かくも非情なる喜ばしい事態
「…………」
唇を半開きにしてどこかぼんやりとした眼差しで、黙っていたフランはベルの方をじっと眺めていた。
「どした?」
奇妙な碧の綺麗な視線が突き刺さっているような気がして、ベルはバツが悪そうにフランから視線を逸らしてゆく。
「センパイにも人間として足りなそうな感情みたいのあったんですねー。いいと思います、そういうの」
友人のアルコバレーノの復活を微かに祝したベルを、心から嬉しそうにフランは目元だけを緩めて細めた。
「うざさが炸裂してんだけど。べつによろこんでねえから」
嬉笑した口の端の本心を隠しはせずに、衒いで言っただけの言葉で態度を否定する。
「堕王子から陏王子ぐらいには昇格です」
言い表すことの難しいいつもよりも何かが不足している漢字を、フランは土へと指でなぞる。
「んな文字しんねえし、カエルがえらそうでムカつくんだけど?」
「そんなつもりないですー。それはとてもおめでたいことです」
「ま、いーけど」
「…………あーでもですねー」
「なんだよ」
「ちょっとだけなんかこうこのへんの辺りがぎざぎざします」
右手の人差し指で心がある辺りを指して空で円を描き、開けた瞳をベルへと向ける。
「ぎざぎざ?」
「なんでですかねー?」
傾げた左の頬に流れた髪がさらさらと当たった。
カエルの目玉は地面の方へと視線を移している。
「ぎざぎざいみわかんねー」
「ぎざぎざはぎざぎざですよ。あ、センパイがいつもナイフばっか刺すからその後遺症ですかねー? きっと」
「なんでもいーけどまるこくしろ。死なねえからいいじゃん?」
「いやいやダメでしょう、死なないからと言って。やっぱ堕王子は地に足の着いた堕王子ですねー」
先ほど書いた文字の下に、フランはやはり土と書き足した。
「うっせっての」
フランの額を手の先で軽々しくひっぱたいた。
「あでっ」
「ししっ、マーモンが戻ってきたら、ヴァリアーの術士としてお前いんなくなんな?」
「………そうですねー。いつでもやめる覚悟はできてますー」
淋しんだよりもすっきりと清々しいような横顔でフランはベルを見ずに呟いた。
「ふーん、どうしてんの?」
「これー辞表です」
「へー。でもオレのコーハイとパシリとしてはひつよーだからおいてやる」
フランが見せるためだけにポケットから取り出した辞表を、手の平でベルが奪い取った。
「………いえー、そうなったらミーはもう師匠の元へ帰ろうと思いますー」
嘲笑うベルの口元を拒否してフランは両手を体の前で振った。
さほど力も籠めていない指先に、白い封筒の黒い文字はびりびりと破かれてゆく。
食い扶持が増えると困るので帰って来なくていいですよ。by師匠
(おわる)
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