ? つか、いねぇだろ?」
「いますよ。いい子にはプレゼント持ってきてくれるんですよ。ミーのとこには絶対来ます。センパイのとこには絶対来ないと思いますがー」
「てめー、センパイに向かってんな口の利き方するヤツのどこがいいこだよっ!」
「そこでーものは相談なんですが、」
 ポケットから取り出した小さな塊をベルの方へと差し出した。
「なんだよ」
 ベルがフランの手から摘まみ取った包みを破ると、香料の香りが冷たい空気の中へと拡がっていった。
 薄い苺色の飴玉を口へ含むと直ぐに噛み砕いて飲み込んだ。半透明の飴は闇に紛れ、誰の目にも映りはしなかった。
「サンタさんを捕まえ、いえ、日頃のお礼が言いたいので、起きてプレゼント持ってきてくれるのを待ってようかなと思うんです」
 ザリザリした音が止むのを待って、フランはまた話を続ける。
「………サンタからプレゼントぶんだくるつもりか? おめー」
「やだなー、お礼言うだけですよ。センパイも一緒にどうですかー?」
「ゲッ、やだよ。めんどくせぇ」
「いいじゃないですかー」
「一人で捕まえてろよ」
「一人だとどうしても眠っちゃうんですよー。センパイといたら、いつナイフ刺されるか判んない恐怖感でおいそれと寝れないと思うんですね」
「わかった、いつナイフ刺してもいいんだな? なら、いーぜ」
「いや、それは嫌ですが〜。ナイフは刺さなくていいんでー」
「わがまま言うな」
 寒空は彼らの距離を逼迫して身を凍えさせる。
 アジトへと帰り付いた頃には、足の爪先が氷と化したように冷たくなっていた。


 約束の日の夜半近くになってフランの部屋のドアが叩かれた。
「入んぞ」
「どうぞー」
 暖房の効いた室内へと招き入れ、用意していたローテーブルの方へと案内した。
「ちゃんとナイフも持って来てやったぞ」
「ありがとうございますー。でも出さなくていいんでー、ずっとしまっといてください」
「やだね」
「とりあえず、お菓子なんかどうぞ」
 菓子皿にはクリスマス用にデコレーションされたクッキーが並んでいる。
「ああ……………」
「どうしましたー?」
「お前の部屋って、こんなんなんだな」
「入ったことありませんでしたっけー?」
「入る必要ねえし」
「それもそうですねー。どうですかー?」
「シュミわっり」
「………………センパイの部屋のが悪いと思いますー。あの赤いベッドとか」
「なんでんなの知ってんだよ?」
「前に部屋片付けろって言ったじゃないですかー?」
「そうだっけ?」
「そうですよー。お陰で丸一日休暇つぶれましたが」
「ししっ、いーじゃん。お前コーハイなんだから」
「意味わかりませんー。コーハイはメイドじゃないんですがー」
「似たよーなもんだろ?」
「コーハイ、メイドで字数すら似てないですよー」
「これお前が作ったの?」
「そうなんですー、ルッス姐さんと一緒にー」
「ふーん」
 黄色のアイシングとアラザンで王冠の模様が描かれた、ツリーの形をしたクッキーを口へ運んだ。
「………………」
 フランはベルがクッキーを食べ終えるのをじっと眺めていた。
「まぁ」
「はい」
「いんじゃね?」
「もっとどうぞー。たくさんありますのでー」
 ほっとした顔でベルを見るとフランは菓子皿を差し出した。
 案外と気に入った様子でベルは、今度は星の形の中へ緑の飴が流し込まれたクッキーを手に取った。


 時間が経つ毎に外気の温度は下がり、部屋の中まで寒さが浸み入って来る。
 ヒーターの温度を上げてもまだ体の芯は寒く冷えて、カウチソファーで毛布を掛けて二人は寄り添った。
「………フラン?」
 不意の沈黙を不審に思って話し掛けたが、答えは返らずに静かな寝息だけが響いている。
「寝てんじゃねーかよ。ナイフ刺すぞ?」
 ソファの背凭れに不安定に首を預けていたフランの背筋を、ベルは自分の方へと引き寄せた。
「なぁ起きろよ。あーヒマ」
 チャンネルを回して深夜まで放送しているテレビを静かなボリュームで付けた。
「そーいやさあ、知ってっか? 黒いサンタっての」
 寝付きがよく起きることのない後輩の頭を胸元に抱えて、ベルは一人で話し始めた。
「悪いガキんとこ来て、ブタの内臓ばら撒いたり大切なもの一個持ってくんだってよ」
 碧の髪を指で掻いて盗み見るように隣りを見た。
「オレんとこにくっとおもーか?」
 冷気の為にか指が震えるのを抑えながら髪を撫で続けた。
「それとももう、来たとおもー?」
 芳香に惹かれて顔を覗き込むようにしたが、閉じられたままの瞼は開きはしなかった。
「ししっ、聞いてねーか。あー、さみいっ」
 ほとんど音のないテレビに瞳を向け、集中することなく眺めた。
 言い訳を呟いてフランをより強く自分の方へ引くと、暖房器具の代わりにし始めた。


 寒い夜が終わる頃には何時の間にかベルも眠りに付いていたようだ。
「カエル起ーきーろー、起きろっての」
 それでもフランよりは早く目を覚ますと、隣で依然として眠っていた後輩へと起きるのを促した。
「…………んー、もう朝ですかー? ふぁ〜あ、サンタさんどこですかー?」
「オレがほとんど一人で見張ってんじゃねーか、クソガエル」
 眼を擦っているフランの後頭部をベルは何時も通りに叩いた。
「てっ……………プレゼントもないみたいですねー。暗殺部隊に入ってミーが悪い子になったので、サンタさん来てくれなかったんですねー、きっと」
「………………。なぁ、これじゃね?」
 どこかから取り出した包みをしょぼくれていたフランに差し出した。
「! やっぱりいたじゃないですかー?」
 表情のないまま、フランは瞳だけをきらきらと輝かせている。
「バーカ!」
「でもセンパイの分がないですねー。センパイはやっぱり悪い子だから持って来てくれなかったんですかねー?」
「てんめぇ! なんも持ってかれてねーし!」
「あ〜、もしかしたらセンパイの部屋にあるんですかねー? え〜っと………あった。こんなこともあろうかとですねー」
 おもむろに立ち上がると寝台の脇のローテーブルの引き出しから何かを取り出して、ベルの方へと差し出した。
「なんだそれ?」
「センパイのために用意したとかじゃなく、サンタさんになりたいのでプレゼント配る練習ですー、どうぞー」
「もっとこっそり配れよ。しょーがねえからもらってやる」
「嫌々ならもらってくれなくていいですよ。ミーのにしますんで」
「ダーメ、オレの。………フラン」
「なんですかー」
「どーもな」
 ベルはフランへと袋を手で振って見せた。
「センパイもサンキューです」
「あ、ああ」
「? なんでセンパイにお礼言ってんですかねー。言わなくてもいいですよね、よく考えたら」
「てめー」
「起きててもらったので、ということで」
「開けていーか?」
「いいですよー。ミーも開けていいですかー?」
「ダメ」
「……………よくよく考えたらセンパイからもらったんじゃないですしー。勝手に開けていいですよねー」
「てんめ」
「うわー。これー、欲しかったんですよー、旧型ゴーラ・モスカフィギュアの限定版」
 丁寧に破らないように袋を開いてフランは中身を取り出した。
「そうかよ。つかさぁ」
 ガサガサと無遠慮に袋を破きながらベルは中身に目を留めた。
「あ〜」
「なんで同じもんだよっ! 自分が欲しいもの人によこすんじゃねー、カエル」
「いでっ。まさかサンタさんが、ヴァリアー売店オリジナルのようなローカルなプレゼントくれると思わなかったものでー。それにセンパイ、イラネって捨てると思ったのでー。色違いだからいいじゃないですかー」
「悪かったな!」
「? センパイは悪くないですよ?」
「ああ、そーだよな! オレは悪かねぇよ!」
「なんで怒ってるんですかー?」
「お前さぁ、ウレシーならもちっとなんとかなんねーの? そのカオ」
「えー、なんですかー?」
「なんで喜んでんのにんなびみょーなカオなんだよ! もっとちゃんと笑えっての」
「あ、そうですねー。アハハハハー。これでいいですかー?」
「んっだよ、その一ミリも感情こもってねー乾いた笑いは」
「めいっぱい喜んでるじゃないですかー、センパイはどうですかー? それ」
「サンタのといっしょだし、しょーがねーから飾ってやる」
「センパイもサンタさんのシュミは認めるんですねー」
「んなんじゃねーし。あーあ、ったくくだんねぇことで時間つぶしたな。部屋戻って寝る」
「あ〜、はい。おやすみなさい」
 立ち上がったベルを見送るのに後を追って、フランも戸口まで急いだ。
「ああ。んあ?」
「んー? これなんでしょうね?」
 外のドアノブに下がった靴下に入った紙の袋に気付いて中を覗くと、添えられたメッセージカードにはサンタよりと丁寧な字で記してあった。
「あれ? ミーがいい子過ぎて、サンタさんが二人来たんですかねー?」
 廊下の隅から隅までをきょろきょろと見回した。しかし今更姿を追えるはずもなく、早い朝には彼等の他に人影はなかった。
「ぜってーちげえし! …………知らねっ」
「そうですかー? 困りますよねー。落し物としてどこへ届けたらいいんですかねー?」
「まぁ間違ったんだろーけど、もらっときゃいんじゃね?」
「そうですかねー? うーん、じゃ遠慮なく」
 ベルに唆されるままフランはちゃっかりと届け物を自分の懐へと入れた。
「ん。あっ」
「うわー。きれー」
 偶発的に二人が同時に窓の外へ目を留めると、うっすらと白く風景は染まっている。
 針葉樹の木々の端々までが凍った静かな森を、暫くの間二人はじっと眺めていた。


(おわる)



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